二つの月と星達の戦記
エピローグ 次なる飛翔
あの戦いから3ヶ月後。
エルシオールは皇国のとある惑星に来ていた。
商業と観光で発展したこの星は、軍事基地も少なく、無人艦隊の攻撃は殆ど受けなかった。
しかし、だからといって被害が無かった訳ではなく、むしろ戦争状態だった事による経済への影響は大きかった。
その戦争も終わって3ヶ月経ったある日、エルシオールの入港した宇宙港では今、コンサートが開かれようとしていた。
エルシオールの側面に設営された舞台に今日立つのはアニーズ・プロダクションのアイドル達だ。
今日はかの戦争の中、タクトがクレータ達と交わした約束が果たされる日だった。
因みに、流石に整備班だけの貸切にするには問題が大きいので、彼女達には特等席を用意し、一般公開のコンサートになっている。
当然クレータ達は特別待遇で、専用の席が用意されていた。
先の戦争において勝利のシンボルとなったエルシオールの前でのコンサートだ、これは皇国全体へ発進する慰安のコンサートでもある。
そのコンサート会場となった宇宙港、コンサートの様子が見れる特等席の一つである宇宙港の一室にタクトは居た。
厳重な警備と共に高級な調度品が並ぶ部屋、所謂VIPルームでタクトはもてなされていた。
タクトは今や皇国を救った英雄なのだ。
そんなタクトが企画した今回のコンサートで、タクトはもてなされる立場でもありながら、スタッフの1人でもあった。
と、この部屋を訪れる者が居た。
タクト同様に今や英雄として何処へ行ってもある意味で『アイドル』つまりは『象徴』として持て囃されるエンジェル隊の1人、ミントだ。
「やあミント、ご苦労様。
君ばかりにこんな仕事をさせて悪いね」
「いえ、たいした仕事ではございませんわ」
タクトはミントに仕事を一つ頼んでいた。
他のエンジェル隊は、今回のコンサートのスタッフだったり、名目上視察で訪れているこの星の、その名目上の仕事をしていたりまちまちだ。
全員一応コンサートには戻ってくる事になっているのだが。
今舞台に立っているアニーズのアイドルは整備班向けだが、このコンサート自体はエルシオールクルー全体への慰安が目的なのだ。
ともあれ、ミントはタクトから特別に受けた仕事を終えて戻ってきたところだった。
「結果としましては、良好と言った所ですわ。
本来芸能界というのは闇深き場所ですのに、今回集まっている人たちは真っ当な、光に属する人ばかりですわ。
どうやら戦争での経験を通して目覚めた人も居るみたいで、辛くもあの戦争が齎した良い影響の一例にもなりますでしょう。
ともあれ、クルーの慰安をして頂くには何の問題もない、むしろこれ以上を望むのは難しいキャストです」
「そうか、それを聞いて安心したよ。
それにしても全員か、僥倖と言うほかないね」
尚、本日はアニーズ・プロダクションがメインだが、数日滞在するエルシオール前の特設舞台では、他のクルーの要望もあったアイドルや歌手が集まる予定になっている。
勿論男性クルーの為の女性アイドル、女性歌手も多数だ。
既に会場を設営する段階で大体のメンバーがこの地に揃っており、ミントはそのメンバーの内情を視察に出ていたのだ。
せっかくの慰安なのに、芸能界の闇の部分を見せられて落胆しては元も子もない。
芸能界には闇があるというのは公然の秘密。
タクトやミントは社交界にも身を置く為、それは嫌でも知っている。
とは言え、闇の部分があるのはどの世界でも同じで、それよりも更に深い闇をこの戦争で体験したばかりだ。
そう言った事はどうしようもない部分もあるので、せめて表に出ない様、タクトとミントでカバーする予定だった。
それというのも、今回のコンサートはタクトとミントのコネクションを利用して呼んだメンバーだ。
タクトはアニーズ・プロダクションとのコネクションはあったが、芸能界全体と言う訳ではないので、ミントにも協力を要請したのだ。
尤も、そんなコネがなくとも、エルシオールの前で歌わせてやると言えば、向こうから頭を下げてくるだろう。
エルシオールという象徴は、現在そのくらいの価値があるし、むしろ下手な芸能活動への利用は批判の的になるくらい神聖視される部分すらある。
しかし、使い方さえ間違わなければ問題なく良い宣伝になるし、今回に関してはタクトからの依頼であり、きちんと軍部の許可もある。
今回のコンサート開催に際し、女性アイドル、歌手のプロダクション側からはタクトに対して所謂ところの枕営業の申し出もあった。
それくらい、芸能プロダクションにとってはチャンスと見ているという事でもある。
宣伝としてのエルシオール前の舞台と、英雄とのコネができる機会でもある。
それを利用しない営業者はまず存在しまい。
そんな事もあって、余計な事をされない様に、主催者でもあるタクトとミントでいろいろ動いている訳である。
「そうそう、タクトさんに直接枕営業を申し出たあの子ですけど、どうも周囲が言った冗談を真に受けてしまった様でしたよ。
意味もよく解っていないみたいでしたし」
「ああ、そりゃよかった。
流石に闇深き芸能界といえど、12歳の少女に『お呼びとあれば個人的にお部屋で歌わせていただきます』、なんて言われた日にはどう切り返したものかと悩んでしまったよ」
「仮にも清純派で売っているアイドルでもありますしね。
歌手としての実力も高いですけど」
「とりあえず、そんな事を言わせた奴等はこちらで対処するよ。
後はもういいから、ミントはコンサートを楽しんできなよ。
3ヶ月ぶりのまともな休暇だ」
既にアニーズのコンサートは開始直前。
エルシオールクルー用の特等席には既にクレータ達が集まり、一般客も入場している。
テレビ放映のカメラもスタンバイしており、会場は興奮という熱気に包まれている。
「3ヶ月、ですか。
そうですわね、もう3ヶ月も経ちましたのね」
「ああ、そうだな」
「本当に忙しかったですわ」
「仕方ない、俺達は英雄になってしまったんだ」
「ええ。
ですが、私達以上にお忙しい方もいらっしゃいます」
「そうだな」
戦争が終わり、シヴァは正式に皇王となった。
女性である事も明かし、皇国初の女皇になったのだ。
今は休む暇なく、忙しい日々を送っている。
しかし、話はそれでは終わらない。
「アレにはびっくりしましたわ。
まさか、シヴァ女皇陛下が、自分の代で皇族の持つ権限を破棄すると宣言なさるなんて」
「ああ。
俺達には事前の相談もあったが、やはり驚いたよ」
そうなのだ、シヴァは今回の戦争が皇族であるエオニアが起こしたものであった事の責任の一つとして、皇族の持つ権限を放棄する事になった。
シヴァは今自分が継いだ皇位の責任を果たしつつも、政治を民主制とする事にしたのだ。
「そしてルフトさんも大変ですわね。
アレも本人として予想外でしたでしょうに」
「ああ、まさか満場一致でルフト先生が初代大統領になるとはねぇ。
軍の最高位、元帥との兼任。
最初の責任を全て押し付けられた部分も大きいだろうが、やり甲斐のある仕事として、本人は楽しんでいる様でもある。
しかしその苦労は想像を絶するよ」
王政から民主制への移行はそれだけでも大仕事だ。
それを今回の戦争の復興と同時に行わなければならない。
ルフトとシヴァはその作業と同時に復興を協力、分担して行っている。
シヴァとしては皇位継承、ルフトは元帥への就任というそれだけでも一大事である中だ。
だが、それらがほぼ一度に纏まった事で、改革も大きく進む事になる。
その肝心の最初の1歩を協力する為、エルシオールとタクト、エンジェル隊は終戦後も皇国中を飛びまわっていた。
そして3ヶ月が経過し、やっと落ち着いたので、今回の慰安コンサートの開催ができたのだった。
「ところで、タクトさんとしてはどうお考えですか? シヴァ女皇の決定」
「ああ……一言ではとても言い表せないが、相談は受け、俺は承諾したよ」
「そうですか」
シヴァが自分の代で皇族の権限を放棄する事について、やはりタクトは複雑な心境だった。
ミントは読むまでもなく、心情を読みきれないと解る。
しかし、否定的な感情ではなく、むしろシヴァに対する慈しむ様な感情が感じられる。
きっと、苦労は多いだろうが、タクトも全力で補佐し、幸いという結果を紡ごうとしている。
「さあ、そんな話は今はよしておこう。
コンサートが始まってしまう。
せっかくの慰安コンサートだ、楽しもうじゃないか」
「ええ。
とは言え、あの中に入る気は起きませんので、ここで鑑賞させていただきますわ」
「それもそうだな」
コンサート会場というものは2人共知っているつもりだった。
しかし、今回のコンサートが特別なのかもしれないが、VIPルームから会場の人の密度を見てしまうと、とてもその中に入れる気にはならない。
そして、ここから感じる会場の興奮だけで酔いそうにもなる。
「それに、明日もありますしね。
タクトさん、忘れていませんよね?」
「ああ、勿論だ」
そんな会話をしている内にコンサートは開始される。
ひときわ大きな歓声が上がり、アイドル達が姿を見せたのだと見なくても解った。
その翌日。
今日もコンサートが予定されているが、それは夕刻からだ。
それまでの間、タクト達には別の仕事を行っていた。
タクト、ヴァニラ、ミントの3名で向かった先、そこは―――
「ぞうさん、きりんさん……」
「ははは、そうだね、皆本物だよ。
お、向こうには宇宙カピバラもいるぞ〜、珍しいな」
動物園だった。
これはれっきとした仕事、視察という仕事だ。
動物園というのは、巨大だったり凶暴だったりする猛獣を扱う場所。
戦争で檻が壊れ、動物が逃げ出そうものなら大惨事となろう。
その為、場合によってはそうなる前に猛獣は処分される可能性もあった。
この動物園ではどうやらそう言う事態は避けられた様だが、戦争による営業への影響の調査も必要だ。
因みに何故避けられたかというと、元々自然災害時用のシェルターがあったからそこへ移していたらしい。
そんな調査を現地で行う為、今は3人とも私服だ。
思いっきり遊びに来ているだけにも見えるが、仕事である。
「タクトさん、今日はファーストフード巡りの予定では?」
そんな中、ミントは若干お怒りの模様。
可愛い私服姿でタクトの腕を引いている。
因みに、ヴァニラと一緒というのも聞いていなかったりする。
「ははは、何を言っているんだい、ミント。
こう言う場所はファーストフードが集まる場所でもあるんだよ。
ほら、あそこには宇宙フランクフルトとか、宇宙ポップコーンが売ってるし。
昼は向こうのバーガーでも食べようじゃないか。
あ、地図にはこっちもいろいろ駄菓子系の露天が載ってる」
因みに、ここは動物園だけではなく、遊園地、水族館も存在する一大テーマパークだ。
敷地は広く、その分飽きさせない露店も多種多様な物が並んでいる。
「タクトさん、次行きますわよ!
時間が惜しいですわ」
「タクトさん、ペンギンさんも見に行きましょう」
「どっちも逃げないからそんな引っ張らないでくれって」
ヴァニラとミントの2人に別々の方向へ向かおうと腕を引かれるタクト。
その姿は他の来園者からはどう見えるだろうか。
まあ、まずかの戦争の英雄の3人とはバレないだろう。
デート、と見られるには残念ながら難しそうだ。
そもそも3人だし。
仲の良い兄妹といったところだろうか。
実際、今の2人は歳相応の子供にしか見られないだろう。
「あ、ヴァニラさん、今タクトさんはレディーに向かって失礼な事を考えておりますわ」
「そうなんですか? タクトさん」
「いや……」
「まあ、いいですわ。
その思考の代償は大きいですわよ」
「……」
「えー、ちょっと〜」
ミントの目配りに黙って頷くヴァニラ。
この後、散々引っ張りまわされるタクトの姿と、とても楽しそうなヴァニラとミントの姿が見られたのだった。
更に次の日。
今日はミルフィーユとランファと一緒に視察に出るタクト。
本日も私服で、場所はショッピングモールだが、仕事だ。
「あ、これ可愛い」
「なかなか良いわね。
流石に商業で発展してきた街ね」
2人は大量にアクセサリーだの服だのを買い漁り、その荷物をタクトが持つという光景がそこに在るが、断じて仕事だ。
この惑星は商業と観光が中心。
それ故に戦争が経済に与えた影響から立ち直るのには時間が掛かった。
その現在の状態の視察が目的である。
一般の客の目線で、店の様子を調査、報告する為に買い込んでいるのだ。
だが、この買い物の代金はタクトの財布から出ていたりする。
「おーい、待ってくれ〜」
因みに荷物を直接手で持って帰ろうとしているのは、郵送先をエルシオールと書けないからだ。
その為、まるで漫画でも出てきそうなほど大量な荷物を抱える男の図になってしまっている。
基本的に服だったりアクセサリーだったりするので、重量自体はそうないが、その分取り扱いが難しい。
「お昼は何処にしようかしら」
「あそこなんかいいんじゃないかな?」
「あら、良さそうなレストランじゃない」
2人についていくだけでやっとのタクトと、それを無視しているかの様に買い物を続けるミルフィーユとランファ。
タクトは完全に荷物持ちの上に財布と、なかなか冷遇されている様に見える。
これならばまず間違いなく、かの英雄の内の3人などとは思われまい。
「タクト、ほら置いていくわよー」
「タクトさん、これもおねがいしまーす」
「また買ったのかい?」
「いいじゃないの、これも経済貢献よ」
「お金は天下のまわりものなんですよー」
実際タクトが持っていても使わないお金でもある。
軍に入ってからの給与は個人的に購入した武器などで使ったくらいで、8割は残っていた。
今回の買い物でも、それを切り崩すという程にもなっていないくらいの残高なので、確かに有効利用の一つかもしれない。
その後、タクトは荷物持ちを続けながらも、ミルフィーユとランファの2人にコーディネートしてもらって服を2人に贈ってもらったりした。
ただ、その荷物はやはりタクトが持つ事になったのだが、ともあれ忙しくも楽しい時間を過ごすのだった。
更に次の日の夜。
本日行われていたコンサートも終了し、夜も更けた頃。
タクトはフォルテ、ケーラと共に夜の街に出ていた。
やってきたのはちょっと洒落た感じのバーだ。
「ほう、なかなか良い感じの店だね」
「タクトさんはこう言う場所によく来るんですか?」
「ああ、たまにね」
流石に外なのでケーラもタクトの呼び方は『タクトさん』となっている。
で、本日もやはり仕事でこんな所を訪れている。
夜の街なので、治安の確認という視察だ。
ばっちりドレスアップして、大人な時間を過ごす様子だが、やっぱり仕事である。
「ところで、私も一緒でよかったんですか?」
「ええ、勿論。
ケーラさんには苦労を掛けましたしね」
ケーラもヴァニラ同様にこの星での戦争被害の状況を視察、必要ならば治療にあたっていた。
とは言え、怪我ならヴァニラが治し、カウンセリングは視察に来た者が安易にできるものではないので、調査結果を纏めるのが主な仕事だ。
この星はさほど被害はなかったが、他の星は大きな被害があったところもあり、その仕事量は膨大となる場所もあった。
戦争中も目立たないが、クルーのカウンセリングで忙しい日々を送っていたし、その功績はクレータと比べても劣らない。
エンジェル隊を連れ出していたのも、タクトからの慰安であすが、コンサートがそれだったクレータとは別に、ケーラにも必要だろうと誘ったのである。
「それに、こんな場所に誘えるのはフォルテを除いたらケーラさんくらいですよ」
ヴァニラやミントはそもそも年齢的にお酒が飲めない。
ミルフィーユやランファも、こう言う雰囲気の店は好まない様だ。
フォルテは1人、こう言う場所を好む女性であるのだが、ケーラもそれに近いと見立たのだが、それは間違ってはいなかった様だった。
フォルテのついでの様になってしまったのはあるが、タクトのサービスはただ連れてくるだけは終わらない。
「大人の時間だね。
ミルフィー達には悪いけど」
「お酒飲んで帰ったらヴァニラに何か言われそうだけど。
たまには良いわよね」
そうして、静かな夜を過ごした3名。
勿論代金はタクト持ちである。
視察を終えたタクト達はエルシオールで白き月へと戻ってきた。
エルシオールの所属が白き月である為、タクトの達の拠点は変わらず白き月だ。
視察の報告書をまとめ、そこからトランスバール本星の軍部へと送付する。
そんな仕事の合間にタクトはシャトヤーンの部屋を訪れていた。
シャトヤーンも今は黒き月の問題もあり、互いの時間を合わせる事ができた。
「月の方も大分進んでいるみたいだな」
「はい、エルシオール様の指揮があれば作業が滞る事はありません」
シャトヤーンの部屋でお茶を飲みながらそんな話をする2人。
現在黒き月はエルシオールによって修復されつつある。
クロノブレイクキャノンによるダメージもあるが、それは後でどうとでもなるので、修復しているのは中枢コンピューターの方だ。
白き月も黒き月も、統合の為の変形過程だったが、それは元に戻し、どちらも球体に戻っている。
統合システムと、後の統合については黒き月の修復後に検討される事になっている。
「皇国も大分落ち着いたし、改革も進んでいる。
後半年もあれば元以上の国になるだろう」
「ええ、シヴァもがんばっています。
傍で支えて上げられないのが口惜しいですけど、それはヘレスに任せましょう」
「ああ、今の俺達には俺達の仕事があるしな」
因みに、シヴァの母親がシャトヤーンである事はまだ公表されていない。
重大発表でもあるので、時期を考える必要があるとして、ルフトも今は伏せる事を勧めている。
一応現政権の内部には知れ渡っている情報だ。
当然だが、父親の事については、一切触れていない。
ルフトにすらその真実を告げていない。
ただ、ルフトくらいなら気付いている可能性も高いが、公にする事はまずないだろう。
「ところでタクト、仕事と言えば、エンジェル隊の皆さんから今回の視察の報告が上がってきていました。
ずいぶんと楽しんでいらしたみたいですね」
「ぶっ!」
にこやかな笑顔でそんな事を言い出すシャトヤーン。
タクトの前に、彼女達の書いた報告書が表示される。
殆どデートをしたという、日記じみた内容のものだ。
そして、今になって、エンジェル隊という組織上、シャトヤーンがトップなので軍向けの報告でもシャトヤーンを経由するのだと思い出した。
それを知った上で彼女達はこんな報告書を提出したらしい。
「いや、視察だぞ、仕事だぞ?」
「ええ、知っておりますよ。
その割りには費用は自己負担の様ですけど」
「今の軍の財政は危ないからな……まあ、こんな節約してもあまり意味はないが」
「それで、楽しかったですか?」
「……ええ、まあ楽しかったですけど。
これは彼女達に対する慰安という意味もあってですね……」
「楽しかったんですよね?」
「はい、その通りです……」
シャトヤーンの笑顔が怖い。
ついその笑顔に押されきって、ただ正直に答えを述べるだけのタクト。
ただ、その笑顔が単に嫉妬からくるものではないと感じられた。
彼女も行きたいのか、と少し考えたが、それとも違う気がした。
その答えは―――
「私は、シヴァと一緒に行って欲しかった」
「……シヴァとか」
自分よりも娘。
できれば3人で。
動物園や遊園地、ショッピングに外食。
どれも普通の親子なら当たり前にできる事だろう。
しかし、現状父親である事も明かしていない、明かせない状況では極めて難しい。
いや、そんなものはシャトヤーンとシヴァの組み合わせがあれば、連れて行くタクトはついででもいいのだ。
問題は、多忙な2人をどう連れ出すかだ。
こんな外出、公にできる筈もないので、必然的に秘密裏に行われ無ければならない事だ。
「そうだな。
後1年、敵がこないで、このまま上手く事が運べば、そんな時間も作れるだろう。
その時考えよう。
なに、抜け出すなんて俺の得意技だ、エルシオールにも協力してもらえれば1日くらいの時間を作る事なんて容易い」
そう、例えばエルシオールなら、立体映像でシヴァの代役を作ることもできるし、そもそも移動時間として計算される時間に何処かに寄る事もできるだろう。
方法はいくらでもある。
後は、今の平和が続くか、真の平和を手に入れる事ができるかだ。
「期待してます」
そう言って笑うシャトヤーン。
抜け出すのが得意、と言う部分には突っ込みすら入れない。
シャトヤーンなら身をもって知っている事だ。
今更とも言える。
「ところで―――」
だが、話はまだ続いた。
しかも綺麗には終われない話だ。
「ヘレスとのわだかまりも無くなった様ですから聞いておきたいのですが。
タクト、ヘレスに手を出したのですよね?」
「……なんで知ってるんだ?」
「解りますよ、同じ女ですもの。
で、タクト、もう手を出してしまったもは仕方ないですけど、またヘレスから誘いがあったら手を出すのですか?」
「いや、それは……」
「それは?」
「……解らん」
「そう。
タクトって正直ですよね」
「ぐ……」
その後も、シャトヤーンは始終笑みを絶やさなかったが、タクトにとっては居心地が悪いだけだった。
だからどうした、とシャトヤーンは結局言わない。
ただ、何も言わずに居る。
誤魔化す事もできず、よい言い訳も思い浮かばず、ただタクトは居心地の悪い時間を過ごす羽目になってしまった。
更に後日、エルシオールがやっとオーバーホールできる事になった為、エンジェル隊とタクト、レスターには正式な休暇をもらえる事となった。
その初日から、タクトは白き月にはいない。
エンジェル隊とも別行動だ。
タクトはレスターと共にとある惑星に向かった。
その惑星に着いて、向かった先は公園。
記念公園とされている場所だ。
そこには嘗て軍事基地があり、ある事件が切欠でその存在ごと抹消された。
「よう、お前も着ていたのか」
その公園の中央で、タクトは見知った人を見つける。
「ええ、貴方達が来ると聞いて、私も日を合わせました。
せっかくですしね。
妻と娘は旧市街の方です」
その人物は先の戦争中に再会を果たした、アレン・ヴァイツェン。
ルフト大統領の息子にして、かの事件の当事者の1人だ。
因みに現在、政治家秘書をしている。
ルフトとは繋がりの無い人の下で働き、後々政治家として独立するつもりでいる。
そんな彼は現在忙しい筈なのだが、こっちを優先したらしい。
「では、報告します。
敵部隊の全滅を確認しました。
実行犯並びに関係者の逮捕。
作戦は完了しました」
タクトは公園の中央にある大きな木に向かって敬礼し、報告する。
この公園で唯一、あの頃からある物であり、あの時を知る証人だ。
事件自体が半ば隠蔽されて居る為、石碑などは無いので、これをシンボルとし花束と酒を捧げる。
嘗てここであった忌まわしき事件。
その実行犯たるヘルハンズ隊は壊滅した。
戦闘機パイロット達はダークエンジェルに取り込まれて死亡し、その後エオニア側についた組織として大々的に捜査され、全員が逮捕された。
事件は隠蔽されたままだが、これでかの事件の犯人達は全て捕らえられたのだ。
その際アレンも捜査に協力しており、タクトとレスターを影から援助している。
これで、やっとあの時の受けた『敵勢力の排除』が完了した事になる。
これでやっと、過去の一つと決着をつけられた。
「カラスマ教官の好きだった酒、見つけるのに苦労しましたよ。
地域限定でしか生産されてませんでしたしね」
勝利を祝うのは嘗てのルフト教官の生徒達だけではない、同時期の仲間、カラスマ教官の生徒達。
タクト達とは、一緒にフットボールチームも組んでいたメンバーだった。
それに、カラスマ教官からも教えを受けていた。
厳しくも優しい軍人だった。
「そう言えば、彼女と結局連絡がつかなかったな。
彼女にもちゃんと教えてやりたかったのだが」
現在の心残りとしては、そのカラスマ教官の娘にして、あの事件の当事者の1人、アレンと同じく父に会いに来て事件に巻き込まれた少女の事。
タクトの方で探し、連絡をとりたかったのだが、何故か見つからなかった。
戦争の混乱でまだ情報が整理されていない部分がある様だった。
「え? タクトさんから連絡がとれなかったんですか?
おかしいな……」
「そう言えばタクト、お前昨日シャトヤーン様から受けた連絡の書類見たか?」
だが、タクトの言葉にアレンもレスターも不可解な事を言ってきた。
「いや、まだだが。
緊急だったのか?」
「いや、大丈夫だ」
2人は何かを知っている様で、顔を見合わせた。
だが、それ以上何も言わない。
タクトも追求する事はなかった。
ただ、レスターは一言呟く。
「これも運命か……」
運命、その言葉からタクトはその少女と交わした約束が思い出される。
果たされる事が無い事を祈りたい、そんな約束。
しかし―――
その頃、白き月に新人がやってきていた。
長い黒髪を靡かせた凛とした少女。
紋章機6番機のパイロット候補だ。
「では、早速ですが訓練を始めます。
エンジェル隊は既に戦争を通してかなり成長しています。
それに追いついて貰わねばなりません、私が指導します」
「はい、よろしくお願いいたします」
シャトヤーンから直々に紋章機の操作を学ぶその少女は輝いていた。
これでやっと誓いが果たせると―――