あの日、あの時、恭也は士郎につれられてアルバートの元を、

 いや、恭也は美由希と共にフィアッセの元を訪れていた。

 

「フィアッセ〜」

 

 クリステラソングスクールの前で二人を出迎えてくれたフィアッセに駆け寄る美由希。

 

「恭也、美由希、久しぶり」

 

 笑顔で出迎えてくれるフィアッセに、恭也も滅多に見せない微笑を浮かべる。

 

「久しぶり、フィアッセ」

 

 声を交わし、フィアッセと手を交わせる位置まで歩み寄った時だった。

 

「はじめまして」

 

 慣れない日本語で声をかけられた。

 フィアッセの隣に立っていた蒼い髪の少女に。

 それが、アイリーンと恭也の出会い・・・

 

 士郎はアルバートの護衛に付いている間、

 スクールでフィアッセ達と時を過ごした恭也。

 フィアッセの親友であるアイリーンとも、言葉はフィアッセに通訳してもらい、

 親睦を深めていた。

 

「恭也はどうして毎日走ったり棒を振ったりしてるの?」

 

 毎日の鍛錬を目撃されて、

 フィアッセと合流してそう尋ねられた。

 

「いつか、父さんみたいに、誰かを護りたいから」

 

 今、その時も大切な友人を護っている父の背を思いながら恭也はそう答えた。

 

「がんばってね」

 

 通訳してもらったアイリーンとフィアッセも一緒に恭也に微笑みかけた。

 当時、それがどう言う仕事かも知らず、純粋に恭也の言葉に感心したのだ・・・

 

 数日過ごし、恭也はアイリーンとも仲良くなっていた。

 言葉は通じずとも、互いに何がいいたいかは大体解るようにまでになった。

 当時から将来美人になる事が約束されているかのようにかわいかった外見も手伝い、

 フィアッセだけでなくアイリーンにも好意を抱いていた恭也。

 大人しめのフィアッセと気さくな感じのアイリーン。

 恋心とはまだ言えなかったのかもしれないが、純粋に二人の事が好きだった。

 更には懐いてくる美由希と、恭也で遊びに来るその他の生徒達。

 弄ばれている感じではあったが、平和で幸せと言える時間が過ぎていった・・・

 

 そんなある日の夜

 

 恭也は日々の鍛錬に勤しんでいた時だった。

 人目に付かない所で素振りをしていると、ほんの一瞬、人影らしき物を見た。

 影からして大柄の男かと思われた。

 明らかにここにいる筈のない部類の・・・ 

 

「?」

 

 怪訝に思った恭也。

 それを確認しようとしたその時だ、

 

「恭也〜、士郎から電話よ〜」

 

 庭に響くティオレの綺麗な声。

 

「はーい」

 

 仕方なく恭也はそちらを優先させた。

 手に持っていた練習用の小太刀は置いていこうか迷ったが、

 誰かに拾われても危ないのでもって行くことにした。

 

 校長室の電話に出てみると、

 

『恭也、アイリーンは無事か!』

 

 慌てた父の声が耳に入る。

 

「さっきまで一緒にいたけど・・・」

 

 夕食まで一緒に遊んで、別れ、恭也は鍛錬をしていた。

 そう言えば、最近アイリーンは恭也の鍛錬を覗きにくる事を日課にしていた。

 そろそろ覗きに来る時間だろうか?と言っても今恭也は校長室だが・・・

 

『すぐにアイリーンを探して安全だと思う場所に隠れてろ!』

 

 父の言葉の意味を理解した時には、恭也は走っていた。

 何故アイリーンが狙われているとかはどうでも良かった。

 切羽詰った声から、どれだけ危険な状態かも理解した。

 故に走った。

 庭の人目の付かない、自分がいつも鍛錬している場所を目指して。 

 先ほど見た人影が見間違えである事を祈りながら。

 

「アイリーン!」

 

 目的地手前で叫ぶ恭也。

 危険だと解っていても、叫ばずにはいられなかった。

 

「あ、キョウヤ〜」

 

 拍子抜けするほどあっけなく顔をだすアイリーン。

 何処行ってたの?と言う風な顔をしながら歩み寄ってくる。

 が、

 

 ガサッ!

 

 その後ろの茂みが揺れる。

 そして月の光で映し出される大男の影。

 

「アイリーン!」

 

 再び叫んだ。

 そして同時に走る。

 

「!?」

 

 恭也の言葉と後ろから聞こえた物音で、振り向き、

 大男の存在に気付いたアイリーン。

 更に、月の光を映る黒い金属の塊・・・

 

 ダッ!

 

 それを視認した時、恭也は迷わず小太刀を抜いた。

 

『いつか、父さんみたいに、誰かを護りたいから』

 

 いつか言った言葉。

 そして今目の前にいるのは、間違えなく護りたい人であり、

 その奥で銃を構えているのは護りたい人を害する存在である。

 アイリーンを伏せさせる為にも払うように追い越し、敵に肉薄する。

 

「キョウヤ!」

 

 ガキィン!

 

 アイリーンの声が上がるとほぼ同時に、敵が持っていた銃を叩き上げる。

 大男も子供だと油断していたのか、向かってこられるとは思っていなかったのか、

 グリップが甘く、銃は高く舞い上がる。

 が、セミプロと言った所なのだろう、すぐにやるべき事を定め恭也に殴りかかろうとする大男。

 あまりに違いすぎるウェイト。

 恭也の胴回りほどはあろうかと言うその腕が恭也に襲い掛かる。

 だが、

 

 ブンッ!

 

 大きく空を切る拳。

 恭也はというと大男の斜め前方向に飛び退いていた。

 士郎との毎日の鍛錬の成果か、大振りすぎた一撃は簡単に見切られたのだ。

 

 カチャッ!

 

 相手が強さが理解したのか、大男は予備だろう拳銃を胸のホルダーから抜き、

 恭也に向ける。

 が、しかし!

 

 ドスッ!!

 

 抜いた瞬間には間合いの内側に入り、大男の胸を一突きにする恭也。

 いくら刃を落とした練習用の小太刀でも、全力で突けば・・・

 

 恭也としては肩を狙った筈だった。

 相手が銃を構えた事で狙いが逸れてしまった。

 正当防衛であり、ほとんど不可抗力の一撃。

 

「ガ・・・」

 

 ブシュッ!!

 

 ほぼ即死で、ゆっくりと後ろに倒れる大男。

 恭也は動けず、倒れた事により大男から抜けた小太刀。

 小太刀の抜けた胸から噴出す紅い液体。

 それを頭から浴びることとなる恭也。

 

 それが

 

 恭也が初めて剣で人を傷つけ

 

 初めて人を殺した瞬間だった

 

 

 噴水の様に断続的に血を噴出す大男。

 血を滴らし、血塗られた刀を持った恭也。

 自分が護った大好きな人の顔が見たくて、振り向くと、

 そこでは、恭也によって後ろに倒されお尻をついた状態で恭也を見ているアイリーンがいた。

 大きく目を開いて、小さく口を開けた状態で、ただ、恭也を見上げていた。

 血で染まった恭也を。

 目の前で人を殺した恭也を。

 練習用の小太刀二本だけで銃を持った大男を斬殺した恭也を。

 

 

 頭から血を被り、顔まで血で濡らし、血を滴らしている恭也の瞳から、

 血とは違う物が零れて、落ちた。

 

 

 

 士郎が到着するまでそうしていた恭也とアイリーン。

 事件は極秘裏に処理され、フィアッセも美由希も知る事は無い。

 その次の日に日本へ帰る事となった恭也は結局アイリーンと話す事はなかった・・・

 

 月日がその間の出来事がこの時の記憶を封印し、

 

 二人は、5年の時を経て再会する事となる。