「う…………」
唐突な目覚めに、自分でも良く分からない言葉が出た。
いつもの倍は鈍い頭で、ノソノソと起き上がる。
朝特有の寒さに震え、シーツに包まった時、声が聞えた。
「お早う御座います、トオサカ様」
見ると、修道女の偽者みたいな服を着た女が居る。
眠い頭はやはりノソノソと記憶を探り、相手が誰かを伝えてきた。
「確か………セラ、だっけ?」
「はい。着替えの方ですが、アーチャーが持ってこられた物が此処に御座いますので、どうぞ」
指し示された方を見ると、確かに服があった。
まぁ、いつも着ているのと大して代わり映えしない服なんだけど。
「皆は?」
「既に全員が起床されており、トオサカ様で最後です。
食事の支度も出来た頃ですので、お早く着替えて下さいませ」
とは言われても………昨夜のアレで、体中はベタベタだ。
はっきりいって、このまま服を着るのは躊躇われるんだけど………、
「体の洗浄には、此方をお使いください」
渡されたのは銭湯辺りで使われてそうな桶と、白いタオルだった。
桶からは湯気が立ち上り、中には暖かそうなお湯が張られている。
「申し訳ありませんが、古い城ですのでシャワーなどが無いのです」
「良いわ。これで充分よ」
言って、タオルを桶の中に突っ込んだ。
刺すような暖かさを持ったお湯が今は心地好く、それを染み込ませたタオルを絞って体を拭く。
体中を拭きながら思うのは、………………色々だ。
考えることが多すぎる所為もあるが、今は色々なものを整理したい気分だから。
でも、考えるのは此処だけ。
他の誰にも弱味は見せない。これまでも、そしてこれからも……。
Twin Kings
第十四話「幻想」
古いが豪奢な造りの城を歩き、辿り着いた食堂もやはり豪華だった。
映画にでも出てきそうな長いテーブルに、セイバーたちが座っているのが見える。
私と全員の視線が合うと、返ってくる反応は実に様々だった。
ある者は変わらず、ある者は恥ずかしそうに、ある者はどこか怒ったような顔をしている。
……………あれ? 普通、こういうのって男に向けてするものじゃないの?
「衛宮君は?」
見渡してから問うと、セイバーたちは一様に苦笑する。
そしてメディアが指差す。方向は何故か下だ。
「え?」
疑問と共に見た先には、妙なものが映っている。
いや、妙と言うか…………衛宮君?
衛宮君は床に這い蹲って、何をしているのか……正直、すぐには分からなかった。
しかし、どうにか機能してきた脳がそれを認識する。
それはいっそ見事にも見える――――――土下座だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
セイバーたちが起きてきた中、最後に起きてきたのは朝の弱い遠坂だ。
何だか見慣れてきた酷く据わった目の遠坂は、俺を見つけて目を見開く。
そして俺は、そこから先の遠坂たちの顔を見ない。……いや、見えない。
何故なら俺は、土下座体勢の最終段階………額を床に擦り付ける状態に入ったからだ。
「え、え〜っと色々言いたいことはあるし、何してるか分かってるけど。………何してるの?」
流石に困惑しているのか、遠坂の声も張りが無い。……まぁ、朝はいつも無いけど。
「すまん! 遠坂、みんな!!」
余計な考えを頭の隅に押しやり、俺は言わなければならないことを口にする。
だが…………え〜っと、殺気を感じるんだけど……………。
「言いたいことが増えたんだけど………取り敢えず、立ちなさい」
酷く平淡で、底冷えするような声に、俺は反射的に立ち上がり硬直する。
床から一変した視界には、遠坂を中心に全員が映っている。映っているんだけど……こ、怖い。
正直こんなに怖いのは、雷画爺さんに藤ねえをどうだ? と勧められた時以来だ。
「さて………まず訊くけど、今のすまん≠チて何?」
や、やばい………何だか良く分からないが、今にも殺されそうな気配がする。
加えて剣道をしていた頃の藤ねえが脳裏をよぎったが、走馬灯だろうか?
「それはだな………その………」
バンッ!
「さっさと答えなさい!!」
「は、はいぃ!!」
不味い…………本気で早く答えないと、本当に殺される。
未だに理由が良く分からないが、兎に角殺されることだけは分かってしまった。
「昨日………その、しただろ?」
「…………そうね、したわ。あんたがケダモノみたい頑張ってたわよね」
「うぐッ!!」
今、一番のウィークポイントをやばいくらいに抉られた。
だけど、逃げる訳にはいかない。当たり前だ、俺はまだ何も言えてない。
「と、兎も角だな。色々考えたんだよ、俺なりに」
仕切り直す意味も篭めて、俺は何とか言葉を作っていく。
「皆、俺なんかの為に……してくれて、有難いと思ってる。
正直なところ、なんで俺なんかの為に………とも思うけどさ」
何故だろ…………周囲の殺気が増したような。
「で、さ………しちゃった以上は、責任を取らなきゃいけないだろ」
嫁入り前の……いや、嫁入り後でも駄目だけど、傷物にした以上は責任を取るべきだ。
男として…………いや、人間としてかな。
それが今朝早く、起きてから考え出した一つの結論だった。
でも、これにも問題があって…………、
「ふぅん………じゃあ、桜を選ぶから私にはすまん≠チてこと?」
どこか面白くなさそうに、どこか拗ねるような声音で遠坂は言う。
…………何か勘違いしているようだが、拗ねている理由は分かる。
遠坂よりも桜を選んだ、ということで、彼女の女としてのプライドが傷ついたのだ。
うん、まぁ勘違いなんだけど。
「違う」
「は? 違うって………まさか、イリヤの方なの!?」
「なぁんだ。シロウって、私が好きだったの?
もう…………早く言ってくれれば良かったのに」
「も、もっと違うッ!!」
確かにイリヤのことは好きだが、それは妹とか……そういう親愛のようなものだ。
恥じらいながらも嬉しそうにしているイリヤは、そりゃあ………可愛いけどさ。
俺は決してロリとかペドとか、そういう趣味は断じてない。
……………だから、そんなに睨むな桜。
「じゃあ、一体………?」
「ふっ………甘いな、小娘。
士郎が好いているのは……わ、
我 に決まっておろうが!」
「………アンタ、死んでるじゃない」
「愚かな。この男が………そんな些細なことを気にすると思っているのか?」
「些細かどうか別として…………あー、衛宮君なら確かに気にしなさそうね」
何故か話に割り込んできたキングは、昨日から俺を『士郎』と呼んでくれている。
それはとても嬉しいことだし、恥ずかしそうに言うキングは魅入るほどに可愛い。
けどね…………ナチュラルに貶めるのは止めてくれ。というか、それも勘違いだ!
いや、まぁ、確かに英霊とか、そういうのは気にしないのは確かだけどさ。
「でも………そうね。衛宮君ならサーヴァント、っていう選択肢もあるわね。
じゃあ、セイバー、キング、メディア、ライダーの四人の内?」
「リン、私も」
「え? あぁ、確かにリーズリットかセラ、それにバゼットっていう選択肢もあるわね」
いや、あるわねじゃなく。全部勘違いだって。
それにしても、こうやって指折り数えられると………凄いな。その、色々と。
改めて自分がとんでもないことをしたんだと、再認識させられる。
「落ち着きたまえ、ミス・遠坂。当初の目的を忘れているぞ」
常と変わらないバゼットが、窘めるように言う。
助かります。貴女だけは皆のノリに巻き込まれないと思ってましたよ。
「しかし、私も興味があるなミスタ・士郎。君はどんな娘が好みなんだい?」
………………ブルータスよ、お前もか。
貴女だけは、貴女だけはと信じていたのに………遂に遠坂たちに毒されたんですね。
ハァ…………いい加減に、収集がつかなくなって来てる。
というか、ここはシリアスな場面の筈だ。俺を吊るし上げる場面じゃないだろう。
「いい加減にしてくれ。遠坂も、バゼットも、それは全部勘違いだ。
俺は確かに責任を取るって言ったけど、それは個人を選んだって意味じゃない」
「じゃあ何? ひょっとして私たち全員を選んだっていうこと?」
どこか可笑しそうに、唇の端を吊り上げて言う遠坂。
…………怒ってはいないみたいだ。でも、それも勘違いなんだよな。
「いや………責任≠チて言うのは、そう言う意味で言ったんじゃない。
だって、俺はきっと他人の為にしか生きられないんだ。
あの日の大火災で全てを失った俺は、そうすることで今まで生きてきたからこそ、な」
「ッ! ―――――衛宮君、それは!!」
「分かってる。それは破綻した生き方だってことは、もう承知の上だ。
今まで上っ面だけを取り繕って、正常な振りをしていたけど………やっぱり駄目だよな。
うん、はっきりさせよう。俺は他人を理由にしないと、生きられない人間なんだ」
俺は笑わなかった。……かといって、表情に緊張はない。
この宣言は、俺にとって当たり前の事実。だからこそ、変に気負うことなどありはしないのだ。
しかし、遠坂たちの表情は哀しげに歪んでいく。
――――――その表情を見るだけで胸が痛む。たったそれだけなのに、弱いな……俺は。
「そんなこと言わないで下さい、先輩! 本当に………本当に悪いのは私なんです!!
兄さんにも、お爺様にも逆らえず、結局兄さんも先輩も――――――!!」
「桜…………」
「私が兄さんに逆らってさえいれば、お爺様に逆らってさえいれば。
兄さんがあんなことにならなかったかもしれない。
先輩がこんなにも傷つかなかったかもしれない。
だけど、私が………結局全てを諦めてしまったからッ!!」
桜は…………泣いていた。ボロボロと涙を零しながら、切々と訴えながら。
本当に久し振りに見た桜は、どこか痩せたように見える。
そして、最近は見なかった暗い雰囲気を背負っている。
………いや、見なかったんじゃない。桜が見せなかったんだ。
桜が自分の中に仕舞い込み、隠してしまったから……俺は気づかず、安堵していた。
「いや、桜は悪くないさ。俺が……俺がもっと早く気づければ良かったんだよ。
だけど、俺は臓硯の言葉で安心してた。遠坂の保障を疑わなかった。
それは臓硯と遠坂を信じただけじゃなく、俺がそうであって欲しいと思ったから」
桜が何日も学校を休んでも、良く分からないアレというだけで一応は納得してた。
でも、俺が初めから桜のお見舞いに行っていれば……ここまで桜を泣かせなかったのに。
「だから、そんな哀しいことは言わないでくれよ。
これは俺にとっては、たった一つの
理想 なんだ。だからこそ、譲れない」
「先輩……………違うんです! 全部、全部私が!!」
「サクラ、ここは私が………」
尚も反論しようとした桜を押し止め、ライダーが歩み出た。
そして高々と手を挙げ、堂々と言葉を作る。
「一つ訊いても良いでしょうか?」
「え? あ、うん、全然良いけど……」
意外というか、想定外というか、青天の霹靂というか……いや、ちょっと落ち着こう俺。
兎も角、何故か手を挙げて質問の許可を訊いて来たのはライダーだった。
結構意外というか、まともに喋ったのはこれが初めてなんじゃないか?
「貴方のことは、サクラから何度か聞かされています。
その上で訊きますが、貴方は
本当に決めてしまった のですか?」
―――――ドクン
「ほぅ、存外聡いなライダー。―――いや、この場の誰よりも衛宮士郎とは他人だからか」
ライダーの問いに、感嘆といった感じで呟いたのはアーチャーだった。
俺はその問いに答えられず、ただ凍りついたように動きを止めている。……表面的には。
さっきから心臓の鼓動が酷く耳障りで、喉がカラカラだ。
理由なんて言うまでもない、論ずるまでもない、考えるまでもない。
―――――その問いは、今の俺を穿ちすぎていたのだ。
「無様だな、衛宮士郎。そうやって上辺だけに納得し、自分から理想に溺れるつもりか?」
「………………」
「ちょ――――アーチャー、一体どういうことなの!?」
「ふぅ、やれやれ。君とあろうものが、深入りし過ぎではないのかね?
だからこそ、こんな未熟者で異常者の決意の浅さを見抜けない」
呆れたように吐息し、アーチャーは皮肉っぽく遠坂を見る。
相変わらずの口振りに、遠坂は少し腹を立てたようだが、目線で言葉の続きを促した。
まだ分からないのか、とアーチャーは前置きして、煩わしそうに口を開く。
「この未熟者は、己の異常を漸く認識したのだ。
しかしまだ、自分の生き方を決定付けられるほどの意思を持たない。
衛宮士郎とは一つの
回路 だ。だからこそ、一つのことしか出来ないと錯覚しているにすぎん」
貴様の決意は錯覚………アーチャーの言っていることは、そういうことだった。
しかし、俺は別に何とも思わなかった。そうだろう、と。
他の誰も気付かなくても、俺を憎悪しているアーチャーならば気付くだろうと思っていた。
口火を切ったのがライダーというのは、かなり意外だったが……縁が無かったからこそ、か。
成程、そういうこともありえるよな…………。
「そうだな、俺の決意は………いや、この理想だって錯覚かも知れない。
けど、俺はこの錯覚を信じて生きていくよ。それが、受け継がれた意思なんだから………」
「ッ!?」
お? 何だろう、アーチャーの奴いきなり驚いたような表情になったな。
まぁ……良いか。今はアーチャーよりも、遠坂たちを説得するのが重要だし。
「確か………正義の味方≠セったわね?」
「あぁ、俺はそれを目指す。――――いや、
切嗣 の意思を受け継いでなるつもりだ」
「本気でなれると思っているの? それは、人間として正しい在り方じゃないわ」
「そうかもな。―――――でも、誰かを救うことが出来るのなら、それは間違いじゃない」
「冗談じゃないわ………そんな言葉で納得しろって言うの!?」
納得しろとは言わないが…………いや、どんな言葉を並べても無意味だったか。
少なくとも今の俺は、一本しかないと思っている道を選んだに過ぎない。
他にどんな道があるのか知らないが、結局は否応無く選んでしまった道なのだ。
そんな道を選んでしまっただけでは、他人を納得させるだけのナニかなどありはしない。
だからこそ――――――、
「納得なんてしなくても良い。反対するのだって構わない。
けれど、少なくとも現状で俺はその道を歩んでいくことを自覚している。
迷惑だとは思うけど、皆にはそれを聴いて欲しかったんだ。
こうやってベラベラと話したのは、そういう理由だからだと思う」
皆を散々不安がらせておいて、何を今更……と俺自身そう思う。
でもやっぱり、今を除いて言うべき時なんて無かったんだと確信していた。
―――――それにまだ、俺は何も決意していない。
つまるところ、ライダーやアーチャーが言った通りに決意していない。
ただ、それはきっと俺の意思が弱いとかじゃなく、錯覚でもない。
俺はまだ知らないことが多すぎる。分からないことが多すぎる。気付いていないことが多すぎる。
―――――結局、今の俺には唯一の道すら見えていないのだ。
「ホントに………何を迷っているんだろうな、俺は」
「は? 何か言いましたか、シロウ」
「いや、何でもないぞ。それより朝飯にしよう」
思わず呟いてしまい、セイバーに不審そうな目で見られてしまった。
俺ってどうかしちまったのかな………昨日のあの魔力は嘘のように感じられないし。
第一、あの時――――キングの泣き顔を見た瞬間の、あの声は一体……、
「シロウ、サーヴァントの気配です!」
食事の手を止めたセイバーが、鋭い声で警告する。
誰も彼もが今までの雰囲気を一変させ、戦いのソレへと変化していく。
それに合わせて俺も、どこか心に空ろ≠感じながら外へ向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふむ。
予定通り 生き永らえたか、衛宮士郎」
それが城から出た、俺に対しての第一声だった。
今や完全に敵となった言峰が立ち、その両脇にランサーとイスカンダルが居る。
予定通り、という言葉は気になるが………考えたところで答えが出るはずも無い。
「……………何をしに来た」
「そこに居る二つの聖杯の内、どちらか一方を破壊する為に。
マスターの一人ではなく、監督役として……教会の代行者として選定に来たのだ」
「そこに居る………二つの聖杯?」
嫌な予感がした。
胃の中のモノが逆流しそうなくらい、気持ちの悪さを感じる。
そして、言峰はそれを分かっていながら……嬉々として言葉を続けた。
「気付いている筈だ、性交によってラインを持ったオマエならば…………」
分かっていながら、言峰は回りくどい言い方をする。
まるで傷口を嬲るように、くつくつと哂いながら視線を動かす。
「イリヤスフィール、そして間桐桜…………両名が、此度の聖杯なのだ」
―――――吐き気がする。
「嘘だ………聖杯が人間のわけないだろッ!!」
「その通り。神の御名の下に、人間は聖杯などというモノに成り下がらない。
しかし、人間で無ければどうだ? 或いは、人間で無くなればどうだ?」
俺の必死なまでの否定に、言峰は愉悦を浮かばせた表情で饒舌に語る。
「たとえば、生まれながらにヒトでないモノ。
たとえば、ヒトで無くなってしまうほどに穢されたモノ。
そんな存在がそこに在り、そんなモノをヒトだと定義するのか?」
問い掛けは、俺にではなくイリヤと桜へ向けられていた。
イリヤは必死に睨みつけて、桜は悲痛に顔を俯かせる。
苛々する…………さっきから、初めて会った時から、初めて会った時以上に。
「ふざけるなッ!! 俺はそんなことを――――――」
「ならば、真偽か?」
少し呆れたように、俺の否定を遮って言峰が言う。
言峰に対する苛々が、どんどん上がってくる。
大体、真偽だって? 俺だけが反論している時点で、もう確かめるまでもない!
「私の言葉が信じられぬならば、本人に聞いてみたらどうだ?」
そして絶望するがいい、とでも言葉が続きそうな表情で言葉は続けられた。
そんなこと、確かめるまでもない。二人は言峰の言うとおり聖杯なんだろう。
けど――――――、
「二人が聖杯だろうと何だろうと関係ない!
イリヤも、桜も、二人とも大切な俺の家族だ!!」
キッパリと宣言するように言い放ち、俺は言峰を睨みつけた。
言峰は険しい表情を変えずに、俺の視線を受け流す。
そして沈黙を少し、言峰は『分からない』といった様子で言葉を作る。
「ふむ、モノを家族と呼ぶか………悪くない成長振りだ、衛宮士郎」
「…………何だよ。一体、何が言いたいんだ!?」
「今のオマエには分かるまい。
―――――だが、いずれ分かる時が来る。嘗ての衛宮切嗣がそうだったように」
「
切嗣 が……?」
何を……何を言ってるんだ、言峰は?
いや、それ以前から言峰は妙な言動が多かったけど―――――何かが引っ掛かる。
まるで俺を使って、
衛宮切嗣 をなぞっているようだ。勿論、そんなことが出来るはずはない。俺は俺、
切嗣 は切嗣 。出来るとすれば、俺が切嗣の理想を受け継ぐことぐらいなのに………なんで、
「―――――なんでそんな目で、俺を見るんだよ」
「聞こえなかったか、衛宮士郎。いずれ分かる時がくる。
オマエがこれから先も、衛宮切嗣の理想を受け継いで生きていく限り………」
そこで一旦言葉を止め、言峰は喋りすぎたとばかりに嘆息した。
分からない。―――――けど、それは何か重要な気がする。
恐らくは言峰の意図するところは外れながら、俺にとって酷く重要なこと。
それは、俺が未だに決意しきれていないことと関係が………?
「いや、流石にそれは考えすぎか」
自分の決心が鈍いことの理由なんて、言峰に求めるものじゃない。
どう考えても他人ではなく、自分自身の問題だ。
勿論、その自分が出す答えにはセイバーやキング……皆の影響は大きいのだろうけど。
まぁそんなことは良い。今は―――――目の前の言峰たちに集中しないと駄目だ。
「イスカンダル、ランサー。間桐桜を始末しろ、アレは聖杯に相応しくない」
『ッ!!』
唐突に、だが今日の天気でも言うような当たり前さで、言峰は言い放った。
俺たちの間に緊張が走り、二騎の槍兵が歩み出る。
対抗するようにセイバーとキングが、そしてバーサーカーが前に出る。
アーチャーとメディアはその場を動かず、ただ戦闘準備を完了させた。
狙われた桜に、寄り添うように立つのはライダーだ。
明確な敵意を相手へ向けて、杭のような武器を構える。
最強の布陣、とも言うべきメンバーと相対した二騎の槍兵は……果てしなくやる気がなかった。
「はぁ…………実に気が進まぬ。
あのたわわに実った果実を散らすのは、実に気が進まぬ。そう思わないか、ランサー?」
「あのな……もう嫌って言うほど言ったが、そういう質問を俺に振るんじゃねぇよ!」
こ、この二人………こんな場面でもそういうやり取りなのか?
いや、まぁ、ランサーはイスカンダルの雰囲気に感化されただけだろうけど。
「あぁ、そうだ。言うのを忘れていたな、衛宮士郎」
桜の胸から視線を移し、俺を見て思い出したようにイスカンダルは言う。
やけに満面の笑みで――――――、
「脱・童貞、実に大儀であったッ!!
しかし、初体験で十人とは………なかなかエキセントリックで、将来有望だな!!」
「ちょっと黙れッ!」
やはりと言うか何と言うか、相変わらずシリアスなノリをぶち壊す奴だ。
まぁイスカンダルにそんなことを期待する方が、馬鹿だってことぐらいは分かってるけど。
しかし、イスカンダルは『分かっている』とばかりに手で制して口を開く。
「我輩の初体験は十歳の時だ。我輩 の時は、四人のメイドと―――――」
「んなこと誰も聞いていないわーーーーッ!!」
何度も何度も思ったことだが、コイツの頭の中はどういう構造をしてるんだ?
……いや、やっぱり理解したくないな。したが最後、人間として大切なものを失いそうだし。
「おぉ、すまなかったな衛宮士郎。我輩としたことが、ついつい自分のことを語ってしまった」
イカンイカン、とばかりに反省しているイスカンダル。
違う………違うんだ、イスカンダル。反省するところはそこじゃない!
「いや、しかし………思いのほか元気そうで安心したぞ、衛宮士郎。
昨日までの君ならば、自己否定し続けて自殺でもしかねない気配があったからな」
は……? イスカンダルが、俺の身を案じてた?
え、あ―――――どういうことだ?
いや、いやいやいやいやいや、それだけじゃない。
イスカンダルの言う通り、昨日までの俺なら確かに遠坂たちの為に命を投げ捨てた筈だ。
なんで………どうしてその考えが沸かない!?
「おっと、混乱する前にコレを受け取れ衛宮士郎」
そういって投げ渡されたのは、一冊の本。あ、あー、なんか混乱してた心が一気に醒めた。
何となく分かりつつも、その本のタイトルに目を移す。
『情熱の有角王イスカンダルが選ぶ、性技の味方・108手』
「ふはははは、これは才能溢れる君に送る究極の一冊だッ!」
「何の才能だッ!!」
「はっはっはっ、決まっているだろう。
ハーレムを作り上げる、鬼畜王の才能だよ!!」
……………キチガイは無視することにした。
取り敢えず前線で戦えない俺ではあるが、手持ちの本は処分しなければなるまい。
なので、俺はメディアを見る。―――――うん、アイコンタクトはやっぱり完璧だった。
ヴォワッ!!!
いつものように、メディアの魔術がイスカンダルの怪しい本を焼く。
俺の手は当然の如く本から離れているが、本は燃え尽きるまで魔術によって宙に浮いている。
普段なら、あっという間に燃え尽きて灰になるのだが―――――、
「燃え尽きない? ………いや、燃えていないのか」
「ふはははははッ!! 甘い! 甘いぞッ、衛宮士郎!!
この我輩が、三度も同じ悲劇を繰り返すと思ったか!? この未熟者めがッ!!」
呵々大笑するイスカンダルに、俺は思わず舌打ちする。
………クソッ、いらんところで知恵をつけやがって………厄介な。
―――――ザクッ!
「は……?」
呆気に取られた声は、俺ではなくイスカンダルから。
呵々大笑していた時の姿勢のまま、表情だけが呆気に取られて固まっていた。
視線の先―――――、一振りの見事な剣が突き刺さった本を見ながら。
「愚か者どもが…………」
呆れたように、莫迦莫迦しいという感情を伝えてくる声。それは俺の前に居たキングだ。
彼女は首だけで俺の方を見やり、ある種の宣誓のように指を打ち鳴らす。
―――――ザザザザザザクッ!!!
「ノォォォォォオオオオオオオッ!!!?」
イスカンダルの絶叫が森に響き渡り、細切れにされた本が風に攫われていく。
大量の宝具の群れが、あっという間に本を細切れにしたのだ。
とんでもなく凄いのだが…………こんなことに宝具を使って罰があたるんじゃないのか?
まぁキングなら、そんなことなんて気にはしないんだろうけどさ。
「茶番は終わりだ、言峰」
「………私は別に茶番など演じていないのだがな」
心持ち不快そうに、言峰はキングの言葉に応じる。
「フン。どの口で言うのだ、言峰?
我 は今や完全に思い出したぞ! 貴様がどんな男であるかをな!!」
「思い出した、か。――――――それがどうした?
私がどんな男か思い出したとして、それがこの聖杯戦争に何の影響がある?」
「聖杯戦争に別に変化など無いだろう。
我 が勝ち、士郎が聖杯を手にする。その点に於いて、なんら変化などありえない!」
………………あー、キング。
その台詞は嬉しいんだけど、横の遠坂の視線が痛いからもう少し穏便に出来ないかなぁ……。
遠坂の『なんでアンタが私に勝つことが決まってんのよ』的な視線がすっごく痛い。
というか、言った本人じゃなくて俺を睨むのはなんでさ? すっごく理不尽を感じるぞ。
「貴様は士郎の
真逆 だ……。だからこそ、聖杯を求めているのだろうな」
「……………ふむ。確かに思い出したようだな、アーチャー」
キングを嘗ての名で呼び、言峰は笑みも浮かべずに俺を見た。
その在り様に、何故か震えが来る。
背に押し潰されそうな圧力を感じ、俺は思わず一歩退いていた。
「―――――
やはり 、まだ弱いか 」
つまならそうに俺を見ながら、言峰は言葉を作る。
「イスカンダル」
ズザザザザザ――――ッ!!
瞬く間に土煙が上がり、イスカンダルの立ち位置が微妙に変化していた。
片手に持った槍の穂先が地面を突き、土煙を上げている。
そして、イスカンダルはどこか自慢げに笑みを浮かべると槍に魔力を注ぐ。
「―――――
王を護る、万物の兵 」
俺たちを中心として、円を描くように上がる土煙の中から
土機像 が 現れる。完全に取り囲まれた形になるが、そのことに恐怖なんて微塵も感じない。
何故なら俺には分かっているからだ。セイバーとキングこそが、最強であると……!
「セイバー、魔力の補給は充分であろう?」
「えぇ、勿論です。今の私には、嘗て無いほどの力が満ちている」
キングの問いに、セイバーが自負に満ちた声と表情を返す。
良い返答だ、と言わんばかりに満足げな笑みを浮かべるキング。
その視線を、イスカンダルたちへと向ける。
「蹴散らすぞ、セイバー。存分に暴れ、存分に薙ぎ倒す。
我 だけでないことは少々癪だが、士郎のサーヴァントである貴様ならば我慢できる」
セイバーに見向きもしないまま、キングは堂々と言い放った。
ふむ、とセイバーは不可視の剣を構えたままで少し考えると……、
「それはつまり、私とキングだけで敵を駆逐するということですか?」
え?
「無論、言うまでもないことであろう。
良いかセイバー、一切の出し惜しみは無しだ。言峰が相手ならば、全て知られている」
「まぁ確かに………。では、久し振りに全ての力を解放しましょう」
上品だが、どこか獰猛な笑みでセイバーが笑う。キングに関しては言わずもがな、だ。
二人が最強だという信頼はある。二人が負けないという信用もある。
――――――けれど、二人がやり過ぎないなんて安心は、欠片も存在しなかった。
「あ、あー、二人とも………程々にな」
「フッ、任せておけ。奴ら如き、一瞬で蹴散らしてくれる」
「見ていてください、シロウ。私の全力をお見せします」
気合の入った二人に、俺は説得は不可能だと悟ってしまった。
取り敢えず、遠坂とイリヤと桜にアイコンタクト。……セットク フカ キヲツケラレタシ。
「はぁ………相変わらず、二人には甘いんだから」
全員から呆れた目で見られ、遠坂からは痛切な言葉を頂いた。
さり気なく、イリヤと桜の視線がかなり冷たいような気がするが……気のせいだと思いたい。
兎も角、俺は視線を再びセイバーたちに移す。蠢く
土機像 は、未だに動き出さない。やがて完全に土煙が晴れると、整然と居並ぶ幾百の
土機像 の姿があった。
「まったく……デタラメな数ね」
幾百の土機像を見やり、遠坂は苦笑する。
そこに恐れは無い。遠坂もまた、アーチャーとメディアを信じているのだろう。
「さぁ、ハニー。――――――存分に楽しもうか」
イスカンダルが、戦いの火蓋を切って落とす。
槍の穂先を突きつけると、整然と並んでいた土機像たちが一斉に動き出した。
いい加減な人型に、手に持つ様々な武器もいい加減な形だ。
しかし、その数は侮れない。ましてや、これは宝具によって作られている。
いい加減な造形に合わせて、その実力まで弱いとは到底思えない。
「フン、馬鹿馬鹿しい。この
我 に対して数で挑むか? その行為………愚行と知れッ!!」
―――――パチンッ
――――――ヴヴヴゥゥゥゥゥゥンッ
高々と指を打ち鳴らすキング。それによって古今東西、幾千の武器が出現する。
しかも、それはただの武器なんかじゃない。それらは全て
本物の宝具 だった。
「その身を以って知れ、土くれの木偶人形ども!
貴様らが刃を向けた相手との、絶対的なまでの力の差をッ!!」
葬列する宝具の群れに、キングは威風堂々として命として真名を告げる。
「――――――
王の財宝 ッ!!」
初めて聞いた真名はどこか懐かしく、そして安堵を憶えるものだった。
真名と同時に、幾千の宝具の群れは一斉に撃ち出され、
土機像 たちを破壊する。それは余りにも圧倒的なまでの暴力。例えるならば、滅びの雨といっても過言ではない。
「ハハッ! 流石だね、ハニー。君の愛はいつ見ても激しいよ!!」
王の蔵によって撃ち出される宝具が奏でる破壊の重奏。
そんな轟音の中でも良く通るイスカンダルの声が、土煙の向こう側から響いていくる。
声の調子からも、イスカンダルが緊張している様子は窺えない。
寧ろこの状況を楽しんでいるようで、その声は幾分か弾んでいた。
「次は、私が往きましょうッ!」
一歩前へ出て、セイバーは声高に宣言する。
土煙によって視界は無いに等しいが、気にした風も無く不可視の剣を構える。
「――――――
風王結界 、解放」
ゴゥッ、という音と共に剣を起点とした突風が吹き荒れる。
そこに暴風のような粗悪さは無く、清風のような穏やかさも無い。
それは威風が、文字通りの風になったようだった。
風によって土煙は薙ぎ払われ、風の中心でセイバーは毅然として立っている。
――――――その手で、この世の希望を形にしたような光の剣が燦然と輝いていた。
「――――――――――ァ」
思わず、見惚れた。
圧倒的なまでに惹き付けられる光の剣は、キングの宝具同様に懐かしい。
――――――いや、この感情を表現するならば漸く逢えた……。
って、え………逢えた? また良く分からない表現が出たな。
自分のことながら、相変わらず良く分からない表現だ。
「良いねぇ、これでお互い本気でやり合えるって訳か」
崩壊、瓦解する
土機像 の中から悠然とランサーが歩み出てきた。紅き魔槍を肩に担い、いつものように獰猛な獣の笑みを浮かべている。
「私の相手は貴方ですか、ランサー」
「当ったり前だ。前に戦った時は、そっちのキングの所為で有耶無耶になっちまったからな」
「――――――あぁ、そうでしたね。もう少しで、私が勝てたものを……」
「ハッ、言ってくれるじゃねぇか!
良いぜ、白黒はっきり付けようぜ。あんなのじゃあ、寝覚めが悪くて仕方がねぇッ!!」
「良いでしょう。あの時と違い、私も全力を発揮できる」
「それはこっちも同じだッ!!」
ギィン! ガァン!!
シュィィィン! ドンッ!!
キキキン!! パキィンッ!
刹那とも言うべき時間で、セイバーとランサーの二人は目まぐるしく立ち位置を変える。
それは校庭でアーチャーとランサーの死闘を見た日。
それはセイバーとキングの二人に、召喚によって出逢えた日。
あの日…………、セイバーとランサーが切り結んだあの時の再現? 否、これはそれ以上だ!
「ほぅ、以前よりも更に速度が上がっておるな。
………フン。大方、言峰の奴が最初は本気を出すなとでも令呪を使ったのか」
不機嫌そうに呟き、キングが言峰を睨む。
しかし、言峰は意に介した様子も無く沈黙を保っていた。
そこへ口を挟むのは、やっぱりイスカンダルだった。
「流石だねハニー。ぜーんぶ君の言うとおりだよ」
そう言って、芝居がかった動きで両手を広げるイスカンダル。
周囲に、
土機像 の姿は影も形も無かった。あるのは無残なまでに破砕された大地。
幾つものクレーターが作り出され、そのどれもが歪に破壊されている。
遠坂の言葉じゃないが、本当にデタラメだな………。
「イスカンダル、いつまで遊んでいるつもりだ」
セイバーとランサーの戦いを見やり、言峰は若干の苛立ちを含んで言葉を作る。
「
時間が無い 、早々に終わらせろ」
時間が無い? ………何の時間が無いんだ?
はっきり言って、言峰の障害になり得る存在なんて俺たちぐらいしかいない筈………。
臓硯は考えられなくも無いが、アイツは桜をライダーの魔眼で殺しかけた。
今更、桜を護る為にやってくるとは到底思えない。仮に桜が聖杯でも、だ。
「ふむ………確かにアレは脅威とはいえないが、会いたいとも思わん。
いや、寧ろあんなのには会いたくない。残念だが、ハニーとの勝負はお預けだな」
「フン、そこの小娘の命など本来なら知ったことではない。
だが……士郎が護ると決めたのだ! ならばこの
我 も、その意思に準じてやろう!!」
堂々と言い放つキングに、イスカンダルは酷く嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ふふふ、ふははははははははッ!!
最高だよ!! 素敵過ぎるよ、ハニーッ!!」
体を折り、哄笑を上げるイスカンダル。
涙まで浮かべて笑い続けるイスカンダルに、キングのコメカミが引き攣る。
それでもイスカンダルは一頻り笑い、そして急に真剣な表情を作る。
「改めて言おう、嫁に来ないかッ!?」
「行くわけ無かろう! この愚か者がッ!!」
結局そこへ行き着くのかよ、と俺たちは呆れた目で見やる。
そしてキングは怒りを爆発させ、展開していた宝具の群れを撃ち出す。
対してイスカンダルは、ガックリと頭を垂れる。
「――――――――あぁ、それは残念無念」
呟いた瞬間、イスカンダルが忽然と姿を消した。
神速を超える神速、目にも映らない絶対速度。
近付いているのか、遠ざかっているのか………それすらも分からない程に疾い!
「チッ、厄介な………。ならばコレならばどうだ!?」
右手を空へ向け、指を打ち鳴らす。
「―――――
天の鎖 ―――――」
ジャラララララララ…… ジャラララ―――――
ジャララ――――― ジャラララララ………
ジャラララ―――……… ジャラララララララララ
空間から、白銀にも似た輝きを持つ鎖が幾つも出現する。
まったく見えないが、恐らくはイスカンダルを包囲する為のモノだろう。
しかし、そんなことよりも俺はその鎖に意識を奪われていた。
「ぬぉ!? お、お、おぉっと! 躱すのも一苦労だね、これは!!」
「なっ!? 馬鹿な、
天の鎖 を躱すだとッ!!」
誰の手も借りずに動く鎖を躱すイスカンダルに、キングが驚いている。
いや、キングだけじゃない。遠坂たちも、イスカンダルのデタラメな回避力に驚いていた。
――――――けど、俺は別に驚きを感じない。
だって
アレは完全じゃない 。完全じゃないからこそ、イスカンダルを捕らえられない。完全でさえあれば、
俺たちの鎖 はどんなものだって捕らえられるのだから。
「くぅ! 一人だとキツイなぁ!!」
「ならば大人しくすればよかろうッ!!」
「ハハッ! 残念ながら、通信簿には落ち着きましょうと書かれた口でな!!」
「英霊の貴様が通信簿なんて貰うわけ無かろうがッ!!」
無数の鎖を躱しながら、未だにボケるイスカンダル。
それにツッコミを入れるキングも律儀だな、とか思いつつ、俺は浅く身構えた。
遠坂たち……いや、それよりも先にメディアたちが疾うに身構えている。
キングはセイバーと二人で倒すとか言っていたが、イスカンダルは着実に近付いてきている。
まぁ目にも映らないイスカンダルを、ある程度足留め出来るだけ凄いのだが。
「ふははははッ!! この鎖にも大分慣れてきたよ、ハニー!!」
「グッ、やはり……
我 一人では――――――!」
気のせいなどではなく、キングは俺を一瞬だけ見た。
しかし、すぐにナニカの妄執を振り払うように視線をイスカンダルへ戻す。
凍りついたように、俺の躰は動きを止めていた。
何故なら、脳髄を引っ掻き回すような痛みを伴った声が響く。
俺にとって、酷く近しい――――――、
――――――誰かの声が、響く。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――――――戦況は、悔しいが此方の方が圧されていた。
腹立たしいが、あのキチガイがデタラメ過ぎるッ!
目にも映らない動きは、これまたデタラメな宝具を使うキングでやっとだ。
少なくとも力ばっかりのバーサーカーでは無理だろう。
ライダーのあの魔眼を以ってしても、イスカンダルを捉えることができるかどうか……。
「アーチャー、メディア。現状を打破する方法ってある?」
「難しいわね。捕縛結界を構築しても、発動までの一刹那で逃げてしまいそうだし」
「同感だな。その影でも捉えられれば別だが、影すら見えない相手では話にならん」
つまり、私たちはここで指をくわえて見てるしかない。
視線をイスカンダルからランサーへ移すと、蒼と青が互いに激しくぶつかり合う構図があった。
イスカンダルほどではないしろ、それ故に凄まじさを感じさせる疾さ。
セイバーは光り輝く剣を以って打ち払い、ランサーは紅き魔槍を以って薙ぎ払う。
ギィン! ガァン!!
シュィィィン! ドンッ!!
キキキン!! パキィンッ!
圧倒的なまでの剣戟の交錯は、今まで見たどんな戦いよりも激しく……華麗だった。
斬り、薙ぎ、打ち、払い、捌き、流し、穿ち、破る。
人間などが及びもしない領域で、己が全霊を掛けて闘争に興じている。
戦士などではない私には分からないが、セイバーとランサーは酷く楽しそうだった。
言葉も交わさず。表情に笑みも無く。ただ己の剣と槍で倒そうとする。
その在り様は余りにも純粋で、余りにも眩しかった。
「――――――羨ましいな」
誰が、とは言わなかったが……バゼットはその戦いを見てそう呟いた。
ランサーを満足させられるだけの力を持つセイバーが羨ましいのか。
酷く純粋な闘争に興じることの出来るランサーの在り様が羨ましかったのか。
或いは両方か…………まぁどちらにしたって、あの二人の戦いに横槍は入れない。
セイバーが勝っても勝たなくても、これが心の贅肉でも後悔しない為にそう決めた。
「メディア、取り敢えず防御結界を張りましょう。
あのキチガイの対魔力なんて知らないけど、セイバー並みってことは無い筈よ」
「そうね………。此方から仕掛けられない以上、取れる手段も受身のモノしかないわね」
そう言うと、メディアは右手をゆっくりと上げた。
多種多様な色を持つ光が、複雑に絡み合って大魔術を構築していく。
改めて思うが、その魔術は現代のものとは比べ物にならない。
私でも採算度外視で宝石を使いまくり、更に時間を掛ければ同等の魔術は使える。
しかし、殆ど一瞬で大魔術を構築するなんて真似、はっきり言って人間技じゃない。
「――――――!」
極め付けが、メディアの保有する技能『高速
神言 』だ。現代人では発音できず、それ故に聞き取ることすら出来ない。
この高速神言こそが大魔術を、ただの一言で完成させるとんでもない代物だ。
尤も、それで構築させたAクラスの大魔術ですら、セイバーには無意味なのだが………。
「取り敢えず張ったけど、後は運任せよ」
「分かってるわよ。後は任せたわ、アーチャー」
紅い外套を纏う、私が召喚したサーヴァントに声を掛ける。
腕を組んだまま戦場を見つめていた従者は、吐息を一つ。
「了解した、マスター」
言うなり、アーチャーはその両手に白と黒の双剣を出した。
今までも何度か見ている肉厚の短剣が、ホンの少しの安堵を運んでくる。
我ながら現金なことだ、と苦笑した時……衛宮君の姿が視界の端に映る。
凍りついたような表情で、聖骸布に覆われた左腕を押さえている姿だ。
あの左腕はアーチャーのモノであるし、ひょっとしたら痛むのかもしれない。
そう考えると、酷く不安になった。泣き出してしまいたいほどの不安。
勿論、泣き出すなんて比喩的な表現で、本当に泣く訳が無い。
取り敢えず、とっととキチガイを倒すことを心に誓う。
「
王を護る ――――――」
恐るべき疾さで鎖を躱しているイスカンダルが、宝具の名を言う。
けど、鎖を躱しながら宝具? 一体何を考えて……。
「――――――
万物の兵 」
大地に亀裂が入り、一気に盛り上がった。
直立するのは、全長数十メートルはあろうかという巨大な
土機像 。呆気に取られたの一瞬、すぐさま全身に戦慄が駆け抜けた。
バチィィィィィィィィッ!!!!
バーサーカーの身の丈を超える程の拳を、その巨大な
土機像 は無造作に振るう。勿論、その程度で壊れてしまうような結界ではない。
何せ神代の時代でも五指には入ろうかという魔術師、メディアの構築した結界だ。
ただ図体がデカイだけの
土機像 では、破れるわけが――――――、
バチィッ!! バチィィィィィッ!!!!
バチィィィッ! バチッ!!!!
バチィィ!! バチィィィィィィィ!!!
何度も何度も何度も何度も、思わず恐怖を感じるほどに
土機像 は結界を殴打する。巨人とも呼べる
土機像 が、ただひたすらに、これ以上ないほど機械的に攻めてくる。その攻撃は一つとして徹らなくても、それを結界越しに見るのは相当な恐怖だった。
「随分と、大雑把な攻撃だな…………」
眉一つ動かさずに、アーチャーは冷然として呟く。
その言葉に、私は反射的に小さく頷いていた。
それと一緒に、どうしてこんな無意味な攻撃を? という疑問が胸に沸き立つ。
結界内にいる私たちへの、精神的ダメージを狙ったにしても中途半端だ。
どちらかと言えば、普段の奇行でも見ていた方がよっぽど精神的なダメージになる。
こんなことをしても…………結界に対して、ある程度の負荷にしかならないのに。
「ッ! そうか! バーサーカー、君が前へ出て壁に――――「遅いなぁ、アーチャーッ!」
何かに気付いたアーチャーが、バーサーカーに向かって叫んだ瞬間。
巨大な土機像の背後から、イスカンダルの不敵な叫びが響く。そして――――、
ガシャァァァァァァンッ!!!
「ふははははッ!! 遅い! 遅過ぎるぞ!!」
目にも
留まらない 疾さで、イスカンダルが結界を突き破ってきた。
最悪だッ! 私たちはイスカンダルの存在を完全に読み違えていた。
イスカンダルの強さは、疾さとか、宝具なんて限定されたものじゃない。
このキチガイの強さは、それら全てを活用してくることにあったんだ!
だからこそ、イスカンダルは真名を平然と教えてた。宝具の効果も話す。
そんなことを知られても、デメリットなんて何一つありはしないのだから……。
「――――――本当に、心から悪いとは思うよ。
しかし、君の中身があんな風になっている以上……生かしておくことは出来ない」
ピタリと、イスカンダルが桜の眼前で動きを止めていた。
寄り添うように立っていたライダーよりも、更に踏み込んだ位置で。
悠然と、ごく当たり前のようにイスカンダルがいる。
――――――声が、出ない。
「我輩個人としては、君にも『嫁に来ないか!?』と誘いたいのだよ。
しかし、幾ら我輩でも――――――そんな
オマケ が付いてきても困るのでね」
「――――――…………」
怯えていた桜が、何か悟ったような、何かを諦めたような表情を作る。
酷く嫌な顔だ………怒ってやりたいくらいに、嫌な表情だ。
けど、そう感じても何も言えない。…………いや、言うだけの時間が与えられない。
充分に見えるほどの緩慢な動きで、イスカンダルは槍を振り上げる。
誰もが………動けるはずなのに動けない。
それは全員が悟っていたからかもしれない。もうイスカンダルは止められない、と。
――――――どうしようもない現実を前に、一つの動きが映る。
遠くにいる人間に呼びかけるように、衛宮君が左腕を上げた。
紅い聖骸布に覆われた左手は、宙を掴むように力なく広げられている。
そして、右手が…………………聖骸布を取り去った。
「――――――
投影、開始 」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――――――左腕に、痛みは無い。
意識は、今までで一番クリアだ。
そして、声は何よりも響いている。
――――――『 』――――――
アーチャーを見ていて気付いた。
キングに触れて、思い出したことがある。
――――――俺に出来ることを。
――――――俺たちが繋がっていることを。
心に不安は無い。――――――あるのはただ……確信だ。
「――――――
投影、開始 」
桜の前にいるイスカンダルに左手を向け、俺は言葉を口にする。
創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
撃鉄が落ち、回路の中を魔力が駆け抜ける。
意識を失いそうになるほどの迸りを感じ、歯を食いしばった。
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
脳裏に、イメージが過ぎる。
それはいつもの剣のイメージではなく、金色にも似た輝きを持つ鎖だった。
絆の証。彼女との、とても大切な繋がりの形。
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
そして、これが俺の受け継いだ役割。
――――――ここに、一つの幻想と成す――――――
『なっ!?』
俺以外の、誰もが驚きの声を上げる。
だが、その驚きは尤もなことで。同時にこの上ないチャンスだった。
「しま――――――ッ!!」
焦ったようなイスカンダルの声。
俺が手を向けた時も、魔術を使った時も反応しなかったのはきっと余裕の所為だ。
しかし、だからこその隙。
目にも映らない疾さを有するイスカンダルの、致命的なまでの鈍さだった。
ジャラララララララ…… ジャラララ―――――
ジャララ――――― ジャラララララ………
ジャラララ―――……… ジャラララララララララ
空間の到るところから、金色にも似た輝きの鎖が出現している。
無数の鎖は、意思を持っているかのように蠢き、イスカンダルに襲い掛かった。
「ぬぉッ!? い、厳つい鎖が我輩の躰に! こ、これはまさかッ!?」
鎖を見て、イスカンダルが更に叫ぶ。
少なくともキング以外には、さっきまでキングが使っていた
天の鎖 に見えるんだろう。しかし、キングには分かっているはずだ。コレは……さっきの鎖とは違う、と。
「ハードな緊縛プレイッ!?
我輩は見誤っていたようだな。これほどの上級者だったとはッ!!」
………………無意識の内に、鎖を操作する俺。
鎖は操作したとおりに蠢き、喧しいイスカンダルの口を塞いでくれる。
取り敢えず、莫迦の口は塞げたな。
「――――――キングッ!」
躰に既に痛みは無い。あるのは、ただ境界を越えた爽快感だけだ。
しかし、そんなものに浸っている暇は無い。
俺は相変わらずのポンコツで、造り上げた鎖だって今にもイスカンダルに引き千切られそうだ。
だからこそ、俺はキングに向かって叫ぶ。多くを語る必要なんて微塵もありはしない。
今の俺たちならば、全てを理解し合っているのだから。
「あぁ! 分かっておるッ!!」
既に展開していた
天の鎖 を、イスカンダルへと向けるキング。白銀に似た輝きを放つ鎖が、あっという間にイスカンダルを拘束する。
「これで――――――終わりだッ!!」
キングの叫びと共に、幾千幾万の宝具の群れがイスカンダルへと殺到する。
雁字搦めになっていたイスカンダルは、動くことも出来ずにその群れの中に埋没する。
――――――辺りに、轟音が響き渡った。
後書き
大変遅れましたと、打ち首獄門。どうも、放たれし獣です。
途中、色々あったとはいえ本当に遅れまくってしまい謝罪の言葉も浮かびません。orz
なので、謝罪もそこそこに十四話の補足などでも。
えー、まずはエロシーンは全面カット。手抜きとは言わない様に。(爆
まぁぶっちゃけ、エロを書く自信が無いとか。
書いてて哀しくなるという理由なんですが。(マテ
兎も角、エロに関しては皆様の妄想で補完しておいてください。(死
んで、なんか全体的におかしくないか? と思った貴方。鋭いですよ。
殆ど描写なしですが、士郎くんの心が実は結構変化してたりします。
………いや、久し振りすぎて書き方忘れたという理由もありますけど。(マテ
兎も角、士郎くんの心が変化した理由に関しては次話に持越しです。
そして、今回で漸く出せたという感じの投影。って、剣じゃねぇ!?
いやはや、これにも勿論理由があり、士郎くんの数少ない例外の一つです。
これも十五話の方のネタバレになるので、次話まで待ってくださいませ。
と、まぁこんな感じでしょうか?
今回は全体に言えることですが、グダグダだったなぁと大反省。
まぁ暑さにやられて、私自身がグダグダになっているのでもうどうしようも……。orz
さて、次回は八月頃にお見せできればなぁ、と思います。
まぁ………七月には期待しないように。何せ、悪夢の期末試験があるので。(爆死
管理人の感想
えー……7ヶ月ぶりの14話です。
18禁の場面は各自補完でどうぞ1つ。
頂いてもウチでは掲載できませんし。
初っ端かから飛ばすなぁ士郎は。
やはり日本人の誠意の形は土下座しかないですけど。(ぇ
そして何やら決意した彼。
速攻で別の人間に看破されてしまいましたが、まぁそこが士郎君のいいところでしょうか。
微妙にヘタレって言う。
言峰もまだ弱いと思っているみたいですし、これから鋼の固さになるのかな。
そして後半は戦闘シーン。
結構皆さん戦っている(セイバー&キングの全力とか)のですが、やはりイスカンダルの1人勝ちな感が。(苦笑
彼の発言の絶妙さはさすが征服王としか言えません。
もうこちらの笑いのツボも征服されましたよ。
そうか、士郎はSMまでやる上級者だったのか……。
徐々に明かされる士郎の謎。
今回の話でキング召喚関連の謎が少し分かりました。
更に期待しつつ次回を待ちましょう。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。
次話が早めに上がるかもしれませんよ?
感想はBBSかメール(isi-131620@blue.ocn.ne.jp)で。(ウイルス対策につき、@全角)