翌日

 

 収録の為にとあるスタジオまでやって来る恭也とアイリーン。

 なお、外を歩く間、恭也は常に周囲に気を配り、

 且つ、始終アイリーンと腕を組んで離さなかった。

 おかげで羨む視線を常に浴びる事となったが……

 アイリーンもそれなりに女性からの嫉妬の視線を浴びてたりする。

 

「で、そちらは?」

 

 まあ、ずっと腕組んでスタジオまで来たはいいけど、

 当然の如く関係者以外立ち入り禁止区域手前で止められる二人。

 今回は何度もお世話になっている人達だと言うアイリーンの話だったのだが、

 流石に恭也はここまでか、

 と思いきや、

 

「私のダーリン♪」

 

 そう言う風に振舞っておくとは話し合ったものの、

 などと当然の様にアイリーンは説明する。

 ある程度そう言うのにも慣れてはいる恭也だが……

 

「おお!やっと連れて来たか!

 うむ、じゃあ君も入っていいよ」

 

 やたらと呆気なく収録現場に入れてくれるちょび髭のオッちゃん。

 いいのか、と少し疑わしく恭也は思うのだが……

   

「へ〜この人が噂の彼氏なんだ〜」

 

「本当に愛想は悪いんですね〜」

 

「でも凛々しくていい感じじゃないですか」

 

「アイリーンさん、今度貸して〜」

 

 手厚い歓迎を受ける。

 なお、話はゆうひからも出回っていた事もあり、

 何気に布石は大分前から置かれていたのだったりする。

 アイリーンとしては、今回の様な事態が起きなくてもいつか連れてくる気であったのは内緒らしい。

 

「はいはい、人のをあんまりベタベタ触らないでね〜」

 

 最初こそ面白がって見ていたアイリーンだが、

 女性達も寄ってきた所で回収を始めた。

 何気に女性に囲まれた辺りから少々怒っているのは演技だろうか?

 

「一体どんな話をしたんですか?」

 

 珍獣扱いから一旦は開放され、人がいなかったらじっくり問い詰めたいと思いながらも、

 一応人前故、簡単に尋ねる恭也。

 何気に息が乱れている辺りで描写していない扱いを想像して頂くとしよう。

 まあ半分は隠し持っている武器がばれないようにした為ではあるが。

 

「半分はゆうひだけどね〜」

 

 あのお笑い芸人的歌手が一体どんな説明をしたかは謎である。

 なお、恭也とゆうひは那美とさざなみ寮、フィアッセ、アイリーンとクリステラとう架け橋がある為、

 結構親しい間柄だったりする。

 最近はリスティの捜査に付き合わされたり那美の護衛をしたりと、さざなみ寮に行く機会も多いし。

 

「じゃあ早く収録すませて話を伺おうか〜」

 

「「「「は〜い」」」」

 

 初めのちょび髭のおっちゃんが声で収録が開始される。

 ディレクターだったらしい。

  

 

 とりあえず順調に収録は進んでいるようである。

 こう言った場所に来るのは初めて新鮮な感動を覚える恭也だったが、

 

「……すみません、ちょっとお手洗いに」

 

「あ、出て左ね」

 

 壁越しに嫌な気配を感じ、部屋を出る。

 そして、トイレに入った所、

 

 ブンッ!

 

 特殊警棒らしきものが恭也が本来通ったであろう位置を通り過ぎる。

 

「なっ!」

 

 ガシッ!

 

 突然消えた恭也に驚いている男の背後に回り捕らえる。

 周囲に人がいない事を確認しつつ、奥に連れ込み、

 

「一人か?」

 

 低い声で男に尋ねる恭也。

 殺気を漲らせながら。

 

「な、何の事か、なぁぁぁ!」

 

 首を押さえ、声もあまり出ないようにしながら間接を極める。

 

「ひ、一人だ!」

 

 結構あっさりと口を割るその男。

 

「そうか?気配はあと3つはあった筈なんだがな?」

 

「ち、違う!あいつらはただの見張り……」

 

 ガッ!

 

 鎌をかけたらあっさりとボロを出したのでそのまま昏倒させ、個室に置おておく。

 その後残りを誘い出し、同じように始末し、後片付けを頼み、

 

「遅かったね〜」

 

「ちょっと迷ってしまいまして」

 

 そして何食わぬ顔で戻るのだった。

 

 アイリーンが楽しそうに歌っている。

 恭也はそれだけで良かった。

 

 

 その後、収録が終わるとアイリーンと恭也はなれ初め等を根掘り葉掘り聞かれ、

 恭也は朝方アイリーンに事細かに自分達の設定を決めさせられた理由を痛感するのだった。

 

 

「なかなか面白い人達でしょう?」

 

「ええ、全くその通りです」

 

 夜、恭也は疲れきってアイリーン宅に帰還する事となった。

 アイリーンが平気そうなのを不思議に思いながら。

 

「ん〜、今日も平和で楽しい一日だった〜」

 

 皆にもみくちゃに質問の嵐を受ける恭也でも思い出しているのだろう、

 などと楽しげに伸びをするアイリーン。

 

「そうですね」

 

 恭也は話していない。 

 今日の事も昨晩の事も。

 アイリーンには安心して歌っていて欲しいから。

 アイリーンの歌に不安の色が映るなど想像もしたくなかったから……

 

「じゃ、シャワー浴びようか♪」

 

「は?」

 

 浴びようか、と言う事はつまり一緒に入れと言う事だ。

 

「だってそう言う事もしてるって皆に言っちゃったじゃない♪」

 

 やはり状況を楽しんでいる。

 笑顔が何か違う。

 

 そんなこんなで恭也の疲労は追い討ちをかけられるのあった。

 まあ、アイリーンとの他愛のない会話はヒーリングにもなっているのだが……

 どちらが大きいかは不明である。

 

 

 その晩は、3人組に部屋に睡眠ガスを撒かれる所を逆に眠らせてやった

 

 

 夢を見ていた。

 夢の中で。

 穏やかな風が吹くどこかの木陰で眠っている恭也に、

 一人の少女が歩み寄ってくる。

 

「恭也……」

 

 恭也の肩に手を置こうとした少女。

 が、

 

 バッ!

 

 肩に手を置かれた瞬間、恭也はその手を掴み、引き倒すようにして、

 少女を押し倒す形にしてしまう。

 夜襲に対する防衛行動がでてしまったのだが……

 

「?????」

 

 少女は何が起きたのか理解できていない。

 そして恭也もまだ覚醒してはいなかった。

 だが、少女の首には手刀が添えられていた……

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

 そこへ響いた声にならないフィアッセの声。

 恭也は、そこで目を覚ました……

 

 

 

 

「おはよう、恭也」

 

 恭也が目を開くとそこにはアイリーンが立っていた。

 アイリーンにしては少し距離を取って。

 

「おはようございます」

 

 一応アイリーンが声を掛ける前に覚醒したが、

 アイリーンに寝ているところを見られた様だ。

 

「そう言えばもう、寝込みを襲っても大丈夫なんだね」

 

 起き上がった恭也になどと尋ねるアイリーン。

 

「あの時はその前に散々父さんに夜襲の対処について叩き込まれていたからですよ。

 もしかして根に持ってます?もうあんな事しませんよ」

 

 アイリーンの問いに自然とそう答える恭也だったが、

 そう答えた後で『あの時……?』と、考えれば、アイリーンの言葉の意味も、

 自分が答えた言葉の意味も解らなくなっていた。 

 

「まあ、アレを知ってるから私は安心して寝れるんだけどね」

 

 笑みを浮かべるアイリーン。

 恭也はその言葉、その笑顔で無理に思い出すのを止めた。

 

 

 この日も同じスタジオでの収録があり、

 昨日は電車を使ったが、今日は車で向かう。

 勿論恭也の提案で。

 

 

「高町さん、喫茶店の従業員なんですよね?」

 

 収録が始まるちょっと前、アイリーンが準備をしている時、

 女性にそう尋ねられた。

 

「ええ」

 

 何かと思って答えれば、

 

「ちゃんとした収入あるんですよね?」

 

 そう続けられた。

 確かに翠屋の収入もある。

 が、それ以上に恭也は裏の仕事で結構な蓄えがあったりする。

 

「わりと溜め込んでます」

 

 金額を言わなければ別に言っても構わないかと思って答えた。

 なお、それを知っているリスティにはフィリスについで金を貸す事があるのはフィリスには内緒。

 

「じゃあ、何か大きな物で驚かすつもりなんですか?」

 

 そう続けて尋ねられる。

 恭也は意味がよく解らず、返答に困っていると、

 

「だって、アイリーンさん、貴方の話はよくしてますけど、

 貴方に貰った物とかを身に着けてないみたいですから」

 

 確かに、結構長年の付き合いであると説明してあり、

 ちゃんとした収入があると認識されている恭也。

 なのに、恋人であるアイリーンに装飾品の類を送らないのは変だと思われたのだろう。

 なお、前の誕生日にはティーカップを贈っていたりするが、今それは関係あるまい。  

  

「いい指輪を見つけたので、貯めてるんですよ。

 あ、アイリーンには内緒にしておいてくださいね」

 

 とても演技とは思えない口調、表情でそう誤魔化す恭也。

 これならアイリーンが装飾品を持っていないくても怪しまれまいと思ったのだろうが……

 後の事は考えてはいないのだろう……

 

「ふ〜〜〜ん♪いいわね〜アイリーンさん」

 

 その答えを聞いてやたら楽しげになる女性。

 

「でも、確かに最近これと言ったプレゼントもしてませんね……」

 

 任期が不定な以上、暫くは誤魔化しておかなければいけないと、

 話題をそれなりに盛り上げる恭也。

 

 が、そこで嫌な気配の動きを察知する。

 

「あ、ちょっと失礼します」

 

「いってらっしゃ〜い」

 

 今の話を聞いて満足しているのか楽しげに送り出される。

 恐らくは、アイリーン以外のメンバーには今の話は知れ渡る事だろう……

 でも、今はそれはどうでもいい事になる……

 

 

 数分後、地下駐車場で大きな大量の生ゴミの回収がされていた

 

 

「……そろそろ一人じゃ無理が出そうだ」

 

 戻る途中、そう思わずぼやいてしまう恭也。

 待ち伏せの準備及び車への細工まで始め、ヤクザの大量投入……

 巻き込むかもしれないが月村邸の使用も考慮に入れる。

 と、そんな時、

 ふと外を見た時、一見の花屋が目に留まった。 

 と同時に先ほどの会話が思い出された。

 

 

「お疲れ様、アイリーン」

 

 収録が終わるのを見計らって戻った恭也。

 

「……」

 

 目が点になっているアイリーンとその他の皆様。

 見ているのは恭也が持っている物だが。

 

「はい」

 

 そう言って両手で抱えていた物をアイリーンに渡す。

 

「……ど、どうしたの?これ」

 

 持ちきれない程の渡された物に困惑しているアイリーン。

 

「また、どえらいものを持ってきましたね〜」

 

 そう感想を漏らしたのは先ほど話をした女性。

 

「驚かせられるくらいの量にしたら少し値がはってしまいましたよ」

 

 恭也が持ってきたのは両手で抱えなければいけない程の花束。

 しかも何故か全て白バラの花束だった。

 なお、花屋の店員に本当に『驚かせられる量をください』などと言って買ってきた物だ。

 

「どうしたの?こんな、急に」

 

 かなり複雑な表情で白バラの花束を見上げるアイリーン。

 

「いや、最近は何もしてなかった事を指摘されてやっと気付いてな、

 そのお詫びみたいなものだ」

 

 此処に持ってきたのは演技の為である。

 が、花を選んだ時は、花の知識の無い恭也がアイリーンに似合うだろうと思って選んだ物であり、

 贈りたいたいと思った気持ちは本物だ。

 

「……ありがとう」

 

 まだ落ち着いていないが、恭也の目を見る恭也。

 

「いや」

 

 暫し見詰め合う二人。

 

 

「見せ付けるの禁止〜〜〜!」

 

 

 当然その後は、二人を話題に盛り上がられるのだった。

 

 

「驚いちゃったよ」

 

 帰りの車の中、正直な感想を漏らすアイリーン。

 

「偶々目に留まったもので」

 

 なお、車を運転しているのは恭也である。

 

「そう言えば、恭也このバラの花言葉って知ってる?」

 

 花束の中から数本抜いて眺めているアイリーン。

 残りは後部座席だ。

 

「いえ。

 ただ、アイリーンさんに似合うかなと思って買ってきただけなので」

 

 正直に答える恭也。

 園芸でも盆栽だけなので、花言葉に関しては全く知識がない。

 

「返さないからね?」

 

 恭也の答えを聞いたアイリーンは何故か花を抱きかかえる。

 

「ええ、差し上げた物ですし」

 

 アイリーンの態度を不思議に思いながらもそう答える。

 

「やった、貰っちゃった♪」

 

 恭也の答えに更に嬉しそうに花を眺める。

 数本手持ちのバックに挿してみたりと楽しげだ。

 恭也はただ、アイリーンの喜びようを不思議に思うだけだった。

 

 恭也は知らない。

 白バラには「私は貴方にふさわしい」という花言葉がある事を……

 

 

 家に戻った二人。

 バラの花束は花瓶に挿して飾る。

 アイリーンは始終ご機嫌だった。

 

「恭也〜今度調べてみてね、この花の花言葉」

 

「解りました」

 

 

 その後、夕食を済ませ、アイリーンはシャワーを、

 恭也はトラップの確認をした後、リビングで座っていた。

 飾られている白バラを眺めながら……

 

 

「恭也〜あがったよ〜」

 

 バスローブ姿のアイリーンがシャワーを済ませて出てくると、

 

「あら?」

 

 リビングでは恭也が机に突っ伏して眠っていた。

 アイリーンが来た事にも声にも起きることなく。

 

「そっか……疲れてるんだね」

 

 一人でもう3日も護ってくれているのだ、疲れてて当たり前だと、

 物音を立てない様にするアイリーン。

 

 喉が渇いていたので冷蔵庫まで来るが、

 

「あら〜」

 

 中は空同然だった。

 恭也の為のお茶もなくなっている。

 茶葉もないし、今飲み物は水しか無い事になる。

 それに摘める物もない。

 

「ん〜……」

 

 テーブルで眠っている恭也に目をやる。

 

「ま、すぐ近くだし」

 

 今までも何も起きなかったし、人通りがある所を通れば大丈夫。

 今恭也を起こすのは可哀想だと、

 恭也に黙って一人で近くのコンビにまで行くことを決めるアイリーン。

 

 

 アイリーンは知らない。

 恭也が今まで何人の敵を撃退してきたか。

 相手がどんどん手段を選ばなくなっている事を……

 

 

 

 

「さて、恭也が心配するといけないし、早く帰ろうっと」

 

 コンビにで手早く買い物を済ませたアイリーンは帰路につく。

 行きは何事も無かった。

 既に暗い道だが近くに民家も多い。

 人通りが無くなってしまっているのも心細いが一人もいなければ逆に襲われる事もない。

 そう思って歩く。

 右手にはコンビにの袋。

 左手にはハンドバック。

 ハンドバックには今日恭也から貰ったバラが二本さしてあった。

 

 何事も無い帰り道。

 家まで後少しという十字路まで来た。

 その時だった。

 

 バッ!

 

 十字路に差し掛かった時、

 突然アイリーンは背後から掴まり、口を押さえられた。

 

 

「……」

 

 自分を見上げる少女。

 護ると誓った少女。

 だが、その顔は恐怖が張り付いていた。

 少なくとも恭也はそう思った。

 

『何故?そんな顔をしているんだ?』

 

 恭也は自分の手に小太刀が握られている事に気付き、

 そして……

 

『ああ、そうか……』

 

 小太刀から、手から、頭から滴れる紅い液体……

 

『俺はこんなに血で汚れている……』

 

 

 

 

  

 テーブルに落ちた白バラのつぼみ。

 その音と気配で目を覚ました恭也。

 

「……アイリーン?」

 

 起きてすぐ、アイリーンの気配が感じられない事に気付く恭也。 

 目の前に落ちた白バラのつぼみ……

 恭也の意識は一気に覚醒した。

 

 少なくとも知覚できる範囲にアイリーンはいない。

 台所に置かれた空の使われていないカップ。

 記憶する限り今冷蔵庫の中に飲み物は無かった筈。

 アイリーンは風呂上りで何か飲み物が欲しかった筈。

 ここから一番近く、アイリーンが飲み物を買うとすれば。

 

 ダンッ!!

 

 壊れるんじゃないかと思うくらいの勢いで床を蹴り、扉を開け、走る。 

 階段を無視し、廊下から飛び降りる。

 嫌な予感がした。

 物凄く。

 タダでさえ危険な夜の一人歩きではあるが。

 それ以上に、何か恭也を走らせるモノがあった。

 

 そして、道端で落ちていたコンビニの買い物袋を発見する。

 しゃがみこみ調べる。

 アイスの温度からしてまだ時間は経っていない。

 だが、車を使われたとすれば……

 最悪の事態が恭也の思考を掠める。

 そこへ、

 

「……バラの香り?」

 

 すぐ脇の細い道からバラの香りが漂ってきているに気付いた。

 見れば、今日アイリーンにプレゼントしたと思われる白バラが一輪落ちていた。

 おろらくはハンドバックにさしていた物……

 良く見れば、その先にもバラの花びらが落ちているのが見えた。 

 

 

 

 

「美味しい仕事だよな〜

 こんな良い女を犯すだけで大金まで貰えてよ〜」

 

 下品な笑い声。

 ヤクザというよりはチンピラ風な風貌の細身の男。

 3人の男に雑木林まで連れ込まれたアイリーン。

 両手両足を二人の男に押さえられ、抵抗も虚しく、ただ足掻く事しかできない。

 

「仲間は散々連れの男にやられたからな、

 あいつ等の分もたっぷりと楽しませてもらおうか」

 

「たった一人に最大20人がかりでやられるような奴等なんかどうでもいいだろ?」

 

 全身でヤクザだと主張したような男と無駄に体だけ大きな大男。

 その二人の会話でアイリーンははっとなった。

 自分がいかに軽率で愚かだったか……

 自覚し、悔やんだ。

 

「お?おとなしくなったな」

 

「諦めたか。

 が、まあすぐに悲鳴を上げてもらうさ」

 

「いやいや、悲鳴を上げてもらっては困るだろ?」

 

 ビリビリビリッ!

  

 乱暴に上着が破られ、その一部を口に詰め込まれるアイリーン。

 最早、アイリーンには受け入れるしかなかった。

 

 悲しかった、恭也がしてきてくれた事を自分の不注意で全て無駄にしてしまう事が。

 自分が腹立たしかった、なんの為に恭也が疲れ果てているかも理解していなかった事を。

 

 恭也になんて言おう……

 

 抵抗虚しく剥がされていく衣服。

 乱暴に触れられる肌。

 この後行われるだろう陵辱よりも、

 恭也の事を思っていた。

 

「さて、ご開帳といこうか」

 

 大男はついにアイリーンの下半身に手をつける。

 乱暴に脱がされるジーパン。

 露にされるショーツ。

 それをナイフで切られ……

 

「げへへへへへ……」

 

 反吐が出そうな笑い声。

 

 ごめん、恭也……

 

 言葉にならない声。 

 それは助けを呼ぶ声ではなく、謝罪の言葉だった……

 

 今まさに、華が散ろうとしていた、その時、

 

 ドゥゥゥゥゥン!!!

 

 まるで吼えたかのうな風が吹いた。

 と、その場の全員が思った。

 全員?いや……アイリーンの股に顔を埋めようとしていた大男が……消えた。

 

 ドゴンッ!!

 

 近くで鈍い音がする。 

 見れば、大男が木に叩き付けられている。

 

 ゴッ!  ズゴッ!!

 

 更に鈍い音が二つ。

 アイリーンが視認できたのは、

 怒り狂った黒い小さなハリケーンによって宙を舞う二人の男の姿だった。

 

 アイリーンが正気に戻った時には、

 目の前に、先ほどまで幾ら謝罪しても足りないと思っていた相手、恭也がいた。

 抱き起こされ、口に詰められていた布を取ってくれる。

 

「ゴホッ!」

 

 無理やり詰められていたので咳き込んでしまう。

 さらに、ジャケットを脱いで羽織らせてる。

 アイリーンはそこでやっと、自分の姿が全裸に近い事を思い出した。

 が、

 

「ガァァァァァァ!!」

 

 木に叩き付けられ気絶していると思われた大男雄たけびを上げて立ち上がる。

 更に、懐か黒い金属の塊……

 拳銃を取り出して構える。

 が、

 

 ドンッ!

 

 恭也はそれより早く動いていた。

 拳銃はこちらに向くこと無く、大男の右肩には鞘に納刀されたままの八景が突き刺さっていた。

 

 

 

「恭也……」

 

 恭也を呼ぶアイリーン。

 そこでこんどは恭也が正気を取り戻した。

 ほぼ、怒りに任せて振るった剣と拳。 

 そして今の惨状……最後の一撃……

 

 仰向けに倒れていた状態から上半身を起こしたアイリーン。

 その正面で大男を突き、倒した恭也。

 

 

 恭也は、思い出した

 

 

 

 その後、連絡を取って3人を回収してもらい、家へと戻る二人。 

 終始無言で、アイリーンはシャワー室へと向かう。

 

 脱衣所の前に立ち、自分の過ちを悔やむ恭也。 

 自分の配慮不足で、アイリーンは危機の自覚を薄れさせ、

 自分が弱さを見せたからアイリーンは無茶をした。

 挙句の果てには過去の悪夢を再現するような事までしてしまったのだ。

 自分がアイリーンを傷つけ、傷痕まで抉った。

 と、

 

 恭也は携帯を取り出し、リスティを呼び出す。

 

『やあ、恭也そっちも大変だったんだってな〜』

 

 話は行っている様で、恭也から何かを言う前にそう言ってきた。

 

「……はい、それなんですが」

 

『ん?どうしたんだい?

 あ、アフターケアはちゃんとしてあげてよ〜彼女も乙女なんだからさ』

 

 何時もの調子で気楽な言い方ではあるが、

 その言葉の雰囲気はいたってまじめなものだった。

 

「……俺は……傷口を抉ってしまう俺には、彼女を……」

 

 彼女を癒す事はできない。

 そう言おうとした時だった。 

 

 バタンッ!

 

 突然背後の脱衣所の扉が開かれ、出てきたアイリーンが恭也に背後から抱きつき、

 

 ピッ!

 

 乱暴に携帯の切ってしまう。

 恭也の背に当たる柔らかい濡れた肌。

 電話の内容が聞こえ、慌てて出てきたのだろう。

 

「……アイリー……」

 

 アイリーンの名を呼ぼうとした恭也だが、

 それよりも、アイリーンは恭也を強く抱きしめ、

 

「ごめん、ごめんね……ありがとう」

 

 最初は弱く、でも最後ははっきりと恭也の耳元で囁く。 

 最早自分はアイリーンの前に立つべきでは無いと思っていた恭也は、 

 アイリーンのその行動、言葉で動けなくなっていた。

 

「二回目だね、恭也に護られるのも。

 それで恭也を傷つけてしまうのも……」

 

 一旦離し、自分の方を向いてくれた恭也を潤んだ瞳で見つめるアイリーン。 

 

「覚えて……いたんですね」

 

 1回目。

 あの日、あの時……

 アイリーンこそあの時の事を後悔し続けていた。

 命を掛けて助けてくれた人にお礼を言えず、

 自分のせいで人を殺す事になり、無言で涙を流していた恭也に対し自分は何をしただろうか?

 ただ見上げていただけだ。

 動けずに、血まみれになった恭也を。

 涙を流している恭也を。

 後で冷静になって考えれば、恭也にとってあの時の自分は、

 化け物を見る様な目で見ていたと見られただろうと簡単に想像がつく。

 必死に約束を果たしてくれた大好きな子の心に、消えない傷痕を二重に付けたのだ。

 

 

「忘れてたんじゃないの……

 ずっと、言えなかった……ごめんね、今までごめんね……

 ありがとう、恭也」

 

 再会した恭也はあの時の記憶を封印してしまっていた。

 だから言えなかった。

 せっかくいい友達でいられるのに、あの時の無様な自分を思い出されたらどうなるか……

 だから甘えてしまった、いい友達でいられる事に。

 

「よかった」

 

 泣きじゃくる様にして今までいえなかった事を告白したアイリーンに、

 恭也は微笑んだ。

 

「俺は貴方の心までは護れなかったと思っていました」

 

 恭也とて完全に忘れていた訳ではない。

 再会したアイリーンを見て、その話題に触れて傷つけない様に再度封印を掛けただけの事。

 それに連動して思いでも、約束も封印して、想いも押し込めて……

 

「今なら、言っていいよね?」

 

 過去の清算が終わり、今二人はここにいる。

 

「恭也、私、あなたの事が好き」

 

 唐突でありながら遅い告白。

 

「俺は、貴方の事を護り続けたい。

 傍にいてもいいですか?」

 

 それに答える形で問いかける恭也。

 

「うん。

 でも、ずるいよ、ちゃんと言って」

 

 互いの息が掛かりそうな距離で、少し悪戯っぽく笑うアイリーン。

 そんなアイリーンに少し苦笑気味の恭也は、

 

「そうですね」

 

 言い直し、一拍置いてから、またアイリーンをまっすぐ見詰、

 

「貴方の事が好きです」

 

 唇を奪うのだった。

 

 

 

  

 

 後日

 

 街を歩く一組の男女。

 男、恭也はヘッドホンを付けて音楽を聞いている。

 アイリーンは腕を組みつつ、そんな恭也を見ていた。

 

「いい歌ですね、アイリーン」

 

 一通り聞き終えたらしい恭也はヘッドホンを外してアイリーンを見る。

 

「ふっふ〜、結構自信作なのよ〜♪」

 

 今恭也が聞いていたのは今しがた上がったばかりの新曲。

 

「それにしても最近はラブソングばかりなんですね?」

 

 恭也がそう言う様に、最近アイリーンが歌うのは恋愛をテーマにした物ばかり。

 しかもかなもかなり熱いものだったりする。

 

「そりゃあね、今燃え上がっている所だもの。 

 これを歌わずして何を歌うというの?

 でも、まだまだ歌いきれてないのよね〜

 今の私の幸福感は♪」

 

 などと笑いながら恭也の腕を引くアイリーン。

 

「では、これ以上は必要ありませんか?」

 

 などと問う恭也に対し、

 

「まさか、10年分だよ?

 取り戻さなきゃいけないのに、休んでなんかいられないでしょう」

 

 輝く笑顔を見せるアイリーン。

 いままでより更に、綺麗に輝いて、

 

「そうですね」

 

 そんなアイリーンに恭也も微笑む。

 

「そうそう、恭也、

 ちゃんと調べた?あの花の花言葉」

 

 と、あの日に宿題にしておいた事の回答を求めてくるアイリーン。

 

「ええ」

 

 それには少し苦笑気味の恭也。

 無知とは恐ろしいものだと……

 

「返さないよ?」

 

 ちょっとだけ真剣な顔で確認する。

 

「ええ。

 むしろ返品は不可ですよ?貴方は受け取ったのですから」

 

 最近ではアイリーンに対してはさして珍しくもなくなった微笑みを向けて答える。

 

「そうだね。

 一生大事にしてあげる♪

 だから恭也は笑って私についてきて」

 

 

 今日も二人は同じ道を歩く

 

 殺す術がきっかけで

 

 刃が護ったこの道を

 

 二人は並んで歩いて行く  

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 知る人しか知らないでしょうT-SAKAです。

 アイリーンで短編を書こうを書き始めたこの『刃で護れるもの』ですが、

 まあ、見事に無駄に長くなってしまいました。

 どうして短くできないのかな〜私は……

 一応とらハ3でありえる話に仕上げたつもりですけど、どうでしょう?

 後日ちょいと更新する予定ですがあったりなかったり〜

 であそのとき〜

 

 そう言えばまともにあとがき書いたのってどれくらいぶりだろう?





管理人の感想


 T-SAKAさんから投稿SSをいただきました。感謝。


 純愛ですねぇ。

 基本的にダークサイドな私は、恥ずかしくて純愛小説は読めませんが。(笑

 書くのは別問題なんですがね。


 朴念仁の恭也君ですが、一途でしょうから幸せになるでしょう。

 周りの女性がどうなるかはわかりませんけど。




感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思います。

感想はBBSかメール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)