闇の中でこそ輝けるもの
外伝弐 過ぎたる分岐、まだ見ぬ分岐
夏のある日、とある行楽地。
日本の学校は現在夏休みと言う事もあり休日平日に関わらず、多くの人で賑わっていた。
大凡普通の夏休みの過ごし方をする家族の姿が多く見られる。
そんな中に周囲と同じでありながら、少し変わった集団があった。
「へー、これがこの国の遊園地って場所か。
雰囲気としては私の国にあるのと大して変わらないわね。
あんまり行った事ないけど」
「そうなんだ。
私はあっちでもそう言う場所は行った事ないから」
「ああ、うんそうだね。
どっちにしろ行った事はないねぇ」
「はい、こちらも事前調査では実際に『遊びに』行った事は無いと言える様です」
その集団は子供の集まり。
10歳前後の少女達ばかりで構成されていた。
いや、それ自体はさほど変わっているとは言えないだろう。
多数の子供からなる集団は他にも幾つか見られる。
「2人とも、どんな生活してたの?
という私も実はあんまり行った事無いんだけど」
「私も記録にもないので、ドキドキです」
違和感というレベルではあるが、変わっている点、それはこの場への溶け込み方だ。
どこか周囲から浮いている感じがしてしまう。
いや、溶け込もうとしている、そういう行為が感じられるといった方が正しい。
それが変わっている点の1つだが、周囲はこの行楽地という雰囲気から気にしている者は居ないだろう。
「うーん、わたしも初めてではないけど、少ない方になるのかな」
「久遠は初めてだよー」
見た目は1人を除いて10歳前後、除いた1人も14歳前後で、大体似たような年齢の少女達だ。
見た目上は特に不審な点も見当たらない、強いてあげるなら標準よりも少し―――いや、かなり可愛い外見をしている少女の集団と言えるところだろうか。
だがそれは変わった点とはまた違うだろう。
「うーん、なんかそんな台詞聞いていると、保護者の1人としては責任を感じちゃうな」
「そうだな。
確かにこういう場所には縁遠かったか」
そんな少女達の保護者だろう大人が2名。
1人は夏だと言うのに長袖で、顔以外の肌をほぼ露出しない服装をしている20前後の青年。
その顔も、目元はサングラスを掛けて隠れてしまっている。
正直その外見は少し怪しげだ。
ただ、そう言った気配は一般の人には感じられないだろう。
もう1人は20前後のモデル並のプロポーションをしたブロンドの美女。
実はこちらはよく見ると割と名が売れている人なのだが、この場所でそれに気づく人は少ないだろう。
保護者2人の大人、片方は外見に若干怪しさがあるのもあるが、それとは別にこちら2人も少々普通とは違った感じがある。
やはりそれを周囲の人が気づく事はないし、気づかなければこの集団の試みの1つは成功していと言えるだろう。
「あ、気にしないで、別に来たかった訳じゃないから」
「今日楽しめる様なら、機会を見て、またつれて来てやる」
少女の素早いフォローに対し、青年は手を少女の頭に置いて答えた。
青年はこれまで以上に今はいろいろ問題を抱えている筈なのに、それでも嘘のつもりは無かった。
「そうだね、恭也も楽しめればまた連れてきてあげてもいいよ」
「フィアッセ、その言葉はそのままお返ししよう。
フィアッセもあまりこういう場所来ていないだろう?」
「あら、ちゃんと切り返してくるとは。
まあ、今日は楽しもうか、みんなで」
いたずらっぽく笑った女性、フィアッセに対し青年、恭也は冷静に言葉を返した。
そう、恭也自身もこういう場所は不慣れだ。
いや、考えてみれば恭也の周囲の人物はそれぞれ事情は違えど、ほとんどそうなのだ。
今回その中でも子供達を連れ、この場を訪れる事ができた。
今回は本当に仕事とはまったく無縁で。
「じゃあ、とりあえず中に入ろうか。
先ずはチケットを買わないとね。
一緒に行く?」
「はーい」
子供達、なのは、久遠、フェイト、アルフ、アリサ、モイラ、すずか、ファリンの計8名はフィアッセが中心となって行動している。
フィアッセと数名は彼女と共にチケットを買いに向かった。
尚、本日は久遠、アルフ、モイラの3名には子供の形態をとってもらっている。
今日はあくまで遊びに来たので、3名にも子供として遊んで貰う為だ。
モイラについては現状あまり感情を表に出さない為よくわからないが、少なくとも嫌がっている様子もなく、皆楽しんでいると言えるだろう。
(約束を果たすという事だったが、そう言う理由で連れてくるのもいいかもしれないな)
今回こうして恭也が子供達を遊園地に連れてくるのは、先日なのは達が集まっている時にある実験的な鍛錬をさせた事への埋め合わせの約束からだ。
だがこうして理由があるからこそ動ける者も中には居る事を考えれば、またそういう約束をしたほうが集まり易いのかもしれない。
リンディ達、他の大人とも相談し、今後もそう言う機会の設け方を恭也は考えていた。
「うん、皆いい顔してるね」
考え事をしている恭也の左手側で声がする。
それは子供の姿をしたアルフのものだ。
フェイトと、なのは、久遠、アリサ、すずかはフィアッセと共にチケットを買いに行っている。
全員で行っても仕方ないという理由からか、何人かは恭也のところに残っていた。
「はい、アリサ様も。
今日の事はとても楽しみにされていましたので」
恭也の背からはモイラがアリサについてそんな情報をくれる。
恭也からみても、今日のアリサは冷静につとめようとしながら、しかししきれずにいるのが見て取れる。
そう言う子供らしい姿を見れる事は恭也も喜ばしい事だ。
ただ、何故恭也の背に隠れるような形で居るのかはよく解らない。
人ごみが苦手という可能性もあるだろう。
周囲を警戒しているのが解る。
「それはすずかお嬢様も同じですね。
今日はたくさん写真とりますよー」
恭也達からは一歩前に出てファリンがカメラを構えていた。
因みに家で練習してきたらしく、一応ちゃんと使えるらしい。
尚、既製品に偽装しているが、このカメラも月村 忍特製だ。
今日こられない分、ちゃんと妹の記録を撮る様にとのご命令らしい。
(忍もなかなか妹を可愛がっているな)
普段の性格の為、実際どれほど本気かは解り辛いが、カメラを改造した上にテストも抜かりなく行っていた事からその本気具合は伺う事ができる。
尚、フィアッセが来ている事からも解る通り、別に子供限定で連れてきた訳ではない。
それとカメラといえば、アルフとフィアッセも持ってきており、今日は3名のカメラマンが手分けして写真を撮る事になる。
(アリサとフェイトについても同様だな。
リンディとしてはクロノも一緒の方が良かったのだろうが、流石に外せないか。
それにしても今回はあまり運が無かったな、子供達以外で来られたのがフィアッセだけだからな)
忍も今日の事は誘ったのだが、その際には既に日程が決まった外せない用事があるので来られなかったのだ。
その用事というのが神咲との仕事の話で、那美も参加する事になっていたので那美もこちらには来られなかった。
更にレンと晶も用事があるとかで来れず、フィリスも仕事、アイリーンも収録、リンディやクロノも外せないと言うことで来られたのはフィアッセだけだった。
ここまで皆の予定が合わないとは思わなかったので、フィアッセだけでも来られた事は実は恭也にとっては幸運だった。
今回はもう1人大人といえる人が居てくれると助かるのだ。
恭也は現在先の事件から抱える目の問題でサングラスを掛ける必要があり、それ以前からある恭也の進む道の問題で肌を露出できない。
どちらも他に誤魔化す手段はあるし、実際右目の傷はメイクで隠している。
ただ、そう言った何も問題が無い様に見せかける方法をとるのは今回は控えたかったのだ。
「チケット買って来たよ」
そんな事を考えている内にフィアッセ達が戻ってきて、ここで待っていたアルフ達にそれぞれ入場券を配る。
そして最後に恭也にチケットを渡そうとする、その前に恭也は一言告げておく事にした。
「大人用のを頼む」
「あ、先手を打たれちゃった」
残念そうにフィアッセは恭也に渡す筈だったチケットを切り替える。
どうやら本当に子供用のチケットを渡す気だったらしい。
因みに大人用のチケットはファリンに手渡されており、流石にこんな冗談の為にチケットを1枚余計に購入した訳ではない様だ。
(やはりクリステラの血だろうか?)
フィアッセの行動に、つい恭也は彼女の母親の事を思い浮かべてしまう。
まあ、フィアッセのそれは母親のと比べれば頻度も低いし程度もかわいらしいものでしかないが。
と、そんな事を考えているところ、周囲の子供達、特にフェイトとアリサは驚いた顔をしていた。
なのはは日常の一部だろうが、他の子にとっては意外だったのだろう、恭也が半ば子供扱いされている事が。
(まあ、俺には若さが足りないだろうからな)
そんな恭也の思考、もし読み取られていたなら、自覚があったのかと突っ込みが入るかもしれない。
いや、それ以上に諦めという溜息が出るだろうか。
恭也は一応先日20歳になったばかりだということはここに明記しておこう。
「さ、入りましょう」
「はーい」
フィアッセを中心に子供達が動き出す。
こうしてなのは達の遊園地での休暇が始まった。
少女と大人、全員が持つ違和感―――普通の人間が居ないという集団で。
とは言っても、今日は本当に純粋に遊びに来たのだ。
別段普通の人間が居ない事など問題にはならない。
例えメンバーが異世界の人間だったり、この世界にはない魔法という技術を取得していたり、夜の一族だったり、自動人形だったり、妖狐だったり、HGS能力者だったりしても関係ない。
当初はなのは達も若干身構えたが、流石に恭也もそんな嘘を吐く程この子達の成長を急かしてはいない。
どちらかといえば今日は純粋に楽しんでもらいたいと思っているくらいだ。
「おー、敷地の割りには施設が多いと思ったけど、結構立体的に交差して配置されてるのねー。
警備はどうしてるのかしら」
「こっちだと空の警備ってないから、結構穴がある様に見えちゃうね」
「まあ、警備が厳重じゃないのは、それだけ平和な証ってことでもあるから」
が、普通の子供とは過去と立場の違う子ばかりなので、思考も妙な方向に向かいがちの様だ。
因みに言っているのはアリサ、アルフ、なのはだ。
なのはは今後この世界の事となればアリサ達にフォローをする立場となるだろう。
どうフォローするかで、アリサ達のこの世界に対する認識も変わってしまうのだが、恭也としてはあまり心配はしてなかった。
勿論恭也もフォローする事は忘れていない。
「あ、あのコースターなんか最後の落下でエネルギーを無駄にしてるんじゃないかな」
「ああそうですね、あのレールに余計な負荷が掛かってますね〜」
こちらはすずかとファリン。
自動人形の修理を手伝えるくらいの技術者と、自動人形が言うとなれば今の言葉は真実なのだろう。
アリサ達の会話にしろすずか達の会話にしろ、周囲にはこんな会話耳に入っていないだろうからいいだろうし、仮に聞いていても子供が言っている事なので大して気にしないだろう。
ただ、無関係な周囲は兎も角、身近な大人はそうはいかない。
「恭也、私ちょっとこの子達の発言でいろいろ心配になるんだけど」
「性分と持ってしまった技術、知識のせいだからな、ある程度は仕方ないさ」
フィアッセはアリサ達がどういう存在か詳しく知る訳ではないし、なのはに起きた変化もある程度しか解らない。
そしてこれからもフィアッセには恭也がなのは達に行う鍛錬の数々の詳細を知る事はないだろう。
ある程度は恭也は美由希を見てきた分、知っている部分もあるだろうが、それでもなのは達はまた特殊だ。
部外者になってしまうフィアッセには教えられない部分も多くあるし、そうなると流石に信頼している恭也がついているとはいえ不安はあるだろう。
特にフィアッセの場合は、その経験上からの心配も大きいだろう。
特異な存在という意味ではフィアッセはなのは達とも大して変わらないのだから。
『もし気になる部分があればフィアッセからフォローして欲しい。
俺自身、普通とは程遠い存在だけに、見落としている部分もあるだろう』
フィアッセの経験はきっと役に立つと恭也は思っている。
今日フィアッセを連れてきたのはなにもその為ではないが、いい機会だったのでそれを伝える。
皆が居るこの場で伝えるその方法は、フィアッセに接触する事による接触念話の技術と同じもの。
ただ違うのは今回はフィアッセのHGS能力のテレパスに
制御装置でもあるピアスの機能を恭也側で限定的に解除して行った。
実際にはそれが恭也もほんの僅かにだけある魔法で行ったものだが、そんな回りくどい事をしなくても接触念話程度なら恭也でも可能だ。
だが伝える方法としてはここはHGS能力の方を恭也は選んだ。
それは魔法を使っているところを見せないという意味もあるが、それ以上にHGS能力によるものというところに意味があったのだ。
「……」
フィアッセは少し驚いた表情を見せた後、溜息を吐きながら微笑んだ。
恭也はそれを横目で見つつ、それ以上のリアクションは返さなし、フィアッセも何も言わなかった。
「さって、どこから回ろうかしら」
入り口付近になって園内を見渡した後、なのは達はアリサを中心に回り方についての話を始めた。
恭也とフィアッセはそれには特に口を出さず、子供達の様子を見守っていた。
ただ、そこで少し気になることがあった。
「フェイト、どうした?」
園内に入った後から、フェイトはずっと恭也の左手側について歩いていた。
最初の園内を見渡すところからフェイトはなのは達の輪には入らずそこに居た。
会話に入らなかった訳でもないし、除け者にされている訳でもないだろうが、恭也の隣に居ると言う事はなのは達からは1歩下がった位置でもある。
「あ、うん。
ちょっと人が沢山いるから」
フェイトは周囲を少し意識していたのは解っていた。
元々人里はなれて暮らしていたのだからこういった人の多い場所に慣れていないのだろう。
学校などではなのはがフォローする事になるだろうが、今は恭也自身がここに居る。
「そうだな、でははぐれない様にしないとな」
恭也はそう言ってフェイトの手をとる。
人の中に居る事にはいずれ慣れなければならないだろうが、今はそれでもいいだろう。
それに、そう言った不安を解消するのは恭也の役目だ。
「あ……うん」
フェイトは少しだけ戸惑った様子だったが、やがて笑顔をを見せて恭也の手を握り返す。
それを見てフェイトとは恭也を挟んで反対側にいるフィアッセが笑みを浮かべた。
「ふふ」
フィアッセなら、『恭也が迷子にならないように』といって何かしら言ってくる事も考えたが、それはなかった。
そしてそれ以上何をするでも、何を言うでもなかった。
何故か恭也はそれがむず痒い感じがしたが、とりあえずその感覚は無視する事にする。
それよりももう1つ気になた事がある。
「モイラも大丈夫か?」
「はい、ご心配なく」
モイラは今も恭也の背後に居る。
恭也の背に隠れている様にも見えるが、どういう意図はかは解らない。
こちらは使い魔となってからも日が浅い事を考えれば人間という存在と自体に慣れる必要があるだろう。
「じゃあ、皆で一緒に先ずジェットコースターっていうのに乗ってみましょう」
「あ、うん、そうしよう」
「ん? なのはどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
「そう?」
子供達の方は行き先が決まった様だ。
なのはが少し余所見をしていた様だが、それも一瞬の事だった。
と言うわけで最初に来たのはジェットコースター。
遊園地とくれば行くべきものの1つと言えるだろう。
この女の子ばかりの所帯でもそう言えるかはちょっと解らないが、少なくともアリサなどは乗り気だった。
因みにこの遊園地のジェットコースターは絶叫マシーンとしても日本でも有数の人気らしい。
最大高低差と速度がウリとのこと。
尚、事前の調査で身長制限は全員クリアーしている。
まあ、久遠やアルフなどはそれに合わせているとも言えるかもしれない。
ともあれ、全員問題なく乗る事ができる。
余談だが、これだけの人数の女の子の集団でありながら、1人も搭乗を躊躇する子はいなかった。
人数が多い為、4組に分かれて乗る事になった。
勿論恭也も乗る。
恭也を含む3組目までが乗り終わり、集合場所に4組目以外のメンバーが集まっていた。
「う〜ん、どんなものかと思ってみたけど、悪くないわね」
「そうだね、普段スピードを楽しむって事はないものね」
乗った者の感想がこれである。
考えてみれば当然の話で、すずかとファリン以外は自力飛行が可能で、特にフェイトなどは自分の方が速く動けるのだから絶叫マシーンとはいえ恐怖は感じないだろう。
(まあ、楽しんでいるならいいか)
恭也は当初こういう集団である為、こういった施設は楽しめない可能性を懸念していたが問題ない様だ。
因みに恭也も子供達とほぼ同様の感想だ。
自分もそういう楽しみ方はできるのだと、少し新鮮な気分だった。
「うんうん、何より安全だしね」
「はい、それは重要です」
なにやらすずかとファリンがしみじみ言っているのは、今はとりあえず聞き流す事にする。
後で忍に心当たりがあるか確認するつもりだ。
また何か作っていたのかもしれない。
(そういえば、このメンバーですずかとファリンだけ飛べないと知ったら、飛行ユニットくらい作りそうだな)
特に地上用へのこだわりは聞いていないので、提案すれば作る可能性もある。
尤も流石に技術は1から学ぶというスタートだから直ぐにとはいかないだろうが、忍ならやってしまいそうな気もした。
とりあえず今はまだ下手な事は言わない方がいいだろう。
「ふー、みんなよく平気だね。
私はちょっと酔いそうだったよ」
最後の組、フィアッセとアルフ、久遠が戻ってくる。
フィアッセはジェットコースターに乗る事に躊躇もなく、楽しんでいた様だが、流石に普段は体感しないスピードに今は足元がふらついている。
それに比べ、その他のメンバーはなのはを含め全員その様子がない。
集合場所をやや出口から離したので、目立ってはいないだろうが、それ自体は異様な光景かもしれない。
「少し休憩するか?」
「大丈夫。
とはいって、同じような乗り物だったら辛いけど」
フィアッセもいろいろ経験してきてはいるが、流石にスピードへの耐性はなのは達には遠く及ばない。
けれどこのアトラクション、場合によっては自力では降りれなくなる人も出るくらいなので、ふらついても歩いてこれるのだから十分とも言えるだろう。
(そう考えると、普通の人がどれくらいのスピードと負荷が限界なのかというのを知っておくのにも良い経験だったか。
と、またそんな事を考えてしまったか)
こういう面では普通に近いと言えるフィアッセを見て、1人自分へ溜息を吐く恭也。
子供達にはこうはなって欲しくないと思うのであった。
「じゃあ、それは外すとして、次はっと……」
恭也がそんな事を考えている内に、アリサは次の行き先についての話を始めていた。
因みにこの遊園地には後2つほど大型の絶叫マシーンがあり、どれも人気のアトラクションだ。
勿論それ以外も施設も数多くあるので、行き先には困らないだろう。
「……」
と、そんな話をしている中、恭也の左隣に居たフェイトに、アルフが寄ってきて、それと入れ替わるよにフェイトはアリサ達の話に入って行く。
アルフに皆の輪の中に入ってくる様に促された様だが、代わりにアルフが恭也の隣に立つ事になる。
話の輪の中には久遠やファリンも入っているのだから、自分も加われば良いだろうに。
「……」
そういえば、もう1人話しの輪に入らない者がいる。
恭也の背に居るモイラだ。
どうもモイラは立ち止まっている時は恭也の背中に居る気がする。
「モイラー、貴方もこっちに来なさい」
「了解しました」
アリサが自分の使い魔が話に加わっていない事に気づいて呼ぶのには素直に従う。
表情はやはり無表情だが、嫌がっているという事はないとは思う。
なんとなく、恭也にはそう思える。
(だがアルフは行かないな)
モイラも入り、後話に加わっていないのは、基本的に行き先には口を出さないつもりの大人2人とフェイトと交代したように恭也の隣に居るアルフだ。
アルフについてはフェイトが呼ぶ事もなく、他の誰もそちらに話を振る事はなかった。
(ん?)
行き先を子供達が話しているなか、一瞬なのはが別の方向に視線を向けた。
ホンの一瞬だが、何かを探している様だったが、それだけ。
何かを見つけた訳でもないし、見つからない事を気にした様子もなかった。
「じゃあ、次はここに行きましょう」
と、そうしている間にも行き先が決まっていた。
次はこの遊園地でも最大の面積を誇る施設へ向かう事となった。
次に一行がやってきたのはこの遊園地の中心地にして象徴たる建物。
おとぎの国が基となっているこの世界の中心、それは中世のヨーロッパあたりにありそうなお城だった。
幻想の世界という面が強いこの遊園地では主に現実世界とは違う夢を見られる場所として存在している。
絶叫マシーン等にもそう言う側面を加えて成り立たせている。
それでも絶叫マシーンとしても日本で有数のものなので、この遊園地自体のレベルが高いのだ。
さて、そんな話はおいておくとして、この施設のアトラクションは幾つかあり、その1つに写真撮影というものがある。
今風にいうなら貸し出し衣装を使ったコスプレ写真を撮影できる場所というところ。
昔は子供にドレスを着せて写真を撮るのがメインだったらしいが、今ではいろいろなキャラクターの衣装も用意されている。
その衣装の多さと写真撮影ができる舞台の種類の多さからも人気が高く、なのは達も記念に数枚の写真を撮る事を希望した。
尚、勿論男用、大人用の衣装も用意されており、当然の流れとして恭也も参加する事となった。
「……まあ、ここを選んだ時点で想定内だ」
といいつつ、溜息を吐きながら着替え終わった恭也が舞台に立つ。
恭也が選んだのは執事の衣装。
左目は丁度良い感じのモノクルがあったのでそれを付けている。
実は海賊風な眼帯などもあって迷ったのだが、執事なのでこちらを選んでみた。
どちらにしろあまり似合わないと恭也は自分で評価してみた。
と、そこへ女性陣も着替えが終わった様で、皆がまとまってやってきた。
「恭也は執事? 結構様になってるね」
最初に恭也の姿を見て反応を見せたのはフィアッセだった。
いたずらっぽい笑みを浮かべ、恭也を珍しそうに上から下へと見る。
「そうか? 自分としては似合わないと思っているのだがな」
それは自分の立場としてという部分が大きいのかもしれない。
考えてみれば、仕事上でこういう衣装を身に纏い、その様に振舞って護衛をするという事も考えられない訳ではないので、良い練習になるとここはそう考える事にした。
が、その前に考える事がある、それはフィアッセの選んだ衣装についてだ。
「で、何故フィアッセはメイド服なんだ?」
フィアッセが着て出てきたのはエプロンドレスで、所謂ところのメイド服だ。
恭也が執事なのに合わせた様でいて、実際にはそんな打ち合わせはしていない。
恭也は最初全員ドレスで出てくるものと思っていたのだ。
「なんとなく、かな。
それより―――」
「そうか。
メイド服でもフィアッセは綺麗だな」
「そう? ありがとう」
フィアッセの言葉が終わる前に、恭也は先ずフィアッセの姿をほめる事にした。
貸衣装とはいえ―――いや、撮影用だけあって見栄えのするものだ、それを着こなし、優雅な立ち振る舞いを見せるフィアッセは美しい。
フィアッセ程素材がよければ何を着ても似合うと思っている恭也だが、言葉は選んだつもりだ。
と、そこまで考えて、そもそもフィアッセはドレスの類も着る機会があるし、その姿を恭也も見た事がある。
今回メイド服を選んだのはだからこそなのかもしれない。
と、そんな推測はおいておくとして、フィアッセに続いて子供達にも目を向ける事にした。
「お前達もよく似合っているぞ。
アリサはやはりドレス姿でも凛としているな」
「ありがとうございます。
恭也さんに言われると素直にうれしいわ」
子供達は予想通りというか予定通りというか、皆ドレス姿だった。
まずは先頭に立っていたアリサから見てみよう。
赤いドレスを着たアリサは情熱的な印象を受けつつもどこか落ち着いた感じがする。
場慣れしているというのもあるだろうが、それ以上にどことなく大人の雰囲気があるのだ。
自信と実力を兼ね備えているかそ出せる雰囲気なのかもしれない。
「モイラも似合っているぞ。
やはり落ち着いた感じで優雅だ」
「ありがとうございます」
アリサにやや引っ張られる感じのモイラは、薄い緑のドレスだった。
生まれて、いや生まれ直して初めて着るものだろうに、そんな気配もなく振舞っている。
元々器用なのだろうが、それだけではあるまい。
『アリサ様はお仕事でそう言った場にも出席されていた為です』
と、そこで近づいてきたモイラが接触念話でそんな事を教えてくれる。
確かにアリサ程の立場になると、そう言った事も必要になったのだろう。
となるとモイラはそれに付き合う為に練習していたのかもしれない。
『ありがとう、モイラ』
接触念話が続いている内に恭也はモイラに教えてくれた事に礼を告げたが、それ以上は何もモイラは言わず直ぐに離れてゆく。
流石に撮影があるので恭也の背に隠れるような行動はとらなかったが、それでもやや離れた位置に移動していた。
恭也はとりあえず次の人物に目を向ける事にした。
「なのは、なかなかかわいいぞ。
久遠は洋装自体が珍しいが、ドレスというのもまた良いな」
「ありがとう、おにーちゃん」
「うん、なかなか面白いね、こういうのも」
なのはは白いドレス、久遠は黄色いドレスだった。
2人とも普段から長いスカートの衣服には慣れているが、ドレス姿というのは初めての筈だ。
それでもよく似合っている物を選び、着こなしていた。
数ヶ月前までのなのはならこうはいかなかっただろうが、自分自身を理解した事がこういったところにも現れている様だ。
「フェイトはやはり黒がよく似合うな、綺麗だよ。
アルフも、赤という色が映えるな」
「ありがとう恭也」
「おう、ありがとう」
フェイトは黒、アルフは赤のドレスだ。
大人の様な落ち着きと、子供らしい可愛らしさを両立した様なフェイトと、普段とは違うイメージを見せるアルフ。
相反する印象でありながら、2人は並んでいても互いのイメージを崩す事ない。
パートナーとして長い分もあるだろうが、ドレスでの立ち振る舞いからして慣れている感じが見受けられる。
「それにしても、アルフはあまりスカートを穿かないイメージがあるが、それでも着慣れている様に見えるな」
「私達も、一応前にこう言った服も持っていた事があったから」
「それで私も一応いろいろ教育は受けてたって訳さ。
面倒で使い道もないとおもってたけどね」
前にというのは、アリシアの時代の事だろう。
人里離れた場所に暮らしていても、親からいろいろ教育を受けていたと言う事がこんな所でも表に出たのだ。
それには驚きと共に、どこか嬉しくもあった。
「そうか。
最後はすずかとファリンか。
2人はやはり本物といったところだな、実に美しい」
「ふふふ、ありがとうございます。
とはいっても、本物もなにもあんまり関係ないと思いますけど」
「私はメイド服にしようとしたんですけど、皆さんに止められて。
フィアッセ様はメイド服ですのに」
2人とも青いドレスを着ての登場だ。
すずかについては流石は本物のお嬢様というところだろう、その姿は完璧だった。
なのは達は所詮隙の無い様にしているだけだったのだというのが解る。
ファリンは立場的な気分かややおろおろしているが、立ち居振る舞いは別だった。
(そういえば、忍もドレスを着ればこういう振る舞いができるのだろうか?)
ふと、そんな事を考える。
普段が普段である上、実際そういうところを見た事がないのだ。
付き合いの仕方上、そういう機会が無かったというのもあるだろうが。
まあ、それは後でいいだろう。
今後も付き合い続ければそう言う機会があるかもしれない。
「それにしても皆よく似合っているな、こうも華やかだと目のやり場に困る」
「上手い事言うねー。
でもそうだよね、こんな可愛い子の集団、ちょっとお目にかかれないと思うなぁ」
そんな感想をもらしているとフィアッセが隣に並ぶ。
子供達は舞台を見てはしゃいでいるところだ。
そんな姿を眺めながら、フィアッセは微笑んでいた。
「さ、じゃあ撮影しましょう。
モイラ、こっちに来なさい」
「了解しました」
また離れていたモイラをアリサが呼び戻し、皆固まって撮影が始まる。
因みに恭也とフィアッセは子供達の両端に1歩下がった位置についた。
「じゃあ私はここで」
撮影用の立ち位置を決める中、アルフが恭也の隣に立った。
モイラもそうだが、自分の主を前面にしようという行動が見られる。
できるだけフェイト、アリサにはなのはと並ぶ様にしようとしているのだろう。
(ん? そう言えばそう言った行動をアルフが取ろうとする場合はフェイトが呼び戻すと思ったが、そうはしないな)
今日見ているとアルフとフェイトが一緒に並んでいる事が少ない気がした。
元々べったりしていると言う程でもないが、いつも一緒のイメージがあるのだが。
ともあれ、撮影が始まる。
これを始めとし、数十枚の写真を撮ることになった。
大凡1時間後。
着替え、撮影場所の移動を含め1時間近く掛かり撮影は終了した。
恭也としては妙に疲れた撮影会となり、帰った後もいろいろと話題を提供する事になる事を考えると少々気が重い。
何度か妙な仮装、中には女装をさせられそうになった事もあり、それは断固として拒否したが、話のネタにされる程度の仮装は幾つかすることになった。
ともあれ、次だ。
まだまだここでの時間は始まったばかりなのだから。
「じゃあ次はどこに行こうか」
「そうね、じゃあ次どこに行くかを考える為にもここにしない?」
なのはが提案した次の行き先、それは観覧車だった。
と言うわけで、観覧車に乗る事になった。
大きさだけなら園内最大となる乗り物で、園内をほぼ全て見渡す事ができる。
見渡せない場所といったら城のせいで死角となる城の入り口付近なのでほぼ問題ないのだろう。
(そういえばこのメンバーの中では高い場所が苦手な者もいないな。
まあ、飛行可能な者も多い中だしな)
そんな事を考えながら、順番に籠に乗ってゆく。
1つの籠は6人のりとなっているので4,3,3と分かれる事になった。
メンバーはなのは、すずか、ファリン、モイラとフェイト、アリサ、フィアッセと、恭也、アルフ、久遠だ。
アリサが決めた振り分けで、誰からも異論が出なかったのでそうなったが、6,4なり5,5という分け方にはしなかった。
アリサなりに何か考えがあるのだろうから、恭也もそこは口を出さなかった。
「ん〜、こうしてのんびりと低空から地上を眺めるというのもおつなもんだねぇ」
「そうだね」
ともあれ、飛行できるメンバーではあっても、楽しめている様だった。
「そうだな、飛行機などから見る景色とも違うからな」
恭也も今は純粋に楽しむ事にする。
地上を見下ろし、小さくなる人や建物を見る。
自然と人の流れ、不審人物がいないか等に思考がシフトしてしまうのは、もう止める事はできないだろうし、自分で止める気もなかった。
せめてそれを表に出さない様にしつつ、その中でも楽しめれば良いと考える。
と、そんな事を考えながらも時間は経過するが、しかしこの観覧車はその大きさからかなり時間のかかる乗り物だ。
今の状態では他の籠の様子は解らないが、和気藹々と喋りながら景色を楽しんでいるのだろう。
この籠のメンバーではちょっとそうはなりにくい。
まあ、アルフと久遠の様子を見ると、それが苦痛となっている様子はないからよいだろう。
と、そこで気になったことを聞いてみる事にする。
この密室はそれには丁度良かった。
「ところでアルフ、今日はあまりフェイトと一緒には行動しないな。
この割り振りはアリサのものだが」
「ああ、そうだね。
まあ、こういうところまで来ているんだ、いつも一緒に居る人とべったりでもしかたないだろう」
「まあ、確かにそうか」
アルフは微笑みながら応えた。
確かに使い魔契約を結んでいる2人だ。
その2人は誰よりも近しい間柄と言って良く、既に信頼関係は十分築いているのだから今更べったりくっついて行動しなくてもいいだろう。
こういう場だからこそそれぞれの個を尊重して別々に行動するのも良い事かもしれない。
(確かにそうなのだが、どうもな……)
アルフが言っている事はもっともだし、嘘は言っていないと思われる。
だが、それだけではない。
恭也はその先の答えについて、少し考えている事があるが、それには今は言及しなかった。
今、アルフは恭也の左側の席に座っているのだ。
(はっきりしてからでも良いだろうし、それに言葉も選ばなければなるまい)
そんな事を考える恭也に、アルフは何も言わない。
アルフも恭也が気づいている事は解っているのかもしれない。
そして、その上で何も言わないのかもしれない。
(フェイトとアルフだからだろうな)
とりあえず今は言う事はない。
そろそろ頂上付近に近づき、見える景色もまた変わってくる。
今は景色を楽しもうと、そう考えた。
(ん?)
と、その時だ。
ふと久遠の方に視線を向けると、久遠はなにやら一箇所を凝視していた。
その目は景色を楽しむものではなく、間違いなく何か特定のものを捉えていたのだ。
「……」
恭也はそっとサングラスをずらし、左目を開く。
既にこの高度では地上の人々は豆粒程の大きさで、恭也の視力では個人を特定する事はできない。
だが久遠の視線を追った先に見えたものは、それでも十分なものだった。
(さて、どうしたものか)
見えてしまったものについて、今どうすべきかを考える。
出来るだけ今の子供達が楽しんでいる雰囲気を壊したくない。
「……」
そう考えていると久遠がこちらを見ているのに気づいた。
それに対して恭也は静かに頷く。
と、そうした時だ。
「私にも内緒の話かい?」
アルフがそれに気づいた。
流石にこの狭い密室で、アルフを完全に出し抜くのは無理があった様だ。
「ああ、ちょっとな。
大丈夫、大した事ではない」
「うん、大丈夫。
多分久遠だけでも問題無いから」
恭也の見立てに久遠の見解も加わり、それは大凡確実となる。
そうだ、大きな問題を見つけた訳ではない。
それは場合によってはどこにでもある存在だった。
けれど場所が場所という事もあり、処理は必要かもしれない。
「この後の昼食の時、少し俺と久遠は席を外すぞ」
「解った。
私としても今の雰囲気を壊したくはないからね。
でも私のフォロー程度じゃ多分誤魔化しきれないよ」
「そうだな。
まあ、それはある程度覚悟しているさ」
今日のメンバーは全員何かと鋭い者達だ。
久遠と恭也が同時に席を外すとなれば、怪しまない訳はないだろう。
けれど例え気づかれてもそれほど問題にはならないと考えていた。
敷地全体を見渡せるようにと設計された巨大な観覧車はその大きさから1周するのにかなりの時間を要した。
この観覧車の最大の欠点はその長時間、籠から出れないというところだろう。
ともあれ全員が観覧車から降り、再度集合したその頃には丁度お昼時となっていた。
「さて、では昼にするか」
「はーい」
基本的に行動を示さない予定だった恭也だが、昼食に入る提案だけはしておく。
特に異論も出ず、そのまま昼食の場所決めへと移行する。
この遊園地には食事が出来る場所は軽食を合わせると軽く10箇所を越える。
お昼時ともなれば込み始める為、とりあえず近い場所から回ってみることにした。
数分後、近い場所のレストランに席をとることができ、そこでの昼食となった。
客自ら時間をずらして食事に入っているのか、意外に混んではいなかった。
「あ、そうだファリン、写真見せて」
「それがこれ、何故か閲覧機能がなくて」
「え? なんで、デジカメでしょ? 忍さんが弄った時に抜け落ちたの?」
「今日来てから気づいたので、帰ってから聞いてみませんと。
一応ちゃんと撮れてはいるみたいです」
「アルフとフィアッセさんが持ってきたのはデジカメじゃないし。
写真は現像してからか」
食事の合間にそんな話をしている。
いまどき珍しいといえるのか、カメラを持ってきた3名はいずれもデジカメでないか、デジカメでも手を加えられていてその場で撮った写真を見る事ができない。
更に写真は専用のカメラがある事で、各自の携帯電話の機能で付属されているカメラは使用しなかったのだ。
その為、午前中に撮影した写真の出来は今のところは解らない事になる。
「……」
そんな話をしている中、ふと恭也はなのはが話とは別の方向を見ている事に気づいた。
「どうかしたのか?」
「あ、うん、なんか知っている人が居る気がしたから」
なのははそう答えて直ぐに視線を戻した。
ほとんど無意識の行動で、さほど気にしている様子はなかった。
「まあ、人が多いからな、似ている人もいるのかもしれない」
「そうだね」
恭也が懸念した方ではなかったので、それ以上話題を続ける事はしない。
なのはも直ぐにアリサ達の話に加わり、今の話など直ぐに忘れてしまうだろう。
(なのはなら、と思ったのだがな。
まあ、ある意味アタリも含まれているかもしれないが)
恭也はそんな事を考えながら、2つの方向に思考を向けた。
視線を向けるでもなく、気配も変えずに。
そうして昼食の時間が過ぎた。
人も多い事から軽くすませて店を出る事となる。
「ちょっと食事が軽かったか。
何か軽食でも買って行くか?」
「そうだね、屋台物ならいろいろあるし」
遊園地の内部はけっこう軽食が売っているものだ。
食べながら園内を回る事を想定してか、特製の容器なども売られている。
「じゃあ私ポップコーンってのを食べてみようかしら」
「そうね、こういう場所だし」
と言うわけでポップコーンを買うこととなった。
丁度近くに店もでており、数種類買うことにする。
たかがポップコーンだが、この遊園地では30種類近くの味が売られているらしく、それ専用の容器もついてくる。
「久遠、塩バターがいいな」
そんな中、久遠がそう要望した。
「え? 塩バター? 塩バター、塩バターっと……
ここには無いみたいね」
この遊園地のポップコーンはその販売する種類の多さから店毎に売られているものが違う。
つまり目的の味があるとは限らない事になる。
その為に店のマップなどというものも存在していたりするらしい。
「ああ、それなら観覧車の近くだな。
降りるときに見た。
俺は久遠とちょっと行って買ってくるから、近くで適当に待っててくれ」
丁度近くに休憩する場所もあるし、大して時間はかからないだろうと恭也はそう提案する。
「あ……うん、解った」
フェイトが一瞬何かを言おうとしたが、それ以上言う事はなく、恭也は久遠と2人でこの場を離れる事となった。
恭也と久遠と別れた後、なのは達は近くにあったベンチがある場所へ移動していた。
だが誰も座る気配がない。
「で、アルフ2人は何をしに行ったの?」
そうアルフに問うのはフェイトではなく、アリサだった。
半ば睨む様にしてアルフを見るアリサと、同意見だろうなのは達。
勿論フィアッセも同様で、フィアッセも2人が不審である事には気づいている。
フェイトだけはやや戸惑っている様子だが、聞きたいのは同様だろう。
何故アルフに問うかと言えば、アリサはアルフが今日一番恭也の傍に居た事と、2人の行動が観覧車の後というところからだ。
そして、今日は何らかの形でほぼ恭也の傍に居ようとしたフェイトとアルフが同行しなかった、いやアルフがフェイトを止めた事で決定的となった。
そう、先ほどフェイトが恭也について行こうとした時、影でアルフが静止していた事にアリサとなのはは気づいていた。
「うんまあ、気づかない訳もないか。
私も実際何しに行ったかかは知らないさ。
ただ観覧車で2人は何かを見つけたらしくてね、仕事みたいだよ」
アルフは両手を挙げて降参のポーズをとると共に知っている情報を残さず告げる。
口止めされていた訳でもないし、意味もないと判断しての事だ。
雰囲気を壊さないようにとの恭也と久遠の行動も隠し通せないのではやはり意味は無かったと言えるだろう。
「くーちゃんもわたしに何も言わなかったから、くーちゃん関連かな」
恭也が1人となると判断がつかないほど多岐にわたるが、久遠と一緒となると霊障関連とみて間違いないだろう。
なのはも詳しくはしらないが、久遠と恭也の2人だけで霊障にあたると言う事はあまり考えられないのだが、余程簡単か、準備段階だけ済ませるつもりなのだろう。
流石に大事になるならこんな簡単な嘘でなのは達を置いていったりはしないだろうと考えている。
「気遣いなんでしょうけど、私達にまでそんな事しなくてもいいのに。
それとも、一応機密事項なのかしら?」
こちらの霊障に関する扱いはアリサもまだ良くわかっていない。
完全秘匿という程ではないようだが、それでもあまり表には出ていないのだという認識程度だ。
「一応位置は追っているよ、いつでも駆けつけられる」
「それはこちらでも行っております」
「そう、ありがとう」
アルフは主にフェイトに対してだろう、そう最後に告げる。
モイラは自主的にと思われるが、一応主であるアリサを中心として連絡する。
危機的な状況に陥るとはあまり思えないが、一応念の為という意味で、皆の安心くらいにはなるだろうと。
「まあ、仕事なら仕方ないよ、食後だから少し休憩しながら待とうか」
「はーい」
フィアッセが話をまとめ、とりあえず全員椅子に腰掛け、待つ事となった。
気になるのは気になるが、追いかける事は最初からするつもりはないのだ。
その頃、恭也と久遠は実際に観覧車の付近に居た。
久遠と手を繋いだ恭也は、恭也が主導で移動している様でいて、実際には久遠の誘導で移動している。
一見して2人は普通に園内を歩いているだけに見えるだろう。
次の乗り物を探すように。
だが実際には違う。
2人はただ歩いているのではなく、探しているのでもなく、誘導しているのだ。
「うん、上手くいった」
「そうか」
久遠がそう笑みを浮かべ、恭也も頷く。
その後2人は近くの路地へと入って行く。
ただ行き止まりがあるだけの路地で、人気も人の目も届かない場所。
シュッ
路地に入った瞬間に僅かに風を切る音がする。
そして、次の瞬間には路地に多数の紙が出現した。
いや、瞬時に投げて貼り付けられたのだ。
その紙は普通の人が見てもほとんど読めない古い文字が書かれていた。
「ほお、新しい技か」
「うん、ちょっといろいろ試してるの」
その紙、札を投げたのは久遠だ。
何かする事は解っていたが、こうも瞬時に札を展開するのには恭也も驚いていた。
その札の効果は人払いと中に居る存在を外に出ない様にする、簡単な結界を作るものだった。
「さて、ではどうしようか」
「どうしようか」
これで安心して対峙できる。
2人がここへ誘い込んだ相手と。
「……」
その相手というのは、今2人の目の前に居る。
恭也が左目を開いて直接見るその相手、一般の人には見えないその存在は所謂『浮遊霊』と呼ばれるものだった。
外見は消えかけているが、恐らく10歳前後の女の子だろう。
こんな真昼間、人が往来するこんな場所でと思うかもしれないが、別に霊は昼間に存在できない訳ではない。
ただこの浮遊霊は存在が希薄で、恭也も右目だけではぼんやりとしか見えず左目が無ければ見落としていただろう。
これは久遠だからこそ見つけられたと言って良い。
恐らく害は何もなく、このままほうっておいても自然と存在を維持できなくなり霧散してしまうだろう。
「どうだ? やはり俺では何も解らない」
「やっぱりそんなに便利な物じゃないんだね、その左目。
多分ね、未練だと思うの。
推測だけど、ここへ来るというなんらかの約束があったんだと思う。
ただそれだけの『残念』で、多分今日1日この中を浮遊していれば消えてしまうと思う」
「そうか。
久遠はどうしたい?」
恭也は尋ねた。
こうして2人で仕事としてここまでやったのだが、対象は放っておいても問題のない霊だ。
わざわざ払うまでもなく、久遠が何かをするまでもない。
けれど、久遠には最初から大体解っていた筈だ。
それなのなのは達を偽ってまでここまで来た。
その上で、久遠はどうしたいのか。
「これは仕事じゃないの。
久遠がただやりたいだけ。
1人じゃ寂しいだろうから」
「そうか」
久遠の答えに恭也は頷いて携帯電話を取り出した。
掛ける相手は那美。
今日は月村との話し合いもあるが、今なら休憩している時間だろう。
「那美さん、俺です。
今お時間はよろしいですか? 緊急という程ではないのですが」
『はい、大丈夫ですよ。
どうしました? 今日はなのはさん達と遊園地に行っている筈では?
これ仕事用の方ですよね』
「ええ、場所は遊園地です。
そこでちょっと浮遊霊を発見したので。
恐らく放っておいても今日で消えてしまう程度ですが、俺と久遠で対処したいと思います。
簡単な残念払いを」
那美に確認するのは、ここで退魔師として活動して良いかの許可だ。
いくら簡単なものとはいえ、恭也はあくまで那美の護衛で、久遠は那美と一緒に働く妖怪、式の様なものという位置づけだ。
その為、那美から離れて活動するのだから那美の許可をとる。
これが仕事ですらないならば、それはそれでいろいろ問題があるのだ。
『……そうですか。
ちょっと久遠に変わってもらっていいですか?』
「はい。
久遠、那美さんだ」
「うん。
変わったよ。
うん、そうだよ。
うん、大丈夫、恭也と一緒だし、ちゃんとやれるよ。
でもお仕事じゃないのに道具を使っちゃうから。
いいの? そう、じゃあ今度また別のお手伝いをするね。
うん、またね。
はい、恭也」
「はい、変わりました」
『久遠にも確認しましたので、問題ないと思います。
でもいいんですか? せっかくの休暇中ですのに』
「ええ、放っておいたら楽しめないのでしたら、その方がいいですし。
これも経験に変えられるのなら、それもいいでしょう」
『そうですか、解りました。
そちらの判断にお任せします。
気をつけてくださいね』
「はい」
『では、失礼します』
「はい、お忙しい中ありがとうございます」
『いえ』
那美は口調から少し思うところがある様だが、それでもさほど問題なく許可が下りた。
本来なら恭也と久遠だけの活動というのにも問題があるのだが、後で那美がどう処理するのか、帰った後で確認の必要があるだろう。
ともあれ、許可が下りた事で2人は再び浮遊霊と向き合う。
浮遊霊の方は、ほとんど考える意識もないからだろうが、ただ浮いているだけで恭也達を認識しているかも怪しい。
「さて、では始めるか」
「うん。
でもその前に、なのは達を呼びたいの」
「……そうか、そういう払い方にするのか。
解った。
これも良い経験になるだろう」
久遠の提案に恭也は少し考えたが、少しだけ笑みを浮かべて返す。
そして、わざわざ嘘まで吐いて置いて来たなのはを電話で呼び出す事にした。
恭也に呼ばれ指定された場所までやってきたなのは達。
仕事の為に嘘まで吐いて離れたのに、その仕事の現場だろう場所に呼ばれた事には少し驚いたが、呼ばれたと言う事はどういう意味かは解るつもりだった。
それは『手伝う』という意味ではなく、見るべきだからと判断している。
「ここですね」
指定されたポイントではあるが、それを最初に認識したのはモイラだった。
その言葉がなければなのは達は通り過ぎてしまった可能性が高い。
「あ、そうみたいだね」
「なんか結界みたいなのを展開しているのね」
モイラに言われてからよく見てみれば、そこには魔法に近い、しかしアリサ達ミッドチルダの魔導師から見ると似て非なる力が働いているのが解る。
なのはの場合はこちらの世界で久遠と共に過ごした時間から、別の観点からも見る事ができるが知識はミッドチルダ寄りだ。
「ああそうなんだ。
確かに恭也と久遠が居るのは解るんだけど、どこに居るのかいまいち掴めないなぁ」
そんな感想を漏らしたのはフィアッセだ。
ここに呼ばれたのはなのは達だけではなく、全員でと言う事だったのでフィアッセも当然そのメンバーに入る。
今回は魔法関連ではななく、この世界の技術を使ったものなので、フィアッセが居ても問題はないと言う事なのだろうか。
それとも単に1人で待たせるよりは良いと判断したのか、それはなのはもまだ判別できてはいない。
「じゃあ、入りましょうか」
「うん」
アリサを先頭として、なのは達は袋小路となっている裏路地へと入る。
見えている筈なのに見えない結界の境界に足を踏み入れた。
変化は一瞬。
それはミッドチルダの使う結界に入るのと似ている感覚だった。
世界が変わる、そんな感覚だ。
その中で1つ動くものがあった。
ヒュッ!
風を切る音と共に何かがなのは達を横切った。
振り返って見れば、ほぼ最後尾で入ったフィアッセの胸に1枚の札が貼られていた。
そしてまた前を見れば、そこには久遠が居て、今投げた札の起動をしているのだと見て取れる。
「これは?」
少し驚いた様だったがフィアッセは冷静に今の行為について説明を求める。
「念の為のものだ。
HGSの能力と霊障、そしてリミッターであるピアスとの関係はまだはっきりしない部分が多いからな」
そう簡単に説明したのは恭也。
ひとまずその説明はそれでと、恭也は皆を見渡す。
この路地にはモイラが最後尾で入り、全員揃った事になる。
「さて、先ずは嘘を吐いた事は謝ろう。
仕事かもしれなかったものでな、すまなかった」
「ごめんね」
「それはいいよ。
でも大体想像はつくけど、それなら何で呼んだの?」
なのは達は2人が嘘をついて離れた事については理由がほとんど明白といっていい事もあり気にしてはいなかった。
だが、やはりならば呼んだ理由ははっきりしておきたいという気持ちはある。
「その説明の為にも、少し確認しておきたい。
皆はこれがどう見える?」
そう言って恭也は指すのは路地の奥だ。
一般人には何も見えないだろう、その場所には確かに何かが存在している。
「ん〜、なんか魔力の流れがあるような。
微弱だけど」
「そうだね、周りと違う僅かな魔力がある」
「言われてみれば生物的な匂いがしなくもないって感じかな」
アリサ、フェイトが答え、アルフが動物的な見方を加える。
つまり、この3名にはほぼ何も見えていないに等しい様だ。
尚、フィアッセも居る場ではあるが、関連する単語が『魔力』だけなので、変換もされずに聞こえているだろう。
どう見え、どう表現するかは恭也としても未知の部分だったが、隠す必要もなさそうだった。
「……思念があるんだね、はっきりとはしないけど」
続いて答えたのはフィアッセだ。
目を凝らして何かを感じようとしているが、札のせいもあるのか、やはり言われているから解る程度といった所だ。
「残念が居るんだね、多分浮遊霊。
外見としては女の子かな?
かなり不安定だけど」
「ほとんど自我もないものと思われます。
放っておいても消えてしまう類かと」
最後になのはとモイラが答える。
なのははやはり見えている様で、モイラもほぼ正確な情報を得ている。
「え? そうなの?」
「人? 幽霊がいるの?」
「う〜ん、解らない」
なのはとモイラの答えに、驚きつつもう1度感覚を研ぎ澄ますアリサ、フェイト、アルフだが、やはり見る事はできない様だった。
「そうか、やはり見え方からして違うのか。
参考になった」
ミッドチルダの魔導師として高い魔力とそれによる魔力を捉える力はあっても霊を見る、つまり霊視ができないらしい。
この浮遊霊が今にも消えそうな程小さく弱いというのもあるだろうが、同じ魔導師であるなのはと、アリサの使い魔であるモイラには見えているのだ。
なのはとモイラの共通点といえば、この世界の出身であると言う事だろうが、それがどう関係するのかまだはっきりとはしない。
モイラの場合は元が猫であった事も関係しているかもしれないが、これもはっきりとした事は言えない。
「う〜ん、恭也、これとって見てもいい?」
「いや、止した方がいいだろう。
フィアッセにも認識できる事が解っただけでも十分だ」
フィアッセ、HGS能力者の場合は札がある為少々曖昧になるが、それでもアリサやフェイトより霊視能力としては上というのが解る。
なればこそ、やはり恭也は久遠に頼んでフィアッセに札を貼ってもらったのは正解だと考えた。
「ここにはね、浮遊霊が居るの。
死んでしまった女の子の幽霊。
推測だけど、なんらかの形でここへ来る約束があって、それを果たそうとしている残念なの」
久遠が説明を始める。
とはいっても、なのはとモイラの答えがそのまま答えだ。
答えはそれに補足するだけとなる。
「幽霊、か」
この世界の文化、更には魔導技術も調べていたアリサだ。
神咲の退魔の技術についてもある程度情報を得ている。
それを目の前にして、いろいろ考えている様だった。
目の前の自分には見えずなのはには見えている幽霊と、紙を使った魔導技術、札についてもだろう。
「それでなの? この御札。
私がその子の心を読んでしまわないようにって事?」
「ああ。
フィアッセはもう十分見てきただろう、こういったものを」
「もう、恭也は過保護だよ」
フィアッセは溜息を吐きながらも笑みを浮かべていた。
恭也の気遣いに対しては色々と思うところがある。
恭也が懸念している死者の念の危険性、フィアッセはその能力で今まで見たくも無いものも見て、聞きたくも無い声を聞いていた。
そしてなにより過去には大切な人が目の前で死ぬという壮絶な経験もしている。
だからこそ恭也はなのは達が見ても問題ないとしているこの幽霊に対しても、フィアッセには対処を行ったのだ。
『ねえ、なのはフィアッセさんは過去に恭也と何かあったの?』
暫し見詰め合う恭也とフィアッセを見て、フェイトはなのはに接触念話で尋ねてみる。
知らぬフェイトからすれば、十二分に過保護に育てられていると思っている自分達よりも何かを警戒されているフィアッセは異様とも言える。
ただ、この場合は『死』というものが関係していると思われる為、なのはに聞くにも少し躊躇われたが、それでもフェイトは知る方を選んだ。
『う〜ん、わたしもよく知らないんだ。
おとーさんが死んだ時の事を言っているのだと思うけど』
『なのはと恭也の父親……
ごめんね、変な事を聞いて』
『ううん、気にしてないよ』
得た情報は、恭也とフィアッセだけでなくなのはにも関わる事だ。
興味本位と言ってしまえばそれまでだったが、聞いた理由からすればやはり聞くべきではなかったのかもしれない。
だが聞いた以上フェイトはその情報を心に刻む事にする。
知った事を無駄にしない様に。
「それで、その幽霊をどうするんですか?
単に私達がどう見えるかを確かめただけではないですよね」
話が滞っている中、アリサが尋ねる。
ミッドチルダの魔導師がこの世界の幽霊をどう捉えるかは重要な情報だろうが、それだけなら何もこんな日、こんな場所で行わなくてもいいだろう。
ならば他に目的があるとアリサは判断した。
「ああ。
これからこの子の成仏を手伝ってもらおうと思ってな。
何、簡単な事だ。
この子の未練はこの遊園地で遊ぶ事だ。
ならば、この子と一緒に予定通り遊園地で遊べばよい。
ただ1つ、もう1人一緒に居るのだという意識さえすればそれだけでいい」
「そうなの、意識だけでいいの。
この子はこの中に入ってもらって、久遠がこの子と同義となる様にするから」
そう言って久遠はまた新しい札を取り出し、浮遊霊に接触させる。
すると浮遊霊は札に吸い込まれる様にしてその場から消える。
これは封印の札の応用で、札に霊を憑依させた状態になる。
元々存在が希薄で、放っておいても消えてしまう程であり意識もないのだから、久遠に言わせれば簡単な事らしい。
「紙で、そんな事を……確かに魔力がそこに集まったわね」
「うん、すごい技術だね」
この世界の退魔の技術に関心するアリサとフェイト。
2人共魔導師としての性か、技術を読み取ろうという姿勢が見えるが、ミッドチルダとはあまりに系統の違う技術だけにほとんど解析もできていない様だ。
「じゃあ行こう」
「ああ、少し予定がずれたが、問題ない。
残りの時間も十分にある、たっぷり楽しもうじゃないか」
「うん」
札は久遠の服のポケットにしまわれ、それでここでやる事はおしまい。
後はただ人数が1人増えた事だけを忘れなければ本来の予定通り動くだけだ。
まだお昼を回ったばかり、遊んでいないアトラクションはいくつも残っている。
その後、ほぼ予定通りに園内を回った。
残っていた絶叫マシーンの他、一通りは回った頃には日が暮れている。
子供達は一様に笑顔を浮かべ、今日という日を楽しんだ。
「もう日も沈みそうね。
大体予定通り巡れたかしら」
「そうだね、一通り回ったね」
遊園地のマップを見ながら楽しそうに話すなのは達。
やはりアリサが先頭に立っている。
そういう仕事をしているのもあるだろうが、アリサの性分なのだろう。
「じゃあ、今日はこんな感じでいいかしらね。
まだ回りたい所ある人はいる?」
アリサの問いに、答える者は居なかった。
アトラクションはどれも十分に楽しんだ為、敢えてもう1度という気分ではなかった。
勿論それは今日は、という限定的なもので、また来て遊びたいという気持ちも同時にあった。
だからこそ今日はもう十分なのだ。
そう皆が思っていた。
後は―――
「うん、こっちも大丈夫。
もう逝ったよ」
久遠がしまっていた札を出す。
一見なんの変化も見られないが、なのはとモイラから見ればそこに居た存在が既に無い事が感じ取れるし、恭也の左目でも見て取れる。
「そう。
じゃあ、今日は帰りましょうか」
アリサが代表して、保護者達、恭也とフィアッセにそう告げる。
大凡予定通りで、この後は帰り道で適当に外食して海鳴駅で解散となる事になっている。
「そうか、では帰ろうか。
と、その前にだ」
予定外だった除霊も終え、ここですべき事はない筈だった。
だが恭也は何かを告げようとしていた。
なのは達としては、これから何かしらの訓練と言われても驚かないつもりだった。
今日は休日の筈なので、流石にないとは思いながらも。
実際そう言う話ではないのだが、しかし、身構えていただけに驚く事となった。
「もういいぞ」
「あ、そう?」
「あれ、海鳴駅までじゃないのか?」
恭也の言葉に遅れる事なく返ってくる声があった。
その声は子供達の中からではないし、フィアッセでもない。
だが近くから、会話として不自然にならない程の距離からだった。
その声のした場所に視線を向け、声の主を見つけたが、子供達とフィアッセはすぐには反応できなかった。
「お、おねーちゃんに赤星さん!」
その中で最初に声を出して反応したのはなのはだった。
恭也の近くに居た―――そう、突如出現したのではなく、あくまでそこに居た人物は姉美由希と恭也の友人、赤星 勇吾だった。
普段とやや雰囲気の違う服装をして、髪型も若干変えているが、声を聞いて間違い無いと判断できる。
「え? 美由希、勇吾?」
これには久遠も驚いている。
あまり面識の無いアルフやモイラは兎も角として、十分見知った仲である筈の、動物的な嗅覚を持つ久遠までもいままで存在に気づかなかったのだ。
いや、今でもまだ戸惑っている様で、2人を認識しきれていない様だ。
「ああ、何か企んでいる様な気はしたけど、そうだったんだね」
フィアッセは驚いた様子だったが、すぐに落ち着き、なんとなく解っていた事が解決してすっきりしたという感じだった。
思考を深く読んでいなくとも、恭也がそんな雰囲気であると無意識に近いところで解っていた。
ただやはり意識する程でもないし、具体的にないとも言えないので全く気づかなかったに等しい。
勿論、能力を抑えている状態だったというのも大きいだろうが、少なくともフィアッセも美由希と赤星の存在には一切気づいていなかった。
「え? いつから?」
「最初からだ。
ああ気にするな、これは美由希に対しての試験だったからな。
美由希はフィアッセを含む全員を影で護衛するという形の試験を与えていてな。
赤星はその付き合いだ。
試験としては帰るまでを予定していたのだが、まあ、最後まで何も知らずにというのはどうかと思ってな」
最後の一言は今日すでに嘘を1度吐いてしまった事でおきた心境の変化だ。
別にだましていた訳でもないのだが、やはりあまり良い気分では終われなかっただろう。
「そう言うこと。
場所が遊園地だしね、カップルを装う為に勇吾さんに助っ人を頼んだの」
「いやぁ、貴重な体験だったよ」
そう受け答えながら、2人は髪型などを手で直せる範囲で直す。
そう大層な変装、特殊なメイクをしている訳ではない、少しだけいつもと違う雰囲気を出す為の変化を正す。
久遠やアルフ、モイラをも誤魔化す為の香水は無理だが、わずか数秒でなのはと久遠もちゃんと2人を2人と認識出来るようになるくらいの変化がある。
「全く気づかなかった……」
「うう、私もです」
アリサをはじめとして、アルフ、ファリンなどは隠れて護衛されていた事にショックを受けている様だ。
それは普段から尾行されていも気づかないという事にも繋がるのだから当然だろう。
「気にするな。
2人はこちらの行動パターンやスペックを全て知った上でやっていたのだからな」
場合によってはあまり言い訳には出来ない事だが、やはり見知った仲だから可能な事もある。
特に対久遠、アルフ、モイラの3名の鼻に対する対処が成功していたのは大きいだろう。
しかしやはり今回はなのは達には見つけて欲しいとは考えていなかったので、あまり気にされても困るところだ。
一時なのはが気づいていたそぶりを見せていたが、恭也の一言で気にする事もなくなった事から、気づいていたとは言い難い。
あの時は霊の方に気づいた可能性もあったので一応確認してみたのだが、口ぶりからして美由希の存在を無意識レベルで感じ取っていただけだろう。
「因みに、それぞれのカメラに2回撮影に紛れる様にという指示も出してある。
帰ってから現像して探してみるといい。
俺の見立てでは大凡成功していたと思われる。
そうそう、それがあったから忍に頼んでデジカメの閲覧機能をロックしてもらっているんだよ、そのカメラは」
「あ、そうだったんですか。
忍お嬢様がこんな機能を付け忘れるなんておかしいと思いました」
流石にデジカメの機能で撮った写真を常に見られると気づかれる可能性が高かったのでロックしてもらったというのもある。
ただ本来ならデジカメの普及率を考えればそんな事は言っていられない。
避けきる事は難しいだろうが、映り方によっては問題にならない為、敢えて2回は映るという試験にしてみたのだ。
まあ、後での楽しみとする為というのも勿論あったのだが。
「それにしても、久遠と恭ちゃんが2人で場所を離れた時は少し慌てたよ」
「そうだなぁ、その組み合わせで別行動をとるとは全く予想してなかったからな」
「まあ、実際想定外だった。
そんな想定外の行動もカバーできたのだから、今回の試験は価値は大きかったな」
後に詳しく聞く事になるが、恭也が久遠と一緒になのは達と別行動をとったときは、恭也と久遠側は赤星が追い、美由希はなのは達の所に残ったらしい。
護衛という名目からメンバーの中でも戦闘力の高い恭也と久遠という組み合わせだった為、残りを美由希が見る事にしたらしい。
ただいかに浮遊霊の誘導に集中していたとはいえ、赤星の単独尾行でも久遠に気づかれなかった事から、赤星にもそういった才能があるのではないかと考えられる。
そういった意味でも今回の収穫は大きかった。
(大成功と言ってよいだろうな。
これで俺が知っていて美由希が知らない事はほぼ無くなった)
恭也は今回の試験の出来に満足していた。
美由希が目指す道に必要な力で、恭也が教えられる事はもうほぼ無い。
いや、これも恭也でなければならない理由もないので、元々無かったと言えた。
既に戦う術の方は教え終わっているのだから。
だからこれは、恭也が改めてその事実を確認する為のものと言えた。
「……」
そんな事を恭也が考えている時、ふとモイラが視線を向けているのに気づいた。
何故こちらを強く見ているのはかは解らなかったが、恭也は問う事もしなかった。
それよりも、皆の会話が進んでいて、そちらに参加する事になったからだ。
「美由希さん、今度鍛錬にお付き合いしてもいいですか?」
「それは、私はいいけど……」
「アリサ、あまり気にするな。
それにそういった事は分担すべき事だ、ちゃんと考えてあるさ」
「う〜ん、そうですけど」
アリサはやはり悔しいという気持ちが強い様だ。
その意気こそこの子の強さだが、流石にこれ以上アリサ達の修練を増やす訳にもいかないのだ。
これでもかなりギリギリの事をやらせているのだから。
「さて、その話はもういいだろう。
せっかく合流したのだし、この後の予定通り、一緒に夕食をとって帰るとしよう」
「はーい」
最後は恭也が締め、先ずは移動となった。
美由希と赤星を交えて今日の遊園地での話をしながらの道中、そして夕食の席と帰路。
今日は最後まで楽しい1日となった。
その翌日 八束神社
夕方の八束神社。
その近くの山の中ではなのは達がまだ遊んでいる。
恭也は境内の掃除も終わったところで、那美と一緒に中に居た。
着替えや道具を置きに来たという訳ではない、別の目的をもって。
「とりあえずは、昨日の浮遊霊の件はどのように処理をされたかを聞いていいですか?」
「そちらは簡単ですよ。
私達は仕事として依頼を受けなければ除霊をしない訳ではありませんから。
放っておいても消えてしまう程度の浮遊霊でしたから、久遠が1人で行って問題ありませんでした。
恭也さんもいた事もありますし、私に連絡を頂けたので、札の使用についても経費扱いです」
「そうですか」
一応恭也も那美を手伝っている都合上、神咲のやりかたはある程度理解しているつもりだ。
ただその情報は正式な仕事についてのものに偏っているので、実は少し心配だったのだ。
今回久遠が使ったのは浮遊霊を封じ込める物だけでなく、人払いのものとフィアッセに使った札もある。
実際の金額にしたら那美が受ける普段の仕事の一回分の利益は軽く飛ぶくらいだ。
材料はやや特殊な紙と墨とはいえ、安いものではない。
それが経費扱いとなった事で、とりあえず恭也は胸をなでおろす気分だ。
もし那美の私費から出たなどという事になったなら、恭也が払う気だったが、那美は受け取らないだろうからだ。
そして、そんな心配事が片付いた事で、本題に入れる。
「では次の話ですが」
「はい、なのはちゃん達の霊力についてですね?」
「ええ」
前々から気になっていた事ではある。
どうやらミッドチルダの魔力とこの世界の霊力は似ている様で結構な違いがある様だ。
それは昨日の浮遊霊の見え方からも伺える。
「最近のなのはちゃんを見ていて私の個人的な感想ですが、もし神咲で修行を積めば、当主にも届く力を持てたのではないかと」
「それほどですか」
「ええ。
以前からも久遠と遊んでいる中で、霊感、霊視といった部分も一般の方よりかなり高い事は解っていました。
それが最近になって発揮されていますから、相当の力を持っていて、尚まだ成長の余地もあると思われます。
尤も、どうも私達の力とはどこか違う方向性を持っている様に思えますが」
「そういうのも解るのですね」
「ええ、力が強い分余計に」
それはつまり、アリサ達の力も自分達とは似て非なるものである事が解ると言うことだろう。
先のジュエルシード事件にも関わっている分、よりアリサ達への疑念は多き筈だが、それでもそれについて恭也やなのはに問うそぶりすら見せない。
やはり恭也を信頼しているところが大きいのだろうが、逆に言えばアリサ達と他の能力者を遭遇させるのはあまり好ましくないと言う事だ。
普段はいろいろ処置をして、力を抑えているので、日常の中でなら問題無い筈ではあるが。
「基本的に普段はそういう感じもしませんから、力を使わない限りは大丈夫だと思いますよ」
「そうですか」
恭也が懸念している事を察してか、那美が付け加えてくれる。
那美がそう言うのであれば、大丈夫なのだろう。
それでもいろいろ予防策は練っておきたい所ではある。
それにしても、なのはが神咲の当主にも並べるかもしれないというのは、恭也も少し驚いた。
あれだけの力を持ってはいても、デバイスの性能がある為、純粋に比べる事はできなかったからだ。
もしアリサに出会わなければ、あるいは久遠をパートナーとし、悪霊を払う退魔師になっていた可能性もあるという事になる。
那美が別の方向になっていると表現したのは恭也にもなんとなく解る。
それにリンディもなのはの力については、『奇妙な程純粋なエネルギーとしての性質を持っている』と言っていた。
それは属性変換などの応用が難しいという欠点もある、ミッドチルダから見れば奇異な性質という事だ。
なのははこの世界での力の才能を魔法に変換したという事になるだろうから、そう言う点も考慮した今後を考えなければいけないだろう。
そして、逆に退魔師としての修行を積む道もまだ残されているのだ。
昨日の幽霊をなのはは目の前にするまで気づかなかった事を考えると、やはりミッドチルダの魔導師としての成長は、退魔師として道とは別という事になる。
2つの道を同時に歩く事はできず、しかしまだ道は残されているのだ。
なのはがどういう道を進むか。
既に選んだ部分が多くとも、だからこそ広がった選択肢もあるという事だ。
尚、逆にミッドチルダの魔導師達の力をこちらの退魔の力として見る場合だが、それは後ほど久遠によって見解が出された。
道具などは一応ミッドチルダの魔導師達の魔力でも起動し、機能はするが、効率が落ちるらしい。
また、簡単な補助装備を使えば霊視なども行え、久遠が片手間で作った札程度でも幽霊を視認できる様になる。
違う力になっているにしても、やはり根本的には同じ力という事なのかもしれない。
「ところで恭也さん、フェイトさんと何かあったんですか?」
「フェイトと、ですか?」
話が一区切りしたところで那美がそんな事を聞いてきた。
興味本位という感じではなく、かなり真剣な話として。
「先日の事件に絡む事で、お話できない事ならいいんですけど。
どうもフェイトさんの恭也さんへの態度が気になりまして」
「解りますか」
「ええ、一応。
どうも可能な限り恭也さんの傍に居ようとしていますね。
アルフという子と協力の上での様ですが」
恭也も解っていた事だ。
ここ最近、妙に昼間アルフが訊ねて来たり、恭也とフェイトが一緒に居る時も傍に寄り添う感じがある。
特に2人共恭也の左側に居ようとするのが見て取れる事から、理由も大体想像がつく。
「あの子には自由に生きて欲しいのですが。
これもまたあの子の選んだ事なら仕方ないのでしょう。
まあ、やれるだけの事はしておきたいと思います」
恭也はそんな、答えになっていない様な答えを告げた。
尚、あの2人の行為については、モイラも似たような事をしているのだが、こちらは2人程明確なものではない様に思える。
那美もモイラの事には言及していていないし、方向性も違うのかもしれない。
「そうですか。
私も、いえ、私達もやれるだけの事はするつもりです。
フィリスさんともいろいろ計画してるんですよ」
「ほお、それは初耳ですね」
詳しい事を那美は告げなかったが、後に聞いたところ医療の分野で那美の能力との連携についての研究をしているらしい。
フィリスはフィリスで自身がHGS能力者である事をフル活用した医療技術を考案中で、那美の力と合わせる事で効果の飛躍をさせるつもりらしい。
恭也の知らないところでも、いろいろな事が動いている。
「だからもう少し待っていてくださいね」
「ええ、可能な限り」
那美が何を言わんとしているかは大体察しがつく。
いや、この場合は那美達が恭也の事を察してしまっているのだろう。
恭也としては複雑な心境だった。
でも、できるなら―――そう、できることならばもう少し―――
季節は夏。
生命が活力を溢れさせる季節。
今年の夏は長く、暑い期間が続いた。
後書き
とうわけで、外伝2でした。
時系列的に外伝1より前なので非常に紛らわしいですね、すみません。
しかも内容薄い気がするし。
外伝1も本編内容の補完と準備だったのに、2を出しているあたりダメですねぇ。
次は無い様にしたいですが、また穴をみつけてしまったら書くかもしれません。
適当におつきあいいただければと思います〜。
では、次は本編の方でお会いしたいと思います。
管理人のコメント
投稿ありがとうございました。
今回はより外伝らしい外伝って感じでしたね。
遊園地で遊ぶイメージのない面々だったので、余計にそう感じたのかもしれません。
原作を見るに、仕事や訓練は異常なほどやるのに、歳相応の遊びやお洒落とかおざなりなイメージありますしねぇ。
そういう意味でも中々に新鮮で楽しい話でした。
しかし最後の方でもそうですが、恭也は相変わらずフラグを立てるなぁ。
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