発端
白い、どこまでも白い部屋。
その中心に、3つの扉が浮かんでいた。
半円を描くような配置の扉前には、直立する1人の少女。
手を後ろで組むように、休めの姿勢で…………
「く〜」
…………寝ていた。
間
「く〜……はっ! ……えーっと、もしかしてもう本番始まってる! 最近誰も来なかったから油断してたよ!?」
わたわたキョロキョロと周りを気にする事しきり。
後ろを向いて、懐から手鏡を取り出し身だしなみを確認。
年頃の少女らしい仕草だが、如何せん場と合ってない。
「え〜、んん」
咳払いを1つ。
そして両の腕をバっと広げる。
相当練習したであろう、堂に入った動き。
「ようこそナユちゃんの部屋へ。私は司会進行のナユキ・ミナセ。今宵皆様を案内する役目を仰せつかった者です」
そして堂に入った動きで一礼。
……部屋の名前は動きに似合わなかった。
当然本人は気にしていないけれど。
「さて、向かって左から赤、黄色、黒の3つの扉があります」
半身を引いて、左手で背後を示す。
滑らかな光沢を放つ素材で出来ている長方形の扉は、ただドアノブのみが付いている。
ご丁寧にそれまでも同じ色。
「各扉の先には、その色に絡んだ人間が控えているらしいのですが……私も誰がいるか知らないんだよ」
いきなり素に戻った。
ちなみに彼女の服装だが、何故か学生服。
なんだか色々台無し。
「それでは早速扉をくぐってみましょう。選ぶのは私だし、せっかくだから私はこの赤い扉を選ぶよ!! ……苺の赤だし」
ノブを回した。
音なども無く、ボケもオチも無く、面白くも何とも無くすんなり開く。
そしてナユキは足を踏み入れた。
赤い扉→選択者
「お、ナユキか。よく来た」
「こんにちはナユキお姉ちゃん。……それでどこから来たの?」
「ナユ姉いらっしゃい。む〜、私はここね」
「ああ……うん」
扉の先にはアイザワ親子がいた。
あまりにも何時も通りで肩透かしを食ったのか、思わずナユキは生返事。
この赤い扉に絡む人間は、実は彼らではなく選んだ当人だったようだ。
まぁ、彼女がこの色を選んだ時の発言からして分かりそうなものではあったが。
「んじゃ俺はここな」
「あ〜! そ、そんなところが」
「また減った。マリア弱いよ」
ユウイチが手に持ったものを置くと、盤上の薄い円柱形の物体がパタパタ引っくり返る。
白が黒く変わり、その領地を増やした。
その結果に悶えるマリア。
父に負ぶさるように観戦するアキナも、あまりに一方的な展開に呆れ顔だ。
「えっと……何やってるの?」
恐る恐る見て分かる事を尋ねる。
盤面から視線を動かす事無く、3人は同時に発言した。
すなわち『オセロ』と。
オセロの説明は今更するものでもないので割愛する。
別に読者の方も求めていない事だろう。
「そ、そうなんだ……」
「う〜! じゃあこれでどうだ!!」
「じゃあここな」
「……うひゃぁ!! また減った〜! パパ少し手加減してよ」
「勝負の世界は厳しいのだよ。こうして子供を鍛えるのが大人の義務なのだ」
「そうなのナユキお姉ちゃん?」
「え……そうなの、かな?」
『私ってゲストだよね? そうだよね?』と内心自問していたナユキ。
半ば意識が飛びかけていた彼女だから、気付かぬうちに目前にいた姪の質問には明確な答えを返せなかった。
しかし素直な我らがアキナ嬢はそうなんだと納得してしまう。
こうして無垢な少女に、また間違った知識が植え付けられてしまうのであった。
誤解なきよう述べるが、ユウイチの言うような義務は当然無い。
彼の大人気ない発言の裏には、幼少時に現在の義父にゲームでボコボコに負けた事が絡んでいる。
当時彼らが行っていたものはオセロではなく将棋なのだが、その時にダイテツに全く同じセリフを言われたのだ。
それが悔しくて、我が子にも何時か言ってやろうと狙っていたのである。
ちなみにナユキも同様の発言をユウイチから貰った事があるのだが、幸か不幸か覚えてないようだ。
「その話は終わりにしてナユキお姉ちゃん?」
「何?」
「わたしには聞きたいことがあります」
「うん、お姉さんに何でも聞いて良いよ〜」
頼られると思ったのか、ニコニコ顔のナユキ。
彼女は末っ子なので甘えられたり頼られるのにそれはもう弱い。
オセロに熱中する義兄親子など既に眼中にない事からも分かる。
「それじゃあ聞きます。ちこくせず学校にいけていますか?」
「……え?」
愛しい姪の唇から発せられた質問は、頼られるとかとは正反対だった。
むしろ姉が妹を、母が子を心配するようなニュアンス。
「もう一回聞くね? ちゃんと起きて学校いってる?」
「え? え? えーっと…………少々」
「ぐたいてきに言わないといけません、ってお母さんが言っていたよ」
「ぅ。遅刻は4日に1回です」
正直に答えるのは、彼女の長所と言って良いだろう。
それが何時もプラスに働くかはともかくとして。
聞いたアキナは、困った顔でふぅと息を吐き出すと、両手首の外側を腰に当てた。
少し背伸びして怒った顔をすれば、見事なお説教ポーズ。
「ま、拙いよね……」
そのポーズの少女の姿が、否応もなく自分の姉を思い出させる。
幼い頃、アキコにあの格好で怒られた事も同時に。
脳内警報全開レッドアラートのナユキは―――
「て、撤退!?」
―――逃げた。
背後にある開いたままのドアに体を滑り込ませる。
その速さは、多分瞬間的に疾風を超えた。
「あ、まって! まだおせっきょうははじまってませんよ!」
「じゃあ……ここ!!」
「ほいここ」
「う……」
「はっはっは」
バタンと、それらの声から逃れて扉を閉めた。
だが赤い扉の向こうから、最初の場所に戻っても彼女の逃走は終わらない。
何か追ってきているかのように、急き立てられるかのように逃げる。
そして何も考えず、隣の黄色い扉を開けて飛び込んだ。
黄色い扉→同色の髪を持つ男
「……逃げ切れたかな?」
「いや、聞かれても分からんぞ」
黄色い扉から内部に侵入を果たしたナユキは、扉を閉めると呟く。
それに答える声もあったが。
「って誰!?」
「俺だよ俺」
「オレオレ詐欺?!」
「違ーう!」
金髪ではない濃い黄色い髪の少年。
そしてその髪から垂れる一房の稲穂。
彼は、紛う方なくジュン・キタガワだった。
「って何だキタガワ君か」
「何だはないだろ、何だは」
「ごめんごめん、でも知らない人じゃなくて安心だよ。あの扉はキタガワ君を示してたんだね〜」
「うむ。そうなのだ」
彼の髪の色は金ではなく黄色い。
確かに黄の扉と絡むなと、ナユキは内心で大いに納得した。
「そうだ。カオリかキタガワ君に会ったら聞こうと思ってたんだけど、何で学校休学してるの?」
「ん? 何で聞きたいんだ?」
「だって学校では噂になってるし」
「噂?」
「うん。結婚に反対されたキタガワ君とシオリちゃんが駆け落ちして、それを許さないカオリが2人を追ってるって噂」
「はぁ!?」
カクーンと顎が落ちる。
理由は伏せているので、何がしかの噂はあるかと思えばそれとは。
キタガワは同じ歳の少年少女の思考回路に大きな疑問を抱いた。
「その反応だと違うんだね」
「当たり前だ!!」
「だよねぇ、カオリは2人の関係祝福してたもんね。結婚に反対だとは思わないはずだし」
「……」
ツッコムところはそこじゃない、と声を大にして言いたいキタガワ少年だが、辛うじて抑える。
げに恐ろしきは天然系というか、同レベル以上の天然能力保持者かマイペースな人間でないと巻き込まれる。
例外は身内だけだ。
「それで何で?」
「聞きたいか?」
「うん」
「そんなに聞きたい?」
「是非に」
「そーんなに、聞きたいのか?」
「じゃあ良いよ」
アッサリと前言を翻して背を向ける。
やり取りに飽きたらしい。
天然系とはいえ、割りとすぐ臍を曲げるナユキなのだ。
速攻でドアノブに手をかける。
「あー待て待て待って!」
「……何?」
「すいません嘘です調子に乗ってましたから話し聞いてくださいナユキ様!!」
いきなり態度が変わった。
言うなれば平身低頭して小僧一匹。
なんのこっちゃ。
「結局聞いてもらいたかったんでしょ」
「……うん」
しょんぼりなキタガワ君。
周りは知らない人間ばかりで、恋人のシオリは検査ばかり。
ナイーブで傷つきやすいジュン君17歳は、色々寂しかった。
くるーりとナユキは彼に向き直る。
「だから俺は……うっうっ」
「良いから話せ」
「はい」
バッサリ。
微妙にブラック入ったナユキは容赦なかった。
外伝「彼女、そして妹とその彼氏の事情」を参照の事
「ふーん、こんな事があったんだね」
「ああ」
話を聞いたナユキは重々しく口を開いた。
話が話だったからか、その顔からブラックさは抜けている。
ちなみに、当然だが本編でナユキは彼らの休学理由を知らない。
「なら何時までもこんなところにいちゃいけないよ」
「……え?」
「カオリがいない今、シオリちゃんを支えられるのはキタガワ君だけなんだから」
「だがシオリは検査で―」
「男だろ!?」
「―っ」
「ってマコトお姉ちゃんが言ってたよ。義兄ちゃんが大変な時は何時もね」
「ミナセ……」
「一緒にいてあげるだけで良いんじゃないかな? 恋人でしょ?」
「そうだな。……よし、そうと決まれば行ってくる! ありがとうミナセ!!」
「どういたしまして〜」
矢も盾もたまらずというか、一目散に部屋を出て行く。
なんだか微笑ましい気分でナユキは見送った。
ちょっとお姉さんぶれたなーと思い、更に嬉しくなったりもする。
「うん。良い事した後は気持ちが良いよね。じゃあ最後の扉に行ってみようかな」
ここから出るべく、再度ノブに手を伸ばした。
最後の黒い扉の先に向かうべく、白い空間に戻る為に。
「でも絶対全部回らなきゃいけないのかな?」
それは言わないお約束。
黒い扉→竜巻兄貴
黒い扉の先には―――
「ようこそ少女よ」
―――通称『兄貴』がいらっしゃいました。
ウエーブがかかった金髪に丸いサングラスをしている事から、分かる人には『彼』の方だと分かるだろう。
純白の丸テーブルに2脚ある椅子の片方に座り、優雅にティーカップを傾けていらっしゃる。
「黒はエルザムさんだったんだね。何となくそんな感じがしてたよ」
「まずはかけたまえナユキ君。それと私はエルザム・V・ブランシュタインではない。レーツェル・ファインシュメッカーだ」
「別に姓まで言ってないんだけど……。それに何で私の名前知ってるの?」
「ユウイチから写真を見せてもらった事がある」
勧められて彼の対面に腰を下ろしながら、ナユキは疑問を問うてみた。
レーツェルは前半部を普通にスルーしたようだ。
彼女の疑問も最もだが、それ以前に初対面の彼の名を知っていたナユキの方にも疑問はある。
まぁここが不思議時空な所為でもあるのだが。
「まずはこれを飲んでいただこう。君は苺が好きだという事なので、ワイルドストロベリーのフルーツフレーバーティーにしてみた」
ティーポットから注がれた紅茶を渡される。
普通に自分が苺好きだと知られているが、これも義兄からだろうと当たりをつけるする。
この分だと自分の知らない内に、あの人の知人全てに自分の情報が洩れているかもしれないなと、ナユキは警戒する事を決めた。
既に手遅れだが。
「ん…………わ、美味しい。ありがとうエルザムさん」
「喜んでいただけて何よりだ。だが、私はレーツェルなのだが?」
「そうだねぇ。あ、私、本編じゃなくてOG2の事でエルザムさんに聞いて見たいことがあったんだよ」
「私はエルザムではないが、何かな?」
素でSSの世界観をぶち壊す発言をかますナユキ。
レーツェルが出現している時点で後の祭りだという事は、この際考えない。
「アウセンザイターやレーツェル・ファインシュメッカーは作中で約されてたよね?」
「ああ、敵の指揮官が親切にも翻訳していたな」
「うん。それぞれ穴馬と謎の食通って意味だけど、じゃあプフェールトって何?」
「うむ。公用語にすると馬となるな」
「へぇ馬なんだね」
「ああ馬だ」
お互いカップに口をつける。
一瞬の間。
次の発言は、誰もが思った事だろう。
すなわち―――
「じゃあエルザムさんはゼンガー親分さんの馬になりたかったって事になるのかな?」
「……何故そうなる?」
―――こういう事。
誰もが口に出さずも内心で考えたはずだ。
あんたの思考回路ちょっと変じゃないか? と。
「だってそんな事言ってたよ?」
「言ったが、君の考えとは意味が異なる。私は
「ふーん。エルザムさんの愛馬はそんなに凄いの?」
「無論だ」
大きく頷くと同時に、サングラスがキラリと光る。
如何なる理由か光の反射でも何でもなく輝いたのだ。
(も、もしかして地雷踏んだかな?)
と彼女が考えるのも無理からぬ事。
正しくその通りなのだから
「それならばまず私とトロンベの出会いから話さねばなるまい。あれは今を遡る事6年と少し前に、父が仔馬を持ってきた事から……」
中略
「その時感じたのだ。あの荒々しさと速さはまさに竜巻だと。それを聞いた妻が名前はトロンベむ? 何処に行くのかね?」
「え!? あ、あはははは」
あまりの長さに逃げようとしたナユキだが、超一流パイロットの感覚は見逃さない。
姪相手に成功した逃走行為も見事に失敗。
もう彼女に残された行動は、笑う事だけだ。
「まだ話は終わっていないのだが。どこまで話したかな?」
「え、えーっと」
「まぁ良い。最初からもう一度聞かせて差し上げよう」
「ひ」
思わず悲鳴をあげそうになったナユキは気付いた。
彼の後ろに1組の男女がいる事に。
何時の間に現れたのか、見事な金髪の男女が1人ずつレーツェルに近づいていた。
「良いかレオナ?」
「ええ。良くってよライディース」
「む?」
ガシっと座ったままの男の両腕が掴まれる。
そのまま立ち上がらされ、何事か理解不能状態のレーツェルは移動を開始。
徐々にナユキから距離を空けていく。
「何をするライディース。レオナも。まだナユキ君に話の途中なのだが?」
「兄さん、あれほど他人に長々トロンベの自慢をしないようにと、姉上に言われていただろう?」
「そうですエルザム様。この件でカトライア様がお呼びですよ」
「な、何!? それは拙い事になる! 離せライ。それに私はエルザムではないぞ!」
「分かった分かった。それは姉上の前で言ってくれ」
「くっ! ナユキ君」
そんなにやばい状況なのか、明らかに戦力外のナユキに救いの手を求める。
カトライアなる人物はそんなに怖いのかとナユキも戦々恐々。
とてもじゃないが手助けできない彼女が採った手段はやはり―――
「えーっと、さようなら」
―――逃げる、であった。
薄情というなかれ、やはり人間わが身が一番。
ナユキはさっさと白い空間に退避した。
その後レーツェルがどうなったのかは、当事者しか知らない。
収束→実は本編の鍵
「ふぅ」
最後の黒い扉から戻ったナユキは、思いっきり息を吐き出した。
精神的にドっと疲れ、へたり込む寸前。
年頃の娘さんとしてそれは否だと踏ん張ったが。
「まったく皆濃いんだから。一応私のテリトリーなんだよ、この空間。お蔭で管理者たる私が影薄くなったよ」
「全くです」
「…………今度は誰?」
突然発生した声に動じる事もなく、音源に視線を転じる。
リアクションも何もない。
慣れたというか、どうでも良くなったというか。
「わたしです」
「シオリちゃんですか。……あれ? キタガワ君は?」
「はい、その事で御礼を言おうと思いまして。ジュンさんを励ましてくださってありがとうございました」
ナユキの右側に立っていた彼女は、ペコリンと頭を下げる。
そこには確かにキタガワ少年への想いがあって……。
夫婦だなぁと思ったナユキさんでございました。
「あ、うん」
「だからナユキさんには感謝してるんですよ?」
「あ……えへへ」
「それじゃあ頑張ってくださいね」
「うん。ふぁいと、だもんね」
消えてゆくシオリ。
彼女を見送るナユキの顔は、確かに幸せそうであった。
了
このSSSは、本編とは殆ど関係の無い事を最後に述べさせていただきます。
後書き
web拍手内のSSSを移動しました。
現在は上の話に替わって新しいのが5つ入ってます。
ここからSSSでの迷走は始まった……。
会話だけにしておけば良いものを、普通の小説形式になってます。
本編の息抜き的な感じなのは変わってないのですけどね。
まぁ割と好き勝手やってます。
一種のお遊びだと思っていただければ。