「シオリ」
「……あ、ジュンさん」
声をかけられたシオリ・ミサカは、後ろを振り向くとパッと顔を輝かせた。
同道していた人物を置き去りにして近寄ってくる。
その様子に苦笑しつつも、ジュン・キタガワは何も言わずに自らの恋人に歩み寄った。
「今日のお勤めは終わったのか?」
「はい。ジュンさんもですよね」
「何時もそうだろ?」
「はい!」
そのまま立ち止まってストロベリった会話へシフトする。
通路にもかかわらずハートマークでも飛び交いそうな雰囲気だ。
シオリと一緒に歩いていた人物が、少し遠いところでやれやれと苦笑をしていたが、2人とも気づかなかった。
「おいおいキタガワ羨ましいじゃないの」
「ヒューヒュー」
「うっさいっすよ!」
「にやにやにやにや」
「ニコニコ」
「いちいち口に出さんでください!」
当然天下の往来なので、冷やかしてくる人間や、面白そうに、あるいは微笑ましそうに見ながら去っていく人間もいる。
軍服を着たいい大人が、とは思わなくもないが。
そう、不思議な事に、そういったリアクションを見せる人間はことごとくが軍人であった。
基本的にキタガワの知り合いばかりらしく、楽しそうに怒鳴り返す傍でシオリは楽しそうに見ている。
「……」
「…………」
「……えぅ」
逆に何のアクションを起こさない人間も勿論いた。
モノを見るような、色の無い一瞥を向けるだけで去っていく。
あるいは、反応さえ見せる事もなくすれ違って行く人間も多い。
そういう人間は大抵白衣を着ていて、見られると必ずシオリは身を竦めた。
「もう良いかな?」
微妙な空気になったのを感じたのか、最初にシオリと歩いていた人物が話しかけてきた。
栗色の長い髪をバレッタで纏めているその女性は、どう見ても一般人にしか見えない雰囲気を纏っている。
バインダーを体の前に抱えているが、服装は明るい色の私服。
軍人と技術・研究者くらいしかいないこのアイドネウス島にはそぐわない人物だ。
「ミズカさん」
「ナガモリさん、わざわざ待っててもらっててすみません」
「あはは、いいよいいよ……何時もの事だし」
「……地味にきついっすね」
彼女の名前はミズカ・ナガモリ。
この島でシオリの専属として身の回りの世話をしてくれている人物だ。
キタガワの恋人は、原因不明の持病の治療を目的としてアイドネウス島に滞在している。
見知らぬ場所で1人なのは心細いが、彼女のおかげで大分助かっていると聞いた。
「ナガモリさんには感謝してます」
「そんなのいいよー。私も仕事なんだから」
「ミズカさん……」
「もちろんシオリちゃんのお世話は楽しんでやってるから、お仕事じゃないよ? だから悲しそうな顔しなくても大丈夫」
「えぅ、何の事ですか?」
「なんだろうねー」
「え、えへへ」
普段からキタガワや姉のカオリが一緒にいられれば最良だ。
だが、彼らがDCへの参加を条件にシオリの治療を頼んでいる以上、命令に従って訓練や戦闘を行わなければいけない。
キタガワ自身、少なからず戦闘に出て敵機を撃墜している。
しかもシオリの内心のかなりの割り合いを占める姉は―
キタガワ自身は自分の方が上だと確信している ―、新設部隊のメンバーとして宇宙へと上がった。
そういった点から、この少し年上の女性の存在がシオリはおろか自分にも助けになっているのは、小さくない実感としてあった。
「……」
「どうしました?」
「ううん……なんでもない」
例え何か思惑があったとしても、だ。
出会った時から、彼女がシオリに心配と罪悪感が入り混じったような視線を向けているのは気づいていた。
話し合った事はなかったが、シオリ自身も気づいているだろう。
だがそれをミズカに聞くような事はなかった。
言葉や態度から、彼女の真摯な気持ちが溢れているのは分かっていたからだ。
「そうだ、シオリちゃんには言っておくね」
「はい?」
「もう少ししたら、一緒に治療を受ける子が増えると思うよ」
「本当ですか?」
「うん。シオリちゃんと同じ症状の子だから仲良くしてあげて」
「私と……ですか」
「俺とミサカが調べた限りは見つけられなかったんですけどねぇ」
「あはは。まぁそこは蛇の道は、ってやつだよ」
シオリは気後れしているような、嬉しそうな複雑な表情をした。
自分と同じ病気の人間は聞いた事も、勿論会った事もないので色々と思う所があるのだろう。
キタガワ自身もカオリと方々調べたが、全く何の情報もなかったのだ。
一学生の努力と巨大な組織の情報力の差を如実に思い知る。
「ミズカさん、名前を……聞いてもいいですか?」
「うん。その子はね―――」
「―――」
「――」
「……ッ」
2人が会話する横で、キタガワは身を震わせた。
感じたのだ。
悪寒とともに、自分とシオリの周りが音を立てて崩れていくような、そんな錯覚を。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION
Another Story
〜闇を切り裂くもの〜
第17話 聖十字軍の影
「そちらのお蔭で大統領、コルムナともに奪還が成った。感謝している」
「どういたしまして。シンドイ目に遭った甲斐があった」
「データは受け取ったが、また中々に手強い面子に目をつけられたものだな」
「……有名税とでも思っておくか?」
「お互い様という事か」
「そういう事」
お互い画面越しに苦笑する。
前回の『Koenigswasser』との遭遇戦から数時間後の現在、艦長室でユウイチは1人通信を行っていた。
相手の名は―――
「しかし本当に落とすとはな」
「防衛責任者にいささか問題もあったからな。ジーベル・ミステル、知っているだろう?」
「ああ、数日前に戦闘になったからな。能力はそれなりにあるんだろうが、指揮官にとってあのメンタル面の脆弱さは致命的だろ」
「その通り。見事に策に溺れてくれた」
――ギリアム・イェーガー少佐。
過去、ユウイチと同じく教導隊に所属していた凄腕のパイロットである。
右目のみを長い前髪で隠した細面の二枚目といった容姿の男だ。
現在は情報部に所属し、各方面のパイプから情報を得て暗躍している、とユウイチは本人から聞いたばかりだ。
「ムーンクレイドルでの戦闘は望遠させてもらったが、まさか一部隊でコルムナを奪還するとは……。そっちの部隊も戦力が整ってきたみたいだな」
「覗き見とはいい趣味ではないな」
「ピンチならお助けしないといけないからな」
「よく言う」
2人の会話は友人同士の気の置けないものだった。
こうして顔をあわせるのは教導隊が解散してから始めてだったが、時間的空白は微塵も感じさせない。
それだけしっかりした過去があった。
「特に、あの赤と白の機体のコンビネーションは大したものだった。ウチのコンビが大層刺激を受けていた」
「キョウスケ少尉とエクセレン少尉か。確かにあの2人はいい腕だ」
「いずれ地球圏で最高のコンビになるかもしれんなぁ」
「可能性は高い。共にゼンガーに見出されたパイロットだ」
「そうか……あの人にな」
かつて共に過ごした強面の男の顔を思い浮かべた。
数日前に敵として相対した時の事も。
次にもし合い見えたとしたら、間違いなく死闘になるだろう。
「その様子だと、そちらもぶつかったようだな」
「お蔭で愛機の両足がオシャカだ。まぁ向こうにも相応のダメージは与えてやったが」
「さすが、と言っておこうか?」
「よしてくれ、あれじゃあ実際は痛みわけが精々だ」
ユウイチは苦々しい顔で机の上にあったカップを呷る。
一目も二目も置く相手だったとはいえ、愛機のダメージに関しては笑っていられないようだ。
ギリアムもそんな内心が分かったのか、モニターの向こう側で苦笑した。
「その2人、特にキョウスケ少尉は、いずれ自らを越える器とゼンガーに言わしめた男だ」
「キョウスケ・ナンブ。アルトアイゼンのパイロットか」
「何か聞いたか?」
「かつての教導隊が目指したものに辿り着く為の中核らしいな」
「それは……」
2人の口は閉じ、会話は途切れた。
『かつての教導隊が目指したもの』、それは隊が解散しての時間の流れと環境の激変で、双方ともに久しく忘れていたものだった。
「ひとまずゼンガーの発言は置く。いささか脇道にが逸れてしまったが、コルムナの話に戻そう」
「了解」
過去に思いを馳せたのは数秒か、はたまた数分だったのか。
ギリアムが元の話題に戻し、ユウイチはそれに乗る。、
完全に切り替える事は難しく、いまだ脳裏の片隅に残り続けてはいたが。
「そのコルムナだが、どうやらわざとこちらに奪還させた節がある」
「……何だと?」
「奪還後に調べてみたが、ステーションはトラップどころか機能のロックさえされていなかった」
「ふむ。普通は時間稼ぎくらいはするはず……か」
「ああ。展開していた戦力も予想を大幅に下回っていたからな。そちらや囮になってくれた大統領に振り分けたと言えど、だ」
「だから、総合的に見てコルムナは獲られた、ではなく獲らせたって結論か」
「その通り。何がしかの思惑はあるのだろうが、現状では不明と言わざるをえないな」
統合軍がコルムナを手放す場合、メリットとデメリットが釣り合わない。
ヒリュウ改をコルムナに釘付けにして、その隙にどこかを攻めるにしても宇宙はほぼ統合軍の手中。
唯一の目標は月のムーンクレイドルくらいだが、防戦に徹する限り問題なく凌げる。
万が一の為の人類存続を司る施設なのだから、その強固さは推して知るべしというところだ。
地球を直接攻略するにしても、今更遅きに失した感がある為、2人は考えから除外している。
「それで、次はどんな無理難題を押し付けてくれるんだ?」
「押し付けるとは酷いな。こちらはお願いしているつもりなのだが」
「言ってろ。無理難題は否定してないだろうが」
「難題かもしれんが、無理とは思わないな。そちらの練度も大したものだ」
「相変わらずどっから情報を得てるんだか」
戦闘可能な全機体で戦闘したのは数戦ほど。
それなのに、画面の向こうの男は部隊の情報をおおよそ手に入れているのだ。
ネットワークをほぼ全て押さえられていた宇宙にいながらである。
尋常な情報収集能力ではない。
「統合軍のネットワークを既に掌握してるんじゃないだろうな」
「そうならわざわざコルムナの奪還なんてしないさ」
「そりゃそうだがな」
口では納得したように言ったユウイチだが、こいつならあるいは、と思わなくもない。
博士と呼ばれる人間を凌駕するだけの知識と技術を持つ謎の多い人物なのだ。
義理人情に弱い等の面を知っているので、人格には信用信頼共に置いているのだが。
「しかし……」
「うん?」
「いや、いまだにこの回線が生きているとは思っていなかったからなぁ」
「ああ。私も調べてみて驚いたものだが」
コルムナを奪還した事で、宇宙におけるネットワークのほぼ半分は取り返したと言える。
同時に、通信衛星の予備制御装置で連邦の各種衛星の機能も回復。
地球上の通信や索敵機能はほぼ通常通りに戻った為、連邦軍は作戦行動が格段に楽になっている。
しかし掌握した衛星が全てではないので
その為、地上全域での完全なサポートまでは至っていない。
そんな現状で宇宙空間に存在するヒリュウ改とプラチナではあったが、広大なネットワークの半分もの恩恵は半端ではなく、通常回線での通信も可能になっていた。
だが2人が現在介している回線は違うものだ。
過去に特設されていた、教導隊の専用通信網を使用しているのである。
当時の教導隊には、統合軍に所属するネットワーク回線内にのみ、隊員以外解除できないセキュリティを施した専用回線が存在した。
マオ社の威光か、隊に統合軍TOPの息子であるエルザムがいたからかは分からないが、一部隊には異常なほどの高待遇である。
その回線が生きていて、それを使ってプラチナにギリアムから連絡が入ったのだ。
「俺も潰してほしくなかったが、さすがに無理だろうと思って端っから意識外だったし」
「エルザムも潰したくはなかっただろうな。無論私もだが」
「感傷か……だが」
「あのエルザムに限って感情でこれほどの穴を残しておくとは思えないな」
コルムナを含む衛星通信網を掌握した事が、今日の統合軍側の有利なのは明白。
それほど重視している通信方面を、1回線だけとは疎かにするとは思えない。
しかも半ば独立しているような回線なのだから、いくら宇宙のみとは言え腑に落ちないものを感じてしまう。
統合軍でも高位の人間は当然知っている為、内部からの介入は無理でも上位の権限で無理やり消去することは可能だったはずだ。
「わざと残してある、か?」
「そうなるな。恐らく……」
「何故か使用されない攻撃衛星や大型ミサイル等の高威力MAPW、残された回線……エルザムも何かを伝えようとしていると?」
「気づいていたかユウイチ」
破顔するギリアムに苦笑する。
それは経験豊富な軍人なら少なからずおかしいと思う部分だった。
ユウイチの言った攻撃手段を用いれば、手間もかからず、かつ味方の人命も損なわずに事を運べるのだ。
DCと統合軍にはそれが出来るだけの用意は確実にある。
「にもかかわらずしないって事は、何か目的があるんだろうさ」
「そこまでは分かっても、肝心の内容が思い浮かばない、か?」
「まぁね」
天才と偉いさんの考える事はわからん、とユウイチは頭の後で手を組んで天井を見上げた。
その様子と椅子の軋む音がお手上げ感を感じさせる。
ビアン・ゾルダークにしろ、マイヤー・V・ブランシュタインにしろ、その考えをユウイチが読みきるのは困難を極める。
経験も年齢も足りないのは勿論だが、基本的にユウイチはパイロットなのだから。
「ビアンやマイヤーにとっては、生身の人間が合い争う事が大事なのは確かなのだろう」
「過程においての闘争が必須って事か?」
「ああ」
ギリアムの発言でまたモニターに向き合う。
いい趣味ではないと思うが、現状を鑑みるなら頷けるところだ。
PTやAMでの戦闘ではあるが、操縦しているのは生身の人間である。
「それだと勝敗はどうする?
「起死回生の手は数多い。それこそ未使用のMAPWもある」
「劣勢になったからってMAPWを使うような人間には見えなかったが。マイヤー総司令は確実に違うしな」
「そうか、マイヤーにはエルザムの縁で会う機会があったのだったな」
「ああ、カトライアを助けた後に食事に呼ばれた。まぁともかく、ピンチに使うなら最初から使うだろう」
「確かにな。ここまで読めない人間というのも珍しいものだが」
「情報部ならプロファイリングくらいしてあるだろうに」
「無論だ。ただ、人類の事を第一に考えている人間、という言葉で説明できてしまうタイプなのでな……ふむ」
そういうと、ギリアムは片手を顎に当て、暫し目を瞑った。
何か思いついた事があるようで、ユウイチは静かに見守る。
数瞬後、考えが纏まったのか、モニター越しに強固な光を宿した視線を向けてきた。
「先ほど話していた、ゼンガーの発言を覚えているか?」
「かつての教導隊が目指したもの、か?」
「ああ。それを加味してみると、1つビアンの思惑にあたりがついた。いささか常識を疑う考えなのだがな」
「……聞きましょう」
言葉の割に、ギリアムの目には確信的な色があった。
ユウイチは居住まいを正す。
そこから数分で通信は終わったが、2人はその常識を疑う考えを共有しあうことになった。
数時間後、ブリーフィングルーム。
「さて、全員揃ったか?」
「オス!」
ユウイチの呼びかけに、まずコウヘイが応える。
何故か1人だけ直立不動。
他のメンバーは並んだ椅子に座っているのにだ。
「俺のことは麻痺王ジローと呼んでくれ!」
「はいはいジロージロー」
「ちょ、流さないでー」
端末を打つアキコを、後ろから覗き込んでいるユウイチがおざなりに相槌を打った。
画面に集中して一瞥もくれない。
スルーが気に入らないのか、コウヘイは何とか気を引こうとしている。
「というか何故リーゼント? しかも白髪のカツラだし」
「あははー。ナナセさん、そっとしておいて上げるのが優しさですよー」
「……構うとつけあがる」
「ボケは流してあげるのが優しさですよ」
「酷いなこいつら……」
小声で会話しつつも、各人速やかにコウヘイから距離をとった。
アキコなど、端末の打ち込みをこなしながら声だけかけてきている。
口では何だかんだ言いつつも、ユキトさえも自然と動いていたのだから同類だ。
音も立てず、全員見事に数メートルずつ横へとずれた。
「酷いぜたいちょー、結局見やがらないし。そうだ! 他の皆はこの素敵ルックどう思う?」
「「「「……こっち見んな」」」」
「酷くない!? しかも遠いし!」
気づいた時には、コウヘイと隣のルミとは数メートル離れていた。
全員そ知らぬ顔で前を向いている。
彼女らが座る椅子は綺麗にしっかりと並んでおり、何も知らない人間が見れば最初からそこに置かれていたかのようだ。
「酷くない酷くない」
「さすがに本職みたいにはいきませんね」
「いや、十分だ。よし、終わり……ん? オリハラ弄りはその辺で、皆席を戻すように」
「「「「はーい」」」」
「……俺の存在理由って」
「芸人なら構ってもらえるだけありがたいだろうに」
先ほどスルーは止せと言っていただけに何も言えない。
4人が椅子を戻す間、orzっていたコウヘイだった。
「あ、カツラ脱げた」
「今回のブリーフィングは敵AMパイロットについてだ。一当たりして大体の戦力も分かったからな」
「だからこちらもパイロットだけなんですね」
「その通り」
ユウイチの司会進行でブリーフィングが始まった。
ルミの発言通り、この場にいるのはパイロットだけである。
その為、前回の会議でアカネが行っていた役割はアキコの担当だ。
人数が少ないからか、正規の軍人でもなく経験の少ないユキトが若干居心地が悪そうだが、目に付くのはそれくらいである。
「まずは前回、クラタ・カワスミと戦った機体から見ていくか」
「はい」「……」
名前を出された2人は真剣な表情で頷く。
アキコが端末のキーを叩くと、前面の壁に埋め込まれたモニターに戦闘の様子が映し出された。
2分割された画面には、どちらにも同じ機体が捉えられている。
「左がクラタ機、右がカワスミ機のメインカメラからの映像だ。統合軍のデータベースに登録されている機体名はガーリオン」
「ガーリオン……」
「以降はその呼称で行くからそのつもりで」
「「「「「了解」」」」」
映像が動き出すと、敵機は目まぐるしく動き回る。
前衛と後衛の違いか、左の画面にはゲシュペンストMk−Uが度々映り込む。
数分間の戦闘が続いた後、撤退用の信号弾の鮮やかな光を最後に映像は停止した。
「遊ばれた」
「悔しいですけど、腕に差がありました」
2人の発言通り、戦況は一方的なものだった。
こちらの攻撃は躱され、流されるばかり。
しかも相手は自ら攻めてくる事もなかった。
「経験の差だな。相手の軍歴は俺やアキコより数年長い。恐らくAMの操縦に関しても熟知している」
「そうなんですか?」
「ああ」
「うーん。これは俺でも無理無理ですわ」
「珍しいじゃないオリハラ、敗北宣言?」
「戦力分析はしっかりするぜ俺は」
普段はおちゃらけてるコウヘイだが、今モニターを睨む眼差しは真剣そのもの。
プロのパイロットとしての矜持がそうさせるのかもしれない。
茶化す様な発言をしたルミも、脇を見るような素振りを全く見せずに画面を凝視して離さない。
1人を除き、その真剣さは他の面々も同様だ。
「……」
唯一ユキトだけが、そんな彼らに驚いてた。
普段とのギャップに面食らっているのだろう。
「連邦のデータベースで調べた情報では、パイロットの名はアルシエル・ファレス、階級は大尉。そこまではいいな?」
「「「「「はい」」」」」
ユウイチが手元のバインダーを見ながら話し始める。
一言一句聞き逃すまいと、各人椅子に座りなおして背筋を伸ばす。
その姿はまさに職業軍人と言っていいだろう。
「DC決起前の所属はアイドネウス島。それより前はアフリカ地区で活躍してたみたいだな。あっちは民族解放や宗教がらみで戦闘が多い」
「今は聞かなくなりましたね」
「大規模な民族解放組織が解散したとか壊滅したとか言われてるがな」
「民族解放戦線のカリスマ闘士がDCに参加したから、という噂もありましたね」
その後もアイザワ夫妻の会話は続く。
段々と他方面の戦況へシフトして、現在はアキコが属していた極東方面へ。
テロリストがどうとかシンジケートがどうとか、物騒な事この上ない。
「な、何話してるかわからん……何語?」
「ぐー」
「オリハラァ! ……じゃなかったクニサキ、あんた寝るんじゃないわよ!」
「クニサキさんが叱られるのは珍しいねーマイ」
「八つ当たり?」
「ち、違いますよマイさん! あたしも内容が理解できないとかじゃないですから!」
「ナナセ、語るに落ちるって知ってるか?」
沈黙する。
立ち上がってヒートアップしていたルミだが、いそいそと椅子の上に戻った。
彼女の自爆っぷりに会話を止めたのか、アイザワ夫妻の意見交換も終了している。
軽く咳払いしてユウイチは説明を再開させた。
「ともかく、アフリカで戦績を重ねたアルシエルは、その後に異動してアイドネウス島へ。前身のEOTI機関との接触はかなり前だろうな」
「開発途中からAMに触れていた可能性が?」
「ああ。機関の性質上、優秀な人間を遊ばせておく余裕は無いだろうし、そもそもテストパイロットとしての異動かもしれん」
「AM操縦のプロって事っすか」
「一度やり合って感じたが、機動兵器の操縦技術は教導隊の面子に匹敵すると思われる」
最初に遭遇した時の事を思い出すユウイチ。
攻撃・回避・行動予測のそれぞれが高レベルで、敵にすると面倒すぎる相手だった。
エルザムとやりあった時と似たような手応え。
「もしかち合ったら、俺とアキコ以外は2機連携でお互いをフォローしながら戦うのがいいな」
それぞれ頷いて応と返してくる。
しっかりと敵と自分の力量を推し測り、出来る事と出来ない事を理解しているという事だ。
それを各人の顔つきや態度から読み取ったユウイチは、内心満足感を感じつつアキコへ次の操作を指示した。
ユキトが少し心配だったが、この分では問題ないだろうと評価を下して。
「次の機会があれば頑張ろうねーマイ」
「雪辱」
「次はアキコとクニサキが相手取った2機だ」
「はい」「……おう」
アキコは気負う事もなく頷いてみせるが、ユキトは歯切れが悪い。
色々思うところも多いのだろうと思いつつ、ユウイチは次の画面へ切り替わるのを待つ。
先ほどとは違い、分割される事なく1つの映像がモニターに映る。
「同一の敵を追ってるわけじゃないから、別々に出すぞ。まずはアキコの方だ」
激しく回避と攻撃を繰り返しながら視点がくるくると変位する。
火線の煌きと、バーニアの光、星の輝きが方々へと流れて消えていく。
息をもつかせぬ闘争の軌跡が、そこにはあった。
「なんだか自分の戦闘を見られるのって恥ずかしいですね」
「それは分かる」
ころころと笑うアキコと、同感だと苦笑するユウイチ。
2人は編集時に全ての映像を分析し終わっているので、今更モニターを見なくても済む。
対照的に、彼女ら以外の面々は見逃すまいと息を止めて映像を見ている。
いまだ彼ら彼女らには到達する事が出来ない業であるが故に、少しでも強くなろうと盗めるものを探しているのだ。
「終わりですね」
「ちょっと間を置いてクニサキのが続くからな」
言葉の通り、互いの機体の腕が飛び信号弾が炸裂したところで映像は終了した。
画面は黒くなったままだが、磁気独特のピリっとする感覚が出ている為、まだ映像が続いている事が分かる。
ユウイチの言う通りそのまま次が出てくるのだろう。
「はぁぁぁ」
「手に汗握るって感じだったな」
「勉強になる」
「細かいフェイントなんかも沢山あったもんねー」
「……うーむ」
脱力した面々から口々に感想があふれ出す。
唯一、スーパー系のグルンガストを操縦しているユキトだけははてな顔だったが。
そうこうしていると、真っ暗な画面から宇宙空間の映像に切り替わった。
「ハジマタ」
「何でカタコトなのよ」
話すのを止め、それぞれ再度画面に集中する。
相手のガーリオンに挑みかかるグルンガスト。
だが―――
「あははー」
「遊ばれてる……?」
「オワタ」
「だから何でカタコト?」
―――画面上に映ったのは、いいように翻弄されるクニサキ機の映像だった。
攻撃は回避され、いなされ、向こうは蹴りや体当たり等の格闘攻撃のみ。
明らかに手加減されているそれを、模擬戦ででもやられたら屈辱的だろう。
「撃墜する気ない?」
「みたいだねー」
「情け、ってわけじゃないわよね?」
「だがプライド傷つくぜ、これ。だろ?」
「……ああ」
コウヘイに言われた通りプライドはズタズタだ。
お前とは勝負する価値も無い、そう言われているようで。
戦闘で相手に言われた言葉も思い出されるにつれ、ユキトには腸が煮えくり返りそうな怒りが湧いてくる。
知らず、歯を食いしばって拳を握り締めていた。
「技量はアルシエルと同等。斬り合いの腕はこちらの方が上だったな。やりあう場合は接近戦を避け、距離をとって手堅く。特にマイは気をつけるように」
「はちみつくまさん」
「射撃系の武装を装備していない為、同じ機体ばかりでも見た目で見分けはつくと思う」
ミサイルしか中・遠距離攻撃手段がないマイには厳しい相手だ。
同じスタイルの相手だと、上位の者相手だと経験値と腕の差で押し切られる。
くれぐれも1対1でやり合わないよう、ユウイチは言い含めた。
「さて、じゃあパイロットの解説に入る。この戦闘の意味にも絡むが―――」
「……」
ユウイチの視線を受け、ユキトは頷いた。
全員その様子に気づいたが何も言わない。
次に出てくるだろう言葉を待つ。
「―――よろしい。ユキトが相手取ったのはリュウヤ・クニサキ大尉。アキコの相手はウラハ・クニサキ中尉。夫婦らしいから、恐らくコンビとしても相当なもんだろう」
「クニサキ」
「……てーと?」
最年長者を除いた4人が、いぶかしむ様にユキトの顔へと視線を移す。
ユウイチの説明が続いているが、既にそちらに意識はない。
アキコが気にした素振りを見せないのは、前回の戦闘時に通信で色々と聞いたからだろう。
「ああ、俺の……兄貴と義姉だ」
硬い表情をしつつも、ユキトはしっかりと肯定した。
場合によっては、不審や弾劾の言葉を受ける決意を固めつつ。
「へぇぇぇ」
「敵味方に別れた兄弟かぁ……ドラマみたいねぇ」
「ですねぇ」
「……大変」
それだけ言って終わる。
部屋の中には沈黙が満ちた。
誰も彼も、言う事は別になさそうな顔でユキトの反応を待っている。
「……あ? それだけか?」
ユウイチの吹き出す音や、アキコのくすくす笑う声が聞こえる。
残りの女性陣にもそれは伝播し、押し殺した笑いが満ちた。
「つまらんリアクションだなぁ。まぁその顔は中々に笑えるが」
やれやれと、コウヘイは大げさに肩を竦めて両手を広げる。
余り普段は無愛想な表情を変えないユキトだが、先ほどは茫然自失を体言したような顔をしていた。
そのギャップが笑いを誘ったのだろう。
コウヘイのオーバーアクション染みた動作を見てからは、さすがに何時もの顔に戻ったが。
「まぁクニサキが何も知らなかったのは、あの激昂したっぽい戦闘で分かるしね」
「遮二無二殴りに行ってやがるし」
「それに教官が何も言わないなら問題ない」
「トップがゴーならサユリのような下っ端に否は無いんですよー」
バンバンと、コウヘイがユキトの肩を叩く。
皆茶化して応えてるが、彼らなりにユキトの人となりは見極めていた。
ミスズやカノを大事にしている事や、マークら整備員達との仕事、パイロット同士の訓練、その全てに嘘はなかった。
その結果、民間人からの戦時任官だが、皆自分の意思で背中を預けるに足る人間だと信頼する事にしたのだ。
「青春だねぇ。懐かしいなアキコ」
「ええ。私達も歳をとったものです」
「……だが人の話を聞かないのは減点。次の訓練は5人とも何時もの倍」
「あらあら」
暫しの時間の後、モニターには新しい映像が流れていた。
分割された画面は、最初こそ2機ずつの乱戦だったが、徐々に1対1へと変遷していく。
片方は攻勢一色、もう片方は防戦一方。
「改めて見ると散々ねぇオリハラ」
「ぐぅ。そういうナナセは漢女らしく相手をボッコボコか…………勝負はお前の勝ちだ」
「何の勝負よ」
2人の発言から分かる通り、これはオリハラ・ナナセ機のカメラ映像だ。
オリハラ機は自力の差で競り負けているが、逆にナナセ機は同様の要因で圧し勝っている。
コウヘイとルミの技量差が殆どない事を鑑みれば、対峙した相手が逆だったら画面左右は全く正反対の結果になっていただろう。
「こうして見ると、ルミは無手格闘の方に素養があるみたいだな。1撃当ててからのコンビネーションがいい」
「あ、ありがとうございます。確かに、プラズマカッターなんかよりジェットマグナムやキックの方がやりやすいです」
画面上のナナセ機は、密着した間合いで巧にパンチやキックを繰り出していた。
溜めの大きいジェットマグナムは使用していないが、その方が連係攻撃としては良く繋がっている。
そして最後に1撃の威力が大きいジェットマグナムを繰り出し、躱されはしたが敵機の左足を吹き飛ばした。
「なるほど、な」
一つ頷いて、ユウイチは自身のルミへの評価を修正する。
彼は模擬戦で彼女から近接戦闘を受けた事が全くない―接近する速度が違いすぎる為、ユウイチの繰り出す攻撃の方が速い―ので、今まで気づかなかったのだ。
アキコの場合も同様だし、ユキト以外のメンバーだと同じような腕なので膠着状態になり、ルミ以外得意な距離ではないクロスレンジに張り付けない。
唯一マイの攻撃圏が重なるが、彼女は斬撃での一撃離脱が得意なのでやはり密着するような事にはならない。
グルンガスト相手だと、装甲強度の問題で叩きつけた部分が逆にダメージを受ける。
「整備主任に話は通しておくから相談に行ってみろ。装甲の強化や最適なモーションデータを作ってもらうと良い」
「はい! ありがとうございます!」
「あいた」
立ち上がってぴょこんと勢いよく頭を下げる。
同時に2つに束ねた髪がうねり、ちょうど良い位置だったのか、片方が座っているコウヘイの顔面を強かに叩いた。
逆隣のサユリには全く影響がなかったのを考えると、これはもう彼の人徳の賜物と言えよう。
「そんな徳はイラネ」
「ん? オリハラの場合は、完全に経験の差。5人ともに言える事だが、要訓練だな」
「うぃーっす」
声を上げたのはコウヘイだけだが、他の面々も頷く。
総合的に負けているのがわかっているのだろう。
「では判明しているパイロットの情報を説明する。ルミの相手からだが、名前はカオリ・ミサカ……以上」
それだけ言ってユウイチは口を閉じた。
再びブリーフィングルーム内に沈黙が満ちる。
「え、終わりですか?」
「終わり」
「……はぁ」
聞き返すルミに頷いて返す。
戦った敵の事が分かると思って意気込んでいた彼女だが、本当に終わりだと分かると気が抜けたように肩を落とした。
ユウイチとアキコ以外の残り4人も拍子抜けした様子だ。
「まぁ当然情報がない理由はある」
「ですよね!」
パッと顔を上げてユウイチを見上げる。
両の手を胸の前で握り締めるその仕草は乙女らしいものだった。
ルミにそう言ってあげれば大層喜んだだろう。
「そもそもの話だが、彼女は軍人じゃない」
「はい?」
「数ヶ月前までは民間人だったのは確認してるので、当然連邦のデータベースに名前はないわけだ」
「え?」
「ちなみに俺の義理の妹の友人な。俺も年始にお年玉やった」
「えぇ?」
「まぁそんな感じの子だな」
「???」
思考がオーバーフローしたか、ルミは首を左右に傾げるしか出来ない。
他の面子もイマイチ理解出来ていない顔をしている。
まぁ、少し前まで民間人だった人間が、軍事結社の機動兵器を駆って戦争している、というのも受け入れがたいものだろう。
「義妹からの手紙では、スカウトされて学校を休学してるらしい。今の状況を見れば、DCからのものだったんだろう」
「民間人の学生さんをですかー。人手不足だったんでしょうかねぇ?」
「そこらへんは分からんが、スカウトされるくらいだから何か才能を見出されたのかもしれん」
「そういえば……」
「ん? どうした?」
おとがいに人差し指を当てて首をかしげ、アキコは何事か思い出そうとしていた。
年齢に合わない可愛らしい仕草だが、なんとも言えず彼女には合っている。
それを見て、女性陣も真似してみようと思ったとか思わないとか。
「伊豆基地のSRX計画絡みで、開発責任者直々に学生をスカウトしたと聞いた事が……」
「初耳だな。地球圏防衛計画の情報ならノーマン大将から少しは聞いてたんだが」
「地球から発つ前に向こうの同僚から聞いただけなのですけど……」
「暇が出来たらツテを辿って調べてみよう。もしかしたらDCと同じようなスカウト方法かもしれないしな」
情報は多ければ多いほどいい。
分析に時間がかかるが効果的な対策を立てられる確率が上がるからだ。
時間と環境が整い次第連絡を取るべく、ユウイチはテスラ・ライヒ研究所で出会った人の良い研究者の顔を思い浮かべた。
「ともかく、カオリ・ミサカに関してはこれくらいか。技量に関してはユキトと同じくらいなのは間違いない」
「まぁナナセに凹られてましたからね」
「俺と同じく経験不足って事か?」
「そうだ。だが、曲がりなりにもスカウトされた人材だ、短期間で化ける可能性があるので気をつけるように」
異口同音に首肯する。
命を懸けて戦場に立つ以上、確率が低くとも可能性があるのなら侮る事はない。
過去にユウイチ自身が叩き込まれた事だが、教導するにあたって今度は彼が部下に叩き込んでいる。
「次にオリハラの相手だった、右肩が紅い機体」
「例の消費税だな!」
「何の話よ」
同一機体ばかりの中で、明確な目印があるのは助かる。
相手が手強い場合は特にだ。
こちらの戦力を振り分ける時にも役立つので大歓迎である。
「パイロットの名前はハルコ・カミオ大尉。地球で一度戦っているので腕は分かると思う」
「あん時はユキトが突っ込んでったんでイマイチわかりませんなぁ」
「ぐ、てめぇニヤニヤすんなオリハラ」
「はいはいじゃれないじゃれない。まぁ叩き上げのパイロット、しかも女性の大尉ってだけでおおよそ力量はわかるだろう」
「連邦軍は女性蔑視が蔓延ってますからねぇ。困ったものです」
「あははははー」
「……サユリ怖い」
「全く男らしくないやつばっかで嫌になるわよ」
一斉に女性陣から溢れ出る不満の言葉。
マイとサユリもそうだが、アキコとルミも何がしかあったのは間違いないようだ。
統合軍ならともかく、連邦軍は女性には生き辛い。
「そうなのか?」
「まぁな。嫉妬乙というかねぇ。能の無い人間程色々言ってきてたな」
元々一般人のユキトには分からない感覚だったが、コウヘイの言葉で納得する。
頭の固い人間はどこにでもいるという事だ。
「ちなみに食堂で働いているミスズの義母だというのは知っていると思う」
ユウイチの一言に揃って頷く。
パイロットは全員、ユキトがグルンガストで初出撃した時の理由を知っている。
正式なグルンガストの操者になる時に話してあるのだ。
一緒の戦場で戦う以上個人的感情で動かれては困るのだが、その可能性がある以上理由は知っておかねばならない。
もし叶うなら、その感情に沿う作戦行動を執る事が可能なのも、独立部隊の利点である。
「アイザワ……あ、いや隊長」
「何だ?」
「頼む! ハルコの相手は俺にやらせてくれ!」
真剣な表情で立ち上がると、ユキトは頭を下げた。
半端ではない意気込みは、その全身から伝わってくる。
だが、世の中にはそれだけではどうにもならない事の方が多い。
「今のお前じゃ勝てんぞ」
「分かってる。だが諦められない。俺は……ミスズを泣かせたくないんだ」
「兄貴は良いのか?」
「俺よりもミスズが大事だ……頼む!」
下げていた頭を戻し、ユウイチを真っ直ぐに見つめる。
表情こそ何時もの無愛想面だが、その瞳からは不屈の意志が感じとれた。
ふと周りに目を向けると、サユリ・マイ・ルミの三人娘が固唾を呑んで見守っている。
アキコは相変わらずにこにこと、コウヘイはにやにやしながら見ているが。
「(これが若さか)まぁ、機体のお蔭でオリハラ達よりは可能性があるからな」
「じゃあ!」
「これも隊長の責務だろう、鍛えてやるさ」
「恩に着る!」
先ほどより勢いよく頭を下げてきたユキト。
すぐに他のメンバーに囲まれ、激励や祝辞をかけられる。
その様子を苦笑しながら、ユウイチは脳裏にこれからの訓練メニューを描き始めた。
(人間ってどれだけやると壊れるんだろうか?)
「……何か悪寒が」
「よっしゃ! いっちょ俺も手伝ってやるか。よぅ、少女の味方だからな!」
「いやいい」
「なんだよぅ、遠慮するなよぅ」
「最後は俺が相手取った2機なんだが……」
「歯切れが悪いですね?」
「もしや自分だけ恥ずかしいから流さないとか? きゃー職権乱用ー、報道の自由を侵害してはいけませーん」
「やかましい、お前はどこぞの自称マスコミか。……まぁ見せた方が早いのは確かか」
そういってアキコに目配せする。
暫くすると、高速で後ろへと流れる星空が画面いっぱいに映し出された。
機体のスピードが違う為に、その速度は今までとは比べ物にならない。
「って速っ」
「あの両足は想像以上ですね」
コウヘイとアキコは声を出せたが、他の面子は言葉もない。
戦闘そのものも急加速に急停止の連続で、モニターから得られる情報の取捨選択で一苦労だ。
それ程までにノーマルのゲシュペンストとは速度域が違いすぎた。
「……酔う」
「あははははー」
「うっ。こ、これ以上は乙女として……」
「zzz」
「もしかして俺もこのくらい動けるようにさせられるのか……?」
さすがに経験不足からか、アキコ以外は揃って目を回しかねない様子だ。
まぁ、映像だけで良かったとも言えるかもしれないが。
シミュレーターで体感しようものなら、強烈なGで更に洒落にならない事態になっていただろう。
「と言うわけで、映像のスピードを少し落とそう」
「さ、最初からそうしてくれれば」
「オリハラの茶々がむかついたから―――」
「マジすか」
「―――ってのは冗談だが、最初にあのスピードを印象付けておかないとな」
ユウイチの声は終始真剣みを帯びていた。
最初から遅くした映像を見せても脅威は伝わらないだろう。
問題は、それだけの速度で動いても敵は落としきれなかったという事だ。
「前回敵はあの速度に対応してきた。その事は、最低限頭に叩き込んでおけ」
そうして、今度はスピードの低下した映像が流れた。
モニターの前に座る面々は、乗り出すように凝視して視線を動かさない。
それは映ったのは、映像からでも分かる命がけの戦闘であった。
「「「「「…………」」」」」
若い5人は言葉もなく見入る。
先ほどと同じく、自らより数段上の戦闘から少しでも盗もうと必死なのだろう。
それは確実に彼らの血肉となり、濃い経験となって技量を伸ばす。
(こいつらは強くなるな)
アキコと顔を見合わせて、お互いに笑みを交わす。
彼らの真っ直ぐな眼差しが何とも快かった。
そして映像が終わる。
「はぁぁぁぁ」
「勉強になる」
「サユリ達もまだまだですねぇ」
「あの域に届けば……」
「操縦王に俺はなる!」
それぞれ刺激になったようだ。
1人変な事を言っている人間がいるが、何時もの事なのでスルー。
彼の内心が言動ほど変態的ではないのは、そろそろクルーにはバレてきているのだ。
「はいはい、意気込むのはその辺にしてパイロットの説明だ」
手のバインダーを叩いて注意を集める。
それで表面上は落ち着いたのか、ユウイチに視線が集まった。
ギラギラした目からはまだ各人の熱意が見て取れるが、ひとまずは先へと話を進める。
「よろしい、アキコ頼む」
「はい」
端末を操作し、画面上に敵2機が同時に映ったところで映像を止める。
敵機は他の映像と同じくガーリオン。
「頭部がちょっと違いますね」
「そうだ。右の機体の方が若干後頭部が長くなってるな」
「レーダーでも増設したんでしょうか?」
「今は気にしてもしょうがない。取り敢えずはノーマルタイプの方からだ」
ペラペラと紙を捲り。
指を止めると、目的のものを抜き出して一番上に綴じ直した。
「パイロットはユキミ・ミヤマ少尉。立ち会って見た感じ、技量はマイとサユリと同等クラスだな。声からして年齢も同じくらいなはずだ」
「そうなんですか?」
「その割には……」
「言いたい事はあるだろうが、取り敢えず次だ」
釈然としない顔つきの2人を遮り、ユウイチは言葉を重ねた。
言いたい事は分かっているが、彼は全て言った後に答えるつもりである。
先と同じように目的の用紙を持ってくると口を開いた。
「もう一方のパイロットはミサキ・カワナ少尉。彼女の技量もミヤマと同等。これは恐らく間違いない」
「……冗談?」
「あはは、嘘ですよねー教官」
「ホント」
「だ、だってあの戦闘は!」
ガタンと、椅子を蹴倒しそうな勢いでサユリが立ち上がった。
何時も温和な彼女には珍しく強い勢いだ。
まぁまぁと、ジェスチャーでユウイチが落ち着くように促して座らせる。
「私とサユリが同時にかかっても教官はあんなに苦戦しない。同じくらいの腕ならなんでああなったの?」
「そうです」
座ったままのマイは、冷静な声で疑問を投げかけてきた。
それによって落ち着きを取り戻したサユリも追従する。
他の3人もしっかりと目線で促してきた。
「問題はカワナの方だ」
「……問題?」
「彼女は異常なほど読みが鋭い。いや、読みと言うより、こちらがどう動くか分かっているような攻撃をしてきていた」
「そんな」
「実際、最初は機体のパワーで無理やり方向転換しないと回避出来なかった程だ。全く見事と言うしかないわな」
苦々しい口調が、まごう事なき真実だと実感させる。
皆ユウイチの腕は訓練で嫌と言うほど知っていた。
その彼が手放しで賞賛する相手。
「戦闘の終始においてあれほどの精密さ。相手の思考がわかってでもいなければ不可能だろう」
「エスパーかっての」
「その方が説明がついて助かる」
そんな人間相手にどう戦えばいいのか。
今の彼らでは対応策が思い浮かばなかった。
「まぁ彼女の相手は俺がするさ。向こうがそうであるように、俺もあっちの動きが読めるようになったんでね」
「たいちょーにエスパーフラグ!」
「経験積めばお前らにも出来る。その為にも訓練は更に厳しくするがな」
「あははー、よろしくご指導」
「……ご鞭撻の程」
「お願いします!」
「ノリいいなお前ら……」
「あらあら」
それぞれ強張っていた顔に笑顔を見せる。
これを見ると、やはりこの部隊の中心はユウイチ・アイザワなのは間違いない。
隊長というのは、正しく隊の精神的支柱という事なのだろう。
「彼女ら2人だが、統合軍のトロイエ隊からの出向らしいな」
「そんな事までどうやって調べたんですか。まさか統合軍のデータベースにハッキングとか?」
「どっかの片目を前髪で隠したお兄さんが教えてくれたんだよ」
「はい、皆さんお水どうぞ」
「お、さんきゅー」
「ありがとミスズ」
お盆に乗ったウォータポットがテーブルに置かれた。
そのままミスズはユキトの隣の席へ着く。
彼女が注いで回らないということは、水はセルフサービスという事だ
「ミスズさんありがとうございますね。マイいる?」
「少しだけ」
「はーい」
早速自らのコップに注ぎ足したのはサユリとマイ。
ブリーフィングを終えた面々は、少しだけ空いた時間をこうして食堂で潰していた。
ここにいないユウイチとアキコは、それぞれ格納庫と娘のところへ行っている。
「仕事はいいのか?」
「うん、今は他のお客さんも少ないから。ジュエルおばさんも良いって」
「そうか」
カウンターの方に目をやれば、大きく頷く女性がいた。
実年齢より大分若く見えるマーク老人の奥さんの1人だ。
昔は病弱だったらしいが、普段から振り回される事の多いユキトには眉唾モノである。
「最近ユキトさん忙しくてゆっくりお話できなかったから」
「う……」
「迷惑?」
「……好きにしろ」
「にはは、うん」
整備の仕事やら戦闘訓練やらで、自分の恋人達との触れあいが減っていたのはユキトも感じていた。
彼自身もミスズの提案に否はないのだが、こうストレート言われると照れて彼女からは視線を逸らしてしまう。
そうして、逆隣のコウヘイと目が合った。
テーブルに立てた肘でこちらへと固定された顔は、もうにやにやと音が聞こえてそうな程だ。
「にやにや」
「……わざわざ声に出すな」
「遠慮せず周りも見てみろ」
「何」
周りと言えば、向かいに座った女性陣だけ。
ユキトが視線を向けてみると、3人ともコウヘイと同じような顔をしていた。
世の女性にとって、甘酸っぱい恋愛風景は何時の時代も大好物らしい。
「にやにやー」
「……にや」
「乙女ねミスズ……恐ろしい子。にやつきが止まらないじゃない」
「お前らその顔止めろ」
「恥ずかしいなー」
恥ずかしさで赤面しかかってるユキトと、嬉しさで頬を染めるミスズが対照的だ。
傍から見ればどちらも幸せそうに見えるのは同じだが。
特にミスズは、恋する乙女独特の眩しい輝きさえ感じられる。
「マジ止めてください」
「仕方ねぇな」
泣きが入りそうになったのでさすがにストップ。
コウヘイも男として思うところがあるので、過剰な追求はしない方針のようだ。
ここにマコトやシイコがいたら、ユキトは精神的にやばい事になったかもしれない。
「良かったな」
「……何がだ」
それから10分ほど談笑が続いた。
比較的歳の近い6人なので、思ったより話が弾む。
軍人ばかりなので、訓練等の割り合い軍事色の強い話題になってしまったが、それはこの際仕方ないだろう。
「お……水水っと」
「また飲み干したのオリハラ?」
「おう。喋れば喉が渇くのは当然だ」
「あんた1人でべらべら喋りすぎなのよ」
ルミの言う通り、話題を出したり合いの手を入れるのは圧倒的にコウヘイが多かった。
その彼にツッコミを入れるので、2番目は彼女だったが。
殆どフル稼働で口をまわしているのだから、それは喉も渇こうというもの。
「でもコウヘイさんのお話は面白いよ」
「エンターテイナーを自任するだけある」
「そうだねー」
「ちょ、褒めても何も出ないぜー……ガム食べる?」
実際コウヘイは場の空気を読むのがうまい。
全員を良く見て、話の輪から外れないようにさり気なく話題や意見を振ったりしていた。
それに気づいていたからこそ、マイとサユリは賞賛したのだ。
ユキトとルミも当然気づいていたが、何だか悔しいので沈黙を守っている。
「それでも水はそろそろ止めときなさいよ。出撃するかもしれないんだから」
「む、じゃあ喉を湿らせるだけ、って事で」
「そうしておきなさい」
彼女らの時間潰しは目標宙域到達まで。
戦闘が目的でそこへ向かっているわけではないので、出撃しない可能性もある。
だが出撃する場合も当然ありえるので、PTに搭乗するなら過度の水分摂取は禁物なのだ。
「しっかし、ウチの隊長は大統領が乗ってる艦の航路なんてどこで知ったんだか」
「例の片方だけ前髪の長いお兄さんからじゃない?」
「お兄さんパネェ」
コウヘイ達の話は、食堂にわずかにいたクルーへと伝わった。
これより後、艦内に片方だけ前髪が長いお兄さん=凄い人の図式が蔓延していく事になる。
遠くヒリュウ改の一室で、これによって某少佐がクシャミしたかは定かではない。
「出撃って、ユキトさんも出るの?」
心配そうな顔で、ミスズは隣の顔を見つめた。
一緒に寝ている彼女だから、夜中にユキトが魘されているのも知っている。
カノと話し合った結果、少しでも和らぐようにと、それぞれ彼の片手を握って寝るのが日課だ。
「大丈夫だミスズ」
「でも……」
「俺は強くなるって決めたからな。ハルコをふん縛ってお前のところまで引っ張ってきてやる」
「……うん!」
力強いユキトの言葉に、ミスズは輝くような笑顔を返す。
誰が見ても、今の2人がお互い以外目に入っていないのは分かる。
それほどの雰囲気が形成されていた。
「せーしゅんだねー。ものすごーく、ミオとアユマユに会いたくなった」
「サユリは教官にぎゅーってしてもらいたいですねー」
「……私も」
「独り身はあたしだけ……何か考えないと」
「例の部隊来るかねぇ……ケーニッヒウルフだっけ?」
「どこのゾイドだ。Koenigswasser」
「ルミさん発音が綺麗ですねぇ」
「そ、そうかしら?」
えへへ、と照れるルミ。
普段は軽く流すくらいだが、お嬢様然としたサユリから褒められると何だか嬉しいらしい。
劣等性が優等生から純粋な賞賛を受けるようなものだろうか?
「そのバッサバッサだけどよ」
「あんたが言うともうなんだかわからないわね」
「口先の魔術師は俺のライバルです」
「……話が進まない」
「それでKoenigswasserがどうしたんですか?」
「今度もかち合うのかな、と思ってねぇ」
軽い口調の割に表情は硬い。
そこに恐怖のようなものを感じるのは、他の面々も少なからず抱いている感情だからか。
場の空気が少しずつ沈殿するように暗くなり始める。
「気が進まない?」
「正直怖いな。向こうのパイロットは殆どが俺らより上なわけだし」
「そうね」
珍しくコウヘイから弱音が飛び出した。
対面に座した3人も、相手側の実力差を思い出して暗い顔になってゆく。
それはしっかり戦力差を認識できているという事でもあるのだが、当事者はそこまで気が廻らない。
戦闘を行う者にとって、重要かつ得難い素質なのだが。
「気にしても仕方ないだろ」
「「「「あ、戻ってきた」」」」
「にはは……」
何時の間にか2人の空間から復帰したユキト。
4人の発言に頓着せず、彼は言葉を続けていく。
「今足りない事に文句言っても仕方ない。俺達自身が強くなればいい」
「おお、何時になく熱血してるな」
「立ち止まってられないからな」
「ふふ。ま、なるようになるか。大佐を信じましょう」
「マイの好きになった人ですもんね」
「……!」
「きゃあきゃあ」
マイは顔を真っ赤に染めて、サユリの肩をポカポカと叩く。
他の面々もそれぞれ気持ちを切り替えられたのだろう、何時もより気合の入った顔つきへと変わった。
時間さえあればすぐシミュレータールームにでも飛び込みそうだ。
「そういえば、お前の兄貴達ってどんな人なんだ?」
「兄貴と義姉さんの事か?」
「そ」
逸る心を落ち着けるべく、コウヘイは気になっていた事を口に出した。
ルミも気になるのか、ユキトの顔へ促すような視線を向ける。
じゃれつくのを止めたところを見ると、残りの2人も同様らしい。
「お兄さん達って、リュウヤさんとウラハさんの事だよね?」
「お、ミスズちんは知ってるのか」
「うん。私とカノちんは前に聞いた事があるよ」
「寝物語に?」
「うっせぇよ! 兄貴は生真面目過ぎるがマトモだし、ウラハ義姉さんは何時もニコニコしてたが怒ると怖い。夫婦仲はものすごく良かったが」
「図星か。普通の人じゃん」
「お前は俺の家族を何だと思ってるんだ?」
ジロリと横目でコウヘイを睨む。
両手を挙げて冗談だとアピールするのを見ると、ユキトは視線を前に戻した。
対面の3人は興味深そうな顔で話を聞いている。
「ああ、でもカンナはちょっと変わってたかも」
「カンナ?」
「2人の子供だ。ガキの癖に時代劇が好きでそればっか見てたな。時代がかった口調にもなってたし」
「何歳だよ」
「今10くらいだったような」
「時代劇口調の小学生……ありだな!」
キラーンと怪しく光るロリコンの目。
全員礼儀正しくスルーした。
「あたしは一人っ子だからわからないけど、兄弟姉妹って良いもんなのかなぁ。マイさんは?」
「いない」
「ミスズはいないんだっけ。サユリさんは?」
サユリの肩がピクリと動く。
隣に座るマイだけがそれに気づいた。
「弟が、いました」
「あ……ごめんなさい」
「いいんですよ、もう昔の事ですから」
笑顔で謝罪を受け入れたが、それは空虚なものだった。
誰が見ても忘れていない事はわかる。
居た堪れない空気に包まれそうになるが―――
「よっし! 兄妹については任しておけ! 俺のラッブリーな妹をご紹介しよう」
―――立ち上がったこの男に粉砕された。
懐からそれを取り出すとテーブルに叩きつけた。
「パスケースですか?」
「いえ、携帯用写真入れでございます! そして見よ、この写真を!」
ババーン、とでも効果音が出そうなリアクションで開いた。
観音開きのそれは、左右に1枚ずつの写真が入っている。
左は儚そうな少女が1人で写っているもの。
右は元気そうな少女が3人で写っているものだった。
「全員妹?」
「まっさか。左が妹の写真ですとも。名前はミサオって言ってこれがまた可愛いでしょ? 昔から――――――」
何故か始まる妹自慢。
立て板に水のような語りが次から次へと飛び出し、ミスズなどは圧倒されて目を丸くしている。
ルミがサユリへと目を向けると、相手も気づいて視線が絡まる。
謝罪の気持ちを込めて頭を上げると、彼女はふんわりと笑って首を振った。
『目標予定宙域到達まで後30分。総員、第二種戦闘配置。パイロット各員は機体に搭乗願います。繰り返します―――』
アカネの声でアナウンスが入る。
あれから会話こそなくなったが、雰囲気は悪くなかった。
10分少々1人で喋り続けている男はいたが。
「さて、と」
「行きましょうか」
「行く」
「ミスズ、後は頼む」
「うん。ユキトさん頑張ってきてね」
「ああ」
一斉に立ち上がり、硬くなった体を解しながら出口へと向かう。
先ほど沈めた気合と向上心が湧き上がる。
それぞれ戦意に満ちた表情を浮かべながら、颯爽と食堂を後にした。
「――――って事があって俺は三国一の幸せっておーい、まだマイスイートシスターの自慢は終わってないぞ」
格納庫。
普段から静寂と無縁のここだが、先ほどの第二種戦闘配置令で俄かに喧騒を増していた。
機体の最終チェックは元より、発進に邪魔にならないようメンテナンスアームの収容など、しなければいけない仕事は多い。
更に大統領の乗った輸送機を格納する必要も出てくる為、スペース作りが特に大変そうだった。
「じゃあ、やっぱりT−LINKシステムが原因か?」
「それ以外にあったら整備士失格じゃて」
「システムの解析は?」
「ソフトウェア専門のにやらせてみたがお手上げじゃわい。研究機関に一介の整備士が勝てるわけもないし、これは諦めてくれ」
「うーん」
そんな中、難しい顔で話し込んでいるのはこの2人。
ゲシュペンストRのシートに座っているユウイチと、ハッチを掴んでそれに視線を向けるマークだ。
前回の戦闘から帰還した後、密かにに頼んであったT−LINKシステムの再調査結果について話し合っているのである。
ミサキ・カワナとの交感や、不自然なほど読めるようになった敵の行動により、さすがに気にしないわけにもいかなくなったからだ。
「コルムナ奪還で色々通信可能になったろ?」
「ん、ああ」
「それでマオ社の友人に聞いてはみたが、お前さんがテスラ研で貰ったデータ以上の事は知らんとよ」
「SRX計画絡みのシステムだから機密度高いはずなんだが……また偉い友人をお持ちで」
「ちっと親馬鹿だが有能なやつでなぁ。部長から常務あたりに出世したんだったか?」
「何気に爺さんも分からん人だなぁ」
ロブやジョナサンを信用も信頼もしているユウイチではあったが、使用者として詳細な情報を欲していた。
その点は望み薄なようだが。
調べても同等以下の情報しか出てこないという事は、同時に彼らが最大限配慮してくれたという事でもある。
「ユキトは何か言ってたか?」
他に同一システムを搭載している機体に乗っているのはユキトだ。
前回の戦闘で、ユウイチは彼のグルンガストから放射状に出る波のようなものを、目ではなく意識で
意識してそれを行ったのなら、何か感じた事はあるはずだと考えたのだ。
「いや、お前さんのように相手の姿かたちが見えるような事はなかったらしい」
「……そうか」
「だが自分の知る人間―前回は兄貴だったようだが―の特定は出来たらしい」
「なるほど」
一直線に向かっていったのはそれが原因だったようだ。
やはりあの波のようなものが原因だろうとユウイチは考える。
空間や機体の装甲を超えて、ダイレクトにパイロットを認識してしまうような。
「何かやり方とかは?」
「お前さんが初めてユキトを見た時、ヤツは人形動かしてたろ?」
「あの歩くだけのか。やはり超能力だったのなら、システム起動の条件は満たしてたんだなぁ」
「本人は法術と言ってたが、それの力の使い方に倣ったらしい」
「ほー……なら俺も習うべきか?」
半ば本気で考え込んでしまう。
それによりシステムを使いこなせるなら、やってみる価値は大いにある。
敵の行動予測の精度が上がるなら、戦場で絶大なアドバンテージを得る事になるからだ。
「後は……あちらさんも同じ装置を使ってるんだろ?」
「ん? まぁおそらく、としか言いようがないな」
「感応したんなら同種か同一のものって線は濃い。そちらから探るのもありではないかな?」
「わかった。確かに今はこれくらいで、これ以は出てくる情報もないだろう」
「お前さんが上司に直接聞いた方が出る情報は多かろうな」
「だな」
ブリーフィングでアキコと話していた件が更に重要になっただけ。
やるべき事がまとまっただけ逆にやりやすい。
他の手段としては、あのシステムを造ったところに聞くくらいなものだろう。
「不安ならシステムを外すが、どうする?」
「冗談」
「そう言うと思っとったわい」
「ブレットは無くすには惜しい。誘導兵器は戦場で切り札になるからな」
「全くじゃ」
ユウイチがT−LINKシステムを使用する最たる理由がこれだ。
自動ではなく、思考で誘導可能な射撃兵器などこの装置でしか運用できない。
単純な敵への攻撃は勿論、敵ミサイルの迎撃や敵部隊の分断、牽制などその用途は広すぎる程広い。
致命的なデメリットでもない限り手放す人間はいないだろう。
「結論は出たな。じゃあ儂は戻るぞ」
「ああ、助かったよ爺さん」
「これも給料の内じゃわい」
「さすが一流は違うな。ルミの件、頼んだ」
「応」
その言葉を最後に、老整備士は掴まっていたコックピットハッチから離れた。
モニターで周囲に人がいないことを確認すると、ユウイチはそれを閉じる。
そうして雑音の無い空間を作り出し、目を瞑って通信が届くのを待た。
『目標宙域到達5分前。敵部隊の展開を確認。これより第一種戦闘配置へ移行します。各員は所定の位置へ。繰り返します、これよ――――』
アカネの冷静な声が流れ始めると同時に、ユウイチは目を明ける。
どうやら目的の艦は敵に追われているようだ。
『隊長、宜しいでしょうか?』
「了解。各機にそちらの映像を繋いでくれ」
『了解しました』
アナウンスを終えたアカネが機体のモニターに映る。
通信機越しに柔らかな微笑を彼女から貰うと、それに笑みを返して頷く。
各パイロットに別の通信回線を開いた。
「こちらS1、ユウイチ・アイザワ。各員状況報告」
『S2、アキコ・アイザワ。問題ありません』
『S3、サユリ・クラタ。同じく問題なしですよー』
『S4、マイ・カワスミ。同じく』
『S5、コウヘイ・オリハラ。絶好調である!』
『S6、ルミ・ナナセ。問題ありません。後オリハラは自重しろ!』
『S7、ユキト・クニサキ。問題ない』
それぞれ個性の出ている報告に苦笑する。
音声のみだったが、各人の顔まで見えるようだ。
被っていなかったヘルメットを装着し、パイロットスーツの首部分へと繋げる。
「よろしい。サトムラ少尉、状況を」
『はい。現在位置は、本艦正面に大統領搭乗のタウンゼントフェスラー、11時方向に敵ペレグリンA型が1、AMが12機です。両艦の距離は2000』
「A型という事は例の部隊ではないな。通信は?」
『既に発信済みです』
何人かの安堵の溜息が通信機越しに聞こえる。
ユウイチ自身は、大統領身柄の確保という状況であの部隊と事を構えるのも良いと思っていた。
その場合、前々回の状況そのままに屈辱を晴らせる可能性があったからだ。
格上と戦う方が多くなるだろう部下には酷な事なので、いない方がいいか、とすぐに思い直したが。
『という事は、私達は敵部隊の足止めでしょうか?』
『はい。アイザワ少佐の仰る通り、PT各機には敵艦と敵AMの足止め、および殲滅をお願いします』
『その間にプラチナでタウンゼントフェスラーを回収って事ですね?』
『はい』
アキコとサユリの主動で話が進む。
作戦の初期段階での質問や意見は、ユウイチと彼女ら2人が行う事が多い。
もう少し細かくなると各自気になるところが出て質問も増えるが、ここらへんは役割分担のようなものだ。
「他にレーダー圏内の敵部隊は?」
『3時半の方向からAM10機ほどが移動中です。このままですと、大統領艦とランデブー1、2分後に到達する模様。それ以外は現在のところ機影はありません』
「ふぅむ……部隊を2つに分ける。女性陣の4人は先行して敵部隊の足止めと殲滅。指揮はアイザワ少佐に任せる。」
『了承です』『……了解』『了解しましたー』『了解です!』
「俺を含めた残りは後続に備える」
『出待ちっすか、了解』『了解』
「タウンゼントフェスラーには、こちらが同宙域に進入したら進路変更するように言っているな?」
『その点は抜かりなく』
その言に頷く。
艦長のマコトから何もないところを見ると、ユウイチに任せたという事か。
「全員自らの足りないところを自覚して戦え。砲撃戦用の機体へはカワスミ機とナナセ機であたるように。2機連携を徹底しろ」
『頑張ります!』『頑張る』『頑張りますよー』
「よし。アイザワ少佐、頼んだ。しっかり見てやってくれ」
『了解しました、アイザワ大佐。各機カタパルトデッキへ』
『『『了解』』』
ユウイチ機の左右を、それぞれのゲシュペンストMk−Uが通り過ぎていく。
その際に、T−LINKシステムの働きによるものか、各パイロットの意気込みを感じ取った。
並々ならぬ向上心と戦意に、思わずユウイチの口元が釣りあがる。
彼女らがこの一戦で更に腕を上げるであろう事を確信し、エアロックの向こうへと進んでいく4機を見送った。
双方敵を射程距離に捉えると、ビーム兵器の火線により戦端が開かれた。
敵が部隊を足止めと大統領の確保の2つに別けた為。発進した4機も半数ずつに別れている。
足止め部隊にあたっているのはマイとサユリのコンビだ。
格納庫の3人は、プラチナの望遠映像を中継してその様子を確認していた。
『あの2人はさすがの連携だなぁ』
『ああ、見事なもんだ』
「伊達にお前らより長く教導していないからな」
感嘆の声を上げる男2人だが、ユウイチは至極当然という顔でそれに返す。
戦力差3倍だが、マイとサユリは巧みな連携でそれと渡り合う。
倍する砲撃を巧に回避し、的確に射撃を命中させるサユリ。
鋭角的な旋回と加速で敵を振り回し、狙い済ました斬撃を加えるマイ。
それでいてお互いの死角を補い合う事を忘れない。
「あの2人の信頼関係は姉妹以上のものだな」
『瀕死にしたら放置して次かい』
『その後即撃ち抜かれたしな』
効果的な連携を保つ2人に、敵部隊はその前衛をあっさりと壊滅に追い込まれた。
残りは砲撃戦用の2機だが、接近さえすればマイが膾にするのは明白。
サユリの支援砲撃があればそれもそう遠くないだろう。
『1対2じゃやりたくないコンビだな』
『どーかん。ナナセと格闘戦やる方がなんぼかマシだ』
「ふむ……開花してきたかな?」
明確な敵を得て目的意識が高まったか、前回の戦いよりも連携戦闘の完成度が増している。
ユウイチの見立てでは、彼女ら2人はそれぞれの得意な部分でもギリギリ一流には届かない。
だが2機で連携して戦う分には、あるいは地球圏最強のコンビにまで到達する可能性があると見ていた。
(いずれ育ったら、ヒリュウ改のあの2機と模擬戦させるのも面白いかもしれないな)
一方のアキコとルミだが、こちらも追いついて戦闘に突入していた。
彼女らは本来の足止めが目的となる。
タウンゼントフェスラーがプラチナに収容されるのを援護する役目だ。
『おい』
『あれで乙女とか、さすがナナセ』
「まぁ悪い手じゃないが、少し腕前が足りない」
画面の中では、片方のゲシュペンストMK−Uが全速力で突っ込み、敵にジェットマグナムを突き刺していた。
ユウイチの言う通り離脱が遅れて囲まれそうになったが、もう1機の援護を受けて距離を取る事に成功した。
敵を1機落とす事は出来たが、いささか危なっかしい。
『精神修養が足りませんな』
『言いたい放題だなお前』
『あっちには聞こえないし〜』
戦闘中のパイロットを邪魔しないようにメインの回線とは別のモノを使っているので、確かに向こうには聞こえない。
聞いている人間がチクるとは思わないようだ。
ブリッジには流れているので、そちらには筒抜けなのだが。
(やはりルミは格闘に光るものがあるようだな)
両手両足で攻撃を繰り返している機体を見るとそれも頷ける。
普通は自機のダメージを気にして、ああも打撃を入れる事はしない。
あの思い切りの良さは、アタッカーとしては長所と言えるだろう。
無論場合によっては短所にもなりえるが。
『しかしよく殴るな』
『……アイザワ少佐すげぇ』
『いきなりどうした?』
『今のナナセのフォローをあんなに完璧に』
悔しさが滲む様な声に、ユウイチはしらず笑みを浮かべる。
アキコの援護はこれ以上ないものだった。
密着して格闘を行っているナナセ機に敵を近づけさせず、かつタウンゼントフェスラーに行かさぬよう足止めも行う。
彼女のお蔭で、ルミは敵1機に対してああも攻撃を続けていられるのだ。
「連射の精度が桁違いに良いからな」
『敵の行動を制限出来るって事っすか』
「そういう事だ」
中々どうしてコウヘイも理解力が高い。
アキコの強みは、機動兵器戦闘の為に必要な数々の技能を高次元で修めている事だ。
一歩間違えば器用貧乏だが、彼女はそれに当て嵌まらない。
「当面はアキコを目標にすると良いだろう。よく動きを見ておけ」
『了解です』
『……俺は?』
「機体が機体だからまた別」
『……そうか』
納得出来なさそうなユキトをよそに、モニター内では最後の機体が倒されようとしていた。
後衛の砲撃戦用AMに、先ほどと同じくナナセ機がジェットマグナムを炸裂させる。
撃破と同時にアキコ機と合流すると、2機はペレグレンへと進路を向けた。
先に攻撃を開始しているサユリとマイと合わせれば、そちらの撃沈もすぐのはずだ。
(格闘と言えばカイ少佐か。ルミに会わせたいところだが……さて)
「クニサキ機が前衛。オリハラ機はそれを援護してやれ。半分は俺が持ってやる」
『『了解』』
女性陣の活躍で、タウンゼントフェスラーとのランデブーは無事成功。
敵の第二陣に備えるべく、収容前にユウイチ達が発進した。
艦の2隻は現在相対速度を合わせている。
「クニサキは確実に敵に攻撃を当てる事を第一に考えろ。敵からの攻撃は、無理に避けるのではなく腕や足で防御するように」
『了解』
「オリハラは、なるべくクニサキ機が1対1で敵に対応出来るように立ち回れ」
『了解。敵は落としてしまっても構わんのだろう?』
「前衛と後衛の、それぞれ1機ずつは必ずクニサキに対処させろよ」
『ういーっす』
それぞれに目的を持たせる。
今の彼らならしっかりと学習してくれるはずだ。
飛行を続けていると、情報通りにレーダー圏内に10機の反応。
「マコト、4機が戻ってきたら
『了解したわ』
「頼むぞ。俺は左側を潰す。オリハラ・クニサキ機は右だ」
『『了解』』
『タウンゼントフェスラー収容完了。残敵の掃討をお願いします』
「了解」
アカネの通信に応えつつも徐々にフットペダルを踏み込んでいくと、強烈になるGがユウイチの体をシートに押し付ける。
それに耐えるべく、気合を入れて操縦桿をより強く握り込んだ。
味方の2機を遥かに引き離し、展開する敵部隊の左側へと一直線に進む。
「ぐ……この加速は慣れんなっ」
敵からの砲撃を下方面へ潜る様に躱す。
回避しきると同時に、即座に機首を直角に曲げて急上昇。
既に敵は射程圏内へと取り込まれていた。
あまりのスピードにこちらを見失っていたらしく、向こうはやっと正対しようとする動きを見せる。
「当たれよっ!」
それを尻目に、ブレットの半数を一気に射出して目視した敵数機へと叩きつけた。
そしてニュートロンビームの発射ボタンを押し込み、一瞬で敵部隊の上へと抜ける。
各部のバーニアで制動をかけ、無理やり染みた急旋回。
「ぐぅぅぅ!」
強烈な横Gに、失いそうになる意識を奥歯をかみ締める事で耐えた。
再度敵部隊を目に収めると、プラズマカッターを装備して再び閃光の様に襲い掛かる。
すれ違いざまに1機を斬り捨て、そのままコウヘイとユキトの機体後方まで下がると反転して停止した。
『なんつー速度』
『化け物かよ』
2人が戦慄するのも無理からぬ事だろう。
有言実行というべきか、ユウイチの撃墜数は5。
たった一度の突撃で敵部隊の半数を蹂躙せしめた。
「そのままオリハラは牽制と攻撃。状況判断はお前の考えでやってみろ」
『うぃ、好きにやらせてくれる上司のありがたみを感じますなぁ』
一気に5機の友軍機を失った敵は見事に浮き足立っていた。
すかさず、コウヘイが分断するべく敵の密集部分にメガ・ビームライフルを連続して撃ち込む。
左右に敵機がばらける中、火線の1つが避け損ねた1機の足に中った。
『いただき!』
姿勢制御で一瞬止まったところに、コウヘイがビームを命中させて止めを刺した。
今の戦闘を見てもあまり練度の高い部隊ではないのが見て取れる。
ともかくこれで当初の予定通りに事が運べそうなので、ユウイチは通信機に向かって声を出した。
「クニサキ機は右に回避した1機を狙え。相手の動きを良く見ろ。いや、お前は相手の考えを読む気持ちで動いてみろ」
『予測しろって事か?』
「法術とか言ったか、人形を動かす時の精神状態で相手に集中してみればいい」
『前みたいにか……分かった』
マーク老人から聞いた事を加味して命令を送る。
同時に、前回の戦闘ユキトから感じたモノがまた放射されるのをユウイチは感じ取った。
今度は注意深く意識を広げるようにそれへ向ける。
(感じるのは存在感みたいなものだが、曖昧過ぎて感覚的なもんだな)
その存在感にも、大きさの違いがあるらしい事をユウイチは直感で理解した。
感じる中で一番大きいのはユキト、他はどれも同じようなものだった。
同じ大きさでも敵は敵という感じだが、コウヘイは個として認識する事が出来る。
瞬間拡大した意識に敵意が触れるのを読み取ると、敵の砲撃が発射される前に機体を移動させる事で回避した。
(実際に知ってる人間と、会った事もない人間では精度に差が出るのか?)
そして、あまり遠くなると感じ取れなくなる事も同時にわかった。
プラチナはそのクルーの多さで漠然と方向だけはわかったが、明確な位置の判断はつかない。
一般的に見ればそれも異常な事だったのだが、比較すべき対象がないユウイチには分からない事だ。
その間も、散発的な敵からの砲撃を半ば無意識に避けていた。
彼の与り知らぬ事だったが、今この時もT−LINKシステムの稼働率は少しずつ上昇し続けている。
『な、何だ? 敵の攻撃がわかる……のか?』
ユキトも異常な感覚の只中にいた。
敵との距離が開いている時は、ユウイチと同じように射撃が放たれる前に動いて回避する。
近距離で格闘武器を相手取るときは、攻撃が飛んでくる箇所が分かっているかのようにあらかじめ防御を固める。
傍から見ていれば、彼の言葉通り敵がどこに攻撃するか分かっているかのようだ。
「それを自らのものにしろ。次の動きも分かるはずだから攻撃もしっかり中てられるはずだ」
『な、何であんたにそれが……』
「お前が強くなるには一番の早道だ」
『! わかった!』
疑問を飲み込み、力強い声で返事を返してきた。
今のユキトにとって、強くなれるなら非情なものでもない限り手段は問わないと言う事だろう。
最初はぎこちなく繰り出していた攻撃も、先読みが正確になるにつれ苛烈になっていく。
『うぉぉぉ! ファイナルビームッ!』
ナックルでノックバックさせ、距離が出来たところにファイナルビームを叩き込む。
ノーマルのAMでは耐えられるはずもなく、一瞬の爆発の後宇宙に散った。
『次!』
『燃えてるなぁ。砲撃戦用の機体を1機孤立させてるから、次そっち頼むわ』
『ああ』
きっちり自分の仕事を済ませているあたり、やはりコウヘイは侮れない。
プラチナ所属のパイロットの中では一番の曲者と言えるだろう。
その彼は、のらりくらりと残った2機を相手取りながら的確にダメージを与えている。
『こっちもそろそろ終わらせないとねー』
敵機の射程と、機体間の距離を調節しながら攻める。
急加速で1機に接近してサーベルで斬りつけたかと思えば、次の瞬間には遠くに引いて射撃を浴びせている。
敵はその自由な動きに惑わされ、効果的な反撃もままならない。
(あの空間認識能力は天性だな)
コウヘイは敵との間合いの取り方が抜群に巧い。
敵の射程距離を読み取り、一定の距離を保って一方的に攻撃する事も容易くやってのける。
戦場の地形を把握して逃げ隠れする事も得意なので、最も死に難いパイロットと言えるだろう。
『これで終わり、っと』
突撃しながらメガ・ビームライフルで1機落とすと、その勢いのまま残りの機体にジェットマグナムを繰り出す。
両機とも、じわじわと削られて瀕死の状態だった為にあっさりと終わった。
コウヘイの機体には傷らしい傷がないところをみると、巧く戦って封殺したようだ。
『こちらも終わった』
爆発する敵機を背後に、ユキトのグルンガストも戻ってくる。
こちらはある程度装甲に傷があるが、機体の事を考えれば軽微なものだ。
2人とも見事にレベルアップしている。
「こちらS1、敵機の掃討を完了」
『プラチナ了解。周囲に敵部隊の反応なし。帰艦してください』
「了解、帰艦する」
『了解』
『りょーかい! 今日は旨い酒が呑めそうだなぁ、ユキトも呑もうぜー』
『いい』
『まぁまぁそう言わず、ミスズちんとカノっちにお酌してもらって』
『……付き合ってやらんでもない』
『ぷっ、わかりやすいやつ』
『うるさいっ』
ぎゃーぎゃーと煩い2人。
ここにルミでもいれば更に大きな怒声で止めていたかもしれないが、生憎とここにはいない。
迷惑がっている人間がいないのだから止める必要もないのだが。
(それぞれ異なった資質を持つ5人か……退屈させない連中だな。……鍛えるのが楽しくなってくるじゃないか)
唯一迷惑しそうなユウイチには、そもそも2人の喧騒が届いていない。
5人の訓練メニューを考えるのに没頭していたからだ。
艦に到着するまで、愉悦の形に歪んだ彼の口元が戻ることはなかった。
『おぉう』『……何?』『何でしょうかねぇ?』『な、何?』『何だ?』
『『『『『何故か寒気が』』』』』
プラチナ艦内、艦長室。
現在ユウイチとマコトは、ブライアン大統領と共にこの部屋の応接用ソファに座っていた。
コロニー統合府大統領を食堂で持て成すわけにもいかないので、その為の措置だ。
話を切り出す前に、双方テーブル上の飲み物で喉を湿らせる。
「……さて。アイザワ隊長、アイザワ艦長、今回は助かったよ」
「いえ、今回はギリアム少佐の情報があればこそでしたから」
「目標宙域の選定も彼でしたしね」
「謙遜かい? ともかく君たちに助けられたのは確かだ。ありがとう」
大統領になったほどの人物があっさりと頭を下げた。
ユウイチはピクりと眉毛を動かしただけで済んだが、マコトは目を見開いて言葉も出ない様子。
彼女の認識の中では、政治家は感謝したり謝罪したり出来ない生物だっただけに、その驚きはひとしおだ。
「い、いえ恐縮です」
「これで少しでも前回の負債が返せましたかね?」
一瞬の間が出来たが慌ててマコトは返事を返した。
そんな妻に対して、隣の夫は飄々としたもの。
彼にとって、社会的地位の高い人物がフランクだったり茶目っ気が多かったり優れた人格者だったりするのは割とある事。
ジョナサンもあれで名の通った博士だし、ノーマン大将もしかり。
最初の上官であったカーウァイ・ラウ大佐にしても破天荒すぎ、普通と違う偉い人物には耐性があった。
「ははは、十分十分。今回捕まっていたら不自由な思いをしただろうからね。その点前回の部隊は実に融通が利いたものだが」
「! そこのところを詳しくお聞きしたいですわね」
「君のような美しいご婦人に質問されたらなんでも答えてしまいたくなるなぁ。アイザワ大佐が実に羨ましい」
「自慢の女房ですので」
「ユウ!」
「堂々と惚気られとは、独り身には辛いなこれは。ハハハハハ」
「ははは、大統領ならすぐにでも1人や2人捕まえられるでしょうに」
敵部隊の情報を入手出来ると意気込んだマコトだが、見事にタイミングを外されてしまった。
笑いあう2人をよそにがっくりと肩を落とす。
「君とは話が合うねぇ大佐」
「いやまったく。是非ユウイチと呼んでください」
「これは光栄だ。僕の事も是非ブライアンと呼んでくれると嬉しい」
「OKブライアン。改めてよろしく」
「こちらこそよろしく。これで僕達は友達だ」
「「ははははは」」
あれよあれよという内に誼まで結んでしまった。
テーブル越しにがっちりと握手を交わす2人。
(もうどうにでもして)
シリアスな展開になるだろうと構えていたマコトだけに、思いっきり力が抜けてしまった。
盛り上がる男達を脇に、ガクリと頭と肩を落とす。
その為、一瞬2人の目線が自分に向いたのに気づかなかった。
「向こうでは珍しいのか数人僕を見に来てねぇ、皆さん見目麗しい方々だったよ」
「それは少し見てみたい気もするなぁ。こちらの情報は名前のみだし」
「7人だけと言う話だから人数については間違いないだろうね」
「こちらに合わせたか偶然か……」
マコトを他所に軽い雑談が続く。
彼女は既に、彼らの会話に介入する事を諦めてた。
いや、しない方が上手く回る事を理解したというべきか。
「そうそう何故か子供もいてね。えらい時代がかった喋り方をする子で、話し相手になってくれて楽しかったよ」
「艦内に子供とは、ますますもって親近感の湧く部隊だなぁ」
「おや、こちらにもいるのかい?」
「ウチの娘が2人ほど。会ってみるかな?」
「君の奥さんの娘さんならさぞや可愛らしいんだろうねぇ」
「勿論世界最強だとも」
「ハハハハ、それは是非会ってみたいな」
世間話程度の軽さの中で、相対した部隊の情報をやり取りしている。
大統領はこちらが欲しい情報を理解した上で、あくまでも雑談の内容として話していた。
話の入り方が軽妙洒脱な為、生真面目な人間は振り回されるだけだろう。
それでいて読みが確かとくれば、なるほど統合軍にも要注意としてマークされようというものだ。
「ミセスアイザワ」
「あ、はい」
「折角ですので、貴女の事も名前お呼びしても?」
「え……はい。勿論構いませんが、大統領閣下」
「ブライアンでいいですよマコト艦長」
「は、はい、ブライアン大統領」
「おいおい旦那の前で人の妻を口説かないでもらいたいな」
「美しいご婦人に対する挨拶じゃないか、気にしない気にしない」
それでも、にこやかに笑みを浮かべる対面の人物を見れば、そんな要注意人物には見えない。
だからこそ大統領なんて政治家のトップを張っていられるのだろう。
結論として食わせ者だという事だ。
『隊長!』
マコトも混じって雑談に興じること暫し、そこにアカネから通信が入った。
冷静な彼女が声を荒げるという事は相当の事態という事だ。
大統領に一言断ると、ユウイチとマコトは揃ってデスク上の通信端末へと走り寄る。
「ユウ、嫌な予感がしない?」
「同感。アカネどうした?」
『はい、L4宙域のエルピスから地球へ向けて、コロニー統合軍の主力艦隊が出撃した模様です!』
「何?」「本当なの?」
それが正しければ戦局は一気に動く。
向かう先は地球の主要施設、連邦総司令部があるジュネーブが最も可能性が高いと思われる。
そして、攻められればあっさりと陥落する。
DCを相手に戦力を削られ続けている連邦軍では、防衛する事は事実上不可能だからだ。
『複数の衛星からネットワークを経由した情報です、信憑性は高いと思われます』
「今更マイヤーが直接降下して打って出るとは思えないがねぇ」
応接用のソファに座ったまま、ブライアンがぽつりと考えを口に出した。
その声は沈黙が満ちた部屋によく響く。
それは数時間前にギリアムとユウイチが交わした会話の中にあったものと同じだ。
「確かに。戦争開始時点ならそれで勝負は決まっていたからな。今更旨みがあるとは―――」
『新たな通信をキャッチ』
「―――タイミングがいいな。どこからだ?」
『暗号通信……前回の隊長へお繋ぎしたのと同じ回線です』
「(教導隊専用か)分かった、こちらに廻してそちらとの回線は切ってくれ。また何かあればその都度連絡を頼む」
『了解しました』
同時に画面が切り替わる。
プロテクト画面で十数桁パスワードを入力してセキュリティを解除。
更に出る次のプロテクトも解除する。
そしてその次も。
「私はいてもいいのかしら?」
「お忙しいなら僕はお暇させてもらうけど、どうかな?」
「いや、2人にはいてもらった方が良いと思う。ついでにブライアンにはモニターが見える位置まで来てくれるとありがたい」
「ふむ?」
不思議そうな顔の大統領だったが、特に疑問を投げかけるでもなく従ってくれた。
この回線を使う面々を思えば、ユウイチ以外は席を外してもらった方が良い。
だが、虫の知らせではないが彼の勘が囁くのだ。
2人には、特にブライアンにはここにいてもらわないと困ると。
(これもT−LINKシステムによるものか?)
思考しながらも、キーを叩く指は滑らかに動く。
そうして全てのセキュリティを解除すると、ユウイチはエンターキーを押した。
一瞬のブラックアウトの後、モニターには人影が映る。
「……この回線が残ってた時、通信相手はきっと貴方かエルザムだと思いましたよ、ゼンガー少佐」
そこに映ったのは、かつて轡を並べた男。
そして今は敵になった男でもある、ゼンガー・ゾンボルトがいた。
だが、その相手は真剣な顔でこそあったが、張り詰めたものは見えない。
「ふっ、元気そうで何よりだユウイチ。だが、今回の俺は繋ぎ役に過ぎん」
「繋ぎ?」
この男を繋ぎに使うような、いや、この男が大人しく繋ぎに甘んじる様な相手とは一体何者かと、ユウイチは眉を顰めた。
ゼンガーがモニターから外れる。
誰かが映像送信用のカメラを動かしたようだ。
新たに映る先には―――
「久しぶりだなアイザワ少佐。いや、今は大佐だったか」
「……マイヤー総司令」
―――コロニー統合軍総司令、マイヤー・V・ブランシュタインの姿があった。
画面越しにでも分かるその存在感。
座して悠然とこちらを見る様子が、よりそれを高めている。
ユウイチには隣のマコトが唾を飲み込んだのが分かった。
「そちらにブライアンがいるのは渡りに船というものか。彼も交えて、貴官らと少し話がしたい」
同時刻、地球極東地区軍病院。
ミサオ・オリハラの病室に1人の女性が訪れていた。
「久しぶりだね、ミサオちゃん」
「……ミズカお姉ちゃん?」
「うん、そうだよ」
「うわぁ、久しぶりだねぇ!」
喜色満面の少女と向き合っているのは、同じく笑みを浮かべるミズカ・ナガモリだった。
アイドネウス島から中立国を経由してここまで来たのだ。
話しかける彼女は、ミサオから見えないよう両の掌を強く握り締めて口を開く。
貼り付けたような薄っぺらいの笑みのまま。
「今日はミサオちゃんにお知らせがあって来たんだよ」
「なになに?」
中身のない虚ろな笑みのまま、ミズカは言葉を紡いでいく。
会話する少女は、数年ぶりに姉のような女性に会えたのが嬉しくてそれに気づかない。
それは良い事なのか、悪い事なのか。
「ミサオちゃん、何も言わずに私と一緒に来てくれないかな?」
「うん。病院内なら大丈夫だよ?」
「ううん、ミサオちゃんの病気を治せるところに、だよ」
「え……」
「私の職場―――」
―――アイドネウス島に。
その日、病院からミサオ・オリハラは姿を消した。
To Be Continued......
後書き
本編の更新はほぼ4年ぶりです。
希少な読者の方々には申し訳なさでいっぱいです。
遅れに遅れてすみませんでした。
DC戦争編も残すところ数話なので、何とか今年中に終わらせたいものです。
さて話の内容ですが、相変わらず原作の私的補完に終始しております。
しかしギリアムの動かしやすさは異常ですね。
本人の裏設定があれですし、情報部所属という暗躍しやすい部署にいて、更に主人公のユウイチと知己だったと。
実際ゲーム本編でも色々と動いていますしねぇ。
彼がいなければ今よりもっと強引な展開もあったと思われます。
今回の教導隊専用回線とかは私の妄想の産物ですが、部隊の意義を考えれば本当にあったかもしれません。
ゲームでは語られなかった部分で、”本当にこういう事があったかもしれないな”、と少しでも思っていただけたら嬉しいですな。
行間を変更しましたが、以前と比べてどうでしょうか?
問題がなければこのまま行こうと思いますが、気になる方がいらっしゃればご意見待ってます。
ご意見ご感想があればBBSかメール(chaos_y@csc.jp)にでも。(ウイルス対策につき、@全角)