闇の中のコタエ
あれからの日々
ジュエルシードとの戦いが終わって1ヶ月程したある日の朝
恭也自室
「了解です」
恭也は電話を受けていた。
相手はよく知った人であり、今日連絡がある事も解っていた。
だが、この時間に掛かってきて、しかも用件が予定外のものだったのだ。
「ええ、それはいいんですが……
聞かれたりしていませんか?
……そうですか、そうなると逆効果にになるかと……まあ、男の子ですからね」
携帯電話を肩で持ちつつ準備をする。
と同時に行った先でどうフォローを入れようかと悩むのだった。
嘗て、この電話の相手には女心が全く解っていない、繋がってもそれを知ることができない、と思われたことがある。
が、それとは逆に今、恭也はこの女性に対して男の子の気持ちの無理解に苦しむ事になっていた。
まあ、それは所詮男と女という別の生き物なのでどうしようもない事だろうと途中で考える事を止める。
ともあれ、今は急いだ方がいいだろう。
この電話によって、電話の理由の方が加速して拙くなっている筈だ。
「出かけてくる。
夜まで戻らん」
「はーい」
朝食をかき込む様に食べて家を出る。
なのは達が出るよりも先にだ。
この様子がなのはに見られる事になったが、まあ、問題ないだろうと恭也はそれ以上考えるのを止めた。
尚、伝え方が適当なのは急いでいるのもあるし、まだ不確定要素が大きいからという理由がある。
それから数分後。
恭也はとあるマンションの前に来ていた。
そのマンションは嘗てフェイトが拠点として使っていたマンションであり、最終決戦直前には恭也も使っていたマンション。
そして―――
「俺です」
恭也はインターホンを使って到着を告げる。
部屋の鍵は持っている。
今日まで部屋を管理する為に必要だったからだ。
尚、部屋の掃除には隠れ家の管理人の彼女にも出張ってもらった。
散々文句を言われたが、ちゃんと隠れ家とここの管理をこなしてくれた。
まあ、それも昨日までという一時的なものであったからというのもあるだろうが。
『はーい』
返って来るのは女性の声。
先程の電話の主であり、恭也にとっては間違う事の無い相手。
入り口の扉が開き、恭也は最上階へと上がり、嘗て拠点として使っていた部屋に入る。
「いらっしゃい」
玄関で出迎えてくれる女性。
エプロンを着けたリンディ・ハラオウンだ。
「お久しぶりです」
「はい」
久しぶり、とは言うが、実は恭也とリンディはなのはとフェイト達程再会に間があった訳ではない。
あの最後の戦いから1ヶ月ほどの間、なのはよりもリンディ達との交流はあったのだ。
「すみません、急に呼び出して」
「いえ、手伝いをするのは予定の内でしたから。
それが多少早くなったくらい問題ないですよ」
恭也が玄関から見渡す部屋。
そこには大量のダンボールがあり、未開封のもの、中途半端に開封されたもの、更にその大きさ、内容も多種多様だ。
それは見たまま、引越しの風景であり、今正にハラオウンの一家はこの部屋を本当に『家』とするところなのだ。
「おお、恭也、久しぶり」
奥から同じくエプロンをつけて出てきたのはアルフ。
アルフも今日からこの家の住人となる。
勿論フェイトも一緒にだが、フェイトは今学校に行っている。
なのはと同じ学校へ、アリサと一緒にだ。
今頃転入してきたフェイトとアリサを見て、なのはは驚いている頃だろう。
「ああ、元気そうでなによりだ」
「元気だよー、まあ、身体は少し鈍ってるだろうけど」
先のジュエルシードの戦いの後に起きたセレネを被告とする裁判。
まず、フェイトの身体の検査が行われたが、人間以外の要素が見つからないと言われる程完璧に人間として生まれ変わっていた。
その為、解体などという線の話は一切なく、ジュエルシードを浄化封印してきた実績により、フェイトとアルフは無罪放免と言ってよい処置となっている。
その実績もなのはと比べて比重が大きかった事が良い影響を及ぼしたのは間違いない。
監督責任がセレネにあり、何か問題が起きると先ずセレネに影響が行く為、何をするにも慎重になれねばならないが、十分な自由がある。
そして、更に制限をなくす為に、フェイトはハラオウン家の養子となり、ミドルネームとしてテスタロッサを残しつつ、普通の女の子として生活できる様になった。
尚、養子になる事についてはフェイトにとっては事後承諾となったが、特に気にした様子は無かった。
むしろ、ハラオウン家に招かれる事を喜び、更に、姓を2つ持つ事について何か考えている様子であった。
何せ、身近に2人も姓を2つ持ち、使い分けている大人が居る為、フェイトも使い分けるつもりなのかもしれない。
カチャ
と、そんな事を思い出している内に、玄関の扉が開いた。
目の前のリンディとアルフ、今は学校に行っているアリサとフェイトを除き、この家の鍵を持っているのは恭也の他には―――
「今戻った。
む、恭也か。
久しいな」
現れたのはセレネだった。
先の事件における裁判の中心人物でもある人。
「ああ。
アリサとフェイトを送ってきたのか?」
「そうだ」
こんなタイミングでセレネが外に出て、帰ってくる用件を考えて、確認してみたが正解だった様だ。
因みに、学校への挨拶は昨日の時点でリンディが済ませている。
裏でいろいろと調整したのは恭也やこの世界の裏に通じる者達であるが。
尚、今日このタイミングでのアリサとフェイトの編入にはこちらの調整もなかなか手間が掛かった。
何せ、入学というこの世界の機関に関わる事となれば、ちゃんとした書類が必要となり、その手配と裏工作だけでも恭也が持つ裏ルートをフル活用する事になった。
勿論、ミッドチルダ側の工作もあったが、時期的にも後1週間とちょっとで夏休みに入る為、時間が少なかったのだ。
更に学校側としても、普通に考えれば二学期からの編入にしてもらいたいだろうところを無理やりという感じでねじ込んだ。
それに関してはちょっとした寄付金を入れてあったりもする。
「そちらは引越しの手伝いか?
予定より早いが」
「ああ」
恭也とセレネは言葉を交わしてはいるが、実質ほとんど会話と呼べる程のものではなく、事実の確認である。
恭也にとって、セレネがここに無事で居る事は、フェイトとアルフの事とは違い、当然であると感じるのだ。
セレネも、恭也がここに居る事に関して、特になんとも思っていない。
興味が無いというのと似ているが、全く別の感覚である。
何故そう感じるのかは恭也もセレネもよく解っていないが、気にしてもいない。
さて、恭也は当然と感じているこの結果だが、勿論裁判の裏では様々な思惑が交錯し、計画通りに事を進めるのには苦労していた。
そもそも今回の事件において、外部から得られたのは『ジュエルシードの飛来』、『次元震動の発生』、それと『ジュエルシードの失踪』、『次元震動の停止』だけである。
この世界で起きた事は完全になのはや恭也、リンディ、セレネといった関係者の証言でしか知る事ができないのだ。
その為、セレネの当初の計画がそうであった様に、何事も無かったかの様に白を切れば、裁判どころか、セレネに罪が科せられる事すらなかったのだ。
それをわざわざ事件として立件し、裁判を起こし、結果を残す事になった。
実の所、時空管理局側としても、この件はいっそ何もなかった事にしたいくらいだったのだ。
何故なら、先にも述べたとおり、あまりに証明材料が無い事が挙げられる。
人間を材料にした魔導生命体『フェイト』に関しても、今存在するフェイトを見ただけでは、ただの冗談にしか聞こえない。
その上、リンディが上手く調整したあの研究施設からでた証拠も、欠落が多い為参考程度にしかならないのだ。
証拠と言えるのは全て内部の関係者の証言のみ。
これでは裁判が茶番劇である事は少し考えれば解ってしまう事だ。
しかし、第一級捜索指定遺失物ジュエルシードが関わり、大規模な次元震動が発生している。
立件された以上は、決して無視はできない。
そして、作り上げた罪状を相殺するのにも、裏工作がなされている。
そもそも問題の半自立型魔導生命体が人間化してしまっている点。
これによって、この問題はセレネが今後フェイトに関する問題の一切に責任を持つという事で決着がついた。
ジュエルシードに関しても、結局の所は浄化され、また行方不明になったとしても、今までの様な危険は大凡なくなっていると言え、第一級捜索指定からも外される事になるくらいの偉業である。
そのジュエルシードの浄化に関してはフェイトの方が活躍し、勿論セレネの活躍もあってやっとそうなったのだ。
その為、方法に問題はあったが、結果が残っている為、罪がほとんど帳消しになっている。
後はセレネの今までの実績と、プレシアが遺してい研究の成果という手土産もあり、罪はほぼ完全に消す事ができる。
ただし、それらの材料を調整し、周囲の意見を誘導するのには、文章では書き表せない程の苦労があったと記しておく。
結果、セレネは時空管理局の地位を剥奪され、追放。
ミッドチルダからも追放となり、以後監視の下で生活する事となった。
監視は本事件の関係者でもあるリンディを始め、執務官のクロノ・ハラオウンと補佐としてアリサ・B・ハラオウンも指定されている。
そうして、ミッドチルダから追放となった為、行く場所としてこの世界が選択された。
この世界であるのには、ジュエルシードの後遺症や、なのはや恭也の監視も必要とされているからだ。
尤も、監視をするのは巻き込んだ責任としてリンディとアリサが担当する為、なのはも監視されているなどとは考える事はないだろう。
また、監視という名目で一家で一緒に住居に住まう事となり、ハラオウン家は全員でこの世界のこの家に住む事となったのである。
裏工作を駆使してのことであるが、正に大団円と言える結果となったのだ。
(そうなったという話はなのはも今頃聞いているだろうか?
いや、アリサとフェイトは転校生であるし、あの2人のことだ、今頃質問攻めで動けんか。
となれば、昼休みくらいになるかな。
後は……)
今日まで裁判の結果などの話は、なのはには秘密となっていた。
尤も、正式な結果が出たのはごく最近の話で、秘密と言うほど隠し続けていた訳ではない。
恭也は裏工作で動く必要があった為、知っているだけの話だ。
「そういえば、久遠への説明がまだだな。
アルフ、悪いが行って来てくれないか」
「あら、そういえばそうですね。
なのはさんと久遠さんは一緒に居るイメージがありましたから、失念していました」
なのはにはアリサとフェイトが説明する。
時間はまだ後になるだろうが、それでいい。
だが、今頃は八束神社辺りで1人遊んでいるだろう久遠は、このままだとなのはの下校を待つしかない。
「そうだねぇ、行った方がいいか。
けど、いいの? こっちの作業も結構残ってるんだけど?」
「構わんさ。
俺が代わる」
「そうかい? じゃあ、リンディ、セレネ、ちょっと行って来るよ」
「ああ」
「頼んだ」
「はい、いってらっしゃい」
エプロンを脱いで、家を出るアルフ。
尚、アルフのエプロンは恭也が代わりに着ける事になった。
そして、リビングへと移動する。
そこではまだ大量のダンボールが転がっており、クロノが片付けているところだった。
尚、荷物の中の家電などの大半はこちらの世界のもので、恭也が手配した物。
着替えなどの品は1度アースラから恭也が受け取り、更に配送を手配した、という流れになる。
一応、今日改めて引っ越してきたという事になっているので、偽装の意味もある。
勿論、この後ミッドチルダ製の通信装置や転移装置なども設置される事になるし、場合によってはこちらの製品の外装をそのままに改造する事もあるだろう。
「さて、片付けの続きをしようか」
戻ってきたセレネはエプロンを着けて再び片付けに加わる。
冷蔵庫などの巨大な物は業者に設置してもらったが、ソファーなど、業者の人でなくとも、男手が2人分あれば運べそうな物は敢えて設置はしてもらっていない。
その方が引っ越してきた気分になる、とのリンディの意見である。
その為、割と大きい荷物があり、男手が必要になる訳だが、そんな中セレネは1人で軽々と重量のある巨大な荷物を運んでいく。
セレネは格闘主体の魔導師であり、運動能力を強化する魔法に長け、それも合わせると、見た目では想像もつかない腕力を発揮する事になる。
つまり、男が2人いなくとも、セレネ1人で十分荷物の移動はできる。
更にアルフも同様の理由で、男2人分の戦力は軽々と持っている事になる。
「姉さん、手伝おうか?」
そうなると立つ瀬が無いのが本物の男手であるクロノである。
クロノは万能型であり、セレネよりもこういう作業をするのに魔力を使い辛い上、体格もまだ成長過程である事もありセレネより小柄だ。
それでも、見た目以上には腕力はあるし、魔法を併用すれば十分役に立つのだが、
「いや、いい。
クロノはそっちを頼む」
セレネは効率的な面を考えて、クロノには細かい荷物の運搬を回そうとする。
それに対し、クロノは、
「解りました……」
細かい荷物を重ねて持とうとする。
体積的に今セレネが持っている荷物以上になる様に。
「クロノ、あまり無理はするな」
「いえいえ、これくらい楽勝ですよ、姉さん」
心配するセレネと強がるクロノ。
お分かりだろうか。
これが恭也が呼ばれた理由である。
こちらより男らしさ、女らしさという概念は薄いとはいえ、ミッドチルダでも男のプライドというのは存在するらしい。
年齢的、体格的に上とは言え、女性にばかり重いものを持たせて、自分は軽くて小さい物ばかりを運ぶなんて、女性側が気にしなくとも、男はなんとなく嫌なものだろう。
そして、クロノ・ハラオウンは同年代の平均よりも童顔で背も低いが、れっきとした男の子である。
更にリンディが、クロノが早く片づけを終わらせようとして無理をしている、だから手伝ってほしい、などとクロノの前で恭也に連絡するものだから、クロノは更に対抗意識を燃やしてた事になる。
この場合、知り合いとはいえ、別の若い男を呼ぶのは逆効果であるとは、リンディも、セレネも、アルフも解っていないのだろう。
その上、呼んだ男というのが、リンディと微妙な関係にある恭也ともなれば尚の事である。
「……セレネ、リンディ、リビングの荷物の俺とクロノでやるから、各部屋の方をやってくれないか?
部屋の中の方は俺とクロノではできないからな」
見かねて恭也は2人に提案する事にする。
そもそもここに住む事になっている者の80%が女性なので、部屋の中、特に衣類が絡んでしまうと男性の恭也やクロノが手を出す訳にはいかない。
残りの仕事がそればかりになる前に、女性の2人にそっちをやって貰った方が効率は良い筈だ。
「それもそうですね」
「解った」
恭也の提案にアッサリ納得し、衣類を持って個人の部屋へと移動する2人。
尚、ベッドや箪笥は既に設置済みだ。
「……では、こちらを片付けましょう」
2人が居なくなった後、クロノは少し引きつった顔で恭也を見る。
助かった事は助かったが、素直に喜べない、という感じだろう。
(そうか、年齢が下というとこういう面で苦労が発生するのか……
適当な所で俺は離れた方が良いのだが、どうしたものか)
そもそも家族の新たな船出である場所に他者である恭也が居る事自体避けるべき事だ。
手伝いは必要だろうが、最後には家族水入らずとすべきと考えている。
そうなると、引き際は見極めておかなければならない。
恭也は仕事をこなしながら、そんな事を考えつつ隙を窺っていた。
尤も、片付けなければならない物が多く、というよりも、この家が広い為、昼を回ってやっと終わる目処が立ったくらいである。
尚、久遠に説明に行ったアルフは、昼前に久遠を連れて戻ってきた。
久遠にも伝達済みである事はアルフがフェイトに念話で伝えたそうだ。
そうして、アルフと久遠も各部屋に作業に入ってもらう事になった。
昼食を摂り、また作業をして、大きな物の設置は完了し、後は各部屋で小物を配置するくらいになった。
クロノもそろそろ自室の片付けに入るが、先に恭也と2人でリビングの設置の小物の設置を進めている。
なのは達の学校もそろそろ終わる時間で、バスでアリサとフェイトと共にここへ来る事だろう。
と、そんな頃だった。
「こんちはー、おじゃましまーす。
転移装置の設置完了しましたよー」
名目上物置となっている部屋からエイミィ・リミエッタが現れた。
そこはジュエルシード事件の時はあの庭園への転移装置が設置されていたが、今ではアースラへ移動に使う為にカスタマイズされている。
その作業をエイミィがアースラ側でしていたのだ。
「エイミィ、随分遅かったな。
もう殆ど終わってるぞ。
手伝いに来るとか言って、様子を伺ってたんじゃないだろうな?」
「そんな事しないよー。
ちょっと仕事が終わらなくてね。
あーでももう殆ど終わっちゃったんだ」
現れたエイミィと軽く冗談を交し合うクロノ。
リンディによれば、2人はそれなりの仲との事だが、実際互いにどう想い、これからどうなるかはまだまだ解らない。
「あら、エイミィ、いらっしゃい」
「おじゃましまーす。
いやー、荷物も入ってより家らしくなりましたねー。
本当にいいところだなー、やっぱり住んでいいですか?」
エイミィが来た事に気付き、部屋の片付けをしていたリンディが出てくる。
尚、エイミィがここに住みたいと言うのが冗談かどうかは別としても、実際にはエイミィの私物がいくつかあり、半分住むくらいに遊びに来るのは確実らしい。
「あ、エイミィ、来たの。
ってことは転移装置は設置完了か?」
「あ、エイミィ、久しぶり」
「久遠ちゃん、久しぶりー。
アルフ、アースラ側は完了したけど、後で一応こっちでも見ておいてね」
エイミィはとにかく明るい子で、まだそれほど話していない久遠ともフレンドリーに接している。
なのはとも再会すれば、仲良くなる事だろう。
「エイミィ、居候もかまわんが、家の仕事もしてくれるんだろうな?」
「勿論ですよー」
セレネとも変わらず接するエイミィ。
リンディによれば、それができるのはアースラでもエイミィともう1人くらいしか居なかったらしい。
それは若くして執務官となったクロノにも言える事であるが、それに関しては2人は同期というのもあり、この場合は除外しておこう。
「あ、恭也さん、フィリア先生が検査に来いって言ってましたよ」
一通り皆を話した後、最後にエイミィは恭也の下にやってきた。
フィリアというのはアースラに常駐する医師の名前である。
最終決戦直後の検査でもお世話になっており、この1ヶ月間でも何度か呼ばれている。
「そうか」
「では、恭也さん、こちらももう終わりですし、行ってきてください。
エイミィ、悪いけど連行をよろしく」
「はーい」
恭也の病院嫌い(と言っても必要とあればちゃんと行くが)は既にエイミィにまで知られている。
どうやらエイミィを含むハラオウン家の一同にとって、セレネがそうであった為に慣れているらしく、エイミィもそれに従い恭也の背中を押して移動させようとする。
「はいはい、では恭也さんをアースラにごあんなーい」
「……」
今回の検査に関しては、前回の検査結果を聞かなければならないので、元々行くつもりはある。
押されるままに移動し、エイミィが現れた部屋、転移装置が設置されている部屋へと入る恭也。
と、その部屋に入るちょうどその時だった、リンディがセレネに何かを話をしているのが聞こえた。
「セレネ、悪いんだけど……」
そう話し掛けていたのを聞いて、扉が閉まってその後は聞こえなかった。
恭也は特に気にする事はなかったが、エイミィが部屋に隠された転移装置を出現させ、設定をいじっている間に、部屋の扉が外から開かれる事になる。
「恭也、姿を借りるぞ」
入ってきたのはセレネだった。
そして、入ってくるなりそんな事を言い出す。
リンディによれば、セレネの得意な魔法は防御系以外に幻惑系である変身魔法がある。
攻撃力が全く無く、戦闘に応用できるタイプの変身ではない為、知る人は少ないらしいが、かなりの高精度で変身を行う事ができるらしい。
それを知っているから、恭也は今の明らかに少ない言葉で言っている意味が解った。
つまりは、恭也の姿に変身したいらしい。
「ああ」
理由は知らないし、別に聞く必要を感じなかった恭也は即答で許可を出した。
「はい?」
それを聞いていたエイミィは、何言っているんだろうこの人達、という顔で恭也とセレネを見る。
「服もだ。
こないだこちらで洗濯したものに着替えてくれ」
「下着は?」
「お前の下着の替えがない。
仕方ないからそれはこちらで補おう」
セレネは恭也が今来ている服を要求してきた。
その代わりの着替えとして手渡してきたのは、なのはと違い、何度かアースラに用事があった際、着替える必要が発生し着替えを持ち込み、洗濯しておくからと言われ置いていっていたものだ。
尚、そこまでする必要もやはり問わない。
それどころか、その場で直ぐに恭也もセレネも服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと!」
そう言えばエイミィが居たのを忘れていた恭也だったが、下着までは脱がないので勘弁してもらう事にする。
とうのエイミィは一瞬止めようとした素振りを見せたが、結局真っ赤になって後ろを向いてしまっていた。
ただ、止めたかったのは恭也よりもセレネが脱ぐ事の方らしかったが。
セレネは一応若い男である恭也の前で、何の躊躇も無く服を脱ぎ捨てたのだ。
着けているのがミッドチルダで言うスポーツ用の下着ではあってもだ。
因みに、恭也も特にそれを見て何かを思う事はなかった。
そうして脱ぎ終わると、
シュバンッ!
セレネの足元に魔法陣が展開され、久遠やアルフと同じ様に光が弾けて変身が行われる。
尤も、先にも述べた通り、これはただの幻術の応用にすぎず、セレネそのものが変化している訳ではない。
そんな魔法で恭也の姿に、恭也が今着けている下着を込みで変身を完了し、恭也が着ていた服を着る。
最後に、恭也が上着のポケットにしまっていたサングラスを、あの戦いの以後外出する際には必要となったサングラスを掛け、変身と変装は完了だ。
恭也も既に置いていっていた服に着替えを完了している。
「悪かったな、エイミィ。
では行こう」
「あ〜もー、言いたい事がいくつかあるんですが……もういいです」
何かブツブツ言っているエイミィと共に転移装置に入り、アースラへと移動する恭也。
その転送が完了する間際に、リビングの方でフェイト達の声が聞こえた。
どうやら帰ってきた様だが、丁度入れ替わりなってしまった様だった。
シュバンッ!
転送が完了し、景色が一変する。
既に何度も体験しているが、恭也でも少し酔いそうになる。
「はい、到着。
では早速医務室の方へ」
「ああ」
エイミィに背中を押されながらアースラの医務室へと向かう。
と言うよりも連行される。
別に押されなくても移動するのだが、リンディに頼まれたからか、それとも楽しんでいるのか、わざわざ押してくれる。
絵としては割りと奇妙なものなのだが、すれ違う局員は軽く挨拶するだけで、特に気にした様子はなかった。
恭也もエイミィも気にしていないが、後にエイミィが言うには『艦長が艦長だから』そういう空気があるらしい。
そうして、少し艦内を歩き医務室へと到着する。
プシュッ!
「はーい、荷物をお届けに参りましたー。
サインくださーい」
恭也を押して医務室へ入り、この部屋の主に報告するエイミィ。
「はいはい、ご苦労様。
サインはここに書けばいいのかしら?」
エイミィの元気な声に、明るく応えるのは若い女性の声。
白衣とリボンで結われた長いブロンドの髪を靡かせ、椅子から立ち上がるこの部屋の主。
その女性はエイミィの額に魔法によるレーザーカッターを押し当てる。
「ははは、やっぱりサインは結構ですー」
「あらそう、残念。
じゃあ、終わったら呼ぶわ」
「はーい。
あ、恭也さん、デバイスの検査もしちゃうんで、貸してもらえます?」
「ああ」
「では、また後で」
女性と軽い冗談を交わしつつ、恭也からデバイスを受け取ると直ぐに立ち去るエイミィ。
尚、受け取ったデバイスは丁重に扱っている。
お気楽天然そうなエイミィではあるが、礼儀を弁え、しっかりしている人物だ。
この1ヶ月、裏で動く為こちらに来ていた時など少し会話しただけであるが、そう言う面は十分知る事ができた。
だから、これはリンディの知識ではなく、恭也自身が下した判断だ。
そうそう、先ほどの着替えの時の反応で、純情な面も実証されたので付け加えておこう。
「いらっしゃい、恭也君」
「今日もよろしくお願いします、フィリア先生」
医務室で2人きりとなり、改めて挨拶する2人。
この部屋の主であり、アースラに常駐する医師であるこの人の名はフィリア・フォルクス。
若いが、巡航艦に常駐するだけの技術をもった腕の良い医師だ。
ついでに見た目も美しく、美女と表記して問題なし、その上にスタイルも抜群である。
具体的には出る所は出ているという意味で。
余談だが、管制官のエイミィとこの医師のフィリアについては、人事権も持っている執務官クロノ・ハラオウンの趣味ではないかと噂された事があるらしい。
ついでに言うと、武装局員の女性はなかなかに粒ぞろいで、かなりの間その噂が消える事はなかったとか。
本当は管制官と常駐医師についてはリンディが決めた事なので、趣味を問われるならリンディの方である。
しかも事実として、ある理由から若くて性格も良い女性という条件で選んだので、そういわれても仕方なかったりする。
と、それはまあ置いておくとしよう。
今回の呼び出しは、前回の検査の結果が出た事を意味し、恭也はそれを聞きにきたのだ。
その検査というのも―――
「で、早速本題の、結論から入るけど―――
結局何も解らなかったわ。
貴方のその目については」
フィリアはもったいぶる事もなく、アッサリ結果だけを告げた。
それもそうだろう。
何せもったいぶる様な内容ではないし、引っ張れる様な結果でもない。
フィリアは結果を表示したウインドウを出しつつ、両手を挙げ、お手上げ状態を体で表す。
目というのも、ジュエルシード事件中、徐々に光を失い、最終的に何故か瞳孔の形と瞳の色が変化し、魔力が見える様になった左目の事だ。
マスタープログラムとの戦闘の後、アースラで事後処理について話し、リンディにここへ連行されてすぐに検査は行われた。
だが、このアースラで出来る限りの検査を4度行い、1ヶ月という時間を使いながら一切の情報はつかめなかった。
「何度調べても駄目だわ。
もう、生まれついての目ですって言う答えしか導き出せないのよ」
「そうですか」
無力を嘆くフィリアに対し、当事者である筈の恭也は全く動じた様子は無い。
むしろその結果が当然である様に受け入れている。
「そっちではどうだったの?」
「知り合いの能力者には見てもらいましたが、やはり何も解りませんでした」
「そう」
この左目については那美と薫にも相談し、神咲の歴史を紐解いてまで調べてもらっていたが解らなかった。
特殊な目を得ると言う事例はいくつもある。
それはミッドチルダでも同じ事で、技術的に付与する事も可能だ。
しかし、どれも恭也の現状を見る限り、同じものとは考えにくいという結論になってしまう。
恭也の今の左目は最後の戦いで1度完全に光を失った後、突然変化したものだ。
ただ、鏡を持っていた訳ではないし、途中でリンディと合流した時も左目を閉じていた為、途中経過は解らない。
しかし、少なくともマスタープログラムに最後の一撃を放つ時にはこうなっていた。
瞳孔は細く、猛獣のそれと同じで、色は黒から若干変化し、魔力を見ることが出来る目。
尚、魔力を見るとは言うが、実際には魔力しか見えない訳ではない。
退魔師に言わせれば霊力や魂、地脈なども見えているのではないかと言われている。
更に、魔力や霊力といった本来一般人では見ることが出来ないものだけが視覚化されるだけでなく、霊力や魔力など無い筈の物体も影の様にぼんやりと見る事ができる。
影はあくまで影であり、ぼんやりと見えるだけで、その先にある霊力、魔力の塊などを見ることができる。
忍にはサーモグラフィーの霊力版、などと例えられたが、恭也も説明するにはそれが一番楽に行えると考えている。
しかし、まだまだそれだけでは説明のつかない部分が多く、恭也も他者への上手く伝達する事ができず、診察の際には困ったものだった。
因みに、念話などで使う技術の応用で、視覚を他者に貸し出す方法も取ったが、何故か上手くいかず、左目は何も見えないものとされてしまうらしい。
ミッドチルダですら調査が難航するのは、この点が大きい。
ともあれ、恭也本人としては、たとえ左目だけでも、物の形が分かり、動きも見て取れるならば然程気にならない。
動きという面では、瞳孔の形からか、動体を見ることに適しており、止まっている物よりも動くものを見るほうが楽といえる程だ。
そして、生物であれば魔力、霊力があるので、問題なく判別できるし、服の形なども影で解るし、生物の表情、感情もむしろ普通の目で見るよりも『感じ取る』という形で見る事ができた。
また、生物と非生物が見分け易い為、何かを隠し持っていればそれが影という形であれ見ることが出来るので、恭也としては非常に便利だ。
困る事があるとすれば、やはり通常の目で見える物体の細かな形や、書いてある文字、更に色の判別は出来ないくらいだろう。
尚、この左目、瞼を閉じると見えなくなる。
その性能上、皮膚のくらいの物質が間に挟まっていてもその先が見える筈なのだが、自分の瞼の場合は別らしい。
これについては、今まで目を使ってきた経験上、瞼を閉じる事で、見えないという無意識の機能抑制が働いているのではないかと、フィリスとフィリアは予測を立てている。
こう書くと、この左目は大きな利点となる様に聞こえるし、実際利点も多いが、実際にはそこまで大きなアドバンテージにはならない。
魔力を見れると言っても、魔導師ならば普通は魔力を感じ取る事ができるので、恭也はその魔力特性と魔力の低さから感知できない分が視覚化されているだけとも言えてしまう。
全方位の高性能レーダーを持っているか、目視できる部分が詳細に見えるかの違いと言えるだろう。
それに便利な部分は、忍の技術ですらサングラスにセンサーを付属する事ができる為、言うほど高性能な訳でもない。
更に、前例が無い能力である為、使い方が解らず、手探りで習得するしかないというのも問題点だ。
とりあえず、欠点も利点も、右目が普通の目としての機能が生きている限り、戦闘面でも日常面でも困る事は無いだろう。
右目が無事でさえあれば……
「ところで、右目はどう?」
「今のところ変わらず、といった所です」
左目の状態は、那美などに相談もしているし、家族にも話してある。
その上で変わってしまったが、特に問題無しとしている。
しかし、現状恭也は右目にも異常を抱えているのだ。
「そう、まだ視力は回復しないか」
「ええ」
あのマスタープログラムとの戦いで、恭也は重傷を負っている。
士郎との戦いの中で大量の血を失い、更に右目は眼球まで届かなくとも斬撃を受けていた。
その傷を止血しかせずに戦闘を続行してしまったのだ。
そして、マスタープログラムへの最後の一撃を叩き込む際、今までに無い程負荷が掛かる業を使った。
それら全てが重なり、恭也の右目の視力は極端に低下し、実は現在殆ど見えていない。
と言っても、これは暫く安静にさえしていれば治るものであるし、メガネなどである程度補強できるもの。
そんな事を伝えて不安がらせる必要は無いとして、この件は医師であるフィリアとフィリス、そしてリンディしか知らない。
「右目の治療もそうだけど、左目もミッドチルダの本国にいけばもっと詳しく調べられるんだけど」
「そこまでするつもりはありませんよ。
右目も、こちらの世界の技術で十分ですし」
「そうよねー」
恭也は基本的にミッドチルダという世界とこれ以上深く関わる気はない。
リンディなどの個人ならば兎も角、まだ本当は交流する事のできない世界の技術をあてにする様な事は避けたいのだ。
それは既にフィリアも理解している。
医師としてはあまり納得はしていないのだろうが。
「ところで恭也君、サングラスは?」
と、そこでフィリアは恭也が今サングラスを持っていないことに気付いた。
恭也の左目は現在人間のそれではない為、退魔師の技術とミッドチルダの技術での幻術による二重のカバーと、外では常時瞼を閉じ、更にサングラスを掛ける事で隠している。
因みにサングラスは忍特製で、これまた頼んでもいないのに付与された機能が多数あったりする。
「今セレネがかけてます」
「は? なんで?」
「今セレネは俺の姿をしているからです」
「……いろいろ言いたいんだけど、なんか疲れそうな予感がするからやめておくわ」
「そうですか」
恭也の答えに数秒考え、額に手をやり頭痛を抑える様に問いを中断する。
恭也としては、説明しなくていいならそれでいいが、何故そんな反応をされるかちょっと疑問だったりする。
「……そう言えば、今日は間違えなかったわね、名前。
と言うよりも、誰であるかを」
頭を抱えていたフィリアは、ふと思い出したように顔を上げて恭也を見る。
そんな言葉が出たのは、恭也の口からセレネの名前が出たのもあるだろう。
「そうですね」
恭也も少し苦笑気味に笑みを見せる。
そう言えば、今日は自分も間違う事はなかったと。
互いに、何故か間違う人がいる。
それは、出会いから始まっていた。
ジュエルシードとの戦いが終わり、なのは達と共にアースラに来たあの時。
一通りの説明が終わり、恭也はリンディに医務室へ連行された。
普段もセレネにそうしていた様に。
プシュッ!
事前に連絡も入れ、用意をしていた筈だ。
しかし、ちょっとここでトラブルが起きた。
「フィリア、いつもどおりセレネをお願いね」
「はいはい。
まったく、1ヶ月も私の検診をサボるなんて。
覚悟はできてるんでしょうね、セレネ」
恭也の腕を引いて医務室に入ったリンディはそう言って。
更に医務室の主はそう答えたのだ。
リンディは、いつもこうして無理やり連れてくるのがセレネなので、単純に言い間違えたと言える。
それはフィリアも同じ事で、リンディの言葉を聞いて反応しただけだったとも言えるだろう。
だが、既にフィリアは恭也を視認しており、外見上は類似点などない筈の恭也を見ても、自分の間違いに気付いていない。
リンディも、その後暫く気付かず、しかし、両者とも間違っているが故に次の行動、言動をとれずにいた。
更に、
「フィリス?」
恭也も、そこで今日始めて会う筈の医師の名をそう呼んでしまった。
外見上、正反対とすら言えるフィリアを前にして、自分の主治医の名前を呼んだのだ。
いや、この時は両目ともまともに見える状態ではなかったから、外見の違いは問題ではなかったのかもしれない。
しかし、状況的にありえないのに、その瞬間は、恭也は本当に目の前にフィリスが居ると誤認したのだ。
「……あら? あ、ごめんなさい、フィリア、こちらさっき連絡した不破 恭也さん。
セレネの前に恭也さんを診てちょうだい」
「ああ、そうだったわね。
うん、始めまして、恭也さん。
私はフィリア・フォルクスです」
「不破 恭也です」
そうして1度て仕切りなおした3名であったが、その後も何度か互いに言い間違える事になる。
恭也とセレネは男女という違いまであり、フィリスとフィリアは名前こそ似ているものの、やはり全く別人であるのにだ。
だが、恭也もフィリアも気付く事になる。
何度かリンディが恭也とセレネは似ていると言っていたが、実際はそんな生易しいものではないという事に。
「まあ、とりあえず、そっちのフィリスって人とは仲良くできるんだろうなぁ、とは思っちゃう訳だけど」
フィリアはそんな事をしみじみと言う。
僅かな回数であったが、フィリアがセレネに対して抱えている苦労は、フィリスが恭也に対して抱えているものと同じであろうと確信するには十分だったらしい。
「フィリア先生はあちらには行かれないのですか?」
「理由がないもの」
「それもそうですね」
いっそ2人を会わせた方が、2人の精神衛生上良いのではないかと、苦労させている自覚のある恭也は考えたが、それは自分がミッドチルダの治療を拒んでいるのと逆パターンだ。
出すぎたまねだったと反省し、それ以上何かをいう事はなかった。
「じゃあ、今日はここまでね。
ごめんね、呼び出したのに何もなくて」
「いえ、結果は結果ですから」
本日は本当に結果を告げるだけだ。
理由が無いので余計な診察はしない。
これはフィリスの仕事を取らないという意味もある。
恭也としても、主治医を2人も持つ気はないのだ。
「さて、エイミィー、こっちは終わったわよー」
通信ウィンドウを開き、エイミィと連絡を取るフィリア。
その返答は直ぐにきて、ウィンドウにエイミィが映る。
見れば、エイミィは今メンテナンスルームに居る様だ。
『すいません、今ちょっと手が離せなくって。
デバイスも返さないといけないですから、こっちに来てもらっていいですか?』
「はいはい、じゃあ適当に暇な人に送らせるわ」
『はーい』
恭也の用件が結果を聞くだけだった為、デバイスの検査の方がまだ終わっていない様だ。
そうして恭也はメンテナンスルームに向かう事になった。
「すみません、休憩中に」
フィリアはまだ仕事が残っているとのことで、別の者が呼び出され、付き添う事になった。
一応、恭也は部外者である為、勝手に艦内を歩き回る訳にはいかないのだ。
と言ってもそれは形式上の話で、実は恭也に対してはリンディもセキュリティを解除してあり、転送装置すら動かす事ができる。
が、緊急時でもないのであれば、殆ど無意味になっている形式でも、ちゃんと則る事にしているのだ。
「いえいえ、恭也さんは大事なお客様ですから」
「艦内の移動くらならお安い御用ですよ」
呼ばれてきたのは武装局員の2名。
Aチームのレフィアとアルスだ。
アースラに居る武装局員は全部で10人。
通常AチームとBチームの2チームに5人ずつで分かれている。
因みに、Aチームの残りはイグニス、ルーファス、サラの男3名、女2名。
Bチームは、ティータ、アルマ、メリア、アーレス、バートの女3名、男2名。
Aチームはアルスが近距離、レフィアが中距離、イグニスが遠距離を担当する完全な戦闘型の魔導師で、ルーファスとサラは補助魔法を得意とする魔導師だ。
Bチームは全員結界魔導師で、結界構築の他に補助魔法も使えるメンバーである。
武装局員という名で括られながら、構成メンバーの7割が補助を担当し、実際直接戦闘するのは3名。
これは、元隊長があまりに強い直接戦闘タイプであったことと、リンディが対象がなんであれ生け捕りにすることを重要としているからこその構成である。
尚、当然ながら補助組も攻撃魔法の1つや2つは持っており、メインが結界や補助であり、戦闘ができないという訳ではない。
さらに話が逸れるが、元・隊長とは当然セレネの事である。
ならば現・隊長はというと、アリサが担当している。
執務官補佐と戦闘部隊部隊長の兼任だ。
執務官であるクロノが兼任するという話にもなったのだが、アリサが自ら名乗り出た為そうなった。
「ところで、2人とも前回の負傷はもういいので?」
「ええ、勿論ですとも」
「アレくらいで寝込んでたら武装局員は務まりませんよ」
前回の、とは戦闘訓練の事である。
つい先日、恭也はこのアースラで武装局員と戦闘訓練を実施したのである。
ミッドチルダとの関わりと極力抑えたい恭也が何故そんな事をしたかというと、これからリンディと関わる上で起きるだろう対魔導師戦の経験を得る為。
それに左目の使い方を覚える為に必要な事として行った―――というのは表向きな理由で、実はアースラに居ることそのものが理由だったのだ。
恭也はこの1ヶ月間、様々な理由でアースラに来ていた。
なのはとは比べ物にならない回数、そして長時間の滞在だ。
実際、恭也からも必要な調査というのがあり、治療も必要だったのだが、それ以上に、もしもの時の為にいなくてはならないからだ。
もしもの時、つまりセレネやフェイトの処遇が突如悪い方向へと動いた時。
そんな時に、恭也が救出する必要があったのだ。
セレネやフェイトに関する処遇がなんらかの形で動く可能性がある時に、恭也に居てもらっていた訳だが、治療や調書の作成では全く足りなかった。
そこで、戦闘訓練という形でアースラに留まっていたのだ。
その際、訓練後の治療という形でさらに時間を延長できるのも利点であった。
そんな訳で、恭也は武装局員のメンバーとそれなりに親しい仲になっているのだ。
「とは言うものの、やはりその日1日は寝込みましたけどね」
「そうですか。
今後の参考までに聞いておきたいのですが、どの程度必要でした?」
「皆大体一晩で回復しましたけど、あー、7回殺されたイグニスだけは次の日の昼までふらついてました」
「そうですか」
殺された、などといっているが、勿論仮想的な死。
忍が作ったあの血糊が出る太刀の改良版で、『訓練用死合刀・改2ミッドチルダミックス』(そう呼んだのはエイミィ)を使っての訓練だった。
嘗てすずかや忍を恐怖に陥れた恭也の擬似殺意を補助する機能が加わって、実戦で活躍する魔導師にすらある程度有効なものとなっている。
恭也に対しては普通の魔力攻撃で十分、しかも弱い攻撃でも即死扱いになるので、何もする必要は無かった。
「それにしても恭也さんはタフですよね。
私達とさんざんやった後でアリサ新隊長とクロノ執務官を相手にしても平気なんですから」
「まあ、こちらは全回避が前提ですからね、ダメージはありませんでしたし。
それに体力だけなら、そもそもそう言う戦い方をする為に訓練を積んできていますから」
「そういうものですか」
前回の訓練では、途中でアリサとクロノがやってきて、混ざった。
当初はそんな予定はなかったのだが、それと言うのも―――
あの日、改良された訓練用太刀を使い、武装局員Aチームとの模擬戦を行った。
Aチームは武装局員の部隊としてはその名の通り、直接戦うチームであり、3人の前衛と2人の後衛で構成されている。
しかも、あのセレネが隊長をしていた部隊であり、一般的な武装局員よりかなり錬度の高い部隊だ。
しかし―――
プシュッ!
訓練が一段落したところで、訓練室に入ってくる者がいた。
だが、開いた扉の前で硬直してしまう。
「……これは……事前に知っていても、背筋が凍るわね」
入ってきたのはアリサだった。
僅か10分前に始めたばかりと聞いていたこの訓練室の惨状を見て、もう苦笑せざるを得ない。
そこはまさに戦場の風景。
いや、敗戦の風景とでも言おうか、周囲には血の臭いで満たされ、血塗れの魔導師の死体が転がる、そんな風景だ。
そんな場に1人立っているのは、漆黒の装束を身に纏い、人を斬る為だけに存在する武器を持ち、仮面をつけた死神だった。
「掃除が大変そうだな」
その死神、恭也は周囲を見渡してそんな事を言う。
周囲に散らばっている血に本物の鮮血はない。
しかし、本物と同じ匂いと質感があるため、非常に厄介な汚れだ。
「そんな事を心配しなくていいわよ」
恭也の言葉に、苦笑が溜息に代わるアリサ。
「う……」
そんな会話がされている間に、死体だった魔導師が次々と起き上がる。
戦闘用のデバイスで身体を支えながらであるが、皆立ち上がり、まだ戦おうと構えようとしている。
「流石にそろそろ止めておいた方がいい。
最低5回、多くて7回の死を体験している。
擬似とはいえ死の精神負荷は大きい筈、もうそれじゃあまともに戦えない、訓練にならない」
冷静にそう告げる恭也であるが、実は立ち上がってくる魔導師達に若干驚いている。
一般人なら1度で暫く立つ事もままならなくなる死の体験を5回も受け、尚戦おうという気力が残っているこのチーム。
どうやら個々の能力の高さもあるが、元隊長のお陰で、相当精神的にタフになっているらしい。
「最低5回って、開始から10分程度って聞いたけど?
5人がかりで1戦2分ももたなかったてこと?」
「正確には1分すら持っていません……申し訳ありません、アリサ隊長……」
アリサの問いにチームリーダーが答える。
しかし、それで精一杯らしく、状況を説明するまでには至らない。
「やった回数は5回だ。
因みに、死んだ回数が多いのは、その1戦中に復活してきたり、死の間際の攻撃に対する反撃で2度死んだのがあるからだ。
1分ももたない、とは言うが、こちらは一撃で落ちてしまうからな、短期決戦をせざるを得ない。
それに、この程度の広さの密閉区間では、余計に時間はかけられない。
と言うより、俺には有利な条件だろうな、この密閉空間は」
「状況の有利不利など、言い訳にはなりません」
「そうだな」
比較的ダメージの少なかった、補助担当の女性武装局員が弁護の様な恭也の言葉を否定した。
負けたのは自分達の弱さ以外のなにものでもないと、そう認めているのだ。
尚、狭い空間とは言うば、一応この訓練室は結界で覆われており、広さは普通の体育館4つ分の体積がある。
「そう……
それで私が呼ばれた訳ね」
そう、アリサは呼ばれたのだ。
僅か10分しかもたなかったAチームの助っ人として。
何故なら、まだ時間を稼がねばならないから。
恭也がアースラに居る理由を保たねばならない。
「では、お相手願おう」
「こちらこそ」
そうして、恭也とアリサの戦闘訓練が始まった。
それから20分後。
ガキンッ! ガギンッ! バギンッ カギンッ!
訓練室に響くのはガラスの様なものが砕かれる音。
アリサの魔法剣が恭也によって砕かれる音だ。
「はぁっ!!」
「ふっ!」
ガギンッ!
互いの渾身の一撃が衝突し、アリサの魔法剣が砕かれる。
アリサは自分の手元に長剣相当の魔法剣を生成、両手に持って恭也と切り結んでいた。
それを恭也は一撃の下に砕き、アリサはその場で再生成して連撃を続けるという攻防だったのだ。
まるで無限化の様に生成されるアリサの魔法剣、どれも碧の水晶でできた剣と言えるくらいの硬質な剣なのに、恭也は訓練用の刀で砕いている。
それはいくら高精度に結晶化させているとはいえ、瞬時に魔力で精製された魔法剣である為、どうしても結合が不十分なところが発生し、それを恭也が見極めて破壊しているからだ。
しかし、アリサも一応接近戦の技術を持つ魔導師で、ただ剣を振り回している訳ではないのに、連撃の最中に一撃をもって剣を破壊され続けている。
それでも臆する事なく攻め続ける精神力は素晴らしいが、このままではアリサの不利分が増すばかりだ。
「そこっ!」
「甘いっ!」
ザシュッ!
破壊され続けながらも、なんとか恭也の剣による護りを抜け、魔法剣を生成しながら刺突を入れようとした。
だが、その隙は実際には攻め入れる程のものではなく、恭也はその刺突の内側に移動した上で、恭也の逆胴がアリサを斬り裂いた。
これで10回目の戦闘が終わる。
アリサの敗北という結果をもって。
「ぐ……」
だがアリサは1度膝をつきながらも、直ぐに立ち上がる。
しかし、既に息も絶え絶えだ。
「お前は遠距離もできる筈だが、中距離、近距離にこだわっている様に見えるな。
それに、補助系の魔法も使っていない」
10回の戦闘中、アリサは攻撃魔法を1つしか使わなかった。
つまり魔法剣を手元に生成する魔法だ。
そして、恭也が得意とする接近戦に自ら飛び込み、そればかりで攻めてきた。
確かにこれは訓練で、勝つ為の戦いではないが、その意図は聞いておきたい所だ。
「私の新しい魔法、これを使いこなすには、貴方と直接斬り合うのが早いと思ったのよ」
「なるほど、まだまだ未完成だったな、お前のその魔法は」
アリサはジュエルシードとの最後の戦いの中で自分の本当の能力に気付いた。
それは覚醒と言える変化で、強くなったと言えるが、その力の変化によって戦い方も変わる事になる。
アリサは早期に自分の力を自分の物とする為に、敢えて恭也に接近戦を挑んだのだ。
更に10回という戦闘数、これは新たに武装局員の隊長となった分、半ば意地での回数だ。
意地というのが在ったとはいえ、それは十分な回数と時間で、その内容も隊長を名乗るのに十分なものだ。
更に、アリサとこうして戦う事で恭也としても得るものは多かった。
「それにしても、ジュエルシードとの戦いの中で、貴方と戦って1本とれたなんて、やっぱりなのはとフェイトは凄いわ」
「お前も、なかなかだと思うぞ」
「そう? ありがとう」
だが、アリサもそろそろ限界だ。
こうして会話をして、不敵な笑顔まで見せるが、それも強がってそう見せているに過ぎない。
リンディの計画では後20分ほど訓練をしていなければならないのだが―――
プシュッ!
とその時、訓練室に新たな人物が現れる。
「なんだ、休憩中か?」
入ってきたのはクロノ。
戦闘用のデバイスをその手に持ち、冷静に室内を見渡す。
「クロノ執務官、仕事の方はよろしいのですか?」
この場は仕事と関係の無い訓練室だが、モニタールームでAチームが見ているのもあり、アリサは階級をつけて義兄を呼ぶ。
それに今は確か、セレネの裁判の準備をしている筈なのだ。
それが、何故こんな所に来たのか。
いや、目的は手に持ったデバイスで明白だ。
恐らく、リンディがアリサでも持たないと見越して、クロノを呼んだのだろう。
「ああ、一段落ついてな。
ちょうど客人が訓練をしていると聞いたから、ぜひにと来てみたのだ……どうでしょうか?」
「構わない」
「そうですか」
そうして、今度はクロノと恭也の模擬戦が始まった。
始めは、アリサともそうした様に訓練用の太刀を使って行おうとした。
しかし、初回の開始早々だった。
バキィィンッ!!
恭也とクロノが交差したその直後、破砕音が響き、恭也の持っていた太刀が折れる。
それはクロノが放った魔法、スティンガーレイによるもの。
恭也の初太刀を回避し、更に攻撃魔法まで放っていたのだ。
「いったん中止してよろしいか?」
「ええ、いいですとも。
こちらとしても、見積もりが甘かったので」
武器を破壊された恭也だが、クロノも腕に傷があった。
訓練用の太刀であったからこそ、ただの痣。
もし愛刀であったなら、少なくとも腕が使えなくなっているくらいの傷だ。
その後、恭也は八景を持ち、クロノも己のデバイスS2Uのリミッターを解除して訓練が続けられた。
アリサに呼ばれたリンディとフィリアに止められるまで。
「あの時は凄かったですよね。
よくお2人とも無傷って言える状態だったものです」
「まあ、こちらの世界での鍛錬ではよくやっていましたから」
「ははは、アレをですか? 私ちょっとミッドチルダに生まれた事を幸運に思っちゃいましたよ」
前回の戦闘訓練を思い出し、笑う2人の武装局員。
リンディとフィリアに止められた後は、クロノと恭也は揃って2人に説教をうける事になった。
尚、クロノがそうして説教を受けるのは珍しい事だった、との事である。
「それにしても、あの後アリサ隊長もクロノ執務官も普通に仕事に戻っていきましたからね。
やはり俺達なんかまだまだ未熟者ですね」
「あの疑似体験は相手の技量や精神力次第で効かなくなりますからね。
それに、結局1度もクロノ殿は殺せませんでしたよ」
「恭也さん、それはフォローになってませんし、何気に恐ろしいことを言ってませんか?」
そんな会話をしつつ、恭也はメンテナンスルームに辿り着く。
そして、2人は懲りずにまた訓練に付き合ってくれる事を望み、恭也もそれに応え、別れるのだった。
メンテナンスルームの前で武装局員の2人と別れ、室内へと入る恭也。
この室内に並ぶ機器は恭也の居る世界と比べると動作原理からして異なり、何に使うか想像もつかない物だらけだ。
しかし、忍の地下室にあるもですら何に使うか解らない物だらけなので、恭也としてはどちらも大して変わらないと思っていたりする。
「検査の方はどうだ?」
とりあえず、室内で機器を操作しているエイミィの横に並ぶ恭也。
「あ、恭也さん、すいません。
順調ですけど、ちょっと待ってくださいね、もう少しですから」
恭也に1度顔を向けるも、直ぐにモニターへと視線を戻すエイミィ。
モニターに映っているグラフやら数値が何を意味するか、恭也が見ても何も解らない。
と言うより、ミッドチルダの文字が読めない為、なんと書いてあるかすら読めない。
リンディと知識を共有していたが、流石に文字などは恭也自身が覚えなければ読む事はできない。
デバイスを持っていれば翻訳してくれるだろうが、今はその翻訳してくれる方のデバイスも持っていないのだ。
因みに、デバイスを手放してからの会話などは、相手側が翻訳してくれたのでできていたのだ。
「うーん、やっぱり問題ありませんねー」
どうやら検査が終わったらしく、オールグリーンという風な表示がされる。
しかし、エイミィはどこか納得していない様だ。
「恭也さん、この中にはジュエルシードが組み込まれてるんですよね?」
「ああ。
]Vがそこに居る。
やはり反応は出ないのか」
「はい、丁度さっき艦長がレイジングハートをなのはちゃんから預かったので」
と、エイミィが視線を向けた先、そこには恭也のセイバーソウルと並んでなのはのレイジングハートがあった。
元々はシャイニングソウルとしてレイジングハートとは姉妹機だったので、スタンバイモードでは色の違いしかないのが良く解る。
「それと、ここにあったバルディッシュも含めて、現状手元にある3つのジュエルシードもちのデバイスを照らし合わせれば何か出るかと思ったんですけど。
結局何も出てきませんでした。
セレネさんの裁判の時にはむしろ隠す必要がないので、いいかと思ったんですけど、ここまで何も出ないと、流石に私でもジュエルシードの存在を疑いたくなっちゃいますよ」
更にその傍にはフェイトのバルディッシュ、更にはリンディのAST1改、セレネのAST3、アリサのサウザンドリンカーがある。
つまりジュエルシード事件に関わったデバイスが全てあるという事だ。
それなのに、ジュエルシードの影も形も見えない。
確かに、当事者以外は疑いもするだろう。
それが元々世界を滅ぼすほどの危険物として、捜査指定されていたものであれば尚更だ。
「セイバーソウルの]Vは恐らく、俺が死ぬか、俺が俺でなくなるまで2度と姿を見せないだろうな。
が、レイジングハートの[と、バルディッシュの]Zは呼べば応えるかもしれん」
セイバーソウルの]Vはジュエルシード自身の意思でセイバーソウルの部品の一部となっている。
それなのに検査で何も出ないというのがおかしなところであるが、本来そうあるべきデバイスの機能が想定どおり発揮されている状態であるからこそ、何も異常が無いと出るのかもしれない。
ジュエルシードは何か大きな力を与えるのではなく、あるべき姿を補助しただけに過ぎず、何かを凄い事をしているのかもしれないが、それは使用者すら気付かない、そういう存在になっているのだ。
しかし、恭也の考えが正しければ、[と]Zはまだそんな機能すら発揮していない。
「そうなんですか? ん〜、私にはよく解らないんですが、恭也さんが呼ぶと応えます?」
「さて、どうかな。
で、どうなんだ?」
と、恭也は何気なく声をかける。
何かを待っている2つのジュエルシードに、既に担い手としてある恭也が。
その時、恭也には返事が聞こえた気がした。
自分達はここで待っていると、そう言う風な答えが。
ピィッ!
「あ、一瞬ですけど、反応がでました。
多分自動検査でも、人が見ても無視されるような微弱な反応ですけど」
「今返事があったよ。
まあ、気を使ってくれたんだろう」
「うーん、悪い事しちゃいましたかね?」
「大丈夫だろう、気に食わなかったら何も応えなかったさ」
「そういうものですか」
エイミィは僅かであったが、今までの疑いが晴れたらしく、清々しい笑顔を見せる。
そして、検査機からセイバーソウルを取り出し、別の機械にかけていたチェーンにつける。
「はい、両方とも問題無しです」
両方、というのは実は恭也がセイバーソウルをかけているチェーンはそれ自体がデバイスなのである。
戦闘用のデバイスではなく、セイバーソウルに積めなかった日常でも使うようなオプション的機能が搭載されている。
それは翻訳機能だったり通信機能だったりするものだ。
左目にかけているカモフラージュもこれがしていおり、チェーンの中には那美達に作ってもらったこちらの世界での幻術の機構も組み込まれている。
更にはカモフラージュだけでなく、視覚補助の機能も搭載されていおり、日常用のデバイスと言える。
「ああ、すまないな、手間を掛けさせて」
「いえいえ、これも仕事ですし、恭也さんにはお世話になってますから」
恭也としては別にお世話している気はないのだが、突っ込むべきところではないだろうと、敢えてそのまま受けた。
突っ込んだところで、エイミィに余計な気を使わせるだけになりそうな気もしたのだ。
尚、セイバーソウルとレイジングハートはそれぞれ正式に恭也となのはの物になっている。
本来管理外世界の人間がインテリジェントデバイスを持つなど在り得ない話だが、ジュエルシード事件の功績もあり、半ば報酬として与えられていた。
同時に、今後の協力も求められている様なものなのだが、義務は発生せず、恭也ならリンディ、なのはならアリサから要請があるだろうが、そこから先は自由だ。
当然の話だが、恭也達の世界でデバイスを悪用していたら没収される事になっている。
ただし、『悪用』の定義はまた複雑なので、実際そうなるにはどんな事態が発生すればいいのかは言葉にするのは難しい。
「あ、そう言えば、恭也さんの携帯電話は改造しないんですか?」
「ん? ああ、こちらでの改造か?
俺の携帯は既に向こうの技術で改造済みだからな。
俺はこのデバイスがあれば十分だ」
「そうですか、ちょっと残念」
エイミィは管制官ではあるが、デバイスのメンテナンスをやっている通り、デバイスの構造にも明るく、構築もできるらしい。
それに、デバイスを弄るのは趣味でもあるらしい。
尤も、現場では専門家が居る為、殆どそれが生かされる事はないんだとか。
ただ、管制官である事もあり、通信機器に関しては手を出せるらしい。
「ところで、リンディ達の携帯は完成しているのか?」
「明日までに終わりますよ。
なにせ、そちらの世界の通信デバイスにちょっと手を加える程度の改造ですから」
で、恭也達の世界に居る時間が長くなるリンディ達は、世界に合わせた通信装置として市販の携帯電話を持つ予定になっているのだが、アースラとの連絡も一緒に出来るように改造を施される。
本来なら念話でもいいし、場合によってはレイジングハートなどがメッセージを受け取る様にもできる。
しかし、人前に居る時に緊急の連絡をする際には、恭也達の世界の人にも『連絡が来ている』事をアピールし、自然に席を外せるように携帯電話の改造する方法がとられたのだ。
「あの子達は自分でデザインを選んだのか?」
「ええ、カタログから。
あまりゆっくりは選べなかったですけどね」
「まあ、仕方あるまい」
リンディ達、の中には当然セレネやアリサやフェイト、アルフも混じっている。
デザインなんてこだわらないだろうセレネは兎も角、アリサ達はそれなりにデザインを気にするだろう。
今日から学校に通うともなれば尚更だ。
話も終わり、とりあえずこれにてアースラで用件は終わった。
後は帰るだけと言って良いのだが……
「さて、どうしたものかな。
セレネはまだ戻ってきていないだろう」
恭也はまだ戻る訳にはいかなかった。
何せ、既にバレているだろうとはいえ、向こう側には恭也が既に1人いるのだから。
ハラオウン家から出なければいいのかもしれないが、まだハラオウン家に戻る訳にもいかない。
何故ならまだそこではクロノがやっと男の子としての面目を取り戻しつつあるのだから。
「あー、そうですね、サングラスもセレネさんが持ってますしね。
じゃあ、私とお茶しませんか?」
「そうだな、俺と一緒でよければ、お願いしよう」
「では、食堂にいきましょー」
と言う訳で、食堂に移動する事となった。
因みに言っておくと、別に食堂に行くのは初めてではなかったりする。
そうして食堂に到着すると、恭也も知っている顔があった。
その内2人は先ほども会っている。
「あ、恭也さん、またお会いしましたね。
エイミィは休憩?」
そこに居たのは武装局員Aチームのメンバーだった。
どうやら今食事の時間らしい。
「やっほー、相変わらず皆そろってご飯食べてるんだね、仲が良くていいことだ」
せっかくなのでその席にご一緒する事になった。
因みに恭也が注文したのはコーヒーのみ。
エイミィは紅茶とロールケーキを注文していた。
尚、エイミィはケーキを選ぶ時、カロリーを注視していた気がするが、とりあえず恭也は見なかった事にした。
「ところでエイミィは結局向こうに住むの?」
「うーん、どうだろう、とはいっても既に結構私物持ち込んじゃってるけど」
「これでクロノさんとは同棲ですねー。
いいなー」
「同棲っても、クロノ君の家族全員と一緒だけどね」
「ああ、特に小姑が強敵ですね」
「うーん、でもその後の結婚も考えるなら、今から小姑にも慣れておかないと」
席に着くと、女性陣は女性陣でハラオウン家の新居について話が盛り上がっていた。
それに対し、人数的には女性陣より多い、恭也をはじめとする男性陣は黙々と食事をしている。
一緒に食事をしていても、やはり入れない話題は入れないのだ。
だが、男性陣だけが黙っているだけで、別に険悪な感じではないし、女性陣も男性陣を忘れている訳でも無視している訳でもなく、振れる話題は振ってくる。
例えば……
「ところで恭也さん、1ヶ月前の事件の間はリンディ艦長と同棲状態だったんですよね?」
と言う風に。
当人にとって楽しいものかは別であるが。
ともあれこの話題、振ってきた女性武装局員サラをはじめとする女性陣は勿論、何も言ってこないが男性陣の注目も集めている。
(この場にクロノがいないのが救いか。
いや、それくらいは皆弁えているか)
流石に1度周囲を警戒せずにはいられない恭也。
誤魔化し切るのは難しそうな雰囲気なので、どう切り抜けようかと考える。
まあ、誤魔化す程の内容でもなかったりするのだが。
「同棲とはいっても、戦うか休んでいるか、作戦を練っているかくらいでした。
別行動も多かったし、家には寝に戻るくらいでしたね」
あの隠れ家での生活は同棲などという言葉でイメージできる甘いものではなかった。
そもそも、他にも出入りする者も居た訳だし。
「寝るって、どうしてたんですか? 一緒にですか?」
「まさか。
2階建ての一軒屋ですから、部屋も別々でしたよ」
「まあ、そうですよねー」
今の恭也の答えに、女性陣はちょっと期待外れの様な顔をし、男性陣はどこか安堵したような顔をしていた。
まあ、どちらも解らないでもないが、などと思う恭也だった。
「それにしても、隠れ家、って言ってましたっけ?
そんなものを持ち、あちらの世界での後始末までできる人なんですよね、恭也さんは。
文面上ではプロフェッショナル、みたいな一文で表記されてましたが、凄いですよ」
と、ここで男性陣からルーファスが話に加わってくる。
まあ、話の方向としては、流石に男性といえるものであるが。
どうやら、恭也の世界での裏社会というのに興味がある様子だ。
「まあ、俺の場合はまだまだ親のすねを齧っている状態ですがね。
親の遺産には裏ルートも含めて世話になりっぱなしで、自分自身の力ではないですよ」
と、恭也は自分を評価するが、謙遜しているつもりはなく、それが事実だとして言っている。
しかし、美沙斗などに言わせれば、十分独自のルートを開拓し、手を広げている。
特に夜の一族と知り合えた事は大きいだろうし、HGS能力者の知り合いが多いのも特徴だ。
「そういえば、選んだ訳じゃないのに、リンディ艦長はそんな人と知り合ったんですよね。
艦長ともなると、やっぱり人材を見つける才能も必要なんでしょうか」
「まあ、必要なのかもね、なんせ艦長するにはまず人を集めなきゃならないし。
もっとも、家の艦長の場合は本人の能力も凄まじいんだけど。
ところで恭也さん、その隠れ家で家事とかって分担してたんですか?」
と、エイミィはちょっと唐突に見える話題の切り替えを行った。
しかし、
「いや、殆どリンディがやってましたよ。
俺もできますが、リンディがやりたい様だったので」
ジュエルシード事件の解決だけを考えるなら、家事は最低限、もしくは外に出ている間に管理人にやってもらう手もあった。
しかし、リンディは暇がある限り家事関係をしていたし、それが精神的な休息にもなっていた。
因みに、料理だけでなく掃除もしていたのだが、そのスキルは恭也から見てかなり高いものだと判断している。
「あ、やっぱり?」
「え? リンディ艦長って家事までできるんですか!
本当に完璧超人なんですか〜〜!!」
「あの噂は本当だったのか……」
どうやら、エイミィは知っていた様だが、他の面子はせいぜい噂レベルでしか知らなかったらしい。
まあ、手料理を振舞う様な機会もなかったのだろうが。
と言うより、職業上のイメージで自分でやるよりも人にやらせている感じを受けるのだろうか。
「という事は、恭也さんはリンディ艦長の手料理を食べたのですか」
「それは実に羨ましい」
驚愕する女性陣とは違い、男性陣の反応は羨望の一言だ。
まあ、事実羨望される程の価値はあった。
料理という単品で見ただけでも。
「あとあと、ちょっと気になったんですけど……
お砂糖の消費量ってどんな感じでした?」
ひとしきり料理の話題で盛り上がった後、エイミィがそんな事を聞いてきた。
興味本位である事には変わりないだろうが、先ほどまでとは違う雰囲気だ。
「そうですね……俺と2人で、大体2日で1kgが消えてましたね」
「うっわ……やっぱりというか、なんて凄まじさ……」
恭也の答えに驚愕する面々。
まあ、恭也も納得いかないほどの消費量だと今でも思っているが。
因みに、今の恭也の表現は結構控えめな量だ。
何せ、1日中家に居た事がなく、大体休んでいる時間が長いし、そもそも恭也が砂糖を殆ど消費しない。
だから、リンディの砂糖消費量は1日1kgくらいだと思われる。
そんな量をどこに、と信じられない為、敢えて実際の記録というフィルターをかけてあるのだ。
だが、それでも特に女性陣の反応は凄まじい。
「散々見てきたけど、そんなにカロリーを摂取してなんであのスタイルなのかしら?
普段艦長席に座りっぱなしで運動もしてないのに」
「1度聞いた時は、考え事をするのには砂糖が必要なのよー、みたいな事いってましたけど……
確かに艦長の仕事量は凄まじいですけど、同じ血を引いて、同じ位の仕事量をこなしているクロノ執務官はむしろ甘いのが苦手ですものね。
納得いきませんよね」
「やっぱり、全部胸に行ってるんだわ。
あのボリュームを維持するのに使ってるんだわ」
「そのエネルギーの流れ、フィリア先生あたり解析してくれないかなぁ」
「無理じゃないでしょうか、フィリア先生も、アレですし」
「そよねー、男は怪我をすると嬉々として医務室に行くものね」
と、そんな話を男の真横でしている。
そうなると、男達はあまり聞かない様に食事を続けるだけだった。
が、そんな中、アルスが女性陣に聞こえない様に恭也に話しかけてきた。
「あの、恭也さん、そちらの世界の女性も、やっぱり……こんな感じなのですか?」
「ええ、まあ、大差はないですよ」
「そうですか……あ、一応なのはさんとはこれからそれなりに接すると思うので確認を」
「なのははまだそんな事を気にする年齢でもないと思いますが……」
「でもアリサ隊長とかは、割ともう……」
アルスの言いたい事は解るし、それに対しては若干ませているだけだと恭也は判断している。
アルスもそれは解っている様だが、やはり環境の問題もあり、そうなってしまったのだろうと考えている。
そして、なのはがそれに影響されるのではないかと思っているのだ
小声で話しているとは言え女性陣の真横だ。
言葉は制限して視線だけでいいたことを伝え合う。
とりあえず、女性同士のコミュニティーが出来るのは別に悪い事ではないし、女性限定の話題に入っていくのも恭也は止めはしない。
まだまだ子供であるなのはだが、しかしだからこそこれから大人になっていく事は解っているのだ。
「まあ、あまり気を使わなくても大丈夫だと思いますよ」
「そうですか、恭也さんがそう言うのでしたら」
アルスとの会話を終え、また女性陣の話を横で聞きながら静かにコーヒーを飲む恭也。
そうして少し考える。
これから大人が大半を占める社会に入っていくのに、なのはにしておく必要のある教育はないかと。
それから大体1時間程食堂で過ごし、恭也は元の世界へと戻る事になった。
尚、エイミィはレイジングハートなどのデバイスの検査があるので残る事になった。
引越しの手伝いもしたかったなー、などとぼやいていたりしたが。
シュバンッ!
転移が完了し、ハラオウン家の一室に戻ってきた恭也。
(さて、そろそろ作業も終わっているだろうし……)
音を聴く限り、既に作業は終えている様子だった。
それに匂いからどうやらリンディが夕飯を用意していると思われる。
フェイト、アリサ、アルフ、それにセレネは外出中の様で、気配もない。
と、思ったが、その4名が今しがた帰ってきた。
「ただいまー」
勢いよく入ってくるのはアリサ。
それに続き、フェイト、アルフも家に入り、最後にセレネが玄関をくぐる。
「……ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり」
セレネ達が帰ってきたのは、帰りを待つ人が居る家だ。
そして、リンディとクロノは外に出ていたセレネをこの家で迎える事ができた。
「ああ、ただいま」
セレネは少しだけ笑みを見せる。
嘗てあきらめた夢の光景がここにある。
嘗てあきらめたものだと知っているリンディとクロノはセレネの笑みに満足したように笑い、知らぬアリサとフェイト、アルフはただ無邪気な笑みを見せる。
家庭としては当然で、しかし夢の様な光景。
リンディ達ハラオウンの者達は確かに帰る家を手に入れたのだ。
(さて、どうするか。
流石に出にくいな)
そんなリビングと扉一つ挟んで小部屋に居た恭也はどうしたものかと様子を伺う。
できるならこのまま居なかったものとして、誰にも悟られず出て行くのが良いと思ったりするが、セレネが自分の服を着て、特注品のサングラスを持っているとなるとそれもできない。
(まあ、まだ時間はあるか)
そのまま暫く様子を見る事になる恭也。
その後、アルフに気付かれて出て行くことになるが、やはりちょっと気まずかった。
着替えた後、リンディ達に夕食に誘われたりしたが、今日は流石に家族でという思いもあり、断り、恭也はハラオウン家を後にした。
ハラオウン家から出た後、恭也は病院に向かった。
今日は検査の予定だったからだ。
いつも通りにフィリスに会い、いつも通りの検査をしてもらう。
最近は後始末に追われて忙しかったものの、戦闘はちょっとした訓練(クロノとの訓練についてはそう表現すると激しく怒られるが)しかしていないので、特別な診察はない。
と言っても、既に左目についてと、右目の視力に関しては常の検査となってしまったから、そういえるのであるが。
「とりあえず、ここ数日は何も無かったようですね。
普通に疲労しているだけです」
マッサージしながら、そんな診察結果を告げるフィリス。
尚、普通の疲労とは戦闘以外での疲労であり、後始末に追われていた分である。
戦闘以外の疲労を総じて『普通の疲労』などと呼ぶのは、フィリスとしても不本意であるが、どう考えてもその方が解りやすいので仕方が無い。
それにしても、戦闘よりは幾分かましとは思いつつ、それでもここまで疲労する程の裏作業となんだと思ってしまうフィリスだった。
「でも、軽い運動はいいですが、まだ暫くは激しい動きは控えてくださいね」
「はい」
1ヶ月前の最後の戦いによる負傷は重傷であった。
アースラで治療を受けているが、失血など、フィリアでも即時全快は不可能な損害も多く、本来なら今からでも入院した方が良い様な後遺症がまだ残っている。
ただ、恭也には後始末というやるべき事があった為、入院はしていない。
しかし、そうしなかったが為に、回復はやはり遅れているのだ。
尤も、短時間であれば、既に全快の状態と同様に動けるまでには回復してはいる。
後は―――
「左目は、相変わらずですか?」
「ええ」
「そうですか……」
幻術を解き、元の形を失ってしまった左目を見るフィリス。
この左目の変化は、現代医学ではとても解明できないもの。
そして、こちらの世界のどの技術をもっても変化の経緯や、こうして変化して見えるようになったものの正体については解らない。
が、フィリスは理論的な事よりも、直感でなんとなく解ってしまった。
それは―――なるべくして成ったものであると。
恭也が右膝を壊して、それでも戦う道に再び立ってから決まっていた事ではないかと。
神速の過度な使用による負荷で受けたダメージから、それでも戦い続ける為に、自らこんな風に最適化されたのではないか。
リンディもそれについては考えた事がある。
恭也はジュエルシードを扱っていたのだ。
だから、恭也が意識的に願わなくとも、ジュエルシードがこの変化を補助したのではないか。
そう考えた方が自然だとすら思える。
しかし、リンディはあれだけ恭也とジュエルシードの傍に居ながら、ジュエルシードがその様な作用をしていると感じた事はなく、あくまで推測でしかない。
「右目は、やはり今は安静にしていればいいと思います。
視力そのものは、急ぎでしたら回復される方法はいろいろありますが……」
フィリスはそれ以上は口にしなかった。
しかし、言いたい事は恭也にも解る。
もし、それをやる場合、再度視力が下がった時はもっと悪い状態になる可能性があるという事だ。
「解っていますよ」
「……」
恭也の返答にただ黙っているフィリス。
フィリスは、恭也が嘘を言っているとは思っていない。
ただ、その言葉に嘘は無く、恭也も心からの答えであるが、戦わざるを得ない戦いは戦うのだ。
そもそも、恭也は好き好んで戦っている訳ではなく、必要あってそうしている。
だから恭也のこの言葉に、今更フィリスが言える言葉はない。
今言うべき事があるとしたら、それは―――
「ところで恭也さん、あの業はあれ以来使っていないんですよね?」
「ええ」
フィリスが『あの業』などと言うもの。
それは恭也が使う中で最も危険だと判断している業。
神速以上にだ。
その業の名は『閃』。
恭也が使う御神流における奥義の極み。
何故、フィリスが『閃』を知っているのかと言えば、1度だけ見せた事があるのだ。
それは、あの戦いが終わり、一通りの治療も終わったある日の事だった。
その日は、一応一通りの治療を終え、毎日通院が免除になった日でもあった。
因みに、帰ってきたその日に来た時は、強制的に2日程入院させられた。
尤も、2日などという短期間は本来ありえず、恭也が後始末で動かなければならなかったからこその日数だ。
一応その間も人を使って後始末を進め、2日での退院は暫くは何があっても戦闘しないという約束の下、やっと許されたものだ。
話が逸れたが、その日、
「フィリス先生、貴方には見せておきたいものがあります。
少々お時間をいただけますか?」
「ええ、構いませんが……それで、ですか?」
恭也が持っているのは八景。
院内にそんな危険物を持ち込んだ事は、もう何も言う事は無い。
持ち込めてしまっているこの病院のセキュリティーについては言いたい事があるが。
まあ、恭也相手では、常連である事も含めて無理な相談ではあるだろう。
兎も角、恭也は八景を腰に差した。
恭也がいつもしている二刀差し。
どうやら、恭也は抜刀から始まる業を見せるのだろうと、フィリスも気付いた。
と、そこへ、
「こんにちはー、フィリスと恭也君、居る?」
この病室に入ってくる者が居た。
それは仁村 知佳。
フィリスやフィアッセと同じHGS能力者でもある人だ。
「あら、どうしたの?」
「ああ、俺が呼びました。
今日はこちらにいらしていたので」
「そう言うこと」
因みに知佳は、まだ休暇が残っており、それでこの街にまだいて、ついでに検査を受けに来ていたのだ。
そして、それを知った恭也がそれに合わせて自分の診察時間を調整したのであった。
「それで、何をするの?」
恭也の姿を見て、なんとなく用件は解るのだが、一応確認する。
それに対し恭也は、更にあるものを取り出した。
「えー、これは何の種も仕掛けもないリボンでして」
取り出したのはリボン。
白い大きなリボンだった。
因みに、今日買ってきた新品である。
「何? 手品でもするの?」
「その様に見えるかもしれませんね。
ですが、このリボンに種も仕掛けも無いのは事実ですよ。
フィリス先生、ちょっとこれをつけてもらえます?
ああ、簡単でいいんですが」
「え? いいですけど……」
恭也に言われてリボンを受け取るフィリス。
知佳に手伝ってもらい、背中のところで髪を結う事にした。
「できたよー」
向かい合うと解らないが、フィリスの背中にはリボンがある。
そう、少なくともこうして向かい合った状態では、恭也は直接リボンを見る事はない。
「では、知佳さんがフィリス先生の前に立ってバリアを展開してくだい。
全力で」
言われた知佳はやはりか、と思っていた。
この街には専門家が居る病院、つまり海鳴大学病院がある事でHGS能力者が多く住む。
その中でも特に高性能な能力を持つ者が複数おり、恭也とも親しい人ばかりである為、必要とあらば呼び出しに応じることだろう。
そもそも、フィリス自身もHGS能力者である。
そんな中で、わざわざ知佳を呼んだとなれば、必要とされているのはバリア能力。
仁村 知佳のバリアは非常に高性能であり、個人用から広域展開まで幅広い適応性と、トラックの衝突にすら耐える耐久性を持つ。
リンディに言わせれば、知佳のバリア性能はミッドチルダの魔法技術と比べても優秀で、ミッドチルダ全土でも稀ほどの強力であるらしい。
「いいんだね? 全力で」
「ええ。
その上でフィリスも防御をしておいてください。
全方位に対して」
「解りました」
恭也の言葉に従い、2人はピアスとしてつけている機械によって制御されている能力のリミッターを解除する。
フィリスは必要がない為、本当に滅多とせず、知佳も職場ですらそう行わない完全解放状態である。
ブワッ!
2人の背にリアーフィンが展開する。
知佳が展開する6対の天使の翼と、フィリスが展開する3対の光の翼。
そこから、
ィィィィンッ!!
部屋の空気が変わる。
周囲に影響を与えないバリアの展開であれ、そのエネルギー密度の凄まじさが空間を揺るがしているのだ。
「できたよ、恭也君。
私の全力のバリア」
「こちらも、最大出力です」
静かに告げる天使と妖精。
この二重のバリアならば、ガソリンを最大積載した大型タンクローリーが時速120kmで衝突しても、その後の爆発も含めて無傷で済むだろう。
最大出力であるが故に、短時間しか展開できないが、これ程の強力なバリアとなれば、恭也の斬撃でも斬り裂く事はできない。
そんなものを前にして恭也は―――
「では、行きます」
両目で、変わってしまった左目も開いて2人を見る恭也。
そして、すっ、と恭也は腰に差した八景に手を置いた。
構えとしては、一刀のみで行う抜刀術。
が、
チャキッ
次の瞬間、刀は納刀された。
「……え?」
バリア展開に集中する知佳も、それには疑問の声を上げる。
今、恭也は確かに刀を納めた。
しかし、抜刀する瞬間など無かった筈なのだ。
恭也の抜刀の速度ならば1度見た事があるから、それが目にも留まらぬほど速い事は知っている。
だがそれでも、抜刀を飛ばして納刀しか見えないなど、自分のバリアの層のせいで、見損なったとしか思えない。
そう思った時だ、
パサッ……
地面にリボンが落ちた。
恭也が差し出し、フィリスが着けていた白い大きなリボンだ。
そのリボンが今、真っ二つに切られ、落ちている。
「え? うそ……」
信じられなかった。
今確認しても、2人のバリアは破られていないのだ。
それなのに、リボンが斬られた。
「もう、いいですよ」
フッ
恭也の言葉を聞いて、まずは2人ともバリアを解く。
だが、まだ冷静さを取り戻しているとはいえない状態だ。
「恭也君、何をしたの?」
フィリスはリボンを拾い、自分の髪も確認した。
その結果、髪に被害はなく、リボンだけ切れている。
結び目を真っ二つに。
そう言う斬り方なのに髪の毛は1本たりとも斬られていないのだ。
「なるほど、手品にしかみえないね、これは」
先ほど恭也から聞いた言葉を納得する知佳であるが、心中は穏やかではない。
何せ、自信を持っていたバリアをこうもアッサリ抜かれたのだ。
それも、小太刀一本でだ。
勿論恭也の斬撃がただ刃物を振り回しているのとは訳が違うと理解しているが、それでもとてもやすやすと信じられる事態ではない。
「衝撃をその表面ではなく、内側へ送る『徹』の究極系とでもいいましょうか。
バリアを見切り、逆にそれを衝撃の伝達に利用し、リボンだけを斬りました。
と言っても、これほど高性能のバリアともなると、リボン程度の布を斬るのが限界なんですがね」
誇る事もせず、ただ静かに説明する恭也。
その時にはもう左目を閉じ、八景も腰から抜いていた。
「今までの斬撃とは違いますね」
「はい。
これは先の事件中に得ました。
御神流の奥義の極み、『閃』と言います」
業の名前まで説明する。
知佳までこの場にいるが、それも信頼している相手だからこそである。
「……もう1度診ますから、ちょっとそこに座ってください」
少し考え、フィリスはそう言って診察用の椅子を指した。
「あ、じゃあ私はこれで。
またね、恭也君」
「はい、わざわざすいません。
ありがとうございました」
「いえいえ、凄いものを見られたからそれで十分だよ」
診察をするという事で、もうちょっと説明を聞きたかったが、知佳は部屋から出る。
それから、恭也はフィリスに全身をくまなく検査される事となった。
が、その診察の結果は、フィリスには予想外なものだった。
思ったほど、身体を痛めていないのだ。
それは、これほど強力な業であるのに、リスクである身体へのダメージがなかった、という風に見える。
しかしフィリスは思う、そんな筈はない、と。
それから通院する度にその事を考えて検査をしているが、やはりそれが原因と見られる異常は発見されなかった。
「言うまでもない事でしょうし、貴方はそんな事をしないのも知っていますが……
あの業は、滅多な事では使わないでください」
その結果が、逆にフィリスには恐ろしく感じられた。
これは、何か致命的なものを消費してしまっているのではないかと。
普通の検査では見つける事ができない、表に出る事のない、しかし致命的なダメージというモノはあるのだ。
「ええ、解っています」
当然、恭也も滅多に使う気は無い。
そもそも業はそう滅多に人に見せるものではないのだ。
必要が無いのに撃つ、見せる為に撃つなど本来はありえない事だ。
しかし、フィリスだけには知らせる必要があると判断した。
今後も戦い続ける為にはフィリスの治療が必要なのだから。
「では、次は4日後に来て下さいね」
「解りました」
本日の検査はこれにて終了となった。
用事が終わり、部屋を出ようとする恭也。
しかし、そこで、フィリスから声が掛かった。
「恭也君。
先日、リンディ・ハラオウンという方がいらっしゃいました」
恭也はドアの前でその言葉を聞いた。
何かを言う必要があるだろうかと、少し考えたが、しかし、
「それだけです」
フィリスの側から話題を終了させた。
ただ、それだけを報せるのが目的であったのか、それとも何かを言おうとして止めたのか、それは解らない。
「そうですか」
恭也はそれだけを言って部屋を出た。
リンディが来て、何を話たか、それも問う事はない。
リンディはフィリスに会った事など言っていなかったが、それは必要ないと判断しての事だろう。
ならば、恭也もそれ以上考える事はしなかった。
その後は家に帰り、家族で夕食を摂る。
なのはとも話したが、セレネが恭也の姿をしていた事に関しては何も聞かれる事はなかった。
気付いていた筈であるが、それでもだ。
だから、恭也からも何もいう事はなかった。
その日の深夜、恭也は家を出た。
後始末が終わり、平和が戻ったが、恭也には夜に用事があるのは常の事。
と言っても、今日は普段通りの鍛錬ではない。
持って行くのは練習用の刃引きした小太刀で、向かう先は普段使っている山であるが、美由希は一緒ではない。
だが、そこで待っている人がいるのだ。
「待たせたな」
「いや、俺も今きたところさ」
山の中腹。
普段なら美由希と打ち合っている場所で待っていたのは、その手に模造刀をもった男。
赤星 勇吾。
「すまないな、2ヶ月近くもほったらかしにしてしまった」
「いや、そっちは忙しい身だ、無茶を言っているのは俺の方さ。
てか、美由希ちゃん相手でも十二分に充実してたよ」
「そうか」
今日ここに来たのは嘗てよりの願いを叶える為に。
いや、嘗てよりの願いは今や意味と形を変えている。
その間にあった時間と、出来事で。
「では、良いか?」
「ああ」
互いに得物を抜いた。
恭也は二本差しにした練習用小太刀を前に。
赤星は太刀の模擬刀を抜刀し、正眼に構える。
恭也が持つ練習用小太刀は、練習用とはいえ刃引きをしているくらいの違いしかない。
恭也程の腕があれば、刃の有無などさほど関係なく、斬ろうと思えばドラム缶程度なら真っ二つにできる。
赤星の模擬刀も、刃の部分が全く無い以外本物の太刀と材質が同じものであり、耐久性等も殆ど同じだ。
刃などなくとも鋼の棒である以上、一般人でも全力で振れば人を殺すことなど簡単にできる。
振り回すには重い代物であるが、赤星程の膂力があれば自由自在に操る事ができる。
つまり、両者とも真剣ではないあくまで練習用、飾りとしての刀を持っているが、この2人にとっては気分の違い程度の差しかないのだ。
尤も、今この場であれば、その気分もさして変わる事はなかっただろう。
両者は対峙した後、暫く睨み合う。
戦いの開始に合図はない。
これは試合ではない。
既に2人の戦いは始まっているのだ。
ザッ!
先に動いたのは恭也だった。
正面からやや低い姿勢で赤星に突っ込む。
正面から仕掛けるなど、本来なら愚行だ。
何か裏の手か、よほどの実力差がなければできない事だ。
確かに恭也はその両方を持っていると言える。
恭也には今回は使う気がなくとも飛針などの暗器や神速などの移動手段がある。
それに、赤星は高校生の剣道の全国大会でベスト16まで上る実力者とはいえ、実戦経験を積んだ恭也と、実戦形式で剣を交えるには未熟だ。
それを考えれば、赤星と戦う上で、恭也が負ける理由はない。
しかし―――
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
それは2ヶ月前の情報だ。
フッ
ブォゥンッ!!
赤星が行った行為は実に単純。
己の剣の間合いに入ってくる恭也に対し、真正面から垂直に、ただ真っ直ぐな刀を振り下ろす、唐竹割りを放ったのだ。
だがその剣速、その剣圧、とても全国大会ベスト16止まりではありえないものだった。
「っ!!」
ドクンッ!
その斬撃を認識した瞬間、恭也は神速に入っていた。
しかし、神速の中ですら、赤星の剣は高速で振り下ろされ、恭也を縦に分断しようとしていた。
ガッ!
恭也は右の小太刀でその斬撃を受け、それを受け流しつつ側面にまわろうとした。
そうしてまず右の小太刀が赤星の斬撃と衝突する。
その時、
ガキンッ!!
受け流そうとした小太刀は、受けた瞬間に欠け、恭也は持ち続ける事もできなかった。
それ程の威力をもった斬撃だったのだ。
ザッ!
ズダンッ!
とりあえず、右の小太刀を完全に犠牲に、なんとか赤星の側面に回りこみ、左の小太刀で首の前で止める。
それは、赤星が斬撃を放ちきるのと殆ど同時だった。
完全に間合いの内側に入ってこの状態であるから、これで恭也の勝利となる。
神速からも抜け、己の敗北を悟った赤星が刀を放す。
「やっぱり、まだお前には全く敵わないな」
負けたが、それでも爽やかな笑みを見せる赤星。
負けても構わないという諦めなどは無い。
ただ純粋に、今の戦いが楽しいと感じたのだ。
例え、結果として負けてしまっていても。
「いや、十分だろう。
俺は奥義まで使ったんだぞ。
それに、右腕を持っていかれていた」
赤星がある程度強くなっている事は予想していた。
あのジュエルシードに憑かれた後で、美由希の相手をしていたのだ。
それ相応に腕は上がるだろう。
しかし、今回恭也が使ったのは神速だけで、そこからの対応が出来なかったとはいえ、斬撃を受け流す事もできず小太刀を手放すしかなかった。
もし、互いに真剣を使っていたならば、小太刀を切り裂き、恭也の右腕を切り落としていただろう。
既に、あのジュエルシードに憑かれていた時と比較できるくらいの実力を身につけつつあるのだ。
「そうか?」
当の赤星は恭也にそういわれて悪い気はしていないだろうが、そこまで喜んでいる様子もない。
というより、自分の実力をまだあまり自覚できていないのだろう。
「また、頼めるかい?」
「ああ、勿論だ」
そして、2人は再戦の約束をする。
この平和の中で、競い合える相手がいる。
まだ両者に開きはあろうとも、それは2人にとって充実したものであった。
翌日、朝。
普段通りに早朝に起き、美由希と共に朝の鍛錬をして、家族と一緒に朝食を摂る。
なのは達を見送り、家に1人となった恭也。
本日は約2ヶ月ぶりに予定の無い日であった。
「うむ……平和だ」
と言う訳で、久方ぶりののんびりとした朝を過ごす。
縁側でお茶などを飲んでくつろいでみたりする。
そんな所に、1匹の三毛猫がやってきた。
「みゃー」
「おお、小飛、久しぶりだな」
この猫はレンが拾ってきた猫で、ほぼ高町家の飼い猫だ。
一応喫茶店で勤める桃子の事情により家には上げていないが、よく高町家の縁側で日向ぼっこをしている。
暇な時は恭也も一緒にいるのだが、ここ2ヶ月は流石にそんな暇はなく、会うのも2ヶ月ぶりだ。
因みに、たまに久遠もまざって縁側でのんびり過ごす事があったりする。
「……さて、久々にやるか」
午前中をまるまる縁側でのんびり過ごすのも良いのだが、恭也は立ち上がり庭へと出る。
尚、今は流石にサングラスは掛けていない。
代わりに普通のメガネに見える物をかけている。
これはサングラスの室内用というか、サングラスを掛けるには相応しくない場所で掛けるもので、左目に対する対策として持っている事になっている。
実はそれと同時に普通のメガネとして右目の視力補正の為にあるものでもあった。
で、わざわざそんなメガネまで掛けてする事は―――
パチンッ!
「ふむ、枝が伸びすぎているな……」
恭也の最大の趣味、盆栽である。
ここ2ヶ月は全くと言えるほど世話ができなかったので、やっと暇が出来た今日はじっくりやるつもりである。
尚、2ヶ月間の最低限の世話は美由希やなのはが行っていた。
海外へ出かける事もある為、長期間恭也が世話をできない事もあり、覚えてもらっているのだ。
パチンッ!
「……うむ」
自分の趣味に時間を使う。
そんな平和を楽しむ恭也。
と、そこへ、
シュタンッ!
庭の塀から飛び込んできた2匹の小動物。
赤橙の仔犬と仔狐だ。
シュバンッ!
「やっほー、恭也ー」
「恭也ー、おはよー」
即座に変身を果たし、子供形態となったアルフと久遠。
「ああ、おはよう。
2人とも散歩か?」
どうやらアルフは、主不在の平日の午前中、久遠と遊ぶ事にしたらしい。
2人で動物ライフを楽しんでいる様子だ。
「うん、そんなとこ」
どうもアルフがここへ来たのには別の目的がありそうだ。
何かを企んでいる、という風ではないが、ハッキリ言うつもりもないと見える。
「あ、小飛。
アルフ、この子が小飛」
「みゃー」
「おお、よろしく、アルフだ。
てか、久遠、お前の知り合いって猫が多いな」
ここに来るまでにこの近辺の久遠の知り合いと挨拶をしてまわっていたのだろう。
尚、久遠に猫の知り合いが多いのは、主にさざなみ寮のせいである。
あそこには猫の主と言える人が住んでいるので、大量の猫が集まり、自然と久遠と仲良くなる。
「ところで恭也は何やってるんだ?」
久遠と小飛が戯れている中、アルフは恭也がやっている事に興味を持った様だ。
「ん? ああ、これは盆栽といってな。
俺の趣味だ」
「へー。
でもボンサイ? おかしいな、この世界の文化はそれなりに覚えたと思ったんだけど」
自分の持てる知識には無かったのだろう。
まあ、アルフがどんな調べ方をしたのかは知らないが、盆栽の事が大きく取り上げられている可能性は低いだろう。
趣味のカテゴリーに限定しても同じ事だ。
一応最近では、海外からも注目されたり、若者からの認識が改まったらしいが、それでもまだまだ年寄りくさい趣味というレッテルは外れまい。
「歴史の古い物でな、まあ園芸の一種だ」
「そうなんだ」
園芸というには華やかさがないなー、などと思いつつ見ているアルフ。
兎も角、後で調査する事を決めるのだった。
「さて、一緒にお茶でも飲むか?」
「うん」
「久遠もー」
と言う訳で、小飛も含め、縁側でのんびりまったりと過ごす3人と1匹。
暫くして、恭也はふと久遠にあることを確認した。
「ところで久遠、今寮には御架月殿はおられるか?」
御架月とは十六夜の弟であり、同じ霊剣の霊であると同時に霊剣の名でもある。
「今お仕事中だよ。
でも十六夜はいるよ」
「そうか。
だが御架月殿に聞きたいことがあってな。
まあ、今度伺うと伝えておいてくれ」
「うん、いいけど……」
御架月への伝言はとりあえず受け取った。
しかし、何故か久遠はそこで不安を覚えた。
恭也はどうして十六夜ではなく御架月に用事があるのか、と……
「その用事って私等じゃだめなの?」
だが、そんな久遠の不安も、アルフが話題を変えた事で消えてしまった。
「いや、お前達には別に頼みたい事があってな」
「なになに?」
後で頼もうと思っていた事であるが、丁度良いと、恭也は2人に結界の構築技術についていくつかの質問と、要望を出した。
それは、こちらの世界の退魔師が行う技術で視界を誤魔化す結界を展開できないか、というものである。
後で行おうとする事に対して、そういう見られない様にする予防策が必要になるのだ。
ミッドチルダのそれでも良いのだが、それを見破られてしまった場合、本末転倒になってしまう。
久遠はそういう細かい作業はできない為、アルフと共同で行う事となった。
「うん、OK」
「わかった」
技術的にも可能であるという結論になり、引き受けてくれる事になった。
「頼むぞ」
「うん、まかせといて」
「大丈夫だよ」
その後、昼前に久遠とアルフは1度帰る事となった。
2人とも、家で昼食が用意されているらしい。
恭也も桃子が用意した昼食を摂り、昼の時間を過ごすのであった。
その日、なのは達は放課後高町家に集まっていた。
どうやらどこかへ遊びに行く様だが、まだ行き先は決まっておらず、その相談兼ねての集合らしい。
更に都合がよい事に、今日はすずかの付き添いとしてファリンも来ている。
恭也は時間を確認し、準備を済ませると、皆が集まっているリビングへと移動した。
「皆、揃っている様だな」
なのは達が恭也を見る。
昨日はセレネの件があったので1度確認する様な視線であったが、すぐに別のものへと変わる。
全員、感じ取ったのだろう。
恭也がこれから何を行おうとしているのか。
既にサングラスは外してあるので、尚更だ。
「どうしたの? 恭也」
問いかけてきたのはフェイトだった。
この中では、ある部分では9年間妹をやっているなのはよりも近しい間柄となったフェイトは最も早く、そして正確に気付いているだろう。
だから、これはただの確認の為の問いだ。
「少し時間をもらいたい。
今度遊びに連れて行ってやるから」
「いいよ?」
了解の返答をしたのはなのはであるが、なのはは全員の様子を1度伺い、総意として答えている。
僅かな時間でそんな事ができるのだ、既にこのメンバーは互いを理解し合っている。
「悪いな。
……ああ、ちょうど帰ってきた、では始めるとしよう」
一応狙ったタイミングだった。
玄関より、もう1人必要な人物が現れるのに。
「ただいまー。
あ、恭ちゃん、何してるの? なのはも。
あら、皆さんいらっしゃい」
時間通りに帰ってきた美由希。
今のリビングの雰囲気に少し戸惑っている様だが、これからもっと驚く事になるだろう。
その後、直ぐに道場へと移動する。
美由希の着替えは待たない。
着替える必要性がないし、あまりなのは達の時間をとる訳にもいかない。
「すずかとファリンは奥へ。
念の為、2人は動かないように。
久遠は右手へ、アルフは左手で、一応例のものを。
美由希は適当に動いていてかまわん」
全員に指示を出しつつ、恭也は道場のほぼ中央に立つ。
久遠とアルフが展開する結界は、事前の準備もあり即座に起動する。
美由希、すずか、ファリンには気付かれない様に。
因みにだが、本日なのは、フェイト、アリサの私服はスカートである。
その点も都合が良かった。
動く事にあまり適していない服装でこそ、これは価値があるのだから。
「ルールは―――言う必要は無いな?」
何をするかなど、言葉にする必要はないだろう。
状況をここまで揃えて尚解らぬ様な子達ではないのだ。
「うん」
なのはは即答、フェイトとアリサも頷くのみ。
既に覚悟は出来ている様子。
だが、ここでフェイトとアリサにはちゃんと情報を与えておかねば成るまい。
「1つ注意するとすれば……アリサとフェイトは知らないかもしれんが、美由希は俺の愛弟子だ。
俺と同等と考えていい」
「……」
後ろで美由希が照れている様な仕草を見せるが、重要なのはそちらではない。
表情こそ変えないものの、やはりフェイトとアリサは驚いている様だ。
そして、その事実がこの場においてどう影響するかも考え、再度覚悟を決める。
「以上だ」
言葉はそれでお終い。
後は実際にやるのみ。
タッ!
合図も無く始まったこの場の戦いにおいて、まず動き出したのはフェイト。
2人を置いて、自分だけ恭也に真っ直ぐ突っ込む。
一見してこれはフェイトの独断先行に見えるが、勿論そんな訳はない。
フェイトは自分が前に出る事で後ろの2人の行動を隠す意味もあるのだろう。
「はっ!」
ヒュッ
フェイトは恭也の間合いの一歩外で跳躍し、拳打を放ってくる。
いい拳打だ。
これだけでもそんじょそこらのヤクザも昏倒させられるだろう。
だが、
パシッ!
それだけで今回の戦いを合格にはできない。
恭也はフェイトの拳打を空中で受け止める。
タッ
その隙にアリサが低い姿勢で、左足の方へと回りこんでくる。
右手には魔力を込めているのが解る。
尤も、発光もしない様に出力を抑えている為、この感じが解る魔導師か、せめてHGS能力者でもなければただ拳を構えているだけに見えるだろう。
しかし、それでも十分な威力になる。
特に対魔法防御の無い一般人なら、接触した部分とその周囲を麻痺状態に陥れる事ができる。
フッ!
フェイトの後ろに隠れ、回り込んだが、それでもまだまだ甘い。
その程度の工夫では当たってやる訳にいかない。
ブンッ!
恭也は素早く足を組み替え、アリサを蹴り払った。
突っ込んできていたアリサに対し、カウンター気味の足払いで。
それに気を取られたか、込めていた魔力も霧散してしまっている。
いや、受け流す為に魔力を捨てたのだ。
「ぐっ!」
上手く受け流し、飛ばされながらもダメージは皆無だろう。
さて、フェイトとアリサは動いた。
ならば、次は―――
(っ!!)
なのはの気配を探っていた恭也は、鋭い威圧を感じ、フェイトを掴んでいた手を離し、腕を下げる。
ヒュンッ!
それとほぼ同時だった。
フェイトの手を掴んでいた恭也の手があった場所を何かが高速で通り過ぎたのは。
ガッ!
そして、道場内に乾いた音が響く。
何かが通り過ぎた先を見れば、道場の壁にシャーペンが突き刺さっているのが見える。
それはなのはのシャーペンだ。
ただのシャーペンではない事は確かだが、違う所といえば、一般的なプラスチック製ではなく、金属製であるという事だ。
尤も、それが忍特製の作品であり、こうして投擲武器にも出来る様に特別に作られた物なので、やはり特殊武装に入るだろう。
それを放ったのは勿論なのは。
反対側を見れば、天井に近いくらい高い位置の壁になのはが立っているが見える。
どうやらフラッシュムーブの出力を下げたような魔法で移動し、射撃したのだろう。
今の投擲には魔力も込められていた。
物理的打撃に加え魔力ダメージを与える為の魔力だ。
ただ、速度を出す為だろうが、ほぼ全力射撃でもあるので、物体そのものだけでも人間の肉をある程度貫いてしまうだろう。
恭也の視界には映らないが、美由希はさぞ驚いているだろう。
何かをしているのは知っていても、どの程度かは解っていなかった筈だ。
後々、レンや晶も驚かす事になるが、まあそれはまた別の話しだ。
それはともあれ、これで全員1度は動いている。
フェイトのは完全なフェイントであるが、残りの2人は魔力を使用し戦っている。
なのはが上手く魔法をこの場に適応されている所を見れば、ちゃんとこの訓練の趣旨を理解している様だ。
この一般人の目がある中で、魔法を見られない様に、上手く戦うという目的を。
魔法を見られない様にするのと、魔法を使わないというのは全く別物だ。
だから3人は常に考え、周囲を観察しつつ行動しなければならない。
特に、この場にいるすずかもファリンもただの人間ではない為、慎重な隠し方が必要だ。
更には、美由希はその気になれば神速による観察まで行う事を考えれば、速度を上げて目に留まらない様にする、というのはほぼ無効になる。
そんな条件の中、3人はどこまで戦えるか。
そのテストと、訓練である。
「せっ!」
ヒュッ!
フェイトはシャーペンが通り過ぎた直後、恭也が離した手を逆に掴んだ。
そしてその手を軸にする様に回転、恭也に対して踵落としを仕掛けてくる。
しかも今回は魔力を使い、飛行魔法の応用で回転速度を増し、更にかかとには魔力を込めて攻撃力を上げている。
それと同時に、
「っ!」
恭也は再び鋭い威圧感と風が貫かれる音を聞く。
バシッ!
その為、恭也はフェイトの攻撃を払う事しかできず、再び捕らえる事はできなかった。
ヒュゥォンッ!
そして、恭也がフェイトの攻撃を払ったのと同時に、赤ペンが恭也の前を通り過ぎる。
先ほどよりも到達が早い。
見ればなのはは天井を走るように跳び、恭也の方へと近づいていた。
フラッシュムーブの応用で加速し、壁を蹴り天井まで上がった後、上方向への勢いが消えない内に天井を蹴っているのだ。
なのはの体重が軽いのもあり、一見天井を走っている様にすら見える。
その上、そんな自分の状態すら180度反転する様な動きと高速の移動の中で射撃までしてくるのだ。
(これがこの1ヶ月の鍛錬の成果か)
あの戦いの最後の頃でも、なのはの投擲は鋭く、移動しながらでも可能だった。
しかし、移動しながら味方にも当たるかもしれない状況での正確な射撃はできなかった筈だ。
なのははあの戦いが終わった後、恭也の下を訪れ、鍛錬のメニューの作成を依頼してきた。
ただ平和に浸りながら待つのではなく、自らを鍛えていたのだ。
(む!)
ダンッ!
フェイトの攻撃となのはの援護射撃を回避した直後、恭也は身を捻っていた。
何故なら、
「っと!」
タンッ!
いつの間にか接近していたアリサが、またしても恭也に魔力込みの拳を突き立てようとしていたからだ。
フェイト程ではないにしろ、素早く、的確な移動と攻撃。
更に、
パシッ!
「とったわ!」
回避した恭也の背中の服を掴み取るアリサ。
しかも、魔力を込めていた手ではなく、いまだ魔力攻撃を出来る状態でだ。
これは恭也が避ける事を見越して、恭也の回避行動パターンを読んでいたからできたのだろう。
これで、アリサに張り付かれた恭也。
目の前には先程払ったフェイトが既に飛び掛る体勢で、天井ではなのはが近づき、次の射撃を既にスタンバイしている。
(初めての割りには良く動くな。
上出来だ)
そう感心しながら、しかしまだ終わらない。
ブォンッ!
恭也は体勢を低くして、低空で足払いに近い回し蹴りをフェイトに放つ。
「あっ!」
この牽制で、フェイトの攻撃を阻止、フェイトは上空へと回避する事になり、
「わっ!」
「えっ!」
地面スレスレで回転された遠心力でアリサも飛ばされないようにするだけで精一杯だ。
飛行魔法を使えば攻撃は可能だろうが、それでは周囲から見たとき不自然だと見て取れてしまう。
更に、アリサが邪魔でなのはも射撃が出来なくなるだろう。
恭也の動きが素早く、アリサも振り回されている為、アリサを避けつつの攻撃は困難だ。
バッ!
タッ!
攻撃の失敗を悟り、アリサもなのはも攻撃を中断、1度後退する。
しかし、
キィンッ!
(む!)
上から魔力が感じられた。
見れば跳んで回避したフェイトがフォトンランサーを放とうとしている。
恐らく、今の恭也の隙に対して殆ど無意識で行った行動だ。
ドクンッ!
恭也は神速を発動させた。
ズダンッ!
そして、その中でフェイトの魔法を構築を打ち払い、フェイトを止める。
状態からして抱きとめる様な形になってしまった。
「……あ」
払われて直ぐ、フェイトは自分が何をしようとしていたのかが解り、全ての行動を中断した。
「ああ、無意識に使おうとしたのね」
なのはとアリサも気付いた様で、何も言われる事なく、一旦戦闘を中断する。
「ごめんね」
恭也はフェイトを下ろし、一度集合させる。
「お前はセレネに無意識のレベルでも戦える様に仕込まれているからな、今の所は仕方ない。
だから、これからそういう面でも臨機応変に動けるように訓練する必要がある」
「はい」
そしてまた訓練が続けられる。
だが、やはり魔導師であるから当然とはいえ、アリサとフェイトは魔法を撃ちそうになる事があり、失敗するケースが出た。
それと、3人の元々の戦闘スタイルもあり、戦い方に妙な偏りもある。
それは長所として活かす事ができれば良いのだが、もう少し動き方も含めて矯正する必要がある箇所があるだろう。
それから30分後
「はぁ……はぁ……はぁ……」
3人ともよくがんばったと言えるだろう。
魔法を前提とした魔導師に、魔法を使う前の段階で大きな負荷の掛かる戦闘訓練を30分も続けたのだ。
「今日はここまでにしよう。
まだまだ研究の余地があるな。
今度はセレネとリンディにも協力してもらわねばな。
アルフ、久遠もういいぞ」
「はいはい」
アルフと久遠は展開していた結界を解除する。
今日はこれで終わりだが、まだ後何回かはこうした訓練をする必要があるだろうし、できれば継続して訓練した方が良いだろう。
今後のプランはリンディ達とも検討する事にして、本日は終了とする。
「ありがとうございました」
礼儀正しい3人はちゃんとそう言った後で、座り込む。
同時に、戦闘中に破れてしまった服を押さえ、申し訳程度であるが隠そうとしている。
バリアジャケットもスカートがあるなのはとアリサは比較的マシなのだが、スカートで激しく動く事に慣れていなかったフェイトの被害は甚大だ。
フェイトは尤も激しく動いた事もあり、下着の方もかなりの被害が出ている。
尚、3人の隠し方であるが、なのはだけは隠している意味が違う。
フェイトやアリサよりも、ある部分でまだ未発達なせいだろう。
因みに、ピンク、ストライプ、白だ。
何が、とは問わぬ様に。
「ああ。
お前達は、とりあえず着替えだな。
服も今度買ってやろう」
着替えは、始める前にリンディに連絡を入れている。
まさか結界の方の目処が立ったその日に行うとは思っていなかったため、事前の準備は不十分だった。
「うーん、それにしても、なのはは何かやってるのは知ってたけど……コレほどとは……」
終わったところでやっと感想が口にできた美由希。
訓練中は自分の役目に集中していて、時間も経ったので多少落ち着いただろうが、やはりショックな様子だ。
まあ、その点については当事者である恭也の予想すら超えているので、驚いている気持ちは十分に解る。
「私も、皆がこんなに強いとは……」
「皆さん凄いです」
親友を名乗るすずかもショックであろう。
2ヶ月前までの体育の時間のなのはの動きを見ていれば、こんなものは正に魔法だ。
といっても、今の訓練の動きで魔法の要素は半分以下しかないが。
ファリンはなのはの運動能力のデータを持っていなかったので、純粋に賞賛を送っている。
「う〜ん……私の3年目より確実に上だよね……」
美由希は恭也が見ても高い才能を持っていると言える剣士だ。
それで自惚れている訳ではないが、やはりショックであろう。
たった2ヶ月で、自分の3年以上の鍛錬の成果を軽く超える強さを見せられては。
「なのはは特殊とはいえ実戦をこなしてきたのが大きいからな。
気にするな。
が、見ての通りだ、後2年でお前にとっても面白い相手を用意してやれる。
悪いが、また暫く相手をしてやれないが、少し待っていろ」
実際、今なのはと美由希のどちらが強いかと言われれば、美由希である。
飛行され、長距離から狙撃されれば美由希はそれまでだが、逆になのははそれ以外に美由希に勝つ手段がない。
もし、美由希がなのはの能力をある程度事前に入手できたのであれば、何の遮蔽物もない広大な更地でもない限り、美由希が勝つ。
いかに魔法によって凄まじい戦闘力を持っていても、1ヶ月間の実戦経験を持っていても、遥かに長い時間を剣の修行に費やした美由希には勝つことはできない。
ただ、恭也が見るに、なのはを今の形式で訓練を積ませれば、2年くらいで勝敗は別として、訓練相手として成り立つと考えている。
そうなれば互いに練磨し、更なる高みに上れるだろう。
そう思った。
が、
「2年? ん〜、いくらなんでも早すぎない?
まあ、私の知らない技術だから、解らないけど。
師範、私もここ2ヶ月、遊んでた訳じゃないんだよ」
振り向けば、そこには笑顔の美由希が居る。
恭也の計算に怒っている訳ではなく、自惚れている訳でもない。
ただ、真っ直ぐに恭也を見て、訴えている。
この2ヶ月の自分の変化というものを。
「……そうだったな。
では、少し見てやろう。
お前達も見ていくか?」
忘れていた訳ではない。
あの赤星と鍛錬させていた事を。
ただ、どれ程の効果があったのかは未知数で、事件とその後始末におわれていた恭也にそれを確認する時間が無かっただけだ。
だから、今確認しよう。
ついでに、なのは達も見学させる事で、今後の参考にでもなればと思った。
いい機会だろう。
互いを知るには。
ちょっと部外者がいるが、それもまた良し。
「はい」
目を輝かせて返事をするなのは。
疲れているだろうが、それでも見ておきたいと強く思っている様だ。
それはすずかやファリンも同じ。
どうやら、1ヶ月程前に1度叩きのめしたのが良い効果として現れているらしい。
その後、恭也と美由希は着替え、互いに愛刀を持ち再び道場に立つ。
対峙した時、恭也は自然と左目を開いていた。
「……」
「……」
フッ
ガキィィンッ!!
そして、2人の戦いは始まった。
互いに真剣での戦い。
一歩間違えれば命を落とす事になるが、それでも真剣でなくてはならない。
2人が行く道は、そう言う道であるが故に。
暫く技を出し合い、互いの力量を測る様な戦いが続いた。
2人とも、今目の前に居る相手のことだけを考えて剣を振るう。
そうして剣を交え続け、ついに2ヶ月間の空白を埋める時となった。
「はぁぁぁっ!」
ダンッ!
二足以上離れた状態で、美由希が構えた。
左手を前へ突き出し、右手を胸の前で刺突の体勢をとるそれは―――
ドクンッ!
御神流 奥義之歩法
神速
その構えを見た瞬間、恭也は神速に入る。
既に美由希も神速の領域に入っている。
この全てがモノクロとなり、動きがスローペースとなるこの領域で、美由希は恭也との間を一気に詰める。
フッ!
恭也の剣の領域を掻い潜るかの様に低く、恭也の右斜め下へと潜入する。
本来なら、そこでワンテンポ取られる筈だ。
しかし、この技はその状態から放たれる。
小太刀二刀 御神流
奥義乃参 射抜・追
御神流の奥義の中でも超高速、最長射程を誇る変幻自在の刺突、射抜。
その射程の長さの真意と、変幻自在を名乗る所以がここにある。
この技は真正面から真っ直ぐ突くだけの単純な技ではない。
勿論、前の手で敵の攻撃を払いながら突く事もできるが、払いきれない場合を想定し、掻い潜って放つ形態が存在する。
それが、この『追』であり、敵の下方から突き上げるものだ。
少なくとも2ヶ月前の美由希では出来なかった業で、恭也が見本を見せる事ができない為、いずれ美沙斗から教わらなければならないと考えていたものだ。
しかし、その美沙斗が放っているのを見た事があり、それを参考にしたのだろうが、それだけの筈なのに、殆ど完成された業になっている。
赤星との鍛錬でこの業が必要だった筈はない。
だが、それ程までに大きな何かを美由希は見つけられたのだ。
(よくぞ!)
恭也は歓喜し、美由希のこの業に応える。
小太刀二刀 御神流
この業は、何度か美由希にも見せた事がある。
しかし、
奥義乃陸 薙旋
この2ヶ月で、確かに変化した業だ。
ヒュォンッ!
美由希の射抜・追と恭也の薙旋が交差する。
「……」
ザシュッ!
そして、互いの業が過ぎ去った後、恭也は無傷で立ち、美由希の左肩口の布が斬れる。
それ、結果だった。
少し、互いに業を放ち終わった状態で時間が流れた。
その後、
「……少しは追いつけたと思ったんだけどな」
美由希は少し寂しそうに、しかしどこか嬉しそうにそう呟いた。
「十分だ。
2ヶ月前の俺なら、今のは躱せたとしても、反撃はできなかったさ」
絶賛して良い成長だった。
危うく自分が置いていかれるところだったと思える程に。
だが、美由希がこの2ヶ月で変わったように、恭也もあの1ヶ月で変わったものがある。
そして、そこで手に入れたもの。
今の美由希にならと、恭也は考えた。
「美由希、先の1ヶ月で俺も得たものがある。
恐らく、俺がお前に教えられる最後の技だ。
―――構えろ」
これは1度美由希も届きかけたもの。
だが、今はまた見失っているものだ。
キィンッ
恭也が構えた瞬間、セイバーソウルが起動した。
恐らくなのは達も気付いただろうが、起動したからといって何かをする訳ではない。
ただ恭也がこの業を、真に撃つべきとしているから起動しただけにすぎない。
チャキッ
恭也は二刀とも納刀し、内の一本を手に取り、抜刀術の構えをとる。
そして、
小太刀二刀 御神流
奥義之極 閃
ズダンッ!
あの最後の戦いの中、完全に手にした御神流の奥義の極み。
その恭也だけの答えの形がここに出現する。
構えていた美由希を素通りした様に美由希の背後に回り、その時には既に全てが終わっている。
パサッ
美由希の服が切れて落ちている。
恭也は美由希を目標として、一刀で切り裂いたのだ。
ただし、斬る必要のない部分は一切傷つける事なく、服だけを。
「これが……奥義の極……」
嘗て見えた光を今感じているのだろう。
この感覚をなんとか覚えようと美由希は目を閉じ、ただ感じ取る事に集中している。
「その形の1つだ。
お前はお前の答えを見つければいい」
刀を納め、左目を閉じる恭也。
その時には、既にセイバーソウルも眠りについていた。
「さて、今日はここまでだ。
後は自由に……」
美由希は暫くこのままだろうと思い、先になのは達に終わりを告げる。
服はまだ届いていないが、そろそろ届く筈だろう。
そう思って言葉にした、その時だった。
道場の外から走ってこちらに近づいてくる人の気配がした。
「恭也君!」
道場の扉を開け放ち、現れたのはフィリスだった。
流石にいきなりの登場、恭也も少し驚いている。
「今、『閃』を使いましたね?
あの感覚は特殊だから、私なら近くにいれば解るんですから!」
それは、リンディにも聞いたことがある。
どうやら恭也の『閃』は空間に干渉しているのではないか、などと言っていた。
と言っても、恭也がそんな魔法を使える訳はないので、恭也にはよく解らない。
ただ、発動を感じ取られてしまうのはあまり良い事ではないと、考えている。
と、それは兎も角、謎の登場とも言え、なのはがフィリスを知らない者達に教えているくらいだ。
とりあえず、どうしてここに居るのかを聞いておかねばなるまい。
「フィリス先生、どうしてこちらに?」
「フィアッセの忘れ物を届けに翠屋に寄っていて、そのついでに来たんです。
そんな事より、話を誤魔化さないでください。
アレは滅多な事では使わないでと言ったじゃありませんか!」
フィリスはフィアッセの主治医でもある。
その為、場合によってはフィアッセの検査には時間が掛かるので、検査の時にはいろいろと持っていくのだ。
と、理由は納得する。
が、今起こっているフィリスへの対応はどうしたものかと悩むばかりだ。
「今回は、弟子に伝授というものでして」
一応恭也は正当な理由だと思っている。
しかし、フィリスとしてはまだ傷が完全に癒えきっているとはいえないこんな時期に使わないでほしかったのだろう。
フィリスに見せてからもあまり時間は経っていない。
「あの、フィリス先生、落ち着いて……」
「そう言えば、美由希さん、先日の検査をサボりましたよね?」
「え? あ、あの日は学校で用事があって、たまたま……」
「2人には少しお話があります」
美由希が宥め様としてくれたが、薮蛇だった様だ。
ともあれ、フィリスの登場のせいで、先ほどの感覚を忘れなければ良いが。
などと、説教を受けることを覚悟しながら考える恭也だった。
「あの、それではわたし達はこれで……」
そんな中、最後に残っていたなのは達であるが、そろそろと全員で抜け出そうとする。
が、
「あ、なのはちゃん、悪いんだけど、美由希さんの上着を取ってきてもらえる?」
「あ、はい」
「後、最近はなのはちゃんも何かしている様よね?
今度病院にいらっしゃいね、診てあげるから」
「は、はい……」
忘れていたが、今のなのは達は服がボロボロの状態だ。
そうなると、なのは達も鍛錬をした事はバレてしまう。
まあ、恭也としても今度連れて行くつもりであったので、それは良いとしよう。
問題は、今から受ける説教と、フィリスを落ち着かせる方法である。
確かに、今回恭也が『閃』を撃ったのは場のノリと言われても仕方がない。
十分に身体の状態が整ってからでも良かったのだ。
フィリスの言う事は全て正論で、反論の余地などない。
それに、フィリスは本当に恭也の身を心配して言ってくれているのだ。
無視する事などできはしない。
だから全て話を聞いた上で、落ち着いてもらわねばならないが……さて、なんと言えばいいだろうか。
とりあえず、それを考える時間はたっぷりとあった事はここに記しておく。
なにせ、夕飯の時間までお説教は続いたのだから。
因みに、説教が始まって直ぐにリンディが来た様で、フェイト達はそれに着替え、遊びに行った。
リンディはその荷物を渡して直ぐに帰ってしまった様だった。
わざわざ来たからには、お茶くらい出しておきたかったが、仕方が無いだろう。
余談であるが、説教は夕飯の後も継続された。
夕飯の時間に解放される時、1度落ち着いたフィリスだったが、たまたま来ていた忍に、ノエルの夜戦仕様のテストについて話題を振られ、更に赤星がやってきて昨晩の話をしたのだ。
それが原因で、また深夜までフィリスの話を聞くことになった。
因みに、この日は高町家と月村家+フィリスでの夕食であった。
まあ、概ね平和な時間であっただろう。
フィリスの説教も平和な時間でしか聞けぬものだ。
その日の深夜、フィリスの説教からも解放され、フィリスを送り届けた後、今日は鍛錬を休むと約束してあるのもあり、直ぐに寝る事にした。
既に床に入り、明かりも消している。
その中で、恭也は少し考えていた。
(またフィリスには余計なストレスを与えてしまったな)
今日の説教は、いくらなんでも長すぎるものだ。
内容こそちゃんとしたものであったが、わざと回りくどく、時間の掛かる言い方もしていた。
その真意は、説教をしているこの時間ならば、恭也が無茶をする事はない、というものであろう。
つまり、恭也を安静にさせていられる口実……いや、実力行使だったのだろう。
(フィリスには負担ばかり掛けるな。
俺にできる事があるとすれば、その負荷軽減する事くらいだ)
フィリスに負担を、精神的ストレスを科し続けるのは既定事項だ。
これを逃れさせる事が出きる方法は唯一つ。
恭也がフィリスの下を去る事だ。
その去る手段は、幾通りかに分かれるが。
しかし、現状それはできない。
フィリスの様に信用できる医師を他に知らないし、恭也はまだ戦い続けなければならない。
だから、せいぜいできるのは掛けると決まっているストレスを軽減する事だけ。
(それも、どうしたものかな)
この事については、何度か考えている。
しかし、最近はそのストレスを増やす事ばかりしている気がする。
今日とて、本来は避けられたストレスを掛けてしまっている。
(全くもって俺は悪魔だろうな)
フィリスを悲しませているという自覚はある。
だが防ぎようも無く、いや、本当に防ごうなどとしていない。
(さて、それは一旦保留し、あの子達の事を考えるか。
後あの子達に教えねばならない事を)
戦闘の事だけではない。
これから人と接する上での事も含まれる。
戦闘の事に関連するが、戦う事を生業とする人との接し方ならば恭也が教えるべき事だろう。
そういった今後の教育方針を考える。
尤も、明日にでもリンディやセレネと相談せねばならない事ばかりなので、相談内容をまとめるという感じだ。
(それくらいか……)
意外と少ない。
そう感じた。
美由希の事も含めたが、もう恭也が教えなければならないという事柄は殆ど無い。
それは、教育者として恭也より有能な者、リンディ達と出会えた事が大きく関係しているだろう。
しかし、それ以上に大きいのは、なのは達は既に自分の足だけでも進んでいけるという事だ。
(ならば、後は……)
最後に浮かぶのはフェイト。
彼女に誓った言葉。
既にあの誓いは意味を果たしたのかもしれない。
だがそれでも、あの誓いを護り続けるのであれば―――
(やはり、俺にはこんな方法しか思いつかないな。
明日の午後にでも、さざなみ寮に行くとしよう)
恭也はそう考えをまとめ、眠りについた。
暫くは戦う予定の無い平和な日々が続くであろうが、戦わねばならぬ時というのは唐突に訪れるものだ。
だから、できるのであれば早く済ませておくべきだろう。
一夜明け、この日もいつも通りに起きた恭也。
朝の鍛錬も軽い体操程度に留めておく。
そうして、今日も家族で一緒に朝食を摂り、なのは達を見送った。
その後で、恭也は月村邸へと向かう。
ノエルに迎えに来てもらったが、そろそろ自分も免許を取るか、などと考える恭也だった。
「いらっしゃい」
「ああ、来たよ」
「今日はゆっくりできるの?」
「ああ。
夕方に1度さざなみ寮にいくつもりだが、それまでいいか?」
「勿論」
と言う訳で、今日は月村邸でのんびり過ごす事にする。
忍と話しながら、ねこをなでながら、お茶を飲みながら、ゆっくりと。
さざなみ寮への行く時間は朝電話をした所、夕方頃が都合がいいそうなので、そうなったのだ。
とりあえずは、その時間まではここで平和なひと時を堪能することにする。
その日の昼過ぎ。
アースラの艦長室でリンディは1人仕事をしていた。
既に引越しまで済ませてあるが、先のジュエルシード事件についてだけでもやるべき仕事は残っているのだ。
と、そこへ人がやってきた。
プシュッ!
「はーい、艦長、仕事ははかどってますか?
お茶をお持ちしましたよー」
一応仕事中であるのだが、本来必要な敬礼などを完全に無視して明るい声を室内に響かせるエイミィ。
その手にお茶と、砂糖の入った容器が載るお盆を持って。
「あらエイミィ、ありがとう」
「いえいえ。
ところで、今日は艦長もクロノ君もこっち来てますけど、家事とかってやっぱりセレネさんがやってるんですか?」
「ええ。
あの子も普段は見せないけど、乙女チックな能力は全部マスターしてるから。
それに、アルフも手伝ってる筈よ」
「そうですかー」
そんな話をしている間に、エイミィが持ってきたお茶にドバドバと砂糖を入れるリンディ。
エイミィはそんな光景はもう慣れているので、もう何も言わないし、特に反応も見せない。
と、そこで一呼吸置いて、エイミィは言った。
「ところで、まだまだあの家は部屋が余ってますけど。
恭也さんの部屋はないんですか?」
さらりと、自然に。
それは勿論フェイトと恭也の仲を考えてではなく、リンディと恭也の仲を考えての発言である。
そして、それが解らぬ程リンディは鈍感ではない。
「あらあら、なんで恭也さんが出てくるの?」
しかし、リンディは落ち着いている。
エイミィだからこそ、さらっとそんな事ができるが、普通なら爆弾を投下したのと同じなのに、随分素っ気無い返事である。
「だって、その方がいいんじゃないですか?
実家があるのは知ってますが、私みたいに部屋を用意する分にはいいんじゃないかな〜と」
「まあ、仕事を頼む上では確かにその方が便利よね。
でも、そう言う意味での家は別にあるのよ。
私もあの事件の間使っていた場所が。
因みに、あの家の場所は調書にも載せてないし、セレネもクロノも知らないわよ。
そう言う場所だから。
まあ、完全に向こうで暮らす事がメインのセレネにはいずれ恭也さんから伝わるでしょうけど」
あくまで、そこに色的な話を含まないリンディ。
とぼけている、と言うにしてもあまりに自然な対応である。
リンディをあまり知らない人なら、脈は無かったとすら思ってしまうかもしれない。
「クロノ君には教えないんですか?」
「クロノにも教えていいんだけど、多分あの子には必要ないから」
「そう言うものですか」
と、納得するエイミィ。
エイミィも一見誤魔化されてしまっている様にも見える。
だが、
「それで、まだ恭也さんをゲットしちゃう気はないんですか?
まあ、クロノ君も複雑でしょうから、慣らす期間も必要でしょうかね」
「貴方こそ、いい加減ちゃんと掴んだ方がいいと思うわよ?
アリサだけじゃなく、いい子達に囲まれる事になるんだから」
「まあ、そうなんですけどねー。
でも、私は多分大丈夫だと思ってるんですよー」
あくまで回答を求めるエイミィと、躱し続けるリンディ。
そんな会話が自然にできているので、場はあくまで明るいだけだ。
「それにしても、凄いですよね、恭也さん。
よくあんな人をゲットできましたね。
そう言えば、この前皆と話してたんですよ、艦長という職に就く人は、そう言う能力が必要なんだろうなーって。
艦長は、正に艦長向きの人なんですよね」
リンディをおだてつつ、攻勢であることを続けるエイミィ。
この話題は、話の流れとして出てきたものに過ぎない。
だが、
「そう? 私は艦長というか、人の上に立つには向いてないってよく言われるけど」
「えー、誰にですか?」
「私をよく知っている人によ」
「そうですか」
あくまで明るいまま、2人とも笑顔を見せたまま、そこで会話が1度終わる。
そして、エイミィはもう用件も終わっているので、部屋を出ようとした。
その扉の前で、
「でも、私は艦長が艦長でよかったと思ってますよ」
部屋を出る直前、この部屋に入ってから1度も見せなかった表情を一瞬だけ見せる。
いや、表情としてはあくまで笑顔だった。
しかし、その中でもエイミィにしては珍しい真剣なものがあったのだ。
天然気味で、突き抜けて明るいエイミィだが、本当に伝えたいという気持ちがそこにある。
プシュッ!
扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。
リンディは1度カップを傾け、喉を潤す。
そして1人、呟いた。
「ありがとう、エイミィ。
でも……」
先ほど見せていた筈の笑みは既に消えていた。
考えるのは先ほどエイミィがしつこく聞いていた恭也の事。
「私にはそんな資格がないのよ」
思い出すのは恭也にも事前に相談する事なく、1人でフィリスを訪ねた時の事。
どうやら気配で、あの事件の時一緒に居た者だと言う事は解った様だった。
それなら話が早いと、リンディはフィリスに名乗ったのだ。
「私は、不破 恭也を殺す者」
そう告げた。
自分がどういう者かを。
フィリスにとって―――いや、恭也の周りの人達にとってどんな存在であるかを。
剣というのは、手入れをしっかりしていれば、年月だけで壊れたりしない。
もし壊れるとすれば、それは戦いの時であり、更に言えば、
「担い手が、その使い方を誤った時」
故に、不破 恭也が死ぬ事があるとすれば、それは―――
ビー! ビー! ビー!
その時、室内にけたたましい音が鳴り響く。
これは緊急通信のアラームだ。
『艦長、レーダーにちょっと洒落にならない物が!』
通信を入れたのはブリッジに居るエイミィだ。
先ほど見せていた笑顔はなく、かなり慌てている。
エイミィとしては、かなり深刻にだ。
その後、直ぐにリンディはブリッジまで移動する。
丁度同時にクロノも到着したところで、他のクルーも順次座席に戻っていく。
「何があったの?」
「はい、先ほど、レーダーに次元航行をしてくる物体を捉えまして。
これが、その映像です」
ブリッジのスクリーンに映し出される映像。
それは次元航行という長距離の空間転移による移動をしてくる物体の映像で、殆ど影しか見えない。
しかし、
「これは……」
それでもそれが何かが大凡の見当がつく。
それ程の大きさで、特徴ある形で、そして何よりその数―――
ブリッジがざわめく。
「何故こんな所に……異世界調査船団」
異世界調査船団。
俗にそう言われているのは、ロストロギアの一種として認定されている、謎の飛行物体群だ。
ロストロギアが暴走するとその姿が確認される事があり、一定期間周囲を観察するように飛び、去っていく事からそう呼ばれている。
一応、その命名の中には、既に滅びたどこかの異世界が作った監視装置ではないかというのが有力な説であるからというのもある。
しかし、現在のところろくな情報がない為、その説を裏付けるものが無い。
何せ、出現するのはロストロギアが暴走を起こした場所であり、殆どの場合、調査船団に構っている暇などないのだ。
捕獲しようとした事もあるが、調査船という名には不釣合いな程の戦力があり、欠片を手に入れるのでせいぜいだった。
尤も、ちゃんとした戦闘準備をして、捕縛作戦を遂行できた事もないのだが。
「後5分程でこの宙域に出現します。
更に増援と思しき影も見えています。
まだ部隊規模の全容は解りませんが……大部隊と言って過言ではないかと」
報告するエイミィの顔に笑みは無い。
場を弁え、仕事に徹しているのだ。
「おかしいな、確かに調査船団はジュエルシードが現れた場所でも目撃報告があるが、ここでのジュエルシード事件はもう1ヶ月も前の話だぞ」
異世界調査船団は、そう呼ばれている通り、基本的に調査らしき事をして去っていく。
だから、手を出さなければ問題の無い物であり、時空管理局でもあまり危険視されていない。
尤も、謎が多いので、捜査指定もされているし、戦闘力からそれ相応の危険レベルを認定されている。
ただ、周囲に被害をもたらすかどうかという意味で、危険ではないと思われているのだ。
しかし、クロノが言う様に今ここに調査船団が来る理由は無い筈なのだ。
ジュエルシード事件は終わり、既に1ヶ月。
来るにはあまりに遅すぎる。
もし、来る理由があるとすれば―――
「艦長、もしや……」
「ええ、解っているわ」
2日前、恭也がジュエルシードに語りかけ、その返事があったというのはリンディにも報告がいっている。
その事は別に問題だとは思わなかったのだが、もしかしたらその時、まだここにジュエルシードが在るという情報が漏れたのかもしれない。
ミッドチルダの技術では、誤差程度の反応しかでなくとも、相手はロストロギアだ。
「エイミィ、この船団のエネルギー値は?」
「はい、過去のデータと照らし合わせますと、戦闘レベルと思われます」
「そう……」
あくまで仮説だが、この船団もジュエルシードを危険視しており、事件後も残っているという異例のジュエルシードを破壊、もしくは回収しに来たとも考えられる。
今まで調査だけだったのは、あくまでそのロストロギアが暴走した後の目撃例しかないからであり、もしかしたら人知れずロストロギアを破壊、もしくは回収もしているのかもしれない。
「この数だと、武装局員の部隊が後8部隊は必要ですね。
それか、このアースラを自爆させれば、もしくは……」
巡航艦アースラは戦闘艦ではない為、武装と言える物は殆ど搭載されていない。
オプションとしてつける事のできる武装は存在するが、今はないし、直ぐに取ってこれる物でもない。
それは、武装局員の部隊も同じ事だ。
とても調査船団の到着に間に合わせる事はできない。
ただ、クロノの計算は、現在のアースラにいる戦力を考えてのものだ。
アースラの戦力とは、正式な時空管理局の局員の戦力だ。
つまり―――
「……」
リンディは考える。
まだ戦わなければいけないと決まった訳ではない。
調査しにきただけかもしれないし、もしくはジュエルシードを差し出せばおとなしく帰るかもしれない。
だがしかし―――
「艦長、指示を」
クロノが告げ、クルー達もそれを待っている。
リンディは考えていた。
だが決断は早く、そして行動も迅速だった。
その頃、月村邸
穏やかな昼下がり、恭也は月村邸でくつろいでいた。
このまま眠ってしまいたいくらい雰囲気だった。
しかし、
「む……」
恭也は立ち上がった。
「どうしたの?」
半分寝ていた忍も気付いて起き上がる。
「ああ、ちょっと出かけてくる」
「そう。
いってらっしゃい」
忍に見送られ、行く先は外ではない、こう言う時の為にと特別に空けてある月村邸のある一室。
そこで恭也は待っていた。
恭也は、先の事件で使っていたシンクロシステムの影響か、リンディとちょっとした繋がりができている。
それは普段は意識しても何も感じないくらい弱いものだが、ある条件を満たすと通じるのだ、今の互いの状況というものが。
暫く、恭也はそこで待機した。
恭也の側からリンディに連絡を取る事はない。
呼べ、と言う風な意思も伝えない。
そんな事をする必要はないのだ。
シュインッ!
程なく、手元に八景が出現する。
なのは達の様な便利に持ち運べる武器ではない為に、特別に用意した転移システムだ。
条件を満たすと、自動でセイバーソウルの下に転移する様になっている。
そのシステムはセイバーソウルのチェーンに積まれているものだ。
キィィンッ! シュバンッ!!
そして、次に恭也自身が転移する。
離れている為、一瞬とはいかないが、必要な場所へと飛ばされる仕組み。
いや、向こう側としては呼び出すシステムで、『召喚魔法』に分類されるもの。
そうして、移動した先。
そこで、
「私の剣と盾。
そして、杖よ。
私に力を」
担い手が待っている。
必要とされ、呼ばれ、その力を振るえと。
「承知」
「了承」
「了解」
『剣』たる不破 恭也、『盾』たるセレネ・フレアロード、『杖』たるクロノ・ハラオウン。
3人がその空間に立っていた。
リンディが作り出した巨大な結界の中に。
目の前には多数の機械群。
背後にはアースラ、そして帰るべき場所。
リンディはここに立つ前に、アリサに対して、携帯電話でメールを送っている。
戦いが起こっている事を報せるメールを。
なぜそんな方法をとったかといえば、アリサがそのメールを見て、アースラに到着するには20分程掛かる。
もしそれまでに、このメンバーで活路を見出せなければ、来るだけ無駄であり、アースラを自爆する予定でいる。
だが、もしリンディが持つ力、その全てをもってこの場に光を見出せたなれば、その時は―――
「行きます!」
戦いの為のドレスに身を包んだリンディが杖を振り下ろす。
そして、それと同時に相手も動き出すのだった。
後書き
やっと完成しましたエピローグ2恭也編でしたー。
いやー、ホント時間掛かりすぎで、待たせいたしました。
時間が掛かった分、良い物としてできているかとか見られるのが恐ろしいですが……
ともあれ、何故かエピローグの癖に上中下構成な中となります。
2人の主人公が居た為、エピローグも2人のルートを用意しました。
そして、下にあたるエピローグ3ではまた合流する事になります。
エピローグなのに不穏の空気をかもし出してたり、危険そうな戦いが勃発してますが……
とりあえずハッピーエンド中に不幸が起きる様な事はありません。
さてさて、次がエピローグの下となり、最後になります。
次回もよろしくどうぞー。
そうそう、募集しておりました本編中の謎ですが、半分くらいはエピローグ3の内容に含まれる事になりました。
質問をされた方は3をお待ちくださいね。
管理人の感想
T-SAKA氏に恭也編のエピローグを投稿していただきました。
でもまだ続きますが。
中々に不穏な引きですが、きっと何とかなると思いたいですな。
しかし赤星強い。
恭也が神速使わないと避けられないレベルの剣速ってのはどれほどだろ。
竹刀で放ったら滅茶苦茶速くて重いんだろうなぁ。
彼が次の大会でどれくらいの位置に上れるかも楽しみなところですね。
まぁ相手が恭也じゃないから今回の話ほど力を出し切れるかはわかりませんけども。
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