夢の集まる場所で
受け継いだものは
子供達が笑っていた。
楽しそうに。
本当に今を幸せそうに。
そこから少し離れた場所で、そんな子供達の姿を見つめる者達がいた。
「あ〜……ったく、あの悪戯小僧どもめ」
頭をかき、逃げ切った相手を少し忌々しそうに見る男。
何があったのか、頬には見事な紅葉がくっきりと浮かんでいた。
「ははは、そう怒るなよ、子供の悪戯だろう」
「そうそう、可愛いものじゃない」
そんな男を歩きながら追ってきた男女一組。
直接の被害者でない事もあってか、そう言って男を宥める。
「お前等のガキの発案だぞ、これ。
ちゃんと躾しろよ」
男は呆れた様に言う。
一歩間違えれば割と洒落にならない事であったのだ、男の人生的に。
「実行犯は君の子だったと思うが?」
やってきた男女の男性の方は笑いながらそう返した。
女性の方も笑っている。
それでも、所詮は子供のやることであると。
「当然あの馬鹿息子は締め上げる事に決めている」
ふっふっふ、などと不吉な笑みを浮かべる男。
大人気ない、とはいえないのかもしれない。
確かにあの子供たちがする悪戯はいろいろと凄い。
過激とも違う、いろいろと考えられた上でのものなのだ。
子供の悪戯というよりも策略に嵌まった様な感じに近い。
だが、そこに利害の概念は存在せず、ただ純粋に楽しむ事を目的としている。
故に、やはりただの悪戯なのだ。
「おや、やっぱり悪戯をしでかした様だね」
そこへ一人の高齢の女性がやってくる。
温和そうでいて、どこか瞳に怪しい光がある、そう、子供たちと変わらぬ輝きを持った老女だ。
「やっぱりってなんだよ、気づいてたのか?」
「そりゃそうさ。
会議場は家の居間だったんだから」
しれっと答える老女。
だが、内心ではたぶん爆笑に近い笑いを浮かべている事だろう。
長い付き合いだから、3人ともよく解る。
「知ってたら教えろよ!」
「とばっりちをうけるとかったるじゃないか」
などと、男の叫びを躱し、からからと笑う老女。
恐らく、男の反応すら楽しんでいるのだろう。
「ったく……しゃーねーなー。
しかしよ、アイツもやっと走って逃げる、なんて事ができる様になったか」
もう一度頭をかき一度目を閉じた男は、先ほどまでと違い無表情になっていた。
いや、無表情に見えるが、どこか安堵したような表情だ。
逃げた子供の一人を想って。
「ええ、そうですね……
あの子は生まれつき体が弱くて、一時は本当に危なかった。
でも、もう大丈夫、これも皆のお陰だよ」
その子供の父である男性が柔らかな笑みを浮かべながら、男と老女を見る。
今を本当に幸いとし、感謝の意をその瞳に込めて。
「別に構わんよ」
「ああ、当然だよ」
老女はからからと笑い。
男は少し照れながら笑う。
「しかし、ありゃ体は弱いが、その分頭が良すぎだな。
バランスとれてると言うのか。
ま、両親が超頭脳系だからな、遺伝か」
フォローと言うのとは少し違う。
だが、先の悪戯もあり、そう思い、言葉にする。
確かに欠点もあるが、それを補って余りある長所を持っていると。
「バランスかい?
でも君のところの子は運動も魔法もどちらもできるよね。
君達夫婦両方の才能を見事に受け継いでるよ」
それに対して、実行犯である子供の方を褒める男性。
大胆且つ厳密に編まれた計画を実行できてしまう能力。
年相応の子供ならば不可能だった筈なのだ。
「ああ、だがアイツは馬鹿だぜ?
勉強うんぬんよりも、正真正銘の馬鹿だ。
俺が保証する」
俺に似て、などと付け加えながら豪快に笑う男。
そこがバランスだという事なのだろう。
しかし、男女と老女はそれも長所の内で、つまりは完璧なんじゃないかと想う。
「まったく、こんな所で親馬鹿を競うんじゃないよ。
私は祖母馬鹿もできないってのに」
会話の内容を聞いただけでは親馬鹿といえるものではない。
ただ、互いがこのまま話し続ければいずれ互いの子の褒め称え、親馬鹿全開な会話へと変化するだろう。
それがいつものパターンとなりつつあった。
だから、その前に老女は止めた。
己の孫2人の特異性を引き合いにだしてまで。
「ああ、あの特性は使い辛ぇな」
「コンビである事が前提の様な能力ですからね。
女の子の方単独でもいいのでしょうが。
双子どころか、同じ親ですらないのに不思議な事もあったものですね」
止める為に出されるだけあって、老女の孫2人は少々特異な能力を持って生まれた。
いや、現状ならまだ『能力』と言えるまでには至っていないただの『特性』だ。
しかし、その為にあるとしか思えないものなのだ。
「だがよ、いいんじゃねぇ?
運命って言うのは嫌だがよ、あの2人は上手くやれるさ。
今の時点でだってよ、ありゃ好き合ってるぜ」
「そうね。
男の子の方はまだ自覚が無いに等しいみたいだけど」
「そうかい?」
男と女性の言葉に、からから笑う老女。
おそらくは、解った上で言っているのだろう。
そして、仕組んでもいないのに上手く行っているのが嬉しくて笑う。
しかし、表には、その本当の喜びは出さなずに、ただ愉快そうに笑う。
「まあ、しかしよ、実際どうすんだ? お前らんところのガキは。
俺んところは、まあ、やる気もあるみたいだしボチボチ俺と同じ道になんじゃねぇかと思うがよ。
お前らんところのガキもやっぱお前等の跡を継がせるのか?」
そこで男は話題を少し変えた。
今の話から先の話へ。
今から見れば本当に遠い未来まで見通す話。
「それはあの子が選ぶことさ。
でも、あの子は体も弱く、おそらく、直接戦う事はできない。
だけど、主に鉱物学から無機物について研究する母より、『在るもの』を。
そして、生物学と植物学、更に文化について研究する父たる僕より『在り方』を。
それぞれ、継承し、識っている」
「才能的には、学者か、そうでなければ異種族間の『交渉者』ってのが適任だろうな。
ちょうど、お前等みたいに」
男が構想する男女の子供の未来。
もし、自分の子供と共に歩むのであれば、その先はどういう役割を担うのかを。
「あの子の優れている事は『考察』だろ。
もっと別のもありえるねぇ」
老女は見抜いている、あの子の本当の才能を。
そしてその先にある可能性を。
「まったく、家のガキみたいに変に器用なだけより立派だよ」
「あれを器用ですませるのはどうでしょうか?」
男のぼやきに近い呟き、しかしその実親馬鹿な台詞に突っ込む女性。
「全く、貴方達ときたら……」
老女も溜息を吐いて呆れる。
そして、一息ついて続けた。
「まあ、才能の方は兎も角、『会話』の方はどうなるかねぇ。
本当に『交渉役』なんてレベルの話じゃないよ、アレは。
貴方等の子であるからその継承もあるだろうけど、あの子は生物どころか無機物まで、それが『存在』している限りは会話し、理解し合うだろうね。
まったく、とんでもない話さ」
「そうだな。
だが、普通の人間にはあいつの行為なんて、キチガイにしか映らんだろうな。
すげぇ事なのによ」
身体が弱い代わりの様な特殊な能力。
しかし、本来特殊ではない筈の能力なのだ。
それを理解する親達はそれを持つあの子を少し心配していた。
「そうですね。
あの子はあの力で何をしてゆくのでしょうか」
母たる女性は、不安が無いわけではないだろう。
しかし、それでも我が子の未来が輝けるものだと信じていて微笑みを浮かべていた。
多くの障害が立ちふさがるだろうが、それでもきっと―――
「ま、武力からは俺んとこの馬鹿がなんとかするさ」
「家の孫達は、そうだねぇ、信じて待っててやる事はできるだろうね。
それでよければ使っていいわよ」
男と老女は笑みを浮かべる。
1人ではどうにもならない事でも、力を合わせて行けば切り開けると知っているから。
「ありがとう。
きっと君の子が道を切り開き。
僕等の子が道を繋げ。
貴方のお孫さんがその道を守るだろう。
あの子達ならそれで何でもできるさ」
男性が構想する未来の図。
もしあの子達が全員揃ったならば怖いものなど何も無いと。
「守るってのは、家の孫にお似合いだね。
アレは私に似てかったるい族だしねぇ」
「そうですね、貴方に似て、かったるいと言いながらお節介を焼く子に育つでしょうね」
「さて、どうかねぇ」
笑う4人の親達。
この先の未来何があろうとも、たとえ一度は別れ、離れ離れになろうと、いつかきっと―――
「さって、そろそろ戻るか」
「戻るたって、私の家だろ? お茶は私の分もいれておくれよ」
「アンタの家だろうが、客に茶くらい出せよ。
てか、何で東国の茶しかねぇんだよ、コーヒー置け、コーヒー」
「紅茶も置いて欲しいですね〜」
「まったく、あれだけ広い屋敷なんですから一式くらい、ねぇ」
「はいはい、次来る時までに揃えとくよ。
まったくかったるいねぇ。
我侭な友人ばかりでホントかったるい」
笑い合う。
今の平和な一時の中で。
幸いであるこの時を楽しんで。
それは変わる事のない過去の光。
そこにあった一つの輝きの時間。
でも、それすらいつかきっと―――
何故なら、この場所は―――