まだ見ぬ夢に
第1話 まだ見えぬ道へ
夢を―――夢を見ていた。
昔の夢を。
嘗て私が騎士を志した時の夢を。
それは、街で魔獣が暴れている夢だ。
そしてそれは過去に事実として起きた事。
事実として、過去に自分の目の前で、街は魔獣に襲われ、そして一人の少年と一人の女性によって護られた。
しかし―――
「……夢か」
朝日が差すベッドの上、トモヨ・サカガミは目を覚ました。
それから少し豪勢すぎると思っているベッドから起き出し、服を着替える。
最後につけるのはこの国の近衛兵だけが着ける事を許される騎士鎧。
そして、腰には剣を帯びる。
「戦争、か」
テーブルに置かれた一枚の紙。
それは指令書だ。
トモヨをこの度の戦争の最前線に配置するという異動の命令書。
「これは、私が望んだ事―――」
トモヨは思い返す。
自分が今ここに居る理由を。
嘗て、ある少年に手を引かれ、ある女性に憧れて目指した道。
女性は夢半ばで挫折し、少年も諦めざるを得ない事故に見舞われたが、自分は今ここに居る。
「彼にも―――今は小さな幸せを手に入れた彼にも手伝ってもらわないといけない」
嘗て自分の手を引いていた少年の事を思い出す。
今はあの子の傍に居る事を選び、パン屋で働いている少年。
「私は、護れるだろうか」
窓から街を眺める。
人々の住むこの街を。
小さな平和と小さな幸せの詰まった自分の街。
嘗て護ろうと誓った故郷―――
「私は―――」
男がこの国を訪れてから翌日の昼
「ふむ、なかなかの金額ですね」
「それに見合った働きをしてもらうがな」
男、ユウイチは初老の男、この国の大将軍である者と話していた。
契約についてだ。
場所は王宮の一室。
応接間の様に見えながら、しかし多重に魔法による防壁と陣が敷かれた部屋だ。
「待遇は中隊隊長クラスだ。
活動の大半は軍とは独立した個別行動になると思われる。
戦果によっては特別報酬もつけよう。
兵については我が軍の下士官を若干名、それ以下の兵は50名まで許可する。
また、魔導学研究員及び国立教会からもある程度人員の引き抜きを許可する。
これが招聘状だ。
ただし、魔導研究局員及び国立教会からの引き抜きの場合、強制力は半減するので自力交渉したまえ。
軍以外からの徴兵も許可するが、その場合は審査をさせてもらうぞ。
尚、徴兵とその兵の管理はお前の責務だ。
この金額にはそれも含まれている」
ざっと口頭で説明する大将軍。
書面上には更にこの国に忠誠を誓うのとほぼ同等の誓約が盛り込まれている。
忠誠を誓え、などとは言えない、所詮は傭兵なのだから。
ともあれ、待遇と金額は兵の運用資金が含まれていると考えても相場より高めだ。
昨日あれ程ユウイチを雇う事を渋っていたとは思えない程に。
それは、恐らくあの場での戦いを見て、怪しいと思う以上に利用価値を見出したからだろう。
「中隊クラス、というが別に人数はこちらで調整してもかまわないのだろう?
中隊規模の戦力であれば」
「勿論だ」
中隊、というと大体100〜200人規模の部隊を指す。
この国の規定では小隊は10名程度、中隊は100名程度、大隊は1000名程度となっている。
程度、とは場合によっては人数が上下するという事だ。
つまり、本当に一騎当千の能力があれば、たった一人でありながら大隊を名乗っても良いと言う事だ。
そして、ユウイチは中隊長以上の実力を持ち、単独をして100人分の実力はあると判断されている。
だが、中隊といえば要塞攻略、防衛の任も任される部隊である事を考えれば、単独ではいろいろと問題がでる。
その為に、自らの能力を考えて、必要な能力を持つ者を自由に徴兵せよ、と言うのだ。
もし、自信があるならば一人でも良いという容認する返答もあった。
「軍以外からとは、民間人も良いのか?」
「常識的な範囲でな。
当然審査もさせてもらう」
「この国の者以外は?」
「審査次第だ」
「人間以外も?」
「審査次第だ」
「審査するのは?」
「私を含む、数名。
場合によっては専門家もつく」
「了解した」
一通り確認したユウイチは、契約書を手に取る。
一見普通の契約書を。
ただし、この部屋の陣と連動し、強力な強制力をもつ呪いとすら言える力を付与する契約書だ。
「流石は―――なかなかの一品ですね」
「当然だ」
おそらくこの書類一枚でかなりの金額が掛かっている筈だ。
それは、人間が一人数年は働かなくとも生きていける程の大金。
それ程にユウイチの裏切りを恐れ、同時にこれを使ってでも利用する価値があると判断している証拠でもある。
「では契約を。
我はここに契約を結ぶ」
「我は汝と契約し、その代償を払う事を誓約する」
キィィィンッ!
部屋が怪しく光る。
赤、緑、黄色……さまざまな属性、系統の魔法が折り重なり完成される契約。
精霊との契約にも迫る高密度で絶対に近い誓約だ。
この国ならならではの魔法技術でもある。
「よろしい。
では数日中に準備を整えよ」
「了解した、大将軍殿」
部屋から出るユウイチにもう見張りはつかない。
それ程にこの契約という魔法技術には自信が在るのだ。
兵舎 訓練場
契約を済ませたユウイチはコトリと共に早速兵集めを行っていた。
まず手始めという事で城の直ぐ傍にある兵舎を訪れた。
ここに居るのは大凡人数でしか存在を数えられる事のない下級兵士達である。
建前上は下士官が若干名、要は1人か2人しか徴兵でき事になっているが、既に大半の部隊の編成が済まされている事を考えると、今からの引き抜きは難しい。
となれば、下士官クラスは半ば諦めたとして、下級兵士を見るしかない。
そして、兵はここにいるだけではないが、他の軍施設までの距離を考えると、事実上ユウイチが徴兵できるのはここの者達だけだろう。
昼下がりの兵舎、兵士達は訓練場で訓練に励んでいる。
戦争ともなれば、生き残る為に普段にも増して訓練に余念が無い。
因みに、兵舎の建物自体は男女別々に作られているが、訓練施設は共用だ。
休む場は別としても、戦場で殺し合うのに男女分ける必要は無いのだから普通の施設配備だ。
尚、ここに居る下級兵士は殆どが純戦士系、戦闘に魔法を使わない者達であり、男女比は8:2になっている。
総人数は約200と中隊単位で2個部隊分の人数が居る。
因みに、一般的な比率から見て、ここの男女比率は女が少し多い。
冒険者としての戦士は兎も角、軍としての兵士ではやはり一般的に男の方が強く、女性はいろいろと使いづらい事もあって、女の比率は1割を切ることが多いのだ。
余談だが、魔法戦士なる職業の者は世界的に見ても非常に少ない。
それは魔法と武器を同時に振るう事自体が難しい上に、そもそも魔法と武術の才能を実用レベル以上で両方持っている者も稀だ。
更にはその両方を実戦レベルまで鍛え上げる事が困難で在る為、魔法戦士を目指す者もまた更に稀な存在となる。
だが、昨日の近衛兵長を務めるユウイチと戦った者は、間違いなく魔法戦士であり少女と言える年齢だった。
魔法戦士に成れると言う事は才能を持っているという証でもあり、若年にして強い魔法戦士も存在し得る。
そして、国王の側近クラスともなれば、大抵の場合魔法戦士である。
尚、近衛兵などの場合は、どっちつかずではなく、魔法か武術のどちらか一方を極めつつ、他方も実用レベルで習得している形が多い。
このクラスの魔法戦士は一騎当千から少なくとも一騎当百くらいにはなるので、このクラスの魔法戦士を何人保有するかでその国の軍力が大まかに計れる。
ついでではあるが、一般的な魔導士の男女比は4:6になる。
魔法の種類によっては極端な比率になるものもあるが、研究者も含み、総合的に見た比率だ。
その中で、軍の魔導士となると、6:4と逆転する。
軍の魔導士と言うが、戦闘専門の魔導士は少なく、大体が研究者を兼ねている。
どちらかといえば戦闘はしたくないと思っている者が多いのが実体だ。
それなのに何故軍に入るかといえば、莫大な研究費が支給されるからである。
その代わり、研究の成果と、有事の際は戦闘に参加することが義務付けられる。
軍の中で女子が多いのは衛生兵である。
一般的に女性である限り医療魔法を覚えられない事は無いと言われるほど、治療系の魔法に対する才能は女が持つ事が圧倒的に多い。
その為、医療魔法を専門とする衛生部隊は全員が女というのが一般的で、せいぜい護衛の意味も兼ねて部隊長は男が務めるかどうかである。
尚、普段から医療兵として在籍する者は少なく、大半国立教会のシスターや国立の医療機関から召集される。
そして、10小隊で構成される1中隊の場合、純戦士部隊が7小隊、魔法部隊が1小隊、補給部隊が1小隊、医療部隊が1小隊という割合が一般的である。
尤も、魔導士が不足する場合が多いので、純戦士が8小隊になる事も多い。
補給部隊の男女比は場合によるが半々とすると、中隊中の男女比は大凡3:1の割合になる。
因みにだが、中隊の場合は中隊隊長と中隊副隊長が一名ずつ存在し、権限で言うと次に補給部隊部隊長と医療部隊部隊長が並び、戦士達の部隊長はその次になる。
ざっとであるがこれが軍の男女比と部隊構成の概要である。
閑話休題。
「ふむ……」
「……」
ジャラン
兵士達の訓練風景を眺めながら歩くユウイチと、鎖の音を鳴らしながらも静かに後に続くコトリ。
「……」
そんな2人の姿を訓練する兵士達は横目で見ていた。
ダークナイトとでも呼んでくれと言わんばかりの風貌と実力を備えたユウイチと、漆黒のドレスに手枷、足枷、更に首輪に目隠しまでつけた黒髪の美少女コトリが並んで歩いているのだ、目立つ事は仕方ない。
だが、兵士達は決してユウイチと目を合わせようとしない。
何故なら、ユウイチが自分達を徴兵できる権限を持っていることは噂で知っているからだ。
そして、こんな得体の知れない奴の下で働くのは嫌以上に恐ろしい。
若い女性兵士など慌てて隠れる者すら居る。
まあ、コトリを見て女性として危機を感じない訳はない。
(情報通り若い女が多いな)
情報として、戦士系の兵士で女性が、しかも20代にもなっていない様な少女とすら言える者が多いのは知っていた。
そして、見たところ能力的にユウイチの目に留まる事は無くとも、まあ、戦争で敵の捕虜になったらどういう扱いを受けるか想像に難くない者が数名見当たる。
(コトリが居る以上、無理に若い女を囲う必要も無いが……
ここまで居るなら予備として手元に置いておくのも手ではあるか)
さらっとそんな事を考えていると、目をつけていた少女が寒気を感じた様で震えていた。
どうやらカンはそれなりに良い様だ。
それは兎も角、
(しっかし、本当に多いな、それもこれも―――)
女性の比率が高い。
国として徴兵の仕方が特殊な訳でもないのにそうなるには理由がある。
女性が戦いの職に就く、就こうと志す理由が。
「貴方様と供に戦えるなんて」
「貴方様と供に行ける事、光栄に思います」
訓練所の脇に4名の兵士が集まっている。
いずれも若く、且つ他とは少しだけ違う―――多少は期待ができる人材だ。
そして、その中心には一人の人物が居る。
「よろしく頼むよ」
集まる兵士と同年代の少女。
しかし、周囲の者とは全く別格の存在。
期待できる兵士達が一人で3,4人分の働きをするだろうと考えるなら、この人物は確実に100人分の能力を持つ。
「これはこれは騎士殿、奇遇ですね」
ユウイチは話しかける。
昨日戦った相手、王宮近衛騎士 トモヨ・サカガミ。
ザッ!
ユウイチが声を掛けると同時に、周囲の兵士達が各々武器を構える。
その動きは、訓練された素早さで、迷いも無く、真っ直ぐ、確実にユウイチに向けられている。
今まで憧れの―――そう、アイドル的存在であるトモヨに選ばれ、少々舞い上がってユウイチの接近に気付けなかった事を差し引いても十分な反応だろう。
そもそも、ユウイチとて殺気全開で歩いている訳ではないし、目立つ外見も視界に入らなければ意味は無い。
異様な雰囲気と気配はある、それも視覚で確認するか、ある程度距離が近くなければ並の人間で気付く事は容易ではない。
「武器を下げなさい。
彼は契約した話が国の客将、味方ですよ」
「……失礼しました」
トモヨの言葉に兵士達は大人しく武器を下げ、謝罪もする。
そう言う面でもそれなりに出来た者達らしい。
「失礼しました、ユウイチ殿」
「いや、背後から歩み寄った私にも非はあろう」
上に立つ者として、トモヨも頭を下げる。
既に戦闘力の高さは身をもって知っているが、噂通り礼節も兼ね備え、気品も持っている。
更に外見が美しいとなればそのカリスマ性の高さは跳ね上がっている。
とりあえず、こんな事で波風を立てる事もないと、ユウイチとしても穏便に済ませる。
尤も、それでも兵士達は不快感を感じただろうが。
「ありがとうございます。
ところでユウイチ殿も兵士を探しにいらしたのですか?」
「も、という事は騎士殿も兵士を?」
「はい。
私も前線に出る事が決まっていますので」
「なるほど」
おそらく、昨日の件とは関係なく決まっていた事だ。
そこまでの情報は無かったが、トモヨという存在は城の中に飾っておくよりも確かに前線に出したほうが都合が良いだろう。
単純な戦闘力が高く、戦略・戦術等にも明るいらしく、指揮官としての能力も高い。
更に前線に出ていれば兵の士気はあがるし、仮に戦死したとしてもそれで逆に士気を上げる方法もある。
「しかし、私は一歩遅かった様ですね。
良い駒は既に取られてしまいましたか」
もう一度ざっと周囲を見渡しながら言うユウイチ。
その言葉は丁寧で、なんら他者を貶める感じは無い。
だが、何の感情も篭らず、冷たい言葉だ。
トモヨの周りに居る兵士達は憤りを感じ、トモヨも良いとは思っていない程に。
「兵達を駒と呼ぶのは止めていただきたい」
そして、予想通りトモヨは静かにその言葉の訂正を求める。
可能な限り波風が立たぬように穏便に、しかしその気持ちは決して軽いものではないと解る瞳で。
同時に、そんな一言にすら、トモヨの周りの兵士達は尊敬の念を向けている。
だが、ユウイチもそれに対し、なんら感情を見せる事無く応えた。
「駒ですよ。
戦争に於ける兵士など。
―――騎士殿も、私も例外なく」
応えながらユウイチは踵を返し、兵舎の出口へと向かう。
兵士を探しに来たというのに帰ろうというのだ。
誰一人にも徴兵する事無く。
「ユウイチ殿、どちらへ?」
そんなユウイチにトモヨは尋ねた。
何故、誰も使わぬのかと。
トモヨはこんな男に兵士を使われなくて済んだという安堵よりも、使わない理由の方が気になっていた。
しかし、返ってきた言葉は―――
「騎士殿に使える駒は取られてしまった様ですからね、他を当たる事にしますよ」
「兵はこの者達だけではありませんが?」
トモヨが声を掛けたのはここにいる200名の内、僅か4名だ。
トモヨとてまだ全員を見た訳ではない。
だが、とユウイチは答える。
「騎士殿がその4人を選び、他の者は選ばなかった様に、私が使おうと思う駒はその者達以外には居ない様だ」
そう、それはトモヨもまた『選別』という行為をしたのと同じなのだと、トモヨ自身に返ってくる言葉であった。
「私は―――私は、最前線に立つ事なります。
なれば、それでも生き残れる者をと、選んだまでです」
言葉に嘘は無い。
トモヨの部隊は最前線といえる位置に立ち、過酷な戦闘を重ねる事になっている。
だからこそ、自らの兵を選びに来た。
一緒に生き抜ける戦友を、自身の手を持って掴み取る為に。
「ええ、貴方の選別は正しい。
その者達なら死に瀕しても騎士殿を裏切る可能性は比較的低い。
だが、他の者は騎士殿も選ばなかった様に使えないのですよ」
ユウイチは半ば背を向けながら答える。
その言葉はまるでトモヨの言い訳など意味は無いと言うかの様に。
「使えないなど……わが国の兵士はそんな軟弱ではありません」
ユウイチの言葉の選び方に、少しだけ反発するトモヨ。
その言葉だけは否定して欲しいと強く望む意思が見える。
しかし、
「使えませんよ。
私がこうして『使えない』と言っているのに、その4人以外は憤るどころか安堵しているのですからね。
そんな者を使うなど、こちらから願い下げです」
手を広げ、周囲を示すユウイチ。
この台詞にすら目を背ける雑兵達を。
「それは……」
トモヨの悲しげな瞳にも、兵士達は応えてくれない。
トモヨが選んだ4人の兵士は武器を握って怒りに震えているが、しかしそれは逆にユウイチの言葉を証明する材料ですらある。
トモヨの選別は正しく、残りはダメだったのだと、そのラインをはっきりと分けてしまったのだ。
「騎士殿は部隊を率いたことはありますか?」
突然、ユウイチはそんな事を尋ねる。
それは確認に近い問いだ。
ユウイチは履歴を調べるまでも無く解っている。
トモヨは指揮能力こそあっても、実際に部隊を動かして戦った事は無いと。
「ありませんが、それがなにか?」
「いえ。
真実を目にした時、貴方が変わってしまうのではないかと、そう少し思っただけですよ」
ユウイチはそれだけを言い残し、その場を後にした。
一切口を開く事のないコトリを連れて。
複雑な想いを募らせるトモヨを残して。
数分後 国立魔導研究所
兵舎から出たユウイチは国立魔導研究所に来ていた。
ここでもユウイチとコトリは避けられていた。
いや、兵舎よりもはっきりとした拒絶の意思が見て取れる。
そもそも魔導研究所からの徴兵は絶対の強制力は無く、交渉が必要となる。
一応必要な能力を告げ、人材を用意してもらう事はできるが、個別の交渉に失敗すれば、自分では選べないのだ。
それは、ここがあくまで『研究所』であり、今が有事であり、兵士となる必要があっても、重要な研究員は可能な限り残したいからだ。
兵士の代えは利いても、有能な魔導士の補充はなかなか難しいのだ。
尚、ここの魔導士の人数は100人ほどで、殆ど国中の魔導士が集まっている。
男女比率は半々で、若い者も少数だが存在する。
因みにだが、一般的に戦士系兵士と魔導士系兵士の比率は10:1程度もしくはそれ以下になる。
普通の兵士と違い、魔導士には才能が必要で、更に才能を開花させるには魔導書や機材などの資金も掛かる為、魔導士の人口そのものが少ない。
更に、その中で戦闘も可能なものとなると更に少なく、国が設立し、資金を出していても10:1の割合にするのが精一杯である。
国全体が魔導中心に動いていたりするとその限りでもないが、そう言う国は少数だ。
そんな貴重な人材を、ユウイチの様な怪しげな人物に差し出す訳も無く、たとえ人材の派遣を依頼してもその人材に期待はできない。
となると、ユウイチの取りうる手段は直接交渉しかない。
「さて……」
大凡使える駒など手に入るとは思えないが、しかしユウイチには一つあけアテがあった。
情報通りならこの場所に居る筈なのだ。
「ここか」
ユウイチがたどり着いた場所は資料室。
魔導書だけの図書室とも言える場所だ。
その中へと入る。
本来なら部外者は立ち入り禁止なのだが、許可はとってある。
ギィィ……
重い扉を開けて入った先、紙とインクの独特の匂いに加え、魔法で使う薬品の匂いがする場所。
乱立する本と紙の山。
一般人には理解不能の言葉で記された魔導書の森。
その中にその者は居た。
「コトミ」
本の森の中、地面に座って魔導書を読む一人の少女が居る。
蒼の長い髪に淡い赤の瞳。
整った顔立ちは美少女と評せるのだが、しかしその顔には表情が薄い。
その者の名はコトミ・イチノセ。
一応ここの研究員で、研究者としてはかなり重宝されている人材の一人だ。
魔力も非常に高く、親譲りのセンスで18歳にして新たな魔法理論を構築する天才と謡われる魔導士。
「……」
しかし、コトミはユウイチの呼びかけに対し、なんら反応を見せなく、本から目を外す事すらない。
「やれやれ」
それから、ユウイチは溜息を吐きつつ、今読んでいる本が読み終わるまで待つことにする。
幸い残りのページは少なく、読む速度も速い。
数分後、コトミは本を読み終わり、やっと本から視線をはずした。
「……」
そして、傍に立っているユウイチを見上げる。
普通なら見ただけで後ずさりしてしまうユウイチとコトリが傍に立っているのだ。
だが、コトミはそんな恐れなどの感情を見せることなく、ただ静かに口を開いた。
「久しぶり、ユウイチ」
「ああ。
お前の力を借りたい」
「いいよ」
ただ二言だけ言葉を交わす2人。
しかし、それだけで全てが終わった。
再会の挨拶も、力を求める交渉も、何もかも。
この後、手続きを済ませ研究所を出るのだが、大分時間が掛かってしまった。
コトミの突飛とも言える行動はいつもの事であるが、しかし貴重な人材が失われるかもしれないのだ。
当然止める者も多かった。
手続きにも時間が掛かる様なので、一旦ユウイチはコトミを残して研究所を出る。
それからユウイチとコトリは城下町を歩いていた。
民間人の中に使えそうな者がいればと見て回っているのもあるが、今は街の外に向かっていた。
そんな時だ、一人の少女がユウイチの前を通り過ぎた。
木彫りだろう星の形をしたオブジェを持った15歳くらいの少女だった。
だが、他の者が気にも留めないそんな少女を見たユウイチは一度足を止める。
そして、
「……相変わらずだな。
精霊が闊歩する城下町など、ここくらいだろう」
「……」
一言呟くユウイチ。
しかしコトリは相変わらず一切の反応を見せない。
「ん?」
気にしても仕方ない事だと、ユウイチは再び歩き始めようとした。
だが、また一つ目に付くものがあった。
「トモヨか」
先程兵舎で会ったトモヨが街中に居た。
向こうはユウイチに気付いていない様で、そのまま歩いていってしまう。
そして、ある店先で一度立ち止まり、意を決した様子で中に入って行った。
「パン屋?」
トモヨが入った店はパン屋だった。
城下町にある小さなパン屋だ。
見たところあまり繁盛してない様子の、しかし温かみを感じるパン屋。
騎士であり、今は兵を探している筈のトモヨがそんな場所に何の用があるかは正確には解らない。
可能性としては退役軍人が居る、などが考えられるが、それを確定する情報を持っていない。
「まあいいか」
後で調べようと、そう考えてユウイチは移動を再開した。
街の外 南の森
街から外へと出たユウイチは南側にある森の中へと入ってゆく。
街の者でも滅多に入らない森だ。
しかし、この森にはこの土地にとってとても重要なものがある。
街の民間人はおろか、国そのものがそれを忘れかけているが、この国の成り立ちにも関わる重要な森。
その奥地―――
人々から忘れ去られた場所。
その場所には一本の樹がある。
一本の大樹が。
「あら、この場所に人が訪れたのは何年ぶりでしょうか」
その大樹の根元には一人の少女が居る。
この森を護るレンジャーであろうブラウンの長い髪の、物静かな少女だ。
「はて、ここの守護者は男だったと思ったが?」
前にこの場所を訪れた際には若い男が出迎えてくれた筈だ。
同じ様に驚きながら。
「兄は、3年前に亡くなりました」
「……そうか」
その情報は得てなかった。
元々この場所は人々から忘れ去れた場所であり、この少女もあの青年の存在も街で知る者は2桁に上るかどうかも怪しい。
その為特に情報が無く、生死すら把握できていなかったのだ。
優先度の高い情報として扱わなかった為、調べ方が甘かったのだろう。
その青年もまた、ユウイチのアテの一人だったのだが……
「まあ、仕方在るまい。
少しそこをいいか?」
「はい、どうぞ」
少女は何の用か、ユウイチが誰なのかなど一切聞かずその場所を譲る。
この大樹の正面に立てる場所を、少女が護っている場所をだ。
その場所に立ってユウイチは大樹を見上げる。
偉大な命の樹たる名も無き精霊樹を。
「久しぶりだな」
「ええ」
ユウイチの呼びかけに応えが返ってくる。
それは人の声の様で、しかし決して人の発した音ではなかった。
ふと上を見上げるとそこには幼い女の子の姿があった。
半透明―――いや、ほとんどシルエットしか解らないくらい希薄な存在だが、確かに女の子と解る光。
「ん? 何時の間に姿など持ったんだ?」
もう一度ユウイチは驚く。
この大樹の精霊は、最後に会った時はまだ形など持って居なかった筈なのだ。
「最近だよ。
どうやら私、この近くで生まれられるらしいから」
「人にか?
物好きな精霊だな、貴方は」
「物好きの度合いは貴方程じゃないよ」
「冗談まで言う様になったか」
やれやれといった風に呆れるユウイチ。
その影響を与えたのが嘗ての自分である割合も多い事は自覚していない。
「まあいい。
一応挨拶に来た。
この森が巻き込まれる可能性は少ないし、俺がさせぬが、戦争が起きるからな」
「うん、知ってるよ。
私はそれが全て終わった後に生まれるから。
貴方が来てくれたから私は形を持てたの」
「そのわりにはぼやけてるな」
「まあ、まだ決定はしてないから」
「そうか」
いかに精霊の予知とは言え、それを知ってしまえば変える事もできる。
予知はあくまで、最も起きる可能性の高い事柄を示すにすぎないのだから。
「どんなところに生まれ出るかは興味があるが、俺はそれを見届ける事はない。
次に会う時もここで、全てが終わった後の別れの挨拶の時だ」
「じゃあ一つだけ。
その子を連れて行ってあげて。
きっと役に立つから」
「その子?」
大樹の精霊が指すのはここを護っていた少女。
大凡ユウイチの役に、ユウイチの行く道を共にできるとは思えない華奢な少女だ。
だが、大樹の精霊はユウイチがどういう存在であるかを知った上で言っている。
ならば、意味はある筈だ。
「お前が自分で決めろ」
だが、本人の意思は無視できない。
たとえ精霊がそう望んだ事だとしても、意思無き者を連れて歩けるほどユウイチの道は軽くないのだ。
「私でよろしければ」
笑みを浮かべて応える少女。
なんら疑問を挟む事も無く、ユウイチの瞳を真っ直ぐ見ながら。
(なるほど、兄と同じ、そう言うタイプの人間か)
兄妹だから、という簡単な言葉では済まされぬ力がある。
ならば、とユウイチも言葉を続けた。
「名は?」
「ユキネと申します」
「ではユキネ、我と共に来るがいい」
「はい」
こうしてユウイチはユキネを仲間にする。
だが、後一つだけ確かめておかなければなら無い事がある。
「で、ここはいいのか?」
この少女の兄は既に亡く、他にここを護れるレンジャーなど居ない筈だ。
そうなると、ここはほとんど無防備になってしまう。
大切な大樹が危険にさらされるのだ。
「どうせ貴方くらいしかここへは入って来れないよ」
だが、自分の命が危うくなる事を大樹は軽く容認した。
その程度、ユウイチの行く道と比べれば軽いことであると。
「まあ、そうだがな」
「何かあったら呼ぶわ」
「了解した」
戦争に参加するユウイチが、呼ばれたからといってここへ急行することは難しい。
だが、この大樹にはそれを約束するだけの価値がある。
たとえ、ユウイチの計画を全て潰したとしてもだ。
「では、また会おう■■■―――」
「ええ、ユウイチ」
最後に、この少女が未来につけられる名を呼んで別れた。
ユウイチは自然に口にしながら、しかし親となる者のネーミングセンスを疑う。
だが同時に、その名に微笑むのだった。
夕刻 城下町
日も沈みかけた頃、ユウイチは街へと戻ってきていた。
ユキネは準備があるので後から合流する事になっている。
「さて、後は教会だけか」
アテは既に周り、計画通りとは行かなかったが、収穫はあった。
既に戦力としては十分と言える。
僅か2名の追加であれ、ユウイチにとってはこれで中隊クラスの戦力は軽く出せると判断している。
だが、現状では治癒魔法を使える者が居ない。
戦闘が常になることは当然なので、一人くらいは治癒魔法の使い手が欲しいところだ。
既に有能な者は引き抜かれているだろうが、一人でも居れば拠点に配置して、帰還した後に治癒してくれるだけでも良いので、さして拘る必要もない。
「治癒魔法が使える人が欲しいの?」
今ユウイチが立っているのは街の入り口。
人気はなく、時間的にも人通りはない。
周囲を見渡しても人がいないのに、人の声がした。
ユウイチの独り言に応える様に。
バッ!
気付かずに接近を許した事は今は置いておくとして、ユウイチは即座に戦闘体勢に入る。
左手でコトリの腕を掴んで引き寄せ、右手で背負っている大剣の柄を持つ。
「なら、私なら前衛にもなるけど、どう?」
チャキッ
突如、ユウイチの目の前に人が出現する。
声と抜き身の剣と共にだ。
「ミサエ……」
夕日を受けた蒼い髪を揺らし、金色に見える瞳でユウイチを真っ直ぐ見つめながら現れた女性、ミサエ・サガラ。
昨晩コトリの能力によって記憶を破壊した筈の女性であり、ユウイチとは旧知の仲である人。
そして、嘗てパラディン候補生と言われ、治癒魔法もつかえる魔法戦士だ。
どうやってコトリの記憶破壊から逃れたのか、その答えは向けている剣を握る手にあった。
左手人差し指に嵌められている指輪。
蒼い鉱石でできた精神破壊系の攻撃を受けた際、無効化するのではなく復元するという魔導アイテムだ。
嘗てユウイチが遺跡から見つけた物で、職を失ったミサエに渡した物。
「そんなもの、まだ持っていたのか」
少し悲しげな瞳で問う。
できれば、そんな物は売り払って、何処かで幸せになって欲しかった。
嘗て、そんな事を願ったのだと思い出しながら。
「ええ。
それで、どう? 私は。
貴方と並ぶには不足かしら?」
笑みすら浮かべながら問うてくるミサエ。
昨晩と違い、真っ直ぐな瞳で。
「その言葉の意味、解っているのか?」
問うミサエに対し、ユウイチは問いで返す。
大前提となる事を理解しているか確認する為に。
「多分、解ってないわね。
貴方の事は半分も理解できてないでしょうから」
だが、返ってくる言葉は意外とも言える言葉で、しかし正しいものだ。
そして、それでも尚、ミサエはユウイチを真っ直ぐに見て続ける。
「だからこそ、私は貴方を知りたい」
その瞳に迷いはない。
ユウイチの嘗ての姿を知っているとは言え、今は闇が満ちるユウイチの瞳を真っ直ぐに見ていた。
その奥にある今も変わらぬ深い蒼の瞳を。
「愚かな―――
貴方には、幸せに暮らしていて欲しかったのに」
その瞳に、ユウイチはほんの一瞬だけ嘗ての言葉を告げる。
既に失われ、もう戻る事のないあの頃の言葉を。
「指輪一つで女を幸せにできるなんて思わないでよね」
だが、ミサエは笑みをもって返した。
既に失われていると解っていても、ならばと。
「それもそうだな。
あの頃は俺もガキでね」
少し笑うユウイチ。
嘗ての自分の行いに対し、今よりも遥かに未熟だったあの頃を思い出して。
「で、使ってくれるかしら?」
「後悔するがいいさ」
「ええ、存分に」
ユウイチとミサエは過去を受け入れる。
今この場で。
それは、全てを未来へと繋げる為に。
この先、幾多の血を流そうとも、先へ進む為に。
それから2時間後 王宮
コトミ、ユキネと合流し計5名となった一行は一度大将軍の下を訪れた。
民間人であるミサエと、一応レンジャーであるユキネの徴兵許可を通す為に。
今直ぐにでも契約通りの能力を発揮できると伝える為にだ。
だが、到着した時には先客がいた。
そして、少し揉めている様子だった。
「トモヨ君、私は反対する訳ではないのだが、何故なのかね?
何故この者達を使う?」
どうやら先客は騎士トモヨの様だ。
そして、目的はユウイチと同じ民間人の徴兵許可と思われる。
「トモヤ殿もアキオ殿もユウスケ殿も有能です。
私は指揮官としては未熟故、この方達を使わなければ部下を死なせる事になると判断しました」
「君は十分有能だよ。
それに、この者達も有能だと認めよう。
下級兵士と比べれば10人分以上の働きはするだろう。
そして、良く説得して連れてきたと言いたいところだ」
どうやら民間人は民間人でも訳ありばかりの様だ。
臨機応変という言葉を知っているだろう大将軍でも判断しかねている様子。
「失礼する」
そこで、ユウイチは先客が居る事を知りながら部屋に入った。
大凡失礼と言える行為と知りながらだ。
「む、ユウイチ殿か」
「ユウイチ殿」
大将軍とトモヨがユウイチを見る。
同時にトモヨの後ろに並んでいた3人の男も。
少年と言えるほどの男が一人と青年が2人だ。
いずれもただの民間人にも見えるが、しかし只者では無い事は見るべき者が見れば解る。
確かに、有能かもしれない。
「長くなりそうなのでな、書類だけ提出しておく」
「ああ。
そちらもなかなか難儀な人材を連れてきたものだな」
どうやら少なくともコトミの話は伝わっているらしい。
どうやって説得したのかが不思議なのだろう。
それに、
「ミサエさん……」
「やあ、トモヨちゃん。
それに、お久しぶりです将軍」
トモヨはミサエが居る事に驚愕する。
自分が誘おうとして、しかし見つからなかった人が、意外としかいえない形でここに来たのだ。
「ミサエ君か……
まったく、今日はずいぶん懐かしい顔ぶれに会う日だ」
大きく溜息を吐き、複雑な心境を顔にだす大将軍。
話の流れから、恐らくトモヨが連れてきた者達もミサエと同様の境遇。
つまりは、一度軍に関わり、しかし途中で降りた者達なのだろう。
「貴方にとっては見たくもなかった顔でしょうね」
トモヨ側にいる青年の一人が無表情のままで問う。
それは、謝罪の様であり、同時に怒りも内包する言葉だった。
「そうだな」
そして、大将軍はまた溜息を吐きながらその言葉を認めた。
何故、という疑問と共に。
「兎も角、認めはするが―――」
しかし、メンバーの徴兵自体は反対する理由はなく、ここに承諾する。
だが、その言葉は途中で止まった。
いや、止められたのだ。
「報告します!」
この部屋に走りこんできた者が居る。
一人の兵士で、伝令だと解る。
だが、その慌て方は尋常ではない。
「なんだ」
来客をも無視する入室に対する叱責の前にその内容を問う大将軍。
それだけの事態が発生したと考えての対応だ。
何せ今は戦争中であり、火急の用件は十分に考えられる。
「東の―――東の砦が落とされました!」
「なんだと?
あそこには2個中隊が配備してあった筈だ。
敵は何だ?」
2個中隊が配備し、尚も敗れ去る。
つまり同等以上の戦力が投入された事になるが、そんな大部隊が移動すれば気付かないのはおかしい。
故に大将軍はそれを踏まえて問う。
敵は『何』であるかを。
「そ、それが―――天使が引き連れた10名程の部隊であったとしか」
伝令の兵士も少し躊躇しながら報告する。
伝え聞いた言葉をそのまま言っているだけとはいえ、こんな報告で良いのかと疑問に思いながらだ。
尤も、敵は天使です、などと正気で言える言葉でもないから仕方ないといえば仕方ない。
「天使、か」
「まあ、かの巫女でしょうね」
大将軍の呟き、何かをわかっている呟きに対し、ユウイチも述べる。
その天使といわれた者の正体を。
「だろうな。
しかし、あの砦は拙いな。
直ぐに取り戻さなければならんが―――2個中隊を破る少数精鋭部隊か。
こちらもそれ相応の部隊を送らねばならんのだが……」
「ではよろしければ我々が」
「うむ」
少数精鋭の部隊、そんなものが都合よく在るわけはなく、直ぐに出せる訳もない。
だが、今はこうしてユウイチがいて、ユウイチ達は間違いなく少数精鋭の部隊だ。
電撃作戦で取り戻す為、直ぐに動いてもらえる都合のいい駒が目の前にある。
それを使わぬ手はなく、大将軍も即断で決定した。
だが、もう1部隊は欲しいところだ。
大将軍にしてみれば、敵の戦力は不明の上にユウイチの実力も把握しきれていない。
だから、1部隊の少数精鋭部隊を動かしたい。
そこで―――
「……」
ユウイチはトモヨを見た。
お前はどうするのだという問いを込めた視線を。
そして、トモヨはそれを受けた。
「では私達が」
名乗りを上げるトモヨ。
まだ人員をそろえただけの部隊を、今すぐに動かすとここに宣言するのだ。
たとえすぐにでも、自分の選んだ者達ならできると信じて。
「良かろう」
そして、大将軍も許可する。
これは試すチャンスでもあると、そう判断して。
この2人の実力を見極られるし、たとえ失敗してもその間に部隊を整えれば良いとも考えている。
ユウイチとトモヨを軽く見ている訳ではないが、上に立つ者はそれくらいの事は考えておかねばならないから正しい事だ。
「では、行くとするか。
すぐに出立でよいかね? 騎士殿」
「奇襲を掛けるなら明け方がいいだろう。
ならばここを出るのは2時間後にしようと思うがどうか?」
「良いだろう。
ならば2時間後に東門で」
「ええ、よろしく頼む」
「ああ、よろしく、騎士殿」
こうして、戦いは始まった。
ユウイチの戦いが。
トモヨの戦争が。
共同戦線という形をもって―――共に並ぶという道を選んで。
これが2人が並ぶ最初の戦い。
そして、ここから始まり紡ぎ、交差する物語。