海鳴を一望できる藤見台、その景観の良い高台には死者が眠る墓地があった。

 その一角、高町家と書かれた墓石の前に、彼は眠っている。

 その前に立つ黒ずくめの二人組、高町恭也と綺堂さくらは、墓参りの最中だった。




 不破士郎の墓参りがしたい。


 再会の日の夜、電話で話した際にさくらから言いだしたことである

 そして、休日の今日、海鳴駅に待ち合わせをした二人は、並んでここに立っていた。


「綺麗になりましたね」


「ああ。助かった」


 着いた二人が始めにやったのは、この前の雨で汚れてしまっていた墓石を磨くことだった。

 草むしりも済ませ、綺麗になった周りを見て、二人は満足げな笑みを交わす。

 それが再会してから、さくらが見せた初めての笑みだった。




「………………」


 場を整えたさくらが、墓前に花を供え、手を合わせる。

 思い出すのは、明るい笑顔で子どものような悪ふざけをする士郎の姿だった。


「お久しぶりです」


 訪ねてくるたびに、そう言って挨拶した。

 それに返ってきたのは、数々の褒め言葉。

 しかし、当たり前のことだが、墓石からは何も返ってこなかった。


「ご挨拶が遅れて、申し訳ありませんでした」


 それでもさくらは、話し続ける。

 返事が来ないわけでもなく、また話している相手は士郎だけではないのだから。


「祖父もまだ元気です。ただ大分気落ちしてしまいましたけどね」


 士郎と、恭也にあれからについて語っていく。

 そして語り終えたさくらは、こう締めた。


「――お義父様」


 そう言って振り向くと、恭也の驚いた顔が見れた。

 ただそれもすぐに消え………何かを懐かしむような、表情へと至る。


 士郎はなぜか『お義父様』、ないし『お義父さん』と呼ばれることに拘りを持っていた。

 なんでも父としての義務と喜びだとか………今でも理解できないのはまだ父になっていないからなのだろうか。

 とにかく初対面のあの時から、会う度にそう呼んでくれ、と士郎はさくらに言い続けていた。


「………感謝する」


 だが士郎は、少なくとも正式にそう呼ばれることはなかった。

 そのことに対して、責任を感じているわけではないが、父の気持ちを汲んでくれたことは、嬉しい、そう思った。

 長く離れていた友人が、そのことを覚えていてくれたことも。



 一方、恭也の態度に、少し不満げな表情をしていたさくらだったが、感謝の言葉を聞き遂げると、改めて恭也を向き直った。


「一つ、訊いてもいいですか」


 返事は首肯、そしてさくらは一番知りたかった問いをぶつけた。


「私のこと、覚えていましたか」


「ああ」


「………そうですか」


 恭也の返事には、躊躇いも誤魔化しもなかった。

 それならば


「それなら、いいです」


 笑みさえ浮かべて、さくらは全てを受け入れた。



「………いいのか」


 ふわりとした笑みを浮かべたさくらに、恭也はむしろ戸惑いの声を上げた。


 確かに恭也は忘れてはいなかった。

 だが、連絡も入れようとしなかった、それだけがはっきりとした事実である。

 それは盟友としてあるまじき態度。

 そして何よりも約束を破ってしまった。


「不満がないと言えば、嘘になりますけどね」


 そう言ってさくらは、まだ濡れている墓石に触れた。

 そこに眠っているのは、恭也にとって唯一無二の存在。


「色々、あったんですよね」


 確かに、色々あった。

 それこそ語りつくせぬほどのことが。

 だから、恭也はしっかり頷いた。


「それなら、いいです」


 それを見届けたさくらは、立ち上がって振り返った。

 あの頃よりも身長差が出来ていたため、首を後ろに倒しながら、しっかりと恭也と向き合う。


「今日は一日、付き合ってもらえるんですよね」


「ああ」


「なら、行きましょうか」


 言葉を終え、さくらが先導するように歩き始めた。

 続く恭也の手には、花屋に借りたバケツがある。

 それを返した後は………聞きたいことも話したいことも、たくさんあった。


 こうして盟約を立てた友人同士、二人は並んで墓地を後にした。


「また、来ます」


「また」


 揃って振り返ると、春の明るい花が、風に揺れていた。