折原浩平




帝国ONEで暮らす平民の家庭に生まれる。

温かい父と母は彼を祝福し、更に二年後、妹みさおが誕生。

そのまま何の問題も無く人生を送るかのように見えたが、

彼が六歳の頃、父親が戦争で戦死。

時を同じくして、みさおが病魔に犯されていることが判明。

母親は懸命に看病を続けるも、治療は困難と宣告される。

それでも看病を続けていたある日、突然母親が失踪。

それからの半年間を二人で暮らしていくが、無理が祟り、みさおの病気が悪化。

予断を許さない状況になる。

半年後、親戚を名乗る女性に招かれ、小坂公爵家の養子として迎え入れられる。

ここでの数年の治療を経て、みさおは無事に病を克服、奇跡的にも治療に成功。

貴族としての生活、教育に馴染み始めてから数年後。

母親である由起子は、突然彼らを国外へと脱出させる。

その翌日、帝都において、一部の貴族、将軍を中心に反乱が発生。

すぐさま鎮圧されると共に、皇帝は反乱分子駆逐命令を出す。

これを受けて、小坂公爵家を快く思っていなかった貴族が挙兵、小坂家を襲撃。

突然の奇襲に虚を突かれた公爵家は反撃もままならず、小坂由起子は命辛々帝都を脱出。

現在に至るまでその後の消息は不明。

折原浩平とみさおは、数名の人間と共にヘヴンへと脱出。

後に、倉田一弥率いる反乱軍の同志として、これに参加する。







代行者

それは刹那の様な平穏








帝国の攻撃から三日が経ったヘヴン。

その城内の、何時までも明かりの消せない部屋にユウイチはいた。


「まあ、浩平に限っては有り得ないな」


手にした報告書を読み切り、傍らのソフィーアにそれを渡して、再び別の報告書を手に取る。

机の上には山と積まれた報告書。

それらは全て、ヘヴン情報部から降りてきたものである。

内容は、解放軍に参加している人間の過去。

一国の軍となった解放軍はその実、平民や騎士達の寄せ集めであり、

裏切り者の一人や二人いてもおかしくはない。

それを洗い出すのが詩子達のいる情報部なのだ。

その結果に目を通すのは、本来は浩平の仕事である。

しかし、彼には無理だろうということでユウイチが読むことになった。

浩平が仲間を疑うなどという行為に同意するはずが無い。

そういった暗い部分を目にするには、彼はまだ若すぎる。

故に、こういった作業をユウイチがしていることも、

情報部が仲間を調べていることさえも、浩平は知らない。

情報部を設置する際、各国の戦力分析や地理の把握などが主な仕事だと伝えてある。


「ユウイチ様……そろそろお休みになられた方が………」

「ん?ああ。区切りの良い所でそうしよう。

 先に休んでいていいぞ」

「いえ……」


気遣いは嬉しいのだが、まだ当分終わりそうには無い。

しかし、彼が休まなければ、ソフィーアはいつまでも離れようとはしないだろう。

軽く悩んだ結果、


「ふう。分かった。ここらで止めておこう。

 これでいいか?」

「はい」


彼女を優先することにした。

静かに揺れる明かりを吹き消し、部屋を出る。


「ん?」


その気配に気付いたのは偶然だった。

今出たばかりの部屋の奥、通風の為に設けられた窓の外に、何かがいた。


「ユウイチ様………?」


それは微笑んだ後、翼をはためかせて飛び去っていった。


「ソフィーア」

「はい」

「休むのは、もう少し後になりそうだ」

「はあ……」


いまいち事態を飲み込めていない少女を連れて、ユウイチは足を進めた。

上空へ去っていった彼を追うために。








大きな扉を開けると、そこは城の屋上に繋がっている。

外へ出ても、変わらぬ静けさはそのままに。

聞こえるのは、風がコートを揺らす音のみ。

暦の上では冬であるのにも関わらず、今はそれほど寒さを感じさせない。

ユウイチが常にコートを着用していることが原因でないのは、隣のソフィーアを見れば分かる。

ローブのみの彼女が平然としているということは、今夜は比較的暖かいということだろう。

比較的という言葉では済まないレベルではあるが、それは気にしない。

白い外套と黒い裾とを揺らしながら、ユウイチは人影に近付いていく。

影の背から伸びる翼は、彼が人ではないことの証。

大きな翼を隠そうともせず、闇の中で月を見上げて、静かに佇んでいた。


「その翼……大陸で広げれば好奇の視線に晒されることは間違いないな」

「ああ。だからこそ、私は国を滅ぼした。

 人と異種族が手を取り合い、共通の敵を滅ぼしたあの時代でさえ、真実受け入れられていたとは言い難い。

 近い将来、必ず敵視する者が現れると確信していたからこそ決断した」

「その通りだ。今でも、少なからずヴァンパイアを嫌う人間は存在する。

 実際、戦時中に狙われたこともあったな」

「あの時は、ユウイチのお陰で助かった。ステラも感謝していたよ」


気にするな、言って軽く微笑む。

それを見て彼が驚くのは、ユウイチの普段の生活を知っているからだろうか。

相変わらずコミュニティは侮れない。


「その顔を見る限り、俺の日常は筒抜けと考えた方がいいようだ」

「情報網が広いのでな、聞く気が無くとも勝手に耳に入ってくるんだ」

「入らないようにする方法は幾らでもあるだろう?」


笑顔でそれに答える彼は、やはり確信犯だと思うのだがどうだろう?


「それで、唐突にどうした?」

「ああ、以前の依頼を完遂した。結果を知らせに来たんだ」

「そうか。どの程度になる?」

「一国に少なくとも一人はいる。行動を起こせば何らかの反応を示すだろう」

「やはりな……何時の世も、どの世界でも、必ず存在するものだ」


意味不明な会話を続ける二人だが、ソフィーアにもその意味することは理解できている。

だからこそ、口を挟まずにはいられない。

本当に、ユウイチがそこまでしなければならないのかと。


「あの、ユウイチ様? 本当に、実行なさるのですか?」

「ああ。と言っても、解放軍としての責務を優先するが」

「そうですか……」


暗に止まるつもりはないと言われれば、彼女にはそれを止めることはできない。

この決断力と行動力こそ、ユウイチがユウイチたる所以でもあるのだから。


「ユウイチ、本当にいいのか? 今ならまだ引き返せるぞ?」

「そうかもしれない。しかし、平和のためには必要なことだ」

「だが……」

「全てを敵に回しかけた王が言うことか? 至高とも称されるお前なら解るだろう?

 平和には犠牲が必要なんだよ。命、物、時間、何かしらの犠牲が。

 そして、戦争が起これば全てが必要になる。必ずな」

「……………」

「今まで何百、何千もの命を奪ってきた。信じるものの為に。

 あれから随分長い時間が過ぎてしまったが……

 必ず平和な時代を、この大陸に……!」


それが、幻のようなひとときであっても。

ユウイチが呟いた言葉を、彼はどのように受け止めたか。

それは判らない。


「……ユウイチ、飲もうか」

「…そうだな」


ただ、今は友としての時間を大切に。

再会の美酒に酔おう。

闇夜に浮かぶ三日月と、長い長い苦労話を肴にして。


「ところで、まだそんな気取った口調で通しているのか? 似合わないぞ」

「ほっとけ」












一夜明けて。

遺体の回収と埋葬を丸一日がかりで終え、昨日から国内の復興に着手したばかりのヘヴン。

負傷者の治療に多くの人員を回した現状では、復興など遅々として進まない。

それでも、殺し合いをしなくていい時間があるのはとても良い事だと浩平は思う。

誰かに剣を向けて命を奪う。

戦争とは、とどのつまりそういうことだとは理解している。

でもいつまで経っても慣れることは無かった。

これでは、何時か身を滅ぼすことになるのではないか。

彼が一瞬でも躊躇してしまったがために誰かの命が奪われる。

それも、近しい人間の誰かが。

そんなことになれば、理性を保っていられる自信など無い。

ユウイチから託された聖剣を手に、ただ暴れ回り殺戮の限りを尽くすマシーンとなるだろう。

どこかの国が有するという人形の様に。


「浩平、聞いているのか?」

「あ、聞いてます聞いてます」


まったく、と言って溜息を吐くユウイチ。


「せっかく茜や詩子が復興の指揮を買って出てくれたんだ。

 お前はそれを無駄にする気か?」


浩平も帝国でそれなりの教育を施されてきたとはいえ、実戦に関する経験は絶対的に不足している。

それを補うため、細かな知識や技を教える必要があった。

その役を務めているのがユウイチだ。

解放軍に属し、且つ重要な位置に居る彼はしかし、平時に於いてはほとんどすることが無い。

浩平の様に政務を片付けたり、茜や詩子、シュンのように街の整理や現場の指揮に当たることもない。

魔道に関する知識はあっても、その才能が殆ど無いため、瑞佳やみさおのように怪我人の治療をすることも出来ない。

目の視えないみさきでさえも外交や戦略等の重要な役割に在るというのに。

まあつまり、役立たずなのである。普段の彼は。

結果、時間を持て余している彼にこの役が来たのは当然と言える。


「で、何の話だっけ?」

「あのな、浩平……いい、解った」


彼の講義で気を抜いてはいけない。

今は珍しく見逃してくれたが、次に同じことがあれば間違いなく手刀が飛んでくる。


「騎乗した状態で武器を振るうのは至難の業だと言ったな?

 昔から馬に乗ったときは移動のみと決まっている」

「でも、今じゃそんな兵士がいるほうが珍しいよな?

 どこの国でも馬で移動しながら攻撃するっていうのは常識だぜ?」

「それは、時代が変わったからとしか言えんな。

 そんなことも出来ないような軍では、この時代を生き抜くことは不可能だ。

 だが、昔は無理だったんだよ。使っても刀や剣ぐらいのものだ」

「なんでだよ? 馬上で使うにしても長い方が有利だろ」

「いや、最低でも片手は残しておく必要がある。

 手綱を放した状態では、戦闘など満足に出来ないからな」

「確かに、槍とか振り回してる時にいきなり落馬したら元も子もないもんな」

「その通り。それに、馬上で使う武器に槍は不向きとされている」


満足そうに頷きながら、ユウイチは更に付け足し、話を続けようとした。

浩平がそれに疑問を投げ掛ける。


「……? なんで?」

「状況にもよるんだが、騎乗した状態で戦うにしても、馬を止めて戦うことはまず無い。

 それだと馬の機動力を殺すことになるからな」

「ああ。だから走らせながら戦うんだろ?」

「そうだ。しかし、槍のように突く武器で戦っていたんじゃ、効率が悪すぎる。

 それを使い捨てるのならともかく、馬を走らせながら敵を次々倒すには、刀や剣のように斬る武器の方が良いんだよ」

「ああそうか。槍だと突くたびに戻す必要があるし、利き手と反対にいる敵には手が出せない」

「しかも斬る時の衝撃は相当だからな、頑丈なものじゃないと折れてしまうこともある」

「でもユウイチ? お前は平気で槍を使ってるが、そこのところは?」

「俺のように扱い慣れている奴は良いんだよ。

 それに、槍は突くより斬った方が威力がある」

「そうなのか?」

「ああ。形状から槍は突く物だと誤解されやすいがな。だからといって、馬上で扱うには難度の高い得物だ。

 それでも使いたいというのなら、集団で行動して隙を補い合う、という風に工夫を凝らすしかないな」

「へぇ。っていうかユウイチ、俺戦いに関する知識はあんまり……」

「何もお前にそうしろと言ってるわけじゃない。

 知識として覚えておくだけでいい」

「そうか。そうだな」


人を殺すための知識を覚えるというのもアレだが、あくまで覚えておくだけだと言い聞かせる。

今言われたことを軽く反芻する浩平だが、ふと疑問が湧いてきた。


「なあ、ユウイチ。俺が使ってる大剣な、あれって馬上の武器としてはどうなんだ?」

「本来は両手で使うものだからあまりおすすめはしないが、お前はな。

 あれを片手で使えるだろ?」

「ああ。よく分からんが、昔から力が強くてな」

「『力が強い』で済む程度でもないと思うが……

 まったく、お前を見てると昔の勇者を思い出すよ」


ユウイチの顔を見ると、過去を振り返っているのか、遠い目をしている。

人の過去を聞くのは礼儀がなってないと思いながら、浩平は自分の好奇心を抑えられなかった。


「その勇者って、どんなヤツだったんだ?」

「デュランダルの前の持ち主でな。

 浩平よりも小柄なくせに、それを軽々と振り回すほどの馬鹿力だったよ」

「名前は?」

「ローラン」


小柄でありながら、大剣であるデュランダルを片手で扱う勇者。

浩平は、彼がまだ小坂の屋敷にいた頃、物語でその名前を見たことがあった。

勇者という響きに憧れたのを覚えている。


「それは扱いの難しい剣だ。注意しろよ」

「解ってる」


確か、岩すらも切り裂く程の名剣だったか。

間違えて自分を斬ることのないよう、気を付けなければ。

改めて自分が託された剣の恐ろしさを知り、浩平は微かに震えた。


「ユウイチ!!」

「……詩子? どうかしたか?」


突然駆け込んできた詩子に対して動揺することもなく、ただ冷静に問い掛けるユウイチ。

街の方はどうした、とかそんな無駄な話は忘れるべきだ。

彼女の顔を見ればただごとでないことぐらい誰でも解る。


「マロリガンがラキオスに宣戦布告したよ!」

「クェド・ギンがか? 凡庸な人物ではないと聞いていたが」

「最初はラキオスが軍事同盟を結ぶために交渉に行ったらしいんだけど、それが決裂したって……」

「なるほど。それなら仕方ない、か」


ラキオス王国は女王レスティーナ・ダイ・ラキオスの治める小さな国である。

しかし、他国とは違う独自の文化を持っており、有する兵士も人間ではない。

スピリットと呼ばれるその種族は、数こそ少ないものの、圧倒的な戦闘力を持つ。

不思議なことに女性しか存在しないスピリットには、同じスピリットでしか対抗出来ない。

長い間各国の侵略を寄せ付けなかったのも、一重に彼女達のおかげである。

この国の周辺と、大陸の南に似たような文化を持つ国が存在する。

その一国が、大統領クェド・ギンの治めるマロリガン共和国である。

大陸に二つ存在する帝国の一つ、サーギオスと同等の国力を持つといわれるこの国は、

ラキオスとの交渉が決裂するやすぐさま周辺諸国の国へ侵攻、制圧し支配下に置いてしまった。


「ラキオスが落ちれば、マロリガンがヘヴンへ侵攻する事も有り得る。

 そうなればこちらに勝ち目は無いな」

「マロリガンは大国だろ! だったらすぐに助けに行かないと!」

「浩平、良い機会だから教えてやる。スピリットにはスピリットでしか対抗できない」

「それは前にも聞いたが……」


尚も不服そうにする浩平に、ユウイチは言った。


「いいか? 人間では彼女達には勝てない。何があってもな。

 解放軍が行ってもいたずらに犠牲者を増やすだけだ」

「お前や志貴でも、か?」

「志貴は優れた暗殺者だが、それも意味を成さない。

 スピリットは気配の感知にも優れているからな」

「直死の魔眼を使っても?」

「一人や二人殺れたところで、後に待っているのは敗北だけだな」

「…………」


淡々と語るユウイチの言葉を真実だと認め、浩平は口を噤んだ。

何も言えない詩子もオロオロするばかり。


「だから、戦えるのは俺だけだ」


そんな空気を吹き飛ばすようにユウイチは言った。

思わず顔を上げた浩平は、ただ目の前の青年を見つめるしかない。

視線に気付いていながら、ユウイチは構わず部屋を出ようとする。


「でも、お前だって………」


浩平の言いたいことは解る。

いくらユウイチでも無理なんじゃないか、と。

振り返り、無表情に言ってやった。


「忘れたか? 俺は人間じゃない」










早速準備を整えようと廊下を歩いていると、前方から志貴がやって来た。


「ん? 出掛けるのか?」

「ああ。近いうちにラキオスにな」

「へえ。戦争か?」

「マロリガンが宣戦布告したそうだ。落ちては困るからな」

「確かに。まったく、俺もスピリットだったらとつくづく思うよ」

「少しは抑えろ殺人貴」


一瞬蒼くなった眼を見逃さず言ってやると、悪びれた様子も無く志貴は笑った。

じゃあ頑張れよと言い残し、来た時と同じ調子で去っていく。


「フィア、怯えなくてもアイツは制御に成功している。襲い掛かられたりはしない」

「……はい」


背中に隠れていた彼女は、それでも怖いのか、部屋に着くまでユウイチのコートを離さなかった。

やれやれと溜息を吐きながら歩く彼は、さながら彼女の父親のようにも見えたとか。






「で、何で俺の部屋に二人がいる?」

「いけませんか?」

「ユウイチくんが逃げないようにかな?」


訊くな、と思いつつ頭を抱える。

茜とみさきがいるのはユウイチの部屋。

昨夜は報告書に目を通していたため、殆ど眠ることが出来なかった彼の部屋である。

何故二人が居て、あまつさえ何故ベッドに座り込んでいるのかはユウイチの頭では分からなかった。

茜は復興の指揮をしているはずだとか、みさきはフラグメントに対しての政策に頭を悩ませていたはずだとか、

そういう難しいことを考える余裕は一切無い。


「ユウイチはまた何処かへ消えるつもりですか?」

「何故それを知ってる?」


その情報は自分や浩平、そして詩子など、浩平の部屋あそこに居た人間しか知らない筈。

しかし、茜の答えを聞いたユウイチは再び頭を抱えることになる。


「詩子に聞きました」

「あのバカ……」


あの少女に情報部を任せたのは間違いだったかも知れない。

そんな考えが脳裏を過ぎる。


「で、みさきも同じか?」

「ん〜、わたしは直感かな」


女は恐ろしい。

解ってはいたものの、こうやって見せつけられると改めて実感せざるを得ない。


「それで、二人の望みは?」

「私達も連れて行ってください」

「ダメだな」


とりあえず即答して、準備に取り掛かる。


「ひどい! ひどいよユウイチくん!!」

「何が?」

「女の子二人がこうやって頼み込んでるのに即答だなんてひどいんだよ」


悪いな、みさき。

目も見えないのにナイフを突きつけてくるみさきを女の子だなんて認めない。

これは立派な脅迫ではないか。

内心で毒づいてみても、状況が変わるわけではない。


「みさき、首が冷えてきたんだが」

「う〜ん。何のことを言っているのか解らないよ」


にっこりとか聞こえそうなこの笑顔が今は恐ろしい。

ユウイチでなくともそう思うだろう。

だから仕方なく、早く解放されたい一心で、苦々しそうに言った。


「ダメ」

「うんうん、やっと解ってくれた……あれ?」


今の会話、どこか可笑しくなかったかな?

心の声が聞こえてきそうな顔と仕草で、みさきは考える。


「先輩、断られました」


呆れたと言わんばかりに茜が口を開く。

ああ! と声を上げる盲目の少女は、やはり天然なんだろう。

それを放っておき、黙々と準備をする。

元は旅人である彼の荷物など高が知れているが。


「ユウイチくん? 次は無いよ?」


どことなく黒い雰囲気を出しながら再び迫るみさき。

その恐ろしさに、流石の茜も冷や汗を垂らしていたりする。


「残念だが、二人とも連れて行けないな」

「何故ですか?」


みさきを抑えながら冷静に訊く茜。

その行動をユウイチが称えていることなど、彼女には知る由も無い。


「今回は相手が悪すぎる。二人を守り切る自信は無い」

「相手はスピリット。今回ばかりは流石のユウイチも、という訳ですか」

「ああ」


あの妖精達を相手に人間を守るのは困難、それは間違いない。

以前ならば、そんな心配は無用だったというのに。

一般的には、スピリットが人間を傷付けることは出来ないとされていた。

何故なら、彼女達は人間が自分達より上の存在であると教育されて育つからだ。

しかし、教育方法を変えれば、人を攻撃できるということでもある。

それが証明されたのが、スピリットによるラキオス王暗殺事件。

ラキオス王とその后が暗殺されたうえ、複数の警護もその後を追わされたこの事件で、

人間は攻撃対象にはならないという常識が覆されてしまったのだ。


「そうでしたね……」

「ああ。だから今回は諦めろ」


そういった事実が無くても、ユウイチには彼女達を連れて行く気などさらさら無いのだが。

こう言った方が説得しやすいという理由でそうしたに過ぎない。


「それに、二人が居なくなるのは解放軍にとって大きな痛手だ。

 少なくとも、戦局に影響する程ではある」

「それはユウイチくんも同じでしょう?」

「かも知れないが、この中では俺が一番動きやすいのも事実でな。

 煩わしい役目が無いのはこういう時に丁度良い」

「!! だから自分だけは拒否したのですか」

「その通り」


まったく、と言って首を振る茜。

―――役職に就くのを頑なに拒んでいたのはそういう訳ですか。


「浩平の教育はどうするんですか?」

「あれぐらいならお前にもみさきにも出来る。

 問題は無い」

「わたしはユウイチくんに付いて行く方が良いんだけど、仕方ないよね」

「助かる」


納得した二人は、仕方なくといった風に部屋を出て行った。

茜はともかく、あのみさきまで心底落ち込んでいるように見えたのが意外だった。

あの様子だと、今までより少ない昼食になるかもしれない。








ある程度の準備は済んだので、一息入れることにした。

いつも通りフィアを侍らせて丘を散歩する。

3日前には戦場となっていたことが信じられないほどのどかな光景。

丘に手を付き、撫でてみる。

ここで殺し合いがあり、たくさんの犠牲が出たのだと言っても、簡単に信じる人間などいないはずだ。

あの日の犠牲者数、163名。

ヘヴンに住む人間が約五千人程度なので、これは相当な数と言っていい。

ここから見えるあの王都も戦火に晒され、一時は危うく落ちかけた。

結局、城門が解放されていたのは内部に裏切り者がいたから、ということらしい。

詩子によると、その人物はあの戦いの中で死亡してしまい、背後関係を調べることは出来なかったそうだ。

ただ目星は付けており、帝国ワンがその黒幕なのは間違いないと手帳片手に力説していた。

ユウイチにとってはその内容より、詩子が手足を振り回して必死に説明していた事実の方が理解できないのだが。

挙句手帳を放り出して縋り付いて来る始末で、まったくもって意味不明である。


「フィア」

「はい」

「あれが何だったのか、お前に解るか?」


何故こんなことを訊いているのか、理解できない。

なんとなく、としかいいようが無かった。


「さあ……解りません」

「…ふぅ。当然か」

「………でも」

「ん?」


ちらりと見た彼女の横顔は、どうも燃えているように見えた。

何に対してなのか、これもユウイチには理解できなかったが。


「敵の……可能性も有ります」


―――フィアまで訳の解らんことを…………

そのことを考えるのはやめて、陽の光で温かくなった地面に寝転ぶ。

そんなユウイチを見て、ソフィーアもちょこんと座り込む。

こんな時まで慎ましい彼女を見て、思わず呆れ、そして微笑わらった。

空を見上げると、ただひたすらに青い。

―――久々だが、やはり悪くない。

それ以上の思考を放棄し、ユウイチは目を閉じた。






to be continued……



あとがき


どうも、紅い蝶です。

今回はヘヴンの戦いの後の様子を書いてみました。

ユウイチや浩平にとっての束の間の平穏、といったところです。

序章から今まで気の休まる時がありませんでしたから。

まあ、ユウイチだけは次なる戦場へ赴くことが決定してしまってますが。

彼にとっても久々の休息なのは間違いありません。

途中で出た浩平のお勉強での馬に乗ったまま云々というお話は、あくまで私の考え方であり、

この世の常識ではありません。彼らの大陸での常識です。

ちなみに、初めの方で出た人物が誰なのかはまだ秘密です。

原作を知っている人や勘のいい人はすぐに判ってしまわれたでしょうが。

彼が表舞台に立つのはもう少し先のことです。

しかも、他の方々については、まだ出演すら決まってなかったり。

難しいんですよ、あの作品を扱うのは。

少々愚痴っぽくなってしまいましたが、また次でお会いしましょう。

それでは。