愛と憎しみの狭間で

序章

 

 

 

 

 

 音が聞こえる。

 いくつもの音が。

 何かが崩れる音。

 何かが裂ける音。

 何かを燃える音。

 

 声が響く。

 人々の声。

 よく知る人達の声。

 人ならざるモノの声。

 知らない魔物の声。

 

 

 俺は、地下の隠し部屋で1人、動けずに居た。

 姿を写取り、能力まで擬態する高等呪文『モシャス』。

 その呪文を使い、俺に変身した幼馴染の少女を、ただ見送る事しかできなかった。

 

 彼女がそうした、そうせざるを得なくさせた。

 

 次に気づいた時には、村は、焼け、原型を留めていない人だったモノが散らばるだけの荒地となっていた。

 ほんの半日前まで、美しい花でいっぱいだった花畑も、魔物の残した毒に犯され、見る影もない。

 そんな場所で、幼馴染のお気に入りだった、羽帽子が、冷たい風に揺られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 目を開けると、馬車の幌が見える。

 今は真夜中。

 場所はミントスから北東へ船で行き、更に、河を上った場所。

 船を降り、少し進んだところで夜となった為、交代で番をしながら、馬車で休んでいるところだ。

 今はライアンとトルネコが番をしている。

 

「……」

 

 昔の夢を見たせいで寝付けなくなり、外に出る。

 少し風に当たってこようと考えた。

 

「おや、勇者殿、交代の時間にはまだ早いですぞ」

 

 馬車の外に出ると、番をしているライアンとトルネコがこちらに気付いた。

 この後、交代の予定になっているが、ライアンが言う様に、交代の時間にはまだ早い。

 明日の事を考えれば、交代の時間までちゃんと休むべきだろう。

 

「ちょっと寝付けなくて。

 近くの川まで風に当たってきます」

 

「そうですか、お気をつけて。

 何かあったら呼んでください」

 

「はい」

 

 2人に見送られ、近くの川まで歩き、そこへ腰を下ろす。

 空を見上げれば月が綺麗で、川のせせらぎが良く聞こえる静かな夜だ。

 

「……」

 

 暫くそうしていると、少しは心が落ち着く。

 それでも、おそらく再び眠れるようになる程にはならないだろうと、経験上からも解っている。

 眠れないのであれば、明日の為にも、このままこうして心を落ち着けた方がいい、と考えていた。

 そこへ、足音と共に、気配が1つ、近づいてくる。

 

「レオンさん、また眠れないのですか?」

 

 現れたのは、褐色の肌をした、神秘的な美貌を持つ女性。

 占い師であり、主に補助呪文を使う仲間、ミネアだ。

 レオンの事を『勇者』と呼び、最初に仲間になった人でもある。

 

「ミネアさん……起こしてしまいましたか?」

 

「交代前の仮眠でしたから、問題ありませんよ」

 

 今日はこの後、ライアン、トルネコに代わり、レオンとミネアが番をする予定だった。

 交代まではまだ3時間くらいはあるだろう。

 ならば、普通ならまだ寝て疲れを取っておかなければならない筈だ。

 

「それで、また眠れないのですか?」

 

「……ええ」

 

 最初に出会った仲間である為、他の誰よりもその点については知られている。

 レオンが、夜1人、目を覚まして、眠れないでいる事を。

 

「困ったものですよね。

 もう旅に出て大分経つのに。

 それに、明日行く場所は、寝不足ではとても向かえない場所なのに」

 

「そうですね。

 寝不足で目付きが悪い、なんて良くないですからね。

 あまり頼りたくはないですが、呪文で眠っておきますか?」

 

「すみません、ミネアさん」

 

「はい。

 ―――ラリホー

 

 レオンが、眠るにしてもどうしようか、と考えている間に、ミネアは眠りの呪文、『ラリホー』を唱えた。

 元々受けるつもりで、抵抗もしなかったレオンは、その場で、深い眠りについた。

 

 

 

 

 

「おなすみなさい、レオンさん。

 今度は、夢を見ないように」

 

 自分から言い出した事で、承諾も受けていたが、不意打ちに近い形でレオンを眠らせたミネア。

 レオンは座った状態だったので、そのまま倒れるのは上半身だけ。

 その倒れようとする頭を受け止め、ミネアはそのまま、レオンの頭を自分の膝に乗せる。

 

「何か安らげる歌の1つでも歌えればよかったのに。

 こんな事でしか、貴方を眠らせられないなんて」

 

 呪文による強制的な睡眠。

 出会った当初も何度かしてきた事だ。

 当初は、眠れないだけではなく、悪夢にうなされ、幼馴染の少女の名前を呼びながら苦しんでいた。

 聞けば、村を魔物に襲われ、村人全てを―――育ててくれた両親も、幼馴染も奪われたそうだ。

 

「やっぱり、またなのね」

 

 と、そこへ、もう1人、女性が現れた。

 ミネアと同じ褐色の肌をし、ミネアと良く似た顔立ちの女性だ。

 ミネアよりやや目付きが鋭く、踊り子という職業故の露出の高い服装という違いがあるが、彼女はミネアの双子の姉で、マーニャ。

 ミネアとほぼ同時に、勇者レオンの仲間となった人物である。

 

「ええ」

 

「最近は頻度も落ちたと思ったんだけど」

 

「頻度は確かに減少はしてますよ。

 今回はもう10日ぶりですし」

 

 当初は、毎晩の様に悪夢にうなされていたものだ。

 そんな彼が、なんとか戦ってこれたのは、最初に仲間になったのがミネアとマーニャだったから、と言えるだろう。

 レオンの持つ苦しみは、ミネアと、マーニャが一番理解できるものだったからだ。

 嘗て、父を目の前で殺されたこの2人は、同じ苦しみを背負って生きてきた。

 

「ところで、ラリホー、ちゃんと効いてるわよね?」

 

「ええ。

 朝まで起きないと思うわ」

 

「そ……

 で、ミネア、どうなの? 貴方が当初感じていた、嫌な予感の方は」

 

 レオンを勇者だと言ったのはミネアだ。

 しかし、同時に、レオンに対し不穏な気配も感じており、その事を姉マーニャにも相談した事がある。

 

「旅が進んで、仲間が、導かれし者が揃ってからは、もう大分薄くなったわ。

 ただ、今でも、時々光が儚いくらい薄れる事はあるけど」

 

 レオンが世界を救うという、結果に関する予想は変わらない。

 占い師として、ミネアはそう感じている。

 しかし、当初は、救うと言う結果は兎も角、過程が乱れる可能性があった。

 同時に、その結果に辿り着ける可能性と、逆に力尽きる可能性も、その時々で大きく乱れていたのだ。

 世界を救うという大事を達成するのが困難であるから、可能性が揺らぐの当たり前の事だ。

 だが、これ程安定しない占いも、ミネアにとっては経験の無い事だった。

 

「そうね、レオンの強さも安定してきてたし。

 仲間も増えて、戦力も当初とは比べ物にならないものね」

 

 レオンと合流した当初、レオンはまだ、さほど強くなかった。

 ミネアとマーニャの方が強かったくらいだろう。

 だが、その中で、レオンは異常な強さを発揮する事があった。

 ただし、暴走とも言える、尋常ならざる状態に陥ってだ。

 人はあの姿を見て、『修羅』と呼ぶであろう。

 今でこそ、そんな事もなくなったが、一時期はとても『勇者』などと呼べる人ではなかったのだ。

 

「まあ、レオンの内面的な問題にしろ、立ちはだかる障害にしろ、私達が一緒ならなんとかできるでしょう」

 

「そうね、姉さん」

 

 嘗て、姉妹2人だったから、復讐の念に駆られ、闇に落ちる事を防げた。

 ならば、レオンがこのまま勇者ではなく、復讐鬼になる事も、仲間である自分達が防げる筈だ。

 

「じゃ、とりあえず、勇者の心の平安は任せたわよ。

 はい、毛布」

 

「え、ちょっと、姉さん」

 

 実は、レオンが起きて馬車を出た時、姉も起きた事には気付いていた。

 レオンとの付き合いが長い事で、レオンが眠れない時の対応にも慣れてしまったのだ。

 だから、ラリホーで眠らせた後は、姉と2人でレオンを馬車に運ぶつもりでいた。

 レオンは、一見そうは見えないが、鍛えられた身体だけあって、かなり重く、ミネア1人ではとても運べない。

 

「ごゆっくりー」

 

 それなのに姉は、毛布だけ置いて馬車に戻ってしまう。

 見張りの交代もあるというのに。

 耳を澄ませば、姉がライアンとトルネコに、見張りの継続を頼んでいた。

 自分が番をするという訳ではない様だ。

 しかも、なにやら好き勝手言われている様子。

 

「まったく……」

 

 姉の行動に溜息を吐きながらも、ミネアは怒れずにいた。

 確かに、これでよかったのかもしれないと、そう思える。

 呪文で強制的に深い眠りに落としたとは言え、レオンは今安らかな寝顔をしていた。

 

 

 

 

 

 翌朝、アリーナが目を覚ますと、馬車の外では、ミネアとライアン、トルネコに土下座でもしようかという勢いで謝罪するレオンの姿があった。

 

 

 

 

 

 その日の昼。

 一行やようやく目的地に到着した。

 人里から遠くはなれた山奥にある村。

 『ロザリーヒル』と呼ばれる村だ。

 

「ここだな」

 

「ええ、間違いありません。

 あの塔は、イムルの村で見た物と同じです」

 

 先日、不思議な夢を見るという噂を聞き、イムルの村を訪れ、そこの宿屋で見た夢。

 それには、勇者と導かれし者達にとって、諸悪の根源とも言える人物についての、重要な情報があった。

 その情報を持つ人物に会う為に、ここまで来たのだ。

 

「後は、私の城にあったこの笛で、扉が開ければいいんだけど」

 

 ロザリーヒルにある塔には、普通に入り口があるのだが、目的の人物に会うには、通常の方法で入った場所には居ない。

 恐らく、その人を護る為の処置として、扉が特殊な隠され方をしているのだ。

 その情報も、その夢にあった。

 そして、鍵となる笛、『あやかしの笛』と呼ばれる物は、何故か魔物に占拠されたサントハイムの城の宝箱に納められていた。

 魔物が占拠する前からあったのか、魔物が置いていったのかは不明だが、それを確かめる術はなく、今は確かめる必要性もないだろう。

 

「で、何でこのパーティーなの?」

 

 今回、その人物に会う為にレオンが選んだのは、マーニャ、ミネア、アリーナだった。

 レオンを除いて全て女性のパーティー。

 たまたまなる事はあっても、女性という理由で選んでそうした事は無かった。

 

「相手が女性だら?」

 

「ああ、それもあったんだが、本当はライアンさんを連れてくる予定だったんだけど、見張り番で徹夜してもらったからね」

 

「なんでライアンさんを連れてきたかったの?

 あの人、あんまり女性と話すのは得意そうじゃないけど」

 

「ああ、ちょっとね、取り押さえる為に必要だったんだ」

 

「取り押さえる? 今日会う人は、そんな事をする必要なさそうだったけど」

 

「ああ、取り押さえるのは俺だよ。

 もし、平和的に話をしようとしている人に対し、間違っても剣を抜いたりしそうだったら、その場で叩き伏せてほしい」

 

 アリーナの疑問に、素直に目的を答えるレオン。

 それは、もしかしたら、自分が、当初の目的を忘れ、話を聞かねばならぬ人に襲い掛かってしまう、感情的にそうしてしまう可能性があると言っているのだ。

 相手は―――故郷の村の人々全ての仇である人物、その人の恋人なのだから。

 

「OK、解ったわ。

 貴方が何か怪しげな行動にでそうだったら、私が殴って正気に戻してあげるわよ」

 

 アリーナも、レオンの事情というのは聞いている。

 自分も、故郷の城の人々が行方不明になっているが、『行方不明』と『殺された』では、全く別物だろう。

 アリーナの方はまだ、全員生きている可能性だってあるのだから。

 しかし、行方不明という中途半端な状態だからこそ、レオンの気持ちも少しは解るつもりでいる。

 もし、行方不明の皆が、魔物に殺されたのだとしたらと、そう考えた事は何度もあり、悪夢にうなされた事だってある。

 

「ミネアさん、話は基本的にお任せします」

 

「はい」

 

 元々ミネアはそのつもりでメンバーにするつもりだった。

 若干寝不足だろうが、今回会う相手と話しをするには、恐らく一番いい相手だと考えている。

 

「私は?」

 

「マーニャさんは、会話中、俺が変な事を口走りそうだったらリレミトで強制退場させてください」

 

「はいはい」

 

 正直、レオンは、自分で、今回は会う人物には、直接会わない方が良いと考えていた。

 だが、それでも会わなければならないとも思っている。

 

「さて、行きましょうか」

 

 ここから、大きく変わる気がする。

 この先の道が、どの方向に傾くか、この後では修正不可能なレベルで大きく変わる。

 そんな予感がしていた。

 占い師でもない、レオンが、何故かそう感じさせる人物。

 仇の恋人。

 

 その人は、レオン達に何を齎すのであろうか―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後書き

 

 どうみても没で(ry

 とは言うものの、結構書いてみたいと思ってたりするものだったります。

 実はこれを書くきっかけとなったのは、ニコニコ動画のとある動画だったります。

 ドラクエは主人公が喋らないんで、その場面でどう思っているのか、と妄想するのは楽しいですよね。

 でも、4の主人公は、ダークな考え方もできてしまいますよね、あれだと。

 そんな訳で、テーマは『復讐』だったりします。

 1話を書くとしたら過去回想から入り、2話から話が進むという感じでしょう。