夢の集まる場所で
外伝之参 お風呂の後は?
決戦後の花見から時間が経ち、もう日は暮れて食事も風呂も済ませたユウイチ達。
彼等は今、全員そろってリビングでのんびりとした時間を過ごしていた。
風呂は男から入った為、既に茶を飲みながら平和なひと時を堪能している。
女性達は風呂から出たばかりなので、皆髪の手入れ等をしていた。
(久しく見なかった光景だな)
ユウイチは風呂上りの女性達を見ながら想う。
アキコ達が他人の前でここまで無防備な姿を晒すのも久しいと。
他の女性達と何気ない会話をするのを見る事も久しく―――いや、こうして自分の目で見るのは初めての事かもしれない。
ユウイチは基本的に敵側に居るのだ。
正義側に居る者たちはそれなりに仲間達とコミュニケーションをとっていただろう。
しかし、悪側、と言うよりもユウイチ側では、基本的にこの様な平和的な談笑の時間など無いに等しい。
あったとしても、それは裏切る対象を油断させる為の事。
故に、本当の意味での『会話』などはないのだ。
合流後などに内輪での会話はあるが、それだけ。
特にユウイチ側につく事の多いアキコは、戦争の開始から終結、皆と合流するまで一度も口を開かないという事もあった。
(ダメそうなら、孕ませて強制退場にすることも考えていたが。
これで少しは癒されただろうか)
実はそれが原因で、アキコの精神的ダメージは他の者よりも深刻な域に至ろうとしていたのだ。
マイ達他の女性は勿論、アキコ本人ですら気付いていなかったが。
しかし、それ故に危険だった。
それが、今では完治に近いレベルまで回復していると見える。
これならまだ暫くは大丈夫だろうとユウイチは判断する。
尚、ユウイチ達の内にある絶対のルールとして、妊娠したら退場というものがある。
身重になれば戦力が低下するばかりか、腹部に攻撃を受けたら子が死んでしまう。
いかに母体が耐え抜いたとしても、子供はそうはいかない。
ユウイチ達はほぼ常に戦場にいるのだ、あまりに危険過ぎる。
ユウイチは、どんな事をすれば流れてしまうか、という知識もある。
故に、身重で戦場に立つ危険性を熟知しており、だからこその絶対のルール。
そして、もしもの時の為、退場させる理由としても設けている。
その点については言ってないが、それよりも上記の理由より彼女達と約束している事だ。
(早ければ後1年であそこを使う事になると思っていたが)
ユウイチが嘗ての旅の途中に巡り合ったある隠れ里。
現代の人間相手ならば絶対と言える安全地帯がある。
もし入れるとしたら、勇者レベルの存在しか在り得ない場所。
そこは穏やかな時が流れ、外界の穢れとは無縁の精霊郷。
たまたま入る事の出来たユウイチはそこの主と親しくなり、ある条件で他者の利用の許可を得ていた。
ユウイチは、この旅から降りるのではなく、止む無く強制退場にした者を送る場所にしようと考えている。
あそこならば、出産も育児も、その後の生活も心配はない。
(まあ、問題は孕ますまでだな。
場合によっては組み伏せて無理やりやるが……)
少し、その場合を想定して頭でシミュレートしてみるユウイチ。
だが、そこで視線を感じた。
(ん? ああ)
視線の主を探してみると、コトリだった。
長い髪を梳かすのを中断し、ユウイチを見ていた。
そして、ユウイチの視線に気づくと慌てて顔を背け、髪を梳きなおす。
ただ、その動きはかなり乱れている。
その慌て方は、恐らくユウイチを見ているのに気づかれた事に対してではなく―――
(心を読めるのは大変だな?)
読ませる為に思考するユウイチ。
見れば、コトリの顔が紅い。
湯上りだという事を引いてもだ。
コトリの読んだユウイチの思考の内容がリアルですごかったからだろう。
平和な時間を邪魔したかと考えつつ、こんなのもまあいいだろうと考えるユウイチだった。
(しかし湯上り、か)
改めて見渡す。
温泉に入って心も身体も癒し、いまこの一時を堪能している女性達を。
(やはり湯上りの上気した姿もいい)
わざとコトリを意識しつつそんな事を考えるユウイチ。
コトリは一瞬動きを停止させ、また慌しく動き出す。
そんな姿を見ながら、少し笑みを浮かべる。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
そこへ、ユウイチ達男3人が自分で入れていたのとは別の茶を持ってくるヨリコ。
彼女は侍女として仕事する為だろう、今ある女性達の輪には入らず、すぐに仕事着にもどっていた。
長い髪の手入れは大変だろうに。
それでも、自分の在り方を優先したのだろう。
「ああ、いただこう」
「はい」
ヨリコから茶を貰うユウイチ。
そういえば、こうして他人の入れた茶を楽しむのもずいぶんと久しぶりだ。
基本的に人から貰ったものは一切信用しない事にしていたのだから。
演技中の敵地ではなく、身内だけの場でも。
一応、最低限の警戒はしているが、それでも演技中とくらべれば雲泥の差。
(俺の場合は疲れなどないが……
まあ、安らげるのはいい事だ)
自分でそう思うのも珍しいと思い、心中で苦笑する。
そして、同時にもう一つ考える。
(あいつらはどうかな……)
ユウイチが考えるのは友と共にここへきた者達の事。
いろいろな事情があって、この者達に紹介できず、合流していない3人。
今は、ユウイチ達が使っていた拠点で休んでいる筈だ。
一応ちゃんとしているとはいえ、こことの快適さは雲泥の差。
合流できないのはユウイチ達の都合。
(せめて、湯だけでも楽しんでくれればいいのだが)
3人に想いを寄せつつ、3人が居る筈の方角を見るユウイチだった。
その頃、島の北方、元ユウイチ達の拠点
その内部は、今温泉と化していた。
「まあ、今晩だけで取り壊すし」
「その方が楽でしたしね」
岩の床を掘り下げ、寝る場所以外全てを温泉とした拠点を見ているはカオリとミシオ。
それから、現在カオリが首から下げる紅いペンダントの中にいるシグルドだ。
『気分だけも味わってくれ、だそうだ』
ここにある温泉は、ユウイチがシグルドとの繋がり、通称『友情ゲート』(女性陣による命名)で送られたものだ。
因みに送る際、ジュンイチとサクラの許可はとってある。
「気分って言っても、本物の温泉な訳だし」
「ええ、十分です。
休む場所に贅沢などいいません。
そもそも、こちらに来る前は、最後以外ちゃんとした隠れ家でほとんど休みも同然でしたし」
ユウイチは『勝手についてきている』とか、『使えなくなったら捨てる』などと言うが、こういう気遣いは細かい。
大変な事をさせているからだ、という考えだろうが、それも全て彼女達が好きでやっている事だ。
ユウイチについていく事とはどんな事かを覚悟した上で。
「ま、私達が癒される事で彼が安心できるなら堪能しましょう」
「ええ」
衣服を脱ぎ、素肌を晒す2人。
現れた白い肌は、雪国育ち故なのか、白く、きめ細かい美しい肌だ。
しかし―――
「合流する前にこういう機会があって良かったです」
「そうね。
正直今日のは連戦気味でキツかったわ」
服の下に隠れていた肌は2人とも傷だらけだった。
しかし、ミシオの方は細かい傷が多少あるだけで、この温泉につかりながら癒せば十分消えるものだろう。
だが、カオリの傷は―――
「沁みませんか?」
「ええ、大丈夫よ」
右腕に巻かれた包帯を外すと、そこには白い肌は無く、黒く焦げた様な腕があった。
しかし、それは炎による傷ではない。
あの晩、コトリが受けた闇による呪いに近い。
それが、右手から腕、肩にまで至り、そして髪で隠れているが首と顔の一部も黒く変色してしまっている。
更に、カオリの身体に普通の傷も多数あり、その深さは致命傷だったであろうものもいくつかある。
普通の治療では跡を消す事が難しいほど酷い傷もだ。
『この現状を聞けば、飛んでくるだろうな。
我が友は』
その傷は先日、シグルドがユウイチの第一級緊急召還を無効とした、第一級緊急事態の際に受けたものだ。
全ての傷はミシオの治療により塞がってはいる。
しかし、カオリがこれ程負傷する相手であった事と、カオリのこの現状。
既に戦いの終わっているユウイチであれば駆けつけない訳は無い。
「ダメよ、今彼は安らいでいるのだから。
それは貴方だって解ってるでしょう?」
『まあな。
しかし、今は風呂だからという理由があるが、特定事項だけ隠すというのはなかなか厄介でな』
「友情回線も難しいわね」
『本来隠す様なことではないからな』
「そうね〜。
まあ、この傷跡も利用できるかもしれないし、とりあえずは合流してからでいいわよ。
兎も角、入りましょうよ」
「……そうですね」
傷の事など、気にする事なく。
むしろそれをユウイチの今後の行動に利用できないかとすら言うカオリ。
しかしその実まったくの逆で、気にしているからこそ今はユウイチに会いたくないのであったりする。
だからこれはただの強がりであり、シグルドもミシオも解っているが敢えて何も言わない。
多分、まだそういう感情を持っているのは大切なのだろうから。
ミシオは持っていないとか、忘却した、と言うわけではないが、そう言う点では多分カオリはまだ純粋なのであろう。
ユウイチと共にありながら、それを色濃く残せている事は、ミシオ達にとって少し羨ましい事だった。
余談だが、合流して時間が出来てもカオリは自分からこの傷の事をユウイチに申告しなかった。
その為、気付いたユウイチにより、カオリは飛行中シグルドの背でストリップ紛いの事に加え、いろいろとする羽目になるのは明日の話だ。
ミシオも巻き込んで。
更に余談だが、当然その後ユウイチは秘薬を消費してカオリの傷を跡形も無く消している。
秘薬が残り少ない事など一切気にする事なく。
ヨシノ邸
こちらでは、まだ女性達の湯上り後の手入れが続いていた。
ここに居る女性の、実に9割が長い髪を持っているので仕方ない事ではある。
因みに髪の長い女性でない残りの1割の例外というのは、ネム唯1人だった。
何故か見事なまでにロングヘアーの美女達の中、1人だけショート。
風呂の中でも考えていた事がまた再発していたりする。
それはとりあえず置いておいて、これだけの湯上り美女が髪を手入れしている状況。
とくに、マイとサユリ、アヤカとセリカとセリオなど、互いの髪を梳く美しい女性達を見ていると思う事がある。
「やはりいいな」
「そうだな」
「……」
口に出したのはユウイチとヒロユキ。
その隣、ジュンイチは無言だった。
なんというか、落ち着かぬ様子で。
美しいと言えるもので、淫らな訳ではない状況であるが、ジュンイチは視線を泳がせていた。
ネムはそんな兄の反応を見て、また悩む事になる。
まあ、思い悩み恋する乙女はまた美しくなるだろう。
それも置いておいて。
互いの髪を梳くメンバーは、基本的に普段からそうしている組み合わせだ。
しかし、一組だけ特殊な組み合わせがあった。
「本当に綺麗な髪ですね。
うらやましいです」
「えへへ、そうかな?
アキコさんの髪も綺麗だよ」
「ありがとうございます」
髪を梳かれているのはサクラ。
櫛をもってサクラの髪を丹念に梳くのはアキコだ。
その様子は母娘とも姉妹ともとれる情景。
外見的に似ているところは無く、それはマイとサユリのそれと変わらない様に見える。
だが、何故かそう思えてしまうのだ。
今の2人の雰囲気から。
(さて、風呂で何を話したのやら)
2人がそう見えるのは、2人の間にある空気のせいであろう。
アキコはサクラを愛し、サクラはアキコを信頼している。
そんな関係が見えた気がする。
「……」
サクラとアキコの様子に気付いたジュンイチがちらっとユウイチを見る。
気になって、何かを聞こうとしたのだろうが、どう聞けばいいか解らないのだろう。
「……」
ユウイチはそれに視線だけで応える。
解らん、と。
だが、いい事であろうと。
「……ふぅ。
あ、ヨリコさん、お茶を」
「はい」
ジュンイチはちょっと笑ってヨリコを呼ぶ。
自分も良い事だと思うと返し、そしてちょっと照れくさくて。
(平和でよいことだ。
しかし、まあ、気になるな。
元々アキコはそう言う事が好きではあるが)
そう言う事、というのは子供の面倒見が良かったりする事だ。
後、女の子が好きだという事もあるだろう。
一度、誘導尋問の末に子供はとりあえず女の子が欲しいという解答も得ている。
(産み分けできる魔法薬もあるんだがな……
強制退場の為以外では使う機会は無いだろうが。
もし使うとしたら……)
「アサクラ君、私のテレパスを封じたもの、一つもらえないかな?」
「ん? ああ、いいけど」
ユウイチが少し考え事をしている横で、コトリとジュンイチがなにやらやり取りをしていた。
因みに、コトリは先ほどまでヨリコに梳いてもらい、後は1人でやっていたのだが、今ジュンイチと話している彼女は、手入れの途中の様に見える。
何故、手入れを投げ出してまで話しているのかと思えば。
「はい、ユウイチさん、これ着けてくださいね」
ジュンイチから貰った腕輪らしきものをすぐに手渡してくるコトリ。
それは精神攻撃を一切封じる腕輪であり、ジュンイチがコトリのテレパス用に改造したものだ。
尤も、コトリのテレパス用とはいっても、完全防御にはならないらしい。
完全に意図して入ろうとしなければ見られないのと、時間稼ぎ程度の意味しかないとのこと。
「ああ。
テレパス能力者も大変だな」
しかし、この場合間違えて読む、とか強い思念で読まされるという事は防げるのだ。
どうやら、コトリは先の思考を読んでしまっていたらしい。
顔がやや上気しているのは、やはり風呂上りという理由だけではないだろう。
「慣れた筈なんですけどね……」
コトリは人の心の闇に触れ、それには慣れている筈だった。
しかし、相手がユウイチになるとそうもいかないというのが現実だった。
まあ、先程ユウイチがどんな事をどんな風に考えていたかは、コトリとユウイチだけの秘密である。
それから、コトリはまた手入れに戻っていく。
給仕を終えて手の空いたヨリコにまたいろいろと手伝ってもらいながら。
(ま、平和な事だ。
平和と言えば、あの街ももう完全に平和になっている筈だな。
そのうち追いつくと言っていたが、どうしているかな)
ユウイチは考える。
嘗て『ユウイチ アイザワ』といわれた人間にとって故郷の国と言えた場所にいる人達を。
そこで出会った友人と、そこで愛した人達。
そして、ユウイチを愛してくれた2人の女性。
もうあれから1年と半年という時間が過ぎていた。
その頃、とある森の中
「遅れてますよ」
「私は貴方と違って万能型じゃないの〜〜」
前を行くのは、金色のゆるやかな三つ編みの髪を靡かせる少女。
少し後ろを走るのは、ブラウンの髪を靡かせた少女。
「万能などと言いますが、所詮平均的にできるだけです。
肉底面で劣るなら魔力で補いなさい」
「私、そっちも自慢できる程じゃないんだけど」
「関係ありません。
これからあの人のところ行き、あの人と同じ道を歩むのですよ?
この程度で音を上げてどうします」
「……そうだね」
弱音を吐いていた少女の目つきが変わる。
いや、もとより冗談気味に言っていただけだ。
それが、理由を思い出したが故に表面化した。
「もう1年半も待たせています。
これ以上は待たせられません」
「うん。
……でもさ、あの人達居るんだよね?」
「……そうですね」
2人は思い出す。
最後に想い人を見たのは故郷の空から消える時。
そして、その時には彼の傍には数人の女性がいた。
後に分った事だが、あの人とは過去があった人達。
だが、自分達より後に『彼』に出会った人達だ。
それが、もう1年半も一緒に居る。
「とりあえず、会ったら先ず挨拶しないとね」
「ええ、勿論です」
彼が認めている女性達だ。
当然それ相応の人達であろう。
しかし、それでも思うところがある。
この1年半。
彼女達は彼に何ができたのか。
それを知る為にも、やらねばならない事がある。
戻り、ヨシノ邸
「え〜っと、突然の来訪者に注意しましょう。
良く話し合う事が肝要です。
でも拳で語り合うというのも手ではあります?
なんだろう? これ」
「謎ですね〜」
カードを使い、今後の事を占っていたサクラ。
相手はサユリだ。
自分で出しておいて矛盾している様にも見える結果に悩む。
サユリは微笑むだけだが、その笑顔、心からのものかは解らない。
「……」
隣に立ち、結果を聞いたマイはなにやら静かに考え事を始めていた。
(占いなんてやってる時点で十分平和なんだがね)
染み付いた癖か、それとも別の何かか。
2人を見て複雑な思いのユウイチ。
何故占いを受けているところが平和なのかといえば、少なくとも占いはある程度当たってしまうからだ。
故に、役割を演じている者達は不自然になる場合を除き、極力占われるのを避けなければならない。
どのような要因で破綻するとも限らないのだから。
因みにユウイチの場合であれば、占いの結果を操作して逆にそれを利用するという事もある。
理由はもう一つある。
そもそも、大半の占いはある魔法理論により、確率統計上で最も起こると思われる事態を結果として出力するものだ。
そして、正義の側であれ悪の側であれ同じ事であるが、ユウイチ達はそれを捻じ曲げる為に動いている。
そう、奇跡を起こさせる為に。
だから、占うだけ無駄なのだ。
故に、占いを楽しめるという事は、そう言う場で無い時、何の役割も担っていないと、心から安らいでいる時でしか在り得ない。
ついでに言うと、サクラの占いの能力は二級の上程度と思われる。
まあ当たるだろうが、内容が不鮮明すぎて、当たってからこの事かと気付ける程度しかない。
占ってもらった側がよほど洞察力が無い限りだ。
だから、そう言う点でも未来を気に病んで占ったという理由ではなく、気軽に占ってもらったというのも解る。
余談だが、占いによって未来の内容を完全に言い当てたり、奇跡が起きる事を予見できる人というのは、規格外と言えるくらいの占い師である。
(そういや、
まあ、その程度可愛いといえるくらいの謎だらけの人だが)
数々の奇跡誘導を可能としてきた師の能力。
占い、と言うより予知能力もその一つだが、そんなもの必要ではなかっただろう。
そう、今やユウイチとシグルドの2人だけででも可能なのだ。
あの人ならきっと単独で奇跡を起こせるだろう。
だが、起こさないのだろうな、とユウイチは師を想う。
久しく会わぬ大切な人を。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
丁度そこへ、ポットをもって現れる影があった。
「ああ、頼もうか。
―――セリオ」
「かしこまりました」
自動人形故か、完璧な動作でカップにお茶を注ぐセリオ。
今は元々エプロンなしのエプロンドレスだったものに白のエプロンをつけている。
更にはヘッドドレスまで着けて、完全な侍女姿だ。
恐らくは、彼女なりの拘りなのだろう。
「で、何の用だ?
わざわざ侍女服を着込んでまで俺に近づく理由は。
まさか茶を注ぎに来ただけではあるまい」
今は悪役でもないのに憎まれ口に近い言葉を吐くユウイチ。
それは感情故に。
いかに理性で理解しようとも、過去がそれを全て上書きしようとするのだ。
この場で破壊を行わないだけ、かなりの進歩と言えるだろう。
「別に特別理由があって着た訳ではありませんよ。
貴方に用があって、見れば貴方のカップが空いていて、ヨリコさんが忙しそうですからついでにお手伝いした。
それだけです。
そして、少なくとも給仕をする際の私の仕事着として着用したまでです」
ポットを置き、エプロンとヘッドドレスを外すセリオ。
給仕を終えたが故に、もう侍女ではないと。
いや、本来他人の家で勝手に給仕を行い、本来その職務についている者の仕事をとるなど無礼にあたる事だ。
それでもセリオがそうしたのは、そうする事で近づきやすかったという事だろう。
そして、近づいた後は一個人に戻り、目的を果たす。
「そうか。
で、用とは?」
「貴方に聞きたい事があります。
貴方達の中に精製魔法を使える人はいらっしゃいますか?」
精製魔法。
セリオが言う精製魔法は、つまるところセリオの部品を作れる程のレベルという事だ。
精密機械といえる部品を寸分違わず作れる一流の鍛冶師のレベル。
同時に、魔法部品を扱える魔導師としても一流である人物。
機工技術を持つ魔導錬金術師。
そう言う者が居るかと尋ねられている。
セリオは、自動人形だ。
表皮や一部の部品は自己再生する特級品を使っているが、そうはいかないパーツも多々存在する。
故障は当然と言える戦闘を前提とした旅であり、護衛役であるセリオには交換パーツの常時供給が必須である。
しかし、製造元ならいざ知らず、旅先で必ずパーツが手に入る訳は無い。
その為、自作する必要がでてくる。
超一流技術の部品を、ほとんど無の状態からだ。
そして、ヒロユキにはその能力があった。
当初は中枢機構などの超精密部品は作れなかったので、致命傷だけは避けなければならなかった。
しかしそれも成長し、今や無からオートマータを組める所まできている。
ただ、賢者の石はコピー不能の為、セリオ達より2ランク以下のものに限定される。
それでも修理というのであれば、もう完全無欠の領域だった。
尚、そんなヒロユキの存在は、異端とすら呼べるレベルのものだ。
彼の持つ能力故に至る事が出来た、ありえざる領域。
ヒロユキと同等の精製魔法の使い手など、今の世代では少なくとも名は聞かない。
因みに、戦闘まで可能という勇者ヒロユキは、完全に別次元の存在だ。
「ヒロユキのレベルはいない」
当然、ユウイチの答えはそうなる。
居るわけがない。
いかに世界を見てきたユウイチでも、ヒロユキと同等以上の精製魔法の使い手など、まだ出会っていない。
しかし、
「だが、オートマータの部品くらいなら揃える事は容易だ。
先日見せたアイテムは、戦闘に使えるものだけだ」
ユウイチは言葉を続けた。
邪悪な笑みと言えるものを見せながら。
少しだけ、自慢するように。
「そして、俺はヒロユキよりも賢者の石については詳しいぞ。
ついでに言うと、賢者の石が持つ『奇跡』の実現も可能だ言っておこう。
なかなか趣きのあるモノも持っているのでな。
まあ、ヒロユキの傍にいれば、ヒロユキ自身がそれの代用になるから自慢にはならんが」
最後に苦笑するユウイチ。
自分の持っている幾多のレアアイテムをも軽く補えてしまう男の存在を。
しかし同時に心から笑う。
なにせ、その者は嘗てはユウイチにとって自慢の―――
「そうですか、それを聞いて安心しました」
そして、セリオは微笑む。
心から、喜びとして。
「ふむ、結局は自分の今の主の自慢だな」
「まあ、そうとも言えますね」
憎まれ口を叩くユウイチ。
そこには演技も含まれている。
しかし、どうしてか楽しいと思えていた。
「では、また後ほど」
「勝手にするがいい」
そんな言葉を残してセリオはその場から去り。
ユウイチは苦笑する。
理解できないと。
そして、だからこそ、それは人間に近く、認めてやりたいと思いながら。
席を離れ、ぶらぶらと広いリビングを歩いているヒロユキ。
やがて、1人の女性を見つけて声をかけた。
「ああ、アキコ ミナセ、ちょっとよろしいか?」
「はい、なんでしょうか?」
丁度、1人になっていたアキコはその誘いを受ける。
そして、2人は不自然にならない程度に皆の輪から外れる。
「貴方は知っているのではないかと思うが。
俺は嘗てユウイチ アイザワという奴を……」
「ええ、存じております。
私どもの中でも私1人だけが知る事ですが。
ですから―――その先の言葉は不要です」
「ああ、悪いな」
2人は言葉を考える。
そして、最終的に言葉にしないと決めた。
「まあ、えーっとなんだ。
他人が聞くような事じゃないかもしれんが。
ちょっと、気になる事があってよ。
貴方の所に来た男の子がどんな生活を送ってたか聞きたい」
口に出す言葉に迷いながら、ヒロユキは訪ねる。
アキコが嘗て得た新たな家族の事を。
心から笑う事ができなくなっていた男の子の事を。
「そうですね。
いいですよ、少しだけなら」
「ありがとうございます」
アキコは、喧騒の中、静かに話しを始めた。
「……どうお話しましょうか。
その子は最初、無理に笑っていました。
そう、子供なのに、かなりの無理をしていました。
それができてしまう子でもありました。
私はそれを見ているのが辛くて、あの子の良い姉であろうとしました。
それから友達ができて、一緒に強くなる人ができて、好きな人もできて。
あの子は自然に笑える様になりました。
そして、無理なく強くなる方法を探せていたのです。
ですが……」
懐かしみながら話すアキコ。
しかし、言葉が一旦止まった。
だが、すぐに顔を上げて続けた。
「私はあの子を護りたいと思いながら、肝心な時に何もできなかった。
あの子を光の中に在れなくしたのは、私です。
目の前にいながら、立ち尽くすだけで、あの子を止めることすらできなかった」
懺悔する様に告げるアキコ。
今まで誰にも言わなかった事を。
ヒロユキが彼のなんであるかを知った上で。
「そうか……」
ヒロユキはただそう一言呟いて、一度飲み物を口にする。
そして、間をあけて続けた。
「俺の知っている奴ならこういうだろう。
―――俺をなめるな」
睨むというのにも似た強い視線。
己の意思はここにあると示す瞳をアキコに向ける。
「……貴方は、あの人の事を良く知っているのですね」
一度、驚いた顔をしたアキコは、次には笑みを見せた。
一瞬、彼に言われたのではと錯覚すら起こした事に驚き。
そして、それを言ったのはこの勇者であり、彼の―――
「ああ。
悪いが、こればかりは女に譲る気はないね」
悪戯小僧の様な笑みを浮かべるヒロユキ。
そして、ユウイチの傍に付き添う女性相手に宣言した。
自分の方が上であると。
「負けませんよ」
「そうかい。
じゃあ、ありがとう、話を聞かせてくれて。
十分だ」
「いえ。
貴方に聞いてもらって良かった」
そして、ヒロユキはその場を後にした。
最早用事は済んだと。
未練は無い。
あの過去にさえ。
そんな笑みを見せながら、ヒロユキは騒いでいる皆の中へと入っていった。
10人の女性と3人の男がいるこの空間。
3人寄れば姦しいというが、例に漏れずそれぞれ女性達は会話を楽しんでいた。
そんな中、ジュンイチは1人、部屋の隅でカップ傾けていた。
「ふぅ……」
流石に女性だらけで溶け込み辛い空間だ。
それに、風呂上りという事もあり、純情な少年たるジュンイチにはちょっと刺激が強い。
そんな訳で少しだけ場から離れていた。
「あら、何やってんの? こんな端っこで」
だが、そこに近づいてきた女性がいた。
アヤカ クルスガワだ。
かの勇者の一員であり、とんでもない美人である人。
「あ、いや。
まあ、ちょっとな」
曖昧に答えるジュンイチ。
女の中にいるのも恥ずかしいと、そう言うのも恥ずかしいと思っている。
「ふ〜ん」
そんなジュンイチの様子を見て、大体察するアヤカ。
同時に、ヒロユキも出会った当時はそうだった、とか。
何故かあまり自分に対してはそう言う素振りをみせなかったが、とか。
一応昔の方が可愛かった、とか。
まあ、いろいろ考えるが、とりあえず置いておく。
「まあ、それより、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「何か?」
ジュンイチは考える。
アヤカとジュンイチの接点は無いに等しかった。
直接相対したこともないし、今までまともな会話もなかった。
こうして面と向かうのも初めてかもしれない。
決戦前夜は準備で忙しかったし、決戦時はそれこそそんな暇などなかった。
ならば、問われる事はなんだろうか。
「貴方、この島に残るのよね?」
「ん? ああ。
俺はここに残るぞ」
だが、アヤカのその問い。
それに続く問いも察する事ができた。
そして、もう一つ考える。
それに対して、アヤカはどう思うのだろうかと。
「あくまでここを護る為に?」
「そうだ」
揺ぎ無い応え。
疑問も迷いもない、そしてそれは妄信でもない澄んだ意思。
「そう」
アヤカは苦笑する。
惜しい、と思いながら、面白い、と。
「実際勿体無いわよ。
貴方程なら、たとえこの島とあの子の援護がなくても問題なく強い。
貴方が傍にいるなら、何も恐れる事なく前に進めるわ」
「そりゃどうも。
だけどよ、護る奴が積極的に戦いの場に出るってどうよ?」
「そもれもそようね〜」
そう、護りたいと、本当にそう思うなら、危険の中を行くなど矛盾する行為だ。
だからジュンイチは正しい。
ジュンイチがここにある限りジュンイチの行為は正しい事だ。
それにしても、とアヤカは考える。
嘗て屋敷から出た時、やはり一箇所にとどまっていてはダメだと思った。
そして旅をしてきて、いろいろなものを見てきて、やはり出て正解だとも思った。
だが、ここにある一つの場所に居続ける事を正しいとする人がいる。
正しく、そして強い人が。
「世界は広いわね」
「まだ、これからも見て回るんだろ?」
「ええ」
しかし、それはアヤカにとっては合わない事で。
きっと、アヤカにとっては今の生き方が正しい事。
いや、本当に正しいのかはまだ解らないが、すくなくとも留まっていては解らない。
「じゃあ、がんばってね。
多分、かなり苦労すると思うけど」
サクラとネムの方に目を向けるアヤカ。
女の立場からすればどうだろう、とも少し考えながら。
まあ、それにも絶対に正しいことなどないし、幸せは人それぞれだ。
「ん? ……ああ、エピローグ後も生きてる様にがんばるよ」
苦笑しながら応えるジュンイチ。
曖昧な態度の様に見えるが、しかし大丈夫だと思えた。
アヤカも、そして、ジュンイチ自身も。
その頃、元ユウイチチーム拠点
「あ〜……いいわね〜」
「はい。
こんなにのんびり温泉に入れるのは久しぶりです」
温泉に浸かり、くつろぐカオリとミシオ。
温泉の効能も聞いているので、心から安らいでいる。
ただ、
「……気になりますか?」
「え? あ、まあね」
カオリは、己の右手を湯のつけながら摩っていた。
あわよくば、少しはましにならないか、などと考えているのだろうか。
『しかし、アレを相手にそれだけで終わったのだからな。
お主の強さは最早勇者クラスと言って良いだろう』
カオリの胸元の紅いペンダントから声が響く。
シグルドの声だ。
「ちょっと、やめてよ。
あんなの、まだ半年という時間しか経ってなかったから、それで呼び出せただけのヤツだったのよ」
『だが、本物であったろう?
少なくとも、その場に居た召喚者20数名を瞬殺するくらいに』
「そりゃね。
でも、それはそれでしょう。
あのくらいなら、アキコさんならもっと上手く立ち回って、こんな傷受けずに勝てるわよ」
『そうかのう。
アレは、お主だから倒せたと我は思うぞ』
「もう……
何も出やしないわよ」
苦笑するカオリ。
カオリの言う事、アキコならもっと上手く戦えるのは確かに事実だろう。
カオリは格闘だけで、魔法は実用レベルでは使えない。
そして、完全な接近戦型だからこそこんな傷を負った。
だが、とシグルドは思う。
格闘だけを極めているが故に、倒せたのだと。
確かにアキコでも倒せたかもしれないが、それ相応の代償が出ただろう。
器用に戦える事が良い事とは限らない。
これはユウイチも考えている事であるが。
現状ユウイチチームの中では単独での戦闘力はカオリがトップだ。
それに、あの時のカオリは正に―――
「大体ね、私は勇者にも英雄にもなる気はないわ。
私は、彼の下で、悪役の彼に従う魔女、いえ魔闘士でいいのよ」
『そうか』
普段とほとんど変わらぬ声。
しかし、今のシグルドは笑っているだろうと、カオリとミシオにも解る。
「そういえば、この温泉を彼、気分だけって言ってたけど、それならシグルドの方がまさに気分だけよね」
話題を変える為か、今シグルドと話した為に胸元にいる事を意識したから、そう言って紅いペンダントを手に取るカオリ。
シグルドが自由に出入りし、外界の情報も習得できる特殊な紅い宝玉のペンダントを。
「まあ、シグルドさん程の大きさとなりますと、湖くらいの面積が必要になってしまいますからね。
深さも考えるとどれほどになるか……」
シグルドは、ユウイチ達6名が乗っても問題ないくらいの巨体だ。
風呂など用意できる筈はない。
川で水浴びをするのがせいぜいだ。
一応、こうして身に着けて湯に浸けているのは、感覚が少しは伝わるからだ。
だがこのように紅い宝玉の中では、鏡越しの様な感覚でしかないだろう。
ユウイチの中ならば、それと比べれば幾分かましな感じらしい。
が、それでも湯を楽しめる程ではないだろう。
『いつもの事だ。
これで十分だよ』
「そう」
シグルドは魔法すら使う高等の竜であるが、己の姿を変える類の魔法は使えない。
色などを変えるのも外的要因があってはじめて成るものだ。
身体の形、サイズが変化する魔法も一切使えない。
ただ、演技中はわりと不便を感じる事もあるが、良く考えればユウイチの中への出入りが自由なことを考えれば十分かと思う事もある。
そういえば、シグルドが変身系の魔法を使えないのは、実は『使わない』だけかもしれない。
その点に関してはシグルドとユウイチだけが知る事であろう。
前々から考えている事であり、一度問うた事があるが、その時はぐらかされてしまった。
(まあ、こればっかりは敵わないし、対抗する様なものでもないわよね)
ユウイチとシグルドの関係はユウイチとシグルドだけのもの。
だから、それと同等以上のものを自分達で築けばいい。
そう、カオリ達は考えている。
いまだに近づいているという実感は欠片もなくとも、諦める事はない。
一方その頃、とある森の中
「ねえ、着く前にさ、どこか宿に入れないかな?」
「そんな余裕は無いと思いますが。
何故ですか?」
「ほら、1年半ぶりだよ?
会うなら、いろいろと整えたいじゃん」
「……そうですね」
前を走る少女は考え込む。
今こうして森の中を走り、汗も少しかいている。
今は少しだが、到着する頃にはかなりのものになっている筈だ。
匂いもするだろう。
髪も少し乱れ始めている。
「……速度を上げますよ」
「マジッ!?」
明日には彼らは移動するだろう。
その移動距離によっては更に速度増加も必要かもしれない。
その事も考えてのペース配分をしている。
だがとりあえず、可能性を残す意味で少女達は更に5%ほど速度を上げた。
2人とも、恋する乙女であるが故に。
戻り、ヨシノ邸
ユウイチはまた1人、茶を飲んでいた。
楽しそうに話す皆を眺めながら、静かに。
「隣、よろしいですか?」
そんなところに、来客があった。
ギリギリ聞き取れる小さな女性の声。
「ああ、かまわんよセリカ嬢」
「失礼します」
ユウイチの隣の席に座るセリカ。
そして、暫くユウイチと並び、皆の姿を眺めていた。
ただ、静かに。
「……で、何の用だ?」
先に口を開いたのはユウイチだった。
意味も無くここへ来る訳はないと思っているが、一向に話を振ってくる気配が無い。
別に気まずいわけでも無いのでいいのだが、何か話す事があり、時間もあるのに話さず終いというのもなんだろう。
「用、と言う程のものはありません。
ただ、私も貴方と話しておきたかっただけです」
ユウイチは、この島においてほとんど単独で行動し、ほぼ全員と相対している。
ヒロユキとも、アヤカとも、セリオとも1対1の状態で戦った事がある。
ジュンイチ達はチームとして3度戦った。
ただその中において、戦闘に出なかったヨリコを除き、セリカとだけは戦っていない。
故に、セリカだけは、ユウイチという人物の理解度が他のメンバーと比べ低いのだ。
戦わなければ理解できない、と言う訳ではない。
だが少なくとも、直接戦ったアヤカ達はセリカの知らない事を知っている。
だから、この場でそれを補えないかと近づいてきた。
全肯定することは感情的にできなくとも、正しい一つの形をしたユウイチに。
もう少し、理解する為に。
「そういえば、貴方とは接点が少なかったな。
で、だからといって何を話す?」
一回の会話で理解し合うなど、到底無理な話だ。
そんな事ができたなら、人間の社会はもっと平和だっただろう。
少なくとも、無意味な争いが起きないくらいには。
「そうですね。
では、とりあえずこれなどどうでしょうか。
この『死神の血玉』、本当に頂いてよろしいのですか?」
セリカは紅い宝玉を取り出す。
それは、最終決戦の為にユウイチが提供したアイテムの一つ。
その名の通り、死神の血を結晶化したものだ。
死神、とは文字通り『死』を司る神の事であり、イメージ的にあまり良くないものを抱きがちだが、実際には人間の味方だ。
不死者の天敵でもある上、迷える死者の魂を行くべき場所へ送ってくれるらしい。
ただ、そうしてくれる条件がいまいち解っておらず、実際迷える魂はこの世界に存在する。
それでも、死神とは確かに存在し、『神』の名に相応しい、人間では到底敵わない存在である。
死神の力を借りる魔法は聖属性の魔法に多々存在し、死神の力を借りる為の道具も多い。
その中でもトップクラスに入るのがこの死神の血玉であり、入手方法は死神に認められる事だと言われている。
これはうまく使えば、国レベルの範囲で地上に残った不浄な魂を強制的に浄化できるもの。
しかし、別の使い方をすれば死霊の王とすら言えるレベルで、死霊達を使役できてしまう代物だ。
ついでに値段的な価値に換算すると、大体小さな国ならまるまる買い取れるレベルのものになる。
そんなものを決戦後、『やる』の一言でユウイチは手放したのだ。
決戦時のアイテムは半分以上が使い捨ての効果しかなかったが、セリカの『死神の血玉』は使い捨てではなかった。
普通に考えれば在り得ない事だ。
だが、それに対してヒロユキは『おー、貰っとくー』と軽い乗りで受け取った。
そう言う反応ができたのは、ユウイチならばそう言うだろうと解っていたからだろう。
「つまらんことを聞くな。
一度やるといったものだ」
問いに対するユウイチの返答は、心外という反応だった。
やはりユウイチにとって、これ等を差し出す事はもう当然のレベルの話だったのだろう。
「一応、理由をお聞きしたいのです。
私達にこれを差し出した理由を」
それでも、まだヒロユキ達ほど理解できていないセリカは問う。
理解する為に、少しでも言葉を聞く為に。
「ん? 理由?
そんなの相応しいからに決まってるだろ」
そっけなく応えるユウイチ。
その言葉は、決戦前も聞いた言葉だった。
それは、これらのアイテムを使わなかった理由を訪ねた時の事であったが。
「そうですか」
その言葉で、セリカは少し解った気がした。
もう一度、こうして直接聞けて。
ヒロユキ達程ではないし、それを人に伝える事もできないが、さっきまでよりずっと理解できた気がする。
「ああ、そう言えば、貴方は攻撃魔法担当という事で試してもいなかったな」
そこで、ユウイチは何かを思い出したように自分の背に手を回す。
決戦前にアイテムを取り出した時と同じように。
そして、取り出したのは一本の角。
決戦前にも見せ、だが使う事の無かった『ユニコーンホーン』だ。
「ちょっと手を」
「はい」
ユウイチは角を包んでいる布の上から角を持ち。
もう片方の手でセリカの手に触れた。
「ふむ。
惜しいな」
暫くして、ユウイチはそう言って手を離した。
そして、ユニコーンホーンもしまってしまう。
「そうですか、残念です」
最初からダメだろうとは考えていたが、いざそう言われると残念な顔をするセリカ。
尤も、その表情の変化を見極められるのは数人しかいないだろうが。
セリカがユニコーンと相性が悪いのは幾つか理由がある。
それは、先の死神の血玉と相性がいい事が挙げられる問題だ。
死神は聖属性とも言えるが、聖属性のなかでもユニコーンホーンとは真逆の位置にある。
だからダメなのは解っていた。
しかし1人の乙女としては、ユニコーンに認められない事はショックだろう。
何せユニコーンに認められたならば、それは清らかな乙女である証明だからだ。
と、そこまで考えて思う。
『惜しい』とはどういうことだろうかと。
「まあ、死神の血玉とユニコーンホーンを同時に扱おうってのは贅沢な話だろうな。
だが、ここまで魔を極めながら『惜しい』といえるレベルか。
まったく、ヒロユキのヤツも良い女を捕まえたものだ」
憎たらしそうに言いながら、しかし穏やかに微笑むユウイチ。
「……なんとなく、ヒロユキさんやあの子達が貴方を好きな理由が解りました」
その笑みを見て、自然と言葉にしていたセリカ。
それは闇の中を行き、仮面を被り続けるユウイチが見せた、本来の姿の一欠けら。
「ん?
俺には、アイツ等が俺を好いてくれる理由も解らんのだがね」
セリカの言葉を聞いて、皆と話しているアキコ達を見る。
理由は解らない。
だが、幸せな事だと思いながら。
「別に、解る必要は無い気がします。
貴方自身は」
「そうか」
また、暫く静かな時間が流れる。
2人で楽しそうに話をしている皆を眺めながら。
「では、また」
「ん」
やがて、セリカは席を離れる。
最後に残した言葉に、曖昧に手を振るだけのユウイチ。
しかし、セリカはその意味がもう解る気がした。
どういう流れだったか、若干曖昧な所があった。
だが、今ヒロユキはサクラに占いをしてもらっていた。
一応今後の運勢について。
「え〜っと。
近々貴方は重大な選択をしなくてはいければいけません。
それは、人生を『左右』どころか、一つの言葉で幾本もの道を作る選択です。
エンディングに直結する選択肢です、即バッドありです。
尚、その前後の選択によっては平穏に暮らす事も可能ですが、諦めた方が無難です。
……って、また意味不明な結果が。
自分で口に出してるのに言ってる言葉の意味が良く解らないよ」
「あ〜……まあ、いいんじゃね? 占いってそう言うもんだろ」
「そうかな〜」
自分の占いに自信が無い様子のサクラ。
同時に相手が勇者故であろうかとも考える。
対してヒロユキは身に覚えがある為、嫌な汗もでてきている。
「ところで、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「うにゃ? なに?」
今はちょっと占いの事を忘れるのもあるが、話題を変える。
できれば、と思っていた状況が揃っているが故に。
それは、このサクラと2人だけという状況。
周囲に人は居ても、こちらの会話内容に耳を傾けている者はいない。
「失礼かと思うが……アンタと、後ジュンイチは純粋な人間か?」
ジュンイチと初めて相対した時に感じた違和感。
その大部分はサクラとの共有関係によるものである事は解っている。
しかし、それでは説明がつかない部分があるのだ。
だから、これはそれをはっきりさせる為の問い。
間違えれば、傷つけていまうと解っているが、知る事ができたなら対処法もあるかもしれない。
「ん〜……純粋って言うのがどこまでかわからないけど。
とりあえず知る限りでは私達の血筋に人間以外はいないよ。
でも、どうも妖精系の血が混じってる様な気がするんだけど、良く解らないだよね。
まあ、あんまり気にした事もないけど」
ヒロユキの心配を他所に、特に気にした様子もなく応えるサクラ。
「妖精系か……」
「あ、因みにこの姿は大樹の誤作動によるものだから」
「ふむ……」
あの時の感じたのはそれによる影響だったのだろうか、と考えるヒロユキ。
ちゃんとした答えは出ないが、とりあえずそれで納得しておく。
本人達に問題がないので、これ以上の解析も無意味と考える。
「で、ってことは成長が止まったんだな?
あ〜……成長促進の魔法とか見た事あるんだが」
「あ、いいよ、別に。
多分もう大丈夫だから」
「そうか」
ヒロユキの知識にある魔法がどういうものかも聞く事なく断るサクラ。
実、副作用がある為、ヒロユキも教えるのを少し悩んだのだが、サクラは即答だったのでその心配も無いようだ。
「しかし、まあ、アンタは一生ここで暮らすんだろ?」
「うん。
でも別に軟禁されてる訳じゃないし。
日帰りならある程度出歩けるし、問題ないよ。
この島も好きだし」
「そうか」
更に、ヒロユキは自分が得てきた知識、魔導知識も含めて差し出そうかとも考えていた。
が、それすら必要ない様だ。
そして、それはサクラが何も知らないから出る答えではない事も解る。
ジュンイチの存在は大きい事だろう。
今も、そしてこれからもっと大きくなるだろうと、ヒロユキは考える。
「んじゃ、占いありがとな」
「いえ〜」
いろいろ話をしようかと考えていたのだが、十分だと判断し、ヒロユキはその場を後にした。
後ろでは、サクラの下にやってくる女性達もいる。
昔、孤島とすら思える屋敷にいた女の子の事を想っての行動だった。
しかし、ここは陸から離れていても孤島でないのだと、改めて思うのだった。
皆が団欒している中、ジュンイチは1人外側を歩いていた。
と、そこで同じ様に団欒から外れている女性を見つけた。
「アキコさん、お1人ですか?」
「ええ」
言ってから、微妙にナンパっぽい声の掛け方だと思ったりするジュンイチ。
しかし、これはいい機会だろうとそのまま傍による。
まあ、ちゃんと一定距離は保ちながら。
「少し、お聞きしたいのですが……
彼との旅と―――彼の行く道を共にする、というのはどういうものかを」
どう聞こうか、少し迷ったが、回りくどくするのは止めた。
多分、無意味だと判断して。
「……そうですね。
尋常じゃなく大変ですよ。
肉体的にも、精神的にも。
心をなくして機械になってしまおうかとすら考える事もあるくらいです。
彼の行く道だと思い、なんとか心は保っていますけどね」
「……そうですか」
予想に反して、はっきりと辛いと答えるアキコ。
おそらくは、ジュンイチがなにを意図して聞いているのかを察して。
「並の人間でしたら、3日どころか、3時間あれば脱落します。
主に精神的に。
特に彼側で行動すれば、精神崩壊を起こしかねませんからね」
「…………そうですか」
この強い女性をしてそう言わしめる彼の者の行く道。
それがどれだけ壮絶か。
恐らく、今想像できる事など生ぬるいと言える事なのだろう。
そうジュンイチは考える。
だが、それにアキコは続けて告げる。
ですが、と。
「そう、並の人間なら、そうなります。
ですが、彼女は並の女ですか?
貴方の良く知るあの女性は。
それを知り、且つ自ら進んで入った道から逃げる様な女ですか?」
「……いえ、それはありません。
俺が保証します」
アキコの問いに、敢えて間を置いて応えた。
絶対とすら言える自信―――いや、確信をもってだ。
そして、更に続ける。
「保証しますよ。
何故なら、俺はまだアイツの事に関しては負けてはいませんから。
いかにドラマのある再会でも、俺達のあの月日は負けはしません。
だから、保証できます。
彼女ならば必ず貴方達と並び、越えるだろうと」
嘗て、周囲から恋人同士であるとすら言われた間柄。
互いの能力を知った上で付き合ってきた真実の友情がある。
それは、一日程度の時間の過去と、10日あまりの現在の時間程度で超えられるものではない。
だから言える事だと、まっすぐにジュンイチは告げた。
「そうですか」
それに対し、アキコは微笑む。
新たに増える仲間は頼もしいのだろうと。
そう言う情報を得て喜ぶ。
更に、自分達を越えると、この男に言わしめるのだ。
だから同時に楽しみでもあった。
それは、切磋琢磨できるライバルができること。
自分もまた更なる高みを目指せるという事だ。
「ふふふ。
あ、そうそう。
一つ付け加えておきますね。
彼、気遣いは細かいですよ、知っているとは思いますが」
「ああ、それは解ります」
仲間の為に温泉が欲しいなどと申し出てきたのだ。
それは解る。
彼は仲間を大切にしていると。
険しく大変な道であるが、彼はちゃんと考えて歩んでいる。
だから、大丈夫だろう。
「ありがとうございました」
「いえ」
アキコに話してくれた礼を述べながら、ジュンイチは移動する。
場所は倉庫。
今この団欒の空気の中、1人倉庫へ向かった。
その頃、元ユウイチチーム拠点
「はぁ〜……極楽です」
「ミシオ、その言い方ちょっ「物腰が上品だと言ってください」
「突っ込みが早すぎるわよ」
「それに、それを言っていいのはユウイチさんだけです」
「さいですか」
のんびりと会話を楽しみながら湯に癒される2人。
かれこれ1時間は入っている。
途中半身浴にしたり、涼んでからもう一度入ったり。
現状持っている情報から、温泉はまた暫く楽しめないだろうと、ずっと入っているのだ。
「そういえば、ユウイチ達は今日ベッドのある環境で寝られるのよね」
「そうですね」
ふと思い出した事を口にする。
羨むアキコ達の環境を。
何を、などという問いは無粋であろう。
『因みにだが、昨晩までは忙しくてそれどころではなかった様だぞ』
一応弁明も兼ねて告げておくシグルド。
全てを見たわけではないが、シグルドが把握するかぎりのユウイチの状況から、それは在り得ないと解っている。
何せ、この島に来てからユウイチは重傷続きだったのだから。
「そう……」
「という事は、全員まとめる可能性も高いですね」
1人の乙女としては、それはちょっと、と思いつつ、しかしそれでも羨ましくは思う。
同時に、前回の自分の番は何時だったかも考えてしまう。
『音だけは聞かせてやれるが?』
友情回線による臨場感たっぷりの音だ。
ついでに、やろうと思えばユウイチの心情を朗読することだってできる。
一応明記するが、これはシグルドの冗談だ。
場を少しでも和ます為の。
「いいわよ。
虚しいし」
「流石にアキコさん達にも悪いですし」
『そうか』
溜息を吐く2人。
場の空気はあまり改善できなかった様だ。
尤も、シグルドもあまり期待はしていなかったが。
余談だが、シグルドがその場の状況を把握している事に関しては、女性達は半ば諦めている。
他者に聞かれるのは嫌だが、何分2人を完全に切り離す手段が無いに等しい。
それに、そう言う場は隙となる為、安全を考慮したらむしろ居てもらわないとユウイチが警戒しながらになってしまう。
そうなると、表面上はちゃんと相手をしている様でも、それだけだ。
演技状態と大差がなくなってしまう。
「それに、流石に今日は私も疲れてるから。
ミシオの相手もできないわ」
場のノリ故か、そんな事を呟くカオリ。
「む、人聞きが悪いですね。
あれはカオリさんから仕掛けてきてるものです」
素早く反応するミシオ。
『……ふむ』
始まってしまったので、もう何も言わないシグルド。
傍観体勢に入る。
一応、先ほどまでの通信規制が有効であるので、ユウイチにこれが直接聞こえる事はないだろう、と考えながら。
まあ、寧ろ聞かせた方がいいかとも思ったりするが。
「すりよってくるのは貴方じゃない」
「人肌が恋しかっただけですのに」
「それって、つまりそう言うことでしょうが。
大体、嫌なら拒絶すればいいでしょう」
「カオリさん、最初からかなり乗り気でしたよね」
「貴方から来なければ耐えてたわよ」
「つまり、溜まってたんですね?」
「な!
じゃあ、貴方は違うというの?
ずいぶん可愛い声で啼いてくれたけど」
「っ!
カオリさんだって楽しんでたじゃないですか。
普段完全に受けだからその反動ですか?」
「受けって、それを言うなら貴方だって彼に身を任せているだけに等しいでしょうが」
「私はちゃんと奉仕もします」
加熱する口喧嘩。
まあ、喧嘩といっても、互いにストレス発散の為の叫びでしかないのだが。
『……』
しかし、シグルドが居る事を忘れているのだろうか。
まあ尤も、全て現場にいて知っているシグルド相手では意味がないだろうが。
とりあえず、シグルドは次の戦いまで日があって場所も在ることだけを願っていた。
更にその頃、とある森の中
「遅れてますよ」
「そんな〜。
これでも限界だよ〜」
もう何度目か、後ろを振り向いて忠告する少女と、弱音を吐く少女。
「いい加減、置いていきますよ」
このやり取りも何度目か。
そして、今まで通りなら後ろからは、待って〜と言う言葉が聞こえるはずだった。
「もう、やっと彼に会えるからって、もうちょっと落ち着こうよ」
だが、後ろを走る少女はそんな言葉を口にした。
いい加減変化を付けたかったのか、それもとも、やや昂揚気味の前を行く少女をたしなめる為か。
まあ、場を和ませる冗談、というのが大体のところだろう。
こうすれば、顔を紅くするかは定かではないが、声を荒げて反論してくる。
後ろを行く少女はそう予想した。
しかし、
「……貴方は落ち着いていられるのですか?」
返ってきたのは酷く冷静な―――いや、冷静を装った震えた声だ。
最早前を行く少女は振り向く事すらせずにそんな言葉を放った。
「……うん、私もだいぶハラハラドキドキだよ」
思わぬ反撃に、自分も正直な気持ちを告げる。
純粋なありのままの気持ちを言葉にしたのだ。
「1年半。
長かったね」
「ええ」
彼と出会い、彼と別れ。
また彼と共に歩む為に過ごした1年半。
目標もあり、その先に待つ人もあった時間であったが、どこか空虚な感じを覚えていた。
それが、もう満たされるのだ。
落ち着いてなどいられようか。
「ベッドが在る場所だといいね〜
特に―――」
また場を和ませようと、ちょっとした冗談を言おうとした後ろを行く少女。
そして、前を行く少女の名を呼ぼうとした時だ。
やっと気付いた。
最早ゴール直前とはいえ、今まで禁句に等しかった内容だった事を。
「ええ、貴方はいいでしょうね。
ちゃんとしてもらえた貴方は」
口調は変わらない。
しかし、その声には今までとはまるで違う感情が込められている。
それは、限りなく殺意というものに近い感情だ。
「……やっぱ、まだ根に持ってる?」
「あの日貴方が余計な仕事を増やさなければ……」
「あ〜、先は譲るからさ。
落ち着こう?」
攻撃魔法の詠唱を始めかねない前を行く少女をなんとか宥めんとする。
しかし、言葉だけでは最早効果は望めまい。
ここで、『触れ合ってしまったからこそ、この空いた時間が辛い』とか弁明するのは、逆効果であると実証済みだ。
「そうですね。
やはり少しは彼と2人きりになれる余裕が欲しいところです。
速度、上げますよ」
「え゛っ!」
更に速度を20%も上げる少女。
最早、後ろの少女を待つ気など欠片も見せずに。
「待ってよ〜〜〜」
自業自得だと自覚しながら、後ろを行く少女は必死に追いかけるのだった。
戻り、ヨシノ邸
今ユウイチは何故かサクラに運勢を見てもらっていた。
と言うより、サクラは何故か皆の所を回って占っている様だ。
理由は、解らない。
「え〜っと、約束の下に再会があるでしょう。
しかし、それによる修羅場は覚悟しなければなりません。
始めは静観をお勧めしますが、止めなければいけませんし、止めるタイミングが重要です。
尚、その後も重大な選択が待っています。
金の編み物っぽいのを選ぶのが無難でしょうが、どういう順序にしても角が立ちます。
全ての角を取るにはよほどの余裕と体力と気力と誠意が必要となるでしょう。
ラッキーアイテムは白いシーツの清潔なベッドです」
「……そうか」
神妙な顔でサクラの占いの結果を聞くユウイチ。
何故神妙かと言えば、困った事に心当たりあるからだ。
「ところで、この占いこの島の機能を使っているか?」
「え? 使ってないよ?
今現在、島の状況監視すら出来ないし。
それに、使ってたらもうちょっとマシな占いになると思うし。
さっきから意味が良く解らないでしょう」
「いや、そうでもない」
「そう?」
自分の占いの内容に自信が持てない様子のサクラ。
しかし、ユウイチは違った。
最初の評価を改めなければとすら思っているのだ。
最初に聞いたサユリの占い結果から皆を占っているのを聞いてみたが、どれも変に核心を突いている気がするのだ。
そして、今自分のを聞いてより確信に近づいている。
(約束の下の再会はアイツ等だろうが。
しかし……まあ、俺ががんばれば良いだけの話か)
心の中だけで苦笑するユウイチ。
困った事だと思いながら、改めて自分がいかに幸いであるかを想う。
「ところで、少し聞きたいのだが。
お前とジュンイチは妖精系の血が混じってないか?」
だがとりあえず、今は目の前の相手と会話に気持ちを傾ける。
今できる事、今しかできない事をしておく為に。
「え? ああ、うん、多分ね。
さっき勇者さんにも言ったけど、そこら辺は良く解らないの。
私も混じってる気はするなぁとは思うんだけどね。
あ、因みにこの姿はあの樹の誤作動だからね」
「そうか」
あの時、ヒロユキと共に感じた事。
それは、ジュンイチとサクラの2人が造られた存在であるという事。
その誤認識の大半はあの時の2人の状態からくるものであると解っている。
が、それだけでは足りない部分がある。
とりあえず、流れている血の為であると仮定したが、確証は得られなかった。
だが、まあいいだろうとユウイチは思う。
本人達に問題が無いのだから。
「ところで、成長促進の魔法なんてものを知っているが」
「ああ、それも勇者さんに言われたよ〜
大丈夫だよ、もうちゃんと成長するし」
「ふむ」
ユウイチの知っている魔法は、実はヒロユキの知っているものより副作用が抑えられたものだ。
が、どちらにしろいらないのなら、それまでであろう。
それに、成長過程というのもなかなか利用価値がある筈だ。
サクラがそれを使うかどうかは別として。
「では、体の一部分を大きくする薬とかは?」
今度は、先までとは違い邪な笑みを浮かべながら訪ねる。
一部分とは、まあ、女性なら誰しも気にする部分の事だ。
「あ〜、あの胸の医薬品だったら要らないよ」
「なんだ、知ってるのか」
「というか、一応持ってる」
「そうか、残念」
しかし、ユウイチの期待を裏切り、サクラは平然と言う。
一般どころか、医療魔導師の間でも封印されたといっていい薬なのだが。
知ってしまっていては本来の作用による面白い状況が起き得ない。
サクラが知っているという事はジュンイチも知っているだろうし、ネムに渡す意味もなくなってしまった。
「大体、私そんなの必要ないもん。
これから成長するもん。
おばーちゃんも結構スタイル良かったんだから」
「ああ、そうだったな」
サクラは覚えている。
祖母はあの年老いた体でなお、和服を着るのに向いてないスタイルであったと。
そして、今でこそ完全に幼児であるサクラだが、ちゃんと先がある。
故に、順当に考えればネムを軽く凌ぐスタイルとなるだろう。
まあ、遺伝ってのもあまり信用ならないので、絶対ではないが。
「そういえば、そんなのまで持っているんだね」
「ああ、一応な」
微妙な顔をする2人。
ユウイチは男だからだが、サクラも、自分の家に何故あるのかが謎なのだ。
まあ、本来の使い方の為と、そう考えている。
「何の話をしてるの?」
そこへ、1人の女性がやってくる。
アヤカ クルスガワだ。
ユウイチとサクラが話しているのを目撃し、2人してなんともいえない顔をしだしたので気になったのだろう。
「ん? ああ、アヤカ嬢には関係ない事だよ」
「う〜ん、そうだね、アヤカさんには必要ない事だよ」
2人は答えた。
アヤカのスタイルを見ながら。
「何それ?」
対し、さっぱり解らないアヤカ。
何か仲間外れにされてる感じでもしたのだろう。
「いや、褒めているぞ?」
「うん、褒めてるよ。
将来的には追い抜くけど」
「いやだから、何の話よ」
何故この2人が共闘の様な事をしているのかと、ちょっと不思議な気がするアヤカ。
同時に、ジュンイチかヒロユキだとピッタリなのかもしれないとも、直感的に思いながら。
「まあいいわ。
ところで、2人とも何を飲んでるの?」
これ以上言っても無駄だろうと、アヤカは話題を変えた。
ふと見ると、テーブルに乗っているカップはまったく違うもので、中身も違う。
「俺は紅茶」
「私は緑茶だよ。
因みに今は紅茶が4種類と緑茶も2種類出回ってる」
「数種類あるのは気付いてたけど、そんなに」
実の所、ヨリコは全員に好みを聞いて、その人に合わせてお茶を用意している。
その為に、この場に出ているだけでも4種+2種のお茶が混在しているのだ。
「なかなか優秀な侍女だ」
「そうね」
「こんな大勢がこの家に居たこと無いから。
ヨリコさん張り切ってるな〜」
忙しく歩き回るヨリコを褒め称えるユウイチとアヤカ。
「……あら?」
と、名目上、自分の侍女であるセリオの姿がないのに気付く。
それにヒロユキもだ。
何処に行ったのかと探している内に、キッチンの方から姿を現した。
「ヒロユキ、何やってんの?」
「ん? ああ、急にどうしてもカフェオレが飲みたくなってな。
ヨリコさんに聞いたら材料はあるって言うから、セリオと一緒に作ってた」
「はい。
では、私はセリカさんに持って行きますので」
グラスを一つもってセリカの下へ向かうセリオ。
因みに侍女服着用中だ。
「お前等もいるか?」
そして、残ったヒロユキはポット入りのカフェオレを勧めてくるのだった。
「相変わらず好きね〜。
貴方の場合はカフェオレか。
一応コーヒーに分類されるのかしら?」
半ば呆れるアヤカ。
あればそれしか飲まないと言えるくらい、ヒロユキはコーヒー党だ。
「そうなるな。
俺達は親の代からだぜ」
「俺もそうなるな。
拘りというほどでもないが、紅茶党だろう」
「私はおばあちゃんからだね。
東国のお茶全般。
昔は家に東国のお茶しかなかったくらい。
いつだったか、紅茶とかコーヒーも置くようになったけど、結局ほとんど飲まなかったな」
「ふ〜ん」
親の代から受け継いだ好み。
既に親の無い3人であるが、こんな所にも遺されているものがある。
そう考えると少し複雑なアヤカだった。
「ところで、お前は何を飲んでるんだ?」
「え? 水だけど」
ユウイチの問いに、さらっと応えるアヤカ。
お茶と言う気分ではなかったのでそう言っただけだったのだが―――
「え〜、お茶飲もうよ。
この緑茶、いいものだよ。
せっかくのお茶会みたいなものなんだし」
「まったく、こんなに良いもんが揃っているのに。
それを水などと。
アヤカ、お前人生の楽しみ半分失ってるよ」
「まったくだ。
だが、アヤカ、お前はまだ若い。
今からでもこの茶の味を覚えて取り戻せ」
一斉に3人の言葉は飛ぶ。
残念そうに、呆れた様に、諭す様に。
「人生の楽しみ半分って、お酒なら言うかもしれないけど……
というか、実は貴方達似てるでしょう?」
大げさなヒロユキの台詞は置いておいたとしても、3人同時にこの反応。
内容も、言い方も全然違う。
しかし、何故か共通している部分が在る様に感じるのだ。
「そう?」
「そうか?」
「そりゃないだろ」
また見せる3人の反応。
そして、また思う。
似ていると。
3人がそれぞれ似ているのだと。
知らない筈なのに、そう思った。
ユウイチ達の傍を離れ、背で世間話を始めるのを聞きながら、ヒロユキは1人歩いていた。
特に目的もなく、何処かの話に加わる事も考えずに。
「あら、勇者さん、お1人ですか?」
「ロンリー?」
そこに近づいてきたのはサユリとマイ。
用があるという風でもないが、ヒロユキもどこかに行く用がある訳でもないので立ち止まる。
「ああ。
いや〜、こう賑やかなのも久しぶりでな、逆にどうしようかと迷ってるわけさ」
「そうですか」
「わりと孤高?」
「いや、わりとって?」
それから、簡単に世間話をする3人。
と言っても、話すのはヒロユキとサユリで、マイは基本的にサユリの隣に立っているだけだった。
マイは、話を聞いていない訳ではないので、時折突っ込みが入る。
そんな風景を、半年ほど前まで居た場所の誰かに似ていると思うヒロユキ。
そして、暫くして。
「ところで、アヤカさんとはあまり話しておられませんでしたね」
「ん? まあ、そうだな。
別に仲が悪い訳じゃないが」
サユリがアヤカの名前を出した理由は、最初は解らなかった。
これが本題であるという事も。
「今の内に話しておいた方がいいと思いますよ」
「未練は残さない」
だが、次の台詞で解る。
この2人は、既に明日起きることが解っているのだと。
既にそこまで至っていると気付いているのだ。
(ん〜、同じ恋する乙女だから、って感じか?)
身内の事だ、ヒロユキも解っている。
先の台詞はこの事を踏まえての事だ。
しかし、それでもヒロユキの答えは変わらない。
「未練などないさ。
俺はもうアイツと十分話している。
だから、今更話す必要などないだけだ」
告げておく、ユウイチまで伝わる様にとハッキリ。
その事についてユウイチと直接は何も話していないが、それでも構わない事を。
「そうですか。
余計なお世話でしたね」
「無用?」
「いや、気遣い感謝するよ。
未練は無いが、アイツはこのチームのムードメーカーだしな。
一応、挨拶くらいする余裕は欲しい所だ。
まあ、伝えといてくれ」
「はい、解りました」
「でも、ギリギリ」
「ああ」
用件はそれで済んだ。
2人はヒロユキから離れていく。
また1人になって、ヒロユキは、一度だけアヤカの方を見た。
楽しそうに話している姿を。
それを見て、少しだけ笑みを浮かべ、ヒロユキはまた歩きだした。
夜もふけ始めた頃。
まだ楽しげな会話が聞こえるこの部屋で、コトリは1人部屋の隅に移動していた。
話疲れてきたので、少し休憩する為に。
「ふぅ……」
こんなに大勢で楽しく過ごすのはどれくらいぶりだろうか。
あの4人で居た頃がきっと最後だ。
この島では本当にいろいろな事があった。
再会と出会いと、戦いと。
ああ、言葉にするとそれだけで済んでしまうが、その意味はあまりに大きい。
そして、明日からは―――
「コトリ」
「あ、アサクラ君」
物思いにふけっていると、傍にジュンイチが来ていた。
手に、なにやら包まれた物を持って。
「今暇か?」
「まあ、暇といえば暇かな」
「じゃあ、ちょっと占ってくれないか?
今後の事を」
「え? いいけど」
占いは、コトリの趣味の一つ。
的中率はハッキリ言ってたいした事は無い。
魔力も低いし、そちらの才能はないのだ。
だから、ただの趣味の一つ。
それでも、常に持ち歩いてるカードを取り出し、その場で占いを開始する。
この、他にも占い能力が明らかに高い人がいる中、ジュンイチがコトリにそんな事を頼んできたのだ。
心を読まずとも意図する事があるのは解るから、特に何も言わず占いを開始する。
「え〜っと、アサクラ君の今後は……
あ〜、恋人のカードだね。
後は……
大きな試練を乗り越えたばかりですが、試練はむしろこれからです。
選択肢は無限大に広がり、正解など見えない事でしょう。
暫くは保留にできますが、選択肢が増えるだけなので、速めに決断してしまうのも手ではあります。
不幸を生まない選択は難しいです。
しかし、貴方ならきっと良い道を歩む事ができるでしょう。
って、感じかな」
「おう、悪いな」
占いの結果を聞いて少し考えるジュンイチ。
既に心あたりがある内容だろう。
「で、これ餞別」
「はい?」
思考に結論が出たのか、保留にしたのか、心を読んでいないので解らない。
しかし、突如顔を上げると、コトリの目の前に白い包みを差し出してきた。
話が繋がってないので、素っ頓狂な声を出してしまう。
差し出されたが故に、反射的に受け取るが、結構な重さで金属音などいろいろな音がした。
「収納できるものがあるから、まあ後で整理しといてくれ。
出すのだけで時間がかかってな」
「何処に行ったのかと思えば、倉庫だったの」
「ああ」
ちらっと中身を見てみるコトリ。
見れば、コトリではちゃんとした鑑定は不可能で、使い方、その価値も分からない。
魔石も含んでいることから、相当の価値はあるだろうという予想しか立てられない。
「でも、どうして?」
いかに親友同士とはいえ、こんなものを貰う理由は無い。
餞別といってもだ。
これはいくらなんでも内容が凄過ぎる。
「もう連絡する事すら難しいだろ?
たとえ、めでたい事が起きても」
「あ……そうだね」
めでたい事、例えば本来なら結婚の報告とかがあるだろうが。
そもそも婚姻を結ぶ事すらないだろう。
正式には。
「だから、お前の親友一同としても含み、今後の為のものだ。
受け取ってくれ」
故に、ジュンイチが差し出すこれ等の品々は、コトリが今後幸せである事を前提とした祝いの品。
この場に居合わせる事のできない、もう1人の親友の分も含んで。
新たな門出の祝いと、その行く道の全ての幸いの為の道具達。
「ありがとう。
子供は見せに来るよ」
「そうか。
ん〜、こっちは時間が掛かりそうだな」
「そうかな〜」
「いや、お前の方が早いのはほぼ確定だ」
「そうだといいな〜」
笑顔で話す2人。
嘗て、全てを信じあえた親友同士。
「じゃあ」
「うん、またね」
だから、たとえ二度と会えないかもしれなくとも、別れの言葉は、その一言でよかった。
暫く後、ユウイチはまた1人になっていた。
また1人でのんびりと皆を眺めて茶を飲んでいる。
「ふぅ……」
平和を堪能しつつ、つい溜息を吐いてしまう。
贅沢な事だと。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
「貰おう」
ヨリコがまた茶を注ぎに来る。
こんなに長時間のんびりと座ってお茶を楽しむ。
本当に贅沢な事だ。
「あの……」
と、そこへ思わぬ来客があった。
「ん? 何か用かネム アサクラ」
今でもユウイチを怯えている筈のネムが1人でやってきたのだ。
「では……」
「あ、ヨリコさん、待って!」
「はい?」
いや、1人ではまだ怖いらしい。
しかし、ヨリコを使うとは。
それでも何か話したいことがあるというのだろうか。
「で、何用だ?」
「聞きたい事があるんです。
まじめに教えてください」
「内容によるが。
何だ?」
真剣な目つきのネム。
一体何をだろうか、とユウイチは考えていると。
「男性が悦ぶ、悦ばせる方法を」
静かに告げるネム。
見れば目がすわっている。
(……酒でも混じったか?)
ふと、そんな事を考えてしまうユウイチ。
だが、酒の匂いはしないし、ヨリコに目をやって訪ねるが、出してないと答えが返ってくる。
が、周囲を見渡し、解決した。
よく見ると、ジュンイチは他の女に囲まれて楽しそうに会話している。
それも、このメンバーの中の女性だ。
どれもとんでもない美人で。
まあ、そう言う事だろう。
「ふむ。
まあ、なんだ。
悦ばす方法ね。
何、簡単な事だ。
男の俺が言い、長年の経験から出る答えだが……」
「……」
つばを飲んで答えを待つネム。
それに対し、
「男なんざ、ヤらせてもらえりゃ大抵言う事聞いちまうもんだ」
邪な笑みを浮かべながら告げた。
「……私、真面目に聞いてるんです」
が、それに対し、ネムの目はよりすわったものになるだけだった。
(ふむ。
まあ、あれら相手じゃ気分的に追い込まれるだろうがな………)
少し予想外な反応に、もう一度ジュンイチを見るユウイチ。
そして、邪な笑みを消しながら続ける。
「別にふざけてはいないさ。
人間の持つ3大欲求の一つを満たさせてやるんだ。
効果はある。
飽きられたらアウトだが、上手くすれば傀儡にできるぞ」
「それじゃダメじゃないですか!」
ついに怒り出すネム。
だが、それに対して冷静にユウイチは答える。
「ああ、ダメだろうな。
だが、悦楽で支配するというのはそう言うことだ。
しかし、お前が本当に望むのはジュンイチの気持ちを自分に向けるだろ?
アイツを悦ばせる事じゃない。
少し飛んだ話になるが、アイツと一緒に幸せで居る方法が必要だろうな」
「そう……ですね……」
落ち着き、少し落ち込むネム。
自分が暴走しかけている事を嘆いているのだろう。
「まあ、とりあえず。
そっちの方法で、女性が男性にするとなると……
やはり料理が一番だな。
炊事洗濯等、身の回りの家事をしてやること、世話してやる事で大部分心を許すもんさ。
が……」
「う……」
ネムが料理ができないのはユウイチも情報として知っている。
スギナミも一度被害にあったらしい。
ついでに、ネムにとっては料理もあるし、他にもダメージを受ける要素がある。
それは、ここでそれを行うのはヨリコの仕事であるということだ。
つまりそうなると、要注意人物が増える事になる。
「ああ因みに、俺の経験上お前の様に料理ができない、台所に立つと異常現象が起きる人物だが、これは先天性のものでな、治らん。
一種の特殊能力で、現象だ、努力して治そうとすればするほど酷くなるケースが多い」
「うう……」
「ただ、一つだけこういった人間がまっとうな料理を作る方法がある」
「え?」
ユウイチの言葉に伏せていた顔を上げるネム。
そして、目を輝かせて言葉を待つ。
「それは、一切の感情を封印して料理を作ることだ」
「……はい?」
「一つの作業を作業として、機械の如く進めていく。
何も考えず、心を凍らせて。
そうすると、まあ、食べられるものができあがる。
解ると思うが、これだと一切心を込めるというものができない。
しかし、一般の人間ならば、そんなもの感じ取れないので問題ないだろう」
「魔導師である兄さんは?」
「ジュンイチの場合は、魔導師というよりも別の素質でそう言うのを感知しやすいな。
多分、ヨリコの料理と比べたら雲泥の差を感じるだろう。
お前が作ったと言えば、表面上喜んで食うだろうがな」
「ダメじゃないですか!
ああ、他に何か方法はないんですか?」
もう泣きそうな感じのネム。
まあ、ここまでダメ押しされてはそうなるだろう。
何せ、スタイルだけでなく料理等で気を引く事ができないとなると、何もしようがなくなってしまう。
「無い」
「そんなぁ」
だが、ユウイチの無情な断言。
がっくりとうなだれるネム。
しかし、ユウイチはそんな反応を見てから続けた。
「必要無い。
人の気を、好意を得るのに方法など論じる必要など、そもそも無いのだからな。
強いて言うとすらば一つあるが、それを既にお前は持っている」
「え?」
顔を上げるネム。
先ほどのぬか喜びとは違う。
声からして違うのだ。
今なら、さっきまでは遊ばれていたとハッキリと解る。
そして、見れば、ユウイチは僅かであるが微笑んでいた。
「お前のその姿勢、俺にすら何かを求め近づいてきた。
それ自体が既に好意に値する事だろう。
お前はジュンイチの為に努力しているのだから」
「え、あ……」
「ジュンイチは人の気持ちを踏みにじる愚か者でもないし、気付けない愚鈍でもない。
だから、大丈夫だ。
お前がジュンイチ事を想う限り、より良い女であろうとする限り、たとえその努力が実を結ばなくとも伝わるだろう」
「そ、そうですか」
ネムは戸惑う。
ユウイチの雰囲気の変化に。
そして、その言葉に。
今話しているのは誰か解らなくなるくらいだった。
そして、解った気がした、兄達がユウイチを信じる訳を。
大分遅れてしまったが、やっと仮面の下を見る事ができた。
今まで隠されていたユウイチの本当の声を聞けた。
最初の出会いから植えつけられいた恐怖が今氷解する。
「気持ちがあればそれで十分だ。
特にあいつは純情だし、感受性も強い。
だから、幼児体型なのも、料理ができない事も気にする事は無い」
「最後のは余計です!」
が、その後すぐにユウイチは元に戻ってしまう。
邪な笑みで最後にそう付け足す。
完全に余計な一言だ。
「もう……」
しかし、最早その邪な笑みも、悪戯小僧の笑みでしかないのだと解る。
少し真面目にしすぎた雰囲気を和ます為のものだ。
「かなり余計な事だらけでしたが、一応ありがとうございます」
「まあ、せいぜいがんばれ」
ややすっきりしない顔をしながら去っていくネム。
しかし、最早逃げる様に走り去る事はない。
その必要はなくなったのだから。
「ふむ」
去っていく後ろ姿を見ながらユウイチはカップを傾けた。
そして、飲み終えたカップを置き、少し空を見上げる。
天井に阻まれていても、そこにあるだろう月を想いながら。
「お茶、お代わりいりますか?」
「ああ、頂こう」
まだ傍にいたヨリコが、空いたカップにお茶を注ぐ。
そして、微笑みながら訪ねてきた。
「楽しいですか?」
「ああ」
こんな平和な会話を他人とできる事も久しい。
そして、それがこんなに心地よいものだと思い出す事ができた。
一方その頃、元ユウイチチーム拠点
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「……」
体を紅潮させた2人の少女。
そして、起き上がり、紅いペンダントを握る。
『ん? なんだ?』
ヨシノ邸
1人になり、静かに茶を飲むユウイチ。
そこに、友からの通信がはいった。
『今、この島の監視システムは動いていないのだったな?』
『ん? ああ、そうだな。
全く動いてないらしい』
『一応、拠点付近の砂浜、海あたりまでは何かあっても気にしない様伝えてくれ』
『何かあったのか?』
『のぼせそうだから海に入りたいそうだ』
『……何やってるんだ?』
『さてな』
彼女達に口止めされているのか、情報を隠蔽しているシグルド。
まあ、温泉でのぼせかけるなんて、あまり知られたくない事だろうから、あまり追求はしない。
「ヨリコ、北の岬付近だが、動きがあっても気にしないでくれ」
「え? あ、はい。
まあ、監視システムは動きませんから気付く事も無いと思いますが」
「ああ、一応だ」
「承知しました」
とりあえず、ヨリコに用件だけ伝えるユウイチ。
まあ近くだし、明日なれば合流するので、何かあっても大丈夫だろうと思いながら。
「はぁ……
まあ、平和という事か」
少し溜息を吐き、空を仰ぐユウイチ。
「なんだ、溜息なんか吐いて。
平和に飽きたか?」
と、そこへヒロユキが戻ってくる。
そして、座るのはユウイチと同じテーブルだ。
「平和の空気は早く飽きるものだ。
ところで、お前はもう戻ってきたのか?
あまりチャンスはないぞ、これだけの美女が揃ってるのだからな」
軽口を軽口で返すユウイチ。
更にそこへもう1人が戻ってくる。
「お前は動かなかったが、いいのか?
女を取られるぞ」
「俺は別に動く必要などないんでな」
同じくユウイチと同じ席に着くジュンイチ。
同じように軽く返すユウイチ。
まあ、事実として、ユウイチは座っているだけでも訪ねてくる女性は多かった訳だが。
「そうかい」
やや憎まれ口に近い感じの言葉であったが、しかしそこに負の感情はない。
むしろ、それはきっと―――
「しかしまあ、実際これだけの美女が揃ってるんだ。
絶景だな」
ユウイチは呟いた。
目の前の光景に。
今女性達は、それぞれ会話を楽しんでいる。
サユリとセリカとサクラは魔法関連の話を。
アキコとコトリとネムで世間話を。
マイとセリオとヨリコは、アヤカの話を聞いている。
サユリ達の魔法関連も戦闘に関するものではなく、他愛の無いものであろう。
実に平和な風景で、そこにある華達は全て極上のものだ。
それが10輪も咲いているのだから、少し離れた場所から眺めればまさに絶景。
「まあな」
「ああ」
改めて見て、ユウイチの呟きに同意する2人。
普段からその一部と共に居るとはいえ、それでも尚、目移りしてしまうほどの美しさだ。
この光景を見ているだけで、幸せになれるくらい贅沢な話だ。
華達の平和な会話をしている姿を見ながら、平和なひと時が流れる。
しかし、
「ま、セリカが一番だがな」
ピシッ!
ヒロユキの、その本音からくる呟きで全てが崩れた。
「聞き捨てならんな」
「ふむ……」
目つきが変わるユウイチとジュンイチ。
「何がだ?」
そして、ヒロユキも。
一つのテーブルで丁度トライアングル状に座る3人。
場の空気は反転した。
平和な場所、平和な時間の筈の場において、空気が変わる。
BGMがあったなら、安らぎの時からライバル対決へと変わっている事だろう。
それくらいの変化だ。
「あら?」
「なになに?」
「何かやかってる?」
女性達もその空気に気付き、話を中断して耳を傾けた。
「勇者ともあろう者が、正等な評価を下せないとは、なんとも嘆かわしい。
あの中で、華として一番は―――アキコだろう。
セリカ嬢も美しいが、アキコとくらべればまだまだ青い」
ユウイチはハッキリと告げる。
一切の迷いも揺らぎもない意思を持つ瞳で。
部屋の奥が少しどよめくが、気にしない。
「ほぅ。
159cmの身長に84、56,87のスタイルを誇るセリカの何処がアキコさんに劣るって?
ローブを着ているから見切れないかもしれんが、色気ならセリカの方が上だ」
挑戦的な瞳で、セリカを更に推すヒロユキ。
退く気は無い様子だ。
たとえ、妙な視線を感じてもだ。
「ふむ、ローブの上からでは解りにくいが、なかなかだな。
しかし、それならアキコは165cmの上で86,57、83だ。
服の上からでは解らんというならば、脱いだ時に美しい曲線を描くのはアキコの方だな」
相手の女性も褒めた上で、尚もアキコが上だと言う。
認めつつ、しかし、それでもと。
奥の方で、少し恥ずかしそうな声でユウイチの名を呼ぶ声が聞こえたが、とりあえずユウイチは無視した。
「美しい曲線?
ならばセリオの方が上だな。
160cmの83、58、82だ。
造り物とかいうな。
アレを造り、維持するので苦労するのは普通の人間を遥かに越える」
今度は仲間の1人セリオを出すヒロユキ。
セリカが一番である事を諦めた訳ではない。
ただ、ユウイチが曲線美などと言ってきたので、対抗したに過ぎない。
「ああ、確かにアレは芸術だ。
しかし、それならばサユリを出そう。
159cmに84,55,82と完璧なバランスの身体だ。
更に雪国育ちという事もあり、その肌は人工のそれを上回る美しさだぞ?
残念ながら、ローブでほとんど隠れてしまっているから、見る機会はないだろうがな。
まあ、それも彼女達が、戦いながらも、より美しくあろうとする努力の一つなので悪しからず」
サユリは夏でもローブを着用している。
どんなに暑くてもだ。
それは魔導師であり、ローブが防具だからというのもあるが、日除けの意味もある。
これは、セリカにもいえることだが、サユリとセリカの2人は使う魔法の属性上、太陽の光と熱に若干弱い傾向がある。
普通の人とくらべて、日焼けするよりも火傷になりやすい程度の差であるが、それでもだ。
だから、肌を護る為にもローブを常に着用しているのだ。
「バランスだ? ああ、確かにサユリ嬢は美しい。
まあ、見え隠れする白い肌で言うならセリカの方が上だが。
しかし、バランスと言うならばアヤカを出そう。
161cmの身長に88、56、85のボディを誇っている。
鍛え抜かれた筋肉があるからこそ維持できる完璧なスタイルだ。
そうでありながら、内に絞ったしなやかな筋肉は見た目の美しさを阻害せず、硬さも感じない。
更に言えば、傷なんかないぞ。
これは3人全員に言えるが、天衣無縫とは彼女達の為にある言葉だ」
後ろから、なんで私のサイズ知ってるの、とか聞こえてくるが、それでも止めない。
更には、こんなにハッキリと褒めてくれる事がないので、後ろの方でソワソワした雰囲気があるがそれも気にしない。
最早、絶対に負けぬと勢いにのせて最後のカードを切ってきた。
ところで、この段階に来ても、動かぬ者が1人いる。
「……」
ジュンイチ アサクラだ。
彼は1人、2人の戦いを横で見ている。
しかし、参加していないわけではないし、戦えぬと諦めている訳でもない。
後ろの2人の妹からの視線を受けながら、チャンスを狙っている様子だ。
「完璧なスタイル、か。
ああ、確かにアヤカ嬢の身体はこの上なく美しい。
が、そんなに数字を出すならば、マイを出すしかあるまい。
167cmの身長に誇るのは89,58,86のメンバー最高のスタイルだ。
たかが1cmの違いだろうが、その1cmの違いの大きさを知らぬ訳ではあるまい?
それにだ、天衣無縫? 甘いな、その程度、我が方の3人が持たぬとでも?
俺と道を共にしながら尚それを維持する彼女等こそ、この世で最高に美しい」
一歩足りとも退かず、最後のカードを切るユウイチ。
どちらのチームの女性も美しい。
それは事実であり、だから2人は女性達を貶したりはしない。
褒めた上で自分の方の女性を褒める。
最高であると。
しかし、それ故、膠着状態となっている。
まだ切れるカードはあるが、だが、どう切るかと。
2人は睨み合い、出方を伺う。
そこへ、声が響いた。
「ふ、2人とも甘いな」
ユウイチとヒロユキは声の主へと目を向ける。
同じテーブルに座り、不適に笑う男、ジュンイチ アサクラに。
ユウイチとヒロユキは、今このタイミングで動くジュンイチの意図を探る。
そして、ジュンイチの2人の妹はついに来た、と言う感じで期待に目を輝かせる。
その中、宣言される。
ジュンイチの応えが。
「この中で最高なのは―――ヨリコだ」
その瞬間、奥の方で、ガラスが割れる様な音がする。
同時に、驚いた声と、あたふたする声も。
「ヨリコのサイズは85、56、86だ。
大した事ない様に聞こえるか?
だが、だがしかしだ。
その身長は156cm。
そう、バランスとしては、侍女服として着ているエプロンドレスの下には豊満なボディが隠されているのだよ。
ああ、他の女性達は長身で美しいスタイルを誇っている。
が、ヨリコはそれに負けてはいない。
更には、こちらには最終兵器、『猫耳』がある!」
一気に攻勢に出るジュンイチ。
本来攻めはしない筈の男をして、完全な攻勢。
そう、勢いともって、攻め立てる。
「くっ、そんな隠し玉を!」
「着やせするタイプとは読んでいたが、そこまでとは!」
そして、やや押された感じのあるユウイチとヒロユキ。
しかし、まだ負けたわけではない。
最後と思い残していたカードをここに切る。
「そっちがそう来るならば仕方あるまい。
女性としての最大要素を挙げようではないか。
そう、いかに彼女達が名き―――」
「ふ、それならこちらは滅多に聞けない声を。
あの時の声を、普段は小さくとも、その時だけは大きく響く嬌せ―――」
「まだまだあるぞ。
あの完全武装の侍女用エプロンドレスから見せる、ドジっ娘属性のチラリズ―――」
ユウイチとヒロユキは反撃の為の最高のカードを。
ジュンイチはとどめとして用意していたカードをそれぞれ切ろうとした時だ。
ザッ という音と。
ブンッ という音と。
パシッ という音が響いた。
「さすがに、それはちょっと」
「静観できるものではありません」
「ユウイチ、恥ずかしい」
何時の間にかユウイチの背後にまわり、口を押さえるアキコ、サユリ、マイ。
「私は現在姉さんのコアを持っていまして。
その為、まあセリカさんの意思代行です」
同じように背後に回り、ヒロユキを押さえつけるセリオ。
セリカはその後ろで、連行の指示を飛ばしている。
「お兄ちゃん」
「ちょっと、お話が」
「お部屋の準備はできていますよ」
ジュンイチの両肩に乗るのは妹2人の手。
そして、扉を開け、誘導するのはヨリコ。
「はいはい。
まあ、お開きかね。
そろそろ休むか」
「「「はい」」」
自分の足で歩いている様で、しかし両脇と背後を固められて歩くユウイチ。
「部屋までお連れします」
「ちょっ、まてほんの冗談だってば、お嬢!」
セリオに抱えられて連行されるヒロユキ。
「え、おい、待てよ、何が悪いんだ〜!」
無駄な叫びを上げながらひきづられるジュンイチ。
3人と、それに付き添う女性達は部屋に消えていった。
そして、残されたのはアヤカとコトリ。
「あ〜あ……なんというか、微妙な幕切れね」
「いいな〜」
それぞれ男達を見送って、溜息を吐く。
コトリに関しては、何処のチームにもまだ属していないこともあり、先の対決に名前がでなかった寂しさも含んでいる。
「ただいま戻りました」
暫くして戻ってくるセリオ。
これで、3人となる。
が、
「ああ、お嬢さん達。
お暇なら付き合ってくれんかね?」
そこで、声がした。
男の声だ。
「って、スギナミじゃない」
「スギナミ君」
振り向けばそこにスギナミがいた。
ワインとグラスを持って。
因みにワインはこの屋敷のものだ。
「あら、アヤカさん、スギナミ君を知ってるんですか?」
「ええ、まあ、あの時の戦いでね。
ってか、ここの関係者だったのね」
スギナミはかの魔王との戦いで少しだけ姿を見せた情報屋でもある。
主にヒロユキの前にしか出なかった為、他のメンバーは全く知らない人すらいるが。
因みにだが、スギナミは最終決戦の準備の段階から既に戻ってきていた。
ユウイチの依頼で周辺諸国の情勢と天気予定を確認する仕事についていた。
最終決戦時は遠くから戦いを眺めており、その戦いという情報を記憶に焼き付けていた。
結局合流はしなかったものの、彼もこの戦いに於ける参加者の1人だ。
そして、今このタイミングでわざわざ姿を見せたには理由がある。
「付き合ってくれれば、ある大剣を背負った男の面白い話とかするかもしれないなぁ」
笑いながらそんなことをのたまうスギナミ。
純粋に楽しそうに。
「あら、それは面白そうね。
丁度暇だし、付き合ってあげるわ」
「そうですね」
その男が誰のことかは言うまでも無い。
だから、2人は即答に近い形で乗った。
尚、スギナミがする話は、前にジュンイチにした話とは違う。
彼にしたものよりも日常に近い部分。
しかし、この2人にはより知りたいと思える部分だ。
「では、私はメンテナンスがありますので。
ああ、部屋で聞いていますので、よろしくおねがいします」
「はいはい、お休み」
「はい」
人と違い、修理しないと回復しないセリオは自室へと戻る。
明日までにやらなければならない事があるが故に。
「さて、じゃあまずは……」
そして、コトリとアヤカはスギナミの酒に付き合いながら話を聞いた。
ある男が戦いの合間に見せた素顔の話を。
戦いが終わった日の夜。
この平和なハツネ島のある屋敷の中では、いろいろな声が響いていた。
まあ、平和な夜の響きだ。
どの部屋でどんな音が響いているかは―――まあ野暮な話であろう。
どれにせよ平和な事には変わりないのだから。
後書き
外伝その3完成。
1,2の風呂編では書けなかったギャグの集大成だ〜〜〜
って、あれ?
なんだからギャグ分が薄いな……
何故だ……
ま、書きたい事は書けたので満足です。
特に最後とか。
え〜あと、今回は希望とか募ってみたのですが。
大体応える事ができたかと思います。
足りない分は設定資料へまわしてあります。
それ以外は……まあ続編等をお待ちください。
さて、前回の姫湯から4ヶ月。
ついに外伝も完結となります。
これで2章は全て終わりになります。
今までご愛読ありがとうございました。
管理人の感想
T-SAKAさんから外伝3話目を頂きました。
これにて2章は正式に完結です。
メインは話の補完ですね。
4人程2章に正式に出てなかったキャラクターもいますし。
内2人は名前も伏せられてますが、多分読者の方はお分かりでしょう。
しかしやはり一番の山は最後ですかねぇ。(笑
女性陣にストップかけられて引っ張られていきましたけど。
ユウイチだけは泰然としてましたが、残りの2人はまだまだ若いと言う事かな。
特にジュンイチ君は、全体的に純粋な少年っぷりを見せてましたし。
多分彼だけまだ男女間で最後まで行ってないのでしょうね。(謎
スギナミも最後出てきて中々美味しいです。
こうして一夜明けて、エピローグ1に続いていくんですな。
3章が始まるかは分かりませんが、楽しみにしつつ「夢の集まる場所で」を終わりたいと思います。
感想はBBSかメール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)