あの歴史に残る事の無い、人に語られる事すらない魔王と人との戦いから1年と半年が過ぎた

 

 

「兄さん! いつまで寝てるんですか!」

 

 昼前になっても起きてこない兄を叩き起こさんと部屋に突入するネム。

 仮にも男の部屋であるが、これはいつもの事である。

 

「申し訳ありません、私の力が及ばず……」

 

「いいのよ、ヨリコさんは。

 兄さんが悪いんだから」

 

 実は何度かヨリコによって起こされているのだが、今日は全く起きてこないのだ。

 尤も、昨晩珍しく就寝時間を超えて研究を続けていた彼には酷な事だろう。

 

「もう少し寝かせてくれ〜」

 

 布団を剥ぎ取ろうとするネムに対し布団にしがみ付いて応戦するジュンイチ。

 なかなかに情けない光景だが、ジュンイチはそんな事には構わない。

 

「もうお昼なんですよ。

 いい加減起きてください」

 

「後120分〜」

 

「お昼抜きにしますよ!」

 

 それはこの島に移り住む前にも繰り広げていた光景。

 そんな変わらぬ平和がここにはあった。

 

「あ〜、ネムちゃん、お兄ちゃん昨日は忙しかったみたいだから勘弁してあげて」

 

 唯一理解あるサクラの声がする。

 どうやら隣の自室から言っている様だ。

 昨晩はジュンイチと一緒にがんばった為、サクラも同様に疲れている筈だ。

 おそらく、このジュンイチを起こすネムの声でサクラも起きたのだろう。

 

「そうですか……

 まあ、寝ているのは許しましょう」

 

 と、サクラの言葉に一旦は手を離すネム。

 だが、

 

「ところで兄さん、本日この島の別荘にミズコシのご令嬢様達が、またお見えになるそうですが?」

 

 突如裏モードになるネム。

 なお、何で知っているかといえばジュンイチに回ってきた情報を盗み見たからであったりする。

 『また』というのは、実は最近ミズコシ家のご令嬢達は前にも増してこの島に来るようになったのだ。

 サクラによれば、ジュンイチが来る前と比較し、15倍くらいの頻度で。

 

「それは聞き捨てならないなぁ」

 

 と、そこへサクラがジュンイチの潜り込んでいる布団の上に圧し掛かってくる。

 布団に潜っているジュンイチからは、サクラの姿は見えないがこんな事をするのはサクラしかいない。

 確かさっきまで自室にいた筈だが、空間転移でも使ったのだろか。

 

「重いぞ〜、サクラ〜」

 

「む、レディに重いなんて失礼な」

 

「実際重くなっただろ」

 

 そう、ジュンイチは身を持って知っている。

 最近徐々にサクラが重くなっているのを。

 

「むむ、別に太った訳じゃないもん!」

 

 そう別にサクラは太ったわけではない。

 ただ少し―――

 

「サクラ、はしたないっていつも言ってるでしょ!

 それより、一体なんでこんな頻繁にマコ達が来るんですか!」

 

 ミズコシ姉妹とも既に友人と呼べる間柄であるが、マコ達が来る目的はとても友人である自分の為とは思っていない。

 マコ達は好きなのだが、もしその目的がネムの思う通りなら、頻繁に会いに来るのは歓迎できた事ではない。

 

「そう言えば東国の巫女さんからも手紙受け取ってたけど、誰?」

 

「ええ! そんな所にまで魔の手を! 不潔よ!」

 

 ジュンイチにとっては全員友人なのだが、何故そこまでいわれなきゃならんのか考えるのもかったるい。

 まあ、あれ以来まったく人間関係に成長がないのが一番の問題なのだろうが。

 

「……ぐぅ……」

 

 妹達は好き勝手言っているが無視して夢の世界に入ろうとするジュンイチ。

 まあ当然そんな事は許されないのだが、兎も角ジュンイチは疲れているのだ。

 昨晩やっと完成したシステムを起動するのに予想外に手間取って。

 

 ジュンイチ達が目指すものは明確な目的があるものではない。

 答えなど無いのかもしれない。

 だがそれでも一歩一歩進んでいった。

 そんな中、あの時出会った彼らの事が少し気になったのだ。

 心配などしていないが、気になったのだから考えれば考えるほど気になる。

 だから作った。

 桜のシステムを応用したこのシステムを。

 

 嘗て同じ夢を見た者達の下へ届く桜の花びらを―――

 

 

 

 

 

 こっちは平和だぜ、そっちの調子はどうだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある国。

 先日までクーデター騒ぎがあったのだが、ある人物の出現により全てが解決された場所。

 そんな国の外れにある平原にヒロユキは1人立っていた。

 一仕事終えた後、次の目的地に行く前にちょっとぶらぶら散歩をしていたのだ。

 と、そこへ数人の気配が近づいてくる。

 

「ヒロユキさ〜ん、準備できました〜。

 皆さんお待ちですよ〜」

 

 緑の髪をショートカットにした少女がヒロユキを呼びにやってくる。

 楽しそうに笑みを浮かべながら、動ける事の喜びを全身で表す様に両手を大きく振って。

 

「ああ、今行く」

 

 柔らかく微笑みながら手を振る少女の元へと歩くヒロユキ。

 そして、ヒロユキの手にしていた桜の花びらを離す。

 

 

 

 

 

 俺は今だって戦ってるぜ、俺の道を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また別の国の外れにある丘の上。

 戦争が終ったばかりで、街では華やかなパレードが行われている。

 そんな国を見下ろせる丘。

 そこにユウイチはいた。

 

「そうか……」

 

 ユウイチはそこで約半年ぶりに優しい笑みを浮かべ呟いた。

 戦争の間は、決して人に見せる事がなかった笑顔。

 それは、この国に対してでもあるが、他にもある。

 と、そこへ近づく人の気配があった。

 ユウイチは一瞬警戒しながらも、直ぐそれを解いてそちらを振り返る。

 

「どうしたの?」

 

「何かありました?」

 

 ユウイチを探しにきたのだろうアヤカとコトリがやってきた。

 どうやら先ほどの呟きを聞かれたらしい。

 

「ああ、お前達と旅をするようになってからもう一年半も経ったんだと思ってな」

 

 少し遠くを見るように言うユウイチ。

 先ほどの呟きの意味としては、それも含まれている。

 その時のことに関連することだったのだから。

 

「そう言えばそうね。

 演技にも慣れる筈ね」

 

「あんなアドリブが出来る程度にですか?」

 

「あら、コトリだってユウイチに殺される時のアレはなによ?」

 

 今回行った演技のユウイチとの絡みについてちょっと意見を交える2人。

 ちょっと演技過多ではないかと思うくらいのアドリブを使ったのだ、2人とも。

 それもユウイチと本当に絡む場面で強く。

 

「ふ……」

 

 そんな2人を見て微笑むユウイチ。

 年に数回程度しかないこの平和な一時を堪能していた。

 

 と、そこへ更に気配が近づいてくる。

 どうやら、時間を取りすぎたらしい。

 

「ユウイチさん、準備が整いました」

 

 迎えにやって来たのは、長い金色の髪を2つの緩やかな三つ編みにして、肩から前に掛けている少女。

 見れば後ろには黒に近いブラウンの髪の少女も一緒だった。

 

「ああ、では行こう」

 

「次はどちらに参りましょうか?

 今からですと南の方で内乱が起きそうですがまだ時間が掛かると思われます」

 

「そうか。

 ではとりあえず移動。

 南東に行って情報を集め、時機を見る」

 

 ユウイチの言葉と共に全員シグルド達の待つ場所へと移動し始める。

 と、そこで歩きながらアヤカは思い出す。

 

「ここから南東ってアキコ達の所に行く気でしょ?」

 

「何だかんだと行ってもやっぱり心配なんですね。

 アキコさん達も初めての出産ですしね」

 

 アヤカに次いでコトリもそう言ってユウイチをからかう。

 現在アキコ達は戦線から離脱している。

 定めたルールにより妊婦は連れ歩かないからだ。

 ユウイチはその際に聞き方によっては二度と会わない様な事すら言ったのだが、今自分からアキコ達のいる場所に行こうとしている。

 そう言う人だとアヤカ達は解っていたが。

 

「こんな暇が今後出来るとは限らんのだ。

 会える時に会う、それだけだ」

 

 流石というか全く動じた気配は無くそう返す。

 事実暇があるから行けるのだ。

 特に出産の時に都合よくいける、なんて事はないだろうから、彼女達にはやはり辛い思いをさせると思っている。

 

「はいはい。

 それにしても……ねぇ次メンバーが増えたら私も離脱していい?」

 

「ああ、私も彼女達を見てると子供が欲しくなっちゃいました」

 

「別に今でも構わんぞ。

 今夜はちゃんとベッドで眠れそうだしな」

  

 そう言って返すと、少し顔を赤らめるアヤカとコトリ。

 いや、ユウイチより前を歩いていた2人の少女も同様に赤くなる。

 そして、後でそれを聞いた他のメンバーも同様に。

 機会がそう無いからチャンスであるのだが、まだ彼女達は恥らう少女であるが故に。

 

 何はともあれ合流し、シグルドに乗る。

 直接では無くとも次の戦いの場に行く為に。

 

「行くぞ」  

 

 シグルドが飛び立つと同時にユウイチは握っていた桜の花びらを離した。

 その花びらは風に乗り、遠くへと運ばれる。

 嘗て、同じ夢を見たかの人の所へと。

 

 

 

 

 

 愚問だな、俺は常に突き進んでいる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘗て、一度一箇所に集った夢達はそれぞれの場所へと散った

 されどそれは消え行くのではない

 一つの場所に集まりて磨かれた夢は、その輝きを増して夢を蒔きに行くのだ

 自身の輝きを更に増しながら、その輝きを連鎖させる

 例え蒔いた夢は幻となろうとも、自身は輝き続け、また夢を蒔くだろう

 

 違う方角へ違う方法で違う輝き方で

 

 いつか、この夢が現となるまで、いつまでも

 

 そして、いつか夢が夢でなくなったとき、再び逢おう

 

 いつか、そう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の集まる場所で