地に足がつく感触。
同時に白い光も目の奥から消える。
2回目の体験だからか、尻餅をつく事も眩しさで目が見えなくなる事も無い。
そっと目を開く。
「帰ってきた、か」
馴染みある丘を目にし、口から勝手に言葉が洩れた。
次いで周りを見回す。
向こうもしっかりと考えていたらしく、周りに人影はない。
「はぁぁ…………すぅ」
思いっきり息を吸い込む。
ラ・ギアスとは確かに違う空気に、やはり寂しさを感じる。
帰ってきたんだなぁ。
1週間なのに、慣れ親しんだ丘の空気が異常に懐かしく感じるぞ。
「さーって」
見上げれば蒼い空。
上空が反っている事も無い、蒼い蒼い―――
っ。
空見てるだけで涙腺が緩くなるとは……腑抜けたか?
「いかんなぁ」
一瞬、あの世界は泡沫の夢だったと錯覚しそうになる。
だが違う。
持ち帰ってきたモノは何も無いが、あそこで過ごした記憶はなくならない。
向こうで過ごした1週間を反芻しながら、俺は丘を降り始めた。
外伝 地底世界
エピローグ
あるいは新たなる日々の始まり
「ユ……チ〜!」
「…ウ……さ〜…!」
ん?
丘の中腹で、思わず足を止めた。
誰かの声がする。
離れているらしく聞き取りにくいが、多分女だな。
「5時か」
ポケットから腕時計を引っ張り出して確認する。
ラングランでは微妙に時間がズレていたので仕舞っていたが、こちらでは当然使う。
確かまだ9月だったはず。
まだ日も長いから、遊びにきている人間かもしれんな。
「ユウイチさ〜ん」
「ユウイチ〜!」
……俺呼んでる?
何で……ってアホか俺。
この声はアキコとマコトだ!!
声の主が誰か分かった瞬間、体の方が考えるより早く走り出していた。
「マコト、今日はそろそろ……」
「まだ探すわ。アキコは先に帰って」
「そんな事出来ません」
「でもナユキのご飯だって……」
近づくにつれ、2人の会話が鮮明に聞こえるようになる。
便宜上丘と名づけられていても、ここは全て丘がというわけではない。
俺が送還されたところは、丘でも深部の林を抜けたところだった。
2人から距離が離れていたわけでもないが、最短なら林を突っ切る。
「……何か聞こえる」
「え? 本当ね。林の方から?」
「何だろう?」
「熊とかでしょうか?」
熊はないだろ熊は。
いまいち天然なアキコの考えに、心の中でツッコんだ。
同時に例え様もない歓喜が体を駆け巡る。
2人の言葉の1つ1つが懐かしい。
声を聞いただけでここまで嬉しくなるとは、やはり俺には2人が必要なんだな。
「アキコ、変質者の可能性も……」
「ええ。少し下がりましょう。もしそうなら、分かっていますね?」
「勿論」
物騒な話になってるなぁ。
変質者か……一体誰だ?
…………。
この流れだと当然俺だな。
って―――
「待て待て待て待て! せっかく感動の再会を演出しようと思ったのに、変質者とは何事だ!」
「え?」
「この声」
思わず声を張り上げてしまった。
……しまった。
驚かせようと思ったんだが、自分でぶち壊し。
ちょうど林が切れたので、2人の前に飛び出した。
沈黙の時間。
あまりに突然俺が出現したからか、2人とも固まってる。
そのリアクションだと、俺もどう対応したらいいか……。
「ユ……ウイチさん?」
「おう」
「ユウイチッ!!」
「ぉう!」
腹部に衝撃。
気付いた時には、マコトに押し倒されていた。
幾ら下が芝だと言っても、ちょっと痛いんだが……。
一言言おうと、胸元に目を向けると―――
「泣いて……いるのか?」
「っ…っ……」
―――肩を震わせるマコトがいた。
声を上げる事もせず、ただただ肩を震わせるだけ。
それ故に、よりマコトの感情が分かった。
何も言えず、黙ってその肩を抱く。
「……」
「…………」
目線を上げると、そんなマコトを優しく見守るアキコと目が合った。
慈母の如き表情だが、同時に複雑そうな表情も見える。
そんな2人にかける言葉が出ない。
何とも情けない。
こんな時、あのフェイルなら正直に言葉をかけられるのだろうかと、埒もない事を思った。
それから暫く泣いて、マコトは落ち着きを取り戻した。
顔を上げた今は、もう何時もの表情に戻っている。
「それで、どちらにいたんですか?」
「それが1番聞きたいわね」
落ち着いた2人がまずした質問。
当然と言えば当然の質問だ。
しかし―――
「何と答えて良いか……」
「まさか女のところじゃないわよね?」
「……そうなんですか?」
「い、いいいいやそんなとこじゃないぞ!」
こ、怖い。
2人の闘気というか殺気が、一瞬だけゼオルートさんのあれを凌駕した気さえする。
が、何とか耐えられる。
あの体験が無ければ、俺は無様に膝を屈していたに違いない。
ゼオルートさん感謝します。
「じゃあどこにいたのよ?」
「説明するのは難しいんだが、それより……」
「それより?」
「ただいま」
虚を衝かれたのか、2人とも一瞬惚けた顔をする。
だが、すぐに何を言われたか理解したようだ。
応える為か、顔を見合わせて頷く。
「「おかえり」」
そう言って笑った2人は最高に良い顔だった。
戻ってきて良かったと、心底実感できるそんな笑顔。
改めて、俺の生きる世界はここなのだと実感できた。
「「「ただいま〜」」」
「わ。この声」
3人揃って帰宅の言葉を口に出す。
それを聞きつけたのだろう、ナユキが居間から姿を見せた。
その顔に暗い陰はない。
帰宅途中に聞いた通り、俺が行方不明になっていた事は知らないのだろう。
「わわ。お兄ちゃん久しぶり」
「ああ。ナユキは元気そうだな」
「うん。げんきー」
ニコニコと笑うナユキに目を細める。
自分で実感できるくらいだから、今の俺は相当穏やかな顔をしてるんだろう。
アルザールさんがセニアやモニカに向けていたような。
「1週間もるすにするなんて良くないよぉ。私さびしかったんだよー」
「はは、すまんすまん。お詫びに明日は百花屋にでも行くか? 勿論イチゴサンデーを奢るぞ」
「え、ホント!!」
「ああ、ホントだ」
「やったぁ! イチゴサンデーイチゴサンデー」
嬉しそうに跳ねながらリビングに戻る。
その仕草に思わず口元が綻んだ。
やはりナユキが俺にとって娘みたいなものだからだろうか?
「「ふふ」」
「何だ2人とも?」
「ユウイチがお父さんしてるなぁと思って」
「そうですね」
「そうか。俺もそう思った」
笑い合う。
玄関で、未だに靴を脱いでいないという変な状況だったが気にもならない。
確かに家族としての絆が感じられたから。
「わ!」
「きゃっ!」
思わず2人を抱え込むように抱きしめる。
右手にアキコ、左手にマコト。
その温もりが何故だかとても幸せで―――
「―――」
「ユウイチ」
「ユウイチさん」
―――気付いたら俺は言葉にしていた。
2人とも、驚いたように俺の顔を凝視する。
余程俺の言った言葉が意外だったんだろう。
だが、徐々に嬉しそうな笑顔に変わっていく。
あの世界で、気持ちを言葉にする決意をした以上、俺たちの関係は変わっていくだろう。
軍人になる事も言わなきゃいけない日が来る。
だがこの日――――
――――俺は彼女たちを守っていこうと、確かに決意した。
地底世界 了
後書き
この話はこれでお終い。
ユウイチ君の過去にあった不思議な体験の話でした。
取り敢えず書きたい事はそれなりに書けましたから、割と満足、かな。
最後にユウイチ君が言葉にしたモノですが、それは読者の方の想像にお任せします。
「好きだ」だったかもしれないし、「愛してる」だったかもしれません。
あるいはまた、しかし万感の思いの篭った「ただいま」だったかもしれませんね。
この話は普段の私のスタイルとは違い一人称で書きました。
キャラの心情が絡む話ですので、三人称よりは良いかと思ったためです。
何分慣れない書き方でしたので「下手くそだなー」と思った方もいらっしゃるかも。(笑
私としては、一人称もキャラの心情を書いた事も、勉強になったかな? とは思いました。
私が下手な所為か元ネタがあまりメジャーではない所為か、あまり感想も無かった話ですが、読んでいただいた方には感謝を。
原作の『魔装機神 THE LOAD OF ELEMENTAL』や『スーパーロボット大戦EX』をやってみると、この話は少し面白いかも。
もしこの「地底世界」を読まれ、それらのゲームをやってくれる方が出てくれると、私としては嬉しいです。
それでは、今度は本編でお会いできる日を。
2004.08.06
傭兵
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