夜空に在るもの

第4話 選んだ道

 

 

 

 

 

 朝 高町家

 

 早朝、まだ朝食を作るレンや晶も、朝の仕込みに出る桃子も起きていない日が昇って間もない時間。

 そんな時間に美由希は家の庭に居た。

 鍛錬の為ではない。

 それは鍛錬用の服ではなく、普段着に見えて、しかし違うその服装が示していた。

 その服装の意味を知る者は高町家の中ですらあまり居ない。

 ただ1つ言えるのは、美由希は今待っているのだ。

 

「……」

 

 兄恭也の事もある上、悪い予感がしていた。

 けれど美由希に出来る事、いや美由希がすべき事はここに居る事で、待つ事だった。

 そして今回待っている者は、確かに帰ってきた。

 

「……」

 

 北西方向の空からから近づく気配。

 それは美由希もよく知る気配だった。

 けれどまだ悪い予感は終わっていない。

 本来であればその姿は美由希が見るべきではないのだろうが、今回は敢えてきっちりと視線を向ける。

 やがて視界に入るのは朝日に照らされた金色の人影。

 それは久遠の姿で、それも大人の―――戦闘用の姿だ。

 それにその腕にはなのはが抱えられているのも見て取れる。

 どうやら2人ともちゃんと帰ってこれたのだ。

 

 ただ―――無事に、とはいかなかった様だった。

 

 

 

 

 

 早朝の高町家。

 朝の早い高町家ではあるが、この日の朝は全員が普段より早く起きて来ていた。

 しかし各自の朝の用意はまだ始まっていなかった。

 皆はリビングに集まっている。

 食事以外で朝皆が一箇所に集まる事は珍しいと言えるだろう。

 ただし今日はそもそもフィアッセがいない。

 フィアッセはすずかから恭也の話があってから家で療養中だ。

 それに、なのはもこの場には居なかった。

 今しがた桃子と久遠が部屋に寝かせてきて、そこから戻ってきての集まりだった。

 

「何があったの?」

 

 重い空気の中、最初に口を開いたのは桃子だった。

 帰ってきたなのはを見て最初こそパニック寸前だった桃子だが、今では落ち着いた様子だった。

 久遠が戻ってきた時、皆は何故か一斉に目が覚めて、久遠となのはを出迎える形となった。

 そこで大きな変化がすぐに見て取れる状態となったなのはに、一家は混乱するところだった。

 それはそうだろう、久遠の腕に抱かれて帰ってきたなのはに意識はなく―――髪は真っ白となって色を失ってしまっていたのだから。

 その場でも久遠によって説明されているが、見た目の変化は髪の色だけで、後は意識が無いというのも深い眠りについているだけと言えた。

 けれど、なのはがこんな状態で帰ってくるという衝撃は大きかった。

 

 その起き掛けた混乱は、美由希によって鎮められ、直ぐに落ち着きを取り戻した桃子によって今の集合に至っている。

 

「昨日、久遠達はある罠を張っていたの。

 恭也達の事を知っている筈の人を見つける為の。

 それが成功して、昨日の夜中に会いに出た」

 

 久遠は言葉を選びながら話し始める。

 異世界にも関わる話である為、全てをそのままには話せないが、可能な限り伝える為の言葉選びだ。

 

「そこで―――恭也に会った」

 

「―――」

 

 一同に緊張が走った。

 久遠の言葉が素直に喜べないのは、なのはの状態からも解る事だった。

 だから最悪の報せの覚悟もしなければならなかった。

 

「恭也は、まだ死んでいない。

 けど―――生きてもいない」

 

 久遠が続けた言葉は最悪の報せではなかった。

 しかし久遠が選んだその言葉、最悪から幾分かマシという程度でしかない事だけは確かだろう。

 最悪ではないだけで、もしかしたらそれはある意味最悪の報せより性質が悪いのかもしれない。

 

「久遠もあの状態をはっきりと説明する情報がないけど、それは希望が潰えようとしていた姿だった。

 そこで、なのはは本来はない筈の力を暴走させたの。

 今のなのはに及ぼした影響は、力の使い過ぎによる昏睡、それとショックによる髪の脱色。

 これは2,3日眠っていれば治るという話で、入院するよりも家族の下の方が良いだろうという担当医の判断で久遠が連れて帰ってきた」

 

 久遠の説明が終わる。

 異世界の事が絡む故に説明できない事象を可能な限り伝えた事になる。

 なのはは昨晩の戦闘で恐らくジュエルシードの影響によるものと推測できる力の暴走を引き起こしている。

 しかもリンカーコアが半ば引き抜かれた状態でだ。

 ただアースラで診察した限りは極度の疲労という程度で、リンカーコアにも問題はなく、アレだけの力を使ったとは思えないものだった。

 ただし未だに意識が戻っていないので解らない事もある。

 そう、精神的な問題だ。

 ジュエルシードによる影響もあるし、そもそもあの恭也の姿を見た2人の心がどうなるかは誰にも解らない事だ。

 

 そんな状態のなのはに担当医フィリアとアースラ最高責任者のリンディが下した判断は、退院だった。

 実際すべき治療は終わっており、やるべき事は無いのは確かだが、不確定な状態と現状を加味すれば一見おかしな判断だろう。

 しかし、精神面においては病室に居るよりも自宅の方がマシという考えだった。

 これは同様の症状となっているフェイトにも同じ判断が下っており、フェイトも今は自宅で眠っている。

 

「ごめんね」

 

 最後にそう謝る久遠。

 なのはを守りきれなかった。

 例えそれが久遠ではどうしようもない事象だったとしても、その事実は久遠には深く突き刺さっていた。

 

「いいのよ、久遠。

 貴方となのはは対等の筈で、これはなのはが選んだ事なのでしょう?

 なのはを連れて帰ってきてくれてありがとう」

 

 そんな久遠に桃子は告げる。

 久遠の責任など無いし、久遠がやるべき事は果たしているのは確かだった。

 久遠を責める人などこの高町家には居ない。

 

「皆、なのはは私が看るわね。

 皆は―――皆の判断に任せるわ」

 

 話が終えた後も尚重い空気の中、桃子がそう言ってこの場を収める。

 皆も納得はしてないだろうが、各々動き出す。

 この場に留まっていても何も変わらない事は解っているからだろう。

 何をどうするかは、桃子が言ったとおり各自の判断になる。

 桃子はそこに何かを指示する事はしなかった。

 普段通りに過ごす人も居れば、特別な動きをする人もいるかもしれない。

 きっとそのどちらであっても重要な事で、どちらも欠かせない事だ。

 

「……久遠、今日は行くところがあるの」

 

「なのはの事は任せなさい」

 

「うん、行ってくる」

 

 久遠には今ここには居ないメンバーへの伝達と後始末の仕事があった。

 それに、なのはが倒れてしまったからこそやるべき事もあった。

 久遠は自らがすべき事の為に、高町家を出る。

 例えなのはの傍に居たいという気持ちや、更に状況による重圧があったとしても、久遠は行くことを選んだ。

 

 

 

 

 

 その頃、アースラ。

 昨晩の戦闘から一夜明けた朝、落ち着きを取り戻したかに見えるアースラだが、実際には忙しさが表立っていないだけだった。

 動いている人数と動く範囲が限定されて事でそう見えるだけで、誰も休みらしい休みはとれていない。

 戦闘局員については昨晩の戦闘では負傷といえる負傷は無いが、破壊されたデバイスの復旧作業もある。

 更に現地での影響調査にも戦闘局員が出動している。

 最大の問題となっていたなのはとフェイトは既に退院しており、医療班の仕事も一段落しているが、2人の診察記録の調査が残っている。

 それらと併せて、現状最も忙しいのは情報解析だ。

 昨晩の戦闘では特に異常な事態、しかも解析しきれる見込みも薄いくらいの特異な事が起きた事もあって恐らく暫くは暇になる事はない。

 それとリンディとクロノの艦のトップは現在本部との会議中だ。

 昨晩の出来事、特に現地協力者であるなのはに起きた事態と恭也の状態についての報告をしている。

 これにはグレアムも参加し、今後の対応方針も話し合われている。

 

 一段落はしたのかもしれないが、全く終わりは見えていない状態と言えるだろう。

 

「今戻ったわ」

 

 そんな中、少し席を外していた者がいた。

 アリサだ。

 艦のトップクラスに入りながら会議には参加せず、艦内で行われている作業の取りまとめ等を行っていたのだが、その合間に一度家に戻っていた。

 その後でアリサが戻ってきたのはブリッジではなく情報解析室。

 そこには他の専門局員と、エイミィも居た。

 

「おかえりなさい。

 2人の様子はどうだった?」

 

「なのはは久遠が高町家に連れて帰ったわ。

 フェイトの方は自室に寝かせてある。

 アルフが見てるから大丈夫でしょう」

 

 アリサがアースラを離れた理由の1つはなのはとフェイトの事。

 フェイトはアースラから転送して出た先が家なので問題ないが、なのははそうはいかない。

 高町家へ送り届けなければならない訳だが、アルフが車を回すとなればフェイトの傍に誰が残るかという問題がある。

 結局まだ日も昇りきらない早朝という事もあり、久遠が運ぶ事になったのでそれは不要となったが、後は高町家への説明についても当初はアリサが行く話もあった。

 

 更にもう1つ、今日は平日であった為、学校をどうするかというのもある。

 当然フェイトとなのはは登校できる状態になく、なのはは高町家から連絡が行くだろうが、フェイトの方は誰かしら学校へ連絡する必要がある。

 状況を考えてアリサまで休むとなるとすずかが心配する可能性があったが、結局アリサも休む事になった。

 アリサにも仕事があるので、流石に今日は出ている余裕はないという判断だ。

 学校へはモイラがリンディの声で連絡しており、理由は風邪という事にしている。

 なのはも含めこの3名はよく一緒に居るので同時に風邪を患っていてもそう不自然な事ではないだろという考えだ。

 すずかへの連絡は久遠がする事になっている。

 

「まあ、退院の許可も出てるからね」

 

「ええ」

 

 あんな状態でなのはを家に帰した事については、アリサとエイミィも気に掛かっていた。

 アリサはせめて一緒に居たいという気持ちがあるが、アリサにはアリサがやるべき事がある。

 

 尚、家に一緒に戻っていたモイラはその後は戦闘局員と合流して現地調査に向かっている。

 アリサの指示でもあるが、モイラにも気になる事があった様だ。

 

「それで、解析はどう?」

 

 アリサは仕事に集中する事で、とりあえず気持ちを抑える事にする。

 この仕事こそ、なのは達の為にもなると考えれば抑えやすい。

 

「うん、やっぱり何も解らないね。

 ここまで綺麗さっぱり痕跡もないと」

 

 今エイミィ達が解析しているのはなのは達に起きた現象についてだ。

 アリサ達は直接見ていないが、バリアジャケットの色まで変わり、本来あり得ない魔法を放った。

 その結果としてなのはとフェイトは倒れた訳だが、その証拠となるものがまるで出てこないのだ。

 

 人の魔法の性質、魔法の色などは本来1人1つで変わる事がほぼ無いとされている。

 それが突然変わってしまう事象というのは前例が無い訳ではなく、激しい感情によって力が歪むという可能性も前例があるにはある。

 ただ、それは極めて稀なことであり、その場合はその後その者には大きな後遺症が残る筈だ。

 力を捻じ曲げてしまった代償かなにか、それに変えてしまった魔法の性質もそう簡単に戻る筈はない。

 それなのになのはとフェイトには調べる限り魔力を多大に消費した昏睡状態以外の異常は見当たらなかったのだ。

 これは異常を起こした事実に対して異常な事だ。

 リンディ達はこの事をどう報告するかはまだアリサは聞いていないが、大半はまだ解析中としているだろう。

 それは事実であり、解析不能という結果もまた最後のカードとして出せるものだった。

 

「しかし、こうなるとやっぱり……」

 

「ええ、そうね」

 

 2人も他の者も口に出しては言わない。

 これがジュエルシードによって齎されたものだという事は。

 ジュエルシードはなのはとフェイトのデバイスの中にも存在するが、それを裏付ける証拠は無いし、そもそもここにジュエルシードは無い事になっている。

 だから、それについては間違っても言葉には出せない。

 けれどそれしかもう考えられないのだ。

 

 そして激情によって黒く染まった魔力というのは、浄化前のジュエルシードのイメージとあまりにも一致する。

 ジュエルシードが再び暴走したとは考えにくいが、それでも今回の事に何かしらの影響は及ぼしているものと考えてしまう。

 

「まあ、解らないのなら仕方無いわ。

 解析は続けてもらうとして―――他の問題については?」

 

「ヴォルケンリッターの追跡については、やっぱり駄目だったよ。

 それ用に準備していたデバイスも……壊されちゃってたし」

 

「そうでしょうね」

 

 デバイスを破壊したのは恭也に他ならない。

 その事を口にするをエイミィは躊躇った。

 実に的確な破壊だったのだ。

 これがリンディが恭也を信用していろいろ情報を渡していた事から起きた結果だとすればなんとも皮肉な話だ。

 

「その点については久遠とアルフが直接会っている事もあるから、何か手立てがないか考えたいけど、それは後回しね。

 で、恭也さんの状態については?」

 

「こっちはある程度は解ってる。

 といよりも、見た目から見当がつくのと変わらない結果と言っていいかな。

 あの恭也さんは確かに恭也さんで、黒い魔力らしく部分は解析不能の魔力の塊。

 これが恭也さんの欠けた体を代行しているらしく、その状態だけで言うなら生きている状態。

 恭也さんが使っていた魔法も恭也さんのものだし、仮補修を受けた状態で操られているものと推測される。

 恭也さん自身の意識の有無などは、仮面を着けていた事もあってハッキリしてない」

 

 アースラ内部、そして時空管理局としても最大の問題として考えているのは、なのはとフェイトの事ではなく、恭也の事だった。

 あの状態は闇の書に捕らわれた上に利用されていると言える状態だ。

 つまり、ヴォルケンリッターの補充人員にされてしまっていると考えて良いだろう。

 現ヴォルケンリッターのメンバーは旧ベルカの騎士と守護獣だ。

 それ以降はメンバーが増える事もなく、あの様な形で味方が捕らわれる事もなかった。

 その衝撃は計り知れず、敵戦力の増加以上に時空管理局を震え上がらせている。

 特に恭也とは何度と無く実践訓練をしているアースラの戦闘局員への影響は大きく、アリサも今後の士気にどれ程影響がでるか頭が痛いところだった。

 当然それはアリサ自身、果てはトップであるリンディにも言える事で、今後の戦略は大きく見直さなければならないが、再建できるかも怪しい状態といえた。

 

 しかも、問題はそれだけに留まらない。

 

「そして、使っていた武装は―――」

 

「試作中だったあのデバイスで間違いない、か」

 

 恭也が使っていた武器にも問題がある。

 恭也が使っていた魔力を刃にした小太刀のデバイス。

 それはアリサ達にとって既知のものだったのだ。

 アリサやなのは達が既に情報が渡されていた試作デバイス。

 それが何故か恭也の手にあった。

 それもコピーなどではなく、それそのものがだ。

 

「デバイスをどう持ち出したかは不明。

 どう調べても持ち出した痕跡はないし、実際開けて見るまでそこに保管されている筈だったの。

 なんらかの手段で事前に持ち出していたというのが妥当だと思うけど」

 

「それについては、私としては違うと思うわ。

 まあ、何の確証もないけど」

 

「ええ、それは私もそう思う。

 何の確証もないですけど」

 

 状況から考えて、恭也とセレネが最初にヴォルケンリッターと接触する際に、なんらかの細工をして持ち出していたとするのが妥当だろう。

 今行われている会議に使われる資料でも推測としてそう記述がされているくらいだ。

 ただ、やはり口にはできないが、2人ともそれは無いと考えていた。

 そもそも持ち出す理由があまりに薄いのだ。

 

「それはセレネさんの方も同様になるわね。

 尚、セレネさんの状態については不明。

 現状では、モイラの何かからの魔力供給による補助を受けている様に見える、という報告以上の事は解りませんでした」

 

「そう」

 

 昨晩でてきた捜索対象のセレネ、こちらについてもいろいろ問題となるだろう。

 昨晩はリンディの姿を模したセレネも確認されている。

 それも正体不明の青年について転移している事から、闇の書と違う別勢力によって拉致されている見られる。

 セレネもモイラがあの時観察した上では一応まだ生きている状態という事らしい。

 ただし、何らかの方法で魔力のバックアップを受けている、つまりセレネの持病を何かで補った上であの場に居たという事らしいのだ。

 その何かもよくわからないし、闇の書に対して時空管理局以外の勢力があるというのも薄気味悪い話だった。

 その勢力についてはまだ情報が少なすぎてはっきりしないが、それ故にこの先の道はまるで見えない状態だ。

 

「セレネの方は、あのデバイスの使い方は想定通りのものだけど、でもアレは―――」

 

「そうよね」

 

 セレネの得意な魔法に変身魔法というものがある。

 これはセレネのレベルでは上等な変装程度のものでしかなく、能力のコピーまでは出来ないものだ。

 専用の結界を展開した世界でならば演習にくらいは使えるが、それ以外なら基本的にこけおどしか、撹乱程度にしか使えないも。

 セレネが持っていたデバイスはそれを補助する為の専用デバイスで、本人と協力する事で擬似的に同じ人物が2人居るような運用ができる。

 当然限度があり、実際運用するにはかなり難しく、セレネの本来の戦闘技術を使わないのと比べてメリットがどれ程あるかも未知数だった。

 

 だからこそ、セレネも恭也も2人だけでヴォルケンリッターと接触する際に持ち出した可能性は低いと考えているのだ。

 セレネのデバイスにしても恭也のデバイスにしても、想定される運用上は2人だけで戦う時に使うにはほぼ不要なものだからだ。

 

 ただ、昨晩はそれをセレネはリンディを模すのに使用したのだ。

 元々セレネは結界魔法も得意なのだが、リンディが得意とするものとは若干分野が違う。

 特に広域の特殊な結界を展開するとなるとリンディの方が都合がいい。

 だからこそリンディを模したのだろうが、問題はその場にリンディがおらず、本来のスペックならあんな事はできない筈だった。

 これもまた大問題の1つで、それができてしまっていた確証がとれてしまうとそれはそれで問題になる様なものだった。

 

 

 ヴォルケンリッター、なのは、フェイト、恭也、セレネ。

 どれをとっても重大な問題で、しかし現段階ではこれ以上の進展は望めないものばかり。

 それでも何もしない訳にはいかないし、何もしない気などない。

 情報が足りないのならば集めればいい、アリサ達解析チームは動き続けていた。

 

 だが、1つだけ動かず、これ以上動けない問題もあった。

 

「そうだ、デバイスと言えば……」

 

 エイミィは最後の問題を思い出した。

 悲しみという感情と共に。

 

「ああ……」

 

 こちらはもう解っている事で、そしてもう何もできなる事はないと決まってしまったものでもある。

 どうしようもないこと、それはどうしたって存在するものだ。

 

「なのはとフェイトが目を覚ましたなら、私が持っていくわ」

 

「うん、そうだね、そうした方がいいよね」

 

 アリサとエイミィが見る先にはなのはとフェイトのデバイス、レイジングハートとバルディッシュがあった。

 2人が回収された際に預かっていたものだ。

 先の戦闘時の情報を採取さる為というのもあるが、それ以上にそれには必要な事があって、そしてもう―――

 

「それと、準備も必要か」

 

「え?」

 

 アリサは最後にそんな一言を付け加えた。

 エイミィの予想しなかった一言で、そのままアリサが行った行動もまた、目を疑うものだった。

 

 

 

 

 

 その頃 海鳴市住宅街

 

 昨晩戦闘があった住宅街を走る影がある。

 時間はまだ早朝で出歩く人も少ない時間だが、そもそも人とは関係はないかもしれない。

 走っている影は黒い猫。

 正確に言えば山猫だが、それを見分ける人はそれ程多くは無いだろう。

 

 何かを探して歩き回るその黒猫の正体は時空管理局執務官補佐 アリサ・B・ハラオウンの使い魔、モイラだ。

 上空で情報収集している戦闘局員と平行して地上での情報収集にあたっているところだった。

 

(被害はやはりありませんね。

 アレだけの事があったのであれば僥倖でしょう)

 

 昨晩の戦闘は結界の中で行われていたもので、外界、つまりはこの世界には影響しないものだ。

 ただ、その結界の破壊のされ方が異常だった為、最悪結界の中の世界同様に破壊されてしまいかねなかった。

 その影響は今調べた結果として、やはり皆無というものだ。

 中にいたアルフ達からの報告からすれば、これは奇跡に近い状況と言えた。

 

(そうなるとある程度多重結界の構築にはリンディ提督だったとしても時間を要した筈。

 あの時のあの方はいつからあそこにいたのでしょうか)

 

 そんな事を考えながらモイラは計測した情報を上空の戦闘局員にも転送する。

 この世界に被害が無かった事にはとりあえず安堵し、アースラには吉報となるだろうが、また問題が増えるのも事実だ。

 

(さて……)

 

 一通り調査を終えたモイラ。

 その最後にもう一度周囲を見渡す。

 しかし、やはり特別何かを見つけることはなかった。

 それはこの調査としては喜ばしい事なのだが、期待が外れた事にもなる。

 

(まあ、あるとは思えなかったのですが、でもどこかで期待はしていたのも事実でしょうね)

 

 探していたのはなんらかのメッセージとなりえる物。

 そう、恭也かセレネが残したものだ。

 アレだけの騒ぎがあったのだから何かを残す気でいるならその隙はあっただろうと、そう考えてモイラが猫の姿で探して回っていたのだ。

 だが結局何も見つからなかった。

 恭也の方は特に関わるなと言われた様なので期待は薄かったし、セレネにしてもアリサ達にそんなものを残すとは思えない。

 けれどクロノ宛になりえるものなら、などとも考えたのだがそれも外れた。

 

(そう簡単に答えは見つかりませんね。

 なら外から順に埋めるまでです)

 

 しかしモイラは落胆する事はない。

 直ぐにアースラへと戻り、アリサが行っている仕事を手伝うつもりだ。

 アリサに命じられるまえでもなく、自分の意思で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝、八神家。

 八神家ではいつも通りの朝の風景があった。

 はやてにとっては最近特に変わった事は起きていない、強いて言うなら友達になれそうな人に出会ったくらいの事なので、それも当然だろう。

 いつも通りの朝、いや毎日期待が増してゆく朝と言えた。

 いろんなものを失って、止まったかに思えた時間が動き出し、動き続けている。

 そんな気がしていた。

 

 ただ、動くというのは何も良い方向だけとは限らない。

 シグナムはそう感じずにはいられなかった。

 

「状態は?」

 

「変化無し。

 昨日帰ってきた後からは変わってないないわ」

 

 はやてとザフィーラが散歩に出た後の八神家のリビングで、シグナムとシャマル、ヴィータが集まっていた。

 議題は勿論昨晩本から出てきた恭也の事だ。

 昨晩は撤退の必要があった事と、拠点である八神家に着いた後はろくに動く事ができなかったので、シグナム達にとってもまだ解らない事だらけだった。

 ただ昨晩の撤退の際に恭也はまた本の中へと戻り、今もまだ本の中に居る。

 

「やっぱりこれは私達と同じ?」

 

「そうだな、その可能性は高いな」

 

 悲痛な表情のシャマルとヴィータに対して、シグナムは大凡無表情と言えるものだった。

 昨晩の戦いでも他の者が驚き自分を保つのも精一杯だった中でシグナムだけは冷静だった。

 元よりこれは予想されていた事だ。

 シグナム達にとっても最悪の事態に近しい事として。

 けれど、それにはまだ時間があると思っていた。

 確証などないけれど、そんな直ぐにはならないだろうと考えていたのだ。

 何をもってそう考えたかは本人達も感覚的なものとして、確かななものはない。

 それが裏切られた中、1人だけ違う感覚で居たのはシグナムという事になる。

 

「だがこれは準備段階という事だろう。

 まだ本の中に居るという事がそれを示している」

 

「そうね、まだ元の肉体が放棄された訳じゃないわね。

 あんな力の使い方は始めてみるものだったけど」

 

「そうだな。

 ……あの時、私達は少なくとも劣勢ではなかった。

 それでもあの様な使い方、あの様な形で恭也は本に使われた。

 外側の状況を含めて本は劣勢と判断したのかもしれない。

 近年の失態続きから見て、本が我々を信用しなくなったというのも考えられるがな」

 

「……そうだな。

 けどよ……いや、なんでもねぇ」

 

 本が信用していない。

 それについてはこの3人は否定する材料がないばかりか、肯定する要素しか持っていない。

 恭也がこの様な形で取り込まれている状況がそもそも自分達に原因があるとも考えられるだろう。

 しかしそれでも、と思う部分はある。

 確かに恭也は優れた戦闘力を持っているし、特殊といえる部類の力を持っているかもしれない。

 けれど近年出会ってきた中で明らかに群を抜いているかと言えば違うと思うのだ。

 何故恭也だったのかという疑問は尽きない。

 

「昨晩のあの状況、どこまで本が計算していたか解らないが、確かに効果的であっただろうな。

 あの半端な補修も、見た目として効果は高かった」

 

「ああ。

 あの女2人はもう駄目だろうな。

 あの力も気になるが、もう気にする必要はないだろう」

 

「ええ、今のミッドチルダがどれほど医療技術を発達させているかは解らないけど、少なくともこの戦いが終わるまでは無理でしょうね」

 

 恭也を議題に挙げる中で、当然あがるのは恭也が出た事で変化を起こした少女2人の事。

 これには医療に携わるシャマルを含め全員同意見だった。

 つまりは、あの2人の少女は再起不能である、と。

 恭也の知り合いにぶつかる事は当然想定していたが、この様な形になるのは流石に予想を遥かに超えていた。

 

 その為、今はほぼ忘れる事ができた。

 あの始まりの言葉も。

 

「シャマル、彼については解っていない事が多過ぎる。

 解析は任せるぞ。

 特に武器、デバイスの事が少々気になる」

 

「あの剣の様なデバイスね?

 ミッドチルダ式のストレージデバイスだとは思うけど、確かに変わってるわよね」

 

「それもあるのだが……」

 

 昨晩恭也が使っていたのは未知のデバイスだった。

 所詮一度しか戦った事のない相手なので、知らない物を持っていたとしても不思議ではない。

 しかしシグナムには引っかかる部分がある。

 シャマルの言う、ミッドチルダ式としてはおかしなデバイスというのも確かにあるにはあるが、シグナムが気になるのはそこではなかった。

 

(あの時の戦いでは一切使っていなかった。

 あの時の戦いは戦力を出し惜しみする様なところではなかったと思うのだが)

 

 当然、昨晩使ったデバイスがあれば、恭也はより有利に戦いが進んだかはまだ解らない。

 そもそも恭也の戦い方もその全容がまるで見えていないのだ。

 しかしここで気になるのは今本の中にいる恭也は昨晩使ったデバイスしか武器を持たず、シグナムと戦ったあの時使い、少女に託した剣を装備していない。

 本の力を使えば、大抵のものは複製してしまえる筈なのに、複製している気配もないのだ。

 本当に必要なもので、恭也の戦いに欠かせないのならば尚更の事の筈なのに。

 

「いや、ともあれ調べられる限り頼む」

 

「ええ、何とかやってみるわ」

 

「ああ、頼む」

 

 シャマルはシグナムが言いかけた内容を察する事はないだろう。

 たとえどれほど長い時間を共に過ごした仲間でも直接戦う者、そして恭也と直接戦っていないシャマルには察しろというには酷な話だ。

 だがシグナムも上手く説明できる言葉を用意できなかった。

 どの道それだけを調べる訳にもいかないのでそれ以上何も言わない事にする。

 

「味方の事が解ってないってのは問題だからな」

 

 ヴィータはヴィータでまた別のところを気にしているだろう。

 ヴィータも何か恭也には思うところがあると、シグナムはそう感じていた。

 

「ええ、そうね」

 

 とりあず今この場の話し合いは終わりとなった。

 主が散歩に行っているだけという短い時間でしかないというのもあるが、やはりまだ情報が少ない。

 本はシャマルが持って戻る事になった。

 ヴィータも部屋に戻って行く。

 その中で、シグナムはリビングに残っていた。

 

(味方、か)

 

 そして、最後にヴィータが口にした言葉を思い出す。

 

(最初からそのつもりだったからというのもあるだろうな、あの様な姿で出てきたのは)

 

 1人冷静だった理由。

 それは覚悟を決めていた事もあるだろうが、それ以上に恭也を剣を交えていた事で少しだけ理解があったからだろう。

 少しだけ、解る部分があったのだ。

 きっと、何か同じような部分があったから。

 

(どこまで彼女と折り合いをつけたのかは解らないが、あるいは―――

 ああ、そういえば、私はもう最初を覚えていないな……)

 

 その思考の最後に、何かを思い出しそうになったが、しかし、それ以上その事を考える事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼前 海鳴大学病院

 多くの患者が出入りする昼前の病院。

 そこに少し似つかわしくない姿があった。

 

「これ、見ておいて欲しい」

 

 診察室にもなっている部屋に今居るのは巫女装束の少女。

 それも頭には獣の耳と、後ろには尻尾を持つ少女だ。

 衣装からして似つかわしくなく、そもそも人間ですらない者。

 それが今病院の一室で医者と向かい合っていた。

 

 その少女は久遠。

 相手はフィリスだ。

 

「随分と細かい情報の資料ね」

 

 突然久遠が来訪してきた時はフィリスも流石に驚いた。

 病院の近くに来る事は前にもあったが、部屋に入ってくる事はまず無かったのに。

 久遠は普段狐として活動している事もあって、予防接種の必要があり、それが原因で病院には基本的に近づこうとしないのだ。

 当然獣の形態で動物病院ではない海鳴病院に近づくのは問題が多い。

 それなのに今日は事前に一報はあったものの、獣の状態で窓から入ってくるという事をしたのだ。

 

「うん、無理言って貰ってきたの」

 

 久遠が手渡したのは紙の束だった。

 久遠が見てもほとんど意味の解らない言葉が羅列される資料。

 それは昨晩見た恭也に関する情報だった。

 当然それはミッドチルダの技術で収集された情報であり、この世界にはない魔法による恭也への処置についても記載されている。

 本来そんな情報を部外者に見せる事、情報を持ち出す事自体が禁じられているが、事は恭也の生命に関わる事。

 リンディの許可の下でこの世界基準の言葉に書き換えた情報が作成され、持ち出す事が許された。

 

「……話には聞いていた重傷の状態を、何らかの形で補った状態、か」

 

「補っている力は多分専門家でも解析しきれないと思うの。

 正直、久遠もあまり希望の持てる状態ではないと思う」

 

 なのはも恭也の姿に暴走したくらいの状態だ。

 これで専門家であるフィリスが絶望してしまう可能性も考えられた。

 

「ざっと見ただけではなんとも言えないわね。

 でも準備はしておくわ」

 

「うん。

 多分まずはこっち側で処置は施す事になると思うけど、恭也はフィリスを頼るだろうから」

 

「そうね、多分そうなるでしょうね」

 

 久遠も恭也が可能な限り治療はフィリスの方で受ける様にしているのは知っている。

 もし今回救出に成功し、ミッドチルダなら治せる状態で、こちらの世界の技術ではそれが難しいとしても恭也はフィリスの治療を選ぶと考えられる。

 ならば事前の情報は多いに越した事はないだろう。

 助けられる可能性は極めて低いと考えていても、それを捨て去る事はしたくなかった。

 

「なのはちゃんの方はどうなの?」

 

「なのはは……」

 

 フィリスは資料から1度目を離し、話を変えてきた。

 なのはの状態については既に情報を送っていた。

 フィリスにとっては今ではなのはも患者の1人なので、当然といえば当然だろう。

 しかし既に伝えている情報が全てで、それ以上の事はなく、ここへ連れてくる事はないと考えていた。

 それはフィリスも解っている筈で、ならば今聞いているのは今後の話になるだろう。

 

「まだ解らない」

 

「そう。

 私はあの子についてはあまり知らないわ。

 だから、桃子さんと貴方に任せるしかないわ。

 そっちは専門外でもあるし」

 

「……」

 

 フィリスは医療の中では多数の分野の知識と技術を持っている。

 だから普通に聞けばここは精神的な治療の事を指しているのだろう。

 でも、それだけではないかもしれない。

 なんとなく久遠はそう思えた。

 そもそも、今のなのはに必要なのは何だろうか。

 

「とりあえず資料は貰うわね。

 準備もしておく」

 

「うん、お願い」

 

「それと―――」

 

 久遠は立ち上がって移動の準備を、窓から外へ飛び出す体勢に入った。

 その背に、フィリスは最後に一言付け加えた。

 

「うん」

 

 その言葉を聴いて、久遠は少しだけ気分が軽くなった気がした。

 状況は全く好転していない、それでもまだやるべき事は残っていて、終わった訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 その日の夕刻

 人が戻り始めた高町家に来客があった。

 家の前に止まる車から、来たのが誰かは明らかだった。

 

「来てくれたのに、ごめんなさいね、なのはまだ眠ったままなの」

 

「そうですか……

 顔を見てもいいですか?」

 

「ええ、部屋で寝てるから」

 

「では、失礼します」

 

 玄関先で迎えた桃子の許可を取り、なのはの部屋にやってきたのはすずかだった。

 恐る恐るという感じでなのはが眠るベッドの横までやってくる。

 

「なのはちゃん……」

 

 話は久遠から聞いていた。

 朝突然やってきて、簡単に事情を説明されている。

 すずかは直ぐになのはに会おうとしたが、忍に止められ学校に行ってからという事になったのだ。

 すずかはなのは達3人が同時に休むのを少しでも怪しまれない様にと自分に言い聞かせていたが、やはり気が気ではなかった。

 

「なのはちゃん……」

 

 重ねて、すずかはなのはの名を呼んだ。

 しかしなのはは答えない。

 眠っているのは解っているし、それにすずかは目を覚まして欲しい訳ではなかった。

 

「なのはちゃん、こんな姿になって……でもなのはちゃんが帰ってきてくれてよかった。

 私、なのはちゃんまでいなくなったら……」

 

 なのはは恭也を探しに出てこうなった。

 ならば恭也の最後を見たすずかは責任を感じずにはいられない。

 恭也の事について、誰もすずかを責めなかったし、なのは達はすずかが原因などと考える事はないだろう。

 けれど、それでも大切なものが失われてゆく絶望にすずかはただ怯える事しかできていない。

 

「なのはちゃん、できる事なら、もう……」

 

 その後の言葉をすずかは口にできなかった。

 してはいけないとそう思えたから。

 けれど、それは間違いなく今のすずかの気持ちだった。

 

「……また……またね、なのはちゃん」

 

 できればずっと傍にいたかったが、そういう訳にもいかない。

 それに、居られる筈はないとすずかは自分で思っていた。

 すずかは部屋を出て桃子に学校からの連絡事項を伝えて高町家を出た。

 その去っていく背に、止める手も言葉も今は出る事はなかった。

 

 

 

 

 

 夜

 夕食の時間も過ぎた頃、席を外していた桃子がなのはの部屋に戻ると、そこにはベッドで身体を起こしたなのはの姿があった。

 

「なのは、起きたの?」

 

「……」

 

 だが桃子が声を掛けても反応はなく、目に生気も感じられない。

 ただ昏睡の状態からは脱した、それだけなのかもしれない。

 

「おなかすいたでしょう、食事を持ってくるわね」

 

 なのはの状態に桃子は戸惑う事もなく、そういって再び部屋を出る。

 やはりなのはは何の反応も見せる事はなかった。

 

 その後、なのはが目覚めた事は皆に伝わったが、状態が状態だけに、見舞う者はなかった。

 いや、正確には少し違うのだが、意味としては同じだろう。

 

 桃子は夕飯の残りと、おかゆを作って戻ってくる。

 食欲をそそる匂いがするが、それではなのはの心を誘う事はできない。

 

「はい、なのは」

 

「……」

 

 なんの動きも見せないなのはだが、桃子が食べ物を口に運んでやると、それを口にして飲み込みはする。

 食事についての重要性を身体に染み付く程に教えてもらっていたからだろうか。

 心はここに無いという状態でも食べる事を放棄する事はなかった。

 

「……」

 

 とりあえず食事はする。

 それについては安堵する桃子だが、しかしそれができるという事、それを教えたのが誰かというのが点が気に掛かる。

 それが良い方向に動いてくれるか、悪い方向に加速するか、それとも無意味となるか。

 それはまだ解らない。

 

「はい、今日はもう遅いわ。

 休みなさい」

 

 最後に口の周りを拭いて、桃子はなのはに眠る事を促す。

 今はまだ昏睡状態から脱しただけの状態で、身体に疲労は残っている。

 髪の色も戻っていなければ、魔力もまだ回復していない。

 食事はとったので後は睡眠をとるだけだ。

 それが必要だと判断しての事か、なのはは程なく再び眠りについた。

 ただ静かに。

 

「お休みなさい、なのは」

 

 それを見守ってから桃子は部屋を出るのだった。

 

 

 

 

 

 ハラオウン家

 時間は深夜と言える時間になろうとする頃、フェイトの寝室を訪れる者がいた。

 

「お邪魔するよ」

 

「クロノ、戻ってたのかい?」

 

 迎え入れたのは付きっ切りの看病をしていたアルフだ。

 アルフなら魔力なり匂いなりでドアの外に居る人物くらい特定できるのに、直前までアリサかエイミィだと思っていた。

 この家の者で後居るリンディとクロノはその役職上、今はとても見舞いには来れないと思い込んでいたからだ。

 

「ああ、仮眠をとりにね」

 

 ただ、やはり手が空いたという訳ではない様だ。

 しかし仮眠をとる為だけにこちら側に来たというのも考えにくく、何か他に理由があるのだろう。

 ともあれ、今ここに居るのはフェイトの見舞いだ。

 

「様子はどうだい」

 

「さっき1度目を覚ましたよ。

 軽く食事をして、また眠ったけど」

 

「他にはなにも?」

 

「ああ。

 一言も喋らなかった。

 正直、こんなフェイトを見るのは私も始めてだよ」

 

「まあ、そうだろうな」

 

 アルフの話をクロノはただ冷静に受け止めていた。

 特に驚く事もなく、嘆く事もなく。

 クロノはその立場上、フェイトやなのはの事はある程度戦力として計算している筈だ。

 家族としても接しているフェイトは特に複雑な心境だろうが、それが表に出る事はない。

 

「僕が言うまでもないだろうが、任せるよ、アルフ。

 今は君しかいない」

 

「ああ、解ってる」

 

 クロノは1度眠っているフェイトの顔をなでた後、そう言葉を残して部屋を後にした。

 1度フェイトに触れるという行動は見せても、心の底はやはり見せてくれない。

 それは立場上の問題か、それとも別の何かがあるからか、まだアルフには解らなかった。 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

 早朝、なのはは目を覚ましていた。

 まだ意識ははっきりしない、いや正確には心が定まらない状態で、ただ起きているだけという状態。

 習慣として目は覚めたものの、行動できる状態にはない。

 ただ声だけは聞こえてきた。

 

「朝食の準備はこれでしまいや」

 

「そうだな、今日も皆ばらばらだけど」

 

 レンと晶の声だ。

 1階から階段を昇りながら会話をしているらしい。

 

「今日はどの辺を回るかな」

 

「うちは住宅街中心でいくわ。

 公園のあたりに行けば人もおるやろうし」

 

「とりあえず俺達は数で稼ぐしかないからな」

 

 何をしているか、具体的な言葉は出てこなくとも、行動をしている事は解る会話。

 今のなのはにはそれを考える事はできないが、言葉は聞こえていた。

 

「そういえば、美由希ちゃんは今日も道場か」

 

「せやな、昨日もやったし、ずっとやろうな。

 食事とかで家には入っている様やけど」

 

「あれはあれで過酷そうだな。

 とりあえず、俺は俺達でできる事をするしかない」

 

「言われんでも解っとる。

 ほら、さっさと出る準備にはいらんか」

 

 その後、2人が家から出るのが気配で解る。

 何をしに行ったのか、なのはは思考が停止していて考える事もしない。

 ただ、それでも―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼前 ハラオウン家

 今日もフェイトは一言も発する事はない。

 ただ食事だけはなのは同様にちゃんととってくれるので、その点だけは安心できる。

 身体の方が先に弱りきってしまう可能性は低くなる。

 とりあえず昼食もとった後、アルフはその後片付けをしていた。

 

「アルフ」

 

 その背に声が掛かった。

 振り向けばそこにはアリサが居た。

 若干疲れているのは見て取れるが、それはアルフだから解るものだ。

 それ以外は大凡いつもどおりのアリサだった。

 

「アリサも休憩に戻ってきたのかい?

 食事は直ぐ用意できるよ」

 

「いえ、それは後でいいわ。

 それよりフェイトは?」

 

「今は寝てるよ」

 

 あれから2晩経過した事になるが、2人の体調は全快には程遠い。

 例え2人の精神状態が万全でも後2日は掛かるだろう。

 それもあって、まだ殆どフェイトは眠った状態だ。

 起こせば起きるだろうが、急ぎの用がなければすべきではないだろう。

 アリサの聞き方から、アルフは見舞いかなにか、そう急ぎの用事ではないと思った。

 

「そう。

 じゃあ先になのはの方に行きましょう。

 ちょっと車を回して頂戴。

 それまではエイミィに見ていてもらうわ。

 大丈夫、直ぐ戻ってくるから」

 

 アリサの反応は半分アルフの予想通りだった。

 しかし、どうやら少なくとも見舞いではないらしい。

 本命がなんなのかは、アルフはアリサからは感じ取る事はできなかった。

 

 

 

 

 

 高町家

 アルフの運転する車で高町家までやって来たアリサ。

 既に皆出かけて桃子となのはだけとなっていた。

 桃子と少し話した後、なのはの部屋までやってくる。

 アルフも一緒だったが、アルフは雰囲気を読み取って部屋の外で待機する事にした。

 

「なのは、起きている様ね」

 

「……」

 

 アリサが部屋に入って目にしたのは、ベッドで上半身だけ起こしているなのはの姿だ。

 だが今のなのははアリサも知らない姿。

 全く生気のない状態で、アリサの言葉に返事もなかった。

 しかし、アリサはそんなのはを見てもさしたる反応を見せなかった。

 

「なのは、これを渡しておくわ」

 

 アリサは返事もないなのはに、半ば持たせる様に手にしていた物を渡した。

 それは小さな球体。

 しかし今はひび割れ、ただ死の時間を待つだけのもの。

 それはなのはのデバイス、レイジングハートだった。

 

 レイジングハート、そしてフェイトのバルディッシュは先の戦闘の際に大破した。

 許容を遥かに超える力、それも時空管理局でも解析不能とした未知の力を使われた為だ。

 2人のデバイスは最後まで2人の力を受け止め、形とし、その結果として死に瀕している。

 レイジングハートとバルディッシュはインテリジェントデバイス。

 その高精度さ故に、壊れたら部品を交換すれば済むという話では済まされない事がある。

 今回の故障はその域に達した。

 

 ただまだ生きてはいる。

 だが時空管理局ですら手の施しようが無いとし、次使おうとするか、もしくは後数日と持たずして完全停止し、死に至るだろう。

 むしろまだ生きているのが奇跡と呼べるものだった。

 同時にそれは、今の恭也の状態と被る部分の多い、皮肉とすらとれる状態でもある。

 

 そんな状態となったなのはの杖を、アリサはなのはへと返した。

 状態についての説明はしない。

 

「今日の用件はそれだけよ。

 じゃあね」

 

 アリサはただそれだけを言って部屋から出た。

 慰めの言葉も、叱責もなく、敵の事もデバイスの事も何も告げずに。

 後にはただ、惰性の様にレイジングハートを握るなのはだけが残された。

 

 

 

 

 

 帰りの車の中、アルフとアリサは微妙な空気の中にあった。

 どうあっても現状では軽くならない空気だが、それでも何かが違う。

 

「どうしたの、言いたい事があったら言った方がいいわよ」

 

 先に口を開いたのはアリサだった。

 後部座席から運転席のアルフの背に言葉をかけた。

 

「じゃあちょっと聞きたいんだけど。

 なんで何も言わなかったんだい?」

 

「それはなのは自身の事に対して? それともデバイスの事?」

 

「どっちもだよ」

 

 アルフはアリサの考えが解らなかった。

 アリサとなのはの仲の良さは誰から見ても明らかだし、アルフ達だからこそそれが如何に深いか知っている。

 それなのにあそこまで消沈しているなのはに、死に行くデバイスまで渡して、アリサは何も言う事はなかった。

 下手な慰めは逆効果だとか、そういうものではなく、何もだ。

 何かを言うそぶりすら見せなかったのは、アルフには不思議でならなかった。

 

 そして、それはこの後フェイトにも同様だろうと予想する。

 フェイトは今寝ていたから後回しにされただけで、バルディッシュがもう手遅れだという事は既にアルフも知っていた事だ。

 

「その問いの答えなら1つよ。

 『知っている』から」

 

「知っている?」

 

「そうね、『経験している』と言い直してもいいわ」

 

「経験……か」

 

 アリサはこの年にして既に時空管理局でも重役に着く程の実力があり、それなりの経験も積んでいる。

 それにアリサの家族の話はそれなりにアルフも知っているつもりだった。

 なのはの心、つまりは恭也についての経験も似たような事は前にあったのだろう。

 ならば後は―――

 

「本当は、フェイトの傍に居るべきはリンディかクロノでしょうね。

 まあ、高町家との対比で考えての話だけど」

 

「それは―――」

 

 アルフでは駄目だという訳ではない。

 ただアリサが見るこの先の事を考えたとしての話だ。

 高町家はそう言う意味では誰でも良いと言える程なのだ。

 アルフとフェイトの2人は条件を満たしている様で、しかし足りない部分がある。

 

「それと、私の今のデバイス、サウザンドリンカー。

 この子は3代目よ」

 

 更にアルフが知らない情報を、ここでアリサは口にした。

 なのはにも教えていない、教えるつもりなどなかった情報だろう。

 アリサは今の地位からも解る通り、天才と呼ばれ魔力も極めて高く、その成長速度も凄まじいと表現できるものだった。

 その為、並のデバイスではアリサの魔力についてこれずに、アリサ用として作られたデバイスでもその成長速度について行けずに壊れて行った。

 今アリサがストレージデバイスを使っているのは、インテリジェントデバイスを使った経験の上での選択でもあったのだ。

 

「……そうだったのか」

 

 なのはやフェイトが自分のデバイスをパートナーとして大切にする様に、アリサも当然デバイスを大切にしていた筈だ。

 それはアリサの言葉、デバイスを『子』と言ったり、『何代目』だという言葉の選び方からも解る。

 そんなパートナーとの別れを既に2度経験している。

 そんな事アルフは考えた事もなかったし、それはなのはやフェイトでも同じかもしれない。

 

 ふとミラーで後部座席を見たアルフだったが、アリサは窓の外に視線を向けていて、その表情を見る事はできなかった。

 ただアルフが思う。

 帰った後、フェイトにもなのはと同じ様に黙ってデバイスだけ渡して去るのだろう。

 そして、それがアリサが考える最善なのだろう。

 経験した者にしか解らない何かがある。

 その上で考える。

 自分が今出来ること、何をすべきなのかを。

 

 

 

 

 

 アリサが帰った後の昼。

 一応起きてはいるなのはに、桃子は昼食を食べさせていた。

 まだ言葉を発する事なく、桃子はただ食事を口へと運ぶだけ。

 ただなのはの手にはアリサが置いていったレイジングハートが握られたままだ。

 それがアリサがそうさせたからなのか、なのは自身の意思かは定かではない。

 

「……」

 

 桃子は詳細は知らずとも、それがなのはにとって大切なものであった事は解る。

 そしてそれが始まりであった事も、なのはがレイジングハートを持ち始めた時期を考えれば予想がつく事だ。

 それが今、なのはの手の中で死を待っている。

 それもその原因は言ってしまえばなのは自身によるものだ。

 その情報は桃子にはないが、どちらにせよ今のなのはにとってはあまり良い影響を与えないものだろう。

 だがそれでも桃子はなのはの手からレイジングハートを取る事はなかった。

 

 そうして、今回の食事も終わる。

 その最後、桃子は去り際になのはの頭をなでて告げた。

 

「いいのよ、なのは。

 ここはあなたの家、帰る場所ですもの。

 だからいいのよ」

 

 ただそれだけ、なにが良いのかを口にしないまま桃子は部屋を後にした。

 聞こえているかも怪しい言葉。

 しかし、なのははここに居る。

 だからこその言葉。

 なのははやはり何の反応も見せる事はないが、言葉はここにあって、なのはには聞こえていた。

 

 

 

 

 

 その頃 八束神社

 

 普段からあまり人の来ないこの神社に、今日は珍しい人物の姿があった。

 今居る人物は2人。

 1人はここで巫女のバイトをしていて、先ほどまで境内の掃除をしていた那美。

 そしてもう1人は、

 

「やあ、悪いね、こんな時間にこんなところで」

 

「いえ、私達の方こそ集まれずにすみません、リスティさん」

 

 警察への協力者として、今も事件を追っているリスティだ。

 現在は那美達もリスティに協力している形だが、している調査が専門性が高い為、動きは独立している。

 その中で、昨日久遠から重大な情報が寄せられたのだが、集まる事はできなかった。

 一応関係者全員に話は伝わっている。

 

 久遠が報告したのは主に現状の恭也の状態だ。

 しかし、その中には更に重要な情報があった。

 それは久遠が犯人に接触する方法を試し、成功させたという事だ。

 

「それで、詳しい話は聞けたのかい?」

 

 今回の事件はまだ犯人像すら解らないのが警察側のおかれた現状だった。

 恭也が独自に接触し、しかし帰らなかった事で、犯人は存在し、且つ下手をすればリスティ達が関わってはいけない相手である可能性も出てきた。

 恭也が犯人と接触できた理由は、大凡見当がつきつつも、リスティ達では再現できない事だ。

 それに対して久遠の方はそうではない。

 そこが重要だった。

 

「ええ、大体は。

 一番重要なところははぐらかされちゃいましたが、あの様子だと、久遠も言いたくても言えない情報なのでしょう」

 

「一番重要なっていうと?」

 

「今回久遠がとった方法は、札による場所の特定です。

 ある力を検知して警報を発する、極単純なものですが、何を検知していたのかが解らないのです」

 

「なるほどね。

 久遠がそれを知っていた理由はまあ、やっぱり情報提供者が居るって事だな。

 まあ、それは言っても仕方ないか」

 

 当然リスティ達もリンディ達が怪しい事は解っている。

 だが少なくとも今はまだリンディ達に事情を聞く理由が無い。

 怪しいというそれだけで彼女達を疑ってかかる事はできないのだ。

 それに久遠でも話せないのだから、彼女達にすれば尚更な事になる。

 もしリンディ達から話を聞くとすれば、彼女達でも逃げられないくらいの状況にしなければならないだろう。

 

「それは今はいいや。

 それで、情報があれば再現できるって事でいいかな?

 

 今重要なのはそこだ。

 確かに今リスティ達が持っている情報は少ないが、方法があるというのは大きな違いだ。

 そして、その方法が見つかるなら、必要な情報の集める方向に動く事もできる。

 

「はい。

 こちらでも情報は収集していますから、いずれは。

 尤も、全く同じ方法は既に知られているので、対策を取られている可能性が高いですから、なんらかの改良もしないといけませんが」

 

「それは任せるよ。

 月村と連携してくれ」

 

 恭也の事は気になるが、状況が進展し、道筋も少し見えかけたところだ。

 だからそれはよい事の筈だった。

 しかし、どうもリスティの表情は暗い。

 恭也の事も当然あるだろうが、それとはどうも違う様だった。

 

「どうかなされたんですか?」

 

「ん? いや、ちょっとね。

 今日から新しい奴がこの件の調査に加わってね。

 海外から派遣されてきたんだが……ちょっとね」

 

「ちょっと、ですか?」

 

「ああ。

 ま、気にしないでくれ。

 そっちは今まで通り動いてくれればいい」

 

「了解しました。

 何かあったら言ってください」

 

「ああ」

 

 結局詳しい話は聞かない那美。

 教えてくれないだろうというのもあるだろうし、那美では力になれないだろうというのもある。

 しかし今回はリスティに任せるという意味合いが大きい。

 リスティは何か考えている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八神家

 

 はやてとザフィーラ、ヴィータの3名が夕飯の買い物に出たタイミングを見て、リビングではシグナムがシャマルから経過報告を受けていた。

 報告内容は勿論恭也の事についてだ。

 

「正直まだ不明な点が多いわ。

 というより、まだ上手く読み取れない部分があるの」

 

「読み取れない?

 呼び出すレベルになっているのにか?」

 

「ええ……こういったやり方の前例がないからはっきりした事は言えないけど、でもやっぱり変よね」

 

 しかし、2日経過した今も状況はあまり進んでいなかった。

 取り込んだ当初なら兎も角、既に利用までしている現状ですら、何故かデータの一部は不明となった状態が続いているのだ。

 解析能力に長けた『書』としては異常な事態ともいえた。

 

「そうだな。

 それで、不明な場所は?」

 

「主に経歴の部分ね。

 それと戦闘データに関してが穴あきだらけ。

 経歴の部分はまあ、それほど支障はないと思うけど」

 

「経歴、か……」

 

 シャマルはさほど気にしていない様だが、シグナムは少し違った。

 気にかかる、という程度であるが、そこには何か答えがある気がしたのだ。

 だがどの道解らないのでは仕方が無い。

 

「まあ、この本でも解析が追いついていない部分については置いておくしかないだろう。

 それより解っている部分をまとめよう」

 

「ええ、そうね。

 まず、戦闘のスタイルだけど、やっぱり近接戦闘型みたいね。

 魔力ははっきり言って無いに等しいくらい低いけど、その魔力の特性もあいまってか、隠密性能が極めて高いわ。

 最初の接触でヴィータが不意打ちを受けたのはそこら辺が関係していると思うわ」

 

「極めて、か」

 

「ええ、極めて。

 暗殺とかする気があるなら私なら気づく前に殺されていると思うわ」

 

「ほう、お前でもか」

 

 シャマルは本来戦闘を得意とする魔導師ではない。

 しかしその分補助の類の能力に優れ、ヴォルケンリッターの中ではサーチ能力、つまりは敵の接近に気づける能力もある。

 戦闘が始まってしまってからなら危機管理能力の違いもあってシグナムやヴィータの方が上だが、平時の広域探知ならシャマルの方が圧倒的に上だ。

 それ専門ではない為、精度としては自慢できる程ではないが、それでも今まで培ってきた経験から敵の接近にはそれなりの確率で察知する事ができる。

 そんなシャマルでも気づけないと言い切るとなればシグナムも警戒せざるを得ない。

 

「でも肝心の実際戦闘に入った際の立ち回り方とかが解らないわ。

 これはシグナムやヴィータの方がむしろ解るんじゃないかしら」

 

「確かに恭也は魔力は低いが、あの戦闘能力は侮れない。

 今まで戦闘といえば魔力が高い事が前提となっていたから、もしかしたら本の方も戸惑っているのかもしれないな」

 

 正直シグナムはこれほど魔力の低い相手にああも苦戦したのは驚きだった。

 魔力が全てとは言わないが、それでも必要なものだったからだ。

 それをデバイスは不調だったとはいえ破壊され、追い詰められていた。

 あのまま戦っていたらどうなっていたか、それも知りたいところではあるが、本はその答えを示してはいなかった。

 

「書き表し方に困っているという様な? まあ、確かに考えられない事ではないわね。

 後、解っているといえば解っているけど、よく解らない事があるの」

 

「なんだ、それは?」

 

「デバイスの事よ」

 

「先日使っていた魔力の刃を出すデバイスの事か?」

 

 あの日、恭也はシグナムと戦った時に使った武器を使わなかった。

 それどころか、シグナムとの戦いには姿を見せなかったデバイスを見せたのだ。

 その事はシグナムも気になる部分だった。

 

「ええ。

 あれ、どうもベルカのカートリッジシステムを変な改造した様な物で低い魔力を補って刃を維持しているみたいなのだけど。

 なんというか、作りに違和感があるのよ」

 

「どんなだ?」

 

「確かに低い魔力だから、予め魔力を貯めておくのでしょうけど、効率がすごく悪いの。

 彼の魔力じゃカートリッジを満タンにするのに数日は掛かるのに、維持できる時間は最大でも数分。

 それなのに予備のカートリッジと即時交換できる様になっていないのよ。

 ミッドチルダがこの程度の技術しかもって良いない訳ない筈なのだけど」

 

「短時間の戦闘しか考えていないというのは考えられるが、予備カートリッジを持たないというのは不可解だな。

 ……いや、これは我等がベルカ式カートリッジシステムを使っているからこその固まった発想というのもあり得るな」

 

「これがメインで使う武装でないというなら解るのだけど、シグナムが言っていた金属製の剣を持っている様子はないのよ。

 作っている途中という風にも見えないし」

 

「そうか……確かに解明ができている様でいて解らない事だらけだな」

 

「とりあえず、カートリッジは私がフルにしておくわ」

 

「ああ、頼む」

 

 ここでシャマルはさらっと告げ、シグナムもそれを当然として返した言葉、『私がカートリッジをフルにしておく』というもの。

 この場にもしベルカ式カートリッジシステムを知る魔導師がいたなら耳を疑っただろう。

 魔法は普通、自身の術式と自身の魔力があって成り立つ。

 他者の魔力を使う、共同で魔法を組み上げる事も当然できるが、それはそう言う前提の魔法だからだ。

 その人の魔力にはその人の特性が存在し、人それぞれ同じ魔力は無いとされている。

 その為、シグナム達の様に汎用とはかけ離れていると言える程に自分自身の魔法を主に使っている場合だと、他者の魔力では場合によっては起動すらしない。

 機能を特化させたアームドデバイスを使用している事も大きな要因だが、デバイスごと入れ替えたとしても同じ事だ。

 

 例えばシグナムの魔力を充填したカートリッジが装填されたレヴァンティンをヴィータが持ったとしても属性や特性の違いからシグナムの魔法は同じ様には使えない。

 魔法によっては使えるものもあるが、大きく威力も効率も落ちる事になるだろう。

 魔法を威力となる分の魔力は適正でも、起動させる為の魔力が違えば回路が動かず破綻しかねない。 

 

 当然、互いに共用できる魔法もあるだろうが、その為に他者の魔力の入ったカートリッジを持ち歩き、デバイスに他者の魔法を記憶させるのは運用上難しい。

 持ち歩けるカートリッジにも、デバイスの容量も無限ではないからだ。

 

 と、そんな理由があり、普通は他者が他者のカートリッジを満たすメリットはとても低く、殆ど行われない事だ。

 それも戦い方が良くわからない恭也相手となれば尚更だろう。

 

 しかし、その事情はヴォルケンリッターでは違った。

 シャマルは医療技術を持つ魔導師であり、リンカーコアを遠隔で摘出できるという特技を持つが、本来ヴォルケンリッターにそんなものは不要なのだ。

 遠隔でリンカーコアを摘出する技術ならコピー、応用がきくし、それようのデバイスも組み上げられる。

 そして医療技術に関しては、本の力で傷などは身体を丸ごと再構築してなかった事にすらできる。

 当然そのコストを考えれば医療技術者は居るに越した事はないが、その為だけにシャマルがヴォルケンリッターとして居る理由はない。

 他に医療も戦闘もこなせる魔導師などいくらでも居たのだ。

 

 そんな中でシャマルがヴォルケンリッターの一員となれたと言えるのだがこの長い年月を旅するこの本といえどもレアな存在とした技能。

 自分の魔力を他者の魔力の特性に近づける事ができる特殊能力だった。

 それは無から他者の魔力を作り出す訳ではなく、他者の魔力に自分の魔力を注ぎ、相手の特性に染めて、相手の魔力を水増しする様なイメージだ。

 シャマルは『湖の騎士』と呼ばれる主に水属性の魔法を得意とするのもあるが、その中でも極めて特異な能力だった。

 本来なら水増しと言えるとおり、純粋な相手の魔力の特性はやや崩れるし、薄くなるのだが、本の力を借りればほぼ100%の複製ができる。

 これはヴォルケンリッター内部でだけできる事だが、直接戦闘に参加する事がほぼない位置である事もあってシグナムとヴィータは大いに助かっている。

 この魔力も本来なら本から直接補充もできるのだが、やはり大体の場合本にそんな余裕はないのもあって活用される場面が極めて多い。

 

 極めてレアな能力で、医療技術を持つ優秀な魔導師。

 それが本がシャマルを使い続ける理由だろうとヴォルケンリッター内では考えていた。

 

「しかし、結局解らない事だらけか」

 

「ええ。

 取り込みまでしているのに解析できていないなんて妙なんだけど」

 

 情報不足ではっきりとした事が解らないのなら兎も角、それそのものがここにあるのだ。

 いくらでも情報の再取得ができるな状況にありながら解らないというのは、特別な理由がある筈だった。

 

「闇の書とまで呼ばれ、恐れられるロストロギアがな。

 恭也が何か身を守る類のロストロギアでも持っていたのなら話は変わるのだろうが」

 

「まさか……解析を一部分だけ阻害するなんて、そんな妙なロストロギア聞いた事無いわ。

 でも考えてみれば、この星にはジュエルシードが着てたのよね。

 ジュエルシードならあるいは―――」

 

 シグナム達がこの街に拘っている理由でもあるジュエルシードの存在。

 その効力からも、一応今の状況はあり得るだろう。

 ただ、

 

「いや、まさか」

 

「そうよね、まさかよね」

 

 2人はそれは無いと結論に至る。

 あのロストロギアの手中に収めるなど考えられないのだ。

 それくらい悪名高き存在。

 そして、ロストロギアの力の大きさと厄介さは身をもって知っているからこその結論でもあった。

 

「ともかく、恭也はまた戦う事になるだろう。

 調査は続けてくれ」

 

「ええ、解ったわ」

 

 ヴィータとザフィーラの居ない間の話はそれで終わった。

 解らない事だらけながら、いろいろなものが動いている、そんな感じがする。

 それは今後も同じ事で、見えるのはせいぜい足元で、一歩先すら解らない事が殆どだ。

 それでも、シグナムは立ち止まる事を選ぶなどできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕刻

 普段のこの時間なら夕食の準備をする晶かレンはいるし、他のメンバーもだいたい帰宅している頃だ。

 しかし、今日は庭の道場に居る美由希を除いてだれも居ない。

 桃子も翠屋とフィアッセの所に顔を出しに出ているところだった。

 静まり返った高町家。

 

 その中で動く気配があった。

 だが美由希ではない。

 しかし美由希が動く必要はないと判断し、動いていない。

 つまりは家の者、残る1人。

 ―――なのはだ。

 

 なのはは大凡2日ぶりにベッドから起き出していた。

 ただその足取りは酷く不安定で、幽霊かと思うほどに儚げだった。

 

「……」

 

 なのはがベッドから出てやってきた場所、それは1階の和室。

 恭也の部屋だ。

 主の居ない部屋、普段から中に入る事も稀な場所ではあるが、訪れる事は少なくない場所だった。

 なのはは習慣として、一度襖を叩いてから開ける。

 

「……」

 

 やはり不在。

 当然だろう。

 恭也があの状態で帰ってこれる筈もない。

 そして現状から考えればそれは永遠のものとなる。

 

 そんな場所をなのはは訪れ、中に入ってみた。

 まだ意思の定まらぬ瞳で部屋の中を見渡す。

 正直言って物の少ない、殺風景な部屋と言えるだろう。

 押入れと更に奥の隠されたスペースには鍛錬につかうものだったり本物の武器だったりが多量に隠されてはいるが、それだけだ。

 

 そんな部屋の中で目に付いたものがある。

 机の上のノートだ。

 なのははノートの前までやってくる。

 そこまで来て目に入ったのは机の上の本、そのタイトル。

 スポーツ学書だったりする本の数々、その中で目に付いたのは女性生理学等の女性を対象にしたものだ。

 正確には女性のスポーツ選手を育てる上で必要な教本と言えるだろう。

 それは主に美由希の為に揃えたものだ。

 

 それを見てからなのははノートを手に取った。

 普段なら兄とはいえ他者のノートを勝手に開けるなど、なのはにとってあり得ない行動だが、今はそれを抑制するものがなかった。

 ノートを開けると見られるのは先の本の内容を纏めたものと、同時に美由希の事だった。

 それを見ればどれ程兄恭也が姉美由希を想い、剣を教えていたかが解る。

 

 大体のページがそれで埋まっているし、見ればノートは1冊ではない。

 多数ある内の比較的最近のものという事になる。

 それでも使い込まれた、何度も見返してきた事がその本の損耗ぐあいで見て取れる。

 そんなノートの中で、最後の方にはなのはの事も書かれていた。

 更にはこのノートは最新のものではなく、その後からは美由希のものとなのはのものとでノートが分かれていた。

 

 なのはは恭也の弟子という訳ではないが、恭也の教えを受けて半年。

 そう、まだ半年だ。

 それなのに既になのは用のノートも数冊を数え、今後のなのはをどう鍛えていくかが記されてた。

 この世界のものだからか、魔法の事は隠語で少しでる程度だか、逆に言えば魔法を抜きにした事だけでもこの量という事になる。

 

 考えた事がなかった訳ではない。

 ただただ恭也の言う事を聞くだけで過ごしてきた筈はない。

 けれど―――いや、やはりというべきか、その考えも甘かったのだ。

 

「おにーちゃん……」

 

 大凡2日ぶりに、なのはの口から言葉が出る。

 そして同時になのはの頬に何かが零れる。

 その零れた物を意識した時、なのはは自分の手にあるものを思い出した。

 ひび割れ、死に掛けているレイジングハート。

 最後までなのはに付き合い、なのはが壊したなのはのパートナー。

 

「レイジングハート……ごめんね……ごめんね」

 

 その名を呼び、ただただ謝り。

 その後でなのはは泣いた。

 この2日分が一気に溢れた様に、大声をだして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜 なのはの部屋

 

 家族も寝静まった時間、なのはの部屋の窓が開き、入ってくる影がある。

 それは小さな狐の姿で、次の瞬間には光と共に少女の姿に変わる。

 久遠だ。

 昨日からずっと各所への説明と、フォローの為に出ていたが、やっと戻ってくる事ができた。

 なのはがこんな状態である事を考えれば心情的にもそうだし、護衛という意味でも傍に居たかった。

 やっと久遠にしか出来ない事を終えて戻ってきたのだ。

 

「……」

 

 久遠が見るとなのはは眠っていた。

 久遠が聞いていた話では、一応目覚めてはいるが、一言も言葉を発する事のない人形の様な状態だという。

 大切な人を失う、その光景を目の当たりにするというのは久遠にも経験がある。

 久遠の場合は暴走という形をとり、なのはとフェイトも似たようなものだと言えた。

 

 久遠との違いは、その時の被害は事実上無いといえる状態に抑えられた事。

 そして恭也は一応にもまだ生きているというところだろう。

 希望を持つにはあまりにもか細い光である上、レイジングハートも同じ様な状態。

 この先、なのはがどうなるかは久遠にも予想がつかない。

 

(なのは……)

 

 今は安らかに眠っているだけのなのは。

 ただそれだけを見る分には不幸な部分は見えない。

 このまま安らかに眠れるだけなら、むしろ幸いなのかもしれない。

 

 けれど時は止まらない。

 歯車は動き続けていた。

 

「っ!」

 

 実際の音は無い。

 しかし久遠にだけ解る信号がその場で発せられていた。

 それは久遠が持つデバイスからだ。

 久遠に入ったのは緊急の通信。

 発信者はアリサだ。

 久遠相手に緊急の通信がかかるという事は、それだけで事態の大きさを告げており、このタイミングとなれば、それは―――

 

「接触できたんだね?」

 

 久遠が通信内容を確認していると、声が聞こえた。

 久遠の直ぐ傍から。

 

「―――なのは!」

 

 思わず声に出してしまう。

 夜中だという事も忘れて。

 

 なのはが起きて久遠を見ていた。

 それも大凡久遠がよく知るなのはとして。

 心の見えないうつろな瞳ではなく、何かを目指す輝く瞳をしたなのはだ。

 

「わたしはもう大丈夫だよ、くーちゃん。

 心配かけてごめんね。

 それで、アリサちゃんはなんて?」

 

「うん、今結界に捕らえたって」

 

「じゃあ、行こう」

 

「……大丈夫なの?」

 

「うん。

 わたしは―――最後まで信じていきたいから」

 

「……うん、そうだね」

 

 久遠は自分でも気づかず、一筋の涙を流していた。

 自分でも気づいていないから、その涙の訳も解らない。

 でも決してそれは暗いものではない事は久遠の笑顔から解る事だった。 

 

 

 

 

 

 市街地

 

 商業施設が多く並ぶこの場所で、今巨大な異世界が展開されていた。

 それはミッドチルダが使う結界、それも多重に展開された結界だ。

 一番外の結界は中と外界を隔てる結界で、言ってしまうと簡単な物。

 その奥には、アースラの戦闘局員のBチームが全員で結界を維持している。

 更にその中では今、ヴォルケンリッター4名に対してアリサとモイラ、更に戦闘局員のAチームが戦っている。

 1つ目の結界はあくまで結界を維持している彼らを隠す為のものだ。

 簡単なものとはいうが、この世界の人間には見えず、触れられず、入れもしない。

 恭也とセレネがヴォルケンリッターと戦った際に起きた様な事故が起こらぬように万全の対策を打ってある。

 

 もしこの場で新たに入ってくる人物がいるとすればクロノかリンディくらいだろう。

 そして、クロノが間に合ったならこの場は勝利したといえた。

 クロノは今、本部から送られてきた捕縛専用の大型デバイスを受け取り、こちらに向かっているところだ。

 この世界が管理外世界という理由と、転送にかかる負荷の問題で現地への直接転送が不能という取り回しの難しさ。

 更には展開時のコストからクロノくらいの魔力がないと動かす事もできないという扱いの難しさもあって、罠として設置できないとほぼ意味のないものだ。

 実際今回もクロノが現地到着するまでにはまだ20分近い時間が要する。

 中のアリサ達はかなり分の悪い時間稼ぎという賭けをしているところだった。

 

 グレアムやリーゼ達がいたなら、確率は大幅に上がるのだろうが、運の悪い事にグレアム達は別件で異世界に出ており、この場には間に合いそうもない。

 そんなこれ以上援軍の望めない状況だが、それでもこの事件を一気に解決できるかもしれない賭けだ、出ない訳がない。

 

 だが、そこで外にいるBチームにとって不測の事態が発生した。

 予定の無かった人物が、この結界内に侵入したのだ。

 いや、予定にないというのはおかしいかもしれない。

 彼女達が入れる様には設定された結界だ。

 けれど、Bチームのだれもが心の内では来て欲しいおもいながらも、来れないと判断していたのだ。

 

「こんばんは」

 

 それは大きな金色の狐に跨った白の少女だった。

 まるでそれが自然かの様に日常で使うような挨拶をBチームに投げかける。

 更には、その少女とは結界を挟んで反対側にもう1組の侵入者があった。

 

「遅くなりました」

 

 そう言ったのは大きな赤き獣に跨った黒の少女。

 その姿、言葉にBチームのメンバーはただ唖然とするだけだった。

 ここで結界を維持する手が緩まなかった事が奇跡といえる程に。

 

「行こう、フェイトちゃん」

 

「うん、そうだねなのは」

 

 やってきたのはなのはと久遠。

 それにフェイトとアルフ。

 

 恭也の部屋で恭也のやってきた事を見たなのはと同様に、フェイトもセレネの残して物を見ていた。

 示し合わせた様に。

 けれど、それを自然として。

 

 だが、やってきたはいいが2人に戦う術は無い筈だ。

 なのはのレイジングハートも、フェイトのバルディッシュも今は死に瀕してい使い物にならない。

 けれど、少女達の目は真っ直ぐのままだった。

 

「レイジングハート……

 ごめんね、こんな姿にしてしまって。

 でも―――最後までわたしと共に飛ぼう」

 

「バルディッシュ。

 貴方を壊した主人だけど、最後まで一緒に飛んでくれる?」

 

『Yes,My master』

『Yes,Ma'am』

 

『『Stand by redy』』

 

 少女達は壊れかけた己の杖を掲げ、杖は掠れた声で応えた。

 そこへ光が射した。

 

 

 

 

 

第5話へ

 

 

 

 

 

 後書き

 

 どうも、お久しぶりです。

 今更なあら4話をおおくりしました〜。

 いやもうほんと、一体どんだけ時間空けているんだか。

 自分でも前の話を読み返さないといけない事態に陥りました。

 まあ、基本的に自分でも何度か読み返していますが、それが書いている間に何度も発生したくらいです。

 そのせいか、プロット書いているのに書き忘れがあったりいろいろして更に遅れたりとかもしてました。

 ちょっといろいろあって今年中までは書くのが遅くなるかもしれませんが、忘れる程度に気長に待っていただければ完結はさせます、はい。

 それでは、また次回もよろしくお願いします。










管理人のコメント



 今回は伏線がかなり散りばめられた話でしたね。

 さしずめフラグの嵐か。

 その最たるものはシャマルとシグナムの会話である事は言うまでもないでしょうね。

 他にもちらほら気になる部分がありましたが、後々どう展開していくか楽しみでなりません。


 グレアムって地球人ですが、管理局を除外すると地球上での力ってどれくらいあるのでしょうかね?

 普通の一般人なのか、それとも……。

 これは、もしやアルバートさんの出番か!?


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