「恭ちゃんどうしたんだろう。朝からずっとああしてるけど」
「朝も昼も食べんと、いくらお師匠でも体を壊しますよ」
「何かあったのかなぁ師匠」
道場の戸の向うから話し声が聞こえるが、今は構っていられない。一瞬戸に目をやった後、元通り正座のまま神棚に正対して目を閉じる。
俺はもう一度考えなければならない。
何のために刀を振るうのかを……。
俺は脇に置いてある八景を握った。
誰がための刃
思えば俺は、父さんの背中だけを追い求めてきたのだろう。父さんがやるはずだった事は全て自分がやろうと思って生きてきた。
父さんの代わりに家族を護ると誓い、鍛錬に明け暮れ続けた。美由希を鍛えているのも、父さんと美由希の約束を果たす為だ。
その事に後悔は無い。
父さんの代わりで始めた事でも、それは俺のしたい事だったから。
しかし……。
家族を護るなら、俺よりも美由希の方が良いのかもしれない。皆伝を迎えた美由希は、ほぼ俺と同じ力を持ったはずだ。壊れかけの俺をすぐに超えていくだろう。
それなら俺は何をすればいい……?
母さんは新しい何かを探せば良いと言ってくれる。家族より自分を優先しても良いのだと。
しかし今更生き方を変える事はできない。その証拠に、朝になると鍛錬の時間に目が覚める。
心は無くとも体は動く。
当たり前だがこんな状態でまともな鍛錬が出来るわけがない。最近は美由希と別々に行っている。俺だけじゃなく、美由希も危険に曝すかもしれないからだ。
――そして今日の朝
俺はヤツに出会った――
それは突然。
国守山の森の中で鍛錬をしていると、爆発的な殺気を感じた。次いで黒い影が目の前に踊り出る。
その時の俺は、御神の剣士として間違いなく失格だった。至近距離に接近されるまで、その何者かの気配に気付かず、襲われた時の初動も致命的に遅れた。
繰り出された斬撃を、右の木刀を当てて辛うじて軌道を変える。肩口の服が少し斬り裂かれたが、肉体には届かない。更に逆手からの薙ぎ。受けた木刀に食い込み、相手の刀が内部の鉄芯で止まる。
俺は、そのままの態勢から腰を捻って胴打ちを撃つ。
相手は左足を上げ、膝の脇で俺の拳を受ける。俺が拳を引くと同時にブロックした左足が顔面を狙って跳ね上がった。引いた右腕を曲げ、肘で相手の足をブロックする俺。そして、相手の足が下がりきる前に右上から振り下ろされた刀を、後退してかわした。
追撃してこないのを確認し、相手の獲物を太刀と仮定して一足刀の外に立つ。両の木刀を下げ、襲い掛かってきた相手を注視する。
……黒い。
相手の印象はそれしか浮かばなかった。何か着込んでいるのか、顔の輪郭も体の線も全てがハッキリしない。
先ほどの攻防で、お互いの技量がほぼ同等だと分かった。何故かは分からないが、不思議と理解できた。
そして奴が周囲に放つ膨大な殺気。これほど巨大で、しかも純粋な殺気は受けた事が無い。この殺気が教えてくれる、奴は俺を殺す気だと。
「何者だ?」
まず眼前の黒い人間を知らねばならない。
「高町恭也に相違ないな?」
俺の問いには答えず、更に質問で返される。質問と言うよりも確認なのだろうが……。
返ってきた声には何の情報も見る事ができない。篭っていて性別さえ分からない声だ。
「ああ」
俺がどう答えても結果は変わらない。否、と答えても襲ってくるだろう。だとしたら余計な駆け引きは無用。
「……死んでいただこう」
「くっ」
無秩序に放っていた殺気が指向性を持って俺を襲う。普通の人間なら受けただけで身動きが出来なくなるような強烈な殺気。
気圧されるかける。だが、俺はまだ殺されるわけにはいかない。”答え”を見つけていない。
相手から目を離さず、この後の展開を模索する。
技量が同じなら、先の先を取った方が圧倒的に有利なはず。
「ふっ!」
4本の飛針を投擲。向かって右、『奴』の左胸と腰の左に2本、『奴』の左半身を掠めるように2本。これで避けるなら左しかないはずだ。
『御神流奥義の歩法 神速』
ドッ、クン!!
自分の心臓の音が聞こえた後、世界が色を無くす。見えるのは白と黒。水の中の様な抵抗を受け、目標に向かう。
途中、投擲した飛針が奴に到達した。予想通り左に避ける。狙うは重心のかかった右半身。木刀では抜刀術は効果が薄い。
ならばっ!
『御神流奥義の弐 虎乱』
左の薙ぎを起点に、左右の木刀を交互に叩きつける。『奴』は防御も間に合わず、十数発目に正面から胴を薙いだ後に後方に数メートル飛んで倒れた。
最後の薙ぎを入れた瞬間、後ろに下がって相手を見る。一応戦闘態勢は解かない。
連撃のために同じく奥義の『薙旋』より一撃一撃は軽い。しかし全てに『徹』を用いて衝撃を徹した攻撃だ、普通の人間なら数日は起き上がれないはず。
「…………なっ!?」
起き上がった。それも表面上は何事も無く。立ち上がった時の動きにも違和感が感じられない。
「軽い」
一瞬呆然とした俺の耳に、『奴』の声が聞こえた。
「これが貴様の本気か高町恭也?」
「何……?」
『奴』の声に感情が込められている。
「今の貴様の刀には何も込められていない。何も込められていない軽い剣では、私は倒れん」
「なん…だと……」
その感情は……『失望』。
「残念だ。貴様となら面白い仕合が出来ると思ったのだが…。御神の剣士がこんな腑抜けだとは」
「っ!貴様……」
”御神”を貶されて激昂しかける俺を尻目に、『奴』は跳躍して姿を消した。
「もし貴様にもう一度やる気があるのならば、今晩0時に同じ場所に来るが良い」
姿は見えないのに森の仲から声が響く。
「何故貴様は刀を振るっている?」
その言葉は俺の胸と森に消えていった…。
回想が終わると目を明ける。
左手に握った八景を眼前に掲げ、鯉口を切る。刀身を臨むと自分の顔が映り込んでいるのが分かる。
『奴』は軽い剣と言った。何も込められていない刃だと。
その通りだ。今の俺は脱け殻に等しい。道を見失っている。
しかし『奴』とはまた闘わねばならない。闘わねばならない理由がある。
俺が御神の剣士と知っていたのだ、次に襲われるのは美由希か美沙斗さんかもしれない。それに彼女たちを『奴』と闘わせるわけにはいかない。
『奴』は俺が倒す。
普段ならこんな事は考えないが今回は違う。見逃されて引き下がるような事があれば、俺が
刀身の自分を見詰め続け、思考をまとめる。
俺自身か……。
考えられる全てが終わると、八景を納刀して立ち上がる。”答え”はまだ見つからない。
だが、今日この日だけは……。
道場の戸を開けて外に出る。美由希たちは母屋に引っ込んだようだ。
雲1つ無い茜色の空を見上げ、想う。
そう、今日この日だけは俺自身のために刀を振るおう。
『奴』に勝つために。
後書き
何だかわけ分からない話になってしまいましたねぇ。
最後は散文的になってるし。
恭也の葛藤とかを書いたりする話だった気がするのですが…。
ちなみにタイトルは「誰(た)がための刃」。(念のため
珍しく主人公最強じゃないであろうSS、まぁ私も主人公最強なSSばかり書いているわけじゃないって事です。(苦笑
最後は結局自分のために刀を振るうという事に。
賛否あるでしょうが、私は恭也はエゴの強い人間だと思うのです。
自分は周りの人間が傷つくのが嫌だ。だから護る。
エゴの方向が自分じゃなく、自分の好きな周りの人間に向いてるって感じですか。
かなり人間として偉いのですが、自分を捨てて自己犠牲に走るタイプですよね。
まぁそんな彼の悩みの話でした。
自分では居場所が無くなったと勘違いしたりしてますけど、これからどうなるやら。
書かないほうが良いかと思ったので、恭也と『奴』の闘いの結果は書きませんでした。
書くのが面倒だったという話も…。(嘘
いやぁ短編は難しいわ。