伝説という物語
序章
その昔、戦争があった。
人間同士の、利権絡みの醜い戦争だ。
その結果、世界の国々は散り散りとなり、交易すら行わない国もできるほどだった。
世界を一瞬で行き来できる便利な旅の扉の技術は廃れ、整備すらされない様になって久しい。
ただ、それでも、人々が平和に暮らしていく分には、問題は無かった。
だが、そんな人間の世界を、魔物は見逃さなかった。
衰えた国力、孤立した国々。
魔物達は、その国の間に埋め尽くすように増え続けた。
更に、その魔物たちを統率する魔王の出現。
それが決定的となり、世界は今、魔物からの侵略に脅かされていた。
しかし、それに気付く者は少なく、まともに対策を考える国も無いに等しい。
交易が行われない事で、情報があまりに少なすぎるのだ。
そんな中、小さいながら、魔王に打って出ようと考える者が居た。
嘗て、世界の中心となっていた、王国、アリアハンの王だ。
魔王の名も調べ上げ、居城も大凡の位置を割り出すまで至り、精鋭を送り込むまでし程だ。
だが、失敗に終わった。
精鋭部隊の行方不明を持って。
それから15年後
ある、晴れた春の昼前。
嘗て世界の中心として栄えたアリアハンの街。
そんなものは歴史の中の記述でしかなく、今となっては、その栄華の影も形もない。
だが、規模は縮小しながらも、人情溢れる暖かい町だ。
―――と、そう少年はそう思っている。
少年は、そんな町の出入り口の背を預け、人を待っていた。
ここから1歩外にでれば、魔物で溢れる世界となる。
門は開かれたままであるが、魔物は確実にそこに居て、人を襲う。
まだアリアハン周辺は数も少なく、弱い方であるが、それでも、町から外に出ることは命掛けとなる。
そのことは、最早子供でも知る常識である。
「さって、そろそろかねぇ」
待っている人物が城に入る所は確認している。
王に呼ばれたその人が、王と会話して、出てくるまで。
そして、まっすぐにこちらに向かった場合、そろそろここを通る筈だ。
そんな事を考えている間に、人が近づいてくる。
「……アンタ、何してるの?」
現れたのは、髪を短く纏めた少女だった。
歳は16。
今日が16の誕生日なのだが、それを祝ってやる事はできない。
少女、とそう表記したが、勝気な性格も相まって、少年と間違われる可能性もあるだろう。
そして、今日まで表では見せる事はなかった剣を腰に下げ、元々女らしい格好をしなかったが、皮の鎧を着込み、丈夫そうな袋も背負っている。
とても、年頃の普通の少女がする様な格好ではないし、どう見ても外にでる用意だ。
更に言えば、ずっと前から準備されていた物だと解る。
「お前を待ってたんだよ」
「へぇ……何の為に?」
「それは、見て解ると思うがねぇ」
少年も、実は少女と同じ様な格好であり、用意もある。
つまりは、鎧を着込み、剣を携え、旅に使う道具が入った袋を持っているのだ。
「俺が何をしに町を出るのか、解ってるのか?」
「少なくとも、理由の1つは魔王バラモスの討伐だ」
少年はアッサリとその名を口にした。
城でも一部の者しか知らない、この世界の影を支配する魔王の名を。
そして、この少女こそ、その魔王バラモスを倒すと期待されている勇者なのだ。
「町の住人には秘密でも、俺は城に住んでるし、おばさんの様子に気付かない訳もない」
少女の母親が、1人で泣いている姿を何度か目にした事がある。
正確には、隠れて泣いている姿をだ。
一人娘を、魔王討伐の旅に出す、出さざるを得ない母親の心境は、少年には計り知れない。
勇者の夫を持ち、その夫を失った上、娘は勇者として旅に出ると自ら言い出し、周囲の期待を背負ってしまった母は、どれ程辛かっただろうか。
「その言い方だと、他の目的を持ってるのも検討がついてるんだな。
まあ、いいか、そんな事は。
で、それが解ってて何故、アンタがここに待っている理由になるんだ?」
勇者―――そう期待されている少女は、無表情のままそう問うてくる。
「お前がルイーダさんの酒場に寄らないのも解っていた事だ。
だから、セリカ、俺を連れて行け」
少年は、幼馴染にして、親友だと思っている少女、セリカにそう告げた。
「足手まといを連れて行く理由は無い」
だが、少女はアッサリと切って捨てる。
一瞬足りとも考える素振りは見せなかった。
しかし、その言葉こそ少年は待っていた。
「足手まといかは、試してなければ解るまい」
そう、少年は問う。
その瞬間、互いの同意がなされ、それは始まっていた。
「閃光を持って我が前の敵を焼き払え。
ギラ!」
カッ!
少女の指先から、閃光が走る。
閃光をもって相手を焼く、ギラ系の呪文、その初歩呪文だ。
初歩呪文、とは言うが、無防備な人間1人を瀕死にするには十分な威力を持っている。
それに、
(早い!)
少女が、自分の言葉に対し、返事すらせず、不意打ち気味に行動を起こす事は予想していた。
だが、呪文の完成があまりに早かった。
ギラに限らず、攻撃呪文を、実戦で使うのは、そんなに簡単な事ではないのに。
(だが!)
ダッ!
少年は地を蹴り、動いた。
思考とほぼ同時に、少女の呪文の完成しきる前に。
しかし、少女との間合いは3mもなく。
閃光の呪文であるギラは発射されれば、目視してから回避する事はできない。
故に、発射前に相手の視線や指の角度から狙っている位置を予測しなければ、回避はできない。
バシュゥン!
少年の腕に閃光がかすめる。
なんとか避ける事ができた。
ならば、後はこちらの番だ。
「ふっ!」
ブオンッ!
鞘ごと剣を横なぎに払う。
3mという間合いは、相手の呪文を避けるには短いが、それ以上に、1歩で詰めれる剣の間合いだ。
「―――っ!」
少女はギラを避けられた事に驚きながらも、腰から銅の剣を抜き、受けようとする。
呪文の直後、驚愕しながらの行動だ。
それは、十分に修行してきたという証でもある。
だが、それならば少年も負ける気はない。
「はっ!」
「ぐっ!」
所詮少女である事と、3つ上という年齢と、男と女の差から、少年の鞘の一撃は、少女に受けられながらも、少女を吹き飛ばすに至る。
「ガッ!」
吹き飛ばされた少女は、受身を取り、直ぐに立ち上がろうとする。
だが、少年の既に動いている。
ガシッ!
「ぐっ……」
そこからは素手で少女を押さえ込み、組み伏せた。
更に、
チャキッ
ナイフを抜き、少女の首に当てる。
少女の銅の剣は、少年の鎧にしか当たっていない。
「これで、満足か?」
「アルフ、お前いつの間に……」
今日始めて、少女は少年の名を呼んだ。
いや、名を呼ばれるのも、随分久しぶりな気もする。
それは兎も角、さっきまで無理に作っていた無表情も崩れ、素の驚いた表情を見せる少女セリカ。
少年アルフは、立ち上がり、ナイフと剣を元に戻しながら答える。
「お前が毎日森で修行している間にだよ」
「……」
セリカも、隠し通せているとは思っていなかっただろう。
しかし、それと時を同じくして、同じように努力している人物が居るとまでは考えていなかったのだ。
尚、今の結果だが、セリカの油断と、ギラの手加減に因るところが大きい。
それに、呪文と剣、更に言えば、回復、補助、攻撃、の全ての呪文系統と体術の全てを会得しようとした少女と、あくまで体術の鍛錬のみに時間を割いた少年との差だ。
応用力は圧倒的に少女に分があっても、一撃の重さなら少年の方が上、と言うだけの話だ。
「何故だ?」
少女は問うてくる。
少年がそこまでする理由を。
少年が努力してきた時間は、少女同様、1年や2年ではすまないと解るから。
「俺もバラモスに用があるからな」
そこに嘘はない。
ただ、それだけでもなかった。
「そう……
俺は1人で行くつもりだったんだけどな」
この少女が、『俺』という一人称を使い出したのはいつからだっただろうか。
勝気だった性格を、更に男勝りかの様に見せ始めたのは、いつからだっただろうか。
それは、きっと、少年が自らを鍛え出した時期と変わりはないだろう。
「そう考える理由、大体解るが、無茶もいいところだ。
オルテガ殿ですら、3人のパーティーで行って帰ってこなかった。
お前も、せめて俺と、後1人はつれていけよ」
少女の父親の名を出してまで、少年は少女を思いとどまらせる。
本当は、少年だってこの名は出したくはなかったのだが。
「解った。
俺の負けだ。
もう1人ってのも連れて来いよ。
ただし、死んでも骨を拾うつもりもないからな、それはもう1人にも言っておけ」
「ああ。
直ぐにつれてくる」
しぶしぶ、ではあるが、思いとどまってくれた様だ。
嘘を嫌う少女の性格から、少年がもう1人を連れてくるまでに勝手に出てしまう事もないだろう。
少年は、そう考え、しかし急いでその場を移動した。
少年が移動した先、そこは町の教会だった。
小さいが、綺麗に掃除され、信仰と言う名の清らかで優しい空気で満ちている。
信仰に、優しさという物を与えてくれている人物。
その人が今、祭壇の前で祈りを捧げていた。
「アイリ、説得できたよ」
祈りの最中ではあるが、急ぎでもある。
少年は、その人物の後ろに立って声を掛けた。
長く美しい蒼い髪を持った少女に。
「やっぱり、力づくだったんですね?」
少女は立ち上がり、振り向く。
その姿はまるで女神の様だと、少年は良く思う。
だが、この少女も今年16で、セリカと同い年。
「ああ」
「とりあえず、セリカさんと合流しましょうか」
「そうだな」
少女アイリも、既に旅支度は済ませていた。
直ぐに荷物を持って、外に出る。
「アンタ、何を考えてるの?」
合流したセリカの感想はそれだった。
「俺がこれから何をしに行くか、本当に理解してるのか?」
「ああ、勿論だ」
この3人というのは、嘗てはよく遊んだ幼馴染の3人組だ。
馴れ合いではないのだ、とセリカは言いたいのだろう。
だが、少年とて、そんな理由でアイリを連れてきた訳ではない。
「なあ、アイリ」
「はい。
あ、セリカさん、さっき組手をしたんですよね?
ちょっと傷が残ってますよ。
はい、べホイミ」
パァァ……
アイリが手をかざすと、その手先から暖かい光が発生し、セリカを優しく包んだ。
べホイミ、回復呪文に分類されるホイミ系の中級呪文だ。
初級のホイミでは軽い怪我しか治せないのに対し、べホイミはある程度深い傷も治す事ができる。
結構難しい呪文で、僧侶であってもかなりの経験を積まなければ使えない筈の呪文だ。
「アイリ……アンタまで……」
セリカは、驚くと同時に、どこか悲しげだった。
「これで十分だろう?
そうそう、言っておくが、何もお前の為って訳じゃないぞ。
バラモス討伐は人間全てに必要な事だからな」
「はい。
だから、気にしないでください。
私は、私の意志で貴方について行きますから」
「そう……」
少年とアイリはそう宣言するも、やはりセリカは悲しげな顔だった。
直ぐに無表情に戻るが、やはり、気にするなと言う方が無理なのだろう。
「ともあれ、とりあえず一度準備しようぜ。
個人個人では準備してあるが、3人パーティーになった事で、持って行ける物も変わってくる」
「そうだな」
「あ、ところで、王から金貰ったよな、軍資金。
幾らもらったんだ?」
「500Gほどだ」
「500G? こりゃまた、王も随分無理をしたな」
500Gというのは、現在貿易を行っていないアリアハンにとっては、国としてすら大金だ。
とても16の少女に持たせる様な金ではない。
それほどに、王はセリカに期待しているという事だ。
「じゃあ、道具屋だな。
この国の武器やにゃ、ろくなもんないし。
あ、そうだ、セリカ、これ使えよ」
「これ……鉄の剣か。
アンタ、国のを持ち出したの?」
現在、貿易が行われていない事で、この国には鉄が不足している。
その為、武器やにも銅の剣を置くのがせいぜいだ。
国の兵士には、鉄の武器を支給しているが、その整備だけで国にある鉄は使い果たされていると言っていい。
「ちゃんと許可は取ったさ。
流石に勇者様が旅立つのに、銅の剣じゃ心許ないだろ」
「ふん。
ありがたく貰っておくよ」
攻撃魔法ならメラも覚えているだろうに、ギラまで覚えていたのは、この国の武器の頼りなさもあっただろう。
呪文ならば、武器の良し悪しは関係なくなるからだ。
とりあえず、その憂いもひとまず消えて、セリカは腰の武器を差し替えるのだった。
「あ、ところで、アンタ、私は兎も角、アイリとも旅をする訳だけど。
……アイリ、本当にいいの?」
「え? 何がですか?」
と、移動の途中で、セリカはそんな事を言い出した。
考えてみれば、一応16の少女2人と、今年19の少年の旅になる。
ただ、セリカがそんな事を気にするとは少年としては意外だった。
尚、アイリの方は良く解っていない様だった。
「ああ、大丈夫だ。
昔は、一緒に湖で泳いだりもしただろう? だから、お前が女だって事はちゃんと解ってるから。
俺も自覚して行動するさ」
と、少年は、フォローのつもりでそういったが。
ブオンッ!
次の瞬間、顔面にセリカの拳が突き刺さっていた。
「……ふん。
まあ、軍資金を貰ったから、宿屋の部屋を分けるくらいできるでしょう」
と、それだけ言って、セリカはスタスタと先に行ってしまう。
「今のは、アルフさんが悪いと思いますよ?」
「あ、やっぱり?」
セリカが怒っているのは解るし、怒れるような事をしたと、後になって解った少年。
とりあえず、セリカに追いつく為に、2人で走る事となった。
それから、道具屋で薬草と毒消し草を買った勇者一行。
改めてアリアハンの門に立ち、世界と向かい合う。
「じゃあ、行くか」
「おう」
「はい」
「まずはそこに見えるナジミの塔を目指す。
腕鳴らしと、簡単な鍵なら開けられる鍵があるらしいからな」
こうして勇者一行は、故郷を旅立つ事となった。
勇者と、戦士と、僧侶の3人のパーティーで始まる物語。
後に語り継がれ、伝説となる旅の始まりである。
後書き
どう見ても没ですね、本当にありが(ry
なんとなく書いてみたかったドラクエ3のSSでした。
ドラクエ系って主人公が喋らないから手に入れる場所が多いですよね〜。
3なんてパーティーすら自由自在だから尚良し。
でも、だからこそ書き手の実力が全てでしょう。
さて、この物語は、クーデレなヒロインという事で勇者がこうなりました。
ツンデレとクーデレが上手く書き分けられてませんね、やっぱ私にはまだ早かったらしいです。
因みに、予定では女武道家が後で合流し、各町に着くたびに情報屋の役目として男商人が出てくる予定です。
パーティー構成もありきたりすぎかな〜
練り直してきます〜