「アイしあう二人がトーダイってとこにはいるとねシアワセになれるんだって」
幼い日の彼女はそう言って笑った。
「大きくなったら二人でいっしょにトーダイ行こーね!」
それが彼女と交わした約束……。
彼女は……。
彼女は……
後編
「ってそれは別の漫画だ!!」
思わず夢にツッコミを入れちまった。
誰かが見ていたら、異常者だと思うだろうなぁ…。
いきなり目を明けたと思ったら寝たままでツッコミ入れるし。
俺は上半身を起こして首を右に向ける。
目覚し時計を見ると6時59分。
『あさ〜バンッ!
何とはなしに時計を眺めていると音が鳴る。
7時になったから、セットしたタイマーが起動したんだろう。
速攻で掌を叩きつけて止める。
朝からあんな眠くなる声を聞く事もないしな。
ベッドから降りて着替え始める。
今日は4月9日。
高校最後の年の始まりだ。
北川あたりならもう1年ありそうだな…………留年で。
着替えたら鞄を持って部屋を出る。
男は化粧もしなくて良いし楽だ。
1階に下りる前に従兄妹の部屋へ。
コンコン
「名雪。朝だぞ、起きろ!!」
ノックして声をかける。
コンコン
「…起きないなら先に行くからな」
去年までは起こしてやったが、さすがに今日から最高学年だ。
あいつも何時までも俺に甘えてるわけにもいかないしな。
来年には俺もこの家にはいないんだし。
当然家主である秋子さんの『了承』は得ている。
トントンと階段を下りながら、夢の事を考える。
確かに見覚えのある少女だったが、だからと言って『トーダイ』とやらに行く気は無い。
『あの漫画の『トーダイ』は『東京大学』の略だったが、略さないで『灯台』だったらどうなったんだろう?』と、ふと思う。
主人公は『東大』だと思ってずっと勉強し、ヒロインは『灯台』だと思ってずっと灯台で待つ……。
すれ違ったまま老いていく2人。
主人公が『東大』じゃなく『灯台』だと思い行ってみると、そこには眠るように逝ったヒロインが……。
慟哭する主人公。
そして2人は灯台から身を投げて…。
「うわっ、救われねぇ…」
「おはよう祐一くん。どうしたの?」
あまりの救われなさに声を出した時、左手から挨拶された。
どうやら顔を洗ってきたらしく、手にタオルを持っている。
「ん?あゆか、おっす」
挨拶してきたのは水瀬−旧姓月宮−あゆ。
俺の幼馴染で、今は水瀬家に居候している。
ちゃんと養子縁組した秋子さんの娘であり名雪の妹だ。
「うん。それでどうかしたの?」
「いや、人生ってどこで間違うか分からんなぁと考えていた」
「うぐぅ、よく分からないよ」
「今日も朝から良いうぐぅだな。安心しろ。人生云々は俺もよく分からん。」
あんな妄想について深く考えたくも無い。
「そうなんだ。でも良いうぐぅってなんだよ」
「知らん」
「うぐぅ」
「……なぁあゆ?」
「何?祐一君」
「ここは何処だ?」
「え?洗面所だけど?」
『何当然の事ぬかすんじゃコイツ』って顔で答えるあゆ。
…………えれぇムカツクんだが。
「俺は顔を洗いにここに着た。ここまでは分かるな?」
「当たり前だよ!祐一君ボクの事バカだと思ってるでしょ?」
頬を膨らませて抗議するあゆは正しくお子様。
まぁ小学生の容姿なんだから当然か。
「…………………………………………そうは思ってない」
「その沈黙は何だよ?!」
「それは良いとして」
「全然良くないよ!!」
「喧しいやつだな。俺はこれから顔を洗うんだ」
「喧しくさせたのは祐一君の所為じゃないか……」
ブツブツと何か言っている。
えぇい俺の言いたい事に直ぐ気づけ。
「……ここまで付いてきたお前は顔を洗うんだな?」
「うぐぅ?」
直接言ってやったら鳴きおった。
やはり分かっていないのか。
「お前はもう1回顔を洗うんだな?と聞いているんだ」
「祐一君、どうしてボクが顔を洗ったの知ってるの?もしかしてストーカー?そんな……ボク祐一君なら何時でもいいのに」
何故かあゆが暴走しだした。
顔を真っ赤にして首を振っている。
「ボク初めては祐一君の部屋が……でもそれだと秋子さん達にばれちゃうよね……」
俺の経験からすると、ここは無視の一手だな。
最近名雪や栞、天野なんかも暴走する事が多くなってるからな、面倒な事だ。
バシャバシャ
あゆの事は、なるべく考えないようにして顔を洗う。
一応幼馴染だからな、変わってしまった姿を見るのは忍びない。
『人それを現実逃避と言う』
……幻聴か?
今ロ○兄さんの声が聞こえたような気がしたんだが…。
「子供は2人が良いかな。でも祐一君がもっとって言うなら」
静かにドアを閉める。
すまんあゆ、俺は今のお前に声をかけられん。
…………どれくらいで戻ってこれるか、予想するのも面白いな。
「秋子さん、おはようございます」
「おはようございます、祐一さん」
リビングのドアを開け、朝食を準備している秋子さんと挨拶を交わす。
「相変わらずお綺麗です、秋子さん」
「あらあら、こんなおばさんがですか?」
「えぇ。朝起きて、秋子さんの顔を見ると1日の活力が湧いてきますから」
「まぁ、祐一さんはお上手ですね」
秋子さんの頬が紅潮する。
多分俺も赤くなってるんだろうなぁ。
客観的に聞けば口説いてるとしか聞こえないだろうが、俺と秋子さんの間では軽口のようなもんだ。
俺達は、これくらいの内容を軽口で済ませられる関係だという事。
まぁ他に人がいる時には、こんな事言わないけど。
「ところで祐一さん。名雪は起きましたか?」
「いえ…」
「やはりそうですか…」
秋子さんは頬に手を当てて、困った顔をする。
こればっかりは名雪が自力でやらないといけない事だしなぁ。
いい加減、名雪の俺や秋子さんに対する依存心を何とかしないと、まともな集団生活送れなくなるだろうし…。
「今日から始めた事ですし。数日は様子を見るしかないんじゃないでしょうか?」
「そうですね…。それじゃあ祐一さんの分の朝食を持ってきますね」
「お願いします」
通学路を歩く。
秋子さんの美味い朝食を食べた後、ゆっくりと歩いて登校…………至福。
まだ比較的早い時間だから、他の生徒もいないし。
こっち来てから、歩いて登校するのなんて片手で数えられる程度だったから新鮮だ。
お。
前方のあの2人は……
「おっす!香里に栞」
そう言って、同時に2人の肩を叩く。
美坂香里と栞の姉妹だった。
「あら、相沢君。おはよう」
「あ、祐一さん。おはようございます」
先に挨拶した、ウェーブがかかった髪の長い方が香里で、肩までのボブカットが栞だ。
香里は俺と同じ3年、栞は1つ下の2年。
姉の香里は学年主席の優等生。
なんであのボケボケっとした名雪の親友をやっているのか、不思議でしょうがない。
反対な性格だから馬があったんだろうか?
妹の栞は不治の病だったが、ギリギリの状態の時に治療法が発表されたらしく、最近までヨーロッパへ治療の為に行っていた。
出席日数が足りなかったらしいが、特別措置で年齢通り2年に復学できるらしい。
勉強が足りない分、春休みに大量の課題を出されて泣いてたが……。
香里は、いずれ亡くなってしまうだろう栞を見続ける事に耐えられず、栞を避けていた。
栞が完治してからは、色々あって元通り仲の良い姉妹に戻った…………少し過保護気味だがな。
「やっぱり名雪は起きられなかったのね…」
そんな事を考えていると香里が話しかけてくる。
どうでもいいが、香里と栞以外がこの時間に登校している俺を見たら、走って学校行くか固まるだろうなぁ。
香里には、名雪が起きなかったら1人で学校に行く事を伝えてあるし、栞は名雪との登校を知らない。
……そう考えると、俺と名雪の登校って全学年に知れ渡ってたんだな。
「ああ。まぁ直に揺すっても起きないのに、ドアをノックした程度で起きるわけがないんだが」
「名雪さんってそんなに寝起き悪いんですか?」
そうか、栞は知らないんだったな。
まぁ知ってるのは、クラスメイトか陸上部のやつくらいだろうから当たり前か。
「あれは悪いなんてものじゃないわ。名雪を起こすのに比べたら、学年主席を取る方が簡単だわ」
「それはどうかと思うが…。勉強やって点数上げるより辛いのは確かだな」
「えぅ〜。なんだか知りませんが、名雪さんって凄いんですね」
「ある意味な」
「ある意味ね」
異口同音に答える俺と香里。
俺って名雪の爆睡っぷりに、結構ストレス溜まってたんだな。
……当たり前か。
「それを考えると、相沢君の頑張りは賞賛に価するわね」
「そうなのお姉ちゃん?」
「ええ。私が1週間で挫折した事を3ヶ月以上続けたんですもの」
「えぅ〜。祐一さん凄いです」
尊敬の眼差しを向ける栞。
俺って尊敬される事やったのか……?
「いや、起こすだけなら今日だってできたんだぞ?」
「そうなんですか?」
「ああ。だがそれじゃあ名雪の為にならんと思ってな」
「今更ね」
うっ。
さすが香里、容赦ないツッコミだ。
「ま、まぁ確かに今更なんだが。いい機会かな、とも思ったんだぞ」
「学年が変わるからかしら?」
「それに、俺が水瀬家にお世話になるのもあと少しだからな」
「祐一さんどっか行っちゃうんですか?」
「いや、大学卒業まではこっちにいる。だからそんな顔するなよ」
心配そうな栞を宥める。
どうも栞のこの顔には弱い。
やっぱ俺にとっても栞は『妹』だからなんだろうなぁ。
「そういえば、前々から卒業したら1人暮らしをするって言ってたわね」
「ああ。何時までも秋子さんに迷惑かけてられないしな」
「一人暮らしですかぁ、憧れます。その時には是非お家に招待してくださいね、祐一さん」
「そうだな、考えておこう」
そんな話をしている内に校門前に着いた。
周りの生徒が固まったり何か言ってるが無視無視。
「何で校長の話ってのはあんなに長いのか。校長になるためには、スピーチの長さが求められるのか?」
「全くだ。あまりに長すぎて何を言っていたか覚えていないではないか」
「覚えているわけないじゃない。北川君立ったまま寝ていたんだから」
始業式を済ませ、教室に戻りながらそんな事を話す。
どうでも良いが、立ったままピクリともしないで寝る北川は変だと思う。
何故か後ろの自分の席じゃなく、俺の前の席に着く北川。
文理選択は2年に進級する前に終わっている。
よってクラスは持ち上がり、席替えはするんだろうが今の席順は2年の時のままだ。
香里は座らずに俺の机の横に立ってるけど。
「相沢君」
その北川が俺の両肩に双方の手を乗せる。
普段は呼び捨てなのに『君』付けだ。
「なんだよ気持ち悪ぃな」
気持ち悪いって言うか不気味。
笑みまで浮かべてるし。
「今日の俺は昨日までの俺とは違う。ν北川なのだ!!」
「……………………へー」
「なんだそのアホを見るような顔は!」
「……何処がどうνなんだ?ファンネルでも飛ばせるのか?」
「それも心惹かれるが違う。今の俺は経験済みなのだ」
「…………」
「あれは昨日の……」
喋り始めたし。
「何か変な物でも食べたのかしら?」
俺の耳に顔を寄せながら、香里は小声で失礼な事を言う。
チラっと北川の顔を見る。
トリップした北川の顔を見てしまったからには、その意見に同意したいところだが……
「せめて何処かぶつけた、くらいにしないか?」
もう少しソフトな原因を挙げる。
この厚い友情どうよ?
……あんまり変わらないか。
「それにしても…」
「何?」
「香里の髪が耳にかかってくすぐったいぞ」
「あ、ごめんなさい」
「いや、謝らなくても良い。香里の良い匂いもするし」
そう言って少し香里の髪を手に取る。
しっかり俺達以外からは死角になるように取っている。
「もう、そういう事は誰もいないところでね?」
窘めると、香里が俺の手を自分の手で抑える。
「聞いてるか相沢!!」
「うおっ!」
「きゃ!」
いきなりの大声で、驚いた拍子に離れる俺たち。
一瞬周りを見回す。
今の香里との事を見られた様子はない。
まぁ見られても内緒話をしていたとしか見えないだろうけどな。
「あいざわぁ〜。俺の話を聞いてたのか?」
ぐぐっ、と顔を近づける北川。
怖いぞ。
「分かった。話を聞いてやる、だから顔を近づけるな!」
北川の顔を押しやりながら、話を聞くためにしっかりと座りなおす。
北川は、俺の机の前に立って話すようだ。
「お。美坂も聞いてくれるのか」
「ええ。そこまで暴走されたら、さすがに興味が湧くわ」
香里は隣席から椅子だけ持ってきて、俺の横に座る。
名雪の椅子だが、本人がいないから問題無いだろう。
HRまでまだ5分くらい時間があるし、暇つぶしには良いだろう。
「ほれ、話してみろ」
「偉そうよ、相沢君」
「そうだぞ相沢」
むっ。
仁王立ちの北川が何かむかつく…。
「じゃあ聞いてやらん」
「あぁ嘘です。聞いてください〜」
途端に腰が低くなる。
「聞いてほしいならさっさと言えよ…」
「無様ね」
香里、それキャラ違う。
北川の話を要約するとこうだ。
ゲーセン−北川が言うところの約束の地−へ巡礼の旅の途中に、深窓の令嬢っぽい女にナンパされてデートをした。
要約すると1文だが、北川はこの事について微に入り細を穿った報告をしてくれた…………3分程一息で。
ヤツの心肺機能はどうなってるんだ?
「要するに、北川君は異性とのデート初体験を果たしたのね?」
「その通り!」
偉そうだなぁ北川…。
つーか、
「一回デートしたぐらいで威張るなよ」
「なんだと!!貴様は俺の初体験を汚す気か!?」
「一言で汚れるのかお前のデートは……」
「否!昨日の事は綺麗な思ひ出として、永遠に俺の心の中に残っていくのだ!!」
「じゃあ問題無いだろうが」
「いや、汚れる」
「……どっちなのよ」
香里がため息混じりに言葉を吐く。
今の北川には何言っても通じないだろうなぁ。
大体思ひ出って、お前は何時の時代の人間だよ…。
ガラガラガラ
「あー、全員席に着けー。HR始めるぞー」
香里と暴走北川を眺めていたら、丁度良く石橋の登場だ。
担任の登場を、かつてこれほど待ち望んだ事はあっただろうか!
いや無い!
ありがとう石橋教諭。
今日学校にいる間は、この感謝の気持ちを覚えておく事にしよう。
「北川、席に着け」
「はーい」
おっと、石橋に感謝している間に北川が席に着いたな。
香里も席に着いてる……さすがだ。
「HRの前に、転校生を紹介する。前回とは違い、今回は女子だ」
クラスを見回した後の石橋の弁。
見回したのは出欠確認の為だろう。
主がいないのは名雪の席だけだし、わざわざ点呼する必要も無いからな。
前回ってのは、やっぱ俺か。
「「「「「「「おぉ!?」」」」」」」
っ。
凄まじい音量だなぁおい。
石橋の言葉が終わって直ぐに歓声が沸かなかったから油断した。
後ろを見ると北川が喜んでいるのが分かる。
香里は俺の視線に気付くと肩をすくめた。
やれやれって事なんだろう。
「
…………うん。
寝ておこう。
俺は、一際でかくなった歓声を耳にしながら机に突っ伏した。
「………わ。…い…わ。…いざわ。」
……なんだ?
ぐらぐら揺れる。
せっかく良い感じなんだから起こすな。
「相沢!」
「…っせぇ……」
この五月蝿いのは北川か?
俺を揺すっているのか?
教室全体も五月蝿い。
「おい相沢!頼む起きてくれぇぇぇ」
「うっせぇって言ってるのが……聞こえねぇのか北川!!」
ゴッ
「ぐぇ」
「……ゴッ?」
何だ?
後頭部が痛いぞ?
「相沢君」
「香里か?」
後方から香里の声がする。
「ええ。頭痛いんじゃないの?」
「ああ。何故か知らんが、後頭部が凄く痛いぞ」
「振り返って北川君を見てみなさい」
椅子に座ったまま後ろを見る。
「そこには額に手をやって悶絶する北川がいた」
「なんで状況説明してるのかしら?」
「ツッコミありがとう。目の前の北川が何をやっているのか分からなかったから、ついな。」
今のツッコミの声、香里にしては少し高かったな…。
「相沢君」
「何だ?香里」
うむ、香里の声はやはりこのくらいの高さだ。
「篠沢さんが会話に参加しているのに気付いてないの?」
「篠沢…?」
言われて目線を上げる。
香里と北川の座席の少し後ろに人影があるのに気付いた。
長い黒髪、白い肌、整った顔立ち、日傘でも持ってりゃお嬢さんだな……外見は。
お嬢さんねぇ……、なんか聞いたような単語だがそれは措いて。
一瞬目を合わせ、逸らす。
クラスのやつは誰も気付かなかっただろう。
「なぁ香里?」
「なに?」
「何故北川がこうなっているのか、の説明がまだなんだが」
「それは私から教えましょうか?」
例のお嬢さんが名乗り出る。
人と話すの好きなやつだから、会話に入れないと苦痛なんだろう。
「じゃあ頼む」
「北川君が、後ろから寝ている貴方を揺さぶっていたのは分かるわね?」
「ああ。やっぱりあれは北川か、人がせっかく良い気分で寝ていたのに」
「もうHRは終わったのよ?まだ寝るつもり?」
「……」
横からの香里の言葉を聞いて教卓を見る。
…………石橋いない。
がっくり。
「図らずも、名雪と相沢君の血縁を見た感じね」
「ぐっ……」
うなだれる俺に追い討ち。
それはあんまりだ…。
ふと北川を見ると、動かなくなっていた。
気絶か?
「続けて宜しいでしょうか?」
少し声が硬くなってるな。
無視しちゃった形になったからなぁ。
「ああ、良いぞ」
ちゃんと聞こう。
後が大変だからな。
「揺さぶられて、机に突っ伏していた貴方がいきなり体を起こしました」
「それで?」
「かなり前傾で揺さぶっていた彼の額と、起き上がった貴方の後頭部がランデヴー」
「だから後頭部が痛かったのか……」
「凄い音でした。クラス中が静止しましたもの」
そう言って薄く笑う。
気付かないフリをしていたが、クラス中の視線が痛い…。
「それにしても」
「なぁに?」
「お互い自己紹介がまだだな」
「そうですね」
一応やっておかないと怪しまれる。
「じゃあ俺から。
「それじゃあ相沢さん、と呼びますね。」
「それで良い。よろしく」
「それでは私も。
「俺は篠沢と呼ばせてもらう」
「ええ。それで結構です、どうぞよろしく」
お互い素っ気ない挨拶だと思う。
表情も普通。
無表情ではないが微笑みもない。
「……あなたたち、初対面?」
「そうだが?」
「そうですよ?」
同時に答える。
「そう…」
「私は北川さんを起こしますね」
篠沢は北川を揺さぶりにかかる。
香里は釈然としないようだ。
同じ立場だったら俺も納得いかない。
こんな時は、だ。
別の話題を振るに限る。
「なぁ香里。さっきからクラス中、特に野郎の視線が痛いのだが?」
「それは相沢君じゃなくて北川君へね」
「ほぉ」
注視してみると、確かに北川に向いている。
今は北川と、起こしている篠沢へか。
「なんで北川に向かってるんだ?」
「篠沢さんが、一番最初に声をかけたのが北川君だったからよ」
納得。
転入生の美少女に声をかけようと思ったら、先に転入生から声をかけられてしまったのか。
北川に。
「北川も暴走さえしなければ良いヤツだし、生暖かい目で見守ってやるか」
「そうね。でも、生暖かい目って何?」
「手は貸してやらないって事。遠くから眺めるだけ」
「友達甲斐の無い人ね」
「俺がやられている事を返すだけだ」
あいつは見てるだけだからな。
ここらで意趣返しだ。
「それに……」
「それに?」
「いや、言わぬが花か」
「もったいぶるわね」
「その内分かる」
「ここが音楽室」
「へぇ、結構広いですね」
「金のある学校だからね」
「ふふ。そんな事を言ってはいけませんよ」
「はは、はいぃぃぃ」
「北川、完全に舞い上がってるな」
「そうね」
俺と香里、北川と篠沢とで校舎を歩いている。
篠沢を案内しているわけだ。
まぁ案内しているのは北川で、俺と香里は2人の一歩後ろを歩いている。
北川を観察する為だ。
「しかし、案外面白いな。北川ウォッチ」
「確かに、見てて面白いわ」
最初は北川1人で案内する予定らしかったのだが、2人きりだと視線が恐ろしいらしい。
俺と香里にも同行を要請してきた。
本当なら、この場に名雪もいるはずなんだが……。
「結局名雪は学校に来なかったな」
誰にとも無く呟く。
「水瀬さん、まだ家で寝てるのか?」
「その可能性は大いに………いや、100%そうだろう」
前を歩いていた北川が反応した。
名雪は起こさない限り寝つづけているだろう。
「美坂さん、水瀬さんというのは?」
「今日いなかった唯一のクラスメイトで、相沢君の従兄妹よ」
「席の位置からすると、女子みたいですね。よく寝られるのですか?」
「ええ。あの子は1日の3/4は寝て過ごしているわ」
「それは………凄いですね」
俺と北川が話している間、香里に名雪の事を聞いていたようだ。
「篠沢さん、私の事は『香里』で良いわ。出来れば敬語もやめてほしいのだけど……」
「分かりました。それでは、私の事も『祐浬』とお呼びください」
今更だが、名雪の睡眠時間は異常だ。
「それとこの口調は癖なので、直せないんです」
「そう。なら仕方ないわね」
今度秋子さんに頼んで病院に連れて行こうか…。
「それじゃあ、改めてよろしくね」
「こちらこそ、宜しくお願いします。それでは北川さん、また案内お願いしますね」
「了解です。(相沢より俺を選んだって事か?つまり彼女俺に気がある?)」
「香里、相沢さんはお願いしますね」
何かの病気だと大変だし。
「よし!そうするか」
「何がそうするの?相沢君」
「うおっ?!……香里か」
どうやら、気合を入れる為に口に出したのを聞かれたらしい。
……恥ずかしい。
「い、いや、何でもない。あの2人は?」
「先に行ったわ。相沢君が、眉間に皺を寄せて考え込んでいる間にね」
「追いかけよう」
「そうしましょう」
香里の顔がちょっと怖かった。
「北川さん、案内してくれてありがとうございます」
「いやいやいや、ボクも楽しかったですよ」
昇降口から出て、校門前で向かい合ってる2人。
双方俺と香里に気付いてない。
「後ろ向いてる篠沢は分かるが、北川は何で気付かないんだ?」
「何故か知らないけどガチガチに緊張してるわよ、彼」
「舞い上がってるのか、口調変わってるし」
俺と香里は気付かれないように会話を聞く。
あまり良い事じゃないが、親友の晴れ舞台だ。
「なんで私までこんな出歯亀じみた事を……」
「親友のためだ」
「そうね」
早っ!
即行意見翻したぞ。
最近香里も染まってきたんじゃないか?
「し、しし、篠沢さん!」
「はい」
「ぼ、ボクに付き合ってくれませんか?」
おぉ!!
これは…。
「あの北川が会ったその日に告白だぞ香里」
「ええ。あの北川君が……」
「何か、感無量だなぁ。この成長を見守る親の気持ちっててやつ?」
「そうかもしれないわね。普段の奇行からは考えられない純情ぶりだし」
小声で好き勝手言う俺たち。
まぁ普段の北川の行いを知ってるやつなら同意してくれるだろう。
内容については極秘だ。
「良いですよ」
「ほ、ほんとですか!!」
ふむ。
北川の馬鹿め。
「あ、相沢君、彼女今OKって言ったわよね?」
「ああ。確かに言ったが、多分香里の思っているのとは違うぞ」
「え?どういう事かしら?」
「会話を聞いていれば分かる」
しかしあの2人。
5メートル程度後ろの俺達に何故気付かんのだ?
「ええ。また、街を案内してくださいね」
「……………………………は?」
「あ、何処か行かれたい処がおありなのですか?」
「……え?」
「ボク『に』付き合ってくださいって仰られましたから、何処か行かれたい場所がおありなのかと」
あ、北川固まった。
「そういう事」
香里が盛大なため息を吐く。
「まぁそういう事だ」
「北川君も緊張してたから、接続詞を間違えたのでしょうけど……」
「日頃から日本語はしっかり使えと言っていたのに」
「でも、よく相沢君は分かったわね」
「ああ。あいつは天然だからな」
お、北川解凍したか。
今度はしっかり言うかな?
「あいつ?篠沢さんの事?」
バカ!
普通の音量で喋ったら…。
「篠沢さん」
「はい?」
「さっきの言葉ですけど」
「やはり、何処か行かれたい処が御ありで?」
「いえ、あれは恋「あいつ?篠沢さんの事?」……恋人に「祐一!!」……祐一?篠沢さん、今祐一って」
「祐一!!」
北川…。
俺は思わず空を仰いだ。
振り向いた祐浬が俺の前で笑っている。
「祐一、ここならもう良いですよね?」
「ああ。パッと見、誰もいないからな」
実際校庭にも生徒はいない。
始業式だから部活も休みだったんだろう。
「つまり、どういう事なの?」
話に付いてきていない香里は困惑した顔で。
北川はまた固まってる。
「それは……ん?」
北川が震え出した。
何だ?
爆発するのか?
「相沢の、相沢のバカやろぉぉぉぉぉぉぉぉ」
五月蝿い……。
一瞬鼓膜が破れるかと思ったぞ。
それにしても、
「ドップラー効果か、腕を上げたな北川」
「その内、物理法則さえ超越しかねないわね」
「凄いですね、北川さん」
祐浬はよく分かってないだろうな…。
「俺と祐浬の関係は、ありきたりだが幼馴染だ。ここに突っ立ってるのもアレだし、取り敢えず帰ろうぜ」
「そうしましょうか」
「祐浬はどうするんだ?」
「一度水瀬家にお邪魔しようかと思っています。挨拶もしたいですから」
「そうか。香里も来るか?皆、家で昼飯でもどうだ?」
「お願いしようかしら」
こうして帰宅の途に着いた。
ちなみに、あゆは午前中暴走しっぱなしだったらしい。
何故か名雪がいなかったのが不思議だ。
あいつの制服も無かった。
<おまけ>
「相沢なんか、相沢なんか……」
泣きながら走る北川君。
その口からは祐一への恨み辛みが切々と零れる。
彼が細い十字路に差し掛かったとき、
「遅刻だお〜。祐一に、イチゴサンデー5杯奢ってもらわないと気がすまないお〜」
ゴン!!
「ぐぁ!!また……」
「だおっ!!」
右の路地から現れた名雪と衝突。
数時間後、目覚めた彼らは今日の記憶が無かったらしい。
終わり
後書き
一応このSS完成。
後編の完成にかなり時間かかりました。
ヒロイン祐浬の口調が少し変化しましたが、キャラの差別化には良いかと。
しかしまぁ、前編の3倍以上のサイズになってしまいました。
つくずく自分は長編向きの人間であると実感したり。
面白かったんで、ネタがあればまた短編書くでしょう。