二つの月と星達の戦記
第1話 天使の翼は
エルシオール 司令官室
エンジェル隊と挨拶を交わしたタクト。
それから今後の目的を話し合う事になった。
「エオニア軍に反抗する勢力にアテはあるんですか?」
タクトは問う。
現在クーデター、と言う事になっている今回の戦争。
しかしながら本国まで落ちてしまっているこの状況、こちら側の戦力は最早『反抗勢力』という名前になる。
そして、エオニアが持つ勢力は最早『軍』を名乗れる程に大規模なものだ。
そう、エオニア軍に一度敗北した我々はこれから反抗を行うのだ。
「ああ。
ロームまで行けばな。
エオニア軍に反撃する態勢を整えられるじゃろう」
「ローム星系ですか……」
ここクリオムからロームまではたとえクロノドライブという空間航行を用いてもかなりの時間がかかる位置だ。
ロストテクノロジーの塊とはいえ単艦の戦艦と戦闘機5機では危険極まりない旅路だ。
「まあ、なんとかなるでしょう」
が、タクト・マイヤーズはあっさりと笑みを浮かべながら言う。
「そうか。
頼むぞ」
「了解しました」
そして、ルフトもそんなタクトに笑って任せる。
もし、この場に他の軍人―――タクトを理解するルフトとレスター以外の者がいたなら怪訝な顔をしただろう。
楽観過ぎる、と。
幸いと言うべきか、エンジェル隊は途中から話を聞く形であった為、話の全容が見えてない。
だが違うのだ。
タクトはヘラヘラしている様でいてその瞳に迷いも揺らぎもない。
浮ついている様に見えても、真っ直ぐと真実を見据えている。
だからこそルフトはそれを信頼しているのだ。
「ではとりあえず、後でシヴァ皇子にはお目通りを……」
これから護る対象である最後の皇族、シヴァ皇子への謁見について話をしようとしたルフト。
だが、その時だ。
ヴィー! ヴィー! ヴィー!
ここ司令官室だけでなく、全館に響き渡る警報音。
「敵襲、ですか?」
この艦に乗ったばかりのタクトはルフトに問う。
警報音についてはある程度規則はあるものの、艦によって完全に一致はしない為、確認する様に問う。
笑みを残したままの顔で。
しかし、今度は知らぬ人でも解るだろう真剣な目で。
「そのようじゃな。
エオニア軍の恐ろしいところは、倒しても倒してもすぐに新手が来ることでな」
「そう言えば、相手は無人艦隊でしたね。
何処かで量産しているのか?」
ルフトの言葉にレスターは先ほどの戦闘の後で得た情報を思い出す。
確かに無人であれば人の育成を必要とせず、生産ラインさえ整えば、これ程数を揃えやすい部隊はあるまい。
しかし、一体どこであの艦隊を生産しているというのだろうか。
あの無人艦は決して弱くない。
無人にしてあの性能を発揮するにはかなり高度な技術が必要で、更にそれを生産する工場と資源が必要だ。
そんなものを一体何処からエオニアは得たというのか。
この銀河を彷徨う中で、一体―――
「兎も角、迎撃の準備じゃ。
エンジェル隊は格納庫へ。
わしらはブリッジへ行くぞ」
「了解」
ルフト、タクト、レスターはブリッジへ。
エンジェル隊の5人は格納庫へと速やかに移動する。
また、実戦が始まろうとしているのだ。
エルシオール ブリッジ
「ここがエルシオールのブリッジじゃ」
ルフトに案内されたそこは、先ほどまでタクトが乗っていた艦とは比べ物なら無い高性能機器が並ぶ空間だった。
(殆ど弄られた様子はないな)
それを見たタクトはそんな事を考える。
圧巻とも感動ともとれるレスターの様子を他所にだ。
「流石、辺境を警備する巡航艦とは比べ物になりませんね」
一言、そんな感想を述べるレスター。
「そうだな〜」
そしてレスターがタクトの様子を伺った時には、既にタクトは普段どおりのゆるい顔をしていた。
そんな事をしている内にオペレーター席から声が聞こえた。
「ルフト司令、このアステロイド帯に向かって敵が接近中です」
オペレーター席から振り向きながら報告を行ったのは女性だった。
20前後か、それよりも若いかもしれなない、丸いメガネをかけた長い栗色の髪の少しおっとりした感じの女性。
「それと、敵艦から通信がはいっています」
もう一人のオペレーターも振り向いて報告を上げる。
こちらも女性で、こちらも二十歳前後の若い女性だ。
短い青の髪の少し鋭い感じの女性。
しかし、報告には疑問点があった。
『敵艦から通信』?
それは、今度の敵は無人艦でないという事だ。
「通信? めずらしいの。
今までは無人艦ばかりじゃったのに」
ルフトもそれに気付き、軽く驚く。
同時にこれはチャンスかもしれないとルフトとタクトは構える。
人が乗っているのなら、話が出来るのなら何かしらの情報を掴めるかもしれない。
「ああ、それから……本日から司令官はこのタクト・マイヤーズじゃ」
だが、それより先にルフトはタクトを紹介しておく。
司令の座が移動した事をここに改めて宣言する意味も含めて。
「え? そうなんですか?」
「うむ、詳しい話は後じゃ。
2人とも、タクトに挨拶を」
どうやら事前の通知は一切なかったらしい。
青い髪の女性の方が驚いている。
「あ、はい。
私、通信担当のアルモです。
よろしくおねがいしまーす」
青い髪の女性、アルモが立ち上がってタクト達に会釈する。
先ほどの報告の時は鋭い感じがしたが、今は年相応の女性らしい感じがする。
「レーダー担当のココと申します。
よろしくお願いします、マイヤーズ司令」
栗色の髪の女性、ココも同様に会釈する。
2人とも状況の割りには明るく挨拶してくれる。
「アルモにココか。
よろしく」
タクトも穏やかに笑みを浮かべながら、人によっては軽いと言われてしまうだろう雰囲気で、2人と挨拶を交わす。
そして、司令官席に立つ。
上官たるルフトの前であるが、しかし、司令の座は自分の物になり、そしてここからはタクトの仕事だ。
(まさか、本当にここに立つ事になるとはな)
その席の前に立ちながら、タクトはふとそんな事を考える。
が、それも一瞬。
既に敵は目の前に居るのだ。
タクトは即座に行動をとる。
「では、早速だけど詳しい情報の分析をお願いするよ。
アルモは敵との通信を繋げてくれ」
穏やかに、しかしハッキリと指令を伝える。
「了解しました」
それに応え、動く2人。
そして、通信画面が直ぐに開かれる。
中央のスクリーンに映し出される映像。
そこにはヒゲを生やした中年の軍人らしき男が居た。
『オッホン。
こちら、正統トランスバール皇国軍。
我輩の名はレゾム・メア・ゾム少佐であーる!
旧体制に尻尾を振る犬どもに告ぐ。
今すぐに投降し、エルシオールと紋章機を引き渡せ。
そうすれば命だけは助けてやろう。
我々は寛大なのだ』
妙に勝ち誇った様子で告げるレゾムという男。
そんな男を前に、タクトは心の中で笑みを浮かべる。
「正統トランスバール皇国軍とやら、質問をよろしいかな?」
『許すぞ、我々は寛大だからな』
穏やかに問うタクトに対し、余裕だという様に返すレゾム。
そう、タクトはあくまで穏やかだ。
だが、
「『正統』トランスバール皇国軍、という事は、何処かに本家があるのかな?」
『な、なぬ?』
その問に、レゾムは間抜けな顔で問い返す。
意味が解らないと言う様に。
「はじまったな」
「始まりましたね」
タクトの後ろで、タクトをよく識る2人が呟く。
溜息を吐く様に。
それは、頼もしいと思うと同時に、敵を哀れまんばかりの複雑な心境の現れだ。
「それとも元祖トランスバール皇国軍? トランスバール広告軍本舗とか?」
『わ、我々を観光地の土産物屋の、のれん争いと一緒にするな!
失礼な!』
やっとタクトの言っている言葉の意味を理解し、怒りを顕わにするレゾム。
だが、それでもタクトは涼しげだった。
いや、一点だけ変わっている部分がある。
「そうだな、失礼だ。
土産物屋の方がまだ歴史がある。
そう、君の様に寝返っただけの軍隊もどきよりはね」
タクトは笑っている。
在る一部分を除き全ての箇所は笑っているのだ。
そう、目―――ただ、眼光を除いては。
『ぬぅ……』
通信越しですらその視線に危機感を感じたのだろう。
一瞬ひるむレゾム。
だが、
『ふふ、はははは、何を言うかと思えばそんな事か。
今すぐ投降してやればエオニア様に取り立ててやらんでもなかっ―――』
「降伏はしない、以上だ。
クーデター軍に尻尾を振った裏切り達よ」
『ぐっ! よろしい。
たとえ紋章機といえども多勢に無勢、宇宙のチリになるがいい!』
大口を開けて叫ぶレゾム。
と、そこで通信画面が消失する。
「通信、切れました」
アルモが向こうが一方的に切ったものだと伝える。
まあ、それもそうだろう。
「やれやら、あいかわらずじゃな」
「まったく」
後ろの2人、ルフトとレスターは感心するほどに呆れている。
何せ、今タクトが何をしたかといえば敵を挑発したのだから。
この危機的状況の中で、である。
「はい、宣戦布告完了」
爽やかな笑顔を見せるタクト。
それを振り返ってみたオペレーター2人は、
「マイヤーズ司令って凄いんですね……いろんな意味で」
「まあ……な」
そんな感想にルフトもそう応えるしかなかった。
「そんなに褒めても何もでないよ」
からからと笑うタクト。
その様子はとても先ほど、凍えんばかりの視線を放っていた主をは思えない。
「まったく……
しかし、エオニア軍に寝返った軍人か……軍のモラルも落ちたものだ」
「まったくだ」
先ほどのレゾムが寝返った軍人と判別した材料は口ぶりからである。
それに、エオニアが追放される時についた者の名にはなかった。
そう、敵はもはやエオニアと無人艦だけでなく、そんな裏切り者も含むのだ。
そんな裏切り者が出る軍を嘆くタクト達軍人3名。
だが、その中でもタクトの溜息は他の2人とは違う意味の深さを持っていた。
「兎も角、レスター。
俺はエルシオールの司令官になったわけだけど。
レスターはどうする? このまま俺の副官としてついてきてくれるかな?」
穏やかな笑みをもって問うタクト。
それは解りきった答えを聞く問だ。
「そうだな。
どうせ俺以外にお前の副官なんか務まるものか。
付き合ってやるよ」
「ありがとうレスター。
じゃあ、いっちょ派手に行こうか」
「ああ」
軽いのりで話す2人。
しかし、この場に気付く者は居ない。
それがどんなに軽く見えても、その間に入れる者など居ない事は。
そして、戦闘が始まる。
敵の艦隊が動き出したのだ。
「格納庫のエンジェル隊から通信です」
「解った、繋げてくれ」
開かれる通信画面は5つ。
エンジェル隊全員分だ。
『お待たせしました、エンジェル隊出撃準備完了です』
報告を上げるのはミルフィーユ・桜庭。
『あのオッサンにたった5機で何ができるか、目にモノ見せてやるわ』
『……最善を尽くします』
続いて、ランファ、ヴァニラが出撃前の挨拶の様にタクトに言葉を伝える。
『さて、さっきの指揮を見る限りは大丈夫だろうけど、基本私達は自分で判断して行動する。
必要な時だけ命令をくれればいいよ』
一度タクトの指揮を見ているフォルテは何も心配する様子はない。
だが、それは自らの力だけでもこの状況を切り抜けられる自信があるからこそだろう。
ただ一度きりでは、信頼は得られよう筈もないのだから。
『マイヤーズ司令官の指揮で全員が出撃するのはこれが初めてですわね。
まだ時間に余裕がありますし、各機の特徴の説明などはいかがですか?』
最後にミントがまだ見ていないだろう自分達の機体も含めての解説を提案する。
確かに、使う駒の能力も知らずに戦う事はできない。
司令官としては絶対に必須の情報だ。
しかし、
「君達の機体は1ヶ月前と変わっているかい?」
『1ヶ月前ですか?
いえ、特に改修はしておりませんが』
「なら必要ないよ」
少し不可解な問。
だが、最後の言葉と同時に見せた真っ直ぐな瞳に、誰も不安を抱く事はなかった。
『では、お願いいたしますね』
「ああ。
現座状況の分析は?」
「はい、ただいま」
ココがメインスクリーンに現在のマップを映し出す。
エルシオールの周囲には入り組んだアステロイド帯。
その入り組んだ道の先全てに敵が配置されている。
その数、駆逐艦7、巡洋艦4に旗艦1だ。
旗艦へ向かうならほとんど一直線に行けるが、2時方向に敵が居る為、それを無視する事はできない。
「エルシオールは修理中だったな?
修理状況は?」
「残念ながら移動、攻撃共に不可能です。
ですから敵は近づけないでください」
いよいよもって状況は不利だろう。
元々逃げ場はなかったが、そもそも逃げる事ができない。
こうなっては全てエンジェル隊と3隻の駐留艦隊を使うタクトの指揮だけが頼りとなる。
「このエルシオールにはシヴァ皇子が乗っておられる。
この艦が沈む事は皇国が沈むのと同意じゃ」
そして、最後に告げられる最重要事項。
これはゲームではなく実戦。
こちらのキングを取られれば、それはタクトの死だけでは済まされない重大な責任。
「解ってますよ。
まあ、こういう場合敵の頭を叩くに限ります。
12時方向へは1番、3番が。
10時方向へは4番、5番がそれぞれ敵を倒しつつ旗艦まで進行、これを撃破。
ランファ君は2時方向の敵を迎撃し、倒したら一度エルシオールまで戻ってきてくれ」
『了解!』
戦闘が開始される。
タクトの指揮の下、エルシオールで、エンジェル隊全員揃っての初めての戦闘が。
「さあ、敵は紋章機を良く知らないらしい。
教えてあげると良い、君達が何であるかを」
『了解でーす』
『もっちろんよ』
『お任せください』
『了解、司令官殿もやる気だね』
『戦いの結果で示されるでしょ』
発進する5機の紋章機。
それぞれ、事前に指令した方向へと飛んでゆく。
「駐留艦隊は3隻並んで壁になる様に。
ランファ君はその脇を通ってくれ」
『了解』
3隻の艦が並び、そこから放たれるミサイルの雨。
それは攻撃であると同時に弾幕としての盾でもある。
音のない宇宙空間で炸裂するミサイル。
その衝撃はアステロイド帯を更に細かにしつつ、残骸によってその密度を増やしていく。
こちら側のクリオム星系駐留艦隊3隻に対し、敵側も3隻。
弾幕の張り合いの様な形になり、状況は硬直する。
だが、
ヒュンッ!!
その脇を高速をもって赤いものが通り過ぎる。
紋章機2番機、カンフーファイターだ。
『ぶっとべぇ!』
全ての砲門を前方の駐留艦隊に向けている中で現れた紋章機。
そちらに砲門を向ければ前方からのミサイルの雨に撃たれ、紋章機を無視すれば紋章機の攻撃に貫かれるのみ。
『遅いわよ!』
だが、そんな判断をする暇もなく、カンフーファイターはその速度を持って敵を叩く。
戦闘機による通り抜けざまの攻撃。
放たれるのは近距離ミサイル。
それは駆逐艦を落とす程ではない。
しかし、その狙いが砲門だったとしたら―――
そう、後は駐留艦隊のミサイルの雨で押しつぶされるだけである。
「向こうは心配ない無い。
後は―――」
その様子をカメラで見ていたタクトは、全体画面の中から12時方向へ向かった2人の様子を見る。
いや、ランファを見ながらも一応全体の様子には気を配っていた。
だがランファに向けていた分をミントに向ける。
すると、丁度1隻落としているところだった。
そこで、タクトはミントに個別回線を開いた。
「調子よさそうだね、ミント君」
『ええ、絶好調ですわ』
直接話してみると、そのテンションの上がり方が良く解る。
更にタクトは全体の敵味方の配置を確認する。
今丁度フォルテが10時方向の道にいた敵を倒したところだ。
これで旗艦へ向かうまで残る敵は3隻。
まだ距離はあるが、全て今最前線に居るフォルテのハッピートリガーを狙っているらしい。
「フォルテ君、ヴァニラ君、そこから敵を無視して全速で敵旗艦へ。
ミルフィーユ君は2人と全速で合流し、そのまま敵旗艦へ。
ミント君はミルフィーユ君の後を8割の速度で飛び、8秒後にフライヤーダンスを、進行方向2時の敵を中心に」
『了解』
多少疑問はあるだろうが、指示を受けた4名は指示通りに行動する。
フォルテのハッピートリガーを狙っていた3機は、接近するが、しかしハッピートリガーの速度に追いつけない。
そのままハーベスターと、合流したラッキースター共々素通りさせてしまう結果になる。
が、そこで後ろからくるトリックマスター。
『フライヤーダンス!』
トリックマスターから射出される多数の小型の『フライヤー』と呼ばれる遠隔コントロールユニット。
それらはミントによって操られ、敵は全方位から無数の射撃を受けることになる。
ドゴォォンッ!
ハッピートリガーを追おうとしていた為、半ばミントには背を向ける形となっていた3隻。
そこへ来るのは本来在り得ない角度からの攻撃。
爆発する砲門や機関部。
更に、
ドォォォンッ!
3隻を同時に狙った事で、1隻当たりの攻撃量は減ったが、近すぎた3隻の位置関係とアステロイド帯に居た事もあり、誘爆と衝突を繰り返す。
ついには3隻とも爆砕し、アステロイド帯の一部と化す。
「見事だ、ミント君」
『いえ、マイヤーズ司令官の指揮あってこそですわ』
それが偶然ではなく、狙った事だというのはミントにも解る。
だが、それができたのもミントの能力あってこそだとタクトは讃えるのだ。
そう、思っていたよりもずっと効果的だった。
そうしている間にも戦闘は進んでいた。
それはタクトの計算よりも早く、あっけなく。
『お、おのれぇぇぇ!
撤退だ!』
「え? もう?」
3機で旗艦に集中砲火を浴びせていたとは言え、タクトが思わずそんな声を上げてしまう程にあっけなく敵は後退する。
「敵艦、後退してゆきます」
その他の敵も全て引き上げてゆく。
と、そこで、
『戻ったけど、何するの?』
最初の指令どおりエルシオールまで戻ってきていたランファ。
数の上では一番敵を落としているが、何処か不満そうだった。
「ああすまない。
ちょっと敵を過大評価していた様だ。
と、言うより、まさか本当に何も知らないで挑んできていたとはね」
紋章機、その性能は単機で小隊規模の艦隊と対等とすら言われている。
それが5機も揃っていたら何ができるか。
敵も考えているから何か策を講じているのかもしれないと思っていたのだ。
が、それは取り越し苦労だったらしく、戦闘は終わる。
「まあいいや。
俺達の勝利だ、皆戻ってきてくれ」
『了解』
皆に帰還命令を出すタクト。
この戦いは全て無事に終えることができた。
エルシオールも損害はなく、エンジェル隊も掠り傷程度、駐留艦隊も全艦無事だ。
その事にまず一人安堵するタクト。
そして、
「深読みしすぎたか」
「いやぁ、無知とは恐ろしいねぇ」
今回の戦闘を振り返り、笑いながら評価するレスターとタクト。
この先はそう甘くは無いと気を引き締めつつ、2人は今の戦いを振り返る。
「さて、とりあえずはどうするかなー」
「うむ、修理はまだ時間がかかるしな。
しかし、ここに留まるのも問題じゃな」
「そうですね。
修理は駐留艦隊と合同でなんとか早急に終わらせましょう」
ローム星系に行こうにも船自体が動かないのでは話にならない。
まず、それからだ。
「マイヤーズ司令、エンジェル隊、ただいま帰還しました」
それから数分後、ブリッジにエンジェル隊が戻って来る。
「おつかれさま。
皆のおかげで全員無事だよ」
まずは労うタクト。
この戦い、彼女達の能力あって初めて勝てたものなのだ。
「お役に立てて光栄です」
静かに応えるヴァニラ。
その表情に喜びなどの感情は見えないが、全く何も感じていない訳ではない、そうタクトは判断する。
「見事だったよマイヤーズ司令。
本当に実戦経験がなかったのかい?」
「私は少し物足りないくらいだわ」
「勝てましたねマイヤーズ司令」
「お疲れ様です、マイヤーズ司令。
見事な采配でしたわ」
その他とフォルテ、ランファ、ミルフィーユ、ミントと言葉を交わす。
その時、ふと思ってタクトは提案する。
「皆お疲れ様。
ところで、皆、戦闘時はともかく、平時は俺の事はタクトでいいよ。
長いだろ『マイヤーズ司令』なんて」
実のところ、タクトは『マイヤーズ』の名で呼ばれる事があまり好きではなかった。
いや、嫌がっているといっても良かった。
その理由を知るものは少ないが、可能な限り名の方で呼ばせようとする。
「解りました。
では私の事はミルフィーと呼んでください」
「OK、ミルフィー、これからもよろしく」
「私もヴァニラでけっこうです」
「ああ、じゃあタクトと呼ばせてもらうよ。
私としても君付けはちょっとこそばゆいしね」
「私もまあランファと呼ぶことを許可してあげるわ」
「私もミントでよろしくお願いします、タクトさん」
「うん、皆よろしく」
だが、名で呼び合うという事は大抵の場合、親しみやすくなる。
だから、その事がマイナスに働く事はなく、理由も追求される事はなかった。
「まるで口説いている様だな」
「まったくじゃ。
まあ、だからこそ白羽がたったのじゃがな」
そんな様子を見ながら、半ば呆れながら話すレスターとルフト。
和気藹々と話すタクトと天使達を見ながら、この戦いの行く末に笑みをこぼすのだった。
それから駐留軍と合同でエルシオールの修復作業が行われる。
「マイヤーズ司令、機関室から通信が入りました。
エンジンの修理完了まで後3時間だそうです」
「そうか、了解」
アルモからの通信を聞き、今まで掛かった時間を考える。
「流石に修理には手間かが掛かるな。
ロストテクノロジーの塊だけに」
「クロノクエイク以前の代物か……
高性能なのと引き換えというところか、複雑だな」
時空震・クロノクエイク。
約600年前にこの世界を襲った大災害の名である。
それによりそれまでに存在した技術は衰退、当時の技術は今からは想像もできないものとなり、その時の遺産は貴重なものとなっている。
「それにしても火器系が少ないな、この艦」
自分達が乗る船という事で、システムを見渡していたレスター。
今は装備の項目を見ているらしく、そんな事をぼやく。
「この船は儀礼艦として使っていまして、それに出るときも緊急だった為、殆ど装備は―――」
「『白き月』か。
一度戻れたら戦闘ももっと楽なのにな」
「はい。
我等が『月の聖母』が紋章機をお与えにならなかったら、今頃は……」
レスターの呟きに応えたのはココ。
しかし、タクトはそれに割り込んだ。
装備の目録には目を通していない筈なのに―――
が、更にその言葉の中に気になる言葉があり、レスターは確認する。
「『我等が』って事は君達はまさか白き月の―――『月の巫女』か?」
「はい、良くご存知ですね。
この船の乗り組員のほとんどは『月の巫女』です」
『月の聖母』たるシャトヤーン。
トランバール皇国に多大なロストテクノロジーの恩恵を授けた『白き月』の管理者の名前である。
管理者は代々初代管理者の一族の中から選ばれるらしいが、詳しい事は公にされていない。
『月の巫女』とは『白き月』で働く研究員であり、『月の聖母』に仕える者達の総称である。
尚、象徴として存在する『月の聖母』であるが、管理者としてだけでなく研究員としても働いている―――らしい。
らしい、というのは、『白き月』、『月の聖母』に関してはあまり情報が出されないからである。
それはロストテクノロジーがあまりに強大な力を持っているからという理由もあるが、今の代になってから何故か更に表に出なくなっていた。
それは兎も角、
「なんてこった……じゃあ、この船の乗組員はほとんど非戦闘員か」
そう、彼女等は軍人ではない。
そんな者達を戦闘に巻き込んでしまっている事、そして今後の事を考えて嘆くレスター。
「非常時でしたし。
それにロストテクノロジーを扱うには専門の知識と経験が必要ですから」
「ああ、解ってるよ」
彼女達のことも含めタクトは始めから解っていた。
だからこそ、今言わなければならない事がある。
「悪かったね、命令なんかして。
軍人でない君達には言われないことだ」
タクトはもう何度も彼女達に司令官として命令を下している。
非常時とはいえ従う義務などない者達に戦う命令をしているのだ。
それを当たり前のように。
必要であった事とは言えるが、言葉にしなければならぬ事であろう。
「その点に関してはご安心を。
『白き月』を出る際、シャトヤーン様より司令官の命令はシャトヤーン様の命令と同じと考える様に言われています」
「ですから、私達はなにがあろうとマイヤーズ司令に従います」
ココもアルモもそう言って笑顔を見せてくれる。
この非常時だというのに何とも頼もしい精神力だ。
「ありがとう。
君達本人にそう言ってもらえて助かるよ。
これからも兵士同然にこき使わせてもらうから、よろしくね」
「はい」
このブリッジに立つ者達4人は改めて挨拶を交わした。
これから先戦ってゆく為に。
と、そこにルフト准将がやってくる。
「おや、2人ともここにいたか。
ちょうどいい、シヴァ皇子と謁見の準備が整った」
「……そうですか」
ルフトの言葉にやや言葉が沈むタクト。
普段の彼なら『堅苦しいのはいやだなー』などと軽い調子で言う筈なのにだ。
皇族に謁見するという事で緊張している、という風でもない。
それは何処か遠くを見て―――
「まあ、兎も角行きましょう」
そんな表情もやはり僅か一瞬。
直ぐに表向きはいつもの調子に戻し、3人で移動する。
そう、元に戻すのだ、表向きだけでも―――
謁見の間
儀礼艦であるこの間はもともとそう言う部屋が用意されている。
それが何故かエンジェル隊の私室の傍であるかは不明だが、兎も角存在する。
今タクト、ルフト、レスターはそこでシヴァ皇子が来るのを待っていた。
「現在シヴァ皇子が少々気が立っておられる。
くれぐれも言葉には気をつけてな」
「解ってますよ」
クーデター軍に終われ逃げている。
そんな状況が許せないのだろう、見栄であれ威厳を示さなければならない皇族としては存在意義にすら抵触しかねない。
気が立っているのも仕方の無い事だ。
しかし―――
と、そんな話をしていると、侍女であろう人が現れる。
「お待たせいたしました、シヴァ皇子のお成りでございます」
そして、その後ろから一人の子供が現れる。
子供、とはいうが、10歳前後の外見にしては在り得ない気品を持っている。
この子が短い蒼い髪と紅い瞳を持った最後の皇族、シヴァ。
「お前が新任の司令官、マイヤーズという名だったな」
「はっ、タクト・マイヤーズと申します。
参上が遅れましてまことに申し訳ありません」
シヴァ皇子の言葉に、タクトは表面上は完璧な軍人を装う。
そう、表面上は……
(この子が最後の皇族―――逆に言えばこの子がいなくなれば―――
何を考えている! この子は―――)
そんな葛藤があったことなど、誰にも悟られぬ様。
「ではタクト・マイヤーズに命ずる。
今すぐエルシオールを転進させ、本星まで引き返せ」
「……はっ?」
どんな命令が来るかと思っていたタクトだったが、予想外な―――いや、考えていた中でも最もあって欲しくない命令だった。
「聞こえなかったのか?
今すぐ本星に戻り、臣民を救うのだ」
「シヴァ皇子、どうか今しばらくのご辛抱を。
まもなく援軍を到着いたします、反撃は援軍が到着してからでも遅くありません」
タクトが何か答える前にルフトが前に出る。
しかし、その言葉は―――
(ああ、なるほど)
タクトはようやく理解した。
一瞬、なんて愚かなガキに仕える事になったのだと悲観してしまったが、そうではないらしい。
援軍―――違う、そんなものは来ない。
援護を待てば、などと言う生易しい事では済まされないのだ、今の状況は。
そう、ルフトは本当の事をシヴァ皇子に話していないのだ。
「そんな言葉は聞き飽きた。
それでもお前は武人か、ルフト。
皇族の中で、残ったのは私だけだと聞く。
ならば、この危急存亡の時に、シヴァが臣民を、シャトヤーン様を救わずしてどうする!!
今この時も罪無き者達が逆賊エオニアによって苦しめられておるのだ!
なのに、私だけ背をそむける事などできぬ!」
シヴァ皇子は叫ぶ。
知る限りの情報を元に、自分にできる事、すべき事を考えて。
(ああ―――この子は本当にあの男―――あのジェラールの血を引く子か?)
タクトに先ほどまでの悲観的なまでの想いはない。
むしろ、今は希望すら湧いてくる程だ。
これならば、もしかしたら正せるのかもしれないと。
「お気持ちは重々お察しいたしますが、エルシオールのみでは……
せめて、援軍が到着するまでおまちください」
「では、『シヴァここにあり』とふれて回るがよい。
さすれば勇猛な皇国軍兵士達が駆けつけるであろう」
あくまで強気の姿勢を崩さないシヴァ皇子。
流石にルフトも返答に困っている。
そんな事、できるわけがないのだから。
「恐れながら申し上げます」
そこで、タクトはルフトを制して前にでた。
「ま、待てタクト!」
タクトがやろうとしてることを察したルフトは慌ててとめようとするが、遅い。
「残念ですがその御命令に従う事はできません。
今の我々に出来ることはローム星系まで逃げることだけでございます」
ハッキリと告げるタクトに、ルフトとレスターはやってしまったという表情を隠せない。
「逃げるだと!
この腰抜けめ!!」
対し、シヴァ皇子はこの場でタクトを斬り殺さん勢いだ。
いや、一声かければ事実タクトは処刑されていただろう。
だが、それでもタクトは真っ直ぐにシヴァを見たまま更に告げる。
「なんとおっしゃってもかまいません。
ですが、今や本星はエオニアの手におち、皇国軍も壊滅状態。
挙句、軍からは裏切り者も出ている状況。
シヴァ皇子がここに居る宣伝したら、集まってくるのは敵だけです」
全ての情報を晒した。
10歳の子供に対し、今どれ程の危機かを。
そして、それは同時に―――
「まさか!
私をたばかると承知せんぞ!」
タクトの言葉が信じられない様子のシヴァ皇子。
それはそうだろう、たかが逆賊と思っていたエオニアがこれほどの猛威を振るっているとは考えもしなかったのだから。
「これ、タクト!
シヴァ皇子はまだ10歳なんじゃぞ」
流石にそれ以上はと止めに入るルフト。
だが、タクトはそれすら振り払った。
「残念ながら、シヴァ皇子は最後の皇族。
子供だからと言ってはいられる状況ではありません。
それに、シヴァ皇子は親族たる皇族の死も、全てを受け止めようとしていらっしゃるではありませんか!
ならば、嘘を伝える事はシヴァ皇子に対して失礼と判断します」
ルフトに対し、そう言い切ったタクトはもう一度シヴァと向き合う。
真っ直ぐにシヴァを見て。
「シヴァ皇子、私が申した事は全て事実です。
シヴァ皇子は最後の皇族としての覚悟、決意、ご立派であります。
しかしながらなればこそ、今は耐え忍んでいただきたい」
「そんな……クーデターはそこまで深刻に……」
やはりショックなのだろう。
既に本星まで落とされたなど。
大凡希望など無いと言える状況だ。
「しかし、ならばせめて『白き月』のシャトヤーン様だけでも!
シャトヤーン様は私を引き取って養い、育ててくださった育ての親、その恩に報いなければ!」
「そのシャトヤーン様に逃がしていただいたのをお忘れですか!」
「くっ!」
しかし、それでもシヴァ皇子は諦めきれずに戻りたいという気持ちを言葉にする。
だが、と、タクトはそれすら止めた。
シヴァ皇子を逃がしたのはシャトヤーンの判断によるもの。
白き月と自分を囮にして、シャトヤーンはシヴァを逃がしたのだ。
逃げた先で希望を掴むと信じて。
それも皇子は解っている。
だが、10歳の子供には抑えられぬ感情もあるだろう。
育て貰った親を置いて、盾にする様に逃げなければならなかった自分の無力が許せないのだ。
しかし、そんな事を言い出すと言う事は―――
(彼女の事、大切に想っているのですね……
それに、シャトが親、か……)
複雑な―――しかし確かに良いといえる思いを抱くタクト。
この幼き皇に。
この先、この世界を統べるかもしれない人に。
「ローム星系まで行けば、反撃できるだけの戦力を揃えられます。
貴方が居れば皇国は復興できます。
ですから、今は皇国の為に耐え忍んでください!」
今一度逃げる事を進言し、更にまだ希望は残っている事も告げる。
その上で頭を下げ、タクトは皇子の判断を待った。
「……解った。
タクト・マイヤーズ、先ほどの命を取り下げ、改めて命ず。
私を、このシヴァをローム星系まで送り届けよ。
ロームにて戦力を整え、私はエオニアを討つ!」
「はっ! このタクト・マイヤーズ、命に代えましても必ずやローム星系まで皇子を送り届けましょう」
凛々しく、そして力強く宣言する皇子と、軍人の鑑の様な完璧な返答をするタクト。
今ここにタクトとシヴァの出会いと、初めての命令と受諾がなされた。
これが2人の関係の始まり。
この先長きに渡る戦いの中、その先も尚続くこの2人を取り巻く時間の始まりだった。
「頼むぞ。
……もう下がってよいぞ。
少し、疲れた」
命を下した後、シヴァ皇子は先ほどの凛々しさに影を見せる。
流石に10歳の子供には無理があったのかもしれない。
しかし、見事な決断だったと言えよう。
「はっ!」
そんな皇子の様子を喜びながらも、しかしやはり哀れみと言える気持ちを抱きながらルフト、タクト、レスターは退室する。
その後、廊下を歩いて移動する3人。
「ふぅ……流石に緊張したよ」
「ホント、よくお前の首が文字通り飛ばなかったものだ」
タクトがシヴァに言った事は暴言とも言える言葉だ。
雲の上の人と言える皇族に対し、言葉を選んでいない。
タクトも、もし相手がジェラール皇帝であったなら、その場で斬り殺されていたと考えている。
「まったくじゃよ。
しかし、結果が良かったらよいものを、少し言い過ぎたのではないか、タクト」
ルフトも最終的に先ほどのやり取りは納得している。
だが、相手は皇族とは言え子供。
ルフトは少しシヴァの事が心配だった。
「ダメですよルフト准将、子供だからって嘘を教えては。
あのままじゃシヴァ皇子が道化になってしまうではないですか。
それはあんまりです。
それに、こればかりは、ちゃんと受け止めてもらわないと、護れるものも護れませんよ」
「そうじゃな……少し私情が入っていたのかもしれんな」
タクトの返答に少し遠い目をするルフト。
まるで誰かを思い出す様に。
「大丈夫ですよ、先生のご子息は出来た人ですから、お孫さんも無事ですよ」
「む、ばれたか。
ああ、解っておるとも。
何せ自慢の孫じゃからな」
ルフトにはシヴァと丁度同じくらいの孫が居るのだ。
だが、この状況では無事かどうかも解らない。
それが気がかりで、シヴァに対しその気持ちが少し移ってしまっていたのだろう。
准将とはいえ、ルフトも人であり、護るべき者を持つ者だ。
「息子さんは自慢じゃないんですか?」
「最近ますます生意気になっとるからの、アレの事など知らん」
「まったく、仲のいい家族で羨ましい」
「ははは、まったく」
笑いあう3人。
こんな状況であるが、そんな話で笑えることはきっと幸いな事だ。
だが、やはり少し有事という事もあったから気持ちに余裕が足りなかったのかもしれない。
知っている筈のレスターもルフトも、タクトの言葉がどれだけ重かったのか、この時気付く事はできなかった。
エルシオール ブリッジ
「あ、お帰りなさい」
3人がブリッジに戻ってくると、そこではエンジェル隊が全員揃っていた。
「ん? どうしたんだい?」
タクトは呼んだ覚えは無く、来る様な用件も無かったと記憶している。
だが、1人や2人なら兎も角、全員となると何か目的がある筈。
「ああ、わしが呼んでおいたのじゃよ。
わしらがトランスバースを出てからエオニアが演説を流しておったのでな、それを皆で見る事にしよう」
「エオニアの演説ですか」
「あまり面白そうなものじゃありませんね」
クーデター軍のリーダーたるエオニアの演説、敵側であるタクト達から見て面白い訳もない。
それはレスターですらそんな一言をこぼす程だ。
そして、エンジェル隊もまた同様の反応を見せている。
しかし、同時に聴いておかなければならないという気持ちは皆平等にある様だ。
「じゃあ頼むよ」
「了解、メインスクリーンに出します」
アルモの操作によってメインスクリーンに映し出される映像。
そこには長い金色の髪をもった美形と言えるほど整った顔立ちの若い男が立っていた。
身なりからだけでなく、立ち振る舞い、その深い瞳からも気品を感じる、追放されたとは言え本物の皇族、エオニアがそこに居る。
『愛すべきトラスバールの臣民達よ。
私はエオニア・トランスバール。
トランスバール皇国代14代皇王である』
エオニアの演説はまず、自らを王と名乗るところから始まった。
自ら他の皇族を皆殺しにした上でだ。
『私は非道な前王ジェラールと腐敗しきった貴族諸侯に鉄槌を下し、正統なる血筋に基づく王座を回復させた』
この言葉を聞いて、民衆はなんと思うだろうか。
崩御したジェラール皇王の下の政治は、確かに小さな内乱が起きた事はあるが、しかしそこまで悪いものではなかった。
少なくとも、何も知らない国民にとっては、であるが。
しかし―――
(ああ、そこまでは正しい。
だが、それをどうやって正当化する?)
タクトは知っている。
どれ程皇国の上層部が腐っているかを。
そして、それは軍も同じ事だ。
実際クーデターが起きただけで裏切り者が出るほどのモラルしかない。
しかし、だがしかしだ、だからといってエオニアは人を殺している。
その矛先は確かに腐りきった部分に向けていたとしても、無関係な人を巻き込んでいる。
それを正しいと言えるだけの正義が無ければ、一体誰がそんな言葉に賛同できようか。
『彼ら一部の特権階級の者達は『白き月』のロストテクノロジーを独占、悪用し至福を肥やす為だけに使っていた。
これを不当と呼ばずなんと呼ぼう。
だが、その大罪には裁きが下され、諸君等を苦しめていた不当な権力は倒れた。
皇国に正しい秩序が戻ったのだ。
諸君等の前には更なる繁栄が約束されるだろう。
今まで独占されたロストテクノロジーは開放され、距離と文化の違いによってバラバラだった皇国も真に一つとなる事ができる。
そうなれば、未だこの宇宙に眠る『白き月』とも並ぶロストテクノロジーを探す事ができる。
そして、それによって我々は更なる栄華をつかむ事ができるだろう』
エオニアが正義を謡う。
エオニアが持つカリスマ性故に正義として映ってしまう言葉が紡がれる。
だが、
(……足りないぞ、エオニア)
冷静に見るタクトには、それがクーデターを起こす正義として謡うには弱いと感じられていた。
あれだけの大事をして尚正当化できる様な言い訳ではないと。
(お前が理論武装を怠る訳がないのに、何故……)
怪訝に思いながら映像の中のエオニアを睨むタクト。
程無く演説も終わろうとしていた。
『混乱に乗じて狼藉をはたらく一部の者達は、今ならその行為も寛大な処置を考えよう。
我等の下に帰順するがよい。
さあ、正しき形となった『正統トランスバール皇国』の一員として、私と共に星の彼方の栄光を掴み取るのだ』
力強い宣言と共に、エオニアの映像は途切れた。
暫く、ブリッジに沈黙が降りる。
「タクト、お前はどう思う?」
その沈黙の中、ルフトはタクトに問う。
タクトにある、ある秘密を知っての問。
この艦を、皇国の未来を託す上で必要不可欠の回答要求である。
「そうですね……確かに正しく聞こえるでしょう。
事実、国民は知らなくとも、皇国の上層部と軍の上層部の大半はどうしようもない腐り方をしている。
が、それを焼くには建前だらけの理路整然としすぎた演説です。
革新家として正しくも映るでしょうが、しかし言葉の内容は具体性に欠け、何かを隠している様にすら思える。
現状ある情報だけでは、とても信用できる相手ではありません」
「うむ、そうじゃな」
合格点としての回答であるが、ルフトは複雑な顔をしていた。
だが、タクト以外は立ち位置の関係でその表情を見る事はできていない。
「さすが、人を見る目もあるんだね、司令官殿」
「すごいです、タクトさん。
私全然気付きませんでした」
「あったりまえでしょう。
私はエオニアの事なんか最初から信用してないわよ」
「冷静な判断です」
「確かに情報が不足していますよね」
エンジェル隊はタクトの判断を評価している様だ。
だが、演説を聴いている間とその直後は何もいえなかったが、改めて考えれば大抵誰にでも解ることだ。
(そうだ、俺程度の解説で説き伏せられてしまうぞ。
一体何を考えて―――いや、一体何を隠している、エオニア)
エンジェル隊の言葉に答えながらも、しかしタクトは一人そんな事を考えていた。
それから、一度エンジェル隊は一旦この場から解散する。
それからブリッジでは航路についての話がされていた。
「ロームまでの航路はとりあえずこんな感じで組んでいる。
まあ、敵に発見された場合も考えて臨機応変に動かなければならんが、いくつかパターンも用意した」
「さっすがレスター、頼りになるよ」
「まあこれくらいはな。
で、最短コースでも2週間は掛かる計算になる」
「ふむ、2週間か」
「最短、だから敵に見つからなかった場合だな。
索敵も進めているが、正直現状では解らん」
「まあ、そうだよな。
とりあえずはエルシオールの修理が完了した時、一番安全なコースで行こう」
「ああ」
そこで一応航路の話は終わり、レスターはオペレーターと共に無人哨戒機からの情報を整理する。
索敵や航路などはレスターの仕事となっている。
因みにタクトの副官であるレスターはこの艦の艦長という位置づけになっている。
本来『軍艦』のカテゴリーからは外れるエルシオールであり、勝手な事ではあるが今は有事であり、肩書きも必要な時があるのだ。
「ところでタクト、どうじゃエンジェル隊は?」
話が終わったところでルフトがそんな話をふってくる。
明るく、楽しそうに。
「粒がそろってますからねぇ」
「そうじゃろう、そうじゃろう。
わしも後10歳若ければの」
かっかっかっ、と笑うルフト。
自慢の息子殿が居たら『10年で足りるのかクソジジイ、とりあえず母さんの墓前に報告な』と突っ込んでくるに違いない。
まあ、最後の一言は冗談に決まっているが。
「まったく、『H.A.L.Oシステム』は面食いなのかと言いたくなりますね。
こっちとしては嬉しいですけど」
「そうじゃのう」
先ほどから美女美少女の話に笑う二人であるが、その笑いの中少しだけ雰囲気が変わる。
H.A.L.Oシステム―――Human-brain and Artificial-brain Linking Organization System
「有機脳人口脳連結装置」という名のこのシステムは、エンジェル隊の乗る紋章機の搭載されているシステムである。
詳しい事は実はあまり良く解っていないのだが、要は機械である紋章機とリンクできるシステムであり、簡単なところでは操縦系の補助などの機能がある。
だが操縦系の補助だけでも有効なシステムであるが、このシステムの真価はそんな事ではない。
この装置は理屈は解明されていないが、クロノストリングエンジンという、戦艦などにも搭載されているロストテクノロジーのエンジンの出力を上げることができる事だ。
正確には出力を上げる、ではなく、出力を安定させるといった方が正しいだろう。
何故そうなるかといえば、まずクロノストリングエンジンの説明をせねばならない。
クロノ・ストリング・エンジン―――「超時空弦推進機関」といわれる今では艦船の一般的な推進機関になっている。
クロノ・ストリングは宇宙創生のエネルギーの欠片とも言われ膨大なエネルギーを秘めている。
これを重力制御によって補足、クロノ・ストリング反応を起こしエネルギーを得るというロストテクノロジーである。
だがしかし、クロノ・ストリングは確率的にエネルギーを放出し、膨大なエネルギーを放出することもあれば、次の瞬間には放出が完全に止まることもあるという不安定な機関でもある。
艦船では、不安定な代わりに大量のクロノ・ストリング・エンジンを搭載する事で確率的に安定供給を得ている。
そんなエンジンを紋章機は搭載している。
しかし、数で確率をカバーしていないのに何故安定したエネルギーを得られるかのか。
そこがH.A.L.Oシステムの真価が発揮はされる。
一体どう言う理屈かクロノ・ストリングがエネルギーを放出する確率に干渉できるのだ。
その為、紋章機は戦闘機サイズでありながらクロノ・ストリングエンジンを搭載し、膨大な力を秘めた戦闘機となっているのである。
単純出力で考えれば、戦艦クラスの出力を単機の戦闘機が持っているのだ。
しかもそれだけでは留まらない為、現在紋章機は間違えなく宇宙最強の戦闘機である。
しかしながら、そのH.A.L.Oシステムにもまた問題があり、解析が殆ど出来きず、紋章機に搭載されている分しか確認されていない。
そして、各機のH.A.L.Oシステムは何故か動かせる人間と動かせない人間が存在する。
つまり、適合しなければ紋章機を動かす事はできないのだ。
更に、H.A.L.Oシステムはパイロットと機械が直結する為、パイロットの状態、特に感情に左右されてしまうシステム。
パイロットの調子が良いと紋章機は凄まじい力を発揮するが、不調だと一般の戦闘機よりも劣る性能しか出してくれない。
そんな不安定なシステムなのだ。
「で、解っておるのじゃろ?
自分がなにをするか」
「ええ」
機械の動作原理など置いておいて、要はパイロットの調子、更に言ってしまうとテンション次第で戦闘力が変わる。
今後の戦闘に勝利できるかはパイロットのテンションをどう高く維持するかが問題となるのだ。
ならば、それを知る司令官の務めは何か。
「俺はエンジェル隊のテンションを上げる為の人材。
まあ、彼女達の強さを維持する触媒と言える事をすれば良いのでしょう?」
「まあ、言ってしまえばな。
だが……」
「解ってます、そんな気持ちで向き合っても彼女達のテンションは上げられないでしょう。
俺は純粋に思っていますよ、女神の剣が選んだ天使達がどんな子達なのか。
だから、きっとH.A.L.Oシステムの事なんか知らなくても、彼女達に歩み寄っていましたよ」
「そうか。
蛇足じゃろうが、一つ言っておくが、わしはおぬしだから呼んだのじゃぞ。
過去も、現在の全ての能力も含め、おぬしじゃからじゃ」
「ありがとうございます、ルフト先生」
タクトはあえてルフトを『先生』と呼ぶ。
タクトが最も信頼し、尊敬している師である人に、最大の敬意を込めて。
「じゃあちょっと行ってきますね」
「ああ行ってこい」
ルフトに見送られ、ブリッジを出るタクト。
既に2度戦いを共にしているが、しかしまだちゃんと向かい合っていない天使達に会いに。
天使たる彼女達の素顔を知る為に。