上山田線と後藤寺線という2つのローカル線の間を結ぶという、筑豊地区を複雑怪奇にしている路線であった。存廃の基準となった輸送密度は492人で、収支係数は2651。第1次特定地方交通線の基準を満たしていたが、将来の需要増が見込めるとして除外、第2次特定地方交通線としての廃止になった。

  1913.8.20 上三緒〜漆生間開業(貨物)
  1920.5.10 客扱い開始、漆生線と改称
  1943.7.1  上三緒〜赤坂(現下鴨生)間は後藤寺線となる
  1966.3.10 漆生〜下山田間開業
  1984.6.22 第2次特定地方交通線として廃止承認
  1986.4.1  全線廃止  
  1932  1937 1949 1956 1960 1965 1970 1973 1977 1980 1983
 輸送人員(千人/日) 2.0 3.5 3.3 2.8 2.5 2.3 1.7 1.4 1.2 0.8 0.8
 輸送密度(千人/日) 1.0 1.7 2.1 1.7 1.6 0.6 0.7 0.6 0.5 0.5 0.4
 貨物輸送量(万t/年) 98.9 172.1 71.7 87.5 110.5 81.2 88.4 0.4
廃線跡
 下鴨生〜下山田7.9km
 上山田線を訪れたついでに寄り道をしたが、廃線跡のほとんどは道路になっていて、当時の面影はつかみづらかった。 
2003.3 鴨生駅跡@ 2003.3 漆生駅跡A
 

漆生線