闇の中でこそ輝けるもの

終わりと、始まりと

 

 

 

 

 

 リンディからの突然の召喚。

 完全武装状態で転移した先はリンディが展開した結界の中。

 恭也と並ぶのはクロノとセレネ。

 3人の後ろには杖を持ち、戦闘用のドレスを着たリンディがいる。

 結界維持の為に魔力を常に放出し、その背には余剰魔力で形作った羽を展開して。

 

 更にリンディの後ろにはアースラがある。

 この結界の内側と外側を繋ぐ門として、逆に言えば結界の穴として。

 そして恭也達の前に居るのは、恭也達の世界で言う鳥や狼などの獣を模しているのだろう機械の群―――いや、軍勢だ。

 陣形らしきものをとってゆっくりとこちらに向かってくる。

 その一番奥に見えるのは竜の姿をした巨大な機械。

 

 それ等が何であり、何を目的にしているかなど、恭也もセレネも、クロノすらもう考えない。

 この場において、3人にはそれを考える必要はなく、ただ自分の存在する意味を示すのみ。

 即ち―――

 

『恭也、正面の敵部隊を斬れ』

 

 恭也は剣としてここに在り、担い手もここに居る。

 リンディの掲げた杖、アステリアによって強化された念話による指揮。

 恭也も、セレネも、クロノも、ただそれに従って動くのみ。

 

「……」

 

 チャキッ

 

 了解の言葉すら必要なく、恭也は八景を構える。

 そして、

 

『Darkness Rider』

 

 ヒュンッ!

 

 既に起きているセイバーソウルと共にリンディの指示通り敵を斬る為、この空間を走る。

 音も無く一気に距離を詰め、敵の正面まで来る恭也。

 まず恭也が剣を向けたのは鳥形、大鷲に近い形をした機械の兵士。

 走っている間にリンディから届いたデータによれば、表面は柔軟な金属出来ている。

 その他、解っている限りの構造データも転送されてくる。

 この機械軍は、どれもどこかの世界に居たのだろう動物をモデルとして作られた魔法を使う機械兵士だ。

 

「ピィィッ!!」

 

 恭也の接近に対して鳴声を上げる大鷲タイプ。

 恭也が左目で見てみれば、それと同時に魔力が展開され、どうやらバリアを張ろうとしているらしい。

 今更展開しているのは、恭也の速度を完全に見誤ったからだ。

 その見誤り方も致命的で、バリアの展開は遅すぎた。

 

 ヒュッンッ!

 

 通り抜けざまに右の小太刀で虎切を叩き込む。

 大鷲タイプは常時展開だろうフィールドタイプの防御も展開していたが、その上からの斬撃。

 『徹』によって魔法障壁を無視して本物の鳥の様に並ぶ羽の様な装甲盤を斬り裂く。

 

 だが、

 

(浅いか!)

 

 ダンッ!

 

 本当に本物の鳥をそのまま金属化したとしか思えない精巧且つ頑強な造りで、幾重にも折り重なる装甲によって一撃では致命打にならなかった。

 いかにバリアは無視するかの如く徹せても、徹した先を斬り切れなければ意味はない。

 結果が出る前に手ごたえでそれを理解した恭也は1度通り抜けてから引き返し、背後から再度斬る。

 

 ヒュォンッ!

 

 バリアの展開前に間に合い、1度斬った場所をもう1度斬り、今度こそ内部機構に致命打を与える。

 

「ピギィィッ!!」

 

 カッ! ドォォンッ

 

 大鷲タイプは一度鳴声を上げ、そして小さな爆発と共に完全に消滅した。

 その爆発は相手を巻き込む為ではなく、恐らく機密保持の為のものだ。

 

(それよりも……)

 

 恭也はリンディに情報を送る。

 2度この手で斬って解った事。

 時空管理局が持っていた情報は間違いではなかったが、しかし生きている機械兵士の装甲板は予測データより遥かに優れた金属の硬さと羽の柔らかさを併せ持っていた。

 動物の体毛がその柔軟性を保ちながら金属の硬さという防御力を得たのと変わりないのだ。

 装甲はただ硬ければ良いものではない。

 ただ硬いだけの物は強い衝撃によって簡単に砕け散るものだ。

 だが、そこに柔軟性が加われば、衝撃を受け止め、吸収し、多少凹みはしても斬れない、割れない物になる。

 羽毛の柔軟性を持つ金属というものは、見た目や言葉以上に厄介な装甲であった。

 

 そうリンディに伝え、リンディがクロノとセレネにも伝えて情報を共有する。

 

「……」

 

 そうしている間にも敵は動いている。

 恭也達が情報を共有し、動きを変える様に、敵も恭也のスピードを認め、それに対応してきている。

 恭也は1度引き返すという形で2度の斬撃を放ち、1体の敵を仕留めた。

 その間に、他の敵部隊が恭也を包囲しようと動く。

 同じ大鷲タイプと共に狼タイプと言える外見のものと、シャチタイプと言える様な外見の部隊が存在している様だ。

 なお、大鷲タイプは翼を広げると4m程、狼タイプは全長3m、全高1.5m、シャチタイプは全長5m程の大きさになっている。

 

 恭也は中央に近い真正面の敵を相手にしているが、リンディが作った結界は広大だ。

 形状としては短辺1km、長辺3km程の楕円の長辺を回転軸とした回転体の形状をしている。

 全ての敵を確実に囲う為にそうなったものだが、恭也1人ではとても敵の進行を止める事はできない。

 

 だが、この場は恭也は1人で戦っている訳ではない。

 

Blaze Cannon』

 

 ヒュンッ……

 

 恭也を他の部隊に任せ、進行してきていた部隊の1つに向かって青い球体が放たれる。

 野球ボール程の大きさの魔力の球体。

 

「ガゥッ!」

 

 敵の1体、狼タイプの機械兵士が頭で打ち払おうとした。

 その魔力の球体の魔力量からそれで十分と判断したのだろう。

 実際、その魔力の球体にはそう大した魔力は込められていない。

 しかし、

 

 ブワァッ!

   ゴォォォォォォッ!!

 

 敵と接触した魔力の球体は突如青き炎となって周囲に燃え広がっていく。

 その広がり方は丁度敵の進行方向を塞ぐ形となる。

 だが、込められた魔力量からしてその炎もさしたる攻撃力は持っていない。

 ある程度のバリアを展開していれば、そのまま素通りできてしまうだろう。

 

「ガゥゥッ!」

 

 ブワッ!

 

 実際敵の数体がそうした。

 常時展開しているフィールドタイプに加え、弱いバリアタイプの防御を展開し、炎を突っ切った。

 だが、

 

Stinger Snipe』

 

 ヒュゥオンッ!

 

 それ等を迎えたのは先ほどと同じ大きさの青い魔力の球体。

 しかし、先ほどとは別の魔法。

 

 ズダンッ!

   ズシャッ!!

 

 その青い球体は俊敏な動きで、炎を抜けてきた狼タイプの一体が口を開けていたのをいい事に、口の中へと入りそのまま頭を突き抜ける。

 

 ヒュォンッ!

 

 そして、1体の敵を倒したその球体は消えず、次の敵へと向かう。

 狼タイプは口から、大鷲は腹部を狙い、弱い場所を撃ち抜いて、倒していく。

 

「アクセル! スナイプショット!」

 

 そんな魔弾を操っているのはクロノ・ハラオウンだ。

 魔法の名前はスティンガースナイプ。

 なのはのディバインシューターと同じ誘導型の射撃魔法で、この魔法の場合、1発の魔弾を強力且つ高速で操り、更に稼動中に再加速させて複数の敵を撃ち抜く魔法である。

 

Blaze Cannon』

 

 ヒュゥオオンッ!!

   ゴォォォォォォッ!!

 

 クロノは魔弾を操りながら、もう1つの魔法を放つ。

 炎の壁を作っているブレイズカノンだ。

 炎の属性を持つこの魔法は、今回はクロノの調整によって威力を下げ、しかし広域に炎が燃え広がる様に設定されて使われているが、威力重視の火炎弾にもできる魔法である。

 今は少ない魔力で連射気味に放ち炎の壁を作っているが、この炎の壁は炎そのものの威力は低くとも大きな役割を果たしている。

 まず視界を塞ぐ事で、スティンガースナイプをセットしている今、抜けてすぐに不意打ちができる。

 更に、弱いとしても攻撃力があり、敵はバリアを展開するが、炎によってバリアは弱体化し、スティンガースナイプを防御しきれないというのもある。

 全力でバリアを展開しているならば、今度はそのバリアによって動きが遅くなり、展開し続ける事もできない為、バリアを解除したところを狙えば良いのだ。

 どちらにしろ、炎の壁があることで、敵の足を大幅に鈍らせる事ができる。

 

 しかし、炎の壁は同時にクロノ達の視界も塞ぐ事になる。

 特に最初に斬り込み、リンディ達3人とは離れ、1人敵に接近して戦っている恭也とは炎の壁を挟んで分断されてしまっていると言える。

 更にバリア魔法は使えず、バリアジャケットも環境適応分しか機能していない恭也では、この炎の壁の突破は命を削る事になりかねない。

 そして、

 

「ガルルルルッ!!」

 

 恭也は今この時、敵に包囲されつつあった。

 最初の一撃目が失敗した為、敵に時間を与えてしまったのだ。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ザシュンッ!

 

 勿論恭也がただ包囲されているはずもなく、あれから敵を5体程倒した。

 しかし、最初の大鷲タイプはバリアの展開が間に合っておらず、不意を突けた事が大きい。

 それに対し、残りの敵は既に恭也の速さを学習し、それ相応の動きで対処してきている。

 御神流は対多数を想定した戦いにも有効だ。

 しかしながら、相手は獣であり、しかも奥にいる竜タイプによってこちらでリンディがしている様に統率を執っている。

 ジュエルシードの防衛機構の統率など小手先のものだったと言える本物の連携だ。

 それに、どの獣もその形状によって特化された動きは人間の運動能力を軽く凌駕するもので、恭也の近接戦闘技能をもっても楽には倒せない。

 これでは完全に包囲されるのも時間の問題だろう。

 

 まだ神速は使っておらず、神速を使えばこの場の包囲は抜けられるだろう。

 しかし、長期戦になる事が予測されるこの場ではまだ使う訳にはいかない。

 だが、事態はそれを許してくれそうに無い。

 

「ピィィッ!!」

 

 恭也の周囲に展開していた大鷲タイプが一斉に翼を広げる。

 そして、恭也の左目に羽の1枚1枚に魔力が宿っていくのが見える。

 

(これは……)

 

 何をしようとしているのか予測はできた。

 だが、次の瞬間、

 

 ズバァァァァァアアンッ!!

 

 大鷲タイプが羽ばたくと、羽が恭也に向かって飛ぶ。

 9割方完成していた包囲の中で、全方位からの一斉射撃。

 羽1枚の攻撃力は、ナイフ1本の投擲と同程度に多少魔力が加わった程度だろう。

 ただ、その程度の威力であれ、恭也の防御力では致命的だ。

 だが幸い包囲は完成しておらず、神速ならば抜け出せる。

 

 しかし、恭也はその場から動かなかった。

 

 ズダダダダダダダンッ!!

 

 軽く100を超える羽のが小爆発を起こす。

 ナイフの様な羽で突き刺すと同時に魔力が弾けているのだ。

 1発1発は爆竹程度と言えるが、数が数だけに爆煙が上がる。

 人間1人を木っ端微塵にするには十分な衝撃だろう。

 

 もし、直撃であったなら。

 

 ヒュォォンッ!

 

 爆煙の中から黒い何かが飛び出す。

 それは包囲していた敵部隊を斬り刻み、包囲を横へと抜けていく。

 更に、体勢を立て直そうとする敵部隊に続けて攻撃を加え、更に数を減らしていく。

 

 飛び出した影は勿論恭也。

 そして、煙が晴れたそこには真紅の魔力の残滓が残っていた。

 セレネのバリアの跡だ。

 

「……」

 

 そう、恭也は避ける事ができたがリンディの指示によって動かず、リンディの指示によってセレネが展開したバリアで攻撃を凌ぎ、逆に反撃に出る事ができたのだ。

 本来、クロノが展開している炎の壁によってリンディも恭也の姿を視認する事はできない。

 しかし、ここはリンディの結界の中であり、そもそも味方である恭也の状況など常に把握している。

 だから、この炎の壁はリンディ達にとって障害にはなりえない。

 そして、本来『盾』である人物が、担い手によって本来の力を存分に発揮しているだ。

 恭也が離れているとはいえ、この程度ならば、敵の攻撃は全て打ち払われる。

 

 

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ザシュンッ!!

 

「ピィィッ!」

 

 ドォォンッ!!

 

 大鷲タイプは高速移動による牽制の役割を持っているのか、数体が攪乱する様に恭也の周囲を飛ぶ。

 その中で突撃を仕掛けてくるものもあり、恭也はその突撃を仕掛けてくるものを狙って斬り捨てた。

 だが、その時、

 

「ガゥゥッ!」

 

 1体の狼タイプが恭也が振り終えた小太刀に向かって牙を剥く。

 その牙も金属で、普通の生物の牙よりも鋭いだろうし、更に魔力も込められているのが解る。

 恭也の武器を封じ、あわよくば武器破壊を狙っているのだろう。

 

 タッ!

 

「はぁぁっ!」

 

 回避は間に合わない。

 というよりも、武器を庇えば腕を持っていかれる。

 そう判断し、恭也は逆に何処でも最良の足場をするダークネスライダーを使い体勢を立て直し、向かってくる狼タイプの口の中へ自ら小太刀を進める。

 

 ザシュンッ!

 

「ガ……」

 

 ドォォンッ!!

 

 頭の上部を斬り落とす事に成功し、残った胴体と切り離された頭部は爆発する。

 牙が触れる事自体を避ける事ができたので、今回は小太刀に問題はない。

 尚、八景には戦闘開始から微弱ながら魔力が纏わせてある。

 これはセイバーソウルの機能の1つであり、刃の保護の為の魔力だ。

 あくまで刃の保護が目的で、ファイナルモードの魔力とは別である為、これでは魔力攻撃もできない。

 また、フェイトの光の刃の様な魔刃が相手では短時間しか切り結べないし、サイズスラッシュクラスの魔力による斬撃を受けるには全く足りないものだ。

 しかし、それでも魔法を駆使する相手に対してただの鋼の剣を使うのには必要な魔法であり、このお陰でまだなんとか刃こぼれをおこしていない。

 それは八景の刃を叩き付けて斬る様なやり方を全くせず、徹しによる攻撃をしているからというのもある。

 恭也の少ない魔力は、環境適応だけのバリアジャケットとこの為だけにあると言っていい。

 

 ともあれ、まだ問題ないが、敵はいよいよ武器破壊まで狙って来る様になっていた。

 尤も、本体を狙う攻撃が減った訳でもない。

 

「ピィィッ!」

 

 ヒュォォンッ!!

 

 恭也に時間を与えないのが目的の様に、休み無く攻撃が来る。

 次に来たのは大鷲タイプによる羽の射撃だ。

 

 ガキィンッ!

 

 しかしそれもセレネのシールドで防ぐ。

 更に、恭也は攻撃が止み、シールドが消えた瞬間に鋼糸を取り出し、放つ。

 防御直後は爆煙が残っているが、恭也の左目には関係ない。

 

 ヒュンッ!

 

 爆煙の中から狙ったのもあり、大鷲タイプの1体の足を捕らえた。

 

「ピィィッ!」

 

 バサッ! バサッ!

 

 鋼糸は最も鋭い0号だが、常時纏っているフィールドタイプも防御を斬るのがやっとで、本体は皮一枚食い込むだけだ。

 だが、引き寄せる事が目的なら関係ない。

 抵抗される前に一気に引き込み、

 

「せぇっ!」

 

 ヒュォンッ!

 

 腹部に刺突を放ち、動力炉を破壊する。

 

「……!」

 

 ドォォンッ!!

 

 動力炉を貫く生き物なら即死狙いの攻撃だが、やはり爆発が起こり、何も残らない。

 恭也にダメージがいく様な大規模なものではないのでとりあえず問題ないが……

 

「ガウッ!」

 

 ブワッ!

 

 その爆煙を振り払うようにまた次の敵が突撃してくる。

 闇雲な突撃ではなく、統率され、計算された突撃だ。

 恭也の剣術は当然ながら対人が基本で、恭也自身も動物と戦った経験は殆ど無い。

 だが、

 

 ダンッ!

   ダダダダンッ!

 

 ダークネスライダーによる変幻自在の動きにより、相手の動きに対応する事ができている。

 恭也もまだまだ試行錯誤の段階だが、今回の敵が恭也の世界にも居る動物に近いモデルである為、ある程度予測を立てて行動する事もできる。

 

 フッ!

 

 相手の突撃に合わせ、先ずは紙一重で回避する。

 そして、

 

「はぁっ!」

 

「ガルルッ!」

 

 相手は四足歩行生物である狼がモデルである為、走行の安定性と速度には絶対的な優位性がある。

 尚、観察した結果、大鷲タイプはそのまま飛行で、狼タイプも移動は基本飛行だが、ところどころに恭也と同じ様な足場を構築して足を使った急加速、急停止、急旋回を行っていた。

 しかし、それでも二足歩行で完全に足場依存の恭也の方が急制動、急旋回に関しては上をいく。

 

 ザシュッ!

 

 突撃を回避した直後、振り向きざまの一閃。

 

「ガグ……」

 

 ドォォォンッ!

 

 この狼タイプも牙を剥き、腕を狙っていたが、恭也の小太刀の方が一歩早く首を刎ねていた。

 これでまた1体、敵を減らす事ができた。

 

 ズドォォォォンッ!!

 

 恭也とは離れた場所で少し大きな爆発が起きた。

 クロノが炎の壁を作っているブレイズカノンに単体攻撃用の物を混ぜて敵を破壊したものだ。

 

 既に戦闘開始から10分が経過した。

 恭也が斬り込み、クロノが抑えながら攻撃し、セレネが護りに徹底すると言う形、とりあえずは順調と言えるだろう。

 初撃に関しては相手の力量を測る為のものだったという意味で言えばミスではない。

 ならば、全員無傷、魔力の残量も十分にある今のこの戦況は『順調』と言ってなんら問題ない。

 もしこのままのペースで敵の数を減らせるならば、リンディ達の勝利になるだろう。

 

 しかし、そんな筈はないのだ。

 この敵がこの程度の訳がない。

 管理局の過去のデータからも、今現場に立っている指揮官リンディの勘からも、まだこの相手は本気ではないと解る。

 

(けど、ならば一体……)

 

 リンディは戦闘開始から行っている周囲の警戒を更に強める。

 未だリンディに対して攻撃できる程敵は接近した事はなく、何度見ても敵に不審な動きは感じられない。

 少なくとも、リンディが見る限りはそう見えた。

 だが、リンディはある勘から、恭也達3人にも周囲に異常がないかと問いかけた。

 殆どリンディの傍にいるクロノとセレネからは異常は無しと返ってくるだけだった。

 そもそもリンディから近い位置の為、リンディと見えているものは変わらないだろう。

 残るは恭也だが―――

 

『シャチタイプは何処だ?』

 

 返って来たのは疑問の言葉。

 そして、その言葉で残る全員が思い出した。

 戦闘開始時に見たのは大鷲タイプと狼タイプとシャチタイプの3種。

 それなのに、今まで大鷲と狼しか相手にしていない。

 それは恭也もリンディに問われて今やっと気付いた事だった。

 

『セレネ!』

 

 リンディは即座にセレネに対してある魔法の使用と命じた。

 

「……」

 

Crimson Wave』

 

 ブワッ!

 

 それはバリア魔法だ。

 しかし、その魔法は護るのが目的ではなく、ただセレネを中心に広域に広がっていくだけの極めて弱いバリア。

 敵の攻撃か、敵本体に接触すれば、即座にその部分のバリアは消えてしまう。

 その程度のものでしかない。

 

 だが、

 

 バシュッ!

     バシュッ! バシュッ!

 

 セレネに近い位置で、何も無い筈の位置でいくつものバリアの欠損が生まれた。

 

「そこか!」

 

Stinger Ray』 

 

 シュバンッ!!

 

 その位置にクロノは青い光線を撃ち込んだ。

 詠唱時間など無い等しい高速展開であり、弾速自体速い魔法、スティンガーレイだ。

 

「キュォォォンッ」

 

 そこに姿を現したのはシャチタイプの機械兵士。

 これはなのはとフェイトが恭也の神速を見切る為にも使ったバリア魔法の応用だが、それよりも一歩先を行くもの。

 バリアをソナーの様に広げて展開して敵を探し出すものだ。

 そうして見つけた敵をクロノの攻撃によって視覚的なステルスを解除されたのだ。

 しかし、まだ半分以上姿が隠れたまま。

 どうやら転移系の魔法で空間に潜り、泳いで移動して炎の壁を越え、ここまで来たらしい。

 更に既にその潜った状態から半分も姿を出していながら、近くにいるクロノやセレネ、そもそもこの結界を造ったリンディも気付かなかった程のステルス性能。

 ―――いや、これは普通に言うところのステルス性能とは違う。 

 確かに視覚的に隠れていたのは確かだが、魔力による探知では発見できた筈なのだ。

 今ちゃんと認識してみれば、シャチタイプが移動していた事はリンディも見えていた筈。

 

 だが、それでも今こうして見えるまで脅威として認識できなかった。

 それはおそらく、レーダーに映らないというステルスではなく、レーダーを見ている人が見落とすという、そう言う感覚を誤魔化す隠れ方なのだ。

 ミッドチルダの常識からは逸脱した概念によるものだ。

 

「アクセル! スナイプショット!」

 

 ヒュォンッ!

    ズダァァンッ!!

 

 兎も角、接近を気付けなかった。

 既にかなりの距離に近づかれてしまっており、クロノのスティンガーレイでやや怯るんでくれたものの、迎撃に追われるクロノ。

 

「はぁっ!」

 

Crimson Cage』

 

 ガキィンッ!!

 

 セレネも小型の結界魔法で敵を囲い、動きを封じる。

 時間稼ぎにしかならないが、クロノならばなんとか間に合わせる事ができるだろう。

 

 不意を突かれたが、なんとかなる。

 この程度なら問題はない。

 相手の奇襲は凌いだ。

 そう考えられるだろう。

 しかし、

 

(違う、こんなものじゃない!)

 

 リンディはまだ何かがあると感じる。

 まだ何か重大な事を失念していると。

 そう考えた上で改めて周囲を見る。

 そうしている内に視界に入ったのは敵側の一番奥にいる竜タイプの機械兵器。

 この部隊の司令官と思われ、指揮を執っているものと思われる個体だ。

 リンディと同じ様に。

 

 だが、リンディと違う点があるとすれば―――竜はこの結界を維持するのに力を裂いていないという点だ。

 

「コォォォォ……」

 

 今気付けば、竜は静かに、しかし大きく息を吸い込む動作をしている。

 そして、竜の魔力量も元々高かったのを差し引いても上がっているのだ。

 

「まさか、こんなチャージの仕方を!」

 

 それはなのはのスターライトブレイカーにも似た魔力の固め方。

 味方の機械兵士が魔力を送り、竜が口の中で集束させている。

 同じ製造元であるが故に、味方のエネルギーを利用しやすいのもあるだろう。

 

「セレネ!」

 

「おおおおおっ!!」

 

 クロノを援護し、近づいてきていた敵の足止めをしていたセレネが、全てを放棄してリンディの前に立ち、深く構え、魔力を集中させる。

 

 キィィィン……

   ガキィィィィンッ!!

 

 展開するのはただのシールド。

 特に名も無い、しかしミッドチルダでもトップクラスの防御力を誇る最高のシールドだ。

 それをもって受けるのは、

 

「オオオオオオッ!!」

 

 ドゴォォォォォンッ!!!

 

 竜は咆哮と共に砲を放つ。

 巨大な白の魔力の塊を。

 発射直前に射線軸上の味方は退避していた。

 狙いは1つ―――リンディだ。

 

 ズダァァァァアンッ!!

 

 砲はリンディの前に立つセレネのシールドと衝突する。

 

「ぐ……おおおっ!!」

 

 ガガガガガガガガガガッ!!

 

 竜の砲を受け止めるセレネ。

 何とか受け止めてはいるが、しかしそれで精一杯だ。

 ミッドチルダをして特異と言える程の防御性能を持ったセレネのシールドでもこの攻撃を耐え切るのでやっと。

 だが、敵は竜だけではない。

 

「キュォォンッ!」

 

 今このタイミングで現れるのはシャチタイプの機械兵士。

 竜の砲の影響でもう隠れられないのか、最早隠れる意味がないと判断しているのか、もう妙な隠れ方はせず、続々とリンディの周囲に出現する。

 

「ちぃっ!」

 

Stinger Snipe』

 

 ヒュゥオンッ!

 

 クロノが迎撃するが、シャチタイプは元々防御力が高いらしく、1体を倒すのにも手間取り、足止めを続けるのが精一杯だ。

 更に数は増えるし、シャチタイプへの対応に全力を尽くさなければならぬ為、前線から他の敵部隊も進行してくる。

 恭也が数を減らしてはいるが、全てを狩る事は不可能だ。

 

「く……」

 

 顔をしかめるリンディ。

 危機的状況である。

 砲はいつ止むか解らず、このままでは後1分で今リンディが立っている防衛ラインは崩壊する。

 しかし、ここが最終防衛ラインだ。

 下がる事は出来ない。

 

 ならば、後とるべき手段は―――

 

「……え?」

 

 リンディが奥の手の使用を決意する直前、背後から魔力を感じた。

 とても大きく、輝く魔力を。

 

 ヒュォンッ!

 

『Scythe Slash』

 

 ザシュンッ!

 

 高速で何かがリンディの横を通り過ぎたと思った次の瞬間、魔法の名と斬撃の音が響く。

 更に、

 

「チェーンバインド!」

 

 ジャリィィンッ!!

 

 斬撃の直後、リンディの背後から赤橙の2本の鎖が飛ぶ。

 その内の一本が最も接近していた一体の敵を捕らえ、残り一本は比較的近づいているグループを牽制する。

 そこへ、

 

「はぁぁぁぁああっ!!」

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 リンディの真横を通り過ぎながら雷が放たれ、拘束されていた1体を破壊すると、それを中心とした周囲の敵数体に大打撃を与える。

 更に、

 

「もらった!」

 

『Crystal Blade

 Charge Shift』

 

 ガキンッ!

    ヒュンッ! ズバァンッ!!

 

 雷で怯んでいた敵を拘束し、両手に持った魔力で結晶化させた剣で貫く。

 

「キュォォンッ!!」

 

 ドォォォンッ!!

 

 突如現れた者達によって数を減らす敵。

 だが、彼女らの攻撃はこの場を凌ぐだけでは終わらない。

 まだ残っている。

 大きな魔力を集束させている者が1人、リンディの後ろ、その少し上方に。

 

『Divine Buster

 Snipe Mode』

 

「シュートッ!」

 

 ズダァァァァァァァンッ!!

 

 この空間に煌く桃色の光。

 その光は約3kmの距離を一瞬で0とし、未だ砲を撃ち続けている竜のその頭と向かう。

 

 ズバァァンッ!!

 

 そして、確かに攻撃は直撃した。

 砲撃も止まり、竜の首が仰け反る。

 しかし、

 

「……オオオオオッ!!」

 

 すぐに咆哮を上げてこちらを睨みつける竜。

 だが、先の狙撃により右目を失っている。

 あわよくば、この狙撃で頭を撃ち抜き、戦いを終結させようと思っていたのだが、流石にそこまで甘くない様だ。

 

「早かったわね」

 

 この場がとりあえず落ち着くと、現れた者達に声をかけるリンディ。

 いつもの笑みをもって。

 

「まあそれなりに、こういう事態に備えて準備はしてたから」

 

 現れた者達。

 それは改めて紹介するまでもないだろう、アリサ、フェイト、なのは、久遠、アルフの5名だ。

 リンディの予想ではまだ来るには5分程早いと思ったのだが、どうやらアリサ達は既にこういう事態に備え、対策を練っていたらしい。

 具体的には飛行できるルート、転移魔法を使えそうな場所の調査だ。

 それによってリンディの予測を超える事ができたのである。

 更に、

 

「状況は移動中に聞いたから理解してる。

 後、武装局員は全員結界の補強と外の警護にあたらせたわ」

 

「そう」

 

 アースラに所属する武装局員の10名は、この戦闘には参加していなかった。

 何故なら直接の上官であるアリサが不在である事もあるし、不測の事態に備える意味もあって待機させていたのだ。

 それをアリサがアースラに到着するなり直ぐに命を出し、動かした。

 それができたのは、メールを見た直後、エイミィと連絡をとったアリサがアースラに到着する時には既に状況を理解していたからだ。

 ついでに、エイミィからリアルタイムの実況中継もしてもらっていた。

 だから、この結界に入る前に使うべき魔法の準備もできていた。 

 

「言いたい事はいろいろあるけど、終わってからにしてあげる。

 さあ、指示をよこして!」

 

 この戦いはジュエルシードと戦っていた時とは違う。

 個人で動いては勝てぬ戦い。

 完璧な連携を必要とする戦い。

 だからこそ、アリサも、なのはも、フェイトも指揮官であるリンディに従うとここに告げる。

 それはリンディの地位からではなく、既にそれだけの信頼を持っているからだ。

 恭也やセレネ、クロノがそうである様に自分達も同様に使えとそう願っている。

 しかし、

 

「アリサ、私はもう剣と盾、それに杖を持っていてこれ以上は持ちきれないわ。

 だから―――なのはさん達は貴方が指揮しなさい」

 

 リンディの答えはアリサ達が予想していなかったものだった。

 それはリンディもアリサ達を信頼している、けれど、だからこそ指揮官を並列させ、担い手を2人にする事を選んだ。

 

「いいの? なのは、フェイト、久遠、アルフ、それでいい?」

 

 最初はリンディの答えが意外で、少し驚いていたアリサだが、直ぐに決意が固まる。

 それに、

 

「うん」

 

「いいよ」

 

「勿論」

 

「行こう」

 

 なのは達もアリサならばリンディと同じ様に信頼している。

 ならば、なんの不都合もない。

 

「OK、じゃあいくわよ!」

 

 リンディ達と並び、改めて敵を見るアリサ達。

 

「アリサ、まず敵の前線を切り崩しましょう」

 

「ええ」

 

 そして、アリサはリンディと違い結界維持に力を使っていない分、自分も前線へと向かう。

 そうしながらもリンディと常に作戦を練り、それぞれ指示を下す。

 

『恭也、10時の方向の敵部隊を斬れ。

 クロノ、前進し敵を牽制。

 セレネはここで護りを』

 

 アリサ達が加わった事で大幅に作戦が変わる。

 戦局も大きき変わろうとしている。

 

「こいつらに生半可な攻撃は通用しないわ、2人1組であたるわよ。

 フェイト、アルフ、2時の方向の部隊を切り崩して」

 

「了解!」

 

「おう!」

 

 2時方向に居るのはシャチタイプの部隊。

 今までの情報により、動きは早くないが、頑丈なタイプだ。

 

「はぁぁっ!」

 

 ズダァァンッ!

     バリィィンッ!!

 

 まずアルフがバリアブレイクの魔法を込めた拳打を打ち込み、防御を破壊し、

 

「はっ!」

 

 ヒュォンッ!

     ザシュッンッ!!

 

 すかさずフェイトが斬り込む。

 

「キュォォォンッ!」

 

 ドォォォンッ!!

 

 この2人の連携は戦い始めた当初からずっと練ってきたもの。

 問題なくシャチタイプの体当たりを回避しながら、バリア破壊、攻撃、撃破の作業をこなして行く。

 

「なのは、久遠、こいつ等は生物に近いからこそ電撃が有効よ。

 それと、武装局員を全員外にまわしてるから、ちょっとやそっとではこの結界は壊れないわ。

 だから、全力でなぎ払っていいわよ」

 

「うん」

 

「あれだね」

 

 アリサが示す方向には素早い狼タイプと大鷲タイプの混合部隊がいる。

 そして、アリサが求める攻撃とは、

 

「実戦では初めてだけど、いこう、くーちゃん」

 

「うん、いいよ」

 

 杖を構えたなのはの後ろに立つ久遠。

 なのはと久遠の体格差は正に子供と大人なので、久遠はなのはを背後から抱く様にしてなのはの手に自分の手を添える。

 

「ディバインバスター」

 

「サンダープラス!」

 

 キィィィンッ!!

 

 なのはが展開するディバインバスターを放つ為の桃色の魔法陣に久遠が展開する黄金色の魔法陣が加わり、融合する。

 これは久遠が雷の力を魔力に変換できるデバイスを手に入れてから、ずっと練習していた魔法の1つだ。

 ミッドチルダの補助魔法で、術者かデバイスに触れて掛ける事で、今使おうとしている魔法に雷の属性を加える事ができる。

 

 トクンッ

 

 魔法の構築と同時に、なのはは照準の最終調整を行う。

 久遠の手がただ添えられているだけなのは、この魔法を作る為に術者に触れなければならないが、なのはの射撃の邪魔をしない為だ。

 長い1秒の間、なのはは自分を上から見るような感覚で射撃方向を決める。

 そうして完成した魔法、それは、

 

『Thunder Buster』

 

 ズバァァァァァンッ!!

  

 雷を纏った直射砲撃。

 ディバインバスターの性能をそのままに、雷の属性攻撃が加わった砲撃だ。

 威力そのものも上がっており、これだけでも敵の防御を貫く事だろう。

 

 ズダダァァァアンッ!

 

「ピ……」

   「ガ……」

       「ピギ……」

 

 その射撃は同時に3体の敵を貫いた。

 なのはの射撃に気付き、回避行動を取っていた筈の敵をだ。

 まるで砲撃に吸い込まれたかの様な命中。

 しかも、まだこの攻撃は終わらない。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

「いっけぇぇぇぇっ!」

 

 ブオォォォンッ!!

 

 久遠は射撃直後まではただ添えるだけだった手をしっかりと握り、なのはと一緒に杖を横に振った。

 魔法を放ち続けている杖をだ。

 

 ズダダダダダダンッ!!

 

 文字通り雷の砲で敵をなぎ払う2人。

 なのはだけでは真っ直ぐ撃つ為の姿勢制御で精一杯だが、久遠ならば射撃の反動に耐えながら振りぬく事もできる。

 

 だが、直撃だった最初の3体は別として、今のなぎ払いではダメージは受けても、倒すまでには至らない。

 

「まあ、そりゃそうよね。

 でも」

 

『Crystal Blade

 Execution Shift』

 

 ガキンッ!

     ズダダダダンッ!!

 

 アリサとて、いままで何もしていなかった訳ではない。

 射撃体勢の整っていたアリサの新しい『剣』、クリスタルブレイドでなのはが倒し損ねた敵をメインに、なのはの攻撃を回避した敵にも剣の雨を浴びせる。

 元々はスティンガーブレイドだったこの魔法、名前の通り魔力を結晶化させ、実物の水晶の様な頑強な剣とする魔法になった。

 スティンガーブレイドの頃からあったバリア貫通の性能も残っており、なのはの攻撃でダメージを受けている敵ならば1本で貫く事ができる。

 それに無傷で、剣1本では倒せない相手には、

 

「おまけ付きよ!」

 

 避けきれぬと判断し、バリアを展開する敵部隊。

 しかし、

 

 ザシュッ!

 

「ピギィッ」

 

 剣がバリアを無視するように突き刺さり、その敵はその場から動けなくなる。

 これはなのはがディバインシューターにバインドを混ぜるのと同じ様に、攻撃専用のクリスタルブレイドの中にバインド魔法で作られた剣が混ぜているのだ。

 この場合、ソードバインドという魔法で攻撃力がほぼ0な分、バリア貫通能力が高く、相手の本体に少しでも刺さればその相手をその場から動けなくするタイプのバインドだ。

 刺さる深さはそのまま持続時間になると言え、幾ら深く刺さろうとダメージは0に等しいが、抜くか砕くかしない限りその場に縛り続ける。

 今回は特にバリア貫通能力を重視し、相手をまず縛る事を目的とし、持続は数をもって成す。

 尚、バリア貫通能力は高いが、本体への貫通は物理防御力と魔力の高さに依存して刺さりにくくなる。

 今回の敵の場合、身体は非常に頑丈で魔力も低くはない為、胴体を貫く事はできない。

 しかし、大鷲タイプに限っては翼の部分なら突き刺す事ができ、動きを止めるならそれで十分だ。

 

「フェイト、アルフ!」

 

「もらったっ!」

 

「はぁぁぁっ!」

 

 バインド魔法に掛かり、動けなくなった敵はフェイトとアルフが片付ける。

 因みに、今使ったのはエクスキュージョンシフトだが、威力重視に設定し、射出数は100本だ。

 剣1本あたりの基本性能が上がっている為、更に威力重視にした事で義兄のエクスキュージョンシフトにも近い威力になっていた筈である。

 数は減っているが、十分な広範囲の攻撃であり、素早い大鷲タイプも避けきれず、攻撃が直撃するかバインドに掛かるかはしている。

 これでかなりの数を減らす事ができた。

 

 とはいえ、やはりこの敵は強い。

 フェイトもアルフのバリアブレイクの後に斬っているのにもかかわらず、光の魔刃は一撃ごとに再構築しなければならない。

 今のなのはの射撃も、久遠と2人掛りで、しかも通常よりも多くの魔力を消費してやっと3体+半壊数体という感じだ。

 アリサもエクスキュージョンシフトをいきなり使う程で、こんなペースは続けられない。

 

(流石に簡単にはいかないわね。

 となると……)

 

 アリサは少し考えた後、リンディに自分達の移動を伝える。

 どこに行くかと言えば、

 

「皆、今の内にもっと先に進むわよ!」

 

 今までアリサ達が戦っていたのは最前線。

 そこから更に進むと言う事は下手をすれば敵に囲まれるかもしれない敵の中央だ。

 だが、それでも、

 

「了解」

 

 なのは達はアリサの判断を信じ、それに従う。

 

「フェイト、久遠、道を作って」

 

「解った」

 

「まずは牽制だね」

 

 アリサに言われてフェイトと久遠が並ぶ。

 

「アークセイバー」

 

「サンダープラス」

 

 先ほどなのはのディバインバスターに雷の力を加えた様に、アークセイバーに雷の力を付与する久遠。

 だが、フェイトは元々雷の属性を得意とするだけあり、この場合、属性を付与し威力もかなり増幅される事になる。

 

『Thunder Slash』

 

 ヒュォォンッ!!

 

 サイズモードのバルディッシュから放たれたのは弧を描く魔刃ではなく、一直線に進む巨大な雷光の斬撃。

 牽制の為の攻撃であるが、直撃すればこの敵をも粉砕してくれただろう。

 だが、これはあくまで牽制。

 

「行くよ、久遠」

 

「うん」

 

 魔法を放ち終えた2人は1度離れて構えなおす。

 そして、

 

 フッ!

 

 まず先にフェイトの姿が消える。

 ブリッツアクションによる高速移動だ。

 更に、

 

 キィィンッ!

 

 久遠の足元に黄金色の魔法陣が展開される。

 だが、それは攻撃魔法を使う為の魔法陣ではない。

 

「はぁぁぁっ!」

 

 ズダァァンッ!

 

 久遠はその足元の魔法陣を蹴り、猛スピードで跳ぶ。

 更に勢いが落ちる前にまた久遠は足元に魔法陣を展開し、

 

 ズダァァァンッ!

 

 また跳ぶ。

 これの繰り返しで高速飛行を行っているのだ。

 

 魔法の名前サンダーブーストジャンプ。

 名前もそうだが、見て解る通り飛行魔法というよりもただのジャンプ台を造るだけの魔法である。

 だが、もとより人間ではない久遠の脚力をもってすれば、ジャンプ台の性能もあって跳び続ける事で飛行と同じ事になる。

 これは恭也の飛行方法を見て久遠が考え付いた結論であり、ジュエルシードとの戦いの中ではまともに飛べなかった事もあって、この1ヶ月特訓して習得した魔法の1つだ。

 ただ浮いているだけの浮遊魔法も同時に使っている為、狼タイプの機械兵士に近い移動手段と言える。

 だが、この魔法はただのジャンプ台ではなく、ただの飛行用魔法ではない。

 

 バチ……バチバチバチッ!

 

 跳ぶ度に久遠には雷の力を纏う上、その速度を増す。

 つまり、

 

「はぁぁっ!」

 

 ブォオンッ!

   ズバァァァンッ!

 

 体当たりにも近い爪による斬撃で、バリアも装甲も抜かれ爆発する機械兵士。

 そう、跳ぶ度に久遠は速く、強力な雷の弾丸になるのである。

 ただ、この方法は久遠の身体に負荷が掛かる為、雷の力を蓄えるのも、速度にも限度がある。

 最大でもフェイトの通常飛行の最高速度程度、威力もサンダースマッシャーと同等くらいにしかならない。

 それでも、久遠だからかこそできる速さと威力で、性能にしては燃費も良い。

 

「せぇぇぇっ!」

 

『Scythe Slash』

 

 ヒュォンッ!

     ザシュンッ!

 

「ガルゥゥッ!」

 

 フェイトもブリッツアクションで高速移動しつつ、通り道に邪魔な敵を斬っていく。

 

『Arc Saber』

 

 ヒュンゥッ!

 

「ガ……」

 

 ドォォォンッ! 

 

 アルフのバリアブレイクによる補助がない為、1体を倒すのに魔法を2発叩き込まねばならないが、久遠の突撃だけでほとんど道はできてしまう。

 フェイトの方が先に出ているとはいえ、フェイトの仕事は道に入ろうとしてくる敵の排除で、一度に多量の敵を相手にする事はない。

 とは言え、やはり道を作るだけでも一苦労な為、道の周囲にも敵は残る。

 この道を使うのは良いが、戻る時はもっと苦労する事になるだろう。

 

 だがそれでも、それを知った上でアリサは行く。

 

「アルフ、お願いね」

 

「2人乗りだけど」

 

「まあ、大丈夫でしょ」

 

 シュバンッ!

 

 戦闘用獣形態に変身するアルフ。

 そして、変身したアルフの背になのはとアリサが乗る。

 なのはが前でアリサが後ろだ。

 

「こっちでもやるけど、振り落とされないようにね」

 

「うん」

 

「OK、良いわよ。

 行って」

 

「じゃあ、行くよ!」

 

 ブォンッ! 

 

 なのはとアリサを乗せたアルフが久遠とフェイトの後を追う。

 尚、なのはが前に乗っているのは、

 

『Divine Shooter』

 

 キィィンッ!

 

 ディバインスフィアを展開し、シューターの発射体勢をとるなのは。

 久遠とフェイトで道を作っているが、もしもの時の為の迎撃準備だ。

 多量にスフィアを生成し、もし敵が来たなら数をもって倒そうという考えだ。

 

 だが、その必要は無かった。

 妨害しようと思えばできる筈の位置の敵も動こうとしないのだ。

 

 何故なら、自分からわざわざ包囲されに来てくれるならその方がいいのだから。

 

「ピィィィッ!」

 

「ガルルルルッ!」

 

「キュォォォンッ!」

 

 そうして結界の中央付近に到着し、5人が合流したところで包囲は完成した。

 しかもなんらかの攻撃が来る事も予測している敵部隊は、攻撃も防御もできる準備を整えている。

 この状況からはなのはでも、フェイトでも無傷で抜ける事は不可能だろう。

 5人は1箇所にかたまり、なのはとフェイトはデバイスを構えて防御体勢を取った。

 その中でアリサは、

 

「一斉砲撃ってのも想定してたんだけど、意外と奥手ね。

 もう遅いわ!」

 

 ガキンッ!!

 

 アリサが手を頭上に掲げ、アリサの周囲、なのは達も含めた5人の全方位に多量のリング状の魔法陣が出現する。

 クリスタルブレイド生成射出の為のリングだ。

 同時に久遠とアルフがアリサと手を合わせた。

 

「サンダープラス」

 

「パワーブースト」

 

 同時に展開、付与される魔法。

 久遠の雷属性の付与とアルフの単純な威力増強の補助魔法だ。

 それによって周囲に展開されていたリングに力が宿る。

 

『Thunder Blade plus

 Explosion Shift』

 

 バチンッ  ゴゴゴゴ……

   ガガガガガガガガガガキンッ! 

 

 アリサ達5人の周囲に出現する雷の剣。

 その数は、アリサ達を隙間無く囲む程であり、敵からみれば剣でできた巨大な球体が出現した様に見える程だ。

 久遠とアルフの補助を受けているとは言え先ほどのエクスキュージョンシフト以上の数が出ている。

 そんな魔法は瞬時には展開できない筈で、勿論準備をしていたのだ。

 ここに来るまでの間に。

 

 単純な移動だけならなのはの飛行魔法は優秀で、移動しながらでもディバインシューターは使える。

 それなのにわざわざアリサと2人乗りをしたのはこの魔法を隠す為。

 だが、何かしかけるのは敵も解っていて、敵も防御体勢をとっている。

 しかし、ここまでは予想できなかっただろう。

 まさか、魔力の殆どを使い切ってしまう程の大魔法を放とうとは。

 

「いっけぇぇぇっ!!」

 

 ズダダダダダダダダンッ!!!

 

 その発射は爆発としか言い様がなかった。

 結界の中央付近で爆裂し、全方位に飛び散る雷の剣。

 回避する合間などなく、防御しきれる数と威力ではない。

 尚、勿論恭也やクロノ、セレネ、リンディが居る場所には剣が行かない様にちゃんと設定している。

 尤も、恭也達との距離はあるので、もし流れた剣が飛んでいってもなんら問題なく自力で回避する事だろう。

 

 ドゴォォォンッ!

      ズドォォォォンッ!

   ドォォォォンッ!!   

 

 もはや何体の敵を倒せたのか定かではない程滅茶苦茶な状況。

 しかし、生き残れる方が少ないのは確かだ。

 アリサは、長期化するであろう戦いにおいて、魔力を温存するのではなく、メンバーの中でただ1人有効な広範囲魔法を使える者として、1つの手段を選んだ。

 まだ自分の魔力が十分ある内に可能な限りの敵を減らすという手段を。

 数の上で絶対的に不利である以上、魔力的な問題よりも戦いが長期化する事で体力的、精神的に疲弊してしまう方が拙い。

 それも、一番最後に大物を残した状態でだ。

 ならばと、頼もしい味方も居る事だし、自分は雑魚散らしに全てを賭けても良いと考えたのだ。

 

 尤もこの魔法は、雑魚だけを狙ったものではないが。

 

「お前もだ!」

 

 ヒュォォンッ!!

 

 全方位に爆裂する勢いで剣を飛ばしたのだ。

 その中には当然竜タイプに向けて放たれた物もある。

 雑魚、とまでは言わないが、大鷲や狼、シャチタイプが数発で大破する雷の剣。

 少なくとも十数本は竜タイプにも届く筈だ。

 

 しかし、

 

「オオオオオッ!!」

 

 バキィンッ!!

 

 竜はその手の一振りで雷の剣を叩き折ってしまった。

 距離があった為に失速し、力も失いかけていたとはいえ、まだ十分敵を射殺せる筈の剣をいともアッサリと。

 

「ちぇ、流石に竜の外見はしてないわね」

 

 そう言いながら不敵に笑うアリサ。

 しかし、大魔法を撃った事で魔力は殆どなくなり、疲労の色は隠しきれていない。

 

「さ、リンディ達と合流するわよ」

 

「了解」

 

 まだ敵は残っている。

 流石にこれで全ての敵を倒せた訳ではない。

 そもそも先の魔法は距離が離れれば離れる程効果が加速的に薄くなる。

 魔力が切れかけているアリサはアルフの背に乗り、フェイトを先頭になのはがディバインシューター、久遠が雷を牽制として撃ちながら後退する。

 

 

 そうしてアリサ達はリンディ達と合流した。

 リンディは最初の位置から全く動かず、竜も動かない為、これで両陣営の主力が結界の両端に立つ事になった。

 尚、恭也だけはまだ前線に立っている。

 敵側は現在部隊を再編成中でこちらに来る事はないが、それでも前線の、竜とリンディの直線上から少し外れた位置で迎撃体勢をとっている。

 

「まったく、やる事がいつも派手過ぎだ」

 

「効果があるんだからいいでしょ」

 

 合流して、一言だけクロノとアリサが言葉を交わし、クロノは言葉とは裏腹に労う様にアリサの肩に手を置いた。

 その後は、リンディとアリサで次の行動について作戦を決める。

 敵に残っているのはもう竜だけと言っていい状況で、しかし竜を倒すにはこちらも残っている全ての力を出し切らなければならず、次の攻撃がどちらにとっても最後となるだろう。 

 

「さあ、竜の方も準備はできているみたいね。

 皆、行くわよ!」

 

「了解!」

 

 作戦が決まり、全員その為に動く。

 まず配置、アリサがリンディの前に立つ。

 リンディの杖を持たぬ左手をアリサの肩に置くくらいの位置だ。

 そしてその前になのは、フェイト、久遠、アルフが横一列にならび、先頭にセレネが立つ。

 クロノは少し離れた左斜め前に移動し、杖を構える。

 

 それに対し、竜は、

 

「コォォォォ……」

 

 再び魔力をチャージしていた。

 先ほどよりも早く、確実に。

 しかし、既に味方は壊滅に近い状態で、とても多量の魔力は期待出来ないはず。

 自身の魔力だけでも十分なのだろうが、だが、それにしては魔力の上昇が早すぎる。

 それに、目に見えて周囲からの魔力が集まっているのが解る。

 味方はもう居ない筈なのに―――

 

「……なるほど、死して尚指揮機への力を残しますか。

 副産物的なものでしょうけど、自爆にはそう言う意味もあったのですね」

 

 リンディは気付いた。

 今竜が集めているのは味方機が自爆した際に出た魔力なのだと。

 死んだ後、自分の命だった魔力を、最後の手段としてその場に残していたのだ。

 なんとも効果的なシステムだろうか。

 

 そのシステムを感情的にどう見るかは今はいい。

 兎も角、今まで倒した敵の数がそのまま相手の攻撃力に変換されると言う事なのだ。

 先ほどの砲よりも強くなっているものと思われる。

 

「オオオオオッ!!」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 更には、竜は自らの魔力も最大限に費やし、砲を完成させようとしている。

 先ほどのものでもセレネの全力防御でやっと防げるレベルだったのに、更に倍近い威力が予想される。

 

 しかし、それでも、皆見ている方向は変わらず、迷いは無い。

 そうして、竜の砲が完成する。

 

Calamity Blast

Dead End Shoot

 

 ドゴォォォォォォォォンッ!!!

 

 この結界が揺らぐ程の凄まじい砲撃が今放たれる。

 それに対するは、

 

「行くぞ!」

 

Crimson Breaker』

 

 ズドォォォォォォンッ!!

 

 先程の砲を凌いだのはただのシールドでしかなかった。

 それをこちらから向かうという運動エネルギーをプラスし、セレネが持つ最大の攻撃をもってそれを向かい撃つ、

 

 ブワ!

  ォォォォォンッ!

 

 と、思われた。

 しかし、クリムゾンブレイカーは軌道を変え、砲の脇を通り過ぎる。

 ほとんど真っ直ぐにしか飛べないクリムゾンブレイカーだが、ある程度距離があれば、その程度の軌道変更くらいはできる。

 だがしかし、ならば竜の砲はどうするのか。

 

 そんなもは言うまでも無い事だろう。

 

「空に流れる風の力よ」

「天に瞬く星の力よ」

「「心に宿る光の欠片達よ」」

 

 シーリングモードのデバイスを構えたなのはとフェイト。

 そして2人を後ろから支える様にして一緒にデバイスを持つ久遠とアルフ。

 4人で詠唱する。

 ただ1つの大いなる力の為の言葉をここに紡ぐ。

 

「今ここに集いて輝ける力となれ!」

 

 ジュエルシードとの決戦の最後、なのはとフェイトのデバイス、レイジングハートとバルディッシュは合体した。

 それはデリケートなインテリジェントデバイスならありえない事で、ジュエルシードが力を貸してくれて可能となり、4人は最後の魔法を放つ事ができた。

 そして、ジュエルシードの力を借りたからこそ、最後に無事に分離する事もできたのだ。

 しかし、今回2人のデバイスは1つになっていない。

 1つになれと願ってもいない。

 何故なら、あの時はデバイスが半壊しており、なにより、マスタープログラムの為に想いと力を完全に1つにする必要があると感じていたからだ。

 

 だが、今この場で必要としているものはまた別で、同じ様に想いと力を1つにする必要はあっても、完全に同じである必要はない。

 それは、もとより人はそれぞれ違う存在であり、違いがあるからこそさまざまな事を起こしえる。

 バラバラで当たり前のものが、ある一定条件で単純な足し算ではない効果を生み出す事もある。

 今回の魔法はそう言う意味を込めた魔法で、これは元々そう言う魔法だとなのはは考えている。

 

Starlight Breaker

 

 この魔法の名の由来は、アリサが魔力の集まる様子を、流れ星の光の様だと思った事からだ。

 だが、その場合、煌く星は1つではない。

 

 キィィィンッ!

 

 魔力が集まる。

 この結界内の全域から。

 それはなのは達が放った魔法の欠片達。

 移動中の警戒の為に展開していたディバインシューターや、牽制にしては強すぎる雷によって残った魔力。

 普通であれば、この魔法の術者であるなのはの魔力しか集まらない筈だ。

 この魔法はなのはでしか出来ない魔法であり、なのはの魔力だからこそ可能な魔法である。

 しかし、久遠の魔法は若干の性能を犠牲に、事前の設定次第で、この魔法の為に魔力が残る様にし、集めやすい様に構成する事ができる。

 雷属性の為サンダーチップと言う名前を持ち、ややなのはのものより効率が悪いが、それでも、久遠の全ての攻撃がこの魔法の布石にする事ができるだ。

 更に、今回はなのはアルフ、久遠とフェイト、久遠とアリサで合体魔法を使っている。

 そうした事で、その時の魔法の残滓がこの魔法の為の魔力として残しやすくなっていたのだ。

 

 よって、相手が倒れた味方の数によって攻撃力が上がっているのなら、なのは達は倒した敵の数によって攻撃力が上がっていると言って良い。

 それに、アリサを除く4名はまだ十分な魔力を残しており、その魔力の全てをこの魔法に注ぎ込む。

 そうして、できたのが、

 

Quintet

 

「「「「いっけぇぇぇっ!!!」」」」

 

 ドゴォォォオオオオンッ!!!

 

 五重奏を意味する名を加えたスターライトブレイカーが放たれる。

 調和する5つの力が虹色の光となって竜の砲に向かう。

 

 ズダァァァァァンッ!!!!

 

 味方の死の力によって放たれた1つの砲と、調和する未来を信じる5つの力で放たれた砲が衝突する。

 まるで相手を否定する様な竜の砲撃と、そんな砲すら包み込もうとするなのは達の魔法。

 その2つが結界のほぼ中央でぶつかり、大きな魔力の衝撃を撒き散らしている。

 

 これによって竜となのは達4人が動けない。

 だが、敵は少ないながらまだ残っているのだ。

 

「キュォォンッ!」

 

「ピキィィィッ!」

 

 突如、砲の両側に敵部隊が出現する。

 シャチタイプの特殊移動だ。

 しかも、そのシャチタイプは口の中に大鷲タイプを入れ、運んできた。

 

「遅かったわね。

 もう少し早く来ると思ってたんだけど」

 

 しかし、そんな事態にも慌てず勝気に敵を睨むアリサ。

 何故なら、

 

 ォォオオオンッ!

 

 いつの間にか、アリサの周囲一面に帯状の魔法陣が展開している。

 それはアリサの魔法、クリスタルブレイドの生成発射台だ。

 その数は1000。

 アリサがサウザンドリンカーと共に出せる最大数だ。

 

 しかし、アリサにはもう魔力は殆ど残っていない筈。

 もうアリサ1人の魔力ではこんな大魔法は撃てない筈だ。

 アリサ1人なら―――

 

「……調整完了、いいわよ、アリサ」

 

 アリサにそう告げるのはアリサのすぐ後ろでアリサの肩に手を置くリンディ。

 よく見れば生成発射台の色はアリサの魔力光の碧ではなく翠。

 そう、これはリンディの魔力によって作られた物だ。

 

 この攻撃で全てが終わる。

 ならば、リンディも攻撃が終わるまでの数分以降の結界維持は必要無くなる。

 いままで結界維持に使っていた力、その残り全てをアリサの魔法に託したのだ。 

 この為に、五重奏の名を持つスターライトブレイカーの発射には参加していなかったのだ。

 

「この魔法に変わってから、実戦での最大出力がリンディの魔力になるなんてね。

 まあ、いいけえど……

 いけぇぇぇぇぇっ!!」 

 

Crystal Blade

 

 ガキンッ!!!

 

 リングに魔力によって結晶化された剣が生成される。

 といっても、アリサの魔力は殆どない為、アリサの魔力でコーティングされたリンディの魔刃だ。

 しかしこの際、そんな事は問題ではない。

 リンディの魔力で代行しているとはいえ、1本分の威力はアリサの魔力のみのものと大差はなく、そしてこの数ならば、本来の名前がそのまま使える。

 即ち―――

 

Sword World Shift

 

 ズダダダダダダダァァァアアアンッ!!!

 

 剣によって世界が埋め尽くされる。

 剣のみが支配する世界。

 それがここに展開される。

 回避する隙間などなく、退避など間に合う筈もなく、奇襲をしかけてきていた機械兵士は剣の下に沈む。

 だが、これは機械兵士に向けたもので、竜との決着には関わらない。

 その必要もないのだ。

 

 何故なら、一番最初に動いた彼女が、到着する頃なのだから。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 ォォォオオオンッ!!

 

 竜の砲を避け、クリムゾンブレイカーで竜に突撃するセレネ。

 しかし、竜は凶悪なまでな出力の砲を放っておきながら、まだその身にバリアを纏っている。

 これは砲の衝撃に対するバリアでもあるのだろうが、それでもおそらくなのはのバスターすら受け付けない程のものだろう。

 

 ズドォォオオンッ!!

     ズガガガガガガガガガガッ!!

 

 そのバリアと衝突するクリムゾンブレイカー。

 互いにバリアを侵食し合い、やがて、

 

 バリィィィンッ!!

 

 竜のバリアが砕け散る。

 しかし、同時にセレネのクリムゾンブレイカーも止まってしまった。

 竜のバリアが強力なのもあったが、竜の砲を避け、且つ竜までの最短距離を来た為、竜の砲の余波でクリムゾンブレイカーにダメージを受けていたのだ。

 これで、竜のバリアは解いたが、攻撃も止まった、状況には殆ど変化をもたらしていない。

 だが、

 

 カチャッ

 

 バリアの解けた竜の身体に触れる物があった。

 それは杖。

 クロノのデバイス、S2Uの先端だ。

 そして、そこには持ち手であるクロノもいる。

 

 しかし何故ここに。

 クロノはセレネのクリムゾンブレイカーを見送り、なのは達の斜め前方に居た筈だ。

 が、よく見れば、なのは達の斜め前方にいたクロノの姿が今消滅した。

 幻術だ。

 アリサが合流した時、クロノがアリサに触れた時、アリサが幻術で偽者を作っていたのだ。

 ただ姿だけを似せた幻を。

 同時にクロノはステルスで隠れ、セレネの後ろについていた。

 そうしてセレネに掴まってクリムゾンブレイカーで一緒にここまで来ていたのだ。

 

 ここまで来たクロノがやる事は1つ。

 

Break Impulse』

 

 ズダァァァァァンッ!!!

 

 魔法が放たれた。

 竜の装甲を砕く程の魔法が。

 しかしこの魔法、ここに来るまでにチャージした力押しの魔法ではない。

 ブレイクインパルスという名のこの魔法は、相手の固有振動数を割り出し、それに合わせた振動を打ち込んで相手を粉砕する魔法である。

 つまるところ、相手がそこに存在している限り、防御力の高さなど無視し、粉砕できる究極的な破壊魔法だ。

 だが当然欠点があり、破壊する対象の固有振動数を割り出すという作業が必要になり、対象に接触し、最低でも1秒程度は解析に専念する為に動けなくなるのだ。

 それに扱いが難しく、高度な知識と計算能力がなけば攻撃魔法としての運用はできない。

 更に今回こそセレネに運んでもらい、不意を突いたが、対象に接触しなければならないという制限から、近接戦闘能力も求められる魔法で、分類上は近接魔法になっている。

 

 さて、そんな理屈は兎も角、セレネがバリアを破壊し、クロノが装甲を破壊した。

 だが、だがしかし、それでも竜はまだ砲撃を続けている。

 竜は装甲が破壊された事など全く問題としていない様子で、セレネとクロノの存在すら無視している様にも見える。

 そして実際、装甲までは破壊したが、内部機構までは破壊できていない。

 露出こそしたものの、この竜の心臓部であるコアは無傷で未だ動き続けているのだから。

 セレネは既に魔力を殆ど使い果たし、クロノも同じ魔法は連発する事ができない。

 竜はそれが解っているのかもしれない。

 その上で動ける手で打ち払えば良いと、そう考えているのかもしれない。

 事実、竜は自分を倒しきれなかった2人を打ち払おうとその手を動かしている。

 

 そんな竜の傍で声が響いた。

 

Saber Soul:YAKAGE

 Final Mode』

 

 それはリンディと同じ声色のデバイスの声。

 セイバーソウルの声だ。

 ならば、そこに居るのは、

 

「―――ッ!」

 

 それには竜も目を剥き、驚きの様子を見せる。

 恐らくは竜に幻術は通用していない。

 クロノが来ている事は解っていた。

 アリサも幻術は気休め程度だと考えていた。

 だが、こちらは違う。

 何せ、最大速度を、奥義の歩法を魔法と共に使われればリンディすら位置を見失うくらいなのだから。

 そんな移動方法で途中からクロノ同様にセレネのクリムゾンブレイカーに隠れ、セミファイナルモードによる充填も済ませてある。

 故に、

 

「最後だっ!」

 

 

Shining Darkness

閃・薙旋

 

 

 ヒュォォォンッ!!!

 

 竜は動く間すら無く。

 そこに輝ける闇による4つの風が流れる。

 セレネの紅い風から始まり、クロノの振動という爆風に続き、最後に起こる静かな破滅の風。

 

 キィィン……

   ズバァァァァァァァンッ!!!

 

 ジュエルシード・マスタープログラムとの戦いの時の様な力の付与はない。

 だが、不破 恭也が辿り着いた答えを持って放たれる『閃』による薙旋は異世界の竜の心臓を切り裂く。

 僅かであっても手にした新たな力、魔の力も合わさり『輝ける闇』となったその斬撃は、いかなる護りも徹し貫き、切り裂くべきものだけを切り裂く『剣』の道。

 

 コアはその中の重要部分だけを破壊され、内部から崩壊する。

 コアの崩壊と共にドラゴンの全身が崩れ始める。

 

「グオオオオオオンッ!!」

 

 そして、ついに竜は砲撃すらできなくなり、それどころか今しがたまでしていた砲撃の衝撃にも耐える事ができず、コアの崩壊と共に身体が崩れてゆく。

 

 ブォォンッ!!

 

 恭也達はセレネのクリムゾンストライカーでその崩壊から逃れる。

 そこには竜の砲という邪魔がいなくなり、竜へと直進するスターライトブレイカーも来ている。

 放っておいても崩れ、コアを失い死にゆく竜であるが、スターライトブレイカーで完全に消え去る事になるだろう。

 

 

 ―――だが、その時だ。

 竜から離れ様としていた恭也達は声を聞いた。

 

「……本隊……に……報……ク……

 第一目標ジュエルシード……正常化をカ、ク認……」

 

 竜がこの結界すら貫く力で、最後に誰かに通信を送っている。

 それが聞こえたのだ。

 その内容はこの竜がジュエルシードを目的にきた事を証明するものだった。

 しかし、言葉はまだ続いた。

 

「第二目標、ヤ、…………ノ書、未ダ…目ザ、メ……ず……」

 

 最後にそう聞こえた。

 擦れてしまい、通信上もちゃんと伝えられているかも怪しく、更には爆音まで混じっていた為、意味は半分くらいしか解らなかった。

 それに、

 

 ズドオオオオオオォォォンッ!!!

 

 スターライトブレイカーが着弾し、光の中に消える竜。

 最後の言葉の意味するところは、もはや問う事すらできなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 30分後、なのは達はアースラの休憩室に来ていた。

 最後のスターライトブレイカーの直撃後、僅かに残っていた機械兵士は自爆し、戦いは終わった。

 それから敵が残っていないかを確認し、結界を解除、アースラに帰還したのである。

 武装局員は付近の調査、探索中で、リンディ、クロノとエイミィは報告作業中。

 セレネは医務室、恭也はフィリスの所に行く為アースラを降り、ここには居ない。

 

 と、言う訳で休憩室に居るのはなのは、久遠、フェイト、アルフ、アリサの5名である。

 それぞれ自分で選んだ飲み物を飲みつつ、のんびりと休んでいる。

 アリサは兎も角、なのは達がまだアースラに居るのは名目上、敵の第二陣に備えてである。

 尤も、それは無いと思うし、第一、今来られたら魔力が全員空に等しいので戦う事はできない。

 それならば仮眠を取って魔力を回復させれば良いのだが、その前にする事があるのだ。

 が、それには全員揃わなくてはならないので、それまでのんびりと休憩するなのは達だった。

 そんな中、

 

「それにしてもフェイトもアルフも、とても1ヶ月間ろくに戦闘訓練をしていなかったとは思えない動きだったわね」

 

 アリサがそんな話題を振る。

 忘れていた訳ではなく、作戦を立てる上で十分考慮していたのだが、その必要はなかったのだ。

 人間1ヶ月もやっていないと大概の事は鈍るものなのにだ。

 

「そんな事無いよ。

 動きも最初は鈍かったし、魔法も不安定だった。

 中盤からやっとちゃんと動けるようになったくらいだったよ」

 

「そうだねぇ、リハビリにはちょいキツイ相手だったけど、まあなんとかなったって感じだったねぇ」

 

 当の本人達は十分鈍っていたと思っているらしい。

 事実として鈍っていたのだろうが、これはアリサがそう感じないくらいでしかなかったと言う事だろう。

 

「でも、十分戦えてたじゃない。

 流石に魔法が使えなくなってるって事は無いとは思ってたけど、出だしも十分だったわよ」

 

「一応、容疑者扱いだった時もイメージトレーニングとか、後動ける範囲で身体は動かしてたから」

 

「あの狭い牢獄でも何とかなるもんだよー」

 

 静かに答えるフェイトと、カラカラ笑いながら答えるアルフ。

 取り調べ以外、やる事のない囚われの身だったとは言え、そんな時でさえ自身の管理を怠らなかったのだ。

 

「さすがセレネの仕込みね」

 

「うん、戦えるようにしてくれたセレネには感謝してるよ」

 

「そうだねぇ、あの頃は殺してやろうくらいには思ってたけど、役立つもんさ」

 

 辛かった過去も全て今に活きている。

 そして、今幸せなのだからその辛かった過去の事も笑顔で言える。

 それは言うほど簡単ではない事だが、この2人にはそれができるのだ。

 

「連携もやっぱり上手いよね」

 

「今度参考にさせてね」

 

 ずっと組んで戦ってきたフェイトとアルフの連携は高度だ。

 それはあの機械兵士達をリハビリ相手にしてしまった程。

 能力的な相性もあるが、1ヶ月のブランクをものともしないのは、やはりその下積みたる練習量によるものだろう。

 なのはと久遠もこの1ヵ月間練習してきて、今日合体魔法を使うまでに至ったが、連携した戦闘ではフェイトとアルフにはまだまだ及ばない。

 

「なのはと久遠も練習すればできるよ」

 

「そうそう、2人は信頼し合ってるしね、後は練習すれば解決さ」

 

 連携行動について少し話す5人。

 特にフェイトとアルフ、なのはと久遠で話が弾む。

 その中でアリサは、話に参加しながらもふと思っていた。

 

(パートナー、か)

 

 フェイトと使い魔アルフはパートナーの関係で、相性も良い。

 なのはと久遠はアリサが出会う前からの友達同士で、戦闘上の支え合う関係にある。

 対し、アリサは基本的に1人で何でもできる為、誰と組む事もできるが、誰であっても中途半端になってしまう。

 だとしてもアリサの個人能力は高い為なんら問題にならないが、それでもやはり少し思ってしまうのだ。

 

 プシュッ!

 

 と、そこへ休憩室の扉が開く。

 

「リンディ達はまだの様だな」

 

 やってきた、と言うより、戻ってきたのは恭也だった。

 だがその姿、腕などに包帯を巻いての登場であった。

 

「おにーちゃん、どうしたの?

 怪我してたの?」

 

 なのはが記憶する限り、今回の戦闘で兄は傷は負っていなかった筈だ。

 流石に心配になるが、返ってきた答えは、

 

「いや、傷らしい傷はない。

 これはフィリスが巻いただけだ」

 

 と、腕の包帯を見せる。

 よく見ると、包帯に何か書いてある。

 

「えっと……使用禁止?」

 

 マジックでかかれた文字。

 乱暴な筆跡で、大きく書かれている。

 

「見ただけでは傷も無かったのだが、1度戻らなくてはならないと言ったらな、書かれた。

 条件も、明日から検査入院する事だよ」

 

「ああ、どうなんだ」

 

 傷は無いが、かなり疲労している事は解っている筈。

 それも含めて、どうやらちゃんと診るまでこれ以上戦闘をするなと言う事らしい。

 包帯と文字は周囲、特にリンディへの連絡の為だろう。

 

「ところで、何の話をしていたんだ?」

 

「戦い方の話だよ」

 

「今は連携の話だったけど」

 

「そうか」

 

 フェイトとなのはに答えを聞いて、それ以上何を言うでもなく、飲み物を適当に取る恭也。

 そして、なのは達が話している席から少し離れた席に座る。

 話しが聞こえるが、参加するにはちょっと離れた位置だ。

 

「……まあいいけど。

 ところでなのは、少し聞きたいんだけど、あの射撃ってどうやってるの?」

 

 恭也の事はとりあえず置いておいて、間も空いた為話を少し変えるアリサ。

 

「あの射撃ってどれの事?」

 

「久遠と一緒だったけど、一直線にしか飛ばない直射で敵を3体も同時に射抜いたやつよ」

 

「あ、それは私も聞きたかったんだ」

 

 その話題にはフェイトもアルフも食いつく。

 戦闘する者として、多少なりとも射撃魔法を使うものとして、1体の敵を射抜くのはいいとしても、3体の敵を1つの魔法で同時に射抜くなどどうやっているのか気になるところだ。

 

「アレ? どうって言われても。

 敵の動きを読んで、丁度いい位置があったから撃っただけだよ」

 

 対し当のなのはは特別な事をしている意識がない。

 射撃の時、いつもと違う感覚になるものの、それが他者と比べて特別だとは理解していないのだ。

 

「もしかして、恭也さんが使うみたいな神速をなのはも使ってるの?」

 

 アリサも一応御神流奥義の歩法『神速』についてはある程度教えてもらっている。

 要は自分の思考だけが加速する技術と言ってしまう事ができる。

 ならば、そうする事で敵の位置、移動を計算しやすいのか、とそう考えたのだ。

 しかし、

 

「いや、なのはは神速を使っていないぞ」

 

 その答えは恭也から出された。

 そこに居るし、ある程度恭也も参加してくれると思っていたが、このタイミングで、それも否定の言葉でだ。

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

 なのはが自分の事なのに恭也に確認し、恭也は自分の事ではないのに断言する。

 

「どうして解るんですか?

 アレ、射撃というほとんど静止した状態で使ったら、外から見たら判別つかないと思うんですけど」

 

 アリサの疑問も当然の事。

 歩法と言われるように基本的に移動を含めて行われる神速であるが、別に神速の領域に入るだけなら動く必要はなく、動かなかった場合、他者からはその変化は解らない筈なのだ。

 

「神速を使える者としての感覚、と答えるしかないな。

 だが、どの道なのはが射撃でやっている事は神速を使ってもできる事ではないさ」

 

「そうなの?」

 

「ああ」

 

 なのはは貴重な体験をし、師に恵まれ、今でも十分戦えるだけの力を持っている。

 しかし、経験という時間の長さはあまりに短く、自分の能力が他者のものとどう違うのかも解っていない。

 

「俺も最初は神速の使用を疑った。

 使える理由はこちらで用意したからな」

 

「え?」

 

 それから、恭也はジュエルシード事件の時、レイジングハートに保険として神速を使う感覚を入力した事を話す。

 シンクロによって伝える事ができた感覚を入力したのはリンディだが、兎も角、条件が揃うと擬似的な神速が発動する仕組みになっていたのだ。

 だから、なのはは擬似的とは神速を使う事ができた筈だ。

 しかし、

 

「レイジングハート、なのははあの擬似神速を使っていたか?」

 

『No』

 

 この場でレイジングハートに確認する恭也。

 だが、やはり恭也の思ったとおり、なのはは擬似神速も使っていなかった。

 聞けば、1度その擬似神速にアクセスするだけの条件が揃い、実際アクセスは掛かったが、使われなかったとの事だ。

 ただ、その擬似神速は性能にリミッターを掛けていた頃のもので、山篭りの最後、リミッターを解除した時にデータは破棄され、詳細な記録も残っていないらしい。

 

 なのはとアリサはそんなデータがあった事自体にまず驚き、そして兄達の何重にも考えられた策の深さにもはや呆れるしかないという感じになっていた。

 

「なのは、射撃をする時、敵を狙う時、どんな感覚になる?」

 

「うーんと……知覚が拡大するみたいな感じかな」

 

「いつもと視点そのものが変わるという感じじゃないか?」

 

「あ、そうかも、なんか自分も含めて上から見ているみたいな感じかもしれない」

 

 恭也は知りうる限りの射撃という技術に関する知識で問うが、なのはから返ってきた答えに少し驚きながらも、納得する。

 たまに射撃をする時は自分の目ではなく第3の目がある感覚、などと表現される事がある。

 どうやら、なのははその感覚でも上位に位置すると思われるものを手に入れている。

 

「これは俺の推測だがな、なのはは神速のデータから、自分に必要なものを取り出して利用したのではないと思っている。

 神速は簡単に言えば思考の加速だ。

 それを情報処理に使用し、空間の全てを把握し、敵が動きの流れを予測し、最適な射撃を計算して導きだしているのだろう」

 

 なのはの情報処理、敵の行動予測の異常さは、山篭りの時にも見ている。

 恭也の対応行動、回避行動とその移動位置を計算した上で狙撃するという芸当をしているのだ。

 これは、その時は知らずとも相手が恭也であり、なのはにとっては行動を予測しやすかったというのもあるだろう。

 戦闘経験は短くとも、日常の中でずっと接してきた為、本人も気付いていない様な癖など、行動を計算できるだけの何かを得ていたとも考えられる。

 今回の戦闘では、敵は3種の同型機である事もあり、それに動物型で直線的な動きが多く、計算し易かったのだろう。

 

 尤も、計算できても、それを実行するなのはの肉体の制御能力もまた凄い。

 デバイスで、精密な動作を補助しているとはいえ、細かな照準を瞬時に完成させる能力はまた別物で、これもまた得がたい能力であろう。

 

「そうなのかな?」

 

「たぶんな。

 俺には射撃は教えられんから、今度専門家にでも見てもらえばいい」

 

「うん」

 

 とりあえず、なのはのあの精密射撃はコツを聞いて真似できる様なものではない事が解った。

 流石にそんな都合よくはいかないことは解っていても、アリサもフェイトもやや残念そうだ。

 同時に、なのはの凄さに改めて気付いて嬉しそうでもある。

 

 プシュッ!

 

 話も一段落した丁度その時、また部屋の扉が開く。

 

「リンディはまだなの」

 

 部屋に入ってきたのはセレネ。

 セレネは1度なのは達に目を向けると、自分の飲み物を持って1人席に座る

 その位置は恭也と同じ様に、なのは達とは少し離れた位置。

 しかし、恭也とはほとんど対極の位置で、なのは達は恭也とセレネに挟まれている様な感じだ。

 

「……まあいいけどね。

 ところでフェイト、貴方にも聞きたかったんだけど、魔力の運用。

 貴方使い魔持ちなのに、私達と並んで戦ってても魔力が先に切れる様な事ないでしょう。

 それもアルフも一緒に戦っているのに」

 

 使い魔は存在しているだけで魔力を消費する。

 アルフ程の高性能な使い魔となれば何もしなくとも多大な魔力を食い、戦闘にも支障が出ている筈なのだ。

 しかし、ジュエルシードとの戦いの頃も、フェイトもアルフも魔力の残量で苦しんでいる姿は見ていない。

 そう言う事態になっている時はなのは達の方も残量がなくなっていた時で、一方的なものではなかった。

 

「それは私もアルフも近接戦闘が主体だし、それに連携するから少ない魔力で効率的に敵を倒せるから」

 

「後は、私も魔力の使用はフェイトの状態とかで抑えたりしてるからね」

 

 フェイトの戦い方にはなのはやアリサの様な派手さはない。

 その分余計な魔力を食わないというのがある。

 勿論、なのはやアリサの魔法が無駄の塊と言う訳ではないが。

 元々近接魔法は直接魔力を叩き込む為、途中で減衰してしまう射撃魔法よりも魔力効率的には高いのだ。

 それにフェイトからアルフに流れる魔力も常に一定ではないし、常に互いに半分ずつと言う訳ではない。

 時と場合で増やしたり、ギリギリまで抑えたりして無駄の無い様に努めているのだ。

 

 因みに、アルフはジュエルシード事件の頃から、先の戦闘でも使ったパワーブーストという補助魔法は使えた。

 しかし魔力消費量の問題もあるし、単体に対してより強い攻撃を1回するより、2人で同時に違う角度から攻撃した方が良かったりする場合が多いので、結局使わなかっただけなのだ。

 

「魔力の運用もセレネに叩き込まれたからね〜」

 

「……」

 

 アルフがそう言って1度セレネの方を見るが、セレネは振り向きもしない。

 セレネも1度は使い魔を持とうとした経験があり、今では病の関係で魔力を節約する事に関しては知識も経験も高く、使い魔を使う上でのものへと転用が利いたのだ。

 

「魔力の運用で言えば、アリサも凄いと思うよ。

 乱射している様に見えて、全然魔力を切らさないし」

 

「そう? クロノには無駄が過ぎるってよく言われてるけど。

 それに、私のあの魔法って完全に固定させちゃうから1本あたりの消費は見た目よりかなり軽いわよ」

 

「そう言う見た目の消費よりも軽くて、見た目通りの威力を出せるのは凄いよ」

 

「そうかな? カモフラージュが変に得意ってあんまり自慢できないけど」

 

 そういいながらもアリサは割と嬉しそうだったりする。

 クロノ達が滅多に褒めない為、耐性がないのだ。

 

「まあ兎も角、今のままじゃ魔力が最初に尽きるのは私なのよね。

 なにせ使い方がアレだから」

 

「派手なだけの効果は十分ある筈なんだけどね」

 

「そうだよね、数が居る敵とか、素早い敵には特に。

 私もあのソードワールドシフトは避けられそうにないし」

 

 アリサはこのメンバーの中では最大規模の範囲魔法を使える。

 範囲魔法は広範囲である分威力が低くなりがちだが、アリサの場合消費が大きいものの、一撃必殺といえるレベルの攻撃力を持っているのだ。

 これは今回の様にある程度強く、しかも数が居る敵の掃討にはうってつけで、実際活躍している。

 

 因みに、アリサ程の範囲魔法になると恭也など異常なくらいのスピードを持つ相手にも有効で、回避が全く間に合わない攻撃ができる。

 フェイトや恭也に代表される様に、スピードがある者はいくらか防御力を犠牲にしてしまっている為、1本の攻撃でも致命打になりがちなのだ。

 まあ、その魔法を放つ準備に必要な時間で相手に倒されなければの話だが。

 

「と言っても、今回みたいに毎回上手く展開を隠したりするのは難しいし。

 そこの課題をもう少しなんとかしたいのよね」

 

 そう言って天井を見上げるアリサ。

 その時、意外な方向から声が掛かった。

 

「使い魔を持てばいいんじゃないか?」

 

 その声の主はセレネ。

 そしてその内容は、自ら過去の傷跡を晒す様な内容であり、特にアリサは耳を疑ったくらいだ。

 しかし、そんな中でもセレネは続ける。

 

「お前の魔法のタイプの場合、インテリジェントデバイスに変える意味は無い。

 むしろ、今の専用デバイスからインテリジェントデバイスにする事はマイナス効果しかない。

 ならば、魔導師が戦力を上げるのに期待できるのは使い魔の存在だ。

 お前ならばアルフの様に直接戦う事もできるタイプよりも、殆どサポートに徹する様なタイプの使い魔が良いだろう。

 お前の剣を放つという単純でありながら防ぎ難いあの魔法は、補助魔法でその場にあった力を付与する事で爆発的な効果を期待できる」

 

 淡々と説明するセレネ。

 まるで前々から考えを纏めていたかの様に。

 

「そ、そうね……でも、いいの?」

 

「何がだ?」

 

「あ、いえ、なんでもないわ」

 

 セレネが使い魔を持て、などと言うから少し戸惑うアリサ。

 しかし、今のセレネの考え方はアリサも納得し、考えるほどに自分にあっていると思えてくる。

 それに、自分でも考えた事があるのだ。

 使い魔を持つと言う事を。

 更に言えば、なのはとフェイトを見ていて、衝動的ではあるが考えてしまっていた事もあり、本格的に使い魔について考える事となった。

 

 プシュッ! 

 

 と、そんなタイミングでまた扉が開いた。

 

「遅くなってすまない。

 リンディももう少しで来るよ」

 

 次に来たのはクロノだった。

 そして、そう伝えてから自分の飲み物をとり、1人席に着く。

 その席はやはりなのは達から少し離れた位置で、しかも恭也ともセレネとも離れた位置だ。

 これでなのは達を中心に、恭也、セレネ、クロノを結ぶと丁度三角形の頂点となる位置に座っている事になる。

 

「……」

 

「ん? どうした?」

 

「あー、うん、いや、なんでかなーと」

 

 なのは達は恭也達3人を見て苦笑する。

 これは一体どういう図なのだろうかと。

 

「謎だね〜。

 あ、そう言えば、さっきの戦いセレネが居たけど、良かったの?

 確か時空管理局には関われないんじゃなかった?」

 

 恭也達がとった行動については本人達に聞いても恐らくまともな答えは返ってこない。

 そう感じたなのは達は話を続ける事にした。

 今度はアルフが少し思った事を聞いてみる。

 なのは達は先の戦闘には最初から居なかったので知らない事だ。

 

「言い訳はいくらでもつける事ができるさ。

 リンディが個人的に『召喚魔法』として呼び出したか、もしくはセレネがたまたま近くを通りかかったら巻き込まれたか。

 まあ、今回は恭也殿も一緒だから通りかかったは在り得ない為、召喚の方で報告するだろうな。

 それが事実でもあるし」

 

 答えたのはクロノだった。

 魔法の中には召喚魔法というものがあり、リンディとセレネ、恭也はその契約を交わしている。

 召喚魔法を使うには次元転送の魔法が使える事が条件であるが、ほぼ距離を無視し、瞬時に契約を交わした相手を呼び出す事ができるものだ。

 普通は人間同士で結ぶものではなく、リンディとセレネ、恭也の関係は特殊と言える。

 因みに、時空管理局内において召喚魔導師の召喚魔法は行使する魔法の1つでしかなく、召喚対象に対しては基本関与しない。

 それは、何を召喚対象としても気にしないが、給与なども支払わないと言う事だ。

 つまり、リンディの様に人間を召喚対象とし、時空管理局には関われないセレネや管理外世界の人間である恭也を呼び出して戦わせるのは、リンディ個人の自由で彼女自身に責任が発生すると言う事だ。

 

 尚、召喚魔法の召喚対象としての契約を結んでいる者は時空管理局の正式な局員にはなれない。

 理由は、業務中に呼び出しをかけられる場合があるからで、それでは役割を振る事はできないからだ。

 一応、召喚者と一緒の部署、仕事という事を条件に、こちらでいう契約社員の様な待遇で給与も貰う事は可能になっている。

 これは使い魔持ちの魔導師と使い魔も同じ事が言える。

 

 余談だが、通常は召喚対象に給与は無いし、死亡しても保険はない。

 だが、治療などに関しては無料ないし格安でしてくれる事になっている。 

 更に余談だが、リンディくらいの地位、提督クラスになれば召喚でなくとも、私兵を持つ事を許されている。

 ただし、給与や保険などは個人管理、つまり自分の給料から個人で雇ってる私兵の給料を出せという事だ。

 私兵というとなんとなくイメージが悪い事があるが、自身の使い魔や他者の使い魔、霊獣などの召喚獣にされるような生物なども含まれ、むしろこの場合はそっちが一般的になる。

 

「おにーちゃんとリンディさんはいつも間にそんな契約をしてたの?

 その前に、リンディさんは召喚魔導師でもあったんだね」

 

 こちらの世界で言う召喚はやはり召喚獣など、完全に使役される側とする側という主従関係的なイメージがある。

 リンディと兄の場合は違うのだろうと、今までのイメージが消えるなのはだが、それよりもリンディの多彩な魔法に驚くばかりだ。

 既に自分の魔法をコピーし応用された過去がある為、自分などとは比べてはならないくらい格が違う事は解っていた。

 しかし、結界魔導師と呼ばれながら攻撃魔法から補助魔法、召喚魔法までなんでもアリとはどうなのだろうか。

 

「まあ、リンディに関してはそこら辺は気にしない方が精神衛生上良いわよ」

 

 アリサも呆れ、既に諦めているのだろう。

 溜息を吐きながら答えるだけだった。

 

 プシュッ!

 

「あらあらアリサ、それじゃあまるで私が化け物みたいじゃない」

 

 と、そこへ丁度リンディがやってくる。

 エイミィも一緒だ。

 

「遅れてごめんねー、報告に手間取っちゃって。

 って、なんでそんな変な座り方をしてるの?」

 

 入ってきたエイミィはまず今のなのは達と恭也達の座る席の位置に対して突っ込みを入れる。

 やはり普通に変な位置関係に見えるのだろう。

 

 とりあえずこれで全員揃い、リンディとエイミィもそれぞれ飲み物をもって席に座る。

 恭也達も席を移動し、会議を開く様な感じで1箇所に集まる事になった。

 実際に似たような事をするのだが、会議室でやる程ではないとここになっている。

 

「とりあえず、最初に言っておきたいんだけど」

 

 場が整ってから、アリサが先ず発言した。

 

「なに?」

 

 リンディも何かを言われるか、というより何を言われるかは解っている。

 そもそも予告もあった事だし、そうなる様な事をしたと自覚もしているのだ。

 

「ああいうやり方、戦術上理解はするけど、感情では納得してないからね。

 以上」

 

 言っているのはあの緊急事態を報せるにはふざけた連絡方法の事だ。

 アリサの言葉はなのは達の気持ちの代弁でもある。

 しかし、それはリンディの、いやリンディ、クロノ、セレネ、恭也とそれにエイミィ、大人達の予想に反して短かった。

 もっとぐだぐだと言われる事も考えていたというのに。

 

「そう。

 なら、貴方はもっと上手く出来る様になりなさい」

 

「解ってるわよ」

 

 微笑むリンディと、そっぽ向くアリサ。

 そんな光景を、表情こそ変えないが、恭也達は微笑ましく見ていた。

 

 さて、その話も終わり、本題に入る。

 

「さて、今回の敵だけど……

 まず、アレは『敵』だったかどうかについてはどう思う?」

 

 リンディがまず皆に尋ねたのはそんな事だった。

 相手の様子から敵として対応し、実際襲撃されているので敵であることは変わらぬ事実だろう。

 だが、

 

「そうですね、殺意や敵意は感じませんでした。

 相手が機械だからかな、って思ったんですけど、それもどうも違うみたいで」

 

「それは私も同意見」

 

「久遠もそう思うよ」

 

 なのはを代表として、後から来た5人については同じ意見で統一されている。

 戦いの間は迷わず戦ったが、その後はこれも兄達が策略したものではないかと考えてたくらいだ。

 尤も、今回に限ってそれは無いと既に否定しているが。

 

「そうだな、あの竜が指揮機だったが、やはり敵意はなかった。

 攻撃する意思は感じられたがな。

 どうも、何かを試された様な感じだ」

 

 そして、恭也を代表としてセレネ、クロノも同じ意見だった様だ。

 それが解っていても、攻撃してきた以上反撃はするし、あの場に立った時点でそんな事を考えない事にしている為、竜に対しても一切手加減する事はなかった。

 する余裕もなかったが。

 

「そうね。

 それに最後の竜の言葉から考えるに、ジュエルシード絡みで、何かの観察に来たというのは確かな様ね。

 増援が来る気配すらない所を見ると、満足いく結果だったと考えられるわ」

 

 戦闘が終わって今で大体1時間。

 竜が『本隊』と言っていた者達がどの程度離れた位置に居るかは不明だが、現在までに新たな敵の接近は感知していない。

 相手の技術力から見て、通信のタイムラグと移動の為に必要な時間はあまり必要ないと考えられるのにだ。

 尚、竜の最後の言葉はアースラの方でも聞き取る事ができていた為、記録し、なのは達も既に聞かされている。

 

「そう考えた上で、竜の言葉を真実とするならば、完全には聞き取れなかった『第2目標』というのが気になる所ね」

 

 そう、竜は第1目標をジュエルシードとした上で、第2目標と言うのを持っていた。

 過去の調査船団の行動を考えればそれもロストロギアの可能性が高い。

 

「名前が聞き取れなかったからね、現在聞き取れた範囲での言葉で該当しそうなロストロギアを検索してるよ。

 尤も、調査船団での呼び名とこちらの呼称が同じとも限らない上、既に発見された上に行方不明のロストロギアであるかも不明だから、あまり期待できないけど」

 

「とりあえず、一覧が出来たら皆にも見せるからね」

 

 報告とついでにその調査も掛けていたのだろうクロノとエイミィ。

 この世界にまだロストロギアがあるとなれば、なのは達も黙ってはいられない。

 

 そう、ジュエルシードとの戦いは終わったが、また新たな戦いが起きるかもしれないのだ。

 勿論、戦いが起きる様なものではないかもしれない。

 しかし、警戒はしなければならない事には変わりない。

 

「では皆、そのつもりでいてね。

 なのはさん達は悪いんだけど、また協力してもらうかもしれないわ」

 

「はい、かまいません。

 わたしにできる事であれば」

 

「うん」

 

「私達も手伝います」

 

「当然だね、だってあの星には家がある訳だし」

 

「……」

 

 なのはと久遠、フェイトとアルフも協力は惜しまない。

 それに、恭也の場合は、リンディとは召喚の契約を交わしているのだ。

 わざわざ返事など必要ないとして黙っているに過ぎない。

 

「皆、お願いね」

 

 そこで一旦言葉を切るリンディ。

 これで会議は終わりだ。

 そして、

 

「じゃあ、今日は解散。

 皆、ゆっくり休んでね。

 私も今日は帰って休むことにするわ」

 

「そうですね。

 じゃあエイミィ、調査の方はよろしく」

 

 帰るのはなのはやフェイト達だけはなく、リンディとクロノも家に戻るらしい。

 

「えー、クロノ君まで帰っちゃうの?」

 

「そりゃあ、俺も今日は戦闘をしてるからな。

 寝て魔力を回復させるのも仕事だ」

 

「そりゃそうだけど」

 

「じゃあ、明日来るまでに調査結果は纏めておいてくれよ」

 

「は〜い。

 武装局員の皆とがんばりますよ〜」

 

 そんなクロノとエイミィのやりとりを最後に今日は皆家に戻る事になった。

 兎にも角にも戦いはとりあえず終わったのだ。

 いつか崩れる可能性があるにしても、平和が戻った事には変わりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから3日後。

 あの戦いの後、一晩はのんびり休めたものの、流石にリンディ達は翌日からは激務となった。

 なにせ嘗て無い規模の調査船団と接触、戦闘した上に勝利してしまったのだから。

 残っている限りの情報を纏め、報告し、時空管理局の仲間達へ情報を展開しなければならない。

 実際に戦ったなのは達への調査協力が依頼されたりもした。

 尤も、一緒に戦ったアリサが調書を作っている事もあり、学校の休み時間に少し話した程度のものだ。

 恭也にも依頼がきたが、こちらはアリサがなのはに聞く以上に必要のないものなので、殆ど形だけだった。

 因みに、検査入院中だったので、リンディが病院に訪れて行われた。

 

 そんなこんなで3日が経過した。

 恭也達の世界では今日は休日で、学校も休みだった。

 恭也も退院し、家に戻った昼過ぎ、なのはに電話が掛かってきた。

 相手はアリサだ。

 

『温泉に行くことになったわ』

 

 開口一番にそう告げるアリサ。

 どこか疲れた様子で。

 実際学校と管理局の二重生活といえる状態なので疲労はしているだろうが、もっと別の疲労感が見える。

 

「えっと……温泉って何処へ?」

 

 流石のなのはも、いきなり温泉に行くなどと言われて戸惑わずにはいられない。

 とりあえず出てきた疑問を問いかけてみる事にする。

 

『ほら、ジュエルシード事件の時に行った山があるでしょ、恭也さんと修行しに。

 あの温泉らしいわよ』

 

「ああ、あそこか……でもなんで?」

 

『さあ? とりあえず、報告作業が終わったんだけど、それでリンディが温泉に行こうって言い出して、それからあれよあれよと言う間に……

 あの場所であるのは、クロノやエイミィも一緒だから、一般人が居る場所はまだ避けたいっていうのもあるんじゃないかと思うけど』

 

「ああ、なるほどー」

 

『恭也さんと久遠とアルフが先行してるわ。

 私達はとりあえず準備しておいてって。

 ああ、温泉に入るだけだから着替えくらいでいいわよ』

 

 先程兄が病院から帰ってきたばかりなのにまた出かけて行ったのは何でかと思ったが、それだったらしい。

 

「うん、解った」

 

『じゃあ、1時間後くらいに迎えに行くから』

 

 そう言って電話を切ったアリサ。

 急な話なので、温泉に行くという気持ちの切り替えはまだできていないが、とりあえずなのはは準備をするのだった。

 尚、なのはが出かける事に関しては恭也から桃子達へ連絡を入れていると後で聞いた。

 

 

 

 

 

 1時間後。

 そういえば移動方法を聞いていないと思い出したなのはだが、迎えが来た時に驚く事となった。

 

「えっと、いつの間に免許を?」

 

「昨日だ」

 

「これ、買ったんですか?」

 

「ああ」

 

 高町家の前に止まったワンボックスカー。

 誰がと思ってみてみれば、運転しているのはセレネだった。

 

「大丈夫、向こう側にも似たような乗り物はあるから」

 

「いえ、運転の心配をしている訳じゃないんですけど」

 

 移動時間を考えると転移魔法を使うかとも考えていたのだが、全く意外な展開だった。

 しかもセレネは僅か1日、1発試験で免許を習得したらしい。

 

 尚、今日のセレネの格好は男物のスーツだ。

 今まで見なかったが、前もそんな感じの服しか着なかったらしく、今後セレネはこの世界での外出時はスーツで出るつもりらしい。

 

「まあ、いいじゃない、もう用意しちゃってるし。

 なのはも乗って」

 

「はーい」

 

 と言う訳で、セレネの運転する車での移動となった。

 それはそれで道中フェイトやアリサと会話を楽しめるので、良かったと言えるだろう。

 何分行く先が温泉に入るだけしかできない場所なので、それを考慮したのだろう。

 尚、席は運転席にセレネ、助手席にリンディ、後ろになのは達3人である。

 因みに、クロノとエイミィはまだ仕事が少し残っているとのことで、後で転移魔法で合流する事になっている。

 

 

 余談だが、恭也達先行組も転移で移動している。

 何せリンディの急な要望だったので、準備に時間が必要だったのだ。

 尚、この車で移動している時間も準備の為に必要な時間だったりする。

 

 

 

 

 

 日が傾きかけた頃、一向は目的の山に到着する。

 

「着いたぞ」

 

「はーい」

 

 車を降りて山を見ると、なのはとアリサは前来た時とは少し雰囲気が違うと感じた。

 恭也達が先に来て結界を張っているのもあるが、あれから1ヶ月半過ぎ、夏になろうとしているので、植物も動物も入れ替わっているのかもしれない。

 

「さて、行きましょうか」

 

「……」

 

 リンディは帰りのだろう転移用の魔法陣を設置し、セレネはなにやら大きな荷物を持っている。

 

「セレネさん、その荷物は?」

 

「ああ、弁当とかだよ。

 流石に狩りをする暇もないしな。

 それと、高町家とさざなみ寮にお土産を作ろうと思ってな」

 

「お土産?」

 

「温泉を汲むんだ」

 

「そうはいいかもしれませんね」

 

 荷物にも納得したところで山に登り始める少女3人と大人2人。

 獣道しかない急な山道だが、メンバーがメンバーだけに散歩気分で登っていく。

 喋りながらでも草木を避け、危ない石や窪みを避ける。

 主にセレネの仕事だが、普段着のリンディやなのは達も同様に行えたりする。

 

 登りだして数十分。

 到着までもう少しというところで出迎えが来た。

 

「なのはー」

 

「フェイトー」

 

 大人モードの久遠とアルフだ。

 やや服が泥で汚れているが、手を振ってなのは達を出迎えてくれる。

 

「くーちゃん」

 

「アルフ」

 

 駆け出して2人と合流するなのは達。

 

「2人とも、ご苦労様。

 ごめんね、急に作業させて。

 ところで恭也さんは?」

 

「最後の見回りに行ってる。

 なんか今日は動物が多かったから」

 

「そうなの」

 

「もう直ぐ帰ってくると思うよ」

 

 そうして話しながら温泉の方へと向かう。

 自然の中にある天然の露天風呂に手を加えた物。

 前回来た時でも十分人が使えるものであったが……

 

「あら、また改造したの?」

 

「うん、私とアルフもいたからね」

 

「結構大変だったけど」

 

 半日にも満たない時間で風呂はまた改造され、温泉旅館の様に綺麗に石で敷き詰められている。

 勿論そうでない場所もあり、動物達の為にそのままにしている部分もある。

 しかしそれだけではなく、近くには小屋まで建っているのだ。

 

「小屋まで……普通に秘境の温泉になっちゃったね」

 

「木材は買ってきたんだよ。

 流石に山の木は無闇に使えないから」

 

「細かいわね」

 

 転移魔法と久遠、アルフの力を使い、恭也だけではできない整備を行ったようだ。

 元々修行の疲れを癒す為だけのものだった筈だが、客を取れるくらいになっている。

 

 と、そこへ人の気配が近づいてくる。

 

「来たか」

 

 恭也が見回りから戻ってきたのだ。

 流石に恭也は普段着ではなく動く為の服装だ。

 

「恭也さん、ご苦労様です。

 すみません、退院したばかりなのに働いてもらって」

 

「いいですよ、苦労されているのは解ってますから。

 今日はのんびり温泉で疲れを癒してください」

 

「ありがとうございます」

 

 尚、今回の温泉行きはリンディが望んだものであるが、恭也がそれならばと言い出した事でもある。

 恭也にしてみれば検査入院で鈍った身体を適当に動かしたいのもあったので丁度良かったのだ。

 

「では、早速どうぞ。

 温泉の準備もできてますので。

 俺は見回りに行きますのでごゆっくり」

 

「え? おにーちゃんも入らないの?」

 

 挨拶だけしてまた去ろうとする恭也を呼び止めるなのは。

 流石に準備をしていた者を置いて自分達だけ入るのもなんだろう。

 だが、

 

「流石に一緒に入る訳にもいくまい」

 

 なのはと久遠だけなら兎も角、今回はリンディやフェイト、アリサが居る。

 いくらなんでも問題になるだろう。

 尤も、

 

「私は構いませんが」

 

 リンディは本気かどうかは判らないが、そんな事を言っている。

 更に、

 

「えっと、それなら私も……」

 

「いや、どちらにしろ見回りは必要でな。

 どうも今日は獣達の様子がおかしい。

 その原因を突き止められるならしておきたいんだ。

 俺は後で入る事にするよ」

 

 フェイトがどういう意図があるか知らないがリンディに続こうとしていたので止めておく恭也。

 もしフェイトが了解するとアルフも続くだろうし、セレネも気にしない為、アリサが孤立してしまう。

 と同時に一緒に入らなければならない流れになるのは恭也としても問題がある。

 

 尚、言い訳にしている獣達の件は事実だ。

 なのはも山に入る時感じ取った気配の違いであり、久遠とアルフも同じ様に何か騒がしさを感じている。

 

「じゃあ、すみませんけど、先に入らせてもらいますね。

 後でクロノも来ますので」

 

「ええ。

 では」

 

 そう言ってまた恭也は森の中に入ってゆく。

 

 

 

 その後、早速温泉に入るべく準備をする一同。

 と言っても今回は直ぐ近くに小屋まであるので、荷物を置いて服を脱ぐだけだ。

 それと後でクロノとエイミィも来る予定になっているので小屋の裏に転移魔法の出口も作成しておく。

 

「ふぅ……

 いいですね、こちらの温泉も」

 

 そうして、女性陣が一緒に露天の温泉に入っている。

 因みに久遠も節約大人モードでの入浴だ。

 

「う〜ん、私は露天ってのがちょっと気になるんだけど。

 前は変身状態だったから気にならなかったけど。

 そう言えば、リンディ、入るのは初めてみたいな言い方だけど、あの時リンディも一緒にこの山にいたんでしょう?

 その時入らなかったの?」

 

 ご満悦な様子のリンディに尋ねるアリサ。

 今思い出しても悔しい気持ちがあるが、あの時も同じ山にいてアリサはリンディの気配に全く気付かなかった。

 だが、後から考えれば恭也と一緒に過ごしたこの山のどこかに居たことは確実なのだ。

 

「だって、貴方がずっと入ってたじゃない」

 

 別にそれを恨んでいる訳ではない。

 怒った様子もなく、いつもの笑顔のままでそう言うリンディ。

 

「ああ、そうだったわね……

 もしかして、ここにしたのはそれも理由?」

 

 あの時、温泉に入っている時は視線を感じた事はあったが、それは山猫のものだった筈だ。

 しかし、リンディのも混ざっていたのかもしれないという風に考えてしまうアリサだった。

 

「しっかしいいよねぇ、こんな環境で修行してたんだ」

 

 アルフも温泉が気に入った様子だ。

 

「そうだね、疲労も取れるし」

 

 フェイトはお湯が少し熱く感じている様で、既に顔が赤いが、それでも楽しんでいる様だ。

 

「そうだね、わたしは恵まれた環境だったよ」

 

「うん」

 

 なのはと久遠はフェイトとアルフの言葉で、あの頃を思い出す。

 昼は兄に戦い方を教えてもらい、夜は実戦でそれを試す事ができたあの修行を。

 

「なのはの成長の大きさは恭也にも計算外だったろうがな」

 

 そこで今まで黙っていたセレネも一言呟く。

 少しだけ微笑みながら。

 

「そうかな? おにーちゃんが予定を狂わされているって感じは見てないと思うんだけど」

 

「表向きわね」

 

「でしょうねー、私にとっては当時都合が良かったけど、凄かったもの」

 

 そんなこんなで、あの頃の話題で少し会話が盛り上がる。

 それは全員で一致する思い出だからというのもあるだろう。

 そう、既にそれは笑って話せる思い出になっているのだ。

 

 キィィィン

   シュバンッ!

 

 そんな感じで温泉を楽しんでいると、近くで魔法が発動する。

 転移魔法だ。

 

「あら、クロノとエイミィが着たみたいね」

 

 リンディの言う通り、小屋の裏に2人の気配が出現する。

 

「話に聞いた通り、まんま山の中か」

 

「まあ、修行の地に温泉があるだけって感じらしいからね」

 

 2人の話し声も聞こえてくる。

 

「クロノー、エイミィー、こっちよー」

 

 転移したばかりで自分の位置も良くわかっていないだろう2人を呼ぶリンディ。

 しかし、ここで考えてみよう。

 今リンディ達は何をしているか。

 そして、誰と誰を呼んでいるか。

 更に、自分の現在位置すら危ういものが、名前を呼ばれて取る行動とは。

 

「あ……」

 

「いっ!」

 

「う?」

 

「え?!」

 

「お?」

 

 上からフェイト、アリサ、なのは、アルフ、久遠の反応である。

 冷静に気付いたフェイトとアルフの反応は早かった。

 アリサはやや慌てたが、やるべき事はやったと言えよう。

 

「って、わぁぁぁぁっ!」

 

「っ!?」

 

 一瞬の硬直と慌てるエイミィ。

 クロノも流石に硬直する。

 

 当然ながら、人は呼ばれればその声の方向へ向かう。

 で、今リンディ達は温泉に入っている訳で、タオルくらい持ち込んでいてもテレビの温泉特集の様に完全防備な訳はない。

 まあ、その結果は―――

 

 フッ!

 

 硬直するクロノの目の前には既に拳が振りかぶられていた。

 真紅の魔力を纏った細腕の拳が。

 

「あああああっ!」

 

 ガキンッ!

 

 一応対応し、シールドを展開したのは日頃の訓練の賜物と言えよう。

 尤も、

 

 ズダァァァァァンッ!!

 

 ぶっとばされる事には変わりないが。

 

「……ふぅ」

 

 クロノを吹き飛ばし、ゆっくりと温泉の中へと戻るセレネ。

 尚、クロノを殴る際、逆の手はちゃんとタオルで体を隠していた。

 ただし、高速移動をした事もあり、意味をなしていたかは別だが。

 

 さて、何事も無かったかの様に温泉に再び入るセレネの顔や身体が紅いのは、温泉に浸かり過ぎたからだろうか?

 

「ごめんね、温泉に入っているのは知ってたのに」

 

「いえ、私の配慮が足りなかったわ。

 ごめんなさいね、皆」

 

 とりあえず、エイミィとリンディが順に頭を下げる。

 

「まあ、位置的には私達は背中くらいしかみえなかった筈だし」

 

「そうだねぇ、私も尻尾があったから背中だけだろうね。

 フェイトとなのはのガードも間に合ったし。

 ……でもなのはと久遠、2人は位置的に湯気で隠れたのもあるけど、もう少し反応した方がいいと思うぞ」

 

 アリサは少し気にしている様子であるが、とりあえず見えなかったはずと納得している様だ。

 アルフは自身のものを見られるのをどれくらい気にするかは不明だが、フェイトを庇えたのでよしとしている。

 なのはと久遠はそういう意識がまだ足りない為、行動が完全に遅れたが、位置的にも問題なかったので、後で気付いても特になんとも思っていない様子。

 それよりも、

 

「クロノさん大丈夫かな?」

 

「結構飛んだよ?」

 

「そうだね」

 

 リンディやエイミィは緊急の処置として仕方ないとしているのかもしれないが、なのはと久遠、フェイトは不幸にも吹き飛ばされたクロノを心配するのだった。

 尚、後に聞いた話では、自分から飛んでダメージ自体は殆ど無かったらしい。

 とりあえず、リンディが連絡を取って、待っててもらう事にし、エイミィも一緒に改めて温泉を楽しむのだった。

 

「……」

 

 ただ、何を思っているのか、その後セレネは一言も喋らなかったらしい。

 

 

 

 

 

 女性陣が温泉を堪能しているその頃。

 

「はぁ……」

 

 クロノは1人川辺の適当な大きさの岩の上に座禅を組んでいた。

 先程の事を怒る事はない。

 温泉に入っている事は知っていたのにああなったのは自分にも非がある事だ。

 だが、

 

「はぁ……」

 

 溜息を吐く権利くらいはあるだろう。

 

 と、そこへ人の気配が近づいてくる。

 クロノも気付いたが、知っている人物だったので特に動く事もしない。

 

「災難だったな」

 

 女性陣が温泉にいるのでここへ来るのも1人しかいない。

 恭也だ。

 恭也は離れた位置に居たが、何が起きたかは聞くまでも無く解る。

 

「ええ、まあ、仕方ないですよ。

 因みに、まともに見えたのはセレネ姉さんのくらいですからね」

 

 クロノは視線もそのまま、恭也と目を合わすことなく答える。

 

「そうか、特典も少なかったな」

 

「まあ、十分じゃないかと」

 

「そうか」

 

 しばしの沈黙。

 

「女所帯の中で男が1人ではやはり立場は弱いな」

 

「……そういえば貴方もでしたね」

 

 世間的には羨ましがられ、妬まれる事すらある立場だろう。

 だが、その分苦労も多い事は本人達にしか解らず、悩みでもある。

 

「少し愚痴を言いますが。

 フェイトとアルフが新しく家族になって、家を持てたのは嬉しいんですがね。

 正直、アリサも年頃になってきて、それだけでも悩んでたのに、同じ年齢で違う性格の子が増えて、これからどう接したらいいのか解らないんですよ」

 

 それは急に家族、更に兄、姉をもったフェイトにも言える悩みであるが、年頃の男であるクロノには立場上複雑な悩みになっている。

 そもそもアリサとも兄妹らしい事をした経験が無いに等しいのだ。

 せっかく1つになった家族と思いつつも、仕事を理由に逃げたい気分でもあった。

 

「ああ、解るぞ。

 俺も美由希の扱いには散々悩んだものだ。

 なのはではまた違う悩みを抱えそうだしな」

 

 恭也は深く頷く。

 何せ今クロノが悩んでいる事は、嘗て自分も悩んだ事だ。

 解らない訳がない。

 

「……そう言えば、長男でしたっけ」

 

「長女的存在はいるがな」

 

「あと、血の繋がりは全く関係ない年下が2人居るんですよね」

 

「レンと晶か? ああ。

 そうだな、あの2人とも結構長いな、考えてみると」

 

 そこまで恭也が答えると、いつの間にかクロノの顔が恭也の方を向いていた。

 位置的に上からであるが、何か見上げる様な、羨望にも近い感じの視線だ。

 

「一緒にがんばろう」

 

「これからよろしくおねがいします」

 

 手を取り合った訳でもなく、たた言葉だけだった。

 しかし、今ここで確かに何か強い絆が生まれた。

 

 

 

 

 

 それから2時間程後。

 恭也達も一風呂浴び、星空の下でお弁当を広げてピクニック気分を味わった後の事。

 アリサは山の中を歩いていた。

 食後の散歩のつもりだ。

 なのはと久遠、フェイトとアルフは滝の方に行ったが、少し1人になりたい気分だったので、今アリサは1人だ。

 因みにリンディとエイミィは後片付け、セレネとクロノは温泉の湯を汲み上げているところだ。

 セレネが持ってきたちょっとした魔法の機材で、さざなみ寮の風呂を一杯にできるくらいの量の温泉の湯を持ち帰るつもりらしい。

 恭也は1人、まだこの山の空気の違和感が気になるらしく、見回りに出ている。

 それはそれとして、

 

「ふぅ……今日は酷い目にあったわ」

 

 溜息を吐くアリサ。 

 その原因はここに来た事自体もあるが、クロノに風呂を覗かれた事をまだ少し気にしているのだ。

 フェイトもなのはももう完全に気にしていない様だが、アリサは多感なお年頃なのである。

 流石にクロノは悪くないと理性では解っているのでクロノに文句を言う事はないが、ちょっと1人で散歩をして気分を落ち着けるくらいは必要だった。

 

「といっても、やっぱり1人で夜の山を散歩っていうのも寂しいだけよね」

 

 なのは達と一緒に居たい気持ちも勿論あったが、お弁当を食べる時なども平然と振舞っていた分はどこかで発散したい。

 だが、こうしているとやはり寂しく思えるのは当たり前で、乙女の心は複雑である。

 

「でももう少し歩いてから戻ろうっと」

 

 適当に夜の山道を歩くアリサ。

 普通なら女の子1人で夜の山道を歩くのは危険極まりない行為だ。

 しかもライトも持たず。

 自殺行為と言ってもいいだろう。

 だが、それでも全く問題なく歩けるのは、やはり年や外見とは不相応の知識と経験によるものだろう。

 

「……ん?」 

 

 時空管理局の訓練でサバイバルもした事があるし、夜間戦闘訓練も積んでいる。

 それに魔導師として周囲の空気の変化には敏感だ。

 その感覚が、異常を察知した。

 この近くで、何か普通ではないものがある、と。

 

 そして思い出す。

 恭也がずいぶんとこの山の空気に違和感を感じていた事を。

 

(何かしら)

 

 慎重に歩みを進めるアリサ。

 すると、風に血の匂いが混じっている事に気付く。

 デバイスも起動し、更に警戒を強める。

 

(近いわね)

 

 血の匂いを辿って歩く。

 そうして、アリサはその血の主を見つける事となった。

 

「これは……」

 

 明かりは無いが、それでも解る程、地面と周囲の木々が傷ついている場所があった。

 何か野生動物が暴れまわったかの様だった。

 そして、その被害者は植物だけではなかった。

 

「……貴方は―――」

 

「……」

 

 そこに横たわっているのは一匹の山猫。

 アリサは山猫の個体を見分けられる程動物に詳しくも親しくも無いが、この山猫だけは解った。

 なのはが修行にこの山に来た時、温泉の場所を借りる代わりに治療し、後で魚を1匹もって来てくれた山猫だ。

 

「アリサ」

 

 とそこへ、恭也がやってくる。

 見れば、服は汚れ、返り血らしきものまで付着していた。

 

「恭也さん……」

 

「どうやら他の山から流れてきたらしい大きな猪が暴れていてな」

 

 それをどうしたか、そんな事は聞くまでも無いことだ。

 温泉に程近いこの場所でも暴れていたのに気付かなかったのはお弁当を広げる時に展開した結界のせいだ。

 今回は火も焚いていないので、動物達が匂いで釣られない様に音も匂いも遮断する結界を張っていた。

 川のせせらぎと星空が見える範囲だけ囲った円柱形の結界だった。

 

 そして、恭也もアリサが見ている山猫に気付いた。

 

「ん? この山猫はあの時の―――」

 

「え? 恭也さんも知ってるの?」

 

「ああ、多分だが、なのはと鍛錬に来た時に、俺が獲った魚を俺の目の前で取って行った奴だな」

 

「恭也さんから獲物を? じゃああの時の魚はそれだったんだ……」

 

 改めて山猫を見るアリサ。

 山猫にはまだ息がある。

 しかし、もう手遅れだ。

 たとえ治癒魔法を掛けた所で気休めにもならない致命傷を受けている。

 それに、これは自然の中での出来事だ。

 下手な関与はするべきではない。

 

 だが、アリサはふと思う事があった。

 そして、それが決意に変わるのにさして時間は掛からなかった。

 

『リンディ、転移を用意して。

 エイミィ悪いけど、アースラに戻ったら儀式魔法の準備を』

 

 まだ息のある山猫を拾い上げ、アリサはリンディ達に念話を送った。

 そして、リンディとエイミィから問い返す言葉が帰ってくる前に続ける。

 

『セレネ、私使い魔を持つわ』

 

 嘗て、使い魔を持ちたくて、しかし事故によってそれが永遠に出来なくなったセレネ。

 今までそれで遠慮の様な気持ちがあった。

 だが、そんなものは本人にすれば余計な気遣いであり、セレネは持てば良いと言ってくれた。

 

『貴方の好きにすればいいわ』

 

 アリサの決意の言葉を聞いたセレネの答えはシンプルなものだ。

 それを聞いて笑みを浮かべるアリサ。

 

 そこからは少し忙しかった。

 既に死に掛けている山猫を抱えて転移方陣がある場所まで行き、リンディ達と共にアースラへ急いで転移。

 そこからアースラにある魔法技術室で契約の儀式をセッティング、実行しなければならなかった。

 一応死んだ直後までなら使い魔契約は執行可能だが、少なくとも魂がそこにあるまでにしなければならない為、実際には使い魔契約というのは時間との勝負だ。

 

 

 なのはと久遠はアースラに移動するアリサ達を見送るだけだった。

 フェイトとアルフは使い魔持ち魔導師とその使い魔としてサポートの為アースラへ移動した。

 山に残ったのは恭也、セレネ、なのは、久遠だけとなってしまった。

 なのはも契約を見届けたかったが、流石にこちらを完全に放棄する訳にもいかない。

 残った恭也達はその後、山に掛かった結界の除去、後始末をセレネと共にし、途中放棄されていた温泉の汲み上げも行い、それを積んでセレネと車で帰る事となった。

 

 そんな形でお開きとなった日帰り温泉旅行。

 実は暴れてた猪についてもまた後日大人達は動く事になったのだが、それはまた別の話だ。

 尚、温泉はさざなみ寮、高町家の両方でとても喜ばれ、その日から使われる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 今日も休日だ。

 あんな形で最後別れたきりなのでちょっと心配ななのは。

 久遠も気になっている様子で、連絡を待ってなのはと一緒に部屋に居る。

 恭也も気になると言えば気になるが、こっちからアースラに行く訳にもいかないので家でのんびり過ごす事にしている。

 と、そんな昼下がり。

 

「ごめんくださーい」

 

 来客があった。

 やってきたのはフェイト。

 それとクロノだ。

 

「よくきたな」

 

 先に出たのは恭也だった。

 庭で盆栽をいじっていた事もあり、なのはよりも先に玄関に着いたのだ。

 とりあえず居間へと案内する。

 

「フェイトちゃん、クロノさん」

 

 直ぐになのはと久遠も降りてきて居間に集まる。

 

「なのは、久遠、昨日はごめんね」

 

「うんん、気にしないで。

 それより、どうだったの?」

 

「うん。

 儀式も成功して、今モイラ、あ、その子の名前ね。

 モイラにいろいろ初期教育をしているところなの。

 アルフはその手伝い。

 アリサも使い魔を持つのは初めてだから魔力運用について勉強と慣らし作業をしてるよ。

 それで、それがもう暫くかかりそうで、なのはには人に見せられる様なレベルになってからって言ってた」

 

「そうなんだ」

 

「とりあえず、今日はその連絡ね。

 あ、明日学校だけど、もしかしたら休むかもって」

 

「うん、解った」

 

「後、クロノは……」

 

 連絡だけならフェイトで十分だ。

 いや、それ以前に念話だけでも十分なのだが、それは昨晩の事を考えての行動だろう。

 だが、それにしても何故ここにクロノが居るのか。

 珍しい組み合わせという以前に、昨晩の温泉以外ではこちらの世界の外に出るのはこれが初めての筈だ。

 

「僕は今日1日休みを貰っててね。

 ついでだから高町家に挨拶に行ってこいと言われた。

 と言う訳でついてきたのだが……そもそもこの時間じゃ家の人は店の方か」

 

「そうだな。

 まあ、ゆっくりしていけばいい」

 

「すみません、お言葉に甘えさせてもらいます。

 実は使い魔に関しても僕も持った事がないから役立たずだし、アースラに居るとエイミィ達に『休みの時はちゃんと休め』と逆にうるさく言われるんで」

 

 そう言って溜息を吐くクロノ。

 フェイトは実際にそれを見ている為苦笑し、なのはも兄と照らし合わせて想像できる為同じく苦笑する。

 恭也は、フェイトやなのはとは逆の意味、つまり同じ経験を持つ身として苦笑するのだった。

 

 と、そこでなのはは思い出す。

 前にもリンディが挨拶に来て無駄足だった事を。

 それと、大事な日が近々あるのだ。

 

「あ、クロノさん、それなら7月14日がいいですよ、丁度皆で集まるイベントがありますから」

 

「14日? もうすぐですね」

 

「はい、リンディさんにも伝えてください。

 その日なら全員1箇所に集まりますから」

 

「そうですか、解りました」

 

「フェイトちゃんも、アリサちゃんと一緒に来てね」

 

「え? うん」

 

 1人話を進めるなのは。

 しかし、恭也はというと、

 

「14日? 何かあったか?」

 

 完全にその日の事を忘れてしまっている様だ。

 

「もう、おにーちゃん、何を言ってるの?」

 

 なのははもう呆れるだけだ。

 まあ、その日になれば思い出すだろうと、予定を入れない様に念を押すだけのなのは。

 そうしてその話も一段落したところで、

 

「ところで、今日はフェイトちゃんどうするの?」

 

「ごめんね、アリサに教える事もまだあると思うから、今日はアースラに行かないと」

 

「うん、アリサちゃんの事お願いね」

 

「うん、じゃあ、またね」

 

「うん、また明日」

 

 それから直ぐにアースラに向かう為帰宅するフェイト。

 なのはと久遠はそれを見送りついでに途中まで一緒に歩く事になった。

 

 

 

 そうして残された男2人は、縁側に移動していた。

 

「で、実際どうなんだ?」

 

「まあ、アリサの魔力量的に使い魔を持つのは問題ないですよ。

 ただ、どうやらフェイトとアルフ並に曖昧且つ重大な契約をしたらしくて。

 思いつきやあの山猫に対する同情だけじゃないのは解っていても、見ている方としては少し心配ですよ」

 

「そうか」

 

 なのはが居るとしにくい本音の会話をしていた。

 尚、契約内容は秘密らしく、アリサは家族にも言っていない。

 ただ、多大に魔力を取られる様な契約である事だけは確かだ。

 元々戦闘にも使うつもりらしかったので、それでいいのだろうが、魔力に関しては慣れるまでが辛いだろう。

 

「……」

 

「……」

 

 聞くべき事は聞き、話すべき事は話したのでしばしの沈黙。

 

「……ところで、アレはなんですか?」

 

 沈黙に耐えられなかった訳ではないが、庭を見渡していたクロノは盆栽の台を指した。

 こちらの世界的にも珍しい物といえるので、クロノにしてみれば興味は湧くだろう。

 

「ああ、アレは『盆栽』と言ってな。

 園芸の一種、いや、箱庭に近いか。

 植物を扱う趣味だ」

 

「へぇ……」

 

 2人は並んで盆栽の棚まで来る。

 間近で眺めながらクロノは松の盆栽を見つける。

 同時に、この家の庭にも松があるのに気付いた。

 

「これは、あの木の小型種ですか?」

 

「いや、同じものだ。

 この鉢の中で大きさを調整するんだ。

 こうして普通の松と同じ様な形にするのも楽しみ方の1つだ。

 その松は特に俺でもよくできたと思っているものでな、この庭の松と形も近いだろう?」

 

「ほお……これは……」

 

 盆栽の松と庭の普通の松を見比べ、また盆栽に見入るクロノ。

 

「ただいまー」

 

 と、そこへなのはと久遠が帰ってくる。

 庭で声がしたんで庭に回ってみると、兄とクロノが盆栽の前で何か話しているのが聞こえてくる。

 そこで、

 

「……宇宙を感じる」

 

 クロノの声が聞こえた。

 

「にゅあ?」

 

「くぅん?」

 

 今帰ってきたばかりの2人にはさっぱり意味の解らない台詞だった。

 尤も、最初から聞いていても意味が解ったかは不明だが。

 

「すばらしいですよ、いいですね、盆栽」

 

「そうか、解るか。

 そうだ、どうだ1つ、教本もやろう」

 

「いいんですか? いやー、セレネ姉さんにまで無趣味を指摘されていてどうかと思ってたんですが、これはいい。

 ぜひこの『盆栽』についても今後ご教授お願いします」

 

「ああ、いいとも」

 

 なにやら意気投合する2人。

 

「うにゃ?」

 

「くぅん」

 

 なのは達の知らないところで生まれた絆は、なのは達では理解できない所で深まっていた。

 

 余談だが、こちらの世界のハラオウン家のベランダに盆栽棚ができるのはそう先の事ではなく、アースラの私室にも盆栽専用のスペースを作るくらいであった。

 更に、それを見た武装局員の男性数名が同様に気に入り、ついにはミッドチルダの植物でも同じ様に盆栽を作るにまで至ったりする。

 理解する人とできない人で綺麗に二分される事になるが、とりあえず、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、7月14日。

 この日の昼前、翠屋はオーナー権限で貸切となっている。

 毎年数回、特定の日付で開催されるイベントの為の貸切だ。

 そして、今日のイベントというのは―――

 

「せーのっ!」

 

「生誕20周年おめでとー!」

 

 翠屋に集まった関係者一同。

 名を連ねると、なのは、美由希、桃子、フィアッセ、レン、晶、忍、ノエル、すずか、ファリン、フィリス、アイリーン、那美、久遠、薫、リスティ、知佳、セルフィ、赤星。

 それとフェイト、アルフ、アリサ、モイラ、リンディ、セレネ、クロノ。

 そして、主賓の恭也である。

 

 つまり、今日は恭也の誕生日なのだ。

 

「生誕って……しかし誕生日か、あったな、そんなのも」

 

「もう、おにーちゃん本当に忘れてたの?」

 

「自分の誕生日なのに」

 

 呆れる妹2人。

 そう言うのに疎い人だとは知っていたが、今日連れてくるまで本気で何の日か忘れていたのだ。

 

「兎も角、これで貴方も成人ね。

 おめでとう、恭也」

 

「ああ、ありがとう」

 

 今日で恭也も20歳となる。

 恭也にとっては、いろいろと制約の外れる数字だ、くらいにしか思っていないが。

 

「恭也、おめでとう。

 ちゃんとこの日を迎えられてうれしいよ」

 

「ありがとう、フィアッセ」

 

 毎年恒例となっているフィアッセのハグ。

 しかし、今年は去年までとは違う意味も含まれている。

 

「まったくです」

 

 それは、フィリスがしみじみと呟いている内容に関するものだ。

 なにせ本当に今日という日を迎えられるかは危ぶまれた1年だったのだから。

 

「ん〜、しっかしそうか、恭也は私達より1年上だったんだよね」

 

「ああ。

 でも、微妙に『まだ20になったばっかりか』とも思ったりするんだけど」

 

 恭也の年齢について話す元クラスメイトの忍と赤星。

 その点については各方面から同意が得られている様子だ。

 

 それから、恭也はきてくれた人達に挨拶をして回る。

 それとついでに、このイベントに初めて参加する人が自己紹介してまわる時間となった。

 その中で、内輪の中でも更に内輪の紹介もなされる。

 なのはも初めて会う人がいるのだ。

 

「で、この子がモイラよ」

 

「お名前は伺っております、なのは様。

 どうぞよろしくおねがいします」

 

 礼儀正しく頭を下げるのはロングストレートの黒髪に蒼い瞳をした、色白の少女だ。

 今の外見年齢はなのは達や久遠、アルフの節約モードである10歳程度。

 服装はフェイトと似た様な黒を基調としたもので、室内だが帽子をかぶっている。

 その帽子は、形的にナースキャップに似ているいるが、色は黒だ。

 尚、まだ変身魔法を制御しきれず、獣の耳、山猫なので猫耳が消せず、隠す為にかぶっているのだ。

 この場ならば別に見られても問題ないのだが、見られるのが嫌らしい。

 

「よろしくね。

 あ、でも様付けはちょっと。

 呼び捨てでいいよ?」

 

「いえ、そうはまいりません」

 

「う〜〜ん……」

 

 どうもモイラは生真面目な性格らしく、ついでに兄恭也並の無表情だ。

 ノエルにも似ている気がするが、まだ生まれて間もない分があるのか、いろいろと固い感じがする。

 

「まだ融通が利かなくって」

 

「でも可愛い子だね」

 

「これが全く可愛くないんだけどね……」

 

「にゃ?」

 

 深い溜息を吐くアリサを不思議そうに見るなのは。

 その間もモイラは無表情だった。

 だが、

 

「その子がお前の使い魔か。

 モイラと言ったな」

 

 恭也が来た時、僅かに表情に変化があった、様に見えた。

 

「はい、その名を頂きました。

 恭也様ですね」

 

「俺の事は覚えているのか?」

 

「いえ、生前の記憶はほとんどないのです。

 恭也様の事はこの姿になってから、マスターより話を聞きました。

 ですが、今お会いして思いました。

 知っている気がする、と」

 

「そうか」

 

 互いに無表情で、何を想っているいるかは解らない。

 だが、暫く2人は視線を交し合った。

 

「恭也」

 

 と、そこへ一通り挨拶をし終えたフェイトとアルフが戻ってきた。

 

「いやー、しかしすごい集団だねぇ。

 私等なんかなんら特殊でない事がよくわかったよ」

 

 恭也の誕生日であり、恭也を中心とした知り合いが集まるこの場。

 しかし、そのメンバーたるや、この世界には存在しない魔法使いとその使い魔である自分達の特殊性が霞む程の豪華さだった。

 アルフとしてはもう笑うしかない。

 

「うん、凄いよね……私もがんばるよ、恭也」

 

「ん? ああ」

 

 何を想ったか、静かにやる気を見せるフェイト。

 恭也は掛けるべき言葉が思いつかなかったのでとりあえず相槌をうつのだった。

 

 

 

 一方、挨拶に回っているハラオウン家は、

 

「これは……なるほど、あの時迷ったのはこのせいだ」

 

「あんな外見を変える必要なかったんじゃない?」

 

「これは……ふと見た程度だと間違うな」

 

 セレネについて、美由希、忍、赤星が思う事は、やはり恭也に似ているというものだった。

 それは他の者も同じであった。

 

「恭也君のまんま女性版よね」

 

「そうですね、怖いくらいに」

 

 外見は普通に女性であるのに、恭也をよく知る者達は、その内面故に恭也と間違う程似ていると感じてしまっている。

 そてと同時に、

 

「それに、こちらは小さいころの恭ちゃんかな?」

 

「う〜ん、それは私は解らないなぁ。

 でも、美由希にも似てると思うわよ」

 

「そうねー、なんというか年齢が逆だと、恭也と美由希もこうなってたのかしらね」

 

 クロノについてもやはり同様の意見が出る。

 小さい頃の恭也も知っている美由希や桃子は特にだ。

 だが逆に小さい頃の恭也を知らないと、美由希に似ているという意見が出る。

 

「ええ、私も、初めて恭也さんを見た時は驚きました。

 セレネに良く似た、でもクロノにも似ていて、丁度年齢を逆にして同じ道を辿った風だと」

 

 逆にリンディも感じていた事なのだ。

 恭也と美由希、セレネとクロノが似ていると言う点は。

 そんな話でしばし盛り上がるのだった。

 

 

 

 それから数分後。

 

「ふぅ……」

 

 主賓である恭也だが、挨拶や会話をして回っていたが、今は少し離れた場所に座っていた。

 と、そこに赤星もやってくる。

 

「いやぁ、相変わらず凄い面子だよな」

 

 赤星も一時退避してきたのだろう。

 何せ、この空間には男が3人しかおらず、その他が全て世界的にも有名な歌手や、天使の名を持つHGS能力者など、美しさと高い能力を兼ね備えた人ばかりなのだから。

 やや世間とズレていたりしても、自分を一般人だと思っている赤星には刺激が強すぎる空間だ。

 

「本当に、随分と女性ばかり多いですね」

 

 更にクロノも加わって、男だけが集まった事になる。

 女所帯の中に居る者同士であるが、それでもクロノよりも恭也の周囲の方が豊富に女性が存在している。

 クロノにしても、一体どうやって知り合ったのかを聞いてみたい程だ。

 まあ、複雑な事情がある人ばかりで、とても今日1日を使っても説明できないだろう。

 

「いや、まだ2人ほど着てないのだがな。

 1人は来ないかもしれんが、もう1人は来るという連絡もあった」

 

「まだ増えるんですか?」

 

「ん? これ以上誰が来るんだ?」

 

 クロノでも息が詰りそうな空間なのに、更に増えるとは、少し帰りたくもなってくる。

 赤星は自分が知っている恭也の知り合いの女性は全員居る筈なので、誰の事か解らない。

 

 と、丁度その時だ、

 

 カラン カランッ

 

 ベルの音と共に入り口の扉が開く。

 

「失礼、高町 恭也のバースデーパーティーの会場はここでいいかしら?」

 

 やってきたのは金髪をポニーテイルにしたスーツ姿の若い女性。

 

「あれ? どうしてここに?」

 

 知り合いなのだろうフィアッセがその客人に近づく。

 

「ティオレ女史より恭也へプレゼントを預かっている。

 郵送なりで送ればいいのに、何故か手渡しで、と言われてね」

 

「もうママったら、その為にわざわざ日本に?」

 

「ええ」

 

 その後アイリーンとも言葉を交わしたところで、恭也が出向く。

 恭也にしても会うのは1ヶ月ぶりの友人。

 

「よくきたな」

 

「ああ。

 そうそう、誕生日おめでとう、恭也。

 それにしても今日でやっと君も20歳とは、実はもうとっくに成人だと思っていたよ」

 

「まあ、老けているからな」

 

「私も若さが足りないという部分では人の事は言えそうに無いが。

 っと、それで、ティオレ女史より預かり物だ」

 

「さて、何かな」

 

 フィアッセの母親であり、世界的な歌手でもあるティオレ・クリステラからの贈り物。

 喜ぶべき所なのだが、素直に喜んでばかりもいられない恭也。

 なにせ、あの人は非常に悪戯好きで、わざわざ手渡しで物を送ってくるのはちょっと怪しいと恭也は感じていた。

 

「手紙か?」

 

 渡されたものを封筒で、中には紙が数枚入っている。

 特に危険はなさそうだったので、一番上の物を取り出してみると、恭也宛の手紙だった。

 

「……っ!」

 

 バースデーカードにしては大きく、それに封筒でなどと変だとは思った。

 だが、そう思っていても、恭也はその手紙を読んで固まらずにはいられなかった。

 

「……どうしたの? 恭也」

 

 流石に不審に思って声を掛けるフィアッセ。

 だが、その間に恭也は残りの紙をパラパラとめくり、その後頭を抱えだした。

 

「どうしたのってば」

 

 明らかに不審な行動を取る恭也に再度フィアッセが声を掛ける。

 すると恭也は少し悩んだ末に封筒を手渡した。

 

「え?」

 

 封筒を受け取ったフィアッセは半分抜き出されてていた手紙を見る。

 その手紙はティオレからで、こう書かれていた―――

 

「えっと……

 『恭也、誕生日おめでとう。 今日で貴方も晴れて20歳となりましたね。

  と言う訳で、そろそろ身を固めてもいいんじゃないかと思うの。

  そう言う事でこれを送ります。

  追伸:国籍を弄りましたから、好きなのを好きなだけ使ってね』

 って……」

 

 バサッ!

 

 手紙を読み終え、次の紙を見た時、封筒が落ちる。

 中身はフィアッセの手の中だ。

 今にも落としそうなほど震えているが。

 

「こ、これって……」

 

「どうしたの?」

 

 フィアッセまで様子がおかしいので皆が集まってくる。

 そうして、手紙の後に続く紙を見た時、

 

「婚姻届じゃないのーーー!」

 

 悲鳴が響き渡る。

 それもフィアッセ1人のものではない。

 

「え? なっ!! 私のも!」

 

「なんで?! 私のサインまでしてある」

 

「嘘っ! てか恭也のサインもあるじゃない。

 てことは、これもしかして後は提出するだけの完成品?」

 

「私のまで……このサインの筆跡、自分じゃ無いはずなのに、自分のものにしか見えない……」

 

「ティオレ女史、一体何を……って、私のまであるのか!!」

 

 あろう事か、桃子を除いたこの場にいた女性全員分が用意されているのだ。

 それも、恭也と女性のサインはもうされており、役所に提出すれば婚姻が成立してしまうというもの。

 勿論全員こんな書類にサインなどした覚えは無いので偽造だ。

 だが、筆跡は完璧に本人の物で、出せば有効になってしまうだろう。

 

「どういう事、恭也! 

 って、あれ? 恭也は?」

 

 ふと、周囲を見渡すと恭也の姿がない。

 

「恭也ったら、気持ちは解るけど、後でこじれる様な事を……」

 

 1人冷静さを保っている桃子が呟く。

 まあ、要は、

 

「逃げたー!」

 

 主賓失踪により、パーティーはこれでお開きとなった。

 その後の事はあえて語るまい。

 ある夏の昼下がり、平和な街の一角で起きたちょっとしたドタバタ喜劇である。

 

「平和だねー」

 

「いいのかな?」

 

「いいんじゃない? 皆楽しそうだし」

 

 本人は自覚はないだろう。

 戦いの合間にあるこんな平和は誰が築いているか。

 笑っていられるこの時間がどれ程の奇跡の積み重ねによってできているか。

 

 自覚はなくてもいいのかもしれない。

 それで上手くいっているのなら。

 

 

 今はまだ―――