「こ…………こんなことが、許されるわけない………」

 

 『氷銀の聖殿』から帰ってきた者たちが見たのは、絶望の光景だった。

 叩き潰された家々、潰された家屋から火の手が上がり、辺りを煌々と照らしている。

 白く降り積っていた雪は、血で紅く穢されていた。

 鬼の姿は見えないが、今なお怒号、悲鳴が木霊し続けている。

 此処に…………彼女達がよく知る光景は、何一つ無かった。

 

 

 

 

 









 
宵闇のヴァンパイア




     第十一話 それぞれの歩む道






 


 

 

 

 

 

「兎も角、家族の安否の確認を最優先すべきじゃな。確認が終わったら、倉田家にもう一度集まればよかろう。

 万が一、家族が見つからん場合も倉田家に集まるんじゃ。一人で探し続けるよりは、遥かに良い」

 

 羅異の言葉に、全員が一斉に散っていく。

 余りの惨劇を前に、家族のことまで気が回っていなかったらしく、その顔には焦燥感が浮かんでいた。

 

「じゃ、じゃあ、私達は倉田家に行こうか」

 

「…………………そうね」

 

 出来る限り元気に振舞った声で、名雪が隣にいる秋子に声をかけた。

 秋子は目に見えて落ち込んでいた。名雪は生まれて初めて、ここまで弱い秋子を見て哀しくなる。

 この原因となった祐一の正体には、名雪も驚いたし、行方を眩ましたことはとても哀しい。

 だが、それ以上に、今の状態の母親である秋子が心配で仕方が無かった。

 名雪にとって今までの秋子という存在は、超人のような存在なのだ。

 家事全般を完璧にこなし、女で一つで不自由なく自分を育て、そして強かった。

 心も身体も、全てが強い存在。そして何よりも美しい存在…………それが秋子であり、それが名雪の真実でもあった。

 だが、現実は違った。そんなものは、名雪から見た幻像でしか無かった。

 祐一に縋り付いていたことで、自己を保っていた普通の…………いや、弱い女だったのだ。

 名雪は思う………この絶望のような状況下で。

 自分は今まで何を見てきたのか? そして、これからなすべき事を。

 この絶望のような状況下で、名雪という雛鳥は少しずつ羽ばたこうとしていた。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 倉田家の屋敷もまた被害を受けているかと思えば、それは違っていた。

 窓硝子が数枚割れているようだが、その他には特に被害は見当たらない。

 だが、名雪たちが普通の精神状態なら気づくであろう違和感に、今の彼女達は気づけなかった。

 この倉田家に到着するまでに、余りにも酷い町の様子を見てしまったからである。

 道のいたる所に喰い散らかされた人間だったモノ=A或いは人間の部品≠ェ転がっていた。

 町中に血の臭いが充満し、名雪たちは必死に吐き気を堪えていた。

 母親が、殺された自分の子供を抱き、半裸の状態で蹲っている光景もあった。

 引き裂かれた服の様子から見て、何があったのか一目瞭然だった。

 町の入り口から此処まで数分の距離だったが、名雪たちの表情は半ば死人のように憔悴しきっていた。

 

「おぉ、佐祐理様、一弥様。お帰りになりましたか。

 ささっ、中へ。町中が酷い有様だったでしょう、暖かい紅茶をご用意致します」

 

 屋敷の門が開き、初老の執事らしき男が名雪たちを屋敷へと招いた。

 執事は慌しく動くメイドの一人を呼び止めて何事か告げると、名雪たちを先導しながら部屋の一室に招きいれた。

 今、ここにいるのは名雪と秋子。そして佐祐理と一弥。最後に舞と静華の六人だ。

 水瀬と川澄の二人は、既に家族が揃っているので探しに行く必要が無いのだ。

 残りの二人は言うまでも無く、ここが家である。

 

「松木さん……御爺様は………」

 

 酷く沈んだ声で、分かりきっている問いを尋ねた。

 分かっている筈の事実でも、佐祐理としては一縷の望みに縋りたかった。

 しかし、事実は覆らなかった。

 

「大旦那様は……………全てを成し遂げ、そして……………」

 

 沈痛な思いと共に吐き出された言葉に、佐祐理は顔を声を殺して泣く。

 親友の嘆きに、そっと肩に手を置く。佐祐理は親友の舞に抱きついて、彼女の胸で再び泣き始めた。

 一弥は怒りに拳を握り締め、口元をきつく噛み締めた。

 

「はぁ………秋子がこの様子だし、私が質問するわ。

 教えて…………何処までが倉田 天馬氏の計画通り(、、、、)なの?」

 

 秋子の方を一瞥した静華が、溜め息と共に問うた。

 松木と呼ばれた執事は、静華の鋭い視線を真っ向から受け止めながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「ほぼ全て………で御座います」

 

ピクッ

「じゃあ……この町の惨劇もそうだっていうの?」

 

 何かを押し殺した声で、松木に尋ねる静華。

 静華たちと松木との間に、はりつめた空気が重く……重く流れる。

 だがそれでも、松木は眉一つ動かさず、真っ直ぐに静華を見据えながら口を開いた。

 

「その通りで御座います。大旦那様は「ふざけないでっ!!」」

 

 松木の言葉を遮って叫んだのは、静華ではなく佐祐理だった。

 双眸から涙をボロボロと零し、瞋恚(しんい)の炎を宿した瞳で松木を睨みつけていた。

 いつも笑顔の佐祐理が、烈火の如く怒る様は、かなりの迫力があった。

 

「松木さん!! あなたは御爺様がこんなことを引き起こしたというの!?」

 

「そうは言いません。ですが、起こり得ることを予測しておりました」

 

 佐祐理の激しい怒りも何処吹く風。

 松木はあくまでも落ち着いた様子で、だが毅然とした態度で答えた。

 佐祐理は松木の態度に僅かに気圧されながら、何とか松木を睨みつける。

 松木はゆっくりと視線を下に落とし、一度息を吐き、再び視線を静華たちに合わせる。

 

「大旦那様より遺言を預かっております。

 他の方々が集まり次第、大旦那様………天馬様の覚悟を語りたいと思います」

 

 松木の並々ならぬ気迫に圧され、静華たちは何一つ聞き返すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

「他の方々がご到着になられました」

 

 一人のメイドが、久瀬を筆頭に連れてきた。

 随分と無表情なメイドだが、その顔には見覚えがあった。

 ヴァンパイアとの会談‐今となっては、祐一との会談だが‐に来ていたメイドだった。

 ぞろぞろと部屋の中に入ってくる久瀬たち。その中で唯一、見覚えの無い女性がいた。

 身なりからはメイドと分かるのだが、倉田家のメイドとはメイド服の種類(?)が違うのだ。

 

「彼女は我が家のメイドでね。色々と必要なので、一緒に来てもらったんだ」

 

「お初にお目に掛かります。私の名は(たちばな) 花月(かげつ)と申します、以後お見知りおきを」

 

 優雅にお辞儀をするメイドの橘。

 20代前半の美女で、亜麻色のストレートの髪を腰まで伸ばしている。

 彼女と久瀬の二人しか知らないことだが、以前久瀬と屋敷のテラスで話していたときのメイドだ。(二話参照)

 

「どうやら全員揃ったようですな」

 

「松木様」

 

 相変わらずの無表情で松木に声をかけたのは、久瀬たちを案内してきたメイドだった。

 

「皆様の御家族は別室に御連れしておきました。御呼び寄せ致しますか?」

 

「いえ………その必要は無いでしょう。この場の皆さんで充分ですから」

 

 松木の言葉に、メイドは一礼して下がった。

 しかし、彼女はそのまま退室せずに部屋の端に立った。

 そんな彼女を、久瀬だけだが興味深そうに見ていた。

 

「さて皆様。今回の一件関して、大旦那様の御考えをお伝えしたいと思います」

 

「いきなり腰を折るようで、真に申し訳ないが…………二人のご両親は参加しないのですか?」

 

 話し始めようとする松木に対して、久瀬が軽く手を挙げて質問する。

 二人というのは、佐祐理と一弥の二人だ。

 確かに天馬の息子夫妻であり、今の倉田家を背負って立つ二人の両親が参加しないのは可笑しい。

 

「旦那様は陛下に呼ばれまして、城に出向いております。

 恐らくは事態の収拾の為に、暫くの間は屋敷にお戻りにならないでしょう。

 奥方様はそのお手伝いとして、共に城に居られます」

 

 松木の言葉に、久瀬は納得した表情になる。

 その納得したというのが、此処に居ないことなのか、それとも真実を話さないことなのかは定かではない。

 補足だが、カノンは王政である。

 恐らく誰も覚えてないだろうが、この町の名も『王都』スノーフェリアという。(プロローグ参照)

 倉田家はこのカノンの名士である以上は、当然、この惨劇の収拾に駆り出されたのだ。

 

「では、今回の一件に関しての天馬様の御考えをお伝えしたいと思います」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

スウウゥゥゥゥ

 

 想像以上に不味い事になった。

 空間転移を使い移動した小高い丘で、俺は頭を痛めた。

 闇主と名乗った奴は、全てを知っていた。

 俺以外は知り得ない『鍵』の本来の使い方も……………奴は知っていた。

 

「主、此処は何処なの?」

 

 レンの言葉に、俺は横に立っているレンの方に視線を向ける。

 特に不安がっている様子は無いが、見覚えの無い場所なのでハテナ顔だ。

 ふむ。そういえば、この丘には来たことは確かに無かったな。

 

「時機に分かる。今はそれよりも先にしなければならないことがある」

 

 レンに返答すると共に、右腕を前に突き出す。

 闇が宙に生まれ、闇より漆黒の体毛を持つ狼が出てくる。俺の使い魔の一体であるフェンリルだ。

 

「フェンリル……俺の言いたい事は分かるな」

 

『はい。『鍵』の守護ですね、我が主』

 

 フェンリルの言葉に、俺は頷いてやる。全ての『鍵』を奪われる訳にいかない。

 今のところ場所の分かる『鍵』は三つ………その一つは今のところ守る必要は無い。

 恐らく闇主はその意味を知っているだろう。だからこそ、無駄なことはしない。

 アレは、最後であるからこそ意味があり、最後でなければ手に入れることは不可能なのだから。

 

「お前が向かうのは東鳩。守護するのはエルフの住まう森…………『エチレネウェカペ』だ」

 

 エチレネウェカペ…………この森ほど有名な森は無いだろう。

 世界で最も広大な森林であり『偉大なる森の賢者』と名高く、長命で美しい種族・エルフが数多く住まう森だ。

 ちなみに『エチレネウェカペ』というのは、エルフ達の言語で『精霊の生まれる大地』という意味だ。

 まぁ、それにも理由があるのだが、それは別の時に話そう。

 

『御意に。エルフ共への対応は如何致しますか?』

 

「俺の名を出すのは構わん。事情を説明するのも構わない。

 だが、自分達だけ守るなどと言ってお前の邪魔をするなら――――――――――殺せ」

 

 ヴァンパイアとしての氷のような瞳で、俺はフェンリルに命を下す。

 フェンリルはその言葉に、獰猛な笑みと共に心強い声で返してくる。

 

『全ては我が主の御心のままに…………』

 

「頼んだぞ。我が神殺しの牙……フェンリルよ」

 

カシュ

 

 軽い音と共にフェンリルは瞬時に姿を消す。

 フェンリルの足ならば、明日の朝までには到着するだろう。

 

「さて、町まで歩くとしよう」

 

 俺の言葉に、レンが無言でついてくる。

 しかし…………あの闇主は何者なんだ? 『鍵』に関して殆ど知っていた。

 俺以外は知るはずの無い、真の使い方すら……………。

 しかも、奴は『鍵』だけでなく、俺の持つ『13の能力』に関しても知っていた。

 一部を知っているだけならば良いが、もしも全てを知っているとしたら…………俺の名も…………。

 

「主」

 

「あ? あ、あぁ……何だ、レン」

 

 唐突にかけられたレンの言葉に、不様にも歯切れの悪い返答をしてしまった。

 

「如何して人間を利用しないの?」

 

 レンの言葉に、狼狽していた顔が一気に引き締まる。確かに…………何も知らない者(、、、、、、、)としてはこの意見は正しい。

 何故なら世界で人間ほど、知性と数に優れた生物は居ない。つまりは何かを探索するのであれば、人間は有効だということだ。

 しかし『鍵』のことを知っている者(、、、、、、)であれば、この意見は愚かとしか言いようが無い。

 

「レン………お前も知らなければならないな、俺と共に永久を歩む者として」

 

 俺の言葉に、何処かあどけない表情だったレンの顔が、一気に引き締まる。

 忠実なる俺の従僕の一体。我が『眼』たる使い魔としての顔だ。

 

「人間は利用できない。特に『鍵』に関することではな」

 

 真剣な表情で、俺の言葉一つ一つを聴いている。

 少しだけボケてみたい気もしたが、その時点で色々なモノが終わりそうなので止めておいた。

 

「『鍵』には幾つかの力が備わっている。

 その全てが副産物でしかないが、その何れもが破滅へと繋がっている」

 

 ゴクッ………というレンの唾を飲み込む音がやたらと大きく聞える。

 

「お前にも以前話したことがある力の一部は、無限の魔力と無数の魔法。

 この二つ……………これだけならば人間を使うことも出来ただろう。しかし、出来ない理由が他に存在するのだ」

 

 前置きを終え、本題に入る。

 『鍵』には数多の力があるが、その中でも最悪の力であり、数多の悲劇を作り上げた力………。

 

「憎しみ、恨み、怒り、忌避、呪い、嫉み………等と呼ばれる、負の感情。

 『鍵』は……そういった感情を際限無く増幅し、心の全てを塗り潰す。分かるか? この意味が?」

 

 俺の言った言葉の意味を、恐怖を理解したのだろう。

 僅かに震える身体を抑える様に、俺のマントを掴むレン。

 

「精神を侵食され、己が意志を歪められ、歪められた意志の元に破滅へと駆け抜ける。

 先に言っておくが、これは『鍵』を使わず、ただ見ているだけでこの悪夢は巻き起こる」

 

 人間如きの精神では容易く食い潰され、抗い様も無く破滅へと向かう。

 過去、『鍵』を手にした者の全てがそうなった。人であれ、そうで無いにしろ結果は同じだ。

 その全てを俺が始末してきた訳だが、その被害は甚大なものになっていた。

 いつしか『鍵』の存在は秘匿され、各国の高官の中でも一部の者に禁忌として伝えられてきた。……俺の存在と共に……。

 

「主………あの男は知ってて放置したの?」

 

「あの男? …………ひょっとして天馬のことか?」

 

コクリ

 

 俺の言葉に、レンが頷く。………………天馬か。アイツもまた、『鍵』の被害者なのだろうな。

 

「過去の話になるが、50年前のサーカスで起こった内乱のことは憶えているな?」

 

コクリ

「全然戦場には連れてってくれなかったけど……………」

 

 不満そうに、口を尖らせている様子はとても可愛らしいが、敢えて無視して話を進める。

 

「あの内乱には知っての通り俺も参加し、そして天馬も参加した」

 

 驚いた様子も無く、レンはただ静かに話を聴いている。

 

「過程は省くが……………天馬の恋人が………いや、妻がその内乱で死んだ」

 

 まだ…………レンに驚いた様子は無い。

 当然といえば当然か…………俺がそう育てたのだからな。

 

「殺したのは天馬だ。魔導実験により、化物に成り果てた彼女を……………自らの手で葬った」

 

 続いた俺の言葉に、レンが初めて驚愕を示す。

 内乱末期………………民主派と君主派に分かれた戦いは、君主派が圧倒的に不利だった。

 時の王は今まで禁忌とされていた『鍵』を、己が保身の為だけに使用した。

 結果………数多の魔導実験により、幾千の人間を材料にした化物が生み出された。

 天馬の妻もその一人だった訳だ。

 

「思えば…………………あの頃から前兆はあったか…………………」

 

 鬱屈した思いを吐き出すように呟かれた言葉に、レンは何も言わずに沈黙を守った。

 あの日……………『鍵』を使用した馬鹿な王。そして、それに準じた者全てを皆殺しにして内乱の終わったあの日。

 天馬の様子は確かに可笑しかった。今にして思えば…………だが。

 終わってしまったことを言っても詮無きことだが、旧き友として気づいてやるべきだったかも知れない。

 

「天馬は彼女を殺したあの日から、怯えていたのだろうな…………。

 奪われること、失うこと、それらから怯えた結果がカノンなのだろうな」

 

 天馬はただ恐れていただけ。そして俺もまた……………恐れているのだろうな……………。

 

「……………『鍵』を持つことを」

 

 あの日…………遥か遠いあの日以来、俺は『鍵』を所持したことが無い。

 全て事後処理なのだ。『鍵』が引き起こした災害に対しては。

 その理由は無論ある。一つは個人的なものであり、一つは『鍵』の性質上のものだ。

 だが、本当に……………………馬鹿な奴だな、俺は。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「…………………以上で御座います」

 

『……………………』

 

 想像を絶する天馬の考え。

 全てを語られた者たちの反応は、沈黙だった。

 

「天馬様は全てをご承知の上で、祐一様を『氷銀の聖殿』へと導いたので御座います。

 例えカノンが犠牲になろうとも、今回の『鍵』まつわる戦いに於ける敵を、見て欲しかったそうです」

 

「ならば何故………何故、相沢君がカノンに入った時点で言わなかったのですか?

 我々人間が『鍵』の警護に使えない理由は分かりました。しかし、ならば彼に真っ先に頼むべきでしょう」

 

 久瀬が静かだが、何処か詰問するような口調で松木へと詰め寄る。

 だが松木は、あくまでも静かに……そして落ち着いた様子で答えた。

 

「確かに………久瀬様の言うとおり、祐一様にお頼みするのが最善だったでしょう。

 しかし――――――――――出来ない理由があったのです」

 

「理由?」

 

 淡々と語られていく言葉。そして松木の言葉は、歴史の影を語る…………。

 

「それは祐一様の通り名。宵や「松木様」」

 

 重要な処で、部屋の片隅に立っていた無表情なメイドから声が掛かる。

 無言、無表情で一歩前に出て、口を開く。

 

「もう御時間が御座いません。皆様に選択をして頂かなければ…………」

 

 彼女の意味不明な言葉に、松木が若干焦ったように見えた。

 

「如何やら此処までのようですな。

 さぁ、皆様。場所を移しますので、私について来て下さい」

 

 有無を言わさぬ態度で、メイドと共にツカツカと部屋を出て行く。

 それに追従するような形で、全員がゾロゾロと後を追う。

 

「さて、皆様に選択して頂くのはこれからのことです。

 選択肢は二つ。一つは崩壊寸前のカノンを復興する道。そしてもう一つは――――――

 

 僅かに溜めるような間を作り、その先を口にする。

 

「相沢 祐一様を追い、各国を巡る道」

 

「「えっ!?」」

 

 これに特に関心を示したのは、秋子と舞の二人。

 ある意味、この中で最も祐一が必要な二人と言える。

 

「経緯や方法などの説明は、時間が無いので省きますが。

 今現在、皆様は正規の方法で国内より出ることが出来ません。それは王命で行なわれている以上、覆ることも無いのです」

 

 続く松木の言葉に、全員が驚きを隠せない。

 その間にも、松木とメイドを先頭にした一行は屋敷の下へ、下へと降りていった。

 どんどん下に降りていき、住人であるはずの佐祐理や一弥ですら来たことが無いほど暗い部屋……地下室へと辿り着く。

 

「さぁ、皆様。――――――――――決断の時です」

 

 言葉と共に開け放たれた扉の先には、見たことも無い機械が数多く鎮座していた。

 しかも、その全てが起動しており、音が反響する地下室に駆動音が木霊している。

 

「これは一体…………?」

 

「転送装置で御座います」

 

『!?』

 

 その答えに、全員が驚きを示す。

 転送装置…………物体を瞬時に対応する別の転送装置に送ることが出来る機械。

 旧世界に於いて、人々の移動手段として使われていた代物だ。

 しかし、今に於いては長い間放置されていた事もあり、殆どが壊れている場合が多い。

 万が一、起動可能な物を見つけても、転送先が壊れていたりと使える物など無いに等しい。

 だが目の前の物は確実に起動している。つまりは、使用可能ということだ。

 

「逃亡用ですか?」

 

 何処か冷めたような言葉で久瀬が尋ねるが、松木は先程よりも真剣な声で返答する。

 

「その通りです。ただし、これは天馬様がお使いになる訳ではなく。

 佐祐理様や一弥様が、お使いになる為の物です」

 

 その答えに、天馬の真意が漸く覗けたような気がする。

 誰にも気づかれずに行なった今回の計略。

 その結果は、カノン全域で起こった惨劇という名の悲劇だった。

 もしもこれが天馬の計略の一部だと知ったらどうなるか? その結果は想像に難くない。

 群集は怒れる暴徒と化し、屋敷を襲撃するだろう。

 当然、天馬は死んでいる為に何も出来ない。精々、罵倒するぐらいだ。

 ならばその怒りは何処へ向くか? 孫である佐祐理や一弥だ。無論、息子夫婦にも被害が及ぶ。

 天馬はそれだけは避けたいと考え、転送装置を用意したのだろう。

 

「なるほど……………。あぁ…そうだ。私はカノンに残りますよ。

 相沢君がどんな存在なのかは気になりますが、『久瀬』としてカノンを護る義務があるのでね」

 

 久瀬が先手を打って、真っ先に自分の意見を口にする。

 彼が連れてきたメイドの花月も、当然それに追従するようだ。

 

「僕もです。祐一さんのことは気になりますが、父様の手伝いをしたいと思うので」

 

 久瀬の意見に同意したのは、一弥だ。

 彼にも色々と思うところがあるのだろうが、祐一とはそれほど親しい仲とは言えないから当然である。

 

「俺も残るぜ。確かに相沢のことも気に掛かるけど、家族を放っては置けねぇしな」

 

「儂も………同意見じゃな。今は故郷を護る為に何かをしたい。ただそれだけじゃ」

 

「俺もだ。………………それに、俺はアイツを信用できそうも無い」

 

 北川、羅異、石橋と言葉を続けたが、石橋の場合は僅かに敵意が見える。

 

「ぼくは………お兄ちゃんも気になるけど、やっぱり行けないよ。

 お母さんを一人には出来ないし、それにぼくは旅が出来るほど強くはないし…………」

 

 あゆの何処か寂しげな言葉が漏れる。

 彼女もまた祐一のことを深く慕っていた者だが、恋と呼ぶには余りにも幼い感情だった。

 今の彼女にとっては、『兄』よりも『母』の存在の方が心を占めているようだ。

 

「あぅ〜、真琴も行けない。

 祐一のことは気になるけど、里を放り出して行けないから………」

 

「そうですね。真琴はそうするべきでしょう。

 じゃあ、私も真琴と一緒に……「美汐、お前さんは行ったほうがよかろう」…え?」

 

 真琴が残ることを決め、美汐もそれに倣おうとすると、羅異から別の意見が出てきた。

 

「所詮は儂の意見。聞き流してくれても構わんがな…………、お前さんはついて行ったほうがいい。

 あの相沢 祐一という男。……………あやつからは不思議な縁を感じる。

 まぁ、長年からくる単なる勘だが、………………不思議と確信があるのでな」

 

 随分と不確かな言葉だったが、この言葉に美汐も何故か納得する。

 自分の心の中にもある不思議な確信は、羅異の言葉のように不確かだが………信じられるような気がした。

 

「…………………決めました。後悔する事になるかもしれませんが、私は祐一さんを追います」

 

 美汐のはっきりとした言葉に、真琴がただ一人、寂しそうな顔になるが当然美汐には見せない。

 親友として、美汐にばかり頼っている訳にはいかないと、幼い自立心を働かせているのかもしれない。

 

「私も………追う」

 

 拙くて……とても短い言葉だが、舞の揺ぎ無い意志が感じ取れた。

 

「うん。よく言ったわ、流石は私の娘!」

 

 スパーンと景気の良い音と共に、舞の背中を叩く静華。

 娘が旅立つというのに、寂しさなど微塵も感じさせない…寧ろ自慢げな言葉。

 

「お母さん………痛い」

 

「あははは、ゴメンゴメン。

 それにしても、恋に生きる…………か。良いわねぇ、若いって」

 

 成果の言葉で、重苦しい空気が軽い………。

 ひょっとすると、初めからコレを狙ってやったのかもしれない。

 ただ静華はカノンに残るようだ。特に家族が居る訳でもないが、家を放置していくつもりは無いのだろう。

 

「舞………。

 松木さん、祐一さんは50年前の内乱にも参加していたんですよね?」

 

「はい。その通りで御座います」

 

「…………私も…………私も祐一さんを追います。

 50年前に何が起こったのか、その詳細を………当事者である祐一さんの口から直接聞きたいから」

 

 親友と共に、祐一を追う道を選択する佐祐理。

 倉田家の長女としては、無責任なのかもしれない。しかし、彼女は選択した。………己が意志の元に。

 

「頑張ってね、姉さん。父様たちには、僕から上手く言っとくよ」

 

「一弥………有難う」

 

 ともすれば涙が零れそうになるのを必死に圧し留め、佐祐理は笑顔で感謝を告げる。

 その笑顔に、一弥もまた笑顔を返した。佐祐理の選択を、嬉しく思うが故に。

 

「お姉ちゃん………私の勝手なお願いですけど………祐一さんを追ってください」

 

「!? 何を言うのよ!」

 

 栞の唐突な言葉に、香里は怒ったような言葉を返す。

 香里が怒ったのは栞の言葉ではなく、追うことへ心が揺らぎかけたこと………。

 あの時……命で贖ってまで栞を護った自分の影に誓ったはずなのに、容易く揺らいでしまった自分への怒りだった。

 

「だって………私は祐一さんに何も返してない。

 私がこうして生きてるのだって、祐一さんが居なかったら在り得なかった。

 だから……だからせめてお姉ちゃんが、祐一さんに返して欲しいの。

 勝手な言い分だって言うのは分かってる。……………でも、私には追えるだけの力が無いから……………」

 

 自分の不甲斐無さを僅かに嘆くような言葉に、香里は静かに瞑目する。

 思えば祐一には励まされ、力を貸してもらい、妹を救って貰った。

 栞が救われたあの日、祐一は何も言わずに香里の背中を押した。言葉も無く、ただ押されただけ。

 たったそれだけの行為で、香里は一歩を踏み出すことが出来た。

 変な意味ではなく、香里と栞の姉妹はお互いが大好きなのだ。

 どれだけ深い溝が出来ても、直ぐに埋めることが出来るほどの強い絆が、二人の間には存在していた。

 それでも一歩を踏み出す勇気が、お互いに足りなかった。 二人の関係が悪かったのは、ただそれだけの理由だ。

 祐一はその切っ掛けをくれた。それは大したことが無い行為でも、香里とっては何れだけ感謝しても足りないほど。

 ならば………香里が選ぶ道は……………。

 

「私も追うわ。栞の意志と、私の意志。二つの想いでね」

 

 はっきりとした言葉で、目の前の妹に告げる姉。

 二人の顔にあるのは笑顔。姉妹の深い絆に、別れの言葉は不要だった。

 

「……………………」

 

 次々と皆が道を選んでいく中で、秋子だけが一人………佇んでいた。

 彼女は今、悩んでいた。

 まず第一に娘・名雪のこと。

 未だ自立していない娘のことを思えば、祐一を追うことなど出来よう筈も無い。

 そして……………心に楔のように突き刺さっているあの時の言葉。

 

 

「ヴァンパイアは人間の敵。だからこそ、ショックを受けたんだろう? 俺がヴァンパイアだと知って」

 

 

 あの言葉を聞いた時、秋子は自分の馬鹿さ加減に死にたくなった。

 結局……自分も同じではないか? 周りの者たちが自分の上辺しか見なかったように。

 秋子は祐一の上辺しか、見ていなかったのではないのかという事実。

 所詮、秋子は祐一に縋り付いていただけ。秋子は祐一の枷以外の何者でも…………。

 

(嫌っ! そんなこと…………考えたくも無いっ!)

 

 途中まで考えて、余りの恐怖にそれを打ち棄てるように思考を振り払う。

 祐一にとって如何であれ。秋子にとっては、祐一という存在は余りにも大きな存在なのだ。

 十数年前……祐一と出会い、そして別れたあの日も、泣いて縋ったのを克明に憶えている。

 あの時は祐一に優しく諭され、約束を交わしたことで我慢できた。

 しかし、今回は違う。

 完全な決別とも言うべき別れ、突き放された状態のまま別れてしまった。

 これは………………とても堪えられない。

 

「お母さん………」

 

「え? どうかしたの、名雪」

 

 突然の言葉にも、反射的に笑顔で答えた秋子だったが、名雪の表情は益々哀しげに歪められる。

 

「ど、どうしたの、名雪?」

 

 母親としての秋子が心配そうな声を上げ、一人の女性としての秋子が自分の心に驚く。

 未だ………こんな自分が残っていたのか…………と。

 

「どうして言ってくれないの?

 私……私はお母さんが辛そうなのは嫌だよ」

 

 訴えるような言葉に、母親としての自分が崩れ去るのを感じる秋子。

 娘の言葉に、母としての秋子は何も言えずに崩れた。残ったのは、一人の女性として秋子。

 だが、その残った心が何かを言う前に、名雪は言葉を続けていく。

 

「お母さんは、祐にぃを追いかけて…………」

 

「名雪っ!?」

 

 思わず荒げてしまった声で、秋子は返答した。

 声を荒げた理由は、名雪には無い。

 秋子は自分の心が安堵………或いは喜んでいるのを感じた。

 例えそれが偽りようの無い自分の心だとしても、嫌気が差すのは変わらない。

 娘を放り出して、男の下へと向かうなんて最低だ………そう秋子は思う。

 もう何度目かも分からないほど、秋子は自分を深く罵った。

 

「名雪………私は………」

 

「私………決めたよ。お母さんは祐にぃを追いかけて、私はカノンで復興を手伝うよ。

 一人………だけじゃ足りないかもしれないけど、頑張ってみせるよ。

 今度、お母さんと祐にぃと会うときには、私が立派な大人になって驚かすんだから」

 

 母親譲りの暖かな微笑みを浮かべる名雪に、秋子は言葉に詰まった。

 だから……秋子は思いっきり名雪を抱きしめる。この想いが伝わりますように、と祈りを籠めて。

 

「お母さん。ふぁいと、だよ」

 

 名雪の激励に、秋子は堰を切ったように涙を零し、娘の優しさに深く感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、皆様。如何やら進むべき道は、お決まりのようですな」

 

 松木の言葉に、旅立つ者が一歩前に出る。

 美汐、舞、佐祐理、香里、秋子の計五人。それぞれの想いを胸に、転送装置の中へと入っていく。

 

「転送先はエアーにある倉田家の別荘で御座います。そして、そこから東鳩に向かうと良いでしょう」

 

「東鳩に?」

 

 東鳩といえば、この世界……ガイアの中でも最大国家だ。

 だが、何故エアーの『鍵』を探すのではなく、東鳩に向かうのかが分からない。

 

「はい。天馬様の親友の方が、来栖川の方です。きっと御力を貸して頂けるでしょう」

 

 松木は当面の目標にして、指針となる言葉を秋子たちに送った。

 その言葉が終えると共に、あの無表情なメイドが転送装置の中へと入っていく。

 

「彼女が道案内など、皆様の手伝いとして同行させます。頼みましたよ、斉藤さん」

 

「はい。お任せください、松木様」

 

 万感の想いを込めた松木の言葉に、メイドは抑揚の無い声で返す。

 まるでロボットのような声だったが、松木は逆に頼もしそうにメイドを見ていた。

 

「では、転送を開始致します」

 

 松木が近くにあったコンソールパネルを叩くと扉が閉じ、秋子たちの姿が殆ど見えなくなる。

 丁度、全員の顔の高さ程度に取り付けられた窓から、秋子たちが名雪たちを見ている。

 

――――――

 

 余程分厚い扉らしく、秋子たちの声を聞くことは出来ない。

 装置の中に光が溢れていく。転送が始まったのだ。

 強まっていく光の中で、不思議と理解できた秋子たちの言葉に、名雪たちは一つの言葉を返した。

 

 

 

 ――――――――――――いってらっしゃい、と。

 

 

 

 

 

第一部・終りへの序曲

−完−

 

 

 

 

 

後書き

 

 ふぃ〜〜、漸く『第一部・終りへの序曲』が終了です。そして、どうも放たれし獣です。

 どうにも纏まりの悪い終りとなった気がしますが………………如何でしたでしょうか?

 それと、こっそりと真のコンプリートしたんですが、お気づきになりましたか?(出番ですよ〜)

 まぁ、ちゃんとフルネームが出たわけじゃないんですが…………。

 さて、前置きはこの位にして。私の中での本題に移りたいと思います。(笑

 本題というのは、第二部の始まりです。

 祐一と秋子たちと別れたので、何方から書こうか迷っているのです。

 最終的には両方とも書く予定ですが、祐一からか……それとも秋子たちからかと悩んでいます。

 選択肢は二つ。

 

 1・『祐一が向かった○○』→『秋子たちが向かったエアー』(約5話)→(約4話)

        美味しいものを先に食べる人はこちら

 2・『秋子たちが向かったエアー』→『祐一が向かった○○』(約4話)→(約5話)

      
美味しいものを後に取っておく人はこちら

 

 

 …の以上、二つです。交互に書くというのも考えましたが、分かりにくくなりそうなので止めました。

 『祐一が向かった○○』の話数は、増える事はあっても減る事は無いでしょう。

 逆に『秋子たちが向かったエアー』の話数は、減ることはあっても増える事はない、かな?

 特にプレゼント用のSSは無いんですが、出来れば参加して頂きたいです。

 感想もついていると嬉しいですが、番号だけでも充分ですので多くの参加を切望しています!!マヂで!!

 ベラベラと長かったですが、この辺で。

 

管理人注

投票ページを作りましたので、参加したい方はそちらもご利用ください。
(現在は終了)

 

 

 

 

転送装置

 

 遺失科学技術の一つ。簡単に言えば、旧世界(1000年前の世界)で使われていた超科学の産物。

 機能は文字通り、物体を瞬時に転送するという装置。

 この機械の凄いところは、魔力を全く使用しないということ。つまり完全な機械であるということである。

 装置の流れは、装置内に入ったモノを解析し、分解する。

 分解され、データ化したモノを特殊な回線を介して別の転送装置に送る。

 送られてきたモノを、装置内で再構築して転送完了。

 ここまで現行の科学力で分かっていても、同じものは作ることは出来ない。

 理由の一つにブラックボックスが多く、理解できていない部分も多いからである。

 ちなみにこの装置は国宝級の代物で、所持しているだけでも罪になる。

 カノンならば『反逆罪』と『遺失科学不法所持』という二つの罪に問われる。








管理人の感想


 まずは、第一部完結おめでとうございます。

 最近の更新速度は神の如きでしたな。(笑

 第二部に向けて英気を養ってください。



 王都は凄まじい事になりましたね。

 一般人からは大罪人と呼ばれるんでしょうね天馬氏は

 勿論バレたらの話ですが。



 今回ある程度ヒロインが絞られました。

 祐一と美汐の間には、何かありそうな……。

 ついでにメイドさんも同行。

 ロボットみたいと書かれてますが、ロボットのメイドと会ったらどうなるやら。(笑

 祐一を追う旅は、彼女達に何を与えるのでしょうか?




 で、管理人は静華さんの再登場を希望。(爆

 ちなみに、私はアンケート2を選びますね。←美味しいものは後で食べる人間



感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)