夢を追うもの達
番外編1 過去と未来を繋ぐ橋
深く、広大な森がある。
人の手が全く入らず、領地としている国すら管理しかねている、広大且つあまりに深い森で、外の人間は迷いの森とすら呼んでいる。
事実、この森に下手に入れば、レンジャーすら迷う可能性があり、魔導師は『何か違和感を感じる』と言う森だ。
だが、そんな森の中央付近を歩く人影があった。
「ユウイチさん、今日はここでキャンプですか?」
「それとも、暫くここで様子見ですか?
食料の確保が難しそうですけど」
巫女服らしき物を着た、青い髪を三つ編みにした少女と、とんがり帽子を被り、マントを羽織った、栗色のロングヘアーの少女が問うのは、この中で唯一の男性。
中肉中背の黒髪の男で、漆黒のマントを羽織、背には一見十字架にも見える、男の身長くらいある巨大な大剣を背負っている。
現状を考えれば、この人間が決して足を踏み入れないこの場所で、暫く待機となるだろう。
この場所は、いろいろ仕込むには都合のいい場所だ。
「様子見、と言うのもあるが、ここに用があってな。
後、ここは前にも来た事があって、その時に師匠が建てた小屋がある。
もう何年も前の話だが、あの人が設計、建築した物が、例え管理されていなくとも十年もしない内に壊れる訳がないから、それを使おうと思う。
っと、見えた。
アレだよ」
ユウイチと呼ばれた男が指さした先にあるのは、この森の中では明らかな異物の筈でありながら、何故か違和感の全く無くそこに在る、別荘風の建築物だった。
全て木で出来ているのもあるが、それ以上に、完全に森と調和している。
外見的な派手さがないが、広さとしては小さな屋敷くらいあり、どれを見ても、とてもユウイチが言う様な、『小屋』のレベルを超えた物だ。
「……まあ、話に聞くお師匠様が、人間ではないのは何度も思ってきた事ですが。
レンジャーの山小屋でも、ここまで森に調和できませんよ」
「貴方と貴方の装備以外での作品を見るはこれが始めてよね。
やっぱり貴方の師匠って女神様だったんじゃないの?」
ライトレザーアーマーを着込み、大弓を背負った、やや赤み掛かったブラウンのショートヘアの少女が、呆れながら見上る。
それに続く様に、武道着を着た、ややウェーブの掛かった黒に近いブラウンのロングヘアーの少女が、溜息を吐きながら男に問う。
「綺麗」
「質素と言えるつくりなのに、確かに綺麗ですよね」
魔法衣を着た、長い黒髪をリボンで束ねた少女と、防護の加護が掛かった簡易ドレスを着た、ピンクに近い赤のロングヘアーの少女は、純粋に感動している様だ。
「そうね、どっちかというと東国の人が好みそうな自然と調和した美ね。
まあ、そんなレベルは遥かに超えてるけど」
「美しい事に異論はないのですが、そう思えてしまうのが、いろいろ不可解です」
薄手の武道着を着た、蒼いロングヘアーの少女と、エプロンの無い、黒のエプロンドレスを着たブラウンのロングヘアーの少女が首をかしげている。
計8名の少女を引き連れた1人の男、という集団。
尤も、男、ユウイチに言わせれば少女達は勝手について来ているだけというだろうし、少女達も勝手について来ているだけと答えるだろう。
現在では約1名の例外が存在するが。
それに、今この場には居ないが、ユウイチとは特別な関係にある仲間が居る。
この集団がこんな森の中に来る際に乗らせてもらっていが、その重要な仲間は既に彼の中に戻っている。
『やはり管理された様子はないが、全く痛んですらいないな。
これといった魔法も使っていなかった筈だが、流石というか、当然というか、迷うところだな』
その重要な仲間、ダークドラゴンで、ユウイチの中に住まう者。
名をシグルドと言う。
普段はユウイチにだけ向けられる念話を、今はこの場の全員にも聞こえる様に拡大して話している。
「全くだ。
ともあれ、軽く掃除とかは必要だろうな。
悪いが、中に入って掃除を頼むよ。
水道は、出るようにもできるし、近くに川もあるが、とりあえず水は召喚しておいてくれ。
後でその許可も取ってくる」
この小屋、という名の屋敷には水道の設備もある。
が、普段は人がいない為、解除している機能だ。
水源はこの森の川のほんの一部で、例えこの人数で使っても、下流に影響は出さない程度のものだ。
それに、森の中の川は誰に物でもないから、許可というのは本来おかしい。
実は、ユウイチ自身もそういいながら、そんな物は本来要らないと思っている。
だが、それでも礼儀というものがある。
「誰か住んでいるんですか? この森」
最初の疑問の声を上げたのは、やや赤み掛かったブラウンのショートヘアの少女。
許可を取る、などと言うのだから、許可を取る相手がいるのはまず解る事。
だが、元レンジャーであったこの少女が見るに、この森はとても人間の住める様な場所ではない。
「『何』が住んでるの?」
続けて問うのは、ややウェーブの掛かった黒に近いブラウンのロングヘアーの少女だ。
人間では無いとして、許可を取らなければならない様な相手。
つまりは、話の解る相手となると―――実のところその種類が多すぎて解らない。
ここが森であるという限定条件があっても、『森』では、絞り込める数が少なすぎる。
「ああ、この森に住んでいるのは『獣人』さ。
割と大規模な集落がある。
集落ってか、里と言った方がいいかな。
獣人達は自分の住んでいる集落に名前をつける風習がないから、名前はないけど。
で、そこの長とは古い付き合いでな……最初は父さんと母さんに連れられて来て、その次は修行時代にこの場所を借りた」
一瞬、ホンの一瞬だけ目を細め、両親がまだ生きていた頃に想いを馳せるユウイチ。
誰にも気を使わせない様に、その後に情報を重ね、顔にも出さない。
だが、それでも気付かぬ者など、このメンバーの中に居る筈はない。
「そう。
なかなか興味深い場所ね、ここは」
「あのアイザワ夫妻でしたら、確かに獣人と知り合いでも不思議はないですね。
いえ、知り合いが多数居ると考えるのが普通なのでしょう。
……そうですか、この森は人間を受け入れた獣人が居るのですか」
気付きながらも、しかし、だからこそ森についての感想だけを口にする少女2人。
疑問を投げかけた2人がそう言葉にした事で、他の少女達はそれ以上は言葉にしなかった。
「で、今から会いに行く訳だが―――
ついてくるか? カオリ、ミシオ」
振り向き、疑問を投げかけ、感想を述べた2人の少女に問うユウイチ。
ユウイチとしては、まだそう言った種族との接触経験がない2人という選別もあったが、今はそれは口にする事ではない。
「獣人と会えるのなら、喜んで」
「お供させていただきます」
獣人という珍しい相手、ユウイチの幼少期を知る人。
さまざまな理由は有れど、ただ、ユウイチと少女達との関係を考えれば、滅多な事では無いユウイチからの誘いだ。
少女達が断る筈もない。
「では、こっちは頼んだよ。
シグルド、一応こっちを頼む」
『ああ』
「はい、お任せください」
決まったところで、ユウイチはルビーに良く似た宝石が嵌ったペンダントを、青い髪を三つ編みにした少女に渡す。
それは、部隊を分ける時、自分が居ない方に渡す事の多い、シグルドが出入りできるペンダントだ。
ユウイチの友人であるシグルドはダークドラゴンと言う、本来人とは相容れぬ存在故、共に在るにはさまざまな制約がある。
本来ユウイチの中に住まうシグルドに、自分の居ない場所で戦う少女達を見守ってもらう為に用意した、特別な手段である。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
少女達に見送られ、ユウイチ、カオリ、ミシオの3名は、森を更に進む。
歩いて1時間程移動したところで、カオリとミシオは気配を感じた。
人が住む気配だ。
それに、周囲を良く見れば、人型の何かが生活している形跡もある。
尤も、相手が相手だけに、レンジャーであるミシオでも、事前情報があったからこそ見つけられたレベルの、ホンの些細なものだ。
そんな情報を確認しながら、もう少し森を進むと、住居らしきものが見えてくる。
ただし、住居といっても、人間のそれとはまるで違うものだ。
「あー……獣人の住処こうなんだ」
「確かに、ユウイチさんのお師匠様が作られた建物は『小屋』ですね」
目の前に広がるのは森という名の王国だった。
木の上に建てられた、とか木の穴の中に住んでいるとか、そんなものではない。
森そのものが、そのまま家屋となっているのだ。
最初からそういう植物だと、そう言われた方が納得するであろう、生きた樹の家達。
そして、集落の中央と思われる場所に見えるのは、連なる木と、枝葉で作られた大樹という名の城であった。
何らかの技術で、苗か、それとも種の段階からか、そう言う風に育てた結果だと推察されるが、あまりに気の長い建築で、たとえ成長促進を使っても人間ではとても真似できないものだろう。
中に入れば解るが、実は家具の類も、食器など完全に持ち運ぶ物以外は、植物がそのままの形でその役割をはたしている物ばかりだ。
これに比べれば、ユウイチの師が作った小屋など、森の異物としての人工物と言えてしまう。
「獣人はエルフ同様に『森の民』。
そんな事は解ってたつもりだったんだけどなぁ」
カオリはもうただ感動するだけだった。
同時に自分の見識の低さを呆れている。
ユウイチについて来て、かなり見識も広がったと思っていたが、この世界はまだまだ底が知れない。
「まあ、獣人の集落全てがこうって訳じゃないさ。
比較的人間とも交流のある獣人の集落は、人間の村に近い感じだしな。
それはエルフも同じ事。
どうも、獣人もエルフも、ドワーフもだが、人間と交流がある場合は、その人間が入ってくる場所は、人間に合わせた作りにしている様だよ」
エルフも獣人も、あまり人間とは交流がないが、一部集落では、商業的取引が行われるくらいには交流がある。
ドワーフも同じで、地下に住むドワーフの場合は、洞窟の入り口付近に集落を作っている。
余談ながら、人間、エルフ、ドワーフ、獣人。
この4種族は総じて『人』と呼ばれる種族であり、外見的にも近い存在だ。
因みに、この4種族間であれば混血の子が生まれる事が確認されている。
人型と言う意味では、精霊、妖精の類も人型をしている事はあるし、血というとちょっと違うが、子をなす事が可能である場合もあるが、『人』とは呼ばれない。
「まあ、兎も角まずは挨拶に行こ―――」
一応知り合いでもある為、城と呼べる長の屋敷に向かおうとした。
その時だ。
ザッ!
ユウイチは言葉を途中で止め、その場に跪いた。
続けて、カオリとミシオも同様に膝を付く。
何故なら、目の前に女王が現れたからだ。
正確には、この里の長。
見た目は、24、5歳に見える綺麗な女性で、長いブラウンの髪を靡かせ、なんら変哲の無い布の服を着ている。
ちょっと石を削った程度の簡素なアクセサリーをしているが、全体的にちょっと着飾った田舎の村娘程度の服装だ。
しかし、そんな出で立ちでありながら、人間では、大国の王でも、ここまではないという威厳がある。
ただ普通に歩いているだけなのに、一切隙はなく、優雅に見えながら力強さも備えていた。
その姿、気配に、顔を知らぬカオリとミシオも、自然と跪く程だった。
これこそが『王』だと、そう感じずにはいられないのだ。
「久しいな、ユウイチ。
修行をしに来て以来か」
「はい、リーズ様。
お久しぶりでございます。
今から向かうところでしたが、わざわざ里の外にまでいらっしゃるとは」
「この森全て、我が住処じゃ。
人間は変な事を気にするが、顔を見たいと思ったのじゃから、こちらから出向いてもよかろう。
それと、話しにくいぞ、ユウイチ」
「はっ、失礼致しました」
人間のそれにする様に、半ば条件反射で跪いたが、獣人に対しては要らぬ事。
ユウイチ達は立ち上がり、改めてこの里の長、リーズと向かい合う。
そして、これを機会に、カオリとミシオは初めて見る獣人とう種を、よく見てみることにする。
見た目は人間と殆ど変わらず、違う点と言えば、頭の耳と、正面からでは見えないが、尻尾があるくらいだ。
獣人と呼ばれる由縁である獣人の耳と尻尾は、ネコ科や犬科の動物の物に良く似ている。
尚、人間と同じ形の耳も持っており、人間と同じ形の耳は近い場所の音、頭の上の獣の耳は遠くの音、小さい音を聞くのに使っているらしい。
尻尾は身体のバランスを取る為に役立つんだとか。
そしてもう1つ、顔にも見える紅い紋様。
それは顔だけではなく、総面積こそ少ないものの、全身に存在している。
それは刺青の類ではなく、耳と尻尾同様に生まれついて出る物であるらしい。
因みに、今この場に居るリーズの紋様は紅だが、その紋様の形態も、色も人それぞれ違うものが出るらしい。
魔法を使う事に長けたエルフ、魔法を物に込める事に長けたドワーフ。
そして、魔法を纏い、極めて高い身体能力を持つ獣人。
獣人のその紋様は、身体に魔力や、精霊、そして魔法を纏い、身体能力として変換するのに役立つ物だ。
ユウイチに施されている魔導刻印は、獣人のこの紋様が元となったと言われている。
獣人のこれは、生まれついてのものだが、ユウイチが使う魔導刻印は後付である為、いろいろと問題がでるのだ。
(と、この程度の情報でも、アイザワ夫妻の資料がなければ知りえなかった情報よね)
今となっては誰でも知っている程度の今の情報は、僅か10年前にやっと一般知識となったものだ。
獣人を始め、エルフ、ドワーフ達は、あまり自分達の情報、とりわけ歴史を語ろうとしない。
直ぐ傍の隣人である筈なのに、人間はあまりに彼等の事を知らなすぎた。
そんな中、アイザワ夫妻が、地道な交流と交渉の末、彼等か情報を得て、本に纏めた。
それをほぼ無償というレベルで配布したので、それまでにあった数多の誤解は解け、少しだけ距離が縮まったのだ。
「聞いておるぞ、また回りくどい事をしておるそうじゃの」
「お恥ずかしい限りです。
私には、こんな方法しか思い浮かびませんでした」
「それで上手くいっておるのも、また問題じゃと思うがのぉ」
「ええ、まあ、私もそう思っております」
親しげに会話をするユウイチとリーズ。
しかも、話している内容は、人間の社会では真実に辿り着けていない、ユウイチ達の秘密の事だ。
いくらユウイチの過去を知り、修行期も知っているからと言っても、外からの情報だけでは、そんな解答に至らないはずなのに。
こんな森の中にいながら、どんな情報網を持っているのだろうか。
ユウイチはその事に何の疑問も持っていない様だが、ユウイチからその事を教えているという事はない筈だ。
「ルイスはかなり心配しておったぞ、暇があったら会いに言ってやるとよい」
「精霊女王様がですか? 解りました、時間ができ次第、会いに行きましょう」
あくまで、世間話をする程度のレベルで会話をしている2人。
先日和解した人間、あの島でもこんな風に会話できていなかったのに。
「ところで、そっちの連れの名を聞いてよいかのう?」
「あ、はい。
カオリと申します」
「ミシオです」
「ワシはリーズじゃ。
この里の長をやっておる」
突然話を振られ、少々慌てたが、礼儀正しく挨拶をするカオリとミシオ。
「ふむ、なかなか興味深い人材じゃな」
「リーズ様にそう言っていただけると幸いです。
お気づきでしょうが、まだ数名いるのですが、今は紹介できない事、お許しください」
「あの小屋で待機している者達か? まあ、よい。
して、ユウイチ―――子供はいつ作るのじゃ?」
それもまた唐突だった。
いや、元々その為に名前を聞いたのかもしれないが、兎も角、いきなり子供などと、カオリとミシオは目を丸くするばかりだった。
「今のところありませんよ、リーズ様。
私としては作る気ありませんし」
冷静に対処しているユウイチ。
流石というか、予想していたのかもしれない。
ただ、その言葉の中で、カオリとミシオとしては、解っていた事であるが、あまり聞き流せない言葉がある。
「それは知っておるよ。
しかしまあ、そちらの女子達は作る気満々の様じゃながなぁ」
「え、いや、その……」
それは事実なのだが、いざ言われると流石に恥ずかしく、カオリとミシオはそれ以上何もいえなくなる。
「しかし、突然どうしたのですか?
私の子供などと」
「ああ、近いほうが良いと思ってな」
「近い、とは?」
「ユウイチの息子と、わしの娘の年の差じゃよ」
「……は?」
珍しく、と言うべきか、あっけにとられるユウイチ。
対し、リーズはほほほ、という風に笑っているだけだった。
「うむ、占いの結果、次ぎにできる子は娘らしいからの。
お前の息子にやろうかと思っておる」
「いやいや、リーズ様、お待ちを。
何をどうしたら、そんな話になるのでしょうか?
というか、また子供が生まれるのですか? 確かリーズ様には既に3男4女の子がいらっしゃる筈。
獣人としては歴史的に見えても稀な子沢山では?」
「お主でもいいんじゃがなぁ。
まがいなりにもわしの娘じゃから、お主と直接じゃと、孫は娘と変わらん事になると思うしな。
と言う訳でじゃ、できれば近年中に息子を作っておくのじゃぞ」
「いや、ですから……」
ユウイチがタジタジの姿を見るのも驚きだが、それ以上に、言葉の出ないカオリとミシオ。
いつかは誰かが、などと思っていたが、もう1人の息子の将来が決定しそうなのだ。
尚、これはエルフ、ドワーフにも言える事だが、獣人は嘘や冗談の類は殆ど言わない。
と、言うより、たちの悪い冗談や、嘘を言うのは人間くらいなものなのだろう。
その為、リーズのこの発言は本気と見て間違いないのだ。
「お主の特性を受け継いだ子と、ワシの娘なら、さぞ面白い子ができるじゃろうからな。
ワシ等獣人にとって、ひいてはこの世界にとって」
ユウイチの言葉など聞かず、なにやら人間では想像もつかないくらい広い視野で夢を見ているリーズ。
が、その直後だ。
「で、じゃ、ユウイチ、御主が持つ特性は、本来人間なら当たり前に持っているものじゃから、子には確実に受け継がれるじゃろう。
ユウイチと誰かの子は、基本的に、ユウイチが持つ特性と、母方の特性を共に兼ね備える事となる筈じゃ。
―――が、もし子にユウイチとしての特性がみえんのなら、それは10割方母親の問題じゃから、気をつけるんじゃぞ」
「―――っ!」
リーズの最後の言葉に、呆けていたカオリとミシオも思わず構えてしまう。
1代ではとてもなしえない、ユウイチの目指す先、その道を受け継ぐ者を生みたいと思っている少女達にとって、とてつもなく重要な言葉だった。
「それは、教育の問題ではなく、ですか?」
「ああ、ユウイチのそれは、最早教育でどうこうなるものではない。
それは、そちらの女子達の方がよく解っていると思うがのぉ」
「……」
ユウイチの問いに答え、カオリとミシオを見るリーズ。
まるで戒めるように、もしくは試す様に。
だが、それも一瞬の事。
「さて、未来の話はそれくらいよかろう。
ユウイチが今日ここに来た本題に入ろうか」
「ええ、まあ、いいんですが。
はい、今日、我々であの場所を処理しようと思います」
なにやら話しの雰囲気が一変する。
カオリとミシオも気付いたが、2人が言っている内容はまるで見当がつかない。
「ついにその日が来たか。
うむ、お主達なら問題なかろう」
そう言って、リーズは一枚の板を取り出す。
金属製だろう、小さく薄い板で、掌の収まる程度のものである。
表面にはなにやら文字と数字が書いてあるが、一見してそれが古代の遺跡に見られる文字であると解る。
つまり、この板自体が古代の遺産と言う訳だ。
よほど保存状態が良かったのか、綺麗な状態でそれも残っている。
「今のお主達なら、3人程度で入るのがよかろう」
「承知しました」
板を受け取り、大事にしまうユウイチ。
「それから、川の水を少々お借りしたいのですが」
「ああ、勿論構わんぞ。
この森の全ては森のものじゃからな、許可の必要などない」
「ええ、ありがとうございます」
ついで、と言う感じで、最後にそれを聞いて、ユウイチ達は一旦この場を後に、一度皆が待つ小屋へと戻る事となった。
リーズと別れ、獣人の集落からも離れて暫くたった頃だ。
「……ユウイチ、ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ? 因みに、この程度の距離じゃ、獣人には聞かれるぞ」
「え? ホントに?
あー、まあいっか。
で、あの人達って協力者なの?」
既に3,4kmは離れた筈だが、それでも聞こえるとは、流石獣並の耳という事なのだろう。
それはどうしようもないと、言い方を工夫する事で、声に出して尋ねるカオリ。
会話していた時からずっと気になっていた事で、少し前にとある人間達にも知られてしまっている事を考えれば、重要な事だと思っている。
「いや、古い知り合いってだけだよ」
「その割には、私達が、ユウイチがやっている事を知ってるわよね?」
「ああ、知っているな。
いくら人間は騙せても、獣人の長クラスを騙し通す事はできんよ。
俺の幼少期と、修行期の事を知っている事差し引いてもな。
俺が関わった戦争の近くに住んでいるエルフやドワーフも、長クラスは、全員気付いていると考えてもいいな」
「それって、拙いんじゃないの?」
ユウイチがやっている事は、隠れているからこそ意味がある。
人間に知られてしまうと誰も幸せにならず、全てが台無しになる事だ。
ユウイチの口ぶりからして、口止めをしている訳ではない筈だから、何処から話が漏れる可能性だってある筈だ。
それに、ユウイチがやっている事はどう弁明したところで大罪である為、罰するという動きがでてもなにもおかしくはない。
しかし、ユウイチはそれを簡単に否定した。
「大丈夫さ。
獣人、エルフ、ドワーフは、こと人間の政治、歴史に関わる事には干渉してこない。
これは、長クラス限らず、少なくとも純血の彼等は、まず、気付いても人間に報せる事はない。
それと、彼等は基本、人間には王であろうと、殺人者であろうと接し方は平等だよ」
「……そう」
それは、信用、信頼とはまた別の、種族という違いからくる断言だった。
カオリやミシオは獣人やエルフといった他種族との交流が浅い。
だから、ユウイチが言っている言葉の意味を理解しきれないだけなのかもしれない。
でも、カオリやミシオには、少しそれが悲しい気がした。
小屋に戻ったユウイチ達。
既に小屋の掃除は終わった様で、皆で出迎えてくれる。
「というか、掃除の必要すらなかった気がします」
「ああ、まあ、そんな気はした」
中にはエプロンドレスを着て、全力で家事をする気だった者もいるが、物足りないというくらいの様子だ。
聞けば、埃が少し溜まっていたくらいで、サッと払っただけで十分だったそうだ。
一体どんな構造なら、数年放置した建物がその程度の保存できるのか、ユウイチとしても謎であった。
「で、早速だが、これから古代遺跡の攻略に向かう」
それはもう考えない事として、ユウイチは早速本題に入る。
実は、ここへ来た最大の理由がこれであった。
「解りました、準備いたします」
突然出てきた『古代遺跡』という単語にすら動揺する事なく、平然と返答する青い髪の少女。
しかし、
「いや、いい、俺とカオリ、ミシオで行く。
今回は小規模な遺跡で、その内情も殆どわかっている場所だ。
いいな?」
ユウイチは今しがた獣人の里へに同行させた2人を指名し、その3人で向かうと言う。
本来、古代遺跡の攻略―――発掘、調査、そして破壊の作業を行うには、百人前後の人数で数年掛かりの作業となる事もあるというのに。
「私はかまわないわ」
「問題ありません」
カオリとミシオも即座に返答する。
わざわざ指名してきた事に多少驚くも、ユウイチと共に行く事に怯む理由はない。
それに、古代遺跡といえば、ここへ来るまでの道中に、他のメンバーから明かされたユウイチの過去にも絡む事。
まさか、こんなに早く機会が訪れるとは思わなかったが、願っても無い事であった。
「今日中に戻る。
悪いが、飯の支度は任せたよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
良妻の如く、笑顔でユウイチを見送る青い髪の少女。
つい先日、ユウイチのある過去を聞いた為、多少心配はあるが、それ以上の信頼と、仲間も連れて行っている事で、何も言わず、顔に出す事もない。
後ろでは、何か言いたげな少女が居るが、まだ日の浅い少女だ。
「そうそう、暇があったら、新メンバーにいろいろ教えておいてくれ。
次の現場まで時間はまだあるだろうが、教える事は山ほどあるからな」
「承知いたしました」
青い髪の少女は先と同じ笑顔で応える。
最近新しく入ったメンバーをちらっと見ながら。
その、チラッと見た一瞬だけ、笑顔に違う意味が含まれた気がするが、ユウイチはとりあえず気にしないことにした。
小屋からまた1時間程の移動し、辿り着いた場所。
なんら目印の無い森のど真ん中。
だが、そこには確かにある。
「この下、か」
「そうだ」
草木と苔の地面。
一見して何も無く、ただ延々と続いている森の大地だ。
しかし、この下には巨大な何かがある。
大樹の根の道を阻み、土の温もりをさえぎる何かが。
「ミシオ」
「はい」
キィィン……
ミシオを中心に魔方陣が展開される。
転移魔法の魔方陣だ。
召喚魔法を習得しているミシオが、同時に使用できる魔法である。
しかし、本来転移魔法は、召喚魔法にしたところで、多数の限定条件と、多大な魔力を持って行われる高度な魔法だ。
人間を転移させるとなれば、魔導師個人で、且つ何の準備も無い場所では、たとえ転移距離が短距離でも、実行する事すらできない。
だが、逆に、そう言う準備がされているならば、単独の魔導師でも空間転移が実行できる。
ヒュォンッ!
3人は光に包まれ、魔方陣に吸い込まれるようにして、地上から姿を消した。
そして、次の瞬間、ユウイチ達の目の前には金属製の壁が出現する。
見渡せば、前方以外は全て土。
ここは地中で、丁度先ほどの場所から地下へ垂直に10m程降りてきた場所だ。
転移様の魔方陣と、この空間を護る結界が展開され、ただ、目の前の壁の中に入る為だけにある場所だ。
「ユウイチ、装備は?」
古代遺跡を目の前にして、尚、何も言ってこないユウイチに対し、カオリは尋ねる。
本来、古代遺跡に入るとなれば、かなりの重装備を必要とする。
防衛システムの攻撃は、単純な物理攻撃ではなく、空間に作用する魔法なども含まれ、空気を汚染する事もある。
古代遺跡にある古代の遺産を目当てに入り、帰ってこなかった冒険者は数知れない。
「このままでいい。
ここの内情はほぼ全て解っている。
後は、人間が破壊するのを待っているだけの状態なんだ。
危険度の高い防衛システムはこれで解除できる」
そう言ってユウイチが出すのは、リーズから預かった金属の板だ。
「そう。
まあいいんだけど、それならそれで幾つか聞きたい事があるんだけど」
「移動しながら話すさ。
入る事に成功すれば、移動中に危険はないからな。
まあ、それでも警戒はするが、会話くらいはできるし、中での方が話しやすい」
「そう」
ユウイチの回等に、一旦会話を切るカオリ。
話してくれない可能性も考えていたが、今のユウイチはそう言う雰囲気ではない。
どちらかというと、ノリ気というか、気分良く話してくれそうであった。
尤も、古代遺跡を前にして、そんな様子は不気味でもあった。
「ミシオ、手伝ってくれ」
「はい」
金属の壁の、金属の扉の前に立つ2人。
扉の横には少し出っ張りがあり、光が灯っている。
「今回の鍵はこれで、鍵穴はコレだ。
情報を書き換え、3人を入れるようにする。
マコトとルーミア、それにシェリーを」
「はい。
おいで、マコト、ルーミア、シェリー」
キィィンッ!
ミシオの呼びかけと共に、ミシオの周囲に3つの魔方陣が展開される。
そこから姿を現すのは仔狐の姿をした炎と幻惑の霊獣マコトと、紫色の鷹の姿をした雷電と知識の霊獣ルーミア、そしててのひらサイズの妖精の姿をした水の精霊シェリー。
いずれもミシオと契約している存在だ。
元はレンジャーであるミシオだが、レンジャーよりも召喚師としての才能があったらしく、旅に出てからはそちらの腕を磨いてきた。
現に今ではいずれも小型とは言え、3体の同時召喚まで行っている。
「頼むぞ、3人とも」
久々に会うマコト達と挨拶を交わすユウイチ。
ミシオと契約している者であるが、実はいずれもユウイチと関わりの深い者達であった。
挨拶の後は、マコトとルーミアはミシオの肩に乗り、シェリーはミシオの頭の上に乗る。
これから行う作業の為、術者と接触した方がやりやすいからだ。
「では、始めよう」
そう言って、ユウイチは金属の板を光が灯っている出っ張りにかざす。
ただし、ただかざすだけではなく、金属の板にいくつもの魔法を施してかざしている。
ユウイチは実戦中に使える魔法こそ習得していない。
しかし、それは魔力が低く、出力が足りないからであって、こういった魔導的な装置の解析や、鍵の解除などといった精密さと知識が求められ、出力の必要の無い作業は十分に行える。
「ミシオ、3本目から侵入、障壁を解除し、書き換えた情報を流せ」
「了解」
ユウイチが鍵といった金属の板と、光が灯っている出っ張りとの間で行われている処理、それをミシオと2人でこちらの都合の良いものへと書き換えていく。
今回はユウイチがその道を確保し、マコト達の補助を得たミシオが情報の書き換えを行っている。
(と、言う所までは解るんだけど、実際何をやってるかはサッパリだわ)
今はただ眺めているしかないカオリは、2人が行っている作業を見て、そんな事を考えていた。
カオリは元も、今も拳士で、魔法は一切使えない。
一応、薬を使った治療術は身に付けているし、家事なんかもできるし、日常生活での事ならなんでも器用にこなすが、戦闘ではただ拳で殴るだけしかできない。
目の前のミシオの様に召喚魔法を使う上、霊獣達との連携で古代遺跡の鍵を解除したりできないし、他の仲間の様に、いくつもの戦闘術をマスターしている訳でもない。
特殊技能といえるものも無く、最近入ったメンバーの様に超高速で動くような絶技を持っている訳でもない。
本当に単純な格闘家。
それがカオリだ。
(いい加減、何か他の技能を覚えた方がいいかしら)
今まで何もしてこなかった訳ではなく、いろいろ試してはいるのだが、どれも肌に合わないか、全く才能が無い事が解り、諦めてきた。
格闘家としての腕は磨きをかけ、戦力としては十分に役立っているという自信はある。
しかし、ユウイチの行く道にとって、単純な戦力でしかないカオリは、どれ程役に立てているのだろうか。
せめて、サブリーダー的存在である彼女の様に、演技が上手くできたらと、よく思う。
(いっつも私ユウイチの敵側だしね)
やる事が無い為、ついそんな事を考えてしまうカオリ。
そんな間も、作業は順調に進んでいる様だ。
「よし、受信情報にこちらの情報を載せる」
「はい、入館者はユウイチ、ミシオ、カオリの3名。
セキュリティレベルAまで解除。
全ての扉の鍵を開きます」
ガチンッ! プシュッ!
物理的な鍵が外される音と共に、金属の扉が左右に開く。
同時に、中の空気が今待機している場所まで流れてきた。
ずっと長い間密閉されていた空間の空気だ。
「よし。
ふむ、流石に保存状態がいいな、空気も問題ない」
「ええ、その様ですね」
ついに扉が開き、古代遺跡の攻略が始まる。
破壊という目的の攻略が。
「では、いくぞ。
離れない様にな」
「了解」
ユウイチを先頭に、カオリとミシオは後に続いた。
入り口の扉を入って数分。
幾つかの角を曲がり、慎重に進んでいく。
ミシオとユウイチで場所を確認し、目的の場所へと向かっていく。
「小規模って言ってなかった? 広いじゃない」
慎重に進んでいるとはいえ、数分も歩いて目的地に着かない。
地上ならいざ知らず、ここは地下にある施設の中なのにだ。
「規模は小さいさ。
ただ、生産工場なだけあって、その分広いだけだ」
「生産ってやっぱり人形?」
「そうだ。
お前達の故郷にもあったのと、ほぼ同じ物だ」
「……そう」
ユウイチは今、お前達の故郷と言った。
俺達の、ではなく。
なんとなく分かっていた事だし、むしろカオリやミシオにとっても、最早帰るべき場所ではないので、そう呼ばないで欲しいという気持ちもある。
でも、ユウイチの口からそういわれると、流石に悲しい。
だが、そんな感傷に浸っている場合ではないだろう。
何せ、危うく故郷が壊滅するところだったモノが、こんな所にも存在していると言うのだから。
それに、そう言うタイプの人形であるという事は、ユウイチにとっても辛い思い出も思い出してしまう筈だ。
「さて、では少し話をしようか」
カオリとミシオが、今のユウイチの感情を読み取る前に、ユウイチは先ほどカオリに説明すると言っていた事を話し始めた。
「そうだな、まずはカオリ、お前の『古代遺跡』と言われるものの知識について、確認しておこう。
知っている事を言ってみてくれ」
ユウイチは授業でも始めるようなノリで、まずはそんな事をカオリに聞いてきた。
「『古代遺跡』―――
こう呼ばれるものは、今から1247年前、その当時大地を支配していた人間が、神々の声を無視した結果起こった大戦争から、辛くも生き残った当時の施設の事。
現在の物より遥かに優れた魔法武具の生産工場及び貯蔵庫、天候も簡単に操る魔器、大規模な環境変更すら行う魔導装置、天の星々の力を借りられる魔導施設など。
その全ては、今の我々の技術を遥かに凌駕した遺産であり、現在では発掘、調査が進められている。
ただし、当時神々が警告をした技術であり、更に神々と戦争をしていたので、今尚生きている遺跡には、危険な技術が残っているのと、防衛システムが働いているという2重の意味で危険とされている。
発見されている古代遺跡は、古代遺跡がある場所を領土としている国で管理され、許可がなければ入る事はできない。
尚、発掘される物の中では、自律型人形の姿が多く見られ、嘗ての大戦において、人間側はこの人形を主力としていたと考えられている」
カオリはまず、教科書にも載っている一般常識を述べた。
これは、この世界の人間の誰もが知っている世界の歴史に関わる事だ。
尚、『遺跡』は他に、大戦直後にまだ技術を覚えていた人々が作った、安全且つ高度な物が遺った遺跡なども多数存在する。
大戦まで遡らなくても、1000年前ともなれば、財宝が眠っている当時の神殿跡なども『遺跡』と呼ばれる。
ただ、『古代遺跡』と言われると、カオリが説明したものを示す。
「うむ、その知識は正しい。
では、嘗ての大戦について知りうる限りを言ってみてくれ」
「今度は大戦? まあいいわ。
かの大戦は、人間が神々の声を無視し、この星を食い尽くそうとしていた為、神々が最終手段に訴えたもの。
と、普通の人はそう教えられているが、実際には、ケンカを売ったのは人間側からであり、神々は人間の求めに従い戦いに応じ、人間は一度滅びる寸前まで追い詰められた。
最終的に、神々の声を聞き、従った僅かな人間が今の私達の祖先として生き残り、今日までの繁栄を取り戻している」
「そうだ、それも正しい。
幾つかの遺跡と、国の裏側を知っているからこそ得られる情報だな」
「で、どこまで言えばいいの? 7賢者の話まで?」
「いや、その前だ。
大戦中と、大戦の前について、お前はどれだけ知っている?」
ちょっとイジの悪い笑みを見せるユウイチ。
返って来る答えが解っているのだ。
「大戦中の詳細と大戦前の記録は、大戦で大部分が失われ、残った情報も、同じ過ちに引き込まれない様に、始祖達が焼き払った。
という話しかしらないわ」
「だろうな」
それについて、カオリも若干疑問に思ったことがあるが、記録が無いのは事実で、何処の国であれ、裏にすら情報は無かった。
だから、本当にないのだと、カオリはそう考えていた。
「ああ、実際に記録は殆ど無い。
稀にこういった遺跡から見つかる事もあるが、基本的に抹消される。
だが、カオリ、変だと思わないか? 記録が無いとは言え、大戦中の話も、大戦後の話も、どちらも人間以外の『人』が出てこない」
「……え?」
「確かに……え、でも……」
カオリもミシオも思い出す。
自分が知りうる限りの歴史におけるエルフ、ドワーフ、獣人の登場を。
彼等『人』は、歴史に何度か登場し、事実隣人として存在している。
歴史に登場する頻度の少なさは、互いに干渉しないという約束があるからだ。
しかし、あの大戦は、星の命が危機に瀕し、神々と戦った大戦中、彼等は何をしていたのだろうか。
「おかしいだろう? 俺も引っかかりはしていたのだが、気付いたのは最近だよ。
俺達人間は、どうも、彼等を在って無い様な存在として見ているふしがある。
人間という種族全体でだ。
何よりも近しい隣人である筈なのに」
姿も近ければ、結婚して子を成す事もあり、実際ハーフエルフなどは多くは無いが、それなりの数が存在する。
それなのに、人間は彼等の事を知らな過ぎる。
そもそも、何故、互いに干渉しあわないという約束になったのだろうか。
「実際、ある種の遺跡を調べるとな、エルフやドワーフ、獣人が協力していたという記録も、敵対していたという記録も無く、戦闘記録にも一切出てこない。
それどころか、エルフやドワーフという単語が何処にも見当たらないんだ。
獣人と言う単語は、その当時の人間が生み出した生体兵器の類に見られるが、俺達の知る人としての獣人というのは見当たらなかった。
生体の分布を示した地図にすらだ」
「それって……」
確証も無く、複数の解答が思い浮かぶ。
だが、どの解答も恐ろしいものだ。
「まあ、この話には続きがある。
俺はさっき、ある種の、と言ったが、カオリ、お前は古代遺跡の種類について気付いているか?」
「種類? 今尚生きてるとか、内容じゃなくて?」
「内容というのは実はそうなんだが―――古代遺跡は大きく2種類の分類される。
剣や槍と言った、見た目からして用途が解り、解析すれば俺達も使える物が置いてるものと、主に人形の大量生産している施設がある方だ。
俺達から見ると、どちらも施設の外見的にも、内容的にも、今の技術の遥か先にある為に、見分けは付きにくい。
だが、1つだけ、決定的な違いがある」
「決定的な違い?」
「精霊と契約しているか、精霊を強制的に隷属させているか、の違いだ」
ユウイチが言葉にしたその後者は、魔法を使わない一般人ですら寒気のする言葉だ。
契約とは、互いに対等な条件で、納得しあって始めて行われるものであるが、強制的な隷属など、どう驕り高ぶればできる行為だろうか。
だが、実際それが行われていたのは、カオリも知っている。
「強制的な隷属って、それが原因よね、大戦って」
「そうだ。
世界のバランスを崩す様な事をしたから、神々が警告した。
しかしだ、なぜ神々に逆らってまで強制的な隷属を強行したような者達が、普通に契約している物を遺しておく?」
「研究とかの初期段階のが残っていた、とかじゃなくて?」
「ああ、実際その考え方が今の一般的な考え方だ。
だが、多すぎる。
ならば、隷属化する過程の物がもっと遺ってないなければならない。
だから、一部の研究者はこう考えている。
―――『世界は2度滅びたのだ』と」
「―――っ!」
カオリは言葉もでない。
今まで想像もしなかった事だ。
あまり歴史に興味を持たない方ではあるが、ユウイチの言ったソレはあまりに大きすぎる。
「その方が辻褄の合う事が多くてな。
それに、剣や槍といった武具がある方の遺跡だと、エルフやドワーフ、獣人の名が出てきてるし、それに竜の名も頻繁に出てきている。
その事は、エルフやドワーフ、獣人の長達に聞くと、明言はしてくれなかったが、当時、一部は協力し、武具を作った事があるという話も聞けた。
だから、俺はこう考えている。
世界は一度、何らかの理由で滅びた。
それも、恐らく戦争である事は、遺跡の調査で解っている。
それがまた混乱する理由なのだが、兎も角、その1度目の戦争の後、エルフやドワーフ、獣人と言った人間以外の人は、隠れてしまったのではないかと。
そして、2度目の大戦の後、また出てきてくれたのではないか、とな」
「それが、エルフや獣人達が人間と干渉し合わない、私達人間がエルフや獣人達の事をあまり知らない理由だというの?」
「確証はまだ無い。
だが、1つだけ確かなのは、この古代遺跡にしたところで、本来直ぐに破壊されるべき筈なのに、獣人が鍵を管理していた。
何故だと思う?」
「あ、そう言えば……」
エルフ、獣人、ドワーフ達は、古代遺跡を嫌う傾向がある。
それは、嘗ての大戦を考えれば当然であるが、その割に遺跡の場所を知っていても何もしない。
入ることすら嫌っているという解釈もあるが―――
「それはな、どこかで失伝してしまった様でな、実は、人間からの要望だったんだ。
大戦の終結時、数も減り、技術も失った人間では、古代遺跡に入って壊す事はできない。
だから、頼んだのさ、『いつか、自分達の罪は自分達で解決する。だからそれまでこの鍵を預かっていて欲しい』とな。
まあ、勿論鍵を渡すってのは、こことか、鍵だけは持っていた遺跡に限るが、当時、人間は知りうる限りの『危険な施設』の場所をエルフ、獣人、ドワーフにも開示したそうだ。
ここは危険です、後でちゃんと自分達で片付けますってな。
それを人間側は忘れて、隣人達は覚えているというのは、また人間の罪の1つなんだろうな。
これは俺の両親も気付いたみたいなんだが―――何かに残す前に、あの事件で殺されたからな、俺も両親が気づいていた事を後から知ったよ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
一気に話され、とても情報の整理が追いつかない。
カオリにとっても、ミシオにとっても初耳且つ、無視できる情報ではないのに。
「それも踏まえて、もっと調査しないとな。
ただ、どうしても失っている情報が多くて、2度の大戦の前から生きてるというエルフを探して、聞かないといけない部分もあるだろう」
「え? 2度の大戦の前からって、そんな長生きなエルフが居るの?」
先の大戦ですら、1200年以上前の話だ。
そして、人間からは想像もできない長寿のドラゴン、メンバーにもいるダークドラゴンのシグルドですら、600歳なのに。
「ああ、居るらしいぞ。
大戦どころか、エルフには始祖の1人がまだ生きて残っているらしい。
ちゃんと肉体をもってな」
「え? 始祖って……始祖って、まさか……」
「そう、神々に作られた最初のエルフだよ。
俺も会った事はないが、エルフが居ると言ったからには居るんだろう」
人の生きた歴史そのものがまだ存在している。
人の歴史は大戦で歴史を失っているせいで正確にはわからないが、2000年どころでは済まない筈なのに。
その全てを知る人が現存しているというのなら、もしくは―――
「……ああ、すまん、ちょっと一気に話過ぎたな。
今言ったのは、最後の2つ以外はまだ調査段階で確証はない。
話しておいてなんだが、事実確認がとれてないから、お前達から他の奴等に話す事はしないでくれ」
最後に、ユウイチは苦笑と共にそう言った。
随分と壮大な話をしておきながら、まるで嘘の過ぎた子供の様な顔をする。
恐らく、今の話は本気だったのだろうが、カオリもミシオも気が抜けてしまった。
「解ったわ。
いつか、真実に辿り着く事を待ってるわ」
「ああ、辿り着くとも」
そこから、まだ暫く歩いたが、目的地まではそれ以上の会話は無かった。
更に数分後、やっと目的の場所に到着する。
「ここだ」
厳重な扉を開けて入った場所は、数多くの機器が並んだ部屋だった。
コントロールルーム、と名の付いた部屋である。
「ミシオ、ここからこの施設の頭脳へアクセスしてくれ」
「了解しました」
「俺とカオリは更に下へ移動する」
「あら、別行動?」
いろいろと警戒の必要な古代遺跡の中で、別行動をとるのは、あまり推奨のできない行為の筈。
生きている施設ならば尚更だ。
普段なら、ユウイチもしないだろう。
「ああ、マコト達もいるし、こっちは1人で大丈夫の筈だ。
ミシオはここで情報を収集してもらう。
そんで、俺とカオリは下で暴れる」
「せっかく安全に侵入してきたのに暴れるの?」
「そうだ。
どの道、この鍵ではここまでしかは入れないから、この先は破壊して進むしかない。
それと、内部で破壊が発生する事で、ここにおける重要な機密情報をどこかに隠そうとする筈だ。
それをミシオが読み取り、隠した物も含めて全て破壊するって手順だ」
「安全に入った割りには粗暴ね」
この場所が比較的安全な場所にあるからか、ユウイチにしては荒いと思った。
というよりも、ユウイチは単純に暴れたいだけなのではないかと、そう思えてくる。
その理由も幾つか思いつくのだから、なかなか否定しきれない。
「まあ、そう言うな。
変にここから調べるよりも安全で確実なんだ」
「まあいいわ。
じゃあ、行きましょう」
「念話の接続はマコト側で維持しといてくれ」
「解りました」
そうして、ユウイチとカオリはミシオをコントロールルームに残し、再度移動する事となった。
コントロールルームを出て、数分の移動後、少し開けた場所に出る。
開けた、とはいっても、機械で埋め尽くされた場所だ。
ここは人形の生産工場の中でも、最終段階の調整場所であり、試験運転をする場所でもあった場所であるらしい。
「さて、始める前にいっておくが、ここの人形は強いぞ」
「どれくらい?」
「そうだな、スペック上は、お前達の故郷で出た奴のざっと20倍。
あれは完全に数で攻める量産型で、ここのは大戦の中でも後期の高性能な型らしい。
それに、あの時とは違って、装甲も完成されてるし、無いのは武器くらいで、まあ、ブレードがデフォルトで付属されているのはあの時と同じかな。
ああ、俺達には基本的に関係ないが、対魔法防御はずば抜けて高いぞ。
で、後は、高度な戦術プログラムも組み込まれているから、動きも、あの時とは比べ物にならんだろうな。
まあ、例えるなら、1体辺りエルシア皇国の騎士団長くらいだろう。
工場の広さ的には小さいし、存在する人形も少ないが、その分厄介な施設だ」
「へぇ、あのオルト将軍くらいなの。
この空間を埋め尽くす程出てこられたら拙いだろうけど」
ユウイチが例えたのは、仮にも皇帝を名乗る者が治める大国の騎士団長クラスだ。
多少伝統に縛られていても、確かな血筋に因る、戦闘のプロフェッショナルだ。
ユウイチ達も簡単に勝てる、どころか、負ける可能性だってあるクラスの強さがある。
「一度に出てくるのはせいぜい20体程度だろ。
ココには全部で100体程度が保管されている。
一応ココを護るのが目的だからな、それ以上はココに納まらないし、それ以上での戦闘はココのシステムを破壊しかねない」
「そう。
それなら問題ないんじゃないかしら」
「そうかい」
大国の騎士団長クラスが20人だと言っているのに、簡単に言ってのけるカオリ。
それは甘く見ている訳でも、強がっている訳でもない。
純粋な事実として告げている。
「じゃあ、始めようか」
ミシオに開始の連絡を入れ、ユウイチは剣を抜く。
背負っていた鎖付きの大剣だ。
それに、懐には2振りの小太刀と1丁の魔銃があり、その他補助アイテムが多数装備されている。
「いつでもいいわよ」
対し、カオリは素手のまま、自然体に構える。
カオリは防御の魔法が掛かった武道着以外は、魔獣の皮で出来た肩当、肘当、膝当を着けているくらいで、武器は一切装備していない。
靴なども一応特別製だが、攻撃力が高くなる訳ではない。
格闘家として、篭手をつけている事もあったが、今ではそれもなく、手の周りは一切何も着けていない。
「ではいくぞ」
スッ……ズドォォォンッ!
ユウイチが行った行為極単純。
剣をおもいっきり地面に突き刺したのだ。
ただし、大剣の重さと全身の筋力と重心移動をフルに使った一撃。
見事なまでに、金属の床に突き刺さっている。
ビーッ! ビーッ!
『警告、施設内にて破壊行為を確認。
侵入者によるものと断定。
速やかに排除せよ』
その衝撃を感知してか、けたたましい音が鳴り響き、同時に感情の無い機械の音声が流れた。
その直後だ、
プシュッ!
ユウイチ達がいる場所の直ぐ傍の扉が開く。
そして、中から現れたのは金属製のヒトガタ、オートマータと呼ばれる機械人形だ。
現れたのは2体。
『目標確認、排除開始』
現れた人形から声がした。
何の意味があるかは知らないが、戦闘用の人形のくせに、音声を出す機能を持っているらしい。
尤も、2人にはそんな事はどうでもいい事だし、この人形の価値はそんな所ではない。
フッ!
ユウイチ達の目の前で、人形が突如消える。
視界から消える程の超高速で、いきなり動き出したのだ。
そして、既に距離を詰め、ユウイチとカオリの両側から攻めて来ている。
相手の武器は両腕と両足に付いたブレード。
ただのブレードであるが、非常に鋭利に研ぎ澄まされたもので、通常の鉄の剣など豆腐の様に斬ってしまえる物だ。
超高速の機動による視界外からの攻撃。
一般の冒険者程度なら、なすすべも無く細切れにされてしまうだろう。
しかし―――
「ふっ!」
「はぁっ!」
ズゴォッ! ズドォォンッ!!
ドゴッ!
ユウイチは床から引き抜いた大剣で、相手のスピードすら利用して股下から片足と片手を切り、更に脳天に一撃を叩き込み、沈めた。
普通に考えれば、現代技術より遥かに上を行く古代遺跡のオートマータの、それも完成されているタイプの装甲はただの鉄より遥かに硬く、同時に柔軟にできている。
その為、剣で斬る事は普通はできないのだが、ユウイチの場合、どうやっても護りきれない関節部分を狙った。
それでも、関節を護る金属の糸の様なもので阻まれるが、そこは大重量を持って押し潰す様に断ち切ったのだ。
如何に高い技術力によって生み出されていても、弱い部分を単純な高いエネルギーを持って攻めれば壊す事ができる。
更に、同じように巨大な金属塊である大剣で、斬れずとも叩き潰す事はできる為、脳天の一撃は、頭を潰すと同時に、首という関節からもげ落ちてる事となる。
対し、カオリは相手の4本のブレードが、まるで自分から避けたかの様な綺麗なカウンターで拳を相手の心臓部に叩き込んでいた。
例え視界から外れていようと、関係無く、人形故の単純な動きを読み、そこに拳をあわせただけだった。
しかし、一見か弱い少女の姿をしているカオリの拳が当たったとて、本来完成されているオートマータがダメージを受ける筈はない。
筈はないのに、現にカオリの拳が当たった場所は、えぐれるどころか、綺麗に穴があいている。
カオリの拳は、突き刺さった訳でもない筈なのに。
これは、単純にカオリの技によるものだ。
拳打という、単純にして最高の技。
勿論、ただ拳で殴ったのでは金属製の装甲に傷が付くどころか、カオリの拳が壊れる。
それは、ある種の魔法によるものだ。
カオリは攻撃魔法は使えないが、その代わりに魔力を全て己の内部で使用している。
強化魔法と呼ばれるこの技術で、一部地方ではこの戦い型における魔力を『氣』と呼んでいるが、同じ事である。
魔法を纏う、つまりは、大気すら味方とし、大自然と一体となり、己の力とする技術。
尚、基本は自らの魔力で身体能力を向上させる事だが、そもそも『魔力』とは、世界のほぼ全ての空間に存在する『魔素』を体内に取り込み、己の『魔力』としている。
つまり、自らの魔力でも、やはり大気の、大自然の力を借りているには違いない。
これは、獣人が得意とする技術でもあり、今ある強化魔法の技術は、獣人から基礎構築を教わったとも言われているが、最も原始的な魔法とも言われ、実は無意識に使っている人も多い。
特に武術家の類は、教えられる以前から独自の魔力の編み方を会得している場合がある。
因みに、通常、人間が魔法を発動させる為には、さまざまな下準備が必要になる。
魔方陣を描いたり、印を切ったり、詠唱したりがそれである。
強化魔法の場合も、勿論それら、何らかの行動が必要で、武の足運びや『舞い』によって、印を結ぶのと同じ効果を出していたりする。
カオリの場合はもっと単純で、呼吸や、攻撃行動そのもにその発動の為の準備を組み込んでいる。
そう聞くと、普通の魔法より簡単に扱える様に聞こえるが、実際は全く逆である。
強化魔法は、自身に魔法を纏い、いうなれば、己を魔法とするもの。
強化の度合いに見合った『力』が己の身体に纏うのだから、もし制御に失敗すれば、それはそのまま己のダメージとなり、最悪、内側から爆ぜる、まさに『自爆』となる。
それも、強化魔法を使うという事は、近接戦闘をする為であると言って良い為、魔法を纏った手足に、または制御を計算している頭部に、強い衝撃を受ける可能性が高い。
強い衝撃は、制御を崩し、魔法を暴走させる要因となり易い。
普通の魔法は、大抵外側に力を集束させている為、それが暴走だけだが―――勿論、内部で練っている分の魔力は自身のダメージとなるが、強化魔法の場合は、全て自分に返るのだ。
ある意味で、最も過酷な魔法系体と言える。
そんな強化魔法を、カオリの場合は、道場で教わった基礎的なものを、延々と繰り返す反復練習の末、オートマータの装甲すら貫くまでの、単純な威力向上を得意としている。
『戦闘不能、機能停止。
戦術プログラム更新』
ドゴォォォン!
最後に何やら喋ってから自爆する2体。
施設を傷つけない為か、爆発は己の内部機構の機密を護る為の、最低限の物で、ユウイチとカオリは難なく回避している。
ザッ! ザッ! ザッ! ザッ!
その直後、別の扉から今度は4体のオートマータが現れる。
「今のは様子見だったのかしら?」
「段階を踏むみたいだな」
2人は、つまらなそうにそんな事を呟く。
その間に、オートマータの方は動いていた。
フッ!
1体が横から、もう1体は上から攻めてくる。
更に、人形の四肢を人間ではありえない方向に曲げ動かしている。
「つまらん」
ヒュォンッ!
ユウイチはまず、上から来ている人形に鎖を投げ、絡ませた。
四肢を変に動かしているから、絡め易い。
そして、その鎖を引き寄せつつ、
「ふんっ!」
ドゴッ!
大剣で横から来ている人形を掬い上げる様に叩き、鎖で引き寄せていたのとぶつける。
ドゴォォォンッ!
互いのブレードに貫かれ、自爆する2体。
「はいっ!」
ドゴォォンッ!
一方、カオリの方はブレードを複雑に動かし、2方向から来る人形2体の頭を同時に捕まえ、床に叩きつけ、頭部を足で踏み潰していた。
4本のブレードを、人間では在り得ない動きで動かしているというのに、まるで最初からそこには何も無かったかの様に掻い潜ってだ。
『戦術プログラム更新。
危険レベル変更』
4体が破壊された後、今度は8体の人形が出現する。
どうやら、ここまで潜入してきたユウイチ達の、データを採取しながら戦っている様だ。
「面倒な事だ」
「まったくね」
決して弱くは無い。
それどころか、過去戦った人形より遥かに強く、厄介な相手でありながら、2人はそんな事を言って溜息を吐くのだった。
それから数分。
まだ人形との戦いは続いている。
1度に出てくる数は、ユウイチの予想通り20体未満の15,6体。
施設内である為か、本当に武器がないのか、遠距離攻撃はしてきていない。
それをユウイチは、大剣と、大剣に付いた鎖のみですべて叩き潰している。
小太刀も魔銃も、その他のアイテムもまだ使っていない。
相手がこちらの強さに読み取って、戦術を上げているのなら、何かあった時の為に、隠せる手は隠すつもりなのだ。
(ユウイチは上手く戦ってるわね)
そんなユウイチの戦いをすぐ傍で、目では見ずとも肌で感じ、改めてユウイチのすごさを実感するのだった。
ユウイチは、女性にして、見た目としては普通の少女程度の身体つきのカオリに、腕力で全く敵わない。
強化魔法を使えるカオリと比べるのも間違っている気がするが、魔導刻印の効力を持って、やっとミシオと同程度か、それでもそれ以下程度しかない。
生まれついての虚弱体質のせいだ。
だというのに、自分の身長ほどもある巨大な大剣を振り回し、ユウイチの例えどおり、大国の騎士団長クラスの厄介さを持っている人形を、それこそ木偶人形の如く砕き散らしている。
攻撃魔法も、カオリの様に強化魔法すらろくに使えない人間が、カオリでも目では追えない人形の動きを、完全に先読みしつくす事で対処している。
尚、当然ながら、技も多彩に使っている。
大剣の圧倒的質量と力で押し切っているのだが、それをこの人形たちに当てる事自体がまず技であるし、確実に急所に当てるという高等技能も見せている。
それでも、ただ大剣を振り回し、その硬度と質量だけで壊している様に見えるのは、そう見せているからだ。
こちらの動きを学習し、戦術を上げてきている筈なのに、人形の動きが最初とあまり大差ないのはそのせいだろう。
技は使っていても、大剣で叩き潰すという、あまりに原始的な攻撃方法故、防ぐ手段などいくらもない。
一応その対策を打ってきていても、先読みされて意味を成さず、それ以上の戦術が組めていないのだ。
もし人間なら戸惑う所だろうが、人形にそのような感情はなく、唯淡々と、既に読まれている動きで、ユウイチに破壊されるだけだ。
そう、所詮人形であるが故、それ以上の変化を持つ事はなく、予め組み込まれたプログラムで動くのみで、成長もしない。
(まあ、『単純』と言う意味では、私も大差はないわね)
カオリがやっている人形への対処は、全て拳、もしくは蹴りでの一撃のみだ。
ドゴンッ!
また1体、カオリの正拳に心臓をぶち抜かれ、自爆する人形。
ユウイチの例えである、大国の騎士団長クラスというのは、実に正しいものだとカオリは考えている。
単体の強さだけではなく、連携もちゃんとしてくるのだ。
フッ!
4体の人形が動いた。
奇妙な動きをしながら高速で動き、1列に並ぶ。
同じ形、同じ動きでまっすぐカオリに向かってくる。
正面から見ているカオリには、後ろの3体は見えない。
どのタイミングかで、後ろの3体は左右と上に飛び出し、カオリを同時に襲うだろう。
先頭1体が完全に後ろの3体を隠している為、視覚ではそのタイミングは計れない。
(でも、そんな連携が有効なのは、2流までだと思うけど)
どんなに早く動く物体も、風に、空気に触れず動く事はできない。
なんらかの魔法で風や空気を制御しているなら別だが、その場合は、その制御している魔法を感知すれば済む話だ。
ともあれ、カオリにとって、後ろの3体の位置関係なんて目で見る必要も無く解る。
幾千幾万と経験してきた実戦の感で、間合いは計れる。
「はぁっ!」
フッ! ドゴォォンッ!!
こちらを攪乱する為か、後ろの3体と同期を取る為か、ややスピードを落としていた人形に、カオリは自ら距離を詰め、先頭の人形に渾身の一撃を叩き込む。
本来なら、その瞬間、後ろ3体がカオリに襲い掛かる筈だったのだろう。
しかし、
ジ……ジジ……
カオリの一撃を受けた先頭の人形の腹部は大きく陥没し、それに連なる3体の人形も、同じ様に腹部を大破していた。
カオリは時間があった分、自身の魔力でより身体を強化し、正拳を放ったのだ。
本来強化魔法の真髄は、精霊を自分の内側へ取り込み、精霊の力も借りて自身を魔法とするものであり、獣人はこれを得意とする。
カオリも今はそれを使えるが、ここには精霊がいないのと、基礎だけを延々と積み重ねていた期間が長かった為、単純に魔力で身体を強化するのが得意で、単純な出力の高い一撃を放つ事ができる。
その一撃を持って、カオリは、先頭の1体を破壊すると同時に、その1体目を後ろの3体に叩きつけたのだ。
同じ位置にほぼ密着しているなら、衝撃も全てに伝わる。
ただ、流石に高性能な人形で、硬く、衝撃吸収もする為、最後尾の1体を破壊するのはギリギリだった様だ。
(まだまだね)
全ての人形に同じ衝撃を均等に加えるつもりだったカオリにとって、これは失敗だった。
実際、もう少し弱ければ、最後の1体が襲い掛かってきていただろう。
1体程度ならば対処できるのだろうが、それでもこの方法で連携をとめようとした場合、1人でも残ればそれまでである。
(とりあえず、次ぎはっと……)
今は反省している時間は無く、次ぎの人形が既に迫ってきている。
今度は4方向からの同時攻撃。
前と左右と上だ。
背後にはユウイチが居る為、回り込んではこれない。
先ほどから似たような攻撃が続いている。
人形としては戦術に則り、奇も狙っているつもりだろうが、所詮、人間がプログラムした戦術で、その組んだ人間のレベルが低ければ、まあそれまでなのだ。
人形などに頼って戦っているのだから、恐らく生身での実戦経験など無い者も多かったのではないか、と推測される。
「ふっ!」
ガシッ!
カオリはまず右側から来た人形の頭を掴んだ。
ブレードを振り回しているが、それは剣術ではなく、単純に振り回しているだけ。
複雑な動きのつもりだろうが、雑な流れで動かしているだけで、どんなに人間では在り得ない高速の切り替えしをしていても、手を差し入れるくらいたやすい事だった。
ブオンッ!
掴んだ1体と、位置を入れ替えるように投げ飛ばし、同時に残り3体の追撃路を塞ぎつつ、左側から来ていた1体にぶつける。
「せっ! はいっ!」
ドゴンッ!
衝突したところで、投げた1体の背に拳打を叩き込み、密着状態だったもう1体と共に破壊。
更に、そこから裏拳で前方から来ていた人形の頭部を破壊。
「それっ!」
ゴッ!
最後に、上から来ていて、左側からの人形を投げ飛ばした時に、バランスを崩していた人形を蹴る。
それで破壊するつもりだったが、
ズゴンッ!
上手く蹴れず、天井まで上昇してしまい、更に天井に突き刺さってしまった。
機能は停止した様だが、飛んでしまうのは、失敗の証だ。
正拳突きにしろ、蹴打にしろ、衝撃を内部から全身に伝わる様にできなければならない。
吹き飛んでしまうという事は、その分エネルギーが逃げてしまっているという事なのだ。
(あっちゃー、ユウイチの前で、連続の失敗。
未熟だわ)
演技ができず、格闘以外に能が無いと言えるカオリは、基本的に英雄側に付く事となり、つまりユウイチの敵側という事になる。
一緒に居られる時間など無いに等しく、演技の都合上からユウイチとカオリが戦う機会もないし、そもそもカオリが全力を出せる場など殆ど無い。
つまり、旅に出てからある程度強くなったとは思っている自分を、ユウイチに見てもらう機会も無いのだ。
家事が出来ても、今のメンバーでは目立たないのだから、せめてこれだけは思っていたが、失敗続きでは、本当に良いところがない。
「く……くく……」
そんな事を考えていた時、カオリの耳に、ユウイチのものらしい声が聞こえた。
何やら、堪えた様な声だ。
一体何事かと思ったが、戦っている最中であり、そちらを目で確認する事はできない。
だが、直ぐに解る事となった。
「く、はははははっ!
ダメだ、我慢できん」
突如、ユウイチが笑い始めた。
一瞬、乱心したかとすら思うほど、戦いの最中だというのに、苦しそうになるまで笑っている。
それでもちゃんと戦闘は続けている様なので、流石というところなのだろうか。
「ははははっ! カオリ、お前はやはり最高だよっ!!」
何がおかしいのかと思っていたカオリだが、突然自分の名を呼ばれた。
一瞬、失敗ばかりしている事かと思えば、
「魔王を、その影程度とはいえ、1人で倒したというから、どうなったのかと思えば―――
古代の英知の結晶たる人形、その高性能タイプである筈の物を、拳や蹴りで……くははははっ! まるでオモチャだ!」
どうやら、ユウイチは、自分のトラウマでもあるこのオートマータ達を、カオリが強化魔法だけの生身で破壊しているのが笑えるらしい。
よほどツボに嵌ったのか、まだ笑い続けている。
ユウイチは、カオリが魔王を倒した、と言うが、本当にそれは『影』程度の薄さの、魔王とは間違っても呼べないものだった。
ユウイチとしては、カオリが魔王を倒した事で、何か変化が、悪い方向で言うと、呪いの残留や、後遺症が無いかを確かめる為、敢えてこの場所に連れてきた、というのもあったのだ。
しかし、結果としては、何の問題も無く、それどころか、カオリが魔王を倒したという確証すら得られる程だ。
「貴方だって、刃も付いていない大剣で、いうなれば金棒を振り回すだけで、古代の英知の結晶を壊してるじゃない」
「いやいや、俺のは師匠から貰った特製だからな。
それの違いは大きいさ」
「私は、さっきから失敗続きなんだけど」
妙に褒めてくれるユウイチに、少し嬉しくもあるが、正直な気持ちも言ってみる。
そう、こんなもの、まだ全力ではないのだと。
「あれを失敗というか?! くくく……いいぞ、お前は本当にいい女だ!
ならばっ!」
ブオンッ!
ユウイチが動きを変える。
大剣をワザと斜めに構え、鎖と併用して、残っている人形を叩き、引きずりまわし、一箇所に集める。
「そらそらそらっ!」
ヒュオンッ!
ブォンッ!
ギギギギッ!!
走り回って人形を集め、1列に並べるユウイチ。
その光景に、一体どちらオートマータをオモチャにしているのかと、カオリは思うが、それよりも、お膳立てをされているのだ。
ならば、今できる最高の一撃を放つのみ。
「はぁぁぁっ!!」
フッ! ズドォォォンッ!!
正拳突―――
一列に並べられた10体の人形。
その先頭にカオリは、本日最高の一撃を叩き込んだ。
徒手空拳の基礎にして、奥義たる技がここに成る。
ドゴゴゴゴンッ!
粉々に砕け散り、自爆も合わせ、塵と消える人形達。
「はははははっ! 最高じゃないか、カオリ」
「そりゃ、これだけ―――」
お膳立てしてくれれば当然の結果だ、とそう言おうと思った。
しかし、その言葉の途中で、カオリの口は塞がれた。
いつの間にか目の前に立っていたユウイチの唇で。
「お前を愛してるぜ、カオリ」
「ちょっと……もう……」
今居る分は全て片付いた様だが、それでも戦闘終了直後。
勝って兜の緒を締めよと言う言葉にも在るとおり、油断してはいけないタイミングの筈だ。
いろいろ文句を言いたいところだが、その言葉も出ない。
ユウイチからキスをしてくるなんていうのも珍しいし、こんな真っ直ぐに愛を告げてくれるのも滅多と無い事だ。
こんな場所で、少し精神に異常を来たしているのではないかとか考えてしまう。
まあ、それすらも、カオリの照れ隠しでしかないが。
兎も角、いろいろ言いたい事とかあったと思うのに、もう何も言えず、戦闘終了として、区切りすら失った。
ユウイチはちゃんと周囲を警戒し、もう残りが居ないかチェックしているが、カオリは警戒こそすれ、やるべき事を失っていた。
だが、その時だ、
『ユウイチさん、来ます! この施設の最高機密そのものが!』
「なに?」
それがなんであるかを問う前に、ソレは来た。
プシュッ!
一番奥の扉が開き、金属の足音と共にゆっくりと歩いてくる。
その姿は―――
「人? ―――いや、人形か」
「普通の人形も不気味だけど、これまた一層不気味な人形が出てきたわね」
姿形はまさに『人』であった。
それも、ユウイチ達と似たような形態の装備までしている。
似たような、とは、紅い布の服に、白を基調とした鎧を着て、剣を帯びているである。
この古代遺跡が作られた時代には、遥かに古い装備の筈だ。
それに、ここまで『人』に似せた人形を古代遺跡で見るのも、ユウイチですら初めてだ。
勿論、そう言う技術があった事は知っているが、戦闘用に作られる人形が、そこまで形を似せる必要は無い為、必然的にそんな作り込みはされていないのだ。
『情報があります。
神の下僕、オーティスをモデルに作ったワンオフオートマンです。
詳細スペックは資料がありませんが、内部に高密度の精霊を持っています。
恐らく精霊を強制的に隷属させた、魔法ならざる魔法を使うもの思われます』
「神の下僕って、天使じゃなくて?」
ミシオは資料を読み上げているだけだが、その中で気になる単語がある。
その単語と、外見もそのオリジナルを模しているのだろう、目の前の相手を見ると、疑問となる。
先の大戦は人間と神々との戦いであった筈で、そういう記録しか残っていない。
「ああ、大きな戦いは神々が直接―――といっても力の一部だろうが、ともあれ神々が直接手を下した、とされている。
が、記録を見る限り、人形の生産工場とかの襲撃は、どうも神の声聞いた人間が代行―――志願だったと推察するが、人間が行っていたらしい。
今で言う『神々に選ばれし勇者』だな。
まあ、と言う訳で、こいつは、かの大戦時の勇者様の偽者って訳だ。
人間側は最初からまるで歯が立たなかった筈だからな、最終的にこんな真似事までしたんだろう」
「なるほどね」
神を否定し、世界を汚した者達が、追い込まれた挙句にやった事が、神々の模倣だった。
何たる愚かしい行為だろうか。
なれば、今の人間であるユウイチとカオリは、コイツを破壊しなければなるまい。
「では、破壊する」
「了解!」
ザッ!
構え、改めて勇者人形と対峙するユウイチとカオリ。
勇者人形の方も剣を抜き、人間の様に構える。
そして、にらみ合う事、十数秒。
先ほどの人形と違い、何をしてくるか未知数なので、ユウイチとカオリは少し様子を見ていた。
勇者人形側もジリジリと間合いを計っている。
ザッ!
先に動いたのはユウイチだった。
大剣を下段に構えて走り、大きく飛び上がる。
「はぁぁぁぁっ!」
ブオンッ!!
全力の切り下ろし。
先ほどの人形なら、その圧力だけで、防御すら意味を成さず潰れる筈だ。
しかし、
ガギィンッ!
勇者人形はその攻撃をいともた易く剣で受け止める。
それも、右手一本で持った剣でだ。
その重圧に、床はやや凹むものの、きっちりと受けきったのだ。
更に、
ズドォォンッ!
空いていた左手から光が放たれた。
「っと!」
背後に回ろうとしていたカオリは何とかそれを回避するが、一度下がらざるを得ない。
今の攻撃、現代のとある勇者が好んで使っている『ライトボウ』という光系の射撃魔法にも似ているが、根本的に魔法とは何か違う。
それに、射撃武器を使い、カオリが回避した為、その背後の壁を貫通し、施設が大きく破損している。
どうやら、この施設を護ると言う制約を解除し、完全にユウイチ達を殺すつもりらしい。
「ちっ!」
ドゥンッ! ドゥンッ!
ユウイチは今まで使わなかった魔銃、タスラム・レプリカを抜き、2発至近距離から連射。
一度離れようとした。
しかし、
ガキィンッ!
至近距離であるにも拘らず、斥力場の形成と思われる、魔法障壁に似た何かで魔弾は防がれた。
同時に、
ブオンッ!
「ぐっ!」
ユウイチの大剣をとめていた剣を、静止状態から振りぬき、ユウイチは大剣ごと吹き飛ばされる。
だが、ユウイチは唯吹き飛ばされるだけでは済まさない。
ガガガンッ!
吹き飛ばされる瞬間、3つのロザリオが勇者人形の足元に突き刺さる。
ユウイチの持つマジックアイテムの1つで、効果は、
ドゴォォンッ!!
爆撃だ。
人形の自爆よりも遥かに大きく、計算上では先ほどの人形でも、突き刺さりさえすれば、破壊できるくらいの威力がある。
尤も、逆に言えば突き刺さらなければ破壊できないので、
「まあ、無傷だろうさ」
直ぐに晴れた爆炎の中からは、魔法障壁に似た物に護られ、全く無傷の勇者人形が現れる。
だが、まだそれだけではない。
その時、既にカオリが勇者人形の背後に到達している。
ズダァンッ!
放つのは、先ほどの人形を砕いてきた正拳突きだ。
しかし、
「くぅ……」
障壁すら抜け、確かに相手のボディに到達していた拳が、完全に止まる。
障壁の上からだったとは言え、相手にダメージを与えるどころか、カオリの拳の方に痛みがあったらしい。
ズドォンッ!
再び左手からの光。
直前で退避するカオリだが、左肩を霞めてしまっている。
この施設の壁を貫くのだから当然だが、魔法で防護されている布地が、完全に消滅してしまっている。
直接のダメージは受けていないが、恐らく、身体に当たれば、肉も綺麗に消滅するだろう。
「カオリ、拳は大丈夫か?」
「ええ、問題無いわ。
硬い物を殴るのは慣れてるから、こっちの拳を壊す様な事はしない」
とりあえず、カオリは戦闘続行可能だが、相手はまだ全くの無傷。
そして、ユウイチとカオリの攻撃が全く通じなかった相手だ。
だが、それは、
「おかしな硬さだな。
一応にも人間を模しているとは思えないほど頑丈だし、感触もおかしい」
「そうね、直接殴ったけど、障壁もどこかおかしかったわ」
何か秘密がある筈だ。
この施設の最高機密なのだから、普通の人形と違うのは、姿だけでは無い事は当然として、別の何かが。
「なら、探るか」
「ええ」
ザッ!
2人は同時に走り出す。
並んで真っ直ぐ正面から勇者人形へと詰め寄る。
ズドォンッ! ズドォンッ! ズドォンッ!
そんな2人に左手からの光が連射される。
正確な狙いで連射してくる。
弾速が非常に速く、とても目で見てから回避は出来ない。
ユウイチはそう言う武器と何度かやりやった経験から、カオリは『嫌な感じ』という感覚を頼りに回避している。
最初は並んでいた2人だが、左右に別れ、それぞれ勇者人形を目指す。
ズドォンッ! ズドォンッ! ズドォンッ!
射撃はカオリの方に傾けられる。
精密な連射で、距離も近くなり、カオリの回避も余裕がなくなる。
「はっ!」
ダンッ!
カオリは一度上へと跳び、大きく回避を取る。
だが、射撃はまだ止まらない。
ズドォンッ!
空中で殆ど動けないカオリに射撃が向けられる。
対し、カオリは、天井を蹴った。
ダンッ!
一度だけ使える空中での加速。
カオリは重力落下の速度と合わせ、高速で勇者人形へと迫る。
だが、それよりも勇者人形の射撃の連射性の方が上だった。
ズドォンッ! ズドォンッ!
再び精密な射撃。
今度こそ避けられない、そう思われたとき。
ブオンッ!
丁度カオリが通過する点に、ユウイチの大剣が投げ込まれる。
カオリはその大剣を盾、兼、空中での足場として、利用し、再加速し、勇者人形に迫る。
ジャリィィンッ!
ユウイチの方も、ただ大剣を投げただけでは終わらない。
大剣に付いた鎖を勇者人形に放ち、剣に絡める事に成功する。
当然、その絡めた鎖で大剣を奪われぬ様、長さは調整し、どちらもユウイチ側で制御できる様にしている。
更に、こちらも魔銃を連射しながらの接近。
射撃は勇者人形の剣によって弾かれるが、それでも連射できる限り撃ち続ける。
「てぇぇぇっ!」
ドゴンッ!
その間に、カオリの拳が勇者人形に迫る。
が、今度はそのでダメージを与える事が目的ではない。
バシッ!
打撃で障壁を越え、掴んだのは勇者人形の左手。
更に、
ブオンッ!
もう片手で、ユウイチの投げた大剣の鎖を引く。
それによって空中での姿勢制御と共に、
パシッ!
ユウイチへ大剣を返した。
「はぁぁぁっ!」
ブオンッ!
「せぇっ!」
ヒュォンッ!
ユウイチは受け取った大剣を振り下ろし、カオリは空中から蹴りを放つ。
ガキンッ!
大剣の一撃は勇者人形の剣で受け止められるが、そこへ、カオリが蹴りが、剣に向かう。
勇者人形はそれを阻止しようと動くが、絡まった鎖が一瞬、その行動を遅らせる。
カオリが握っている左手にしても、カオリは支点にするのではなく、握りつぶすつもりで、振り払うのでやっとだ。
ガギンッ!!
2人の攻撃により、勇者人形が剣を落とす。
剣は勢い良く飛び、施設の機械の影へと消えた。
これで、呼び出して自分から戻ってくる様な機能でもなければ、この戦闘中に剣は拾えないだろう。
2人は一度飛び退いて距離を取る。
ユウイチは剣を飛ばす時に剣から鎖を外し、元の持ち方へと戻す。
結果としては、勇者人形の剣を奪うと言うだけのもので、左手も結局握りつぶす事はできなかった。
しかし、これで何かしら変化を見せるだろう。
それが直接強さの秘密に至るなどとは思っていないが、それで解らないのなら、また次の手を打てばいいと考えていた。
そして、確かに変化はあった。
ス……
勇者人形は、ゆっくりと素手の右手を上げた。
今まで剣を握っていた右手だ。
何をするのかと、観察していたその時だ。
「「―――っ!」」
ユウイチとカオリはとてつもない寒気を感じ、大きく飛び退いた。
ブワンッ! ズゴゴゴゴンッ!!
勇者人形は、手の平を床に向けて振り下ろした、ただそれだけの筈だった。
しかし、突如勇者人形の手が巨大化した様に、右手の先から手の形をした光が出現し、その光の手が全てを押し潰した。
その光の手の正体は、高密度の精霊。
精霊手とでも呼ぼうか、この技によって、ユウイチとカオリが居た場所も、この施設の機械も全て、ただ潰すだけでなく、消し飛ばされている。
巨大な精霊の手は、破壊エネルギーの塊でもあるのだ。
「これは……」
だが、ユウイチもカオリも、その威力に驚いた訳ではない。
見えたのはホンの1秒程度だが、2人には解った。
その手は、精霊の塊だったと、強制的に隷属化ささせられた精霊を使った攻撃だったのだ。
精霊を強制的に隷属とする。
それは古代遺跡の産物なら珍しい事では無い。
実際、先ほど戦っていた人形も、内部に精霊をエネルギーとする機関を備えている。
だが、そんなものはまだ可愛いと言えるものだった。
今のは―――精霊を自爆させて得られる破壊エネルギーだ。
放つ前、ユウイチとカオリは精霊の悲鳴を聞いた。
あまりのおぞましさに、飛び退いたのだ。
この人形が、大戦時の勇者を模した物であるなら、元となる業を勇者が使っていたのだろうが、その元が想像できぬほど、あまりに無残な業だ。
そして、目の当たりにして思う。
「2度は使わせん。
カオリ、手伝ってくれ」
「当然」
感じ取れる勇者人形の内部の精霊の様子から、次ぎ発射するまでの時間を計算する。
先ずやる事は、
「はぁっ!」
ユウイチは大剣の鎖を掴み、一度握ると、大きく振りかぶって放つ。
ジャリィィンッ!
勇者人形の右手に向けて放って物だが、勇者人形はそのまま右手で受けた。
そんなもので発射は止められないとでも言う様に。
その点に関して、アッサリと解決したのをいい事に、ユウイチは魔銃を連射しながら移動する。
先ほど違い、何故か勇者人形は回避行動を取っており、1発も当たらない。
先ほどまで見せていなかったが、回避能力もかなり高い様だ。
その間、カオリはというと、
「てぇぇぇっ!」
一気に距離を詰め、勇者人形に格闘戦を仕掛ける。
元々カオリにできる事はそれだけであるが、何故か今接近までの間、勇者人形は左手の光の弾を発射しなかった。
更に、カオリの攻撃に合わせ、腕や足でガード行動を取っている。
(障壁が展開されていないな。
先ほどの技で、エネルギーを使い果たしているのか? 発射後は光の弾も障壁も出せないと?
それはまた随分と、欠陥だらけなことで)
必殺技には違いないが、確実に命中する訳でもないのに、発射後のリスクが大きと見える。
まだ試作段階だったのか、ともあれ、ユウイチ達にとっては都合のいい事だ。
しかし、ユウイチが感じるに、勇者人形内部の精霊がまた悲鳴を上げ始めている。
自爆させた精霊を強制活性化させているらしく、エネルギー回復まで、それほど時間は掛からないだろう。
今は、カオリが勇者人形を近距離で押さえ、ユウイチが鎖を持ちながら魔銃で援護射撃を行う形。
勇者人形は、格闘も可能らしく、カオリと渡り合っている。
障壁が無いとは言え、尋常ではない硬さの鎧を持ち、凄まじいまでのパワーも8割以上は残っている。
カオリも一瞬油断すれば、素手で潰されてしまうだろう。
ユウイチの援護射撃があるとは言え、危険な戦いだ。
「せぇっ!」
カオリの回し蹴りを、膝で受ける勇者人形。
そこから力押しで、押し切りつつ、素手で目潰しを狙ってくる。
カオリはそれをのけぞる様に回避し、柔軟な身体で回転するように下がる。
それと同時に、足先で相手の顎を狙うも、勇者人形は半歩下がって回避しつつ、顎を狙った足を捕ろうとするが、そこはユウイチの援護射撃でさせない。
「はぁっ!」
再び正拳突きで頭部破壊を狙うカオリ。
だが、右手で止められる。
勇者人形はそのままカオリの拳を掴む気だったようだが、掴みきれず、後退した。
ただ、その後退が妙に大きい。
いや、大きく退いた後、更に退く。
ザザッ!
勇者人形が大きく飛び退く。
こちらからは一足ではとても届かない距離に。
更には、ユウイチとカオリが、ほぼ直線に並ぶ位置だ。
ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛―――
再びユウイチとカオリに精霊の悲鳴が聞こえた。
勇者人形は右手を腰にためる様に構える。
正拳突きの構えだ。
絡めていた鎖を掴んでいるのは、厄介な鎖を確実に焼き払う為か、ユウイチを逃がさぬ為か。
そして、来る―――今度は掌ではなく、拳として、先ほどよりも広範囲に、最早逃げ場など与えぬ様に。
偽典・精霊拳
先ほどの一撃でこの技の撃ち方を学習したように、今度こそ『必殺』として放たれる。
ブオオォォンッ!!!
しかし―――
「間に合ったぞ!」
キィィンッ!
ユウイチの周囲、この部屋の床に突如魔方陣が展開される。
それは、ユウイチが持っていた、残りのマジックアイテムであるロザリオと、魔銃の弾で描いた魔方陣。
勇者人形が弾く事も計算に入れ、部屋全体に描く事ができた。
そして、今もまだ勇者人形が鎖を掴んでくれている事は、ユウイチにとって計算外な程都合のよい事だった。
「我はこの場で、汝との契約を果さん!」
ブワッ!
魔方陣が活性化し、幾多の文字が追加で描かれて行く。
鎖に描かれた『繋げる』と言う意味の文字によって、精霊と繋がったユウイチは、精霊と正式な契約を結ぶ。
ユウイチは、『繋げる』という意味の文字を描いた鎖で、勇者人形にアクセスし、精霊を強制的に隷属化しているシステムを解読した。
強制的に隷属化するシステムは、既に何度も見てきたが、こんな使われ方をしているのは始めて見る為、新たな解析が必要となったのだ。
そして、同時に魔方陣を描きに、隷属化を解除する式を打ち、正式な契約へと書き換える儀式としたのだ。
ユウイチは戦闘中に使う攻撃魔法、補助魔法は使えない。
しかし、こと『呼びかける』事に関しては、人間では負ける事はない。
アアアアア―――
精霊の拳は、その形を崩した。
同時に精霊の声が聞こえる。
悲鳴ではなく、歓喜の声が。
「ごめんね、長い間こんな目に合わせて」
ユウイチは契約した精霊達に涙を流しながら謝罪する。
人間として、ただ純粋な謝罪をするしかない。
ユウイチは、その謝罪の為に、今は全ての演技と外聞を捨て、精霊にその気持ちを伝える。
できれば、このまま、1000年分、精霊達と気持ちを交わしていたい。
だが、まだやる事は残っている。
「ごめん、直ぐで悪いけど、力を貸して欲しい」
アアアアア―――
精霊は応える。
正しい契約の下ならば、なんら躊躇う必要は無い。
「責任は、私も取る」
勇者人形の前にカオリが居る。
精霊を全て奪われ、機能不全を起こしている人形の前に。
「彼女へ」
そして、解放された精霊達が今、カオリの下に集まってゆく。
ユウイチの命の下であり、カオリの求めの上で。
精霊を集めるのは、放つのでは無い。
カオリは、集まった精霊をその身に宿し、魔法を完成させる。
これこそが強化魔法。
大自然の力を借り、神に近づこうと試みた魔法だ。
精霊憑依
「消えなさい!」
ダンッ!
ただ、カオリが床を踏む音だけが響いた。
神威・聖拳突き
そして、成るのは、精霊と一体となり、大自然と言う、大いなる力を借りて放たれた、人がその身のみで使える最大の奥義。
隷属する事しか知らない人形に、正しい『世界』そのものを叩き込んだ。
ジジ……ジ、ジジ……
後に残るのは、胴体部を丸ごと失った、勇者の姿を模したヒトカタの残骸だけだ。
ドゴォォォンッ!!
残っていたエネルギーの暴走で、爆発する人形。
施設にも誘爆し、大きな爆発が起こる。
その爆風に乗る様に、精霊達が地上に帰って行く。
その光景は、機械の爆発でありながら、とても美しいものだった。
一方その頃、コントロールルームでも動きがあった。
ミシオが読み取っている情報が、もの凄い勢いで何処かに集められている。
「何これ……月面研究所へ情報を送信?
月面って……お月様へ?!」
ゴゴゴゴ……
情報の送り先に動揺している間に、施設内に低い音が響いた。
どうやってかは知らないが、月へと何かを送ろうとしているのだ。
今地下深くにあるこの施設が、送信の為に必要な部分だけでも地上に上げようとしているのかもしれない。
「何をするかは知りませんが、既に終わった存在が、森を壊さないでください」
この施設は人間として許せないものだが、森を傷つけるのは元レンジャーとしても許せない。
既にレンジャーに戻る事はできなくとも、森を愛する心を変える気はない。
「シェリー、行って」
水の妖精たるシェリーは、ミシオとの契約に則り、水そのものとなってエアダクトに侵入する。
この施設の設計は大体把握し、何かをしようとしている場所も検討がついている。
動いているという事は、少なくとも完全密閉なものではなく、何処かに隙間がある筈だ。
たとえなくとも、近くまでいければ、力押しもできる。
「見つけた。
ルーミア、行って!」
ズババァァァンッ!!
水となって道をつくったシェリーの中を、ルーミアが雷となって進む。
シェリーにしろ、ルーミアにしろ、形と意思を持った霊獣が、その存在そのものに変化する事は大きな負担だ。
何故なら、元に戻れなくなる可能性があるのだから。
それを、召喚者であるミシオが補助する。
ミシオが、2人の姿を完璧に覚えているからこそ、シェリーも、ルーミアも、安心して己の全て『力』とできるのだ。
ゴゴゴゴ……ドゴォォンッ!!
少し離れた場所で爆音が聞こる。
ルーミアが対象の破壊に成功したのだ。
暫くして、シェリーとルーミアそのものである水と雷が集まり、ミシオの前で元の姿へと戻る。
システムの情報を見てみれば、送信システムがダウンした事が伝えられ、同時に場所によっては機密を護る為の自爆が行われている。
尚、施設全体の自爆は、こちらでカットしているで、3人の脱出に問題はない。
「これで終わりかしら」
プシュッ!
ミシオが汗をぬぐったところで、コントロールルームの扉が開く。
ユウイチが戻ってきたのだ。
「その様だな。
なかなかの大物が居たり、わりと重要な情報が眠ってたな。
今日ここにこれてよかった」
「ええ。
ところで、カオリさんは?」
「ああ、一応人形が全て破壊されている事を確認してもらっている。
俺は別の動きがあったから戻ってきたんだが、お前1人でも大丈夫だったみたいだな」
「いえ、この子達がいましたから。
それより、カオリさんを1人にしていいんですか?」
「ん? ああ、大丈夫さ。
油断の無いカオリをどうにかできる人形など、そうそうあるものではない」
何があるか解らないのが古代遺跡だというのに、ユウイチがそんな事を言える。
それは、カオリに対する絶大な信頼故だろう。
ミシオは、ずっとユウイチとカオリの戦いを見ていた。
戦いの最中に交わした会話も、行動も見て、聞いている。
(私の力は所詮借り物。
召喚魔法にしたところで、ユウイチさんの仲介があってこそ成立している)
ミシオは、メンバーの中で、最も戦力が低いと自覚している。
最近入った新メンバーには、戦闘力をほぼ持たない者もいるが、それを引いて余りある特殊技能の持ち主だ。
召喚魔法による応用力と言っても、高が知れているし、それなら召喚魔法無しで、他のメンバーにもできる事だ。
ミシオは、自分がユウイチに誇れる物がなく、不安を抱く事が多い。
「悪かったな、お前が後方に居るからと、好き勝手暴れてしまったよ」
だが、そんなミシオの不安を知ってか、ユウイチは言葉を続ける。
「お前を連れてきて正解だったな。
古代遺跡の攻略に関しては、召喚魔法による応用力もあるが、何よりお前はセンスがずば抜けている。
他のメンバーじゃ、最後の情報送信の完全阻止は難しかっただろう」
ユウイチは、ミシオを心から誇りとし、力強い笑みを浮かべていた。
「あの、私……」
「どうだ? 召喚魔法と、古代遺跡の研究、本格的にやってみるか?
お前になら、師匠から教えてもらった秘密も、明かしてもいいと思っている。
道中に話した研究も、1人ではとても無理な話でな、しかし信頼できる奴としかできんから、お前に頼みたい。
召喚魔法も、いっそ俺とシグルドを直接召喚できる様にしてしまうのもいい」
「あ―――えっと、その……」
突然の申し出、他のメンバーには無い、唯一を持てる誘い。
願っても無いものだったが、戸惑いも大きく、即答できなかった。
「いいよ、直ぐに答えなくても。
お前の今後を大きく左右するものだ。
考えてみてくれ」
「あ……はい……」
言われて、即答できなかった事を悔やむ。
これほどの好条件、他にある筈もないのに。
「ミシオ」
「あ……」
俯いていたミシオを、ユウイチは抱きしめた。
強く、優しく。
これではただユウイチに与えてもらっているだといって良かった。
それが悔しいが、でも今はユウイチの胸に甘える。
いつか、絶対に今までの分全てを返すのだと誓いながら。
それから2時間程の時間が経過した。
3人合流し、慎重且つ丁寧に施設の各部を破壊して回る。
同時に土を水を召喚し、内部を埋めていく作業を行い、地上に戻った。
「これで、時間は掛かるが、いずれは金属の塊であるこの施設も、大地へと還るだろう」
既に巨大な森が地上に出来上がっている状態で、こんな大きな空洞はなくせない。
だから、土と水で内部を埋め、崩れても陥没してしまわない様にするという意味もある。
「後は、この移動用魔法陣を消せば、完了です」
「ああ、頼む」
「はい」
キィィン……
地下への移動する魔法が消滅していく。
これで、もう地下に施設があると知る事も、そこへ行く事もできなくなった。
最後は、
「カオリ」
「はっ!」
バシュンッ!
入り口の鍵である金属の板は、カオリの正拳突で霧となって消えた。
これで、今回の古代遺跡攻略は完了となる。
「……この遺跡はな、修行していた時に、師匠か聞いたものだ。
ここでの修行を終える時、攻略を申し出たんだが、師匠から『1人では無理だから、仲間と来なさい』と言われてしまった。
その時は、いずれは来れると信じて疑わなかったが、あの事件以後、シグルド以外の仲間ができるとは思っていなかったから、今日これて本当に良かったよ」
ユウイチは、少し感傷に浸っていた。
ここは、両親との思い出の地でもあるのだ。
そんな場所に古代遺跡が眠っていると知った時は、ショックであった。
「その古代遺跡の鍵は獣人の長が持っていた。
それは人間からの頼みであり、獣人はそれを聞き入れてくれた。
そうして、ずっと待っていたんだ。
人間側がもう忘れてしまった約束を、ここを攻略しに来ると信じて。
だから、俺は人間の隣人たる彼等を信じる」
獣人と、今ユウイチがやっている事について会話した事、種族による無条件の信頼。
その理由を、今ユウイチは明かす。
ユウイチは、信じて待ってくれていた人達に、先ず何ができるかと言えば、それはやはり『信じる』事からであると、そう考えたのだ。
「だが、俺は、ちょっとした感傷と、次の戦争でここを使われるかもしれないという、ほんの僅かな可能性を考え、この古代遺跡を攻略したが、それは正しかったのだろうか?
ここには、人間の罪が数多く眠っていた。
かの大戦における、最大の禁忌にして、最悪の罪のヒントすらあった。
その殆どを忘れてしまった人間が、それを思い出す切欠の1つを、俺は潰してしまった」
ユウイチ達がここを攻略した事で、ここでの情報が開示される事はなくなった。
それは、人間にとって多大な損失だったのではないか。
使われる危険性よりも、そっちの方が重要だったのではないか。
攻略する前から考えていた事だが、今ここで、ユウイチは少し弱音を吐いた。
それもまた、感傷のせいだったのかもしれない。
「ユウイチ……」
「ユウイチさん……」
誤解が解け、また1つ、ユウイチ対してとんだ勘違いをしていたのだと、2人は反省する。
そして、思う。
だからこそ、なのだと。
「大丈夫だ、と、そう言う風にしたいんでしょう?
種族の問題も、罪の問題も」
「私達にできる事は僅かですが、ほんの少しでも道が正せれば、きっとこんな遺跡の1つや2つ無くなったところで、いつかは思い出す。
ユウイチさん、貴方はそう信じているのでしょう?」
ユウイチが隣人を信じられるのは、人間もいつかはできると信じていなければできない事だ。
そうでなければ、ユウイチのやっている事は、隣人に対する裏切りの1つになってしまうのだから。
「ああ、勿論だ。
さて、戻ろうか」
「ええ」
「はい」
振り向いた時には、ユウイチの顔にもう弱気な様子など欠片も無かった。
それでこそユウイチだと、思いながら、カオリとミシオはユウイチの後ろにつき、歩き出すのだった。
その帰り道、小屋までもう少しと言う所だった。
「でだ、カオリ、お前は次ぎ現場で剣を使ってもらおうと思う」
「え? 剣? またなんで?
格闘だけじゃ応用力がないからって事?」
「いや、応用力がある事に越した事はないが、そうじゃない。
お前の格闘技能は完成しつつある。
だから、ここで少し他の戦い方、武器を持った戦い方を少し学ぶと、いい経験になると思うんだ。
少し、と言っても実際の戦争だから、ただかじるとは違う、深い知識が付く筈だ」
「完成しつつ、って、私はまだまだ未熟だと思うんだけど」
「ああ、まあ、基本的に人は生きている限り未熟さ。
エルフ達、我等が隣人も、1000年生きていようと未熟だと言って、修行続けているし。
完成ってのは、スタイルとしての、一応の形ってことだ。
まあ、スタイルも今後より良いものに変わるかもしれんが、今の人間としてはかなりの上位となるだろう」
「なるほどね、エルフが強い訳だわ」
と、今後の方針について会話をしていたところだった。
すると、突然、ユウイチをメインとし3人に通信が入る。
『ユウイチ、客人が来ているぞ』
通信はシグルドからのものだ。
そして、同時に小屋の方面が騒がしいのも感じる。
「敵ですか?」
「いや、敵、と言う訳ではないな。
あー……うん、これは知り合いだよ。
ちょっと挨拶を受けているんだろうが……ちょっと拙いな……」
ユウイチにはシグルドを通して現場の状況が見えている。
それによれば、客人は2人で、実力的には今小屋に居るメンバーとほぼ互角。
となれば、人数の差から考えて危機に陥る事はないだろうが、1人だけ問題がある少女がいる。
「ミシオ、マコトかしてくれ。
それと、飛ぶから援護。
カオリ、発射台よろしく」
「了解。
マコト、ユウイチさんについていって」
「はいはい」
まだ数kmの距離があるのだが、ここから何かを準備する3人。
一方、小屋の前では派手な戦闘が繰り広げられていた。
突然の襲撃者。
こんな森の中に入ってくるなど、本来は在り得ないのだが、だからと言って油断していた訳ではない。
襲撃者の実力が高かったのだ。
シグルドが客の来訪を告げてくれなければ、小屋の中にまで入られていただろう。
実は、その客人がここまでこれたのは、気付いていたシグルドがある程度誘導したのがある為、その分として来訪を告げたのであった。
それは兎も角、
「はぁぁぁっ!」
ズバババババンッ!
薙刀を振るい、襲撃者の展開した糸の結界を突破しつつ、襲撃者に迫る青い髪の少女。
対し、襲撃者の1人、ブラウンのロングヘアーの少女は、そのまま森の木々に隠れてしまう。
「こっち」
ヒュォォンッ!!
そこへ、もう1人の襲撃者の声がしたが、ブロンドの髪を三つ編みにした少女の声だ。
だが、その声とは全く違う方向から、無数のナイフが青い髪の少女を襲う。
ガキィン! キンッ!
全てのナイフを叩き落した青い髪の少女だったが、襲撃者の姿を見失ってしまう。
そして、同時に気付いた、自分達が見事に分断されている事に。
「拙い! 皆さん、合流を!」
そう呼びかけた時には遅かった。
「貴方で最後」
「覚悟してくださいねぇ」
2人の襲撃者は赤い髪の少女に襲い掛かっていた。
このメンバーの中では戦闘力を殆ど持たない少女だ。
今まで、上手く敵を回避してきたが、流石に一流の相手にそれだけでは逃げ切れない。
「わぁっ!」
「いけなっ! その子は!」
青い髪の少女が叫んだ時、多重の糸とナイフが赤い髪の少女に向けて放たれた。
赤い髪の少女には回避不能な攻撃であり、防ぐ手立ても無い。
その攻撃はそのまま命中してしまう。
と、思われた。
バシュンッ!
だが、攻撃が命中した瞬間、赤い髪の少女は霧の様に消えてなくなる。
高度な幻術によるものだ。
「よう、久しいな」
そして、それに気づいた時、襲撃者の前にはユウイチが立っていた。
腕に赤い髪の少女を抱き、肩に仔狐を乗せている。
身体にはところどころ木の葉が付いているのは、この複雑に生えた木の間を、カオリに蹴り飛ばしてもらって飛んだせいだ。
「お久しぶりです、ユウイチさん」
「久しぶり〜」
襲撃者であり、客人である2人と親しげに話すユウイチ。
敵では無い事はシグルドの言い方で気付いていた少女達だが、それでやっと、武器を一旦相手から外す。
しかし、まだしまいはしない。
「ふー、やっと追いついた」
と、そこへ、カオリとミシオも追いついてくる。
そうして全員集まり、顔をそろえ、改めてユウイチの客人の姿を確認する。
「一度会ってるわね。
久しぶり、と言っておこうかしら」
カオリ達は、その少女達と挨拶を交わす。
この先道を共にするだろう
「さて、紹介と、今回の古代遺跡攻略について報告をしようか」
ユウイチの行く道は先が長い。
まだまだ、メンバーも変わっていく事だろう。
それでも、目指す先だけは変わらない。
その為に集まった、集うもの達なのだから。
後書き
えーっと、カッとなってやった。今も反省していない。
と、言う訳で、妙な番外編をお届けしました。
望んだ人はいないかもしれませんが。
尚、これ、予定容量の軽く倍はしました。
もっと軽く書けるものの筈だったのにな〜、おかしいな〜。
内容も、本編じゃ使うか解らない設定とかをふんだんに盛り込みつつ、次ぎで使う設定をちりばめただけのものだったたのに。
ああ、後、カオリとミシオが書きたくなったから、こうなった訳ですが。
作者的には満足してたりします。
まあ、そんな訳ですので、ここまで読んでしまった人は、諦めてください〜。
管理人の感想
T-SAKAさんから番外編の1話を頂きました。
1話って事は次の話もあるって事なのでしょうかね?
2章では表に出てこなかった2人の話でした。
若干カオリ寄りでしたけど。
つーか強いなぁ彼女。
純粋な肉体的な戦闘能力ではもしかして作中トップ?
拳で戦うキャラはアヤカやヒロユキ(変則ですが)がいますが、その中では格闘能力的には一番バランス取れてそうですし。
逆にミシオはちょっと大人しめの活躍でしたか。
まぁ後方支援型の彼女なので仕方ないんでしょうけどね。
最後にはあの2人が出てきましたが、初見とはいえあの面子相手にこれだけ渡り合えるってのも凄いですね。
もし次の番外編があるなら、個人的には彼女らをメインに据えてほしいところです。
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