平原を低速で飛行する機体がある。
ユウイチの現在の乗機、アシュセイヴァーだ。
本来は藍色と白の機体色だったが、受領した時に藍の部分をゲシュペンストのような黒に変更している。
「後どれくらいかしら?」
「レーダーじゃなく目測だからな……15分前後ってところじゃないか?」
機体の周囲には、先ほど思いがけず遭遇したグランゾンの機影は存在しない。
雑事を済ます事と、指定した場所に来るようにとの通信を一方的に送ってくると、シュウは返事も聞かず去っていった。
相変わらず唯我独尊なやつだとユウイチは思ったが、相手に対話する意思があるなら否はない。
狙われた町に寄ってウェンディの荷物を回収すると、慌しく町民との会話と挨拶を終わらせて目的地に移動しているのだ。
「でも良いのユウイチ? お金あげちゃって」
「こちらの貨幣価値がイマイチ分からないが、半分は貰ったんだから良いさ」
「でも……」
「ウェンディが世話になったなら俺にとっても他人事じゃないからな。俺からの礼って事で」
「……もう」
怒ったような声を出したが、ウェンディの頬は綺麗に紅くなっていた。
残念な事に後ろのユウイチには見えなかったが。
彼らの話しているお金というのは、倒した山賊の機体から発見した貴金属などを処分したものだ。
結構な稼ぎがあったらしく、ボスではないとはいえ1機1機にそこそこの宝石やら金銭が残されていた。
逃げる時に回収するのを忘れていったらしい。
「で、この25000クレジットで何が買えるんだ?」
「うーん、そうねぇ。1人で王都の一般的な宿に1ヶ月くらい泊まれる……くらいかしら?」
「そこそこの額ってところか。大金とは言えないけど」
ユウイチは1クレジット10〜15円くらいかとあたりをつける。
最低限のレートとして25万と考えると、なるほど当面の生活費にはなりそうだ。
機体の防犯を考えても、現状はコクピットで寝るしかない為、衣食住の住はアシュセイヴァーで何とかなる。
残りの衣食だが、ウェンディと2人でも節約すれば1ヶ月程度は十分もつだろう。
ここでナチュラルに彼女も計算に入れるところが、コウヘイ曰く天然スケコマシの面目躍如である。
「早急にフェイルでも見つけてたかるか……」
「……ユウイチ」
「いや、ツテは大事だぞ。軍人なんてやってるから、俺に生産的な事は出来ないし」
「開き直らないの! もぅ、いざとなったら私が養ってあげるから」
「え」
「え? ……っっ!!」
沈黙がコックピットを満たす。
驚きの声を上げたユウイチだが、発言したウェンディとしても、どうやらポロッと口から出てしまった言葉だったようで驚いている。
そして一瞬にして、頬と言わず顔全体が真っ赤に燃え上がった。
先ほどの比ではない。
「……」
「…………」
「えー……んんん。気を取り直して、現在のラングランについて教えてくれないか?」
「そそうね今はシュテドニアス連合の宣戦布告から襲撃を受けて各州はおろか王都も占領されてしまっているの!!!」
「(一息……そんなに混乱したか) 王都は守りきれなかったのか?」
「……こほん。1度は防衛したらしいのだけど、物量さに撤退を余儀なくされたらしいわ」
「フェイルたちはどうなったんだ?」
「王家の方々も私も、王宮地下の避難施設のおかげで怪我はしなかったのだけれど、私は先に脱出させられたから後の事は……」
軽く首を振って知らない事を示す。
揺れる髪がユウイチの皮膚をくすぐったが、努めて無視する。
コックピットに人1人が余裕を持っていられる余計なスペースがない為、ウェンディはまた膝上にいるのだ。
基本的に、シャドウミラーが運用していたアサルトドラグーン系の機体に余計な居住性はない。
闘争を第一とする彼らにとって、戦闘関連機能の追及こそが肝要であるからだ。
おかげで機体の心臓部であるコックピットはパイロットにとっては快適であるが、同乗者を考慮した造りにはなっていない。
なので、余剰スペースである操縦者の上、に存在する事になるわけだ。
「フェイルが生きてるのは確実なんだな?」
「ええ。反シュテドニアス勢力を糾合して、今も抵抗を続けてらっしゃるって、噂で。私も合流したいのだけど、検問や警戒網が厳しくて」
「占領下の国ってのはそんなもんだろうなぁ」
「殿下の勢力と逆方面ではカークス将軍が抵抗を続けているらしいのだけど、そっちにも行けなくて困っていたの」
「……カークス?」
引っかかる名前に、ユウイチは過去の記憶を掘り起こした。
最近の激しく色鮮やか過ぎる闘争の記憶を押しのけ、やる気のなさそうな中年男性のイメージが想起される。
さすがに顔形までは思い出せなかったが、あまり反抗勢力の旗印的な印象ではなかった事だけは思い出した。
「昔会った時はそういう事をしそうじゃない人だったと思うが……大丈夫なのか?」
「確かに昼行灯って言われてて、クリストフの王都襲撃で左遷されちゃったけど……。でも今は一大勢力になってるらしいのよ?」
「へー。何が切欠で人間変わるかわからんなぁ」
「本当にねぇ……」
しみじみと頷くウェンディ。
王都勤務時代を知る彼女にとって、現在の強大な軍を率いているカークスの状況はまさに青天の霹靂のごとしであった。
そしてそれは、かつての彼を知る人間の大よそが抱く感情である。
「その遠因がシュウの王都襲撃か」
「初めて聞いた?」
「いや、あらましは地上でマサキから聞いていたが。……ゼオルートさん、犠牲になったんだってな」
「親しくしていただいたの?」
「何度か会話したくらいだけど、不思議と印象に残ってる」
「……そう」
こちらは先ほどのカークスより鮮明に思い出せた。
死して二度と会うまいと思っていたのに、先ほど遭遇した友人と、そんな彼が殺した子供心にも好ましい大人だった男の姿が同時に思い浮かぶ。
特に前者はいまだ内心では驚きが抜け切らない。
目的地が近づくにつれて、ユウイチの意識は最後にシュウと相まみえた場面へと飛んでいった。
スーパーロボット大戦 ORIGINAL GENERATION EX
Another Story
第二話 悪友と親友の境界
約1月前―――火星
『やーれやれ、まさか負ーけるとはねぇ』
「いい加減堅すぎる!!」
距離をとった正面の機体からいささか覇気の欠ける声が流れる。
それは、今までの地球圏で見たあらゆるモノと合致しない人型機動兵器だった。
両肩の砲身に丸い頭部が特徴の、ゲシュペンストと同程度の大きさ。
たが、その運動性はヒュッケバイン系に匹敵し、装甲は一式グルンガストを悠に凌いでいた。
腕がなくなったり装甲が欠けていて満身創痍の体だが、基幹部分に致命的なダメージはなさそうだ。
対するユウイチ機も直撃こそなかったが、高速機動で敵を翻弄し続けたツケか間接のダメージが少々気になる。
『そーう言いなさんな。オレがサシで負ーけるなんざ、最近はロフちゃんくーらいよ? 誇って良ーいぜ』
「ぬかせ」
戦闘に熱が入りすぎ、2機は主戦場から少し離れていた。
お互いの機体が射程外に外れた事で、頭を覚ますと共にざっと戦場を把握する。
味方は大破の後、機体破棄した人間こそいるが人的損害はなし。
敵は―――
『オレ以外全滅かーよ。負ーけた負けた。主力があのバカでーっかい剣に突ーっ込んだみたいだから来たんだけど、こーんな戦力がいたとはねー』
「(やはりオペレーションオーバーゲートの情報が漏れてるか) 大人しく投降するつもりはないようだな?」
『当ーたり前よ。本国に戻っておー偉いさんに怒られないといけないんでね。出ーなおしてくるぜ』
「なら今度はその変なイントネーションをなんとかしてくるんだな」
『こーれがなくなったらキャラ立たないじゃなーいの』
ツッコミどころ満載のセリフを残して転移していった。
させじと牽制はしていたユウイチだが、敵と距離を置いたのが失敗の原因だろう。
なりふり構わず仕掛ければ落とせたかもしれないが、相手のタフネスを考えれば最悪相打ちになっていた可能性も高い。
「仕方ない、戻る―――!?」
『更に転移反応! 数は1……隊長機と同位置!?』
――通信機から声が聞こえる前に、ユウイチは一気に200メートルは機体を後ろに下げていた。
兆候のない転移を察知できたのはT−LINKシステムのおかげだろう。
留まっていれば転移方法によっては物理核融合で大爆発していた可能性も高い。
「今度は何だ? つーかいい加減敵だけ楽に空間転移出来る状況を何とかしないとなぁ」
モニターから目を離さず切実なぼやきを零す。
自分達で行うかは分からないが、ジャミングの1つでも出来ない事には恐ろしくてたまらない。
事実各敵勢力の転移による奇襲で被った被害は洒落にならないのだ。
『フフフ、心配せずともその懸念も時が解決するでしょう』
「お前が言うならそうなんだろうな……シュウ」
転移による発光現象が治まると、出現したのは蒼き魔神。
オペレーションオーバーゲートに介入し、ここにはいるはずのないシュウ・シラカワとグランゾンだった。
「何故いる? ソーディアン内部の戦闘が終わったという連絡はないが?」
『勿論アチラ側にも私は存在します』
「……偽者ってわけでもないが、本物でもないないらしいな。……
「そこまで分かりますか。ええ、ニセものなどではありませんよ。実体ですが、遍在といいましてね。同時に存在する、一種の魔法のようなものです」
魔法ねぇ、と通信回線を開いた先の顔を眺める。
元々何でもありの人間が、今更魔法の1つや2つ使っても驚くには値しない。
味方の通信からは嬉しそうな声で、『魔法だって魔法!』と歓声を上げる盲目の女性なんかもいるが。
ウインドウ越しの顔には、何時からか色濃く感じるようになった邪気のようなモノが溢れそうに見える。
「そうか。
『……本当に貴方には驚かせられますね。わかりますか?』
「頭に強く訴えてくるものがあるからな。今回の戦いで、また先が視えるようになっちまったし」
『そうですか。……まさかそこまで至っているとは思いませんでしたね。貴方のその力に見合った機体を造ってみたかったものです』
「グランゾンに乗る俺かよ、ゾッとしない。……後はそう、昔のお前を知っているからこそ、だろうな。マサキもそこまで遡った付き合いじゃないんだろうし」
互いに苦笑する。
場の空気を見守っているのか、プラチナや他の機体から直接呼びかけてくる事はなかった。
今の2人の間には、入り込み難い独特の空気がある。
「それで、アッチではラストダンスの時間か?」
『ええ。
「こちらに来た理由は?」
ユウイチの最大の疑問点がこれだ。
シュウの性格上、戦うと決めたからには全精力を振り分けるはず。
遍在とやらがどれだけの力を使うかは分からないが、少なからず力のロスはあるだろう。
『貴方が過去の私を知る友人だから、というのはどうでしょう?」
「じょーだん。そんなタマかよ」
『ええ。冗談です』
「まぁそれも何となく分かるけどな」
瞬きより少しだけ長く目を閉じて、過去に思いを馳せる。
次に言葉を発したのは同時だった。
「『南極での決着を』」
言葉が宙に消えて行く刹那の内に、既に両機は相手に向けて飛び出していた。
機体の大きさや武器の優劣も何も考えず、ただ2体の機動兵器は激突する。
その日、2度目にして最大、そして2人の最後の激突が、火星の大地の上で勃発した。
回想は数分か、あるいは一瞬だったのかもしれない。
ユウイチの意識が過去から現在に戻ってきた。
同時に自らを見つめる視線にも気付く。
「……ん?」
「んーん。なんでもない」
ふるふると首を振ると、ウェンディは目線を正面に戻した。
その顔には憂いのような、寂しさのような感情が見える。
少しずつうつむき加減になっていく彼女にユウイチも気付いていたが、理由がわからずにはさすがに声をかける事は出来ない。
(昔のように話せていたけど、そうよね。時間が……経ったんだものね)
過去とは違う眼差しや顔を見せるユウイチに思うところもあるのだろう。
10年以上前とはいえ、ウェンディの中に残る思い出は色鮮やかに残っていただけに。
彼女にとって、歳相応に思いっきり遊びまわった最後の記憶だったのだから。
「反応はないが、そろそろか」
「え?」
「シュウのいる場所さ」
「……まだ何も見えないけど」
現在アシュセイヴァーは他勢力に見つかるのを警戒し、地面ギリギリを飛行している。
左手には平原とまばらに木が生えているだけで、グランゾンはおろか人工物さえも見えない。
機体右手にはそこそこ高い山だけが存在しているから、ウェンディの言は正しい。
高高度なら山の上から先も見通せただろうし、レーダーが使用できれば反応もあったかもしれないが、現状ではどちらも不可能であった。
「だがここを抜ければ」
「あ! 本当にグランゾンね……」
山裾を巻く様に右カーブを抜けると、町らしき集落のそばに立つ機体がモニターに映る。
それはウェンディの言う通り、独特の威圧感を持つグランゾンだ。
そんな機体が立っていては騒ぎの1つも起こりそうなものだが、廃村なのか集落に人は住んでいないらしい。
「でもどうしてわかったの?」
「……念を感じた、と言っても分からんか」
「ネン?」
「どう説明したものか」
言葉を発するのを一時中断して頭を捻る。
ユウイチとしても習熟した手応えこそあるが、使用に関しては感覚的な部分が多いので、それをそのまま他人に伝えるのは難しい。
以前
「心を燃やす「燃」の事ですよ! つまり意志の強さ!」
「ちげーよ! しかも方便だろそれ」
―――突然のボケに反射でツッコんだ。
何時の間にか、目的とする機体まであと僅かな距離まで接近していた。
どうやら今の言葉はグランゾンから発せられたようだが、明らかにシュウの声ではない。
「シュウ以外にも何か乗ってるのか?」
「何かとは酷いですね。この愛らしいあたしをモノ扱いとは良い度胸です! でも今のツッコミ中々切れ味鋭くてGOODですよ!」
ユウイチの疑問には、声の主からわけのわからない返答が帰ってきた。
えらい勢いで発言した割に答えが全くない。
グランゾンから数百メートル離れて着地すると、向こうとの通信回線を構築する。
こちらに合わせているのか、一般的な連邦軍の物から映像も送られてきた。
「喋ってたのはあの鳥か?」
「そうみたいね。多分……ファミリア?」
「多分とはなんですか多分とはっ!! あたしは由緒正しいご主人様の使い魔なんですからねっ!!」
「……そういえば動物が喋る世界なんだったな。猫も喋ってたし、うん」
「ちょっ! 勝手に自己完結しないで、こちらの言葉を聞いてくださいよ!! 無視ですか? 無視なんですか? おーい……」
シュウの肩に止まっている鳥からの発言を聞き流し、ユウイチは自らの常識と折り合いをつけた。
昔迷い込んだ時には見た事がなかったが、確かに娘達が好きなファンタジーな世界なのだと。
ウェンディは、鳥の小さな体躯に反して矢継ぎ早に出てくる言葉の勢いに押されて押し黙ってしまっていた。
発言内容や声から察するに、この使い魔は女性的性格らしい。
「チカ、少し静かにしていてください」
「えー……はいっ! 黙ってます!」
今まで黙り、モニターの先の2人を見ていたシュウが口を開いた。
いまだ喋り足りないのか、未練たらしい雰囲気を発した鳥だったが、一瞬だけピクリとすると直立不動のまま無音となる。
ユウイチもウェンディも、無言でシュウの顔を見た。
直前まで騒がしかった為、沈黙が一層耳に痛い。
それを一番感じているのは、喋りたそうな顔を両の羽で必死に抑えてプルプルと震えているチカなる鳥だろう。
「お久しぶりですね」
「ああ、一月ぶりってところか」
「……そうなのですか?」
「は?」
思わず、ユウイチは呆けた顔で気の抜けた声を上げた。
それほどまでにシュウのセリフが想像の埒外だった為だ。
腕の中のウェンディも目を丸くしている。
「まさかお前がボケるとは思わなかったな」
「ボケているわけではないのですがね。本当に覚えていないのですよ」
「……記憶喪失なの?」
「そーなんですよぅ。だからあたしが貸した1000クレジットも返ってこなくって」
「チカ、黙っていなさいと言った筈ですが?」
「ひぇぇ……す、すすすみませんご主人様っ!!」
シュウから顔を背け、チカは器用に頭を2つの翼で隠した。
対する2人は無言。
自分の中のシュウ・シラカワ像の破壊に、いささか精神的ダメージを負っていた。
「なんというか……芸風変わったな」
「……クリストフ」
「何の事ですか?」
やっとの事で搾り出せた言葉だったが、シュウは全く分かっていない。
おかげで、単純に使い魔が暴走して騒いでいるだけだという事は理解できたが。
もし肯定でもされていたら、2人の精神はゲシュタルト崩壊くらい引き起こしていたかもしれない。
「私のこれは、蘇生術の副作用のようなものでしてね」
「蘇生という事は、やはり生きていたわけじゃないのか」
「その物言い。やはりあなたは私が死んだ時の様子を知っているみたいですね」
「そうなの?」
「直接ではないがな」
「それは結構。出来れば教えていただけませんか?」
モニターのシュウを暫く見詰めた後、ユウイチは自らの知る情報を話し始めた。
彼がどこで誰と戦い、どう討たれたのか。
その時自分は火星に現れた遍在なる分身と戦っていた事も。
「なるほど」
「ご主人様と一騎打ちとか、あたしゃあなたを尊敬しますよ。ホントに」
「あのグランゾンと……」
軽く触れただけの、10分にも満たない語りではあったが、各人何か感じたようだ。
特に火星での戦いは、当事者だけあってリアリティが違う。
「それで、何か思い出したのか?」
「ええ。大よそ思い出せました。あなたの事も、あの下品なマサキの事もね」
「下品って……マサキは元気すぎるだけよ?」
「……ウェンディさんも煩いのは認めるんですねぇ」
「えーっと、ほら。あのくらいの歳なら良い事じゃないかしら?」
「微妙にオバサンくさいですよ」
「いやぁぁ! 歳の事は言わないでっ!!」
メインの2人を放っておいて、ウェンディとチカが騒がしくなる。
ユウイチの話にツッコミや感想を出している内に、どうやら仲良くなってしまったようだ。
性別的な気安さもあるだろうが、性格的に絡みやすいのが一番の要因だろう。
「思い出したなら何よりだが、2度流れた勝負のケリを今度こそつけるか?」
「…………」
殊更軽い様子で尋ねた。
その発言に驚いたのか、女性陣の会話がピタリと止まる。
ユウイチとしては相手の返答はわかっていたが。
「……止めておきましょう。蘇ったばかりで私も本調子ではありませんしね。あなたもそうでしょう、ユウイチ?」
「ああ。どうやら本当に
膝上のウェンディが安堵の息を吐き出す。
同時にシュウの表情が一瞬だけ停止したのが、注意深く見やっていたユウイチには分かった。
次いで、口元が自然な苦笑の形へと変わる。
「一目で看破ですか。……
「オーケー。今のお前なら良いさ」
チカがキョロキョロとしきりに2人の様子を見回しているが、結局わからなかったらしく頭を捻っていた。
ウェンディも似たような感じだという事も雰囲気で分かる。
だが今は説明せず流すと、ユウイチは少しの感慨とともに思った。
彼と敵対し、命を懸けた戦いをする事はもうないのだろうな、と。
何故ならば、シュウからはもう、地球で感じた邪気な念を全く感じないのだから。
「おや?」
「何か来たな」
「え? え?」
「んー、精霊レーダーには特に反応は……」
ユウイチとシュウがお互い必要な情報をやり取りしていると、2人は同時に同じ方向を見た。
ウェンディとチカは何事か周囲やレーダーを見るが、特に変化もない。
その間に、ユウイチはグランゾンと正対していた乗機を右側に並ぶように移動させる。
そして両機は傍の森林を越える高度まで浮上した。
「来ましたね」
「……あれがこっちの兵器か」
森林を挟んだ先。
3ヶ所に機動兵器が現れる。
5種類の機体から成っている部隊のようで、合計11機。
「クワイアー大佐!? あれは、もしや!?」
「反応を追ってみれば……グランゾン。クリストフめ、生きていたのか……」
蒼い魔神を見た瞬間に通信が活発になった。
全機が一瞬とはいえ動きを停滞させた事からも、彼らの動揺が見て取れる。
それほどまでにグランゾンとシュウは悪名高く、また恐れられているのだ。
「隣の機体は見た事がありませんが……」
「見た目からしても魔装機というわけではなかろう……地上人か」
「いかがいたしますか、大佐?」
「2体とも破壊する! グランゾンは私が、大尉はもう片方を狙え! 本隊への通信もな」
「はっ!」
(地上人の機体は惜しいが、あの悪魔をこれ以上のさばらせるわけにはいかん……)
さすがに軍隊、しかも大佐の部隊というべきか、やる事が決まると一斉に動き始めた。
ひとまずは敵に一番近い場所の3体を進め、残りは4機ずつで1つのチームとして散開する。
「こいつらさっきの敵ですよね? シュテドニアスの偵察部隊でしたかぁ。 こっち見て、びびってますよ」
「いいでしょう、少しお相手をして差し上げましょう」
「さっき……まさかシュウお前! ちょっと来い!!」
進軍してくる敵部隊を前に飄々と会話をする主従。
その発言内容を聞くと、ユウイチは何故シュウがこの場を合流地点としたのか気付いた。
機体を動かして、シュウが追従したのを確認すると、敵部隊から更に距離を取る。
「ユウイチどうしたの?」
「フフフ」
「てめぇ嵌めやがったな!」
敵の反応をキャッチしていたにもかかわらず、こうして接触させた。
どうやらアシュセイヴァーがグランゾンと一緒にいるのをあちらに見せるのが目的だったらしい。
悪名高いシュウと一緒にいるというだけでマークされ、捕まりでもしない限りそのチェックが外れる事はないだろう。
そして現状、ユウイチはラングランに侵攻してきたシュテドニアスに捕まるつもりは更々ない。
「機体を捨てて逃げれば足がなくなって帰還が遠のく。いざと言う時の対抗手段もなくなる。……俺もめでたくお尋ね者かよ!」
「一蓮托生というものですね」
「ざーけんな! 曲がりなりにも軍人が、国交がないとはいえ他国の軍隊に攻撃とか」
「おや、あなたは現在書類上は軍人ではなかったはずですが?」
「ちっ、そういう細かい事まで思い出しやがって。そうだよ、その性格の悪さは昔からだったなぁ!!」
「フフフ」
「うわぁ、ご主人様嬉しそうですねー」
苦虫を噛み潰したような顔のユウイチと、チカの言うように笑みを浮かべたままのシュウ。
しかしその顔は、普段のアルカイックスマイルではなかった。
以前はあった得体の知れなさと薄暗い雰囲気も、その姿からは窺う事は出来ない。
そしてユウイチも、内心このやり取りを面白がっているかのようで、どことなく楽しそうな雰囲気を出している。
話の展開を黙って見ていたウェンディは、そんな2人に、驚きと懐かしさを感じていた。
「……ラングラン軍とはやらんぞ?」
「取り敢えずはそれで構いませんよ。彼女が乗っている以上、攻撃されたら防衛はしてくれるでしょうし」
「ウェンディに迷惑は?」
「ユウイチ?」
「ご主人様に脅されていたとでも言えば良いんじゃないですかね? 何せ悪名高いですし」
「……お前本当にシュウの使い魔か?」
「失礼な」
「まぁ、チカの言う通りで構いませんよ。今回の戦闘が終わったら、安全な場所に送り届けて差し上げましょう」
「ちょ」
「よし。交渉成立だな」
「ちょ、ちょっと待って!」
ウェンディが待ったの声を上げた。
自らの意思を無視して進退を決められるとあっては当然の事だ。
モニターのシュウを無視し、体ごとユウイチに向き直る。
「どういうつもり!?」
「どういうも何も、お前までシュウの策略に付き合わせるわけには……」
「やれやれ策略とは酷いですね」
「お前ちょっと黙ってろよ」
「そーですよご主人様。ここは空気を読んでくださいよ」
「お前も煩いよ」
マイペースなところだけはそっくりだなこいつら、と思いつつも、ウェンディと目を合わせる。
即見なければ良かったと思ったが。
頬を膨らませて怒っている様子は、やはり年齢に似合わず愛らしいが、その眼には不退転の決意。
自身説得は無理だと思いつつも、ユウイチは口を開いた。
「あー、いや、ウェンディも安全な場所にいた方が―――」
「私が邪魔?」
「―――邪魔じゃないです」
女性に涙を溜めてそう言われてしまえば、男は白旗を掲げるしかない。
特に、敵対関係でもなければ身内の女性に甘い
ここで突っぱねられれば、複数の妻を持つような事にはならなかっただろう。
「それに、ユウイチはラ・ギアスどころか今のラングランの事もよく知らないんだから、色々と困ると思うわよ? クリストフも記憶喪失なら尚更ね」
「……ごもっとも」
「一理ありますね」
「その為のあたしなんですけどねぇ」
完全にお手上げ状態である。
確かに、今のユウイチにとって好意的な現地人が傍にいてくれるメリットは大きい。
ウェンディも一般的とは言いがたいが、シュウは更に輪をかけて浮世離れしているところがあるのだ。
何か問題が起こっても、この2人なら力づくでどうとでもなるが、起こらないならその方が良い。
「……お願いします」
「はいこちらこそ」
軽くユウイチが頭を下げると、にっこりと笑ってウェンディは受け入れた。
この時に日常での2人の力関係は決まったのかもしれませんね、と後にS.S氏は述懐している。
ラ・ギアスでは、だが。
「くっ! 脱出だ!」
クワイヤー大佐と呼ばれていた人物の乗機が、グランゾンのブラックホール・クラスターで破壊される。
ウェンディの言によれば、ゴリアテと呼ばれるシュテドニアス軍のC級魔装機で、主力量産機らしい。
かなりの射程距離を持つバスターキャノンと重装甲だが、グランゾンを相手取るには不足だったようだ。
「終わりましたね」
「前半空気で戦闘描写省略で退場とか救えませんよねぇ」
「メタんな」
「?? ユウイチ?」
「何でもない。ウェンディはそのままでいてくれ」
「? うん」
ウェンディの素直さが眩しい。
相変わらず歳不相応ではあるが、何故か可愛らしさが先に来る。
彼女の少女前とした容姿と普段の雰囲気がそうさせるのかもしれない。
「ラングランに着くまでに、あーゆーのがいっぱいでるんでしょーね。うっとーしーったらありゃしませんね、ご主人様」
「お尋ね者は大変だなぁ」
「今回の件であなたもですけどね、ユウイチ」
「考えないようにしてたのにそれを言うな。やっぱ一回死んでも性格の捩れ具合は治らんのか」
「失礼ですねあなたは」
「うふふ」
2人のやり取りが楽しくて、ウェンディは笑った。
王都襲撃時とのあまりの違いに不審を感じていた彼女だったが、シュウが変わったのを理解した。
いや、これは戻ったのだろう。
まだ暗躍し始める前の、ユウイチと始めて出逢った頃のクリストフ殿下に。
「でも、ホント、ご主人様が亡くなられたと聞いた時は心臓がとまりましたよ。いえ、たとえじゃなくてホントにです」
「そりゃあ、使い魔は主人と一心同体だものね」
「ああ、よくある主人が死ぬとーってやつか?」
「だって、ご主人様が亡くなられてしまったら、その意識でできているあたしも死んじゃう事になりますからねーっ。生きた心地がしませんでしたよ」
「「ああやっぱり」」
「でも、こーやってご主人様が無事蘇ってくれたんで、あたし、ホントにうれしーんですよ」
「自分も生き返れるからか?」
「そうなんでしょうねぇ」
「そこっさっきから煩いですよ! チャチャ入れない!」
「「はーい」」
先ほどシュウが言った通り、今の敵を最後に敵勢力は壊滅。
最初に進んできたグラフドローン改の2体は、グランゾンの状態を確かめる為、シュウによって立て続けにグランワームソードで叩き斬られた。
残った1体は、分散して敵に対処する前に、行き掛けの駄賃換わりにユウイチに膾にされている。
ゴリアテに率いられた3体のレンファはシュウがMAPWであるグラビトロンカノンで掃討。
バフォームとそれに率いられたナグロッド3体は、機体の武装と念動フィールドの確認を兼ねてユウイチが潰して回った。
「ご主人様は当然ですけど、ユウイチさんも強いなぁ。さすがご主人様相手にタイマン張るだけはありますね!」
「お互い本調子には程遠いですがね」
「えー」
「……本当ユウイチ?」
「まぁ、な」
言葉を濁したが、ユウイチが本来の調子を発揮できない原因は同乗者の彼女にある。
高速戦闘を得意とする彼だが、最高速で機体を乗り回した場合ウェンディでは耐えられない。
幸い、このアシュセイヴァーには念動フィールドがあるので、ユウイチの念動力のレベルや技量も相まって、ある程度の攻撃は意に介さない。
DC戦争当時の愛機であったゲシュペンストでは、その点難しかっただろう。
この機体は遠距離攻撃手段も充実している為、異常な耐久力や速度を持つ機体、驚異的技量を持つパイロットでも現れない限り問題はない。
「でもおいおい考えないとな」
「そうですね。彼女の機体は私が何とかしましょう」
「……何故俺の考えが分かる?」
「あなたは思っているより顔に出ますよ?」
方頬に手を当ててこする。
自分ではそこまで分かりやすいとは思っていなかったユウイチだが、顔を曇らせているウェンディにも当然ばれているらしい。
視線に気付くと、すぐ怒ったような表情に変わって口を開いた。
「敵の能力や名前も分からないで、私がいなかったら一体どうしたのかしら」
「まぁ、臨機応変に?」
「魔装機を軽く見ないように!」
「さっきも言いましたけど、その為にあたしがいるんですけどねー」
「チカちゃんだって敵スペックは知らないでしょう?」
「そうなんですけど、Bボタンで参照が……」
またしてもチカの発言がアレな方向へ行こうとする。
ユウイチもまた慌てて遮ろうとしたが、今度は彼女の主人がその役目を担った。
「……チカ、通信が入ってますよ。繋いでください」
「えっ!? あ、す、すみません気がつかなくて! ただいま繋ぎます!」
「シュウ様、無事のご帰還おめでとうございます。お待ち申しておりましたのよ」
グランゾンに入った通信は赤い髪の女性からのものだった。
年齢は20代といったところだろうが、服装が派手な分詳細な年齢の特定が難しい。
その顔には溢れんばかりのシュウへの好意が窺える。
「……? すみませんが、記憶が欠けているもので、どなたか思い出せないのですが……」
「そう言えばルオゾールがそんな事を……でも、私の事まで忘れられてしまうなんて、あんまりですわ。あなたと二人で過ごしたあの甘い夜の事もお忘れですの?」
「サフィーネ様っ! いい加減な事言わないでくださいっ!」
何故か押し黙っていたチカだが、耐え切れず声を上げた。
すると、サフィーネと呼ばれた女性はわざとらしく使い魔に視線向け、今気付いたかのような顔をした。
モニターには普通に映っていたはずだが、文字通りシュウしか眼中になかったようだ。
「あら、チカ、いたの? でもあなたに人の事が言えて? どうせあなたの事だから、貸しもしていないお金を返してくれ、なんて言ったんじゃない?」
「そ、そ、そそそそんなことないですっ!!」
「バレバレじゃねぇか」
「……あら? よく見ればグランゾン以外の機体もいるのね」
自機には通信が繋がってなかった為に蚊帳の外だったユウイチだが、さすがにツッコミを入れた。
基本、チカと会話すると漫談になるらしい。
サフィーネは今まで完全にシュウにしか目が行っていなかったようだが、このやり取りでアシュセイヴァーにも気付いたようだ。
程なくして、使用されている回線を特定したのか繋げてくる。
「あら結構良い男」
「それはどうも」
「素っ気無い対応ねぇ、啼かせてみたいわぁ」
「妻子持ちなので勘弁してもらいたいな」
「ざ――「えぇぇぇ!! ユウイチ結婚してるの!?」――煩いわねぇ……あら? これまたどこかで見た事のある顔のような?」
「そんなに意外か?」
「私もまだだし、てっきり……ど、どんな人?」
何故自分がまだだと俺もなんだ、と疑問に思いつつもどう答えたものか考える。
が、面倒になってありのまま言う事にした。
モニターのサフィーネなる女性は何かを思い出そうと頭を捻ってる。
かつてのシュウのような邪な念を感じ取ったが、今はどうこう出来るものでもないので気にせず流す。
「どんなと言われても、何人かいるんだが……」
「……え? ああ、うんそうね。ラングランでも戦士階級の人は配偶者を2人持てるわけだから……」
「まぁウチの軍も同じような感じだな。軍人になれば重婚の許可が下りやすい。他にも色々申請しないといけないものもあるが」
「せ、制限はあるのかしら?」
「い、いや別にないんじゃないか? 金銭的な問題でもなければ。ここ最近の大戦でまた男の数が減ったから、推奨はされても制限がきつくなる事はないだろうし……」
「そ、そう? 私にもチャンスはあるのかしら……って何言ってるのいやでも気になる男性がいるわけでもないしユウイチは昔から話しやすかったし私もいい歳で……」
ブツブツと色々とやばい事を呟きながら思考に埋没していく。
取り敢えず、ユウイチは聞かなかった事にして彼女以外に目を向ける事にした。
表情は変わらないくせになにやら面白そうな雰囲気を出しているシュウに、目が爛々と輝くその使い魔、分かる分かるとばかり頷くサフィーネ。
彼の口は知らず変な事を呟いていた。
「……うほっ良いカオス」
「や ら な い か」
「何をですかチカ?」
「……なんだか私のキャラが薄くならないかしら?」
それはきっとない。
閑話休題。
「こほん、それでは、あらためて自己紹介させていただきます。私はサフィーネ=ヴォルクルス。シュウ様の忠実な部下ですわ」
「サフィーネ……紅蓮のサフィーネ?」
「思い出していただけましたの!?」
「いえ……思い出せたのはその通り名だけです」
「そうですか……でも、思い出なんてこれから作ればいいんですもの、気にしませんわ」
(なーに言ってんだか)
(本当にシュウの無意識から形作られているのかこいつ?)
ケッ、っと吐き捨てそうな顔でソッポを向くチカ。
確かにユウイチが疑いを持つのも無理からぬ事だろう。
あるいは作成者はシュウではなく、その作った人物の影響を受けたのかもしれない。
「それで、そちらのお兄さんのお名前は?」
「俺はユウイチ・アイザワ。10余年前からこの捻くれた男の友人をやってる地上人だ」
「酷いですね」
「人を嵌めてくれるようなやつにはこれでも優し過ぎる」
軽口を叩き合う2人は、確かに気の置けない間柄に見える。
そんなシュウの姿が衝撃的だったのか、サフィーネは目を丸くして驚いた。
自らの主がこのように対等に会話している様子など初めて見たと。
「まぁまぁまぁ、確かに本当のようですわね。シュウ様のご友人ならば私に文句はありませんわ。では、参りましょうか、シュウ様」
「サフィーネ様っ!? ままま、まさかついてこられるんですか!?」
「文句あるの、チカ?」
「ととと、とんでもありませんっ! 大歓迎ですっ! うれしいなっ!! …………」
「今、王都に忍び込むのは、難しゅうございますわ、シュウ様。私がいれば少しはお力になれると思います」
「しょうがない、俺も付き合ってやるか。犯罪の片棒は担がないが」
「あなたにとっても否がある行動ではないと思いますよ、ユウイチ」
サフィーネの紅い機体が先導する後を、グランゾン、アシュセイヴァーと続く。
目指すは王都。
そこに辿り着く前に、幾つかの再会が待ち受けているのだが、未だ彼らがそれを知る事はない。
「うーん……よしっ!」
「ど、どうしたウェンディ、大丈夫か?」
「え? ううん、大丈夫。私も色々と頑張らないと!!」
「何を?」
「内緒」
ウェンディは満面の笑みを浮かべる。
相変わらずユウイチからは見えなかったが、機嫌が良い事は理解できた。
より強く背中を預けてきた彼女をしっかり抱きかかえ、操縦桿を握りなおす。
(少なくとも大事にはしてくれているのかしら?)
彼女は見極めてみようと思った。
かつて王都を混乱と恐怖の渦に叩き込んだ蒼き魔神の操者が、果たして本当に昔のように戻ったのか。
そして、偶然の再会を果たした、この異性の友人に抱き始めた感情が何なのかを。
さすがに続きは未定
作者コメント
メリー苦し……クリスマス。
書き始めると何故か筆がノるEX編第二話をお届けします。
しかしこいつら(ユウイチ&シュウ)仲良いなぁ。
当初考えてたより良い友人になっていますねぇ。
そして自動漫才or漫談製造機チカ。
原作からしてそうなので、彼女には自然とメタ台詞言わせられるので楽しいです。
次回からはサフィーネも動かしていきたいですが、果たして私にあのキャラクターを使いきれるか……。
蛇足ですが、火星でのシュウの台詞を一部原作から変更しています。
偏在→遍在。
一応意味を考えてと、某小説との差別化という事で。