二つの月と星達の戦記

最終話 翼の担い手達

 

 

 

 

 

 黒き月の脅威と、光の翼の希望が示されてから12時間が経過した。

 黒き月は戦いの後、一度後退したが、まだ目の前に脅威を示し続けている。

 それに対し、光の翼はまだ羽を休めていた。

 再び羽ばたくには大きな準備が必要で、それには更なる時間も必要だった。

 

 その間、タクトからの情報開示を受けたルフトは、暫定ではあるがトランスバール皇国軍の総司令に就任する。

 ルフト以上の階級を持つ軍人が先の戦いと、ファーゴ内の混乱の中で全て死亡したからだ。

 順当といえば順当だが、普通に考えればルフトは准将でしかなかったのだから、どうしても問題になる筈だった。

 しかし、先の戦いでも不在だった総司令ジーダマイヤにかわり指揮を執れた事からも解るとおり、ルフトは准将という地位がおかしかったという意見がある程に兵からの人気は高い。

 少なくとも、ルフト配下の兵士、つまり下の者達からはそう考えられており、誰もルフトが総司令の座に着く事に異を唱えなかった。

 これには、エオニアの脅威を前に、責任を問われる立場に着きたくないという権力者達の思惑もあっただろう。

 ともあれ、ルフトは軍における最高の地位に着いた事に変わりは無い。

 

 そうして総司令となったルフトが先ず行ったのは宣言だ。

 

「この戦いに勝利を」

 

 そう宣言した。

 更に勝つ為に必要な事を語った。

 それは白き月。

 黒き月が白き月と何らかの関係がある事は誰もが考える事。

 今はまだタクトから聞いた事実までは明かさなかったが、白き月に勝機がある事。

 その勝機を得る為にエルシオールはここから一直線に白き月へ戻らねばならないを告げる。

 

 そして、正式な指令としてトランスバール皇国軍所属タクト・マイヤーズ大佐は、エルシオールの司令官としてエンジェル隊を率い、シヴァ皇子と共に白き月へと向かう任を与えられた。

 

 

 

 

 

 あの戦いから半日を使い、整備を終えたエルシオールはファーゴを出航する。

 

「エルシオール発進。

 これより白き月を目指す」

 

「了解!」

 

 ブリッジに立つタクトが指令を下し、友軍に護られる中、ただ一隻で白き月を目指す。

 行く道は最短距離。

 ここへ来るまで敵の追撃と包囲網から逃れる為に2週間も掛かったが、最短距離ならその半分も掛からない。

 しかし、それは敵の包囲網のど真ん中を突っ切る事であり、あまりにリスクの高い選択だった。

 それでも、これ以外の選択肢は無いといって良いのだ。

 トランスバール皇国軍―――いや、トランスバール皇国に残された時間は極僅かだった。

 

「敵の動きは?」

 

「今のところはありません」

 

「そうか。

 だが、気付いていない筈もない。

 コソコソする必要はない、全速を持って白き月を目指す」

 

「了解!」

 

 下手な偽装は時間を食うだけと、なんの偽装も無く出航したエルシオールを黒き月が察知していない筈はない。

 しかし、エルシオールが出航する中、トランスバール皇国軍に特別な動きは無い。

 シヴァ皇子を乗せたエルシオールが出るのだから、本来なら見送りくらいあるべきだろうが、今はそれどころではないのだ。

 

「本星と白き月に続き、今度は友軍を置いて行く事になるとはな」

 

 ブリッジで離れ行く友軍艦隊を見て呟くシヴァ。

 この白き月への旅路も、護衛艦は無い。

 小規模の護衛艦なら、元より足が早く、更なる性能を期待できる現在のエルシオールには足手まとい以外の何者でもない。

 しかし、かといって大規模な護衛艦隊を付ける余裕は、皇国軍には無いのだ。

 そして、この場に残る彼等には役目がある。

 

「しかたありません皇子。

 ルフト総司令率いるトランスバール皇国軍には、ここで黒き月を足止めしてもらわねばならないのですから」

 

 現状の戦力では、エオニア率いる黒き月と無人艦隊に対して勝利は得られない。

 戦力差としては大体互角で、恐らく敵を殲滅する事は可能だが、その為に出る被害は少なく見積もっても8割だ。

 資材さえあれば味方を作り続けられる黒き月とは違い、そんな犠牲を払ってしまっては、戦いの後で皇国の維持すら難しくなる。

 エオニアの後にも明確な『敵』が存在している事を考えれば尚更だ。

 それもあって、エルシオールが白き月へ向かい、黒き月に対抗する選択が推された。

 

 そして、最短距離を行ったとしても、敵との遭遇で、最短時間での到着が不可能なエルシオールにとって、黒き月の追撃は脅威だ。

 黒き月自体、移動要塞としての機能があるからか、移動速度は戦艦並と、その巨体からは本来在り得ない速度を出す事ができる。

 ただでさえ危険な航路の中、黒き月に後ろから追いつかれては、エルシオールに勝ち目は無い。

 その為、黒き月は少なくとも、ここで数日は足止めしなければならないのだ。

 

「ところで、聞きたかったんだが、その足止めってのも可能なのかい?」

 

 と、そこへ今しがたブリッジに上がってきたエンジェル隊、その先頭のフォルテが尋ねる。

 エンジェル隊は全員、この時間まで訓練をしていたのだ。

 エルシオールが目覚めた事と、経験した事でやっとできる訓練を。

 

「やあ皆、訓練の方は順調かい?」

 

「なんとか、というところですわ。

 エルシオールからはまだ合格を頂いておりません。

 ネガティブ・クロノ・ウェイブからの復帰訓練は」

 

 こんな、出航の最中にまで行われていた訓練、それは前回の戦いで受けたネガティブ・クロノ・ウェイブ、それによる停止状態からの復帰する為の訓練だ。

 前回の戦いでは、ネガティブ・クロノ・ウェイブの除去はエルシオールが行い、エンジェル隊はクロノストリングエンジンの再起動だけを行ったので、半分は既に経験していたと言える。

 ただ―――

 

「ネガティブ・クロノ・ウェイブか。

 クロノストリングエンジンの出力を強制的に0にしてしまえる兵器。

 厄介この上ないな」

 

「この場合、クロノストリングエンジンの方がおかしいという見方のあるのですが、それを言ってもしかたありませんね」

 

 前回の戦いで、クロノストリングエンジンで動く皇国軍の全戦艦を機能停止状態に追いやった兵器、ネガティブ・クロノ・ウェイブ。

 これについてはタクトから既に説明されており、H.A.L.Oシステムの逆パターンとも言える、クロノストリングエンジンへ干渉し、出力を低下、最終的に0にしてしまう事ができる。

 原理などは、開発当時ならともかく、クロノストリングエンジンが稼動する原理も殆ど解明されていない現在では、技術者すら聞いても解らないものだった。

 ともあれ、この兵器から発せられるネガティブ・クロノ・ウェイブ、そしてそれによって形成されるネガティブ・クロノ・フィールドに入るとクロノストリングエンジンは停止するという事だ。

 

「で、エルシオールと紋章機には単独でそれを除去するシステムが元々搭載されているってんでついさっきまで訓練していた訳だけど。

 普通の戦艦とかには付いていないんだろう?」

 

「ああ、残念ながら、

 元々ネガティブ・クロノ・ウェイブの技術も、それに対抗する技術もまだ開発途上だったそうでね、黒き月と白き月にしかなかったんだよ」

 

 H.A.L.Oシステムが白き月を象徴する技術であるように、それに対抗する黒き月にはH.A.L.Oシステムに対抗する兵装も当然開発されていた。

 それが無人艦隊で、完全に安定した力と、その数によって攻める、戦いは数という原理に則った方針だ。

 しかし、H.A.L.Oシステムが予想を遥かに上回る成果を上げた為、別のアプローチでの技術開発も進んだのだ。

 皮肉にもH.A.L.Oシステムの開発が進み、クロノストリングエンジンについての技術向上がなされたからこそ、ネガティブ・クロノ・ウェイブの技術が確立したのだ。

 

「つまり、ネガティブ・クロノ・フィールドを展開されたら、ここに残る皇国軍はまた無力化されてしまうだろう?

 そうなったら素通りされるし、最悪壊滅させられる可能性だってある」

 

 前回の戦いを思い返せば、そうなる恐れが高い。

 現在、クロノストリングエンジンを使っていない戦艦はなく、戦艦どころか商用の艦船もクロノストリングエンジン搭載型が多いくらいだ。

 戦闘用でクロノストリングエンジンを使っていないのは、2,3人で運用する様な小型艇か、戦闘機くらいなものだ。

 そして、ネガティブ・クロノ・ウェイブを除去できる装備は、白き月には予備くらいあるだろうが、0から生産するには設計図があっても1週間は必要だし、数を揃えるとなると更に掛かる。

 

「それについては大丈夫だ。

 当然それ点は懸念されるから、十分な議論をしているよ。

 実のところ、元々知っている俺から対策案を出す前にルフト総司令の方でも気付いていてね、運用が決定されている」

 

 その方法というのは至極単純で、黒き月からある一定距離を常に保っておくという事だ。

 前回の戦いの中で、離れた場所にいた味方の艦には、停止しなかった艦もあった為、ネガティブ・クロノ・ウェイブの展開範囲の限界は大凡見当がついている。

 無人観測機を展開し、ネガティブ・クロノ・フィールドを形成しているかを監視し、長距離からの戦闘以外は行わない方針でいけば良いのだ。

 更に安全策として、部隊を何重もの列にし、万が一にもネガティブ・クロノ・ウェイブに掛かったら、後方の艦隊が前列の味方艦を引っ張ってフィールド脱出を図る。

 ただし、何重にも隊列を組む関係で、敵が回り込もうとした時にそれを阻止しきれず、時間をかければ回り込んで抜けられてしまう。

 しかし、足止めが目的なのだから、そうなれば何の被害も受けずに目的を達成する事ができる。

 あまりに弱気な策に見えるが、兵力を失わなければ、更にそこから黒き月を追いかけ、白き月に到達したエルシオールと今度は黒き月を挟み込む事ができる。

 

 ここまでがルフトから出された対策及び作戦で、タクトから言える事は、エルシオールに残っている黒き月のデータでのネガティブ・クロノ・ウェイブの限界範囲と稼働時間についての情報くらいだった。

 ネガティブ・クロノ・ウェイブは広範囲に展開できるが、その分エネルギーの消費が激しく、長時間の展開も難しい。

 黒き月だからこそ、あの規模、あの長時間の展開ができているが、実際にはあの戦いで主砲を2発も放ったとなれば、エネルギーはほぼ空になっていたものと予想されている。

 黒き月は主砲を破壊されたという問題以前に退かざるを得なかったのだ。

 

「という事で、ルフト総司令は数日間黒き月を足止めすることに専念。

 隙あらば攻撃するつもりだろうけど、俺達の白き月到達を信じ、今は戦力の温存をしてもらう事にしているよ」

 

「なるほどね、確かにそれなら無闇に手を出せず、時間は稼げるって訳か。

 流石は鬼神ルフト様だねぇ」

 

「全く、我が師ながら頼りになるよ。

 さて、君達はこれから暫く警戒態勢に入ってもらって、クロノ・ドライブに入ったらまた訓練を頼むよ」

 

「ああ、解ってる」

 

 それで話は終わり、皆それぞれの仕事に戻るところだった。

 しかし、最後にフォルテは1つ付け加えた。

 

「ところで司令官殿、体の方はもういいのかい?」

 

 こうしてブリッジに上がり、指示を出している姿はもう問題ない様にも見える。

 だが、治療したヴァニラ程ではないにしろ、タクトがやった無茶は理解している。

 それがこうも早く回復するのは、ヴァニラの手腕があったとしてもありえないだろう。

 

「大丈夫だ、と男らしく強がってみたいが、流石にそうもいかないな。

 実はエルシオールに重力制御で補助してもらっているだけで、まだ万全には程遠い。

 2,3日もあれば回復すると思うけど、それまでは完全に頼りきりなるから、よろしくね」

 

「それについては問題ないさ。

 元々戦闘は私達の仕事だ」

 

「そうそう、タクトはここで指揮を出してればいいのよ」

 

「今の私達なら、どんな敵が来ようと大丈夫ですわ」

 

「もうあんな無茶はしないでくださいね」

 

「本来は1ヶ月は安静が必要です」

 

「ああ、頼りにしてるよ」

 

 笑顔でそんな会話を交わすタクトとエンジェル隊。

 方や過去を語る上で、闇を垣間見せた者と、方や一時的とはいえ戦う気力すら失った者。

 そうである筈なのに、今の姿からはもうそのときの姿を思い返すことも難しい。

 だが、まだそれが完全でない事は、誰もが心のどこかで感じられていた。  

 

 

 

 

 

 それから24時間は特に何かが起きる事なく進んだ。

 敵の猛攻が予想される地点までもまだある為、この静かな行軍も予定通りといえば予定通りだった。

 そんな中、クルー達は機能は再封印されたとはいえ、一度明るみとなったエルシオールの本来の力、その解析に追われていた。

 エルシオール本人は説明を拒否、タクトとしても、船としてのエルシオールはエオニアの担当であったのもあり、知っている情報は限られる。

 そして、それを伝えるにしろ、資料の作成が必要であった。

 エンジェル隊が訓練に集中する様に、エルシオールに乗る全ての者がこの時間を有効に使おうとしている。

 

「ふぅ……」

 

 司令官室で資料の作成に追われていたタクトは、やっと一段落がついたところだった。

 極秘中の極秘だった情報の為、今まで形にした事の無かった情報を、人に伝え得る形にするのには苦労した。

 そもそも今のタクトは安静が必要な筈の重傷患者だ。

 それもあって、作業は予定より少し遅れていたくらいだった。

 

「終わった様ですね」

 

 1人で作業をしていた筈の司令官室に女性の声が響く。

 タクトにとってはもう驚くべき事ではない、エルシオールがその姿を見せたのだ。

 ただ、その姿は昨日まで見たものと少し変わっていた。

 

「どうしたんだ? その髪」

 

「ええ、どうも私の姿と、当代の今の容姿が近すぎる様なので、こちら側で少しアレンジを加える事にしてみました」

 

 そう言ってその場で軽く一回転してみせるエルシオール。

 ポニーテイルにされた長い髪が靡く姿は、立体映像などとはとても思えない程だった。

 

「いいんじゃないかな。

 良く似合ってるよ、エルシオール。

 神秘的だったのが、少し親しみやすくなった感じもするし」

 

「そうですか。

 ではこれでいきましょう」

 

 無邪気な少女の様に明るい笑みを見せてくれるエルシオール。

 とても危険な旅路の途中とは思えない状況だ。

 

「それで、資料作りは終わった様ですけど、あまり無理はされないでくださいね。

 体調も少々悪化していますよ」

 

「ああ、それはヴァニラにも言われた。

 だがこれは早めにやらなければならなかったからね。

 これを渡したら休むよ」

 

 今度は母親の様に、深い慈しみを感じる笑み。

 本当に立体映像とは思えないリアルさだ。

 ただ、どちらにしろエルシオールはここに居るのだから、それが映像であろうと関係ないのかもしれない。

 

「ところで、エンジェル隊の方はどうだい?」

 

「今しがた全員合格ラインに達した所です。

 再起動の方は、ですけど」

 

「今のレベルじゃ、ネガティブ・クロノ・ウェイブの無効化は無理だろう。

 その前に教えるべき事がありすぎる」

 

「そうですね」

 

 ネガティブ・クロノ・ウェイブはクロノストリングエンジンの出力を強制的に0にしてしまう。

 しかしそれは絶対値として0にする訳ではなく、出力を低下させた結果として0にするのだ。

 それが通常のクロノストリングエンジンなら0にされると言ってなんら支障がないのでその様な表現になるだけだ。

 クロノストリングエンジンは通常、高い出力が出せるのに、その出力が不安定な為、数をもって確率的に安定的な運用を行っている。

 つまり、クロノストリングエンジン1基ごとの常に高い数値を出しているのではなく、その合計値として高い出力を安定供給しているのだ。

 その為、ネガティブ・クロノ・ウェイブを受けると、全てのクロノストリングエンジンが同じ出力低下を受け、出力が不安定である為、0に陥る事ができてしまう。

 出力が一度完全に0になると、ネガティブ・クロノ・ウェイブの影響下では再起動は不可能になり、遠からず数基あるクロノストリングエンジンが全てそうなり、出力が完全に0とってしまう。

 

 それに対し、紋章機の場合はクロノストリングエンジンの出力確率に干渉する事で、戦闘機のサイズをしてクロノストリングエンジンを搭載して運用する事ができてる。

 つまり、クロノストリングエンジン1基の出力がとても高いのだ。

 その為、ある一定レベルに達すると、ネガティブ・クロノ・ウェイブの低下値では出力を0にまではできず、更にはネガティブ・クロノ・ウェイブを跳ね除けて無効化する事すら可能になる。

 ただ、それをするにはとても高いH.A.L.O出力が必要で、現在のエンジェル隊ではとても出しえない数値なのだ。

 

「と言う訳で、次の訓練からステップを1つ進めますね」

 

「ああ、よろしく頼むよ。

 すまないね、本来はこれも俺の役目なのに」

 

「役目、というならこれはシャトヤーンの役目では?」

 

「確かに、そうなるかな」

 

 H.A.L.Oシステムに関しては、権限にしても、実際搭乗できる事からもシャトヤーンこそエンジェル隊の指導しなければならない筈だ。

 戦闘機の操縦技術ならばタクトだろうが、『次のステップ』というはH.A.L.Oシステムに深く関わる事。

 ただ、タクトもH.A.L.Oシステムにはツインドライブのサブとしてではあるが関わっているのだから教える事はできる。

 しかしどの道シャトヤーンと全てを知るエルシオールには敵わないだろう。

 だが、それでもタクトは自分がやるべきだと感じていた。

 何故なら―――

 

「だが、俺はシャトヤーンに許される事はないだろうな」

 

 シャトヤーンが教えるという選択肢は、シャトヤーンがこの場に居ない為に破棄されるが、居たとしても頼めないとタクトは考えていた。

 いや、頼めばきっとやってくれるだろうが、それでもそれは許されないのだろうと。

 

「タクト」

 

「大丈夫だ、エルシオール。

 例え俺は1人になろうと、お前の本当の目的も、願いも叶えてみせる」

 

「そう」

 

 タクトの決意に、エルシオールはただ微笑みのままそう返す。

 が、その後エルシオールはタクトに背を向け、言葉を続けた。

 

「タクト、貴方はもう少し乙女心の理解に努めるべきです」

 

「耳が痛い」

 

 それはタクトも自覚している事。

 しかし、自覚していると、そう考えているタクトをエルシオールはどう思っているか、その表情は見せてもらえなかった。

 

「じゃあ、私はあの子達の訓練の準備をしてきますね」

 

「ああ、頼んだよ」

 

 そう言って、また笑みを見せ、姿を消すエルシオール。

 その姿が消えた場所をタクトは暫く眺めた後、席を立った。

 タクトにはタクトのやるべき事がある。

 

 

 

 

 

 更に10時間後。

 次のクロノ・ドライブ地点の目前で敵と遭遇した。

 

「数は?」

 

「ミサイル艦4、駆逐艦5、高速艦5、巡洋艦3、計17隻です」

 

「微妙な数だな」

 

 エルシオールが白き月を目指し最短ルートを進行している事は黒き月も解っているはずだ。

 その上で、クロノ・ドライブができる場所、その目前での待ち伏せをしてきている。

 だが、それにしては数が少ない。

 通常、移動中に遭遇する数としては多いが、エルシオールを足止め目的としても少ない数だ。

 エオニア軍にとって、これが限界の数なのか、それとも戦力を温存しているのか、解釈の難しい数と言える。

 

「そうだな。

 だが、今はそんな事はいい。

 エルシオールは足を止めない。

 エンジェル隊、道を阻む敵を排除してくれ。

 今の君達ならこの程度の数なんの問題にもならない筈だ」

 

『了解』

 

 目的として考えられる足止めは、その意味を僅かでも出させる訳にはいかない。

 敵の真っ只中を突っ切る事になっても、エルシオールは全速前進。

 敵の射程に入る前に、エンジェル隊が敵を排除すればいいだけという、一見無茶な作戦に出る。

 

 だが、それは現在の戦力、今のエンジェル隊ならば可能な事だ。

 事実、エルシオールは無傷でこの宙域を突破する。

 今では常時高いテンションを発揮しているエンジェル隊にとっては、本当にこの程度の数は足止めにもならない事が証明された。

 ただ、この後、そんな戦闘が幾度も繰り返される事となる。

 こちらの疲弊を狙っているのか、散発的に、決して少なくは無い数の敵の襲撃を受け続けるのであった。

 

 しかし、そうした襲撃は実はエンジェル隊にとっても都合の良いものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出発してから初めての襲撃を受けた直後のクロノ・ドライブ。

 その時間の中でエンジェル隊はシミュレータールームに集まっていた。

 

『では、訓練を開始します』

 

 次なるステップ。

 エンジェル隊に課せられた新たな訓練とは―――

 

『これから皆さんには所謂『瞑想』をしてもらいます』

 

「瞑想?」

 

 エルシオールが要求したのは、心の鍛錬だった。

 怪訝に思いながらもエルシオールの指示に従うエンジェル隊。

 その効果とは―――

 

 

 

 

 

 一方その頃、タクトは格納庫の一室に居た。

 休憩室ではなく、会議室にも使うスペースだ。

 

「以上が俺の知っているエルシオールの機構だ。

 質問はあるか?

 と言っても、答えられるかどうかは怪しいが」

 

 タクトは自らが作成した資料を技術者達に展開し、エルシオールの使い方を一部を公開する。

 一部、というのも、エルシオールについては本来エオニアが担当したいたもので、タクトが知っている部分はそう多くは無い。

 更にいえばタクトは元パイロットの司令官でしかない。

 技術者ではないのだ。

 十分な説明はエルシオールから受けていても、技術的な知識が無い為、動作原理などはさっぱりなのだ。

 この資料とて、初めて書く技術資料であり、軍人が書く報告書とは訳が違う為、大分苦労して書いたものであるものの、クレータ達からすればあまり見やすいものとはいかないだろう。

 説明中も何度か質問を受け、手書きの追記が多数必要だったくらいだ。

 

「いえ、十分です。

 後は我々で解析します。

 白き月の巫女として、技術者の誇りに掛けて」

 

「頼もしい限りだ」

 

 自分の知る限りの知識から、技術者達は真実を導き出す。

 そうして得られるのはエルシオールの真の力。

 だが、それにはまだ時間が必要だった。

 

 

 

 

 

 その後、タクトは傷の癒えきらぬ体で、エンジェル隊とのコミュニケーションをとる。

 そこでエンジェル隊が語るのは彼女達が思い出した戦う理由だった。

 

「タクトさん、私はこの世界が好きなんです」

 

 一度は暗く落ち込んだミルフィーユも、今はその落ち込んでいた姿が思い出せない程に輝いていた。

 ランファも、ミントも、フォルテも、ヴァニラも、それぞれ戦う理由を再確認し、エルシオールの訓練もあって、その心の力を片鱗を覗かせた。

 

 

 

 

 

 だが、いくらエンジェル隊が、クルー達が力を付けエルシオールがその真価を発揮しようとしても、問題は起きる。

 そう、弾薬を始めとする物資の問題だ。

 連戦に継ぐ連戦を覚悟し、最短距離を強行する中、ついに物資不足に陥ったのだ。

 そんな時だった。

 

「ブラマンシュ商会、本社からだと?」

 

「はい、確かにそう名乗っています。

 相手はオペレーターですけど」

 

「皇国の危機だから、自ら援助を申し出てきたというところか?」

 

 苦笑しながらそう言ったのはフォルテだ。

 そう、あくまで苦笑しながら。

 

「そんな訳ありませんわ」

 

 そして、ミントは険しい顔で否定する。

 解っている。

 下手をすればこの誘い自体が罠であると。

 だが、補給は必要なのだ。

 

「返信してくれ。

 正等な対価は手持ちにあるんだ。

 それで支払える限りは使おうじゃないか」

 

 タクト自身も悪い予感はしていた。

 だが、それは逆にチャンスでもあると判断する。

 

 

 

 

 

 

 しかし、やはりそれは罠だった。

 

 

 

 

 その罠による危機的状況に襲撃者が現れる。

 しかもこの様な時に敵はいつもの無人艦ではなかった。

 

「シェリー、貴方自らが足止めかい?」

 

「足止め?

 いえ、落とす気よ。

 これだけの数を貴方は止められるかしら?」

 

 エオニアの副官、シェリーが引き連れてきたのは人間の乗った艦隊、戦闘機の大軍。

 トランスバールにとっては裏切者である者達をほぼ全て集めて作られた特殊部隊だ。

 

「貴方に戦術チェスを教えたのは誰だったかしら?」

 

「では貴方から教わり、磨いてきたものの成果、ここにお見せいたしましょう」

 

 しかし、タクトも、エンジェル隊も怯む事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ついにタクト達は辿り着く。

 白き月、逆転の秘策と、真実の存在する場所へ。

 

 しかし―――

 

「白き月を確認しました。

 しかし周囲に多数の敵影が」

 

「ここまで帰って来たんだ、突破する。

 エンジェル隊、白き月の安全を確保する。

 周囲の敵を殲滅せよ!」

 

『了解!』

 

 ここがゴールではない。

 ここがスタートラインなのだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アトガキ

 

 タクト達の戦いはまだこれからだ!

 タクト達の勇気がトランスバールを救うと信じて―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後書き

 

 と、言う訳で今年のエイプリルフールの嘘は、連載中のこの作品を打ち切り風にしてみた、でした。

 とはいえ、本物は間に合わず、できたのは出来損ないの予告編みたいな感じですね。

 キンクリ連発と最後の締めで打ち切り風としたかったのですが、なかなか難しい。

 本物は近々完成させますので、暫くお待ちください〜。








管理人のコメント


 様式美ですねわかります。



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