ジュエルシード達を見送ったなのは達。

 

「終わったね」

 

「うん」

 

「そうね」

 

 なのは、フェイト、アリサの3人はこの戦い、ジュエルシードによる事件が全て解決した事を喜ぶ。

 これでやっと平和が戻って来るのだと。

 だが、

 

「さて……」

 

 そこで、兄がなのはの方を向いた。

 つい今しがたまでいろいろな所に電話を、作戦終了を報せていた兄が。

 因みにだが、その中には高町家も含まれており、そこで始めてなのははこの事の一部は家族に知られていたのだと解った。

 だが、今はそれは置いておこう。

 

「なのは、フェイトと話す事があるなら今の内に済ませておけ」

 

「え?」

 

 恭也は不意にそんな事を言ってくる。

 これからはもう何も気にする事無く話す事ができる筈なのに。

 

「フェイト、バルディッシュはしまっておきなさい。

 アルフも、抵抗してはダメよ」

 

「え?」

 

「は?」

 

 セレネもフェイトとアルフにそんな事を言う。

 意味の解らない忠告だ。

 

「セレネ?」

 

 何が起きるのかと問うフェイト。

 しかし、

 

「大丈夫。

 貴方は何も心配しなくてもいいわ」

 

 セレネは笑みを浮かべてそう答えるだけだった。

 

「セレネ―――」

 

 その笑みは嘗て母親達と同じで、フェイトは何か嫌な予感がしてならなかった。

 

 そして、それは来た。

 

 キィィンッ!

 

「―――っ!」

 

 周囲の魔力が動く。

 これは転移魔法だ。

 それも1つや2つではない。

 

「あら、早かったわね。

 最後の会話の時間もないわ」

 

 それを見てセレネがそう呟いた直後だった。

 

 シュバンッ!

 

 出現したのは8人の魔導師。

 ミッドチルダではオーソドックスなストレージデバイスを手に、戦闘用のバリアジャケットを装着して転移してくる。

 そして、

 

 ガキンッ!

 

 そのデバイスの全てはセレネに向けられる。

 

「え? セレネ?」

 

 突然の事態、しかしそれでも身に付いた対応の動き、バルディッシュを構えようとする。

 しかし、それよも早く動く者がいる。

 

 ガキィンッ

 

「え?」

 

「なっ! ちょっと」

 

 フェイトとアルフを囲む球形の結界。

 それは拘束の結界だ。

 その結界を展開したのは―――

 

「リンディさん!」

 

 なのはは何故、と問う。

 今フェイトとアルフに向けて、必要ない筈の魔法を使った事に。

 だが、

 

「……」

 

 それは恭也によって制止される。

 なのはの後ろの久遠の動きも含めての制止だった。

 恭也は黙って手をなのは達の前に出すだけだが、その背中は、決して動くなと強く語りかけてくる。

 だが理由は解らなず、そのまま事態は更に加速する。

 

「ちょっと、皆……」

 

 制止の掛かっていなかったアリサが問う。

 リンディの行動もそうだが、現れた魔導師達、彼等は何故セレネにデバイスを向けるのか。

 だって、彼等はセレネの―――

 

「どうか動かないでください……セレネ隊長」

 

 アリサの言葉が終わる前に、魔導師の1人が静かに口にした。

 とても言い辛そうに。

 本来こんな事はあってはならないのだという感情が漏れ出している。

 そう、彼等は全員セレネの部下、時空管理局巡航艦アースラの武装局員達だ。

 

 彼等がここに転移してきたと言う事は、ジュエルシードが原因だった次元震動はもう収まったという事だろう。

 その上で人の転移まで可能だと言う事は、

 

 キィィィンッ

     シュバンッ!

 

「ぐっ!」

 

 突如、セレネの足元にミッドチルダ式の魔法陣が展開する。

 水色の魔力色の魔法陣だ。

 その魔法陣から伸びる魔力の縄がセレネを拘束する。

 

 これはストラグルバインド。

 射程は短いが、拘束対象が使用している強化魔法や変身魔法を無力化しつつ拘束するという拘束魔法の中でも上位の魔法だ。

 魔力で身体を強化しているセレネにとっては致命的とも言える魔法である。

 

「どうした、容疑者を拘束しろ。

 ソレがどれ程の強敵かはお前達もよく知っている筈だ」

 

 声が響いた。

 冷たい男の声が。

 

「クロノ……」

 

 空を見上げると、そこには1人の少年がいた。

 黒いバリアジャケットに身を包んだ14歳前後の少年。

 クロノ・ハラオウン、時空管理局巡航艦アースラに搭乗する執務官であり、アリサの義兄でありセレネの義弟である人。

 

「了解っ!」

 

 ジャリィィィンッ!!

 

 クロノの命により、武装局員はチェーンバインドでセレネを拘束する。

 

「く……」

 

 クロノのストラグルバインドの上に8人分のチェーンバインドだ。

 強化魔法を無力化されているセレネはその圧力だけで辛いだろう。

 

「クロノ!」

 

 アリサは呼ぶ、義兄の名を。

 何故こんな事をするのかと問うのだ。

 しかし、

 

「艦長、ジュエルシードの排除ご苦労様です」

 

「ええ。

 結局逃げられてしまったけれど」

 

「この星が無事なだけでも十分な成果と考えます。

 それに―――」

 

 クロノはアリサを無視し、リンディとだけ話す。

 その中、クロノはセレネに目を向けた。

 だが、それはとても家族に向ける様な視線ではなく、冷たく、軽蔑した様な視線。

 

「裏切り者まで居たのですからね」

 

 クロノは言った、セレネを『裏切り者』と。

 いや、それ以前に『容疑者』とも言っている。

 それは―――

 

「アリサ執務官補佐もご苦労だった。

 ジュエルシードもそうだが、ホムンクルス製造と、ロストロギアの違法使用の容疑者、セレネ・フレアロードの逮捕。

 よくこなしてくれた」

 

 クロノは冷たく言い放つ。

 心などここに無い様に。

 そして、アリサは、

 

「……ありがとうございます、クロノ執務官。

 つきましては早急に容疑者とホムンクルス、及びその使い魔を連行しようと思います」

 

「ああ、そうしよう」

 

 少し考えた後、心を封じた様に無表情で応えた。

 

「……」

 

 いろいろ言いたいことはある。

 しかし、恭也に止められている為何も言わないなのは。

 酷い事を言われているけれども、兄を信じて、反論もしない。

 

「挨拶が遅れました。

 私は時空管理局執務官のクロノ・ハラオウンです。

 こちらの世界の方、この度は事件解決への協力まことにありがとうございます。

 つきましては、我が艦にお招きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

 

 作った笑みでそう恭也となのは、久遠に言うクロノ。

 丁寧な言葉でのお誘いだが、しかし、同行はほぼ強制だろう。

 

「ああ」

 

「はい」

 

「解った」

 

 その言葉に、まず恭也が答え、なのはと久遠も続く。

 

「では……エイミィ」

 

『了解』

 

 キィィンッ!

 

 クロノが呼びかけると、通信が開き、同時に転移が始まった。

 行き先は、この星に近い時空に停船中の時空管理局巡航艦アースラだ。

  

 パシュンッ!

 

 光に包まれ転移するなのは達。

 同時にリンディの結界も解かれ、この世界に於けるジュエルシードの事件は終わり、平穏が戻ったのだ。

 だが、ここからこそ―――  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースラ 応接室

 

 クロノに招かれリンディ達が働く戦艦アースラへとやってきたなのは達。

 といっても転移でアースラ艦内に移動した為、ここが戦艦の中であるという感覚はしない。

 ただ、今のなのはだから解る感覚、魔力によるレーダーの様なもので、ここは密閉された広い人工物の中で、その外には何も無いという事だけは解る。

 

 アースラに到着すると、リンディがこの応接室に案内してくれた。

 その後、リンディとアリサは帰艦の報告等、職務の為、なのは、久遠、恭也の3人を残して部屋を出た。

 セレネはジュエルシードの使用及び人造生命の製造の容疑で逮捕され、現在アースラ内の収容室に拘束されている。

 その人造生命たるフェイトとその使い魔アルフも同様に拘束されてしまっている。

 それを行ったのはアリサの義兄であるクロノ・ハラオウンだ。

 

 それから数十分が経過した。

 

「……」

 

 出されたお茶も既に温くなってしまっているが、手がつけられる事はない。

 この部屋に来てから、なのはも、久遠も、恭也も一切動かない。

 いや、なのはと久遠は何度か恭也の方に目を向ける。

 それは説明して欲しいという訴えの視線だ。

 恭也ならばそれくらい解っているが、しかし恭也は何も言わない。

 

「……」

 

 流石に心配ななのはと久遠。

 それに、何故恭也は何も言わないのかも解らない。

 考えあっての事だとは思うが……

 

 プシュッ!

 

 と、その時、部屋の扉が開いた。

 

「お待たせ。

 ごめんね、こんな所に閉じ込めて」

 

「アリサちゃん」

 

「アリサ」

 

 戻ってきたのはアリサ。

 最初に出会ったときの服、制服らしきものに着替えている。

 なのはと久遠はすぐにアリサに駆け寄った。

 アリサに聞ける限りの話を聞こうと思ったのだ。

 だがその前に、アリサは恭也の方を見て告げる。

 

「恭也さん、リンディからの伝言。

 この部屋の監視は完璧に解除したわよ、って」

 

「そうか」

 

 アリサの言葉にようやく口を開く恭也。

 尚、監視といっても恭也達を疑い監視カメラを回していた訳ではない。

 ただ、セキュリティーとして存在するシステムや、通信システムなどに意図せずとも会話を拾われ、記録されてしまうことがある。

 その心配が無い、いや無くしたのだと確認され、ようやく恭也も喋る事ができる。

 

「と言う事は、説明、してくれるの?」

 

「ああ。

 悪かったな、ここに来る前に少しは説明できると思ったのだが、少し彼等の到着が早くてな」

 

「うんん、いいよ」

 

 それから説明が始まる。

 既に大凡の見当をつけ、合わせた後、リンディに説明を受けているアリサと恭也によって。

 

「まず、今回の事件はセレネが発端だ。

 ジュエルシードを使ってフェイトを作製したセレネは、その実力を試す為、使用したジュエルシードを含めマスタープログラムの封印を試みた。

 そして、ジュエルシードを封印する地として選んだのが俺達の世界だった」

 

「……」

 

 恭也の説明、それはなのは達が最初に思っていたことだ。

 フェイトの事も何も知らなかった時に憶測した誤った見解。

 

「しかし予定外に一緒に転移したアリサ・ハラオウンとリンディ・ハラオウン。

 それとその協力者、高町 なのは、久遠、不破 恭也によりセレネ達を倒し、説得。

 その後協力してジュエルシードを浄化封印するも、マスタープログラムには逃げられた。

 と、言うのが大体の話の流れだ。

 事前に説明し、口裏を合わせる予定だったのだが、黙らせていて悪かったな」

 

「うんん、それはいいの。

 でも、どうしてそうなってるの?」

 

 何故か、恭也やリンディ、セレネといった大人達はそういう話にしたいらしい、というのは解った。

 そして、そうしなければならないのに、なのはの言葉一つで台無しになりかねなかったのだから制止され、喋る事を止められていたのも納得する。

 しかし、どうしてそんな事を―――そんな真実とは違う事実を使おうとするのか。

 

 この話、作戦前に話していなかった理由はなのはも想像がつく。

 例えなのは達でも納得できる理由があったとしても、あんな事になるのを戦う前に知ってしまっていたら、少なからず士気に影響する。

 だから、大前提であるマスタープログラムとの戦いの勝利の確率を下げない為に、敢えて話していなかったのだ。

 

「この事件、事実として引き金はセレネで、フェイトの製作者もセレネと言って間違ってはいない」

 

「うん、確かにそうだけど。

 でも……」

 

 今現在事実とされている話のあらすじも、実は間違っているのかと言うと、大半はそうでもなかったりする。

 ただ、その言葉では正しく伝わらない、表現の仕方が変で誤解を与える、というだけの話だ。

 

「セレネの話では、本来アリサは俺達の世界には来ない筈だった。

 そして、フェイトとなのはが表で戦いながら、裏でセレネとリンディが協力、調整し、実際なのはがした様にフェイトを救い、その後残ったジュエルシードに対して対処する。

 それが本来のシナリオであり、予定通りならフェイトはセレネの事を忘れ、セレネもその後は完全に表舞台から退場する手はずだった。

 最後のマスタープログラムの正常化は、元々は無理だろうと踏んで、逃げてもらうつもりだったらしいから、セレネは裏から支援して終わらせるつもりだったらしい。

 そうして最後の戦い後は、レイジングハートを回収し、リンディとセレネが俺達の世界から去る。

 フェイトを俺達の世界に預け、俺達の世界がまだ『管理外』である事を理由にそれ以上の干渉を避ければ全て丸く収まる」

 

 なのはも初めて聞くセレネが描いた本来のシナリオ。

 だが、最後までセレネは悪役で、すこし悲しいと思うシナリオだ。

 しかし、そうする理由はあったのだ。

 

「そうする事で、セレネとリンディが口裏を合わせれば、たまたまジュエルシードの転移に巻き込まれ、その先でジュエルシードと戦った事にできる。

 人工生命であるフェイトの事も管理外の星である事を理由に調査の手が出なければ知られる事はない。

 最悪、なのはにも口裏を合わせてもらえば、セレネに人造生命製造の容疑が掛かる事はないだろう。

 それができれば何の問題もなくセレネは時空管理局に戻れたんだ」

 

 セレネはフェイトの為に起こした事件であっても、自分を完全に捨て去るつもりはなかった。

 まだアリサやリンディの傍にいて、護っていきたかったのだ。

 だから、ちゃんと戻ってこられる様に計画を立てた。

 だが、それは崩された。

 何故なら―――

 

「それができなかったのは私のせいね」

 

 アリサが自分で名乗る。 

 計画を立てていた当時ではまだ誤解を持ち、とても協力できないアリサの存在。

 それが計画を崩すきっかけとなったのだとアリサは自分でそう判断している。

 

 だが、

 

「いや、それは違う」

 

 恭也は否定した。

 そして、続ける。

 

「きっかけはアリサかもしれんが、お前となのは、久遠、それにフェイトの為だ」

 

 恭也が挙げる名前は子供達全員。

 大人を除くすべての者だ。

 なぜ、そうなるかと言えば、

 

「セレネの計画では、最後に別れたら、もう2度と会えないんだ」

 

「あ……」

 

 驚き、そして納得する声を上げたのはアリサだ。

 セレネの計画通りなら、別れた後、フェイトの事が知られぬ様に接触はリンディ達こそ避けなければならないのだ。

 それは考えもしなかった事であり、昔なら兎も角、今の自分では想像すらできない事、永遠の別れ。

 それも、会おうと思えば会えるのに、互いの為に会ってはならないという地獄だ。

 

 セレネの計画通りで、リンディとなのはならば、なのはは別れを体験する事になるが、相手は大人だし、リンディとしても別れを前提の付き合い方をするだろう。

 だが、アリサではそうはいかないし、なのは達はアリサにとって初めての同年代の友達だ。

 リンディとセレネはその絆を失わせたくは無かった。

 なのはとしても、もう完全に友達同士で、心許しているアリサとの永遠の別れは流石に相等の心の傷となるだろう。

 それは避けたかったのだ。

 

「それに、アリシアだった頃の記憶ももっているなら、フェイトの居場所も限定しない意味もある」

 

 フェイトには一応育った故郷というものがある。

 それに、アリシアだった頃の夢も。

 それを考えれば、恭也達の世界から一生出られないというのも酷な事であろう。

 

 だからこそフェイトの存在を明かした。

 時空管理局にフェイトの存在を認めさせ、自由に生きられる様に。

 

「そこまで、考えてくれてたんだね」

 

「流石、恭也」

 

 感謝の微笑みを浮かべ、兄を見るなのはと久遠。

 

「……まあな。

 尤も、今回一番辛いのはセレネだ」

 

「……そうだったね」

 

 結末をよりよいものとする為、セレネは罪を被った。

 事実である部分も多い罪とはいえ、その意味を知っているなのは達にすれば冤罪だ。

 

「セレネさんと、それにフェイトちゃんはどうなるの?」

 

 危険物として第一級捜索指定まで受けていたジュエルシードを不法に使用した罪もあるが、人造生命の製造という罪。

 なのはも、命を作り出すと言う事が倫理的に悪い事なのだというのは解る。

 だがその場合、作られた生命の方の処遇というのはどうなるのだろうか。

 

「一応、セレネが製造主って事にしてあるわよね。

 既にこの世に居ない、死亡の確認すら取れないプレシアを責任者とすると、フェイトにとって不利になる可能性があるから。

 でも……今回はジュエルシードを使っている事もあるし、セレネは最悪の場合極刑。

 それに、フェイトも『解体』なんて事も在り得るわ」

 

 考えたくは無い、だが、自分の知識の中ではそうなってしまうと、言葉にするアリサ。

 

 ガタンッ!

 

「おにーちゃん」

 

「恭也」

 

 その言葉を聞いて立ち上がるなのはと久遠。

 助けに行こうと訴える。

 しかし、

 

「落ち着け。

 それは最悪の場合だ。

 それについてもいろいろ準備はしてある。

 それに、アリサもそんな結末にするつもりはなかろう。

 なのはも久遠も、もっとアリサを信じてやれ」

 

 あくまで冷静に2人を宥める恭也。

 大丈夫だと、そう信じられる言葉と、アリサの事まで出され、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「あ……うん」

 

「そうだね」

 

「ごめんごめん、ちょっと暗くなりすぎたわ」

 

 アリサも悲観をしすぎたと謝罪する。

 自分が正しく動くだけでも回避できることをわざわざ言ってしまっただけだと。

 そうして、暗かった部屋も少しは落ち着いた。

 

 そこで、恭也はポツリと続けた。

 

「最悪の場合、俺達でセレネ達を救出し、この艦を脱出すればいい。

 この艦の構造、セレネ達の居場所、兵の配置、転移装置のパスコードも解っている。

 そして、俺とお前のジュエルシードがあれば、時空管理局と言えども百年単位で地球に近づけなくなる次元震動を発生させられる」

 

 本来は口にするような事ではなかったのかもしれない。

 だが、恭也にしてみても、何故か、という理由で口にしてしまった。

 それは、気付いていたからかもしれない。

 

 プシュッ!

 

 恭也の言葉が終わった直後、扉が開いた。

 入ってきたのは、

 

「冗談でもそんな事を口にしないで欲しい。

 監視は切っているが、何処に耳があるかは解らないのだからな」

 

 クロノ・ハラオウンと、その後ろにリンディも居る。

 恭也の言葉に対し、睨む様に忠告するクロノ。

 その視線には殺意すら感じる。

 

「……勿論冗談だ。

 ジュエルシードなど持っていないしな」

 

「……まあ、解ってるさ」

 

 暫し睨み合う恭也とクロノ。

 何故そうするのか、今互いに抱いている感情はなんなのか、互いにまだ自覚はない。

 

「はいはい、遅れてごめんね。

 もう説明は終わったかしら?」

 

「ええ」

 

 リンディが間に入り、2人を止める。

 それに大人しく引き下がる恭也とクロノ。

 むしろ、今互いに抱いたのはなんなのかと考えてしまう。

 クロノの方には殺意を抱くのに十分な理由が存在するが、それとは違うのだ。

 

 それはとりあえず置いておくとして、

 

「ごめんなさいね。

 私は仕事が溜まっているのと、セレネの裁判、フェイトさんの処遇の検討とかをしなければいけなくて、ちょっと暫く会えそうにないわ」

 

「あ、私も手伝うわよ」

 

「ああ、そうしてくれ。

 急がないと拙いからな」

 

 どうやらハラオウン家はこれから忙しくなりそうだ。

 なのはも手伝える事があれば手伝いたいが、時空管理局の法的な話となればできる事は証言くらいだろう。

 

「で、時空管理局や魔法の事は秘密と言う事で、今後も通してね、って言う話と約束はアリサがしたって事でいいわね?」

 

「え? ああ、まあいいんじゃない?

 いいわよね、なのは、久遠」

 

「うん」

 

 どうやらアリサは管理外地区での協力者として、時空管理局がしてもらわねばならない約束事を話に来たと言う事になっているらしい。

 そもそも魔法などを秘密にするのは日常を過ごしながら戦う為に今までもしてきた事だ。

 だから、改めて話しをする必要もない。

 

「後は、一応検査と、恭也さんは治療をうけてくださいね」

 

 検査というのは、今まで管理外地区の人間が魔法を使った影響を調べるもの。

 一応アリサやリンディの方でもやっているが、精密検査と言う訳だ。

 因みに、アリサとリンディも管理外地区で長時間過ごしたのでその検査を既に受けてきている。

 治療も、先の戦闘や今までの戦闘で蓄積したダメージがないかを診るものだ。

 しかし、

 

「検査は兎も角、治療は要らんぞ。

 帰れば掛かり付けの医者がいるのは知ってるだろ」

 

 恭也はそれを拒もうとする。

 いつもの病院嫌いかというと、それは違う。

 

「そういえばおにーちゃん、なんで左目を閉じたままなの?」

 

「そういえば、ずっとだね」

 

 マスタープログラムの下に来てからの恭也の左目が開いているのをなのは達は見ていない。

 開いた時もその時は見える位置におらず、戦闘後は再度閉じて、今もずっと閉じっぱなしなのだ。

 なのは達にしても、右目の方には士郎に斬られた傷があり、その傷痕が残っているので、そちらを閉じているなら傷のせいだと解る。

 だが、傷痕がある方を開き、そう言うものが見当たらない左目を閉じているのは何故か。

 開いている場面を見ていないいじょう、なのは達が知る限りマスタープログラムとの戦いからずっと閉じっぱなしなのだから気にならない訳が無い。

 

 つまりは、治療を受けに行けと言っているのだ、なのはと久遠は。

 

「これは、ちょっとな……」

 

 恭也自身、これはどうしたものかと考えている。

 それに、こればかりはこちらで診て貰うべきだとも考えている。

 しかし、それでも拒むし、理由もちゃんと存在している。

 

「だが、治療は断る。

 俺は基本的にこちら側に関わる気はない」

 

 恭也はリンディやアリサといった個人ならば兎も角、時空管理局という機関と関わる気がなかった。

 それは恭也の行く道にはそう言う機関と関わる必要性がないというのもある。

 だがそれよりも、恭也達は世界は管理外地区として指定されている世界だ。

 恭也達の世界はまだ時空管理局と関わるレベルに達していないと、そう判断されており、恭也もそれが正しいと考えている。

 だからこそ、個人的繋がりならば兎も角、その世界の機関を利用する事には抵抗があるのだ。

 自分だけ、その優れた技術の恩恵にあやかる事が、地球の人間として正しい事なのか、と。

 ジュエルシードの暴走は時空管理局が原因というのならば兎も角、ジュエルシードは時空管理局にとっても異世界遺失物だ。

 ならば、異世界遺失物の被害にあったからと言って、時空管理局の医療施設を使う事は正当かと言うと違う気がする。

 そんな少し硬いと言える様な考えだが、それでも恭也は拒否の意思を示す。

 その中には、今はまだ恭也達の世界がそのレベルに達していないのなら、いずれは正式に、という考えもあっての事。

 だからこそ、今はまだ特別な扱いは受けたくないと考えているのだ。

 

「仕方ないですね……」

 

 その考え方はリンディも解っている。

 デバイスなどは必要だという事で受け取っているが、治療は『必要』ではないという事なのだ。

 

 だが、リンディもそれで引き下がる女ではない。

 

「……」

 

 リンディはその一瞬、クロノとアリサ視線を向けた。

 

「あー、……わーっと、ごめん、恭也さん」 

 

 すると、何故かアリサが棒読みの台詞ともに、足を躓いた様に恭也に倒れ掛かる。

 

「にゃ?」

 

「くぅん?」

 

 アリサのその行動に、さすがに疑問符を浮かべるなのはと久遠。

 

「……」

 

 恭也は何か気付いた様子だが、しかし倒れてくるアリサを避ける事はできない。

 今はなのはと久遠が両脇に居る上、後ろにはテーブルがある為、避けきるスペースがないのもある。

 しかし、この場面でアリサが倒れてくるのを受け止めないのもおかしいだろうと、観念した様子で黙って受け止める事にする。

 そこへ、

 

 バシュンッ!

     カランッ!

 

 何か魔法を放った音がした。

 そして、恭也の真上の天井の板が落ちてくる。

 

 ピ……

 

 アリサを受け止めていた為、その板を避けきれず、右肩の皮一枚を切ってしまう。

 

「む、これはいけない。

 どうやら整備不良の様ですね。

 すぐに医務室へ。

 客人をこちらのミスで怪我をさせた上にそのまま帰したとなっては大事ですから」

 

 先程、天井の板が落ちてくる前の魔法は、あまりに早すぎて見えなかったがクロノのものだと解る。

 恐らく、何かしらの攻撃魔法で天井板をおとしたのだろう。 

 その上で白々しくそんな事を言ってのけるあたり、アリサよりも演技に慣れている様だ。

 

 で、どうやら完全に時空管理局が悪いという理由をつけて、治療を受けさせたいらしい。

 

「……仕方ない」

 

「はい、では医務室まで案内しますねー」

 

 諦めた恭也の背中を押す様にリンディは一緒に部屋を出る。

 妙に楽しげに見えたのは気のせいではないだろう。

 

 プシュー!

 

 そして、2人が部屋を出ると、

 

「はーーーーーーっ……」

 

「……」

 

 盛大に溜息を吐くアリサ。

 クロノも小さいが、肩を落としている。

 リンディの指令によって精神的にかなり疲労した様子だ。

 ともあれ、何時までもそうしている訳にもいかず、とりあえず再びなのは達と向かい合う。

 

「ああ、なのはさんと久遠さんは恭也殿の後の検査でお願いします」

 

「あ、はい。

 あ、ところで、クロノさんの方が年上でしょうから、なのはさんはちょっと……」

 

「呼び捨てでいいよ」

 

 職務の関係だろうが、妙に堅苦しく呼ぶクロノに、そう申し出るなのはと久遠。

 

「それはありがたい申し出ですが、しかし……」

 

 真面目な人なのだろう。

 難しい顔をするクロノ。

 だが、そんな顔を見てふと思った事がある。

 

(どこかおにーちゃんに似てる気がする)

 

 口に出しては言わないが、なのははそう感じていた。

 最初に見た演技の冷たい姿も含め、兄と同じ匂いを感じるのだ。

 だから、先程セレネやフェイトに対する冷たい台詞などがあったのに、今は気にならない。

 

「そうそう、なのはも『クロノさん』だなんて、こんなの呼び捨てでいいわよ」

 

「アリサ、こんなのとはなんだ?」

 

「エイミィとか年上のお姉さまにちやほやされる奴」

 

「ちやほやって、お前なぁ……というかその筆頭がよりによってエイミィか」

 

「仕事中でもイチャイチャしてるじゃない!」

 

「あれがイチャイチャか? お前、絶対目がおかしい。

 というか、子供だなそういう見方は」

 

 なにやら口喧嘩を始めたハラオウンの兄妹。

 なのはの事を半ば忘れて言い争っている。

 

(これはこれで仲良しさんなんだよね)

 

 そんな光景を見ながら、なのはは少し考える。

 自分と兄とは全く違う様で、きっと似た様な関係であると。

 

「っと、失礼、お見苦しい所をお見せしました」

 

 ふと我に返り、慌てて謝罪するクロノ。 

 直ぐに職務の顔に戻るが、言い争いをしている間中は素顔を晒してしまっていた辺り、まだ若いといった所だろうか。

 

「いえいえ。

 あ、ところで、フェイトちゃんとお話できませんか?」

 

 恐らく、今後フェイトに関しては処遇が決まるまでなのはは会うことが難しい。

 ならば、今この艦内に居る内に、と思ったのだ。

 

「残念ですが、それはできません」

 

「そうですか……」

 

 難しい事だとは解ってはいた。

 だが、このまま会えなくなるのかと思うとやはり寂しいし、心配でもある。

 

「この部屋からでは通信を直接繋ぐ事もできませんからね。

 現在彼女達が拘束されている収容部屋に直接回線が繋げるとしたら司令室かブリッジ、それか医務室くらい。

 医務室を中継する場合は収容部屋側の端末で開かないといけないので、誰かが何故か通信回線を開きっぱなしにしていないと無理ですね。

 後は医務室に開いている通信画面に対してこちらから通信回線を開けば、会話くらいはできるでしょう。

 まあ普通はありえませんね」

 

 そう敢えて少し棒読みの部分を交えながら告げ、背を向けるクロノ。

 そして、部屋の扉に手を掛けながら続ける。

 

「ああ、そうそうアリサ、この艦の通信回線のパスはまだ変わってない。

 僕は30分程席を外すけど、余計な通信回線は開くなよ」

 

 プシュッ!

 

 部屋を出る時、肩越しに笑みが見えた気がした。

 どうやらなのは達をこの部屋で長時間待たせたのは、そう言う根回しの時間もあっての事らしい。

 

「ごめんね、回りくどくって」

 

「うんん、大人の事情だもの、仕方ないよ」

 

「さって、じゃあ繋げますか」

 

「うん、お願いね」

 

 その後、アリサが部屋にある通信回線から医務室に繋げる。

 それからカメラとマイク、スピーカーの位置を調整すると、そこには開いている通信画面がある。

 しかもご丁寧に盗聴、盗撮防止の結界まで張られている中だ。

 

「はい、これでよし。

 フェイトー、聞こえる?」

 

『アリサ?』

 

 通信画面から聞こえるフェイトの声。

 それに画像が少し劣化しているが、姿も見える。

 バリアジャケットは解除され、普段着ている黒のワンピース姿だが、手には手錠が掛けられている。

 だがとりあえず、思っていたよりも元気そうだ。

 

「よし、んじゃなのは」

 

「フェイトちゃん、大丈夫?」

 

『うん。

 こうなる事は覚悟してたから』

 

 ジュエルシードによって人間になったとは言え、造られた存在である事には変わりはない。

 なのはの世界に居る限りはそれを知られる事もないだろうが、時空管理局が相手となれば隠し通すことは難しい。

 そして、それとも向き合って生きるならば、1度はこうなる事はフェイトもアルフも覚悟していた事だ。

 

「アルフもいる?」

 

『ああ、私も一緒だ。

 拘束はされてるが、一緒の部屋だよ』

 

 久遠が問うと、画面の後ろ側にアルフの姿が映る。

 普通に考えれば別室になる筈だが、それも配慮の内なのだろう。

 

「そうなんだ」

 

「わたしに出来ることは少ないだろうけど、わたしもがんばるからね」 

 

『ありがとう、なのは。

 私は大丈夫だからね』

 

「まあ、とりあえず待遇は直ぐにでも改善させるわ。

 一応にもジュエルシードを浄化封印してきた功労者だもの、拘束くらいは解除できる筈だわ。

 どうやら、その為に封印した数はなのはよりフェイトの方が多い事になってる様だし」

 

『アリサも、ありがとう』

 

「べ、別に私は管理局として当たり前の仕事をするだけよ」

 

 そうして、少しだけ会話をする5人。

 そして、最後に、

 

「今はこんなだけども、今度はちゃんと皆で会おうね」

 

「うん」

 

『そうだね』

 

『勿論』

 

「まあ、1ヶ月以内には何とかしてみせるわ」

 

 今はまだ画面越しにしか会えないが、いつかはその必要も無くなる。

 だから、その時は今度こそ、

 

「その時は外で皆で遊ぼうね。

 約束だよ」

 

『うん、約束』

 

 再会とその先の約束を交わす5人。

 自由な空の下、なんの枷も持たず、皆で並べる日を夢見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから1ヶ月

 

 ジュエルシードとの戦いが終わって1ヶ月。

 元通り、とは少しだけ違う日常が戻ったなのは達。

 あれから2度だけなのはの下には事情聴取が来て、その後ジュエルシードと戦った功績を表彰される事になった。

 恭也はそれを辞退したらしいが、なのははフェイトに関する証言の有効性を高める為にもそれを受け取った。

 

 だが、あの応接室での通信越しの会話以降はフェイトと話す機会はなかった。

 アリサとも、事情聴取の時以外は会う事もなく、時間だけが過ぎていく。

 

「おはよー」

 

 学校に着いて、皆と挨拶を交わす。

 日常に戻り、戦いの日を遠く感じる。

 だが、確かに戦いはあって、今自分がここにいる。

 それに、胸にはレイジングハートがあって、胸の中には友達との約束もある。

 

 鞄を机に置いて、なのはは窓から空を見上げる。

 

(皆はどうしてるかな?)

 

 今の日常もちゃんと全力で生き、すずかとも相変わらず仲良く遊ぶ。

 いや、すずかとの関係は実は少しあの日から変わっている。

 良い方向へと。

 だが、それでも遠くの友達が気になる。

 

(そう言えば、今朝、おにーちゃんはどこに出かけたんだろう?)

 

 そこでふと思い出す。

 朝食の席、恭也は急いで食事を済ませて出て行った兄の姿。

 どうも兄も予定していなかった事態の様だったが、内容までは解らない。

 武装はしていなかったが……

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そんな事を考えている間にチャイムが鳴り、皆が席に着く。

 

「皆さんおはようございます」

 

 そしていつも通り、担任の先生が来て、いつも通りの日常がまた始まる。

 

 筈だった―――

 

「さて、今日は皆さんにサプライズがありますよー。

 なんと、転入生が居ます。

 それも2人も!」

 

「え?」

 

 楽しげにそう告げる先生。

 そんな先生に続いて教室に2人の少女が入ってくる。

 長いブロンドの髪をツインテールにした少女と、長いブロンドの髪の両サイドに赤いリボンを結った少女。

 

「あ―――」

 

 なのはが驚き声を上げ、同時に笑みがこぼれだす。

 そして、2人の少女は告げる―――

 

「「私の名前は―――」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 某所

 

 とある世界のとある国のとある場所。

 人気のない草原に1人の少女がいた。

 

「あー……あ、困ったなぁ……」

 

 その少女は悩み、困っていた。

 その悩みは他者から見れば小さく、どうでもいい事かもしれない。

 しかし、少女にとってはとても重要な事なのだ。

 

「どうしよう……」

 

 だが、その悩みの種は少女だけの力ではどうしようもない事。

 普通なら諦めなければならない事だった。

 しかし、それでもなんとかしたいと願う。

 

 そこへ、

 

 キィンッ

 

「ん?」

 

 少女の目に蒼い光が映った。

 草むらの陰に何かが落ちているのを見つける。

 

「なんだろう? これ」

 

 拾い上げたそれを空にかざすと、蒼く透き通った宝石の様な石だった。

 だが、ただの石ではなさそうだ。

 少女はその石に不思議な力を感じた。

 だからだろうか、少女は石に問いかけた。

 

「貴方は、なんて言うの?」

 

 答えが返ってくるなどとは思ってもいない問い。

 だが、それは返した。

 自分はなんであるかを。

 それは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の中でこそ輝けるもの