紡がれゆくもの
プロローグ
昼下がり 社殿
うららかな昼下がり、社殿の廊下を歩く男が1人。
束帯を着込み、太刀を履く黒髪の青年。
美形というほどでもないが、整った顔をしている。
「カンナー! カンナー!」
そんな男が呼ぶのは女性の名前。
先程からその名前を呼びながら社殿の廊下を歩いている。
「なんじゃ、騒々しいぞリュウヤ」
その呼び声に応え、女性の―――いや、女の子の声が聞こえる。
しかし、それは上から。
男性、リュウヤの頭上、屋根の上から聞こえた。
「またそんなところに。
降りて来い」
呆れながら声をかけるリュウヤ。
どうやらいつもの事らしい。
「まあよかろう」
バサッ
少女が応えた後、庭に大きな翼の影が映り、そのすぐ後に、少女が姿を現した。
屋根の上に居た少女、カンナ。
東国でいうなら巫女が着る式服に近い神衣を着た14歳くらいの少女だ。
着地と同時に黒く長い髪、その前に流した二束を結う赤い紐に付いた鈴が鳴る。
そして、リュウヤに向ける瞳は透き通った綺麗な水の色。
それだけでも、幼い外見を差し引いてすら神々しく見える美しさだ。
だが、何より特徴的なのは、その背中にある一対の白い翼。
天の御使いと同じ白の翼がそこにある。
この少女こそこの社殿の主にして、この国において帝とならぶ権力者、最高位の神子、『神奈備命』である。
であるのだが、
「ったく、また飛べもしないのに高いところに上がって。
また屋根の上で昼寝か? 暇な奴め」
そんな娘か妹か、年下の親しい女の子に接するかの様な物言いをする男リュウヤ。
この者は、この社殿―――いや『神奈備命』を護る警護長のリュウヤ。
孤児からの成り上がりの為、姓は無い。
「物思いに耽っておったのじゃ!」
対し、少女カンナは声を荒げて反論する。
それは、兄に向かうかの様な、親しい男性に対するそれと似ている。
先程見えた神々しさは今は見えない。
「はいはい。
屋根に穴は開けるなよ」
「誰が開けるか!」
更に煽るリュウヤとムキになるカンナ。
そこへ、
「はいはい2人とも、外で痴話喧嘩はよしてくださいね、丸聞こえですから」
気配も無く現れたのは十二単を纏う若い女性。
黒い髪を靡かせた優雅な美女だ。
「しかしウラハ、こやつが……」
「はいはい、いつもの事ですね。
でもそろそろ時間ですからお2人とも準備を」
カンナをなだめるこの女性、名をウラハ クニサキ。
この社殿の侍女長でありカンナの母代わりでもある女性だ。
リュウヤ同様に微妙にカンナを敬う心が薄く、その代わり互いに地位を越えて親しい間柄だ。
「ああ、そうだな」
「もうそんな時間か」
ウラハに言われ、二人ともピタリと言い争いを止める。
本来ならもっとカンナをからかって遊びたいリュウヤも、今日こそは色々言ってやりたいカンナも。
それ以前に普通なら自分も混ざるウラハも煽ったりはしない。
全て、ウラハが言う『時間』がそうさせているのだ。
「のうリュウヤ、本当にせねばならんのか?」
「……解っている筈だ、もう全て手遅れなんだ。
そして、俺だけの力では、もうここすら護りきる事ができない」
カンナの悲しげな問に、できるだけ耐えてはいるが、それでも表に出てしまうほどの悔しさを滲ませて応えるリュウヤ。
「いっそ、遠くへ逃げてしまえばいいのでしょうが」
ウラハも、本来口にしてはならない事を言葉にする。
「すまぬの、余が無能であるばかりに」
カンナはこの国において最高権力者である帝と並ぶ存在―――だった。
そう、その筈なのだ。
しかし、今ではそんなものは名ばかりで、カンナ1人では、最早政治に対して口を出す事はできない。
今では決して飾りではない本物の神子にして巫女であるカンナの口が封じられているのだ。
それが、この国の現状。
「言うな、それは俺達とて同じ事」
「はい。
だから少しだけ我慢してくださいね」
リュウヤとウラハも力は尽くしたのだ。
あってはならない未来をなんとかする為に。
だが、それは及ばず、こうなってしまった。
「大丈夫じゃ。
御主達が認める者以外は入れぬのじゃろ? なら何の問題もなかろう」
しかし、そんな状況であってもカンナは笑顔を見せる。
この2人に。
自分を大切にしてくれて、そして自分にとっても大切なこの2人に。
どんな事があって決して負けぬと言う様に。
それから少し時間は戻り 国の入り口
昼前のメインストリート。
その道を歩く4人の女性の姿あった。
「あ〜なるほど、来た事はなかったからどんなものかと思ったけど」
先頭を歩くのは黒に近い蒼の長い髪を靡かせる20歳前だろう美少女。
辺りを見回しながら楽しそうに笑顔を見せる。
旅人の様で、マントを羽織っているが、その下には武道着らしきものが見えている。
「微妙な混ざり方ね」
その後ろを歩くのはウェーブのかかったブラウンの長い髪の、やや鋭い感じの女性。
こちらも整った顔で先頭の女性同様に美女と言える。
美しくも機能的な軽装鎧を着込み、腰には蒼と紅の鞘に納まった長剣を帯びている。
「東国をよく識る貴方としてはどうですか?」
その更に後ろに歩く小柄な少女。
ブラウンの髪をショートにした静かな感じの美少女だ。
動きやすさも考えられた魔導服と着て漆黒のマントを羽織、杖を片手に持った美少女だ。
「そうですね……間違ってはいないので後は別に」
一番後ろを歩くのは蒼の髪を三つ編みにした女性。
バランスのとれたスタイルと柔らかな笑顔を見せる美女だ。
そんな彼女が着るのは聖職者が着る式服で、シスターを名乗れば疑う者はいないだろう。
だが、その手には人の身長程もある十字架が握られていた。
絶世、とつけて良い程の美女軍団であるが、しかし解るものは解ってしまうだろう。
その歩き方一つをとっても隙の欠片もない、と。
「まーおもしろいからいいんじゃないかしら。
出身者が不快を覚えず、来訪者も楽しめるなら成功してるんでしょ、ここは」
で、先程から女性達が論じているこの国の事。
この国は独特の文化を持つ東の島国に近く、交流も深い。
その為、この国はその東の島国の文化を色濃く持っているのだ。
他の国ではあまり見かけない衣服、建物の造り、食文化など。
直接島国である東国に行かなくともその文化が味わえる国としても有名であった。
だが―――
「流石に影響でてるわね」
「観光地として有名なのもありますから、その影響は大きいでしょう」
周囲を見渡すと昼前だというのに閉じている店がある。
目立つほどではないが、いくつかはある。
それに、開いている店も繁盛しているかといえば、そうでもなく、やや人通りが少ないのだ。
「さって、とりあえずどうする?
すぐ行く?」
「そうですね、いきましょうか」
リーダー役であろう先頭を歩く少女と最後尾の女性が話し合い、他の者はそれに従う。
そうして4人の女性は大通りを真っ直ぐ歩く。
目的地はこの国の端にある場所。
山側の奥地、翼を持つ神子がいるという社殿である。
真っ直ぐ目的地へ向かう一行。
その途中。
「あら?」
大通りの真ん中、人だかりがあるのを見つける。
それも歓声が飛び交っている。
「何かしら?」
特に急ぐ訳でもないので少し覗いてみる。
すると、そこでは二体の等身大の人形が動いていた。
簡素な、しかし愛嬌のある人形。
それが糸もなく、動力もなく動いているのだ。
「念動系の能力ですね」
「あの人ですね」
その二体の人形の奥に1人の青年が立っていた。
白にすら見える薄い青の髪、少々目つきが怖いが、整った顔の青年だ。
魔力の反応から、どうやらこの青年が人形を動かしているらしい。
手には台本も持っている。
更に、一瞬動きの止まった二体の人形に近づき鞄を開けた少女がいる。
長い白銀にも見える黒髪を靡かせた無表情の少女。
『黒子』とかかれた黒いエプロンを着用している。
鞄から取り出したのは布と糸―――次の瞬間。
シュバッ!
「へぇ……」
感嘆の声を上げる一行。
今の一瞬で人形の衣装と表情が変わったのだ。
恐ろしいほどの手さばきである。
そして、人形はまた動き出す。
どうやらこの2人で人形の演劇を―――
『何言うてまんねん』
『アンタとはやってられへんわ』
……声が聞こえた。
どうやら演劇ではなく人形を使った漫才だったらしい。
よくよく見ると人形を操る青年は台本に目を落としながら何か溜息を吐いている。
不本意なのだろうか?
更に探すと、青年側に金髪をポニーテイルにした16歳くらいの少女と赤い髪をツインテイルにした10歳くらいの女の子がいる。
2人も台本を持っている事から今響いた声を担当しているのだろう。
「割と面白いわね」
操っている本人の意図は兎も角、聞こえる漫才はなかなか楽しい。
観客達も爆笑している者すらいて盛況である事が解る。
「ふ〜ん」
そんな人々を見ながら少し嬉しそうに笑う一行。
そして、まだ途中であるが邪魔にならない位置におひねりを投げてその場を離れるのだった。
それから数分後
目的である社殿に到着する一行。
その場所は東の国にある神社に似た造りをしており、石段の上にある。
更に。
「結界ですね。
邪を払うものですが、強力すぎます。
これでは一般の人間も入るのは困難ですね」
最後尾に居た聖職者風の女性が解析する。
神聖すぎる力は人間を害す事すらある。
人間はどう言い繕ったところで神聖な存在とはいえないが故に。
「ふるい落としってことかしらね」
「そうでしょうね」
だが、それはあくまで一般の人間の話。
ある程度の人格者であり、且つある程度の強さを持っていれば問題はないものだ。
「じゃ、行きましょう」
そう言って進む一行。
結界に入った途端空気が重くなるのは感じるが、その程度だ。
なんら問題なく石段を上る事ができる。
石段を登ること108段。
開放されていた門をくぐり、社殿の玄関口に立つ4人。
「ようこそ、神奈備命の社へ」
そこで待っていたのは十二単を着た黒髪の女性。
穏やかな雰囲気を出しながら、しかし4人は警戒する。
ただの侍女ではないと。
「この度募りました傭兵の志願者様でよろしいですか?」
「ええ、そうよ」
そう、4人の目的。
それは、ここ―――いや、この場所の主であり、この国の神事を取り仕切る神子『神奈備命』の直接の傭兵として雇ってもらう事。
国の軍備の為の募集ではなく、神子とはいえ個人の募集である。
国を無視しているといっていい独断をもって。
今では権力を剥奪されたに等しい神子の呼びかけなのだ。
「ではこちらに」
侍女に案内され奥に中庭へと移動する。
そこには東国特性の鎧と兜が、まるでそこに人が居るかのように配置された場所があった。
鎧兜は直径20mほどの円の外周に8体程並べられている。
雰囲気からして、その円の中が試験場なのだろう。
「よく参られた。
私は護衛部隊長のリュウヤ シドウと申します。
しかし、これはこれは美しいお嬢様方だ」
その奥に立つのは束帯に身を包み、太刀を履く青年。
整った顔の若い男だ。
しかし、立ち振る舞いに一切の隙はない。
「それはどうも」
勝気な笑みで応える先頭の少女。
しかし、そんな笑みを見せながらもやはり隙は無い。
相手もそれを見ているだろう。
「力量も申し分無い様ですね」
いつの間にか青年の隣に移動していた女性が述べる。
移動した気配を一向は感じなかった。
警戒していた筈なのに―――
「まあね」
だが、それに対し特に驚く様子も見せず、やはり勝気な笑みのまま応える少女。
「しかしながら、少々貴方達を試させて頂きたい」
「いいわよ」
解り切った事。
無い訳がない事であり、覚悟も決意も既に完了している。
だから、即答する。
「では……相手をご紹介しましょう」
と、リュウヤが言った時だ、一行の背後に気配が近づいてくる。
それに振り向けば……
「なんだ、義兄貴、俺そんな役目かよ」
青年が立っていた。
白にすら見える薄い青の髪の目つきの怖い青年だ。
そう、先程人形劇―――ならず、人形漫才をしていた者だ。
手には鞄を二つ持っており、恐らくはその中身は先程の人形だろう。
「遅いぞユキト。
それから、義兄とか呼ぶなよ」
「少々盛況だったのでな、時間が掛かった。
間に合ったのだから良いだろう?
それに、ちゃんと貰ってくれるんだろう? 家のウラハ姉さん。
アンタが貰ってくれないと嫁の貰い手なんかないんだからかな、この変人は」
「誰が変人ですか? ユキト」
現れた青年とリュウヤとウラハと呼ばれた女性とで少し会話になる。
どうやら3人は親しい、というより家族であるという情報が得られる。
それに現れた青年はぶっきらぼうな感じではあるが、しかしどこか優しさを感じる事もできた。
表には出さない隠れた親愛が。
「おっと、これは失礼。
こやつが相手をしますユキト クニサキでございます」
「まあ、いいか。
よろしく。
それと、さっきは大金をどうも」
さっき、とは人形漫才の時のおひねりの事だろう。
しかし―――
「あら、気付いてたの」
劇の途中に、しかも人込みの後ろから人を縫って投げ入れた物だ。
こちらの姿もろくに確認できなかった筈だが―――
しかし、これでこの青年の大凡の実力は解った。
油断できない実力者であるという事だけは。
「では、その中にお入りください。
ルールは簡単です。
このクニサキが操ります人形を倒せば合格です」
「了解〜」
4人は気軽に用意されている円の中へと入る。
鎧武者に囲まれた円陣の中へと。
「では、行くぞ」
「OK〜」
鞄の一つを持って正面にたつユキト クニサキ。
そして、その鞄が円の中へと投げ込まれた。
バンッ!
地面にぶつかると同時に開いた鞄。
その中から出てきたのは先程漫才に使われていたのとは別の人形。
その手には剣を持っていた。
人形は剣をもってリーダーの少女に襲い掛かる。
そのスピードは一般人では目にも止まらぬ速度。
そして、鞄の事も考えれば不意打ちともいえる攻撃だ。
だが、
「ほいっ!」
ズダンッ!
剣での刺突を紙一重で躱し、更にカウンターの形で掌が入る。
人形の腹部、その―――
バリンッ!
中に埋め込まれていた外部操作の要であろう宝玉が砕ける。
「お見事です」
試験終了の合図を出すリュウヤ。
「こんな簡単でいいの?
わざわざ弱点作ってくれなくてもいいのに」
他の3人も微動だにせず試験は終わった。
ガラガシャンッ!
後に鎧武者が砕ける音だけを残して。
実は、正面からの鞄の中からの人形というのも囮。
本命は周囲にいる鎧兜の方であり、それも操られていた。
それらが残りの3人を襲っていたのだ。
それも、4人からは死角になる3体が。
だが、
一体は聖職者風の女性が、その十字架を鎧の表面に触れただけで、中の宝玉を砕き。
もう一体は、剣を帯びた少女が、裏拳で衝撃を内側に叩き込み宝玉を破壊。
最後の一体は、杖を持つ少女が、迫る敵の背に魔方陣を展開し、そこから伸びる爪で装甲ごと宝玉を砕いた。
リュウヤはそれらを含んで終了を告げたのだ。
十分であると。
だが、
「宝玉が本来無い事、気付いたのか?」
先のリーダーの言葉に対し問うユキト。
「ええ、だってさっきの人形漫才の時だってそんなの使ってなかったじゃない」
「人形漫才……
あれは劇なんだが……」
リーダーの答えに感心するなどをする前に、さっきの劇を漫才といわれた事に落ち込むユキト。
やはりあの台本は不本意だったらしい。
後々解る事だが、金髪の方の少女と赤い髪の女の子が勝手に変えていたのだとか。
「まあ、兎も角合格です。
今日より貴方達を雇わせていただきたい。
よろしいか?」
「ええ、いいわ。
まあ、一応契約内容は確認するけど」
雇われには来ているが、その詳しい内容と条件は聞かされていない。
だから、即答はしないものの肯定的な態度をとるに留める。
傭兵となる場合、その契約内容は今後の行動全てを支配するので当然といえば当然の話だ。
兎も角、これから契約に入るだろう。
書面での確認も必要になる。
だが、その前に―――
「まずは、名を聞こう」
声が響いた。
今この場に居る者以外の声。
凛とした少女の声。
「アキコ ミナセです」
その声に対して、まず聖職者風の女性が応える。
「私はミシオ アマノ」
杖を持った魔導士風の少女が続けて答え。
「カオリ ミサカよ」
剣を帯びた剣士風の少女も続く。
そして、最後に、
「アヤカ クルスガワ。
よろしくね」
最後に蒼い髪の少女が応えた。
「そなた達、よろしく頼むぞ」
そして、社殿の中より姿を現す声の主。
「余が神奈、神奈備命じゃ」
巫女用の式服を着た14歳ほどの少女。
しかし、その高貴さ、神々しいまでの力は隠していても解ってしまう程。
まさに巫女にして神子たる存在。
(ふ〜ん、神族じゃないけど、血は引いてるのね。
噂通りだわ)
その姿と力を見たアヤカ達は思う。
計画は成ると。
彼の計画は下地は完璧であったと。
そう、ならば後は自分達がやるか、やらないかだけだ、と。
ここから動く物語がある。
同じ頃、隣の国でも動き出した物語と同調する物語。
二つの夢の物語。
これは、そのほんの序章である。