輝きの名前は
これからのこと
聖祥大学付属小学校 屋上
夏休み間近というこの時期にやってきた2人の転入生、アリサとフェイト。
約1ヶ月ぶりに2人と再会したなのはは、昼休み、屋上で話していた。
このタイミングでの転入生であり、更に輝かんばかりの美少女2人が同時にクラスに入ったことで、今までロクに話もできていなかった。
だが、今は3人でお弁当を広げながら集まる事が出来た。
半ばアリサが強引にそうしたのであるが。
尚、本来いつも一緒にお昼の時間を過ごすすずかは自らこの場を譲り、今は傍に居ない。
「もう、ビックリしたよー」
既に再会の言葉は交わした。
それでクラスどころか学年中に、なのはと転入生は知り合いであるとバレている。
それに関しての質問攻めも熾烈を極めた。
アリサとフェイトは用意していた理由があったから良かったが、なのはの方は2人の言葉を聞いて頷くことくらいしかできなかった。
とりあえず、まずは今まで言う暇の無かった感想を口にするなのは。
「ごめんね、なのは」
「あ、驚かせようって事になったのはリンディが主犯だからね」
2人も苦笑気味だ。
両者とも、心情としてはもっと早くここへまた来る事を、なのはの学校に転入する事を伝えたかった。
尤も、これがちょっとしたサプライズであったのは確かだが、実際にそれが出来ない理由もあった。
事実として、1学期が終わる前の編入はこれでも無理矢理捻じ込んでやっと叶ったのだ。
その理由はなのはも知っている事であり、それが解決したからこそ、ここに2人が居るというのも解っている。
「それで、どうなったの?」
なのはとしては2人にまた会えたならば、それで十分と考えている。
しかし、この場に居ない人達の事もあるし、知る事ができるのであれば、やはり知っておくべきだろうとも考えている。
笑顔を止め、真剣な表情へとシフトするなのは。
それはアリサとフェイトも同様だ。
「うん、話すよ」
「やっと3人だけになったんだものね」
最初からそのつもりである。
伝えなければいけない事だ。
あの後、なのはと別れてからフェイトやセレネ達がどうなったのかを。
そして、今どうして自分達がここに居るのかを。
この先の未来を共にする友人に。
「ある程度は話した事で、既に知っている事もあるだろうけど―――
私達時空管理局はこの世界で言う警察と裁判所も兼ねているわ。
だから、事前にリンディからの報告もあって、セレネはその場で逮捕され、フェイトとアルフも拘束された。
そして、なのはや恭也がまだアースラに居た間にも捜査が行われていた。
セレネの自白とリンディの情報から、あの庭園の中の研究施設とかをね、裁判に必要な証拠を得る為に。
けど、それがまた、さすがリンディとセレネは手回しが良かったわ」
真面目な話をする、そういう場であり、2人としてもそのつもりだった。
しかし、今こうして話すと若干頭を抱えたい、と言うか、なんとも言い難い気分になってくるアリサ。
特に、訳あってリンディ達の裏工作を全く知らされずに捜査、裁判に参加したが故に思うところも大きい。
「私の検査も直ぐに行われたよ。
ただ、始めたのは直ぐだったけど、結果が出るまでには数日掛かったの。
更に、再検査も2回受ける事になって。
その結果は人間以外の要素、更に言うとミットチルダ人以外の要素が見当たらず、むしろ元が魔導生命体であった証拠が無いとまで言われた」
複雑なのはこの場合フェイトも同様だ。
どう検査しても人間である、というのは喜ぶべきところであるが、セレネの証言の事実確認ができないというのはちょっと問題になったのだ。
「あの研究施設の証拠もまあ見事に隠滅されていたわ。
良い意味でね。
セレネが製作した半自立型魔導生命体『フェイト』が存在したという証拠にはなったけど、2度と同じ技術を使えないように、肝心な部分が欠落しているのよ。
後でリンディに聞いたら、医療としては使えそうな部分は残してある、との事よ。
そこら辺は、また専門家にも見てもらって、破棄する内容ととっておく内容を選別するらしいわ。
でまあ、捜査の結果、セレネが今存在するフェイトの製作者であるという事は『そうらしい』というレベルの物にしかならなかった。
これ、裁判だと有罪判決を下すにはかなりマイナス要素なのよ」
「ただ、事実として大規模な次元震動が発生していて、ジュエルシードも絡んできている。
かなりの重罪は免れない」
当事者以外が知ることの出来る証拠は状況証拠のみで、後は当事者の証言。
怪しいレベルであるが、事が重大事態であるが故に、解決したという結果を作らなければならない。
仮にも大組織として存在する以上は、必要な事なのだ。
その為にも証言を信用し、セレネを犯人とするのは時空管理局としても都合が良い事だ。
「けど、動機はともかく、ジュエルシードを封印し、この世界を護ったという結果がある」
「そう。
実際ジュルシードを封印した数はフェイトの方が上っていうのも重要なポイントだったわ。
最後の方のジュエルシードでリンディの指示でフェイトが持っていたのもあるけど、アレはその為だったみたいね。
まあ、持っていたという事も私達の証言でしか解らない事だけど、口裏合わせる必要を無くしたんでしょう」
「そうだったんだ……」
当時はまだ戦いの後始末の事など考えず戦っていた。
けれど、大人達は最初から準備を着々と進めていたのだ。
やはり敵わないと、なのははまた思ってしまう。
「で、裁判の結果だけど……」
簡単にではあるが、途中経過はここまで。
いよいよ告げられるのはセレネに下された判決であり、フェイトの未来をも左右するもの。
息を飲んで聞く事に集中するなのは。
今ここに、悪かった訳がないという証拠である2人がいるとしても、緊張せずにはいられない。
「セレネ・F・ハラオウンは時空管理局に於ける地位を剥奪、時空管理局から追放。
今後一切時空管理局への復帰はできないものとする。
更にミッドチルダからも永久追放が確定。
フェイトの責任者となり、時空管理局の監視の下での生活が義務付けられたわ」
「それって―――」
アリサが淡々と告げる結果に立ち上がって何かを言おうとしたなのは。
しかし、その前にアリサによって止められた。
まだ続きがある、と。
「で、その監視をするっていうのは提督であるリンディ、執務官であるクロノ、そして補佐として私。
尚、フェイトに関しては立場上はハラオウン家の養子扱いになってるわ。
鬼籍になっているアリシアの戸籍を戻したり、新しく戸籍を作るよりも、誰かに付属させた方がいろいろと都合が良いからっていう理由でね。
私が口を挟むより早く手続きが完了してたのよねぇ」
「ああ、それでなんだ」
フェイトは自己紹介の時、フェイト・T・ハラオウンと名乗った。
その時も若干疑問を持ったが、アリサはアリサ・B・ハラオウンと名乗り、姉妹であるという紹介になっていたので、何か理由があるのだろうとは考えていた。
「まあ、養子と言う事にはなってるけど、フェイトに何か問題が起きたらセレネの責任になるわ。
それで、ミッドチルダを追われたセレネがいける場所は少なく、まあ、ここでいろいろと面倒な手続きはあったんだけど、この星になったの。
セレネを監視する私達も一緒に居なくちゃならないし、それにジュエルシード事件の後始末もあるから、審査も通ったのよ」
そう言って続きを笑みを浮かべながら告げるアリサ。
紙面上にある結果と事実は違うのだと、そう伝えながら。
つまるところ、裁判の結果は家族で固まっている事、というものだ。
元々それを望んでいたハラオウン一家にとって、それはむしろありがたいとすら言える。
フェイトの養子の件にしても、『都合が良い』という理由でフェイトには事後承諾となっていたが、それも本人達にすれば問題となっていない。
「セレネとしては、アリサまで時空管理局に入ったいじょう、内部に居るより外に居た方が都合がいいって考えてたみたい。
フリーになった方が動きやすいってね」
「そ、全部計算尽くで、完全にセレネが望んだシナリオだったみたいだわ。
まあ、唯一セレネの予想を外した事があるとしたら―――ミッドチルダへは墓参りに限っては許された事かな」
「セレネ、『どんな顔で父さんの墓の前に立てというのだ?』って口に出さなくても解る様な、凄く困った顔してたよね」
「アレは絶対リンディの仕業だわ」
今はもう過ぎた事とは言え、フェイトも自分の処遇も左右する裁判を思い出して笑う。
確かに重大な罪を犯した犯罪者となったセレネであるが、その実、判決は全くセレネを束縛するものではなかった。
それどころか、監視という義務の名の下であっても、家族が共にいられる、家族としてもう1度始められるのだ。
未来がどうなるかは解らないが、きっとそれは良い事にできる筈。
「そうなんだ」
やっとなのはも緊張を解く事ができた。
同時にアリサとフェイトが感じているのと同様に、あの大人達にはまだまだ敵わないという気持ち強くなる。
見かけ上の形に囚われず、本当に望む姿を実現してしまう人達に。
「そうそう、久遠の方へはアルフが行ってるって。
今頃は説明も終えてアルフは家の引越しの手伝いをしていると思うけど」
都合上、久遠の方が先に説明を受けた事になるが、まあ、それは仕方の無い事。
それになのはもそんな事は気にしないし、それよりも久遠にもちゃんと伝わっているという事実の方が大切だ。
「それで、なんだけど。
リンディ達の計らいで、今日からこの学校に通う事になったわ」
「よろしくね」
あの戦いの後始末の話は終えた。
だから、アリサとフェイトは改めて、今日から同じ学び舎に通う者として、手を差し出す。
「うん」
普段よりもまして、本当に輝いて見える程の笑顔でなのはは答えた。
2人の手をとって3人で輪となり、これからはずっと一緒だとここに誓うのだった。
放課後
昼休み後もクラスメイトどころか学校中から注目の的だったフェイトとアリサ。
質問攻めからやっと解放されたのは下校の時間になっての事であった。
ややお疲れの2人と共に、なのはは彼女達の家へと向かう。
まだ再会していない人もいるし、聞かなければならない話もあるからだ。
「あ、やっぱりここなんだ」
駅に近いバス停で降りて、少し歩いた場所にあるマンション。
そこはなのはにとっても既知の建物だ。
「まあ、セレネが既に買った場所だしね」
「ここ1ヶ月の管理は恭也がしてたって。
家は長い間人がいないと痛むから、定期的に掃除もしてたみたい。
後、いろいろとあった必要な手続きも全部恭也がやってたって」
「そうなんだ」
あの事件後、恭也は家に戻ったが、毎日の様に出かけ、数日戻らない事もあった。
隠す事もなく、というよりも隠す事ができない程多忙で、書類の仕事を含めてこの世界での後始末に追われていた。
兄がそんな様子であった為、その多忙だった中にこのマンションの事が含まれていたとしてもなんら不思議ではない。
ただ、
(部屋のお掃除くらいなら、わたしとくーちゃんでもできたのになぁ)
あの事件の後始末に関しては、なのはは管理局から調書を作るための証言を行ったくらいで、他には何もしていない。
管理局側の仕事はなのはに手伝える事ではないし、恭也がしていた様なこちら側の後始末も手伝える事はほとんど無かっただろう。
一応手伝える事は無いかと聞いたこともあるが、はぐらかされてしまったのだ。
「まあ、まだ片付けは終わってないかな」
「アルフとエイミィの私室を用意して尚部屋が余るからねぇ」
引っ越してきたのは今日だと、既に聞いている。
なのはに引越しの経験はないが、家の荷物を全て移動させ、再びセッティングする苦労はだいたい想像がつく。
尚、アルフの私室に関しては、フェイトは同室でよかったらしいのだが、衣類を始めとする私物を収納する関係で形上は別室となっている。
「エイミィさんもこっちに住むの?」
エイミィとは先の戦いの間も、この1ヶ月間も、通信で声を掛けられたくらいで、会話らしい会話もなかった。
その為、なのははエイミィとハラオウン一家との関係もまだよく解っていない。
「どうかしら?
ここに住みたいとは冗談半分で言ってたけど。
クロノがここからの通いになるから、本気で住む可能性もあるわね。
まあ、引越しの手伝いに来てる筈だから、直接聞いてみましょう」
そうこうしている間に部屋の前につく。
自動でロックが掛かる様になっている玄関の鍵を開け、1ヶ月ほど前にも何度か着た部屋の扉を開ける。
「っと、ただいま、かな」
「……ただいま」
アリサは思い出し、フェイトは少し躊躇ってから帰宅を告げる言葉を発する。
そして、
「おかえりなさい」
迎えてくれる家族。
この場所はハラオウンの一家、そして新たにハラオウンの家族になったフェイトにとっても、本当の意味で帰るべき家となったのだ。
『ただいま』という言葉はなのはにとっては当たり前である言葉であるが、長らくそういう場所を持たなかったアリサとフェイトは、何かを思いながら口にし、答えたリンディの笑みも特別な意味を持っている様に見える。
(そうだね。
当たり前っていうのは幸せな事なんだよね)
それを一歩後ろで見ていたなのは。
あの戦いの末に手に入れたもの、それがこれなんだと思いながら。
「なのはさんもいらっしゃい」
「おじゃまします」
出迎えてくれたリンディはピンクのエプロンをつけ、穏やかに微笑んでいる。
アリサとフェイトの帰宅に見せたものとは別の何かを思っているのかもしれない、少し瞳にそんな色が見えた気がした。
「ごめんなさいね、まだ片付いてなくて」
「いえ、お手伝いします」
「いいえ、それはいいのよ。
それよりも、なのはさんにはお願いしたいことがあるの」
まだ玄関先で、なのかからはリビングが見渡せるだけであるが、片付けはまだまだ終わっていない様子だ。
おそらくは恭也の手回しだと思うが、こちらの世界製と思われるダンボールがまだ沢山転がっていて、未開封のものまである。
リビングに他の人は見当たらないが、各部屋の方に居るのかもしれない。
大きい物の移動は終わっている様だから、後は各部屋の内部を含めた小物の配置だと思われるし、それならばなのはも手伝える筈だった。
しかし、それよりもなのはに頼みたい事。
それはなんだろうと、少し考える。
が、なのはが思いつくよりも、リンディが答えを言うよりも早く、2階部分にある部屋から人が出てきた。
「準備はできたぞ」
そう言いながら出てきたのは、外出用のサングラスを掛けた不破 恭也の姿だった。
あの戦いの以後、兄恭也の左目は本人の目のまま、その姿と機能を変化させていた。
瞳孔がまるで肉食獣のそれの様に、一番身近な例でいえば猫の目の様な形となり、瞳の色も元の黒とは少し違う色になっていた。
そして、光を捉えなくなった、つまりは失明してしまったそうだ。
だが、その代わりに別のものが見えるらしく、ミッドチルダの見解では『魔力』が、退魔師の見解では『霊力』、『魂』が見えているらしい。
詳しい話はなのはでは良く解らないし、そもそもミッドチルダの医療でも、こちらの世界の医療でもそうなった理由がサッパリ解らないそうだ。
恭也が何か隠している可能性もあったが、どうやらそれも無いようで、未だにはっきりとした答えは出ていない。
兎も角、兄恭也は今では左目を失明した代わりに、本来目では見えない物が見えている。
剣士としては片目の失明は重大な損失だが、その代わりに得たものが元と同等かそれ以上の利用価値がある為、恭也の戦力は落ちていないとのこと。
だが、日常面では問題になる。
どう見ても人間のものではない目である為、外には失明したとして、見せない事にしている。
一応ミッドチルダの幻術とこちらの霊能力の幻術で、二重に人間の瞳と変わらない様に見せかけつつ、常時目を閉じ、更に外出時はサングラスを掛ける事でガードしている。
尚、この瞳がどうなったかと言う事も含めて家族と親しい者には話しており、家では長女的存在であるフィアッセがまず『失明した』と聞いた時に大騒ぎしていたのをなのはも覚えている。
「……?」
恭也の姿を見て2、3秒後、疑問符を浮かべる事になるなのは。
見ればフェイトとアリサ、それにリンディも同様だった。
が、リンディは1度溜息を吐くと、
「じゃあ、お願いね」
「了解」
2人だけでなにやら言葉を交わす。
その後、
「私達も準備できたよー」
「いつでもいいよー」
違う部屋から久遠とアルフが姿を見せた。
久遠は大人形態で普通の服に帽子付き、後に聞いたがリンディのものらしい。
アルフも人型で、1ヶ月間の時に着ていたバリアジャケットでもある服とは別の普通の服を着ている。
こちらはアルフの私物らしい。
「あ、なのは、久しぶり」
「アリサ、フェイト、久しぶり」
「アルフさん」
「久遠、久しぶり」
「お久しぶりです」
それぞれまだ再会を果たしていなかった相手と挨拶を交わす。
だが、ゆっくりと話すよりも、まずやるべき事がある様だ。
「アリサとフェイト。
帰ってきて早々悪いけど、先に高町さんのところに挨拶に行ってきて」
「挨拶?」
この場合、引越しの挨拶である事は解っている。
同時に、なのはの友達として顔を見せておく必要もあるだろう。
「ええ」
「ああ……そうね。
私は特に必要よね」
だがそれよりも、アリサは礼儀の問題として高町家の人々、特に家長である桃子には挨拶をすべきであると気付いた。
何せ事情があるにしろ、アリサは1ヶ月ほどなのは以外の人には無断で高町家で寝泊りしていたのだから。
その事情は話せないが、今度こそちゃんと顔を見せて挨拶に行くくらいの事はすべきだろう。
「私はまた後日改めて行くから。
その後は遊んできていいからね」
「え? でも引越しの手伝いは?」
「もう殆ど終わっているから大丈夫よ。
それに、折角再会した日に引越しの作業をするのもなんでしょう。
1ヶ月前ではできなかった事をしておきなさい」
いつか外で遊ぼうというのはなのは達だけでの約束であり、話した覚えは無い。
だが、それくらいの事はリンディ達にも判る事だろう。
「うん、じゃあそうするわ」
「あの、ありがとうございます」
「いいのよ。
それで、なのはさん、付き添いをお願いできるかしら?」
「はい」
なのはとしても、新しい友達を母桃子に紹介したいと思っている。
手伝いもしたいと思っていたが、今はその気持ちの方が勝っていた。
「あ、それから、レイジングハートを預かっていいかしら?
検査するから」
「はい」
あの事件以来、取調べの時にも検査として渡したくらいで、ずっと身に着けていたレイジングハート。
因みに裁判と平行して、レイジングハートは正式になのはの持ち物となっている。
ジュエルシード事件の報酬という意味もあるが、それ以上にこれから何かあった場合に協力を要請する可能性があるからだ。
既にこの星はジュエルシードの事件に巻き込まれ、ミッドチルダからも注目を集めている為、また何らかの事件に巻き込まれる可能性がある。
その場合、この星の住人であるなのはの手助けを得られる事は大きいという判断だ。
ともあれ、正式になのはのパートナーとなっていたレイジングハートを久々に手放す。
外すと若干胸の辺りが心許ない気はするが、レイジングハートが無ければ何も出来ない訳ではない。
「じゃあ、またね、レイジングハート」
『Yes, Master』
この世界では滅多に使ってあげる事ができない会話機能。
家の環境の問題上、なのはの私室ですらほぼ使えないのだ。
それを挨拶で使い、なのははレイジングハートはリンディに手渡した。
「明日には返すからね」
リンディは受け取ったレイジングハートを大切に扱う。
魔導師にとってデバイスは半身とも言える物。
それを預かるのだから、魔導師として大切に扱うのは常識であり、当然の礼儀だ。
なのははそれを理屈ではなく、感覚として既に理解している。
「では、行くとしよう」
「行ってきまーす」
「はい、いってらっしゃい」
そうして、なのは達は6人で家を出て翠屋へ向かう事になった。
余談だが、この時アリサもフェイトもデバイスは検査の為持っていなかった。
デバイスは、魔導師であれば普通常時持ち歩いているのがむしろ自然であるが、今日は3人共、デバイスを持たない普通の女の子として外出するのだ。
翠屋
バスで移動し、翠屋までやってきたなのは達。
学校の制服3名と私服の若い女性2人とサングラスの若い男という若干妙な組み合わせだが、特に問題なく到着する。
そして、なのはを先頭に店へ入る。
「いらっしゃいませー。
あ、なのは、と恭也。
それに……久遠?」
出迎えはフロアチーフでもあるフィアッセ。
店内は時間的にやや混んでいるが、余裕が無いという程ではないだろう。
「フィアッセさん、こんにちはー」
「はい、こんにちは。
ところで、そちらは? 同じ学校の子も居るみたいだけど。
それに久遠、そのモードで外を歩いてるのは初めて見たよ」
なのはの後ろに居るフェイト達と久遠を見るフィアッセ。
フェイトとアリサはまだ制服なので、同じ学校である事は一目瞭然だ。
因みに、久遠の大人モードは高町家関係者各位には知られている形態の1つだ。
尤も、燃費の問題もあり、滅多な事ではならない為、フィアッセのように1度見せてもらったきり、という人も多い。
実の所、本来の住処であるさざなみ寮の住人、本来の主人である那美もそう滅多に見られる形態ではなく、この形態を見ている時間に関しては、先月までの戦いの事もあり、なのはが最も長いのは間違いない。
因みに、なんで大人モードかと言うと、
「この状態維持の練習なの」
との事である。
なのはは移動中に説明を聞いている。
どうやら同じ様に変身するアルフから燃費が悪くなりにくい変身方法を伝授してもらったらしい。
1ヶ月前から練習はしており、今日再会した事で改めて情報交換を行い、実践に移したそうなのだ。
因みに、燃費は良くなったらしいが、それに伴い戦闘力は封印状態と大して変わらなくなるとのこと。
アルフはそこからの即時戦闘用に移行できるが、久遠はまだ再変身とう工程が必要になるらしい。
「うん、わたしの新しい友達なの。
インターネットの掲示板で知り合って、先月にも何度か会ったんだけど、今日からこっちに引っ越してきて、一緒の学校になったの」
これが、アリサ達がでっち上げたなのはとの既に知り合っている理由だ。
なのはがパソコンを含めた電子機器に詳しく、高町家においては誰よりもパソコン及びネットワークに詳しいのはフィアッセも知っている。
そして、高町家ではなのは以外はほとんどパソコンにも触らない為、嘘だと見分ける事もなく使用できるものだ。
尤も、高町家内部でも先月なのはが何かしていた事は、詳しい事情までではないが知られてしまっている為、本来なら高町家の人間には必要の無い嘘だが、間接的に外に出る時の事も考えて、敢えて嘘を用いている。
余談ながら、実は恭也もパソコンとネットを使え、先の事件の事後処理にも活用していたのだが、知っているのはなのはくらいだったりする。
「あら、そうなの。
私はフィアッセ・クリステラ。
よろしくね」
「フェイト・T・ハラオウンです」
「アリサ・B・ハラオウンです」
「私はアルフ・T・ハラオウン。
この子達の付き添いだよ」
互いに名を名乗るフィアッセとフェイト達。
因みに、今アルフが告げた名前はこの世界の社会で使う名前である。
フェイトとアルフは、姉妹であり、姉妹一緒にハラオウン家の養女になったという事になっている。
余談ながら、アリサも養女として登録されており、血が繋がっていない事も書類上には記載されているのだ。
だが、それでも家族としてある事には変わりない。
「ちょっと待っててね、桃子呼んでくるから」
奥にいる母桃子を呼びに行くフィアッセ。
それから程なく桃子が出てくる。
「なのはー、新しいお友達ができたんだって?」
それからまた母にフェイト達を紹介するなのは。
そうして少し話した後で、桃子は一緒についてきている恭也へと目をやった。
「ところで、恭也は付き添い?」
「ああ。
この後は忍のところに行く予定だしな。
ついでだからケーキを買って行く。
なのは達はどれがいい?」
なのはとしてもすずかの所に行くつもりだった。
すずかにもフェイト達の事を改めて紹介したかったからだ。
「いいんですか?」
兎も角、兄がケーキを買うという事で、フェイト達と一緒にケーキを選ぶ事にする。
なのはは知らなかったが、フェイトとアルフも一度翠屋のケーキを食べた事があるらしいが、全員一応初めてというフリはしておく。
尤も、店まで来た事があるのはアルフ1人なので、わざわざ改めて演技をする必要も無いのだが。
「はいはい、ちょっと待っててね。
恭也は?」
「では、これを」
と、最も甘さ控えめのケーキを指す。
「はーい。
……ところで恭也、今日何か変じゃない?」
全員の要望が出揃い、ケーキを箱に詰めながら、母桃子はそんな事を言い出した。
更に、
「そういえば……」
隣に並んでいたフィアッセも同様の事を感じていた様だ。
だが、それはなのはも予期していた事、だから適度な間をおきつつ、言った。
「あ、気にしないで。
おねーちゃんも。
ちゃんと理由があるから」
桃子、フィアッセに加え、振り向きながら、恭也の背後に立っていた美由希の行動も止める。
接客の仕事に入っていた美由希は、なのは達がこの店に入ってから少しして、音も無くその位置に移動していたのだ。
「え?」
「あ?」
「お?」
「ん?」
なのはが振り向き、美由希に声を掛けた事で、フェイト達4人は美由希の存在に気づき、驚いている様子だった。
美由希は気配も消していたので、フェイト達ですら気づいていなかった様だ。
「そう? なのはが言うならいいけど……
それにしても、なのは、よく気づいたね」
「まあ、伊達に9年間も妹をしてませんから〜」
「そういうものかな?
あ、なのはの姉の美由希です、よろしく」
美由希は、なのはが気づいた理由にはあまり納得できていない様子だが、この場はとりあえずフェイト達に軽く挨拶をして、接客に戻っていく。
そんな後ろ姿を見ながら、アリサが念話で話しかけてきた。
『流石恭也さんの妹で、なのはのお姉さんね。
全く気付けなかったし、隙がないわ』
驚きは表にあまり出さなかったアリサであるが、どうやら本当はかなり驚いていた様子。
戦闘もこなす者として、簡単に接近を許したのは、本来あってはならない事でもあるからだろう。
『あ、今はダメだよ。
お姉ちゃんもそうだけど、フィアッセさんにも気づかれちゃう』
『あっと、いけない』
アリサの感想にちゃんと答えたいなのはであったが、念話の中止を訴える。
何せ、フィアッセはHGS能力者であり、人の心を読もうと思えば読めるのだ。
今はリミッターも掛かっているから大丈夫な筈だが、能力制限以上に、カンが鋭いというのもある。
「ん? なのは、どうしたの?」
「うんん、何でもないよ」
と、言っている傍から何かに感づいた様だが、そこは無難に躱すなのは。
1ヶ月前の事は実は周知の事だったとはいえ、その時の経験は活きている。
残念ながら、今後も詳しい事情は話せないので、これからもこうして誤魔化す機会もある事だろう。
「はい、できたわよ。
気をつけてね」
「うん」
母達に友達の紹介を済ませたなのは達は、次に月村邸へと向かう。
尚、移動手段はノエルの車となる。
どうやら、なのは達が知らぬ間に手配はしてあったらしい。
普通乗用車に大人4人、子供3人は無理である為、久遠は狐になって乗る事になった。
それでもフェイトはアルフの膝の上に乗る事になり、本当は良くないのだが、今回はこんな移動手段となった。
月村邸
車は正面玄関の前で止まり、屋敷からすずかが駆け寄ってくる。
どうやらノエルが車で出てからずっと待っていたらしい。
「なのはちゃん、いらっしゃい」
「すずかちゃん、おじゃましまーす」
車から降りて、駆け寄ってきたすずかと手を取り合うなのは。
そのまま抱き合わんくらいの勢いだ。
最近、前にも益して仲の良いこの2人。
それというのも―――
シュバンッ!
車から降りて、周囲に人影がない事を確認すると、直ぐに節約大人モードに変身する久遠。
尚、着替えも、着替えを持って変身すれば、変身のプロセスに割り込ませられるらしく、1発で普段着の姿で現れる。
「すずか」
「久遠ちゃんもいらっしゃい」
そう、もうすずかも久遠の秘密は知っている。
久遠だけではない、なのはの秘密とすずかの秘密、全て互いに明かしあったのだ。
あれは、ジュエルシードとの決戦から1週間程が過ぎた休日の事だった―――
その日、なのははすずかに呼ばれ月村邸に来ていた。
大切な話がある、という事で。
なんだろう、とは思いつつも、呼ばれるままにやってきたなのはは、緊張した様子のすずかと月村邸の裏庭に移動した。
そして、暫く無言で歩いた後、意を決したすずかは告げた。
「なのはちゃん、私ね、人間じゃないの」
大切な話である事は既に聞いている事。
それに、それが冗談の類ではない事はすずかの目を見れば解る。
しかし、流石のなのはも、この言葉を聴いた時には直ぐに意味を理解する事はできなかった。
「えっと……それは人間の定義とかの話が……
うんん、そうじゃなくて、あの、どういう風になの?」
普通の子供よりも遥かに高い経験を積んでいるとはいえ、少し混乱するなのは。
そんななのはに、すずかは答えた。
「こんな風にだよ」
そう言葉が聞こえた後、すずかを見れば、元々の青から紅へと色を変えていた。
更に、
タッ!
次の瞬間、すずかが跳ぶ。
だがその跳躍、なのはと3m程離れた正面にいた状態から、やや助走をつけたとはいえ、なのはの真上を飛び越えた。
並みの人間、それも小学生なら、まず不可能な動きだった。
更に、
スッ!
ガッ!
なのはの背後に回ったすずかは、なのはの首元に牙を立てた。
それだけではなく、音と感覚から血を吸われているのだと、まだ少し混乱したままのなのはにも解った。
「なのはちゃんの血、おいしいね」
背後から耳元で囁かれる。
その声は3年間友達として付き合っていながら、1度も聞いた事のない艶のある声だった。
最後にすずかは傷口を舐め、なのはを離した。
「……血を吸ったの?」
「そう。
私は一般的に吸血鬼なんて呼ばれている存在。
正式には『夜の一族』って言うんだ」
なのはは振り返り、再びすずかと向き合う。
血を吸われた場所に手を当てると、既に出血は止まっている。
後で鏡を見れば解るが、もう傷口は解らないくらいに塞がっているのだ。
「じゃあ、体育の時とか、運動能力が凄いのも?」
「ええ、私達は並みの人間よりも遥かに運動能力が高いから」
「太陽とかニンニクは大丈夫なの?
昼の時間でもこうして外にいるし、確かニンニクを使った料理とかも食べてたと思うけど」
「昼と夜は、夜の方が力が出やすいけど、昼に弱るって事はないよ。
太陽で灰になるのは人間が作り出した幻想の吸血鬼での話。
ニンニクは……私達は感覚も普通の人間より鋭いから、苦手な人は逃げ出す程苦手だけど、平気な人は平気だよ」
「変身とか、魔術は使えるの?」
「私は魔術とかはまだほとんど使えないけど、記憶を消したり、人を操ったりする事はできるよ。
変身は、魔術を極めたら出来るって話は聞くけど、できる人は知り合いにはいないな」
「そうなんだ……」
すずかの話を聞いて、今まで不思議に思っていた事が氷解していく。
身体能力の事もあるが、友人として付き合う上で、たまに不思議に思う様な事があったのだ。
既に混乱からも立ち直り、冷静になっている。
実際血を吸われ、すずかが吸血能力を持った種族である事は疑いを持っておらず、信じている。
だが、それでも話を聞いていても納得するだけでそれ以上の事はない。
「……なのはちゃん、随分冷静だね」
普通、ただ話を聞くだけならば兎も角、実際に血を吸われ、人外の力を見せられれば恐怖するものだろう。
しかし、なのははそれでもいつものなのはだった。
それには拍子抜けというより、すずかの方が不安になってくる。
「そうかな? 十分驚いてるつもりなんだけど。
でも、うん、今まで少し不思議だったのが解ったよ」
「……それだけなの?」
すずかはただただ驚くだけだった。
何度もシミュレートし、最悪の結果を考えては、してはいけない手段に手を染める自分しか想定できず、嘆いていたのだ。
それなのに、なのはは全く予想していなかった反応を見せたのだ。
「あ、そうだね。
大切な事があった」
思い出したようにそう言って、改めてすずかを真っ直ぐに見るなのは。
それには驚愕していたすずかもすぐに身構える。
そして、次にくる言葉を想定し、心の準備もする。
すずかにとって最悪の答えも含めて。
しかし―――
「すずかちゃん。
これからも友達でいてくれますか?」
なのはは、微笑みと共に手を差し出した。
すずかが来るのをただ待つだけの姿勢でもなく、手を掴みに来る様な体勢でもない。
ただ、なのはとすずかの間にあった距離の中間に手を置き、すずかの答えを求めている。
なのはの側からそれを行ったのは、今まで隠してきた事を明かすという事は、何らかの変化が起きるという事。
今までの関係を見直さなければならないという事だ。
そう考えた末、自分の意思をここに示したのだ。
「……え?」
すずかは今度こそ、何も考えられなくなるくらい驚愕した。
何故なら、それはすずかが言う筈だった言葉だ。
驚き、怖がられるだろう相手に対し、それでも友達でいてくれるかと、願う様に聞く筈だった。
それを、なのはは自分から聞いてきたのだ。
本来、聞かれる筈の立場でありながら、それも、あくまで対等でありたいという意思を持って。
「なのはちゃん……いいの? わたしは……化け物なんだよ!」
自然と涙が出て、声が震える。
夢にも思わなかった現実が、今ここにある事があまりに衝撃的で、本来言える筈のない言葉が出てきてしまう。
「すずかちゃんは、すずかちゃんだよ」
そんなすずかに対し、なのははただ微笑み、答えも求め続けていた。
答えを意味するその手は、すずかにはかすんでみえた。
あまりに輝いて見えたから。
「……ありがとう……なのはちゃん」
すずかはなのはの手を取った。
これからも変わらず―――いや、これからはもっと良い友達である為に、対等の意思をここに示した。
そして、最後の質問をする。
既に答えは聞いたも同然だが、それでも大切な最後の儀式。
「なのはちゃん、私達夜の一族を知ったらね、選んでほしいの。
忘れるか、それともこの事を知ったままでいるか。
そして、もし忘れないでいるならば、この秘密を護ると誓って」
「うん。
すずかちゃん、わたしは忘れない。
すずかちゃんと友達である為に、わたしはこの秘密を護り続けると誓います」
すずかの手を両手で取り、祈る様な形でなのははここに誓いを立てた。
これから、母にも内緒にしなければいけない事が増えたが、それでも、なのははすずかという友達を得る為ならばと、秘密を持つ事を選んだのだ。
「ありがとう、なのはちゃん」
誓いが終わると、すずかはなのはに抱きついた。
3年間考え、1ヶ月近くは本当に悩んだけれど、自分の想像力の乏しさを笑ってしまうくらい、良い結果に終わった。
だから、もう自分の中で組み立てていた順序も忘れてしまっていた。
「ありがとう、すずかちゃん。
話してくれて」
すずかを抱き返し、なのはも嬉しくなる。
しかし、その言葉には否定の言葉が続く事になる。
「でも……ごめんね、すずかちゃんが秘密を話してくれたのに、わたしは秘密を話すことができないの」
「え?」
すずかの抱擁を抜け、もう一度少し離れた対峙状態となる。
すずかの幸せな気持ちを邪魔するのは気が引けたが、それでも、対等である為にはなのはもしなければいけない事がある。
「気づいていると思うけど、私は先月の1ヶ月間くらいの間、皆には内緒にしなければならない事をしていたの」
「うん、それは、知っている」
「でも、その事はある世界との約束ですずかちゃんに話してあげる事はできないの」
ジュエルシードから始まる魔法やミッドチルダの世界の話は、時空管理局というミッドチルダを代表する組織との約束で人に話す事はできない。
すずかの一族というある意味で世界で決まった秘密であるが、それは条件を持って解除され、今なのははそれを聞く事ができた。
しかし、なのはの魔法の話は、なのはの一存では決める事はできないし、考えるまでもなく、そう簡単に話せる様になる事ではない。
何せ、この星の同じ大地の上で暮らす命の間と、異世界との間の約束ではスケールが違うのだ。
勿論、夜の一族の決まりが取るに足らない小さいものだとは言わないし、すずかの決意はなのはにとっては異世界のルールなどでは縛れない大切なものだ。
だからこそ、なのはは続けた。
「うん、でもね、そうだな……要はこっちの人間に見られたり知られたりしなければ良いって言う約束だったの。
だから―――
ねえ、レイジングハート、アレなら普通の人には見えないよね」
『OK,Master』
フッ!
レイジングハートが応え、次の瞬間、すずかの目の前からなのはの姿が消える。
「……え?」
なのはが言いたい事がまだ解らず、更に突然響いた聞いた事の無い人の声に驚く暇すらなかった。
夜の一族として普通の人間よりも高い動体視力を持つすずかが、なのはの姿を見失った。
なのはが、高速で移動したのだというのは解った、しかし、それ以上の事が解らず、ただ目の前にはなのはが跳んだ衝撃で地面に生えていた草の一枚が舞っているのが見えるだけ。
そこへ、
シュバンッ!
その宙を舞っていた草の葉を、突然桃色の光が貫いた。
その速度、夜の一族の動体視力だからこそ捉える事ができたが、一般人ではまず見る事はできないだろう。
光が貫いた草の葉には、小さな穴が開いており、実際に何かの力で貫かれただという事が解る。
ザッ
その後で、すずかの背後で着地音がして、振り向けばそこにはなのはが立っていた。
右手には紅い小さな宝玉を持っているが、何事も無かった様にそこに居るのだ。
「と、こんな感じなの。
ごめんね、こんな事しかできなくて」
全容を話す事ができないなのはができる精一杯の秘密の開示。
実は、ミッドチルダと秘密の約束は、その内容を何度も確認し、出来るギリギリの事は確認していたのだ。
約束は守るからこそ約束であるが、抜け道を探し、守りつつ出来る事をするのは悪い事ではない、とは兄から聞いた言葉である。
「ううん。
ありがとう、なのはちゃん」
少しの間驚いていたすずかだが、すぐに笑みを見せ、もう一度2人は抱き合う。
これで、本当に互いの間には秘密はなく、対等な関係の友達であれると。
そうして暫くして、
「なのはちゃん、ファリンやノエルさんの事も話すね」
「うん」
夜の一族と関わり、秘密事項だったファリン達の事を明かす為、移動しようとした2人。
だが、裏庭から表にまわったところで、
「あ、終わった?」
移動しようとした先には忍が待ち構えていた。
いや、忍だけではない、ノエルとファリン、それに恭也、更には狐モードの久遠の姿もある。
「お姉ちゃん! それに恭也さんも。
……それに、なんで久遠ちゃんが?」
勢揃いといえるメンバーで待ち構えていたのに驚くすずか。
それもまあ当然なのだが、驚くのはこれからだったりするのはまだ知らない。
「なのはちゃんとの話が上手くいくのは解ってたから、準備をね。
すずかにはちょっと驚いてもらう事になるけど」
立ち聞きしていた訳ではない。
そんな事する必要が無いからだ。
ただ待っていたのだ、恭也と忍にすれば当然の結果として2人で並んでここに来るのを。
そして、
シュバンッ!
久遠が狐モードから子供モードへと変身する。
「今まで黙ってて、ごめんね。
改めて、久遠です、よろしく」
子供モードになった久遠はすずかの前に立つ。
そして、今まではできなかったちゃんとした挨拶をする。
「……えーーー!」
それには暫く呆然としてから驚きの声を上げるすずか。
夜の一族である為、そういう存在が居るというのは知っている。
だが、今までたまになのはが連れてきていた仔狐がそれだとは、流石に驚くしかないだろう。
「よかった、これでくーちゃんも一緒に遊べるね」
「くぅん」
知っていて、一緒にまだ内緒としていたなのはも、これは喜ぶべき事だ。
また別件となる筈だった秘密の開示ができたのだから。
「そう言えば、久遠って今まで結構複雑な立場だったのね。
私とノエルとの間では互いに知っているからいいけど、すずかの前では変身できず、なのはちゃんの前では夜の一族の事を話せなかった訳だし」
「そうなるな」
「そう言えば、すずかお嬢様がいらしてから、ここへ来る頻度が減っていましたが、その為ですか?」
ずっと見守っていた大人達は冷静にそんな話をしている。
「ああ、そうだすずか。
血を吸うなら俺のにしておいてくれ。
なのはは今成長期だから、あまり血を減らすの問題だろう」
「ん〜、それは私の飲める量が減るってこと?」
「それはすずかが飲む量にもよるな」
「もう私、生以外は飲めない身体なのに〜」
むしろ、楽しげですらある。
心配こそしていなかったが、やはり良い結果にちゃんとなって安堵したからかもしれない。
「え? え? ちょっと待ってーー」
そして、今日は驚かす立場であった筈のすずかは、今日一番驚く事になる。
更にこの後大人モードの紹介をした時も驚いていた。
まあ、それも直ぐに可愛かったり、綺麗だったり凄いという感想になり、仲良く遊ぶ事ができていた。
尚、ノエルとファリンの事も、オートマータ、自動人形と言われるロボットに近い物であるとはのはに話した時は、むしろ納得するばかりであった。
何度か言動もおかしかったし、ノエルの並外れたパワーについてはずっと不思議に思っていたのだ。
そんな事があり、今ではなのはも月村家では秘密を共有した者の1人として、前にも益して親しく付き合っているのだ。
そして今、なのはは新しい友達を連れて、この場所に来た。
皆で一緒に仲良く遊べると疑う事なく。
「アリサ・B・ハラオウンです」
「フェイト・T・ハラオウンです」
「アルフだ。
よろしく」
これからクラスメイトであるすずかだけでなく、家族で付き合う事になるだろう事も踏まえ、全員に自己紹介をするアリサ達。
更に、
「で、私はフェイトの使い魔であり、久遠同様に」
シュバンッ!
赤橙の光が弾け、アルフの姿が大型の狼のものへと変わる。
「こんなの姿にもなれる。
元はこっちだ。
後……」
シュバンッ!
「こんなのにもなれたりするし」
2度目の変身後、アルフはなのはも始めて見る仔犬の形態になった。
更に、驚く間もなく、
シュバンッ!
「こんなのも最近出来るようになった」
次に変身したのは久遠の子供形態の様な人の子供の姿だった。
見ればフェイトも驚いている様子なので、フェイトにも内緒も始めて見る様だ。
「凄い、アルフ、いつの間に?」
「ああ、久遠と情報交換してね、魔力消費節約モードとして覚えたよ。
これからは常時臨戦態勢って訳でもないからね」
どうやら久遠が安定した大人モードを覚えると同時に、元々封印状態であった形態を参考にアルフも魔力を使わない、消費しない形態を覚えたようだ。
今までは、アルフが言う様に常に臨戦態勢である必要があった。
だが、平和な中で暮らすのならば、アルフが常にその状態で居る必要は無いのだ。
負担を0にする事はできないが、軽減する事はできると、アルフも自分で考えた結論なのだろう。
「凄い、変身能力者にこんな短期間で2人も出会うなんて」
アルフの変身にすずかも忍達も驚いている。
なのはは久遠しか知らなかったし、それ以前に妖怪という存在も久遠しか知らなかった。
だが、どうやらここまで完璧に姿を変えられる能力者はこの世界では稀らしい。
「あ、そうだ、私もね、増えたんだよ」
皆がアルフの話をしていると、久遠がそう言い出した。
そして、
シュバンッ!
光が弾けて現れた姿、それは大型の狐の姿。
大きさはアルフの大型の狼と同じくらいで、忍でも背中に乗れそうだ。
「改良してね、戦闘にも使えそうなの。
直進のスピードは上がったんだよ。
喋り難いけど。
後、もっと大きくもなれるよ」
狐の姿で人の言葉を喋るのはなのはも始めて見る。
そう言えば、久遠は人の姿として子供と大人の姿がありながら、動物の形態だと仔狐の姿しかなかった。
考えてみれば、あっても不思議ではないだろう。
「おお、攻撃的獣形態って感じ?」
「久遠ちゃんだけに、敢えて漢字だね。
後3人居れば合体?」
久遠の大型狼形態を見て、などと感想を言っているのは忍。
それに突っ込みを入れるのはすずかだ。
2人だけに解る意味があるのかもしれない。
それから、庭に設置したテーブルでお茶にする事になった。
テーブルは大人達と子供達に別れ、そこでなのは達は改めて自己紹介をする事にした。
「すずかちゃんはね、私の大切な友達なの」
なのははフェイトとアリサにすずかをそう紹介した。
簡単な様で、これ以上はない紹介だ。
すずかもなのはの紹介を喜んでいる様で、笑顔を見せる。
それに対し、アリサとフェイトは一瞬、表情が固まった様に見えた。
尤も、なのはがそれに気付く事はなかった。
テーブルの違う大人達ですら、見なくとも雰囲気の変化だけで気づいたと言うのに。
しかし、すぐに行動を起こす者がいる。
アリサだ。
「どうも、はじめまして。
なのはの『パートナー』のアリサ・B・ハラオウンです」
笑顔で自分の名と、なのはとの関係を告げるアリサ。
その笑顔、笑顔ではあるが、どこか瞳に挑戦的な光が見える。
それに、何故か『パートナー』という言葉を強調している様に聞こえる。
アリサとなのはの関係は、事実としてパートナーであり、誇張した表現ではないし、なのはもそれに対して異を唱える事はない。
だが、どこかでピキッという様な音が聞こえた様な気がした。
「はじめまして。
なのはちゃんとは『3年前』から親友をしてます、月村 すずかです」
アリサの挨拶に対し、すずかも改めて名前となのはとの関係を告げる。
何故か、時間の長さを強調した気がするが、気のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
そうして、最後にフェイトがすずかに名となのはとの関係を告げるという流れになった。
そこで、
「フェイト・T・ハラオウンです。
なのはとは―――『全てを求め合った仲』です」
フェイトは、静かにそう告げた。
アリサの様に挑戦的でもなく、ただ静かに、何の他意も無くだ。
だが、それでも場の空気は凍った。
子供達のテーブルはおろか、大人達のテーブルまでだ。
「ちょ、ちょっとフェイト、何を!?」
「貴方、翻訳がおかしいわよ!?」
最も早く正気に戻ったアルフが慌てて立ち上がり、次にアリサも立ち上がる。
尚、アリサが言う翻訳とは、ミッドチルダの言葉をこちらの世界に翻訳する事である。
ミッドチルダとこの世界の言語は当然ながら違う。
リンディやアリサがこの世界に飛ばされた時もそうであるが、言語は非戦闘用のデバイスの1つによって翻訳されている。
ここは管理外世界であったが、学習機能によって翻訳は作成されるのだ。
翻訳方法は念話の応用で、意図を読み取って、言語と照らし合わせていくという方法である。
尚、翻訳機で喋る言葉は全て翻訳され、この世界のどんな言語とも対応できる。
しかし、文字はそうはいかず、勿論翻訳はでき読む事は可能だが、アリサ達が直接書くという動作には反映されない。
その為、アリサもフェイトも留学生扱いで、テストなどで国語に関しては優遇処置がされる。
余談だが、翻訳機が壊れていても、機械の補助無しの念話を応用して意思疎通は可能である。
更に念話で意図を通信し合えば、言語を持たない動物とも意思疎通ができる。
因みに、なのはも念話は既にそのレベルに達し、やろうと思えば、全ての動物と会話する事も可能で、猫との会話を試みた事もある。
更に余談であるが、この技術はこちらのHGS能力者も可能であり、実はフィアッセやフィリスもやろうと思えば動物と会話できる、という事をなのは後に知る事になる。
さて、そんな説明でいつまでも現実逃避をしている訳にはいかない。
「え? でも、エイミィになのはとの関係を言葉にするのを相談したら、そう言ってたから」
「よりによって私が居ない時にそんな事を……」
「エイミィも冗談半分で言ったんだろうけど、貴方、冗談くらい読み取りなさいよ!」
何故周囲が慌てているのか解っていないフェイトと、事前に止められなかったことを悔やむアルフ。
アリサはフェイトの冗談の通じなさを嘆いていた。
今後、アリサはフェイトが天然なのは、純粋にコミュニケーションの経験不足の所為なのかを判断するのに困る事が続いたりする。
それに対し、
「冗談でも『全てを求め合った仲』なんて表現できる様な関係は一体なんなんですか!」
すずかはすずかで何故か慌てていた。
なのはを見ても、別に間違ってはいない、という顔をしているので尚更であった。
「どうしたんだろう?」
騒いでいるフェイト達を見ながら、なのはは1人、騒ぎの原因が解らず少し困っていた。
そこへ、
「なのは、なのは。
久遠となのははずっと友達」
久遠は、なのはに、なのはにだけ聞こえる様にそう言った。
というよりも、すずかやアリサはフェイト発言に忙しく、聞こえていないだけであるが。
「うん、そうだね。
ずっと友達だよ」
「うん」
フェイト達の騒ぎが混迷を極める中、なのはと久遠だけ静かにそんな事を話していた。
因みに、久遠としては フェイト達が改めて自己紹介をしていたので、自分もしてみたかっただけであった。
そんな様子を少し離れていた場所で見ている大人達。
「楽しそうね〜」
「平和で何よりだ」
騒ぎを止める気は無さそうである。
だが、
「ところでさ―――貴方は、誰なわけ?」
場の雰囲気を崩す事なく、何気ない風の問いだった。
まるで天気でも聞くかの様に、意識して子供達の方に聞こえる様に言った訳でもない。
しかし、その忍の一言で、子供達の方で起きていた騒ぎも止まる。
「やっぱり、バレてたわね」
既に落ち着きを取り戻し、観念しなさいよ、という風な目を向けるアリサ。
「よく出来ていると思ったけど」
「まあねぇ」
フェイトとアルフも、その出来には最初感心する程だった。
だがしかしだ、
「でも、おかーさんやおねーちゃんも気づいてたし、無理があると思いますよ。
―――セレネさん」
そうなのはに呼びかけられた、不破 恭也の姿をした者。
どうやら忍だけでなく、ノエル、ファリン、それにすずかも気付いている様だった。
だから、もう無駄なのだ。
「……そうだな。
あの恭也となのはの身内だから、見破られるのは承知だったが、なんとも呆気ないものだな」
観念した様に、いやむしろ呆れている様に溜息を吐く。
そう、この場に居る、ハラオウン家から付き添っていた恭也は、セレネの変身した姿だった。
因みに、セレネがしている変身と久遠やアルフの変身は全く別物である。
セレネのそれは幻術に属する魔法であり、久遠やアルフの様な完全な変身は魔力や霊力でできた身体の者だからこそできる事なのだ。
人間にもできない事はないが、完全な特殊技能扱いになる。
セレネの変身も実は相当特殊な部類であるが、そこまでには至らず、所詮は幻でしかない。
尚、最初見た時から気づいていたなのはは、心配していた1人でもあるセレネに挨拶をしようか迷い、今も迷っている。
最初に見た時は変身している事に何か意味があると考え、合わせたからできず、今はタイミングを伺っている状態だ。
「変身は解かないの?」
「ああ、服は本物の恭也が今日着ていた物で、着替えは無いからな。
それに、ここで解く訳にもいくまい。
一応、名乗っておくが、私はセレネ・F・ハラオウン。
この子達の保護者で、付き添いだ」
恭也の姿をしたセレネは、声も恭也の声のまま名乗った。
仕草等も恭也から変える気は無い様だ。
正体がバレた事で、とりあえず話題がそちらにまわるが、魔法の事は話せない。
しかし、セレネならそう言う面はきっちり弁えているだろう。
「はじめまして。
自己紹介は、要らないわよね?」
「ああ、騙してすまなかった」
忍とすずかに頭を下げるセレネ。
どうやら忍はあまり気にしていない様子だ。
翠屋では美由希がかなり警戒していたが。
尤も、兄恭也に化けた奴が家族に近づいているともなれば、当然の反応かもしれない。
「で、どうして変身してるのよ?」
「私はまだ表に出れないからだ。
だが、お前達についていく事は必要だったからな」
「あ、そう」
アリサは返ってきた答えに理解はするが納得はしないという風な顔をする。
どちらかというと呆れている様だった。
「ところで、本物の恭也は?」
「今あっちで用事があって出ている」
久遠の問いには、そう答えた。
あっちとは、なのは達だけが解るが、時空管理局で、更に限定すればアースラの事だ。
「まあ、いいんだけどさ。
ところで、入れ替わりでって事よね? どうやって恭也から顔を借りたの?」
「『借りる』と聞いたら『ああ』と答えたので借りた」
「……まあ、そんなところだと思ったけど」
後で確認したが、どうやら本物の恭也は理由すら問わなかったらしい。
それを聞いて、なのははやはりお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだなぁと思ってしまい、それもどうなんだろうなどと考えたりした。
「それにしても……一応変身は得意な部類だったのだがな。
こうもアッサリ見破られてしまうか」
そう言ってまた溜息を吐くセレネ。
セレネがそう言ってわざわざ溜息まで吐くという事は相当高いレベルだったのだろう。
後々聞いた話によると、セレネはシールド魔法の次に得意なのが変身魔法だったらしい。
尤も、本人は戦闘には使えないと、重要視していなかった様だが、特殊技能の一歩手前とまで言われているそうだ。
「一応、少し迷ったわよ。
でもまあ、これでも私、恭也の恋人を名乗ってるし」
そう言って笑う忍。
その言葉は、忍にしてみれば特に意図は無い、何気ない言葉だった。
しかし、
「え?」
声が上がる。
驚きと困惑の声が。
その声の主はフェイトだった。
「あら?」
その声に気付き、忍はフェイトの方を見る。
そして、フェイトの顔を見て、優しく微笑んだ。
「あらら、まあ1人くらいまたいるんだろうなぁとは思ってたけど。
なのはちゃんと一緒にいたから油断してたわ」
「あの、私は……」
忍が何に気付いたのか、フェイトが何を困惑しているのか、なのはには解らなかった。
だが、アルフも、アリサも、すずかも、そしてセレネもただじっと2人を見守っていた。
「いいのよ、何も言わなくて。
私はきっと貴方と同じだから」
「え?」
「だから、貴方は彼を信じればいい。
私なんか気にする必要はないわ」
困惑したフェイトを宥める様に、忍はただ静かに優しく言葉をかける。
「いいの? お姉ちゃん?」
今まで見守っていたすずかだが、姉の言葉に1度そう確認した。
恭也と一緒にいる時、姉が幸せそうにしているのを見てきたからだ。
「いいのよ。
私は恭也がここに帰ってくればそれで。
それが私のできる事で、私はそれだけで幸せだから」
すずかの問いに答える忍は、やはり落ち着いていた。
すずかは姉の答えに、やや理解しきれないという顔をするが、それ以上は何も言わなかった。
そして、
「だから、貴方も貴方が思う様にすればいいわ」
最後に、忍はフェイトにそう言った。
それは促す様でいて、問う様な言葉。
「……私も、彼の言葉に甘えるだけの女になるつもりはありませんから」
それに対し、フェイトは宣言した。
忍に対してだけでなく、この世界に誓う様に。
先ほどの困惑など微塵も感じさせない、強く真っ直ぐな瞳で。
「そう」
それを聞いて、忍は満足そうに微笑んだ。
今は恭也の姿をしているセレネも、恭也のものではない笑みを見せる。
「お茶が冷めちゃったわね、ノエル、新しいのちょうだい」
「かしこまりました」
その後、何事も無かった様にお茶会は再開された。
夕方まで、皆で楽しく話しをして、今日はそれでそれぞれ家に帰ることとなった。
因みに、本物の恭也はその日の夕食の頃に帰ってきた。
恭也はおそらくセレネの変身が見破られているのを知っているだろうが、特に何も言わず、なのは達からも聞く様な事は無かった。
翌朝
もう1学期も残り僅かとなるが、いつも通りの通学バス。
だが、今日からは1つ変わる事がある。
「おはよう、なのはちゃん」
「おはよう、なのは」
「なのは、おはよ」
昨日までなのはを待っているのはすずかだけだったが、今日からはフェイトとアリサも加わるのだ。
「おはよー」
今日からはこれが日常となる。
そう思うと、なのはは幸せな気持ちになれた。
「あ、なのは、これ」
席に座ると、アリサがレイジングハートを差し出してきた。
昨日預けたものが返ってきたのだ。
「あ、ありがとう」
さっそく昨日から空の状態だったチェーンに取り付ける。
今はレイジングハートと会話する事はできないが、それでも返ってきて落ち着く。
「私も、昨日戻ってきたんだ」
そう言ってフェイトがチラッと見せるのはバルディッシュ。
話には出てこなかったが、やはり今まで没収されていたのだろう。
「後、こんなのもリンディが用意してたわ。
なのは、すずか、番号教えて」
次いでアリサが出したのは携帯電話だった。
本来なら念話という便利な技術があるのだが、この世界でこの世界の住人と連絡をするのには使えない。
だから、今時は小学生でも持っている携帯電話が用意されたのだ。
因みに、リンディやセレネ、アルフも持っているらしい。
アルフも持っているという事で、後々久遠も持つかどうかが検討される事になるが、とりあえずそれはまた後の話しだ。
「はーい」
「うん」
早速番号を交換し合うなのは達。
デバイスはその手に戻ったが、それでも今は平和な日常の時間だ。
その日の放課後、なのは達は高町家に集まることになった。
1度帰宅してから着替えての集合である。
久遠も呼んでみんなで遊ぶつもりでいた。
そうして全員が集まった。
「じゃあ、何をしようか」
リビングでお茶を飲みながらそんな話をしていた。
因みにフェイトとアルフ、アリサはセレネが付き添い、その後セレネは帰宅。
すずかはノエルの運転する車で来て、ファリンも一緒に来ている。
久遠はいつも通り徒歩でここまできた。
尚、久遠との連絡方法はやはり念話だ。
「そうねぇ」
皆で遊ぼうとは考えていても、何をして、とまでは考えていなかった。
だから少し悩んでいた。
そこへ、兄恭也がやってくる。
今日はセレネの偽者という事はない。
「皆、揃っている様だな」
偽者という事はなかったが、何故か恭也は日常とは違う雰囲気だった。
表現するならば、『高町』ではなく『不破』の方に近い感覚だ。
家の中に居るのもあるが、サングラスを掛けず、開いている右目だけで真っ直ぐになのは達を見ている。
「どうしたの? 恭也」
それにいち早く気付いて尋ねたのはフェイト。
なのはも、アリサも、すずかも、恭也がただ挨拶に来たのではないという事は解る。
「少し時間をもらいたい。
今度遊びに連れて行ってやるから」
「いいよ?」
なのはは代表として答える。
兄に遊びに連れて行ってもらえるというのも魅力的であったが、それ以上に恭也が何か必要な事をするのだと感じたのだ。
アリサやフェイト達は勿論、すずかにもだ。
「悪いな。
……ああ、ちょうど帰ってきた、では始めるとしよう」
兄がそう言うのとほぼ同時に、リビングにもう1人の人物が現れる。
それは、
「ただいまー。
あ、恭ちゃん、何してるの? なのはも。
あら、皆さんいらっしゃい」
姉美由希だった。
その後、美由希が着替えるのも待たず道場に移動する事になった。
「すずかとファリンは奥へ。
念の為、2人は動かないように。
久遠は右手へ、アルフは左手で、一応例のものを。
美由希は適当に動いていてかまわん」
そう指示を出し、中央に立ち、なのは、フェイト、アリサと対峙する恭也。
恭也の服装は私服であり普段着だ。
他のメンバーも美由希が制服である以外は普通の私服姿。
久遠もいつもの式服だ。
出かけるならば、久遠は高町家で着替える用意もあったが、まだ着替えていない。
因みに、アルフと久遠以外の女性は全員スカートである。
そんな状態で、これから始まるのは―――
「ルールは―――言う必要は無いな?」
何をするかも、言葉での説明は無い。
しかし、ここまで状況を作られれば、今のなのはに解らない訳が無い。
「うん」
だから、なのはは即答する。
アリサもフェイトも頷いて答えた。
「1つ注意するとすれば……アリサとフェイトは知らないかもしれんが、美由希は俺の愛弟子だ。
俺と同等と考えていい」
「……」
恭也の忠告に対し、アリサもフェイトも何も言わない。
だが、緊張しているのが見て取れる。
恭也に弟子が居るという事も初めて知る事であるが、それ以上に恭也と同等の使い手が居るなどと、恭也本人から口にされ戸惑っているのだ。
そして、それがこの場にどれ程影響するか。
さっきまでの心構えが甘いものだったと、もう1度2人は精神を統一し直す。
「以上だ」
恭也の言葉はそれで終わった。
ただ、それだけだ。
開始の合図は無い。
しかし、これはそういうものだと3人は理解している。
タッ!
先ず動いたのはフェイトだった。
恭也に対し、真正面から向かっていく。
それは一見愚かな行為だ。
体格が違い過ぎる上に武器も持たない状態で、正面から戦いを挑むなど無謀以外のなにものでもない。
更に、こと無手での近接格闘に関しては、経験も、技術力も、圧倒的に恭也に分がある。
しかし、フェイトは3人の中では最も対恭也の経験が深く、戦闘という部分では9年間妹をしてきたなのはよりもよく知っているかもしれない。
そんなフェイトが、敢えてこの様な行動に出るのは、全て後の2人の存在があってこそである。
「はっ!」
ヒュッ
フェイトは恭也の間合いのギリギリ一歩外から踏み切り、恭也の顔をめがけて右で拳打を放つ。
短いながら助走をつけた速度を使い、脚力を上手く生かした跳躍、その両方を合わせたスピードを完全に乗せた拳打だ。
僅か9歳の少女が放つものでありながら、それは命中すれば大の男でも昏倒させる事ができるだろう。
それだけでも、見ている美由希を驚愕させるに足りるものだ。
しかし、恭也や美由希を相手にするにはあまりに軽く、あまりに正直すぎる攻撃。
パシッ!
その拳打はアッサリと恭也の左手で掴まれてしまう。
だが、
タッ
その時には恭也の左足にアリサが近づいていた。
フェイトが真正面から飛び込んだのは、恭也の視界からアリサ達を隠す為だ。
フェイトの影に隠れて近づいたアリサは右手に魔力を集中させている。
形としては現れず、魔力光が発現する程でもないが、それでも右手を開き、その掌を直接相手に当てれば軽いが魔力攻撃になる。
軽いとは言っても、なんの対魔法防御の無い状態で、魔力の低い人間が受ければ、その部分とその周囲が暫く稼動不能になる威力がある。
フッ!
恭也に気づかれず、後一歩の所まで近づいたアリサは右手を恭也に向ける。
当てる直前に手を開き、魔力を恭也の足に叩き込んでダメージを与えるつもりだ。
しかし、
ブンッ!
気づいた恭也は左足でアリサを蹴り払う。
アリサの魔力を込めた掌に対しカウンターの様に、その手の下をくぐる様な蹴り払いだ。
「ぐっ!」
胸の辺りの入ろうとしていた蹴りを左手で受け止めるアリサ。
しかし、アリサは打ち込みに失敗した事もあり、この蹴りを受け止める為、1度魔力を解く事になる。
両手を使わなければ牽制程度の威力であれ、恭也の蹴りは受けきる事はできないのだ。
状況はフェイトが捕まり、アリサが攻撃を失敗し、防御中。
フェイトは現在つかまれている右手を解く手段が無い。
何せ、恭也はこの状態のままフェイトを持ち上げ続ける事もできるし、投げ飛ばす事もできる。
フェイトの最初の行動は完全に失敗かに思えた、その時だ、
ヒュンッ!
風を切る音が道場の中に響く。
それと同時に恭也は掴んでいたフェイトの右手を離す事になった。
ガッ!
恭也がフェイトの手を離した直後、道場の壁に何かが刺さる音がした。
それはシャーペンだった。
しかし、一般的に広く使われているプラスチック製のものではなく、金属製の物だ。
そして、その反対側、シャーペンが放たれた元にはなのはの姿があった。
道場の壁の天井よりに足を置き、そこからシャーペンを恭也の左手に投げたのだ。
フェイトを掴み続ければ命中は避けられない様に。
しかも、魔力を込めたシャーペンであり、通常の投射よりも物理ダメージに加え、魔力ダメージも与えられる物である。
この組み手、その目的は魔法をこの世界の住人に見られない様に戦う訓練である。
しかし、魔法を使わない訓練ではない。
アリサの魔力攻撃も、なのはの攻撃と、射撃場所までの移動に使ったフラッシュムーブも、魔法が使われている。
ただ、一般人にはそれが魔法であると解らなければ良いのだ。
この場に居るすずかとファリン、そして美由希に見られない様に魔法を隠しながら使い、戦う訓練という訳である。
ただし、すずかもファリンも普通の人間よりも遥かに高い動体視力を持っている上、美由希に至っては恭也と同レベルの観察力だ。
並大抵の隠し方では見つかってしまう。
しかも、美由希に関しては常に移動し、『一般人の死角になる場所』というのが変化し続け、美由希の位置を常に把握する必要がある。
そこが特に難しい所であろう。
だが逆に、この状況で上手く立ち回れるならば、この世界でこの世界の住人に突如襲われても上手く対処する事ができるだろう。
因みに、なのはが使っている金属性のシャーペンは、恭也や美由希も使っているものである。
いつでも万全の準備ができている状況で戦える訳ではない為、そういうところで武器にもできるものを使うのが御神流のやり方なのだ。
尚、元々は市販品を改良したりしていたが、最近では忍が作成しているものもあり、今回なのはが使ったものも忍特製である。
市販品と同じ外見で、適度に硬く、適度に重く、飛針の代わりを十分に果たしながら、シャーペンとしての機能も申し分無いという一品である。
余計な機能もついていたが、恭也の監修の下オミットされている。
さて、全員が一度は動いた。
だが、まだまだ訓練は始まったばかりだ。
「せっ!」
ヒュッ!
フェイトは恭也が離した手を逆に取り、その手を引っ張り引き寄せつつ、軸として利用し空中で回転、恭也に踵落としをしかける。
この行動、実は不自然に見えない程度に飛行魔法が使われている。
フェイトの運動能力だけで、今の動きは不可能ではなかったのだが、それでは攻撃力がまるで無いものになってしまう。
更に、踵に魔力を込めて結合させ、目には見えないが、踵の硬度を上げる事で攻撃力アップも図っている。
「っ!」
バシッ!
それを恭也は払いのける様に回避する。
掴む事もできたのだが……
ヒュゥォンッ!
掴んだ場合、腕のあった位置にまた高速で何かが通過していく。
先ほどと同様、なのはの放った赤ペンである。
ただ、なのはの位置は先ほどの射撃から1秒も経っていないのに違う位置で、天井に立つという感じでそこを足場にしていた。
それは先ほどの射撃も移動の途中であり、今も天井を走る程に移動しながらの射撃をしているという事だ。
つまりなのはは、この程度の距離ならば、移動中であろうと、瞬時に射撃体勢に入り、正確な射撃を行えると言う事だ。
この1ヶ月、平和な時間であったが、なのはただ平和に浸るだけではなく、恭也にメニューを作ってもらって久遠と2人で山で鍛錬をしていたのだ。
その成果がこれである。
ダンッ!
フェイトの全身を回転させた踵落としとなのはの射撃を回避した恭也は、更にその場で半回転していた。
それというのも、
「っと!」
タンッ!
一瞬前まで恭也の背中があった場所にアリサの手がある。
恭也の蹴りを受けた筈のアリサは、実は蹴りを受け流しつつ移動し、後ろに回っていたのだ。
そこからもう1度魔力攻撃を試みてたのだが、失敗した。
しかし、
パシッ!
「とったわ!」
アリサは紙一重で攻撃を回避した恭也の上着を逆の手で掴んでいた。
しかも、回避した場所である為、そこは背中。
アリサは恭也の後ろに張り付いた事になる。
そこへ恭也に踵落としを回避された後、着地し、もう1度恭也に向けて跳ぼうとするフェイトと、天井から跳び、恭也に上方向からの接近しつつボールペンを放とうとしているなのはが居る。
1人には完全に張り付かれ、1人は既に跳ぶ体勢を整え、次の瞬間には一歩程度しか離れていない間を詰めてくる。
更に最後の1人は、完全に勢いに乗った状態で接近しつつ射撃体勢に入っている。
それもその射撃、移動しながらでありながら、常時照準を修正し、生半可な回避行動など無意味になるもの。
こうなれば、例え倒せなかったとしても、一撃は入れる事ができる、そう3人は考えた。
しかし、
ブォンッ!
突如、恭也は大きく体勢を低く下げ、フェイトに対し、スライディングにも近い足払いをしつつ、床スレスレの高さで横に回転する。
「あっ!」
それに対し、恭也に向かって跳ぼうとしていたフェイトは上に跳んで回避する事になる。
更に、
「わっ!」
「えっ!」
張り付いていたアリサは振り回され、攻撃不能となり、恭也は回転しつつ、常にアリサがなのはの方を向く様にしている。
つまり、アリサをなのはの攻撃に対する盾にしているのだ。
これでなのはも射撃が出来なくなる。
バッ!
タッ!
失敗を悟り、アリサは掴んでいた服を離し、なのはも攻撃を中止し、恭也の上を飛び越えて着地する。
これでまた仕切りなおし。
そうなるところであった。
しかし、
キィンッ!
上に跳んで攻撃を回避していたフェイトが、恭也に向けて手を突き出した。
今の恭也はほとんど無防備で地上に寝そべっているに近い状態だ。
例え回避されても無駄ではない牽制が出来る。
嘗てセレネに叩き込まれた実戦の為の知識と経験が、フェイトにそう無意識に判断させてしまった。
ズダンッ!
「……あ」
次の瞬間、フェイトの目の前には恭也が居た。
この動きはなのは達も何度か見た神速によるものだ。
そして、突き出していた手を押さえられている。
同時に、今自分は恭也に対して射撃魔法を、フォトンランサーを放とうとしていたのだと気付く。
「ああ、無意識に使おうとしたのね」
なのはとアリサも気付き、戦闘を中断する。
中止の合図も無かったが、これは完全に仕切りなおさねばならないものだと判断して。
「ごめんね」
恭也に下ろされ、失敗してしまった事をなのはとアリサ、それと止めてくれた恭也に謝るフェイト。
恭也が神速を使って止めなければ、すずかやファリン、美由希に魔法を見られるところだった。
「お前はセレネに無意識のレベルでも戦える様に仕込まれているからな、今の所は仕方ない。
だから、これからそういう面でも臨機応変に動けるように訓練する必要がある」
「はい」
それから、また恭也と組み手をするなのは達。
1度はアリサも魔法を使いそうになったところを止められ、フェイトももう1度魔法を使いかけて失敗となった。
なのはは魔法こそ使わなかったものの、魔法を使いかけて止め、その硬直によって敗北となった。
魔導師である為、ある意味当然だが、3人とも解っていても魔法に頼ってしまう部分がある様だ。
だが、この世界では魔法は無闇に使う訳にはいかない。
今後も同じ訓練を積む必要性を実感するのであった。
因みに戦い方として、アリサは器用に立ち回りながらも、攻撃方法が魔力攻撃に偏る傾向があり、フェイトは魔法を抑えようとしすぎるあまりか、飛び込みすぎといえる近接格闘戦ばかとなっていた。
なのはも射撃は上手いのだが、それに頼りすぎるになっており、各自後々考える事になる。
それから30分後
「はぁ……はぁ……はぁ……」
なのは達3人は皆立ってはいるものの全員息も絶え絶えだった。
恭也の巧みな手加減のお陰で怪我はないものの、全員慣れない制限の下での戦闘は疲労が激しいのだ。
「今日はここまでにしよう。
まだまだ研究の余地があるな。
今度はセレネとリンディにも協力してもらわねばな。
アルフ、久遠もういいぞ」
「はいはい」
どうやら何かの結界を張っていたらしいアルフと久遠がそれを解く。
後で聞いたが、久遠だけでは結界を張れないが、アルフだけだとミッドチルダの魔法になってしまう為、2人で協力していたらしい。
恭也の神速によるフォローもあったが、念には念を入れていたのだ。
「ありがとうございました」
3人で言った後、皆座り込んでしまう。
暫く動けそうにない。
「ああ。
お前達は、とりあえず着替えだな。
服も今度買ってやろう」
着替えというのも、なのは達3人全員、本日は私服での戦闘訓練だった。
しかもスカートだった為、スカートの裾が破けたりと被害が甚大だ。
特にフェイトは1人だけバリアジャケットもスカートでない為か、スカートで激しく動く事になれていなかったらしく、一番酷い破れ方をしている。
上着も含めて服としての機能が殆ど失われている。
「うーん、それにしても、なのはは何かやってるのは知ってたけど……コレほどとは……」
終わった所で、美由希が感想を述べる。
どうやら、なのはが強くなっているのがよほどショックらしい。
「私も、皆がこんなに強いとは……」
「皆さん凄いです」
すずかも、運動音痴だったと記憶している親友がいつの間にかこんな凄い戦闘をやってのけるなど、夢にも思わなかった。
ただ、互いの秘密を明かしあった時に少し見せてもらっていたから、まだ落ち着いている方かもしれない。
ファリンはまだ一般常識が欠けているのもあるのか、純粋に褒め称えているだけだ。
それに対し、美由希のショックは計り知れないだろう。
観察していた3人の中でも、今の戦闘のレベルの高さを理解できるのは美由希だけだ。
「う〜ん……私の3年目より確実に上だよね……」
美由希は才能もあり、恭也という師がいる為、こと対人戦に於いては、この世界の中でもトップレベルの強さを持っている。
まだ実戦経験が足りていないのが問題ではあるが、それでも十分な戦力を持っている。
それに自惚れていた訳ではないが、ちょっと前まで護るべき妹が、僅かな間にこんなにも強くなっていれば自信も失われてしまう。
「なのはは特殊とはいえ実戦をこなしてきたのが大きいからな。
気にするな。
が、見ての通りだ、後2年でお前にとっても面白い相手を用意してやれる。
悪いが、また暫く相手をしてやれないが、少し待っていろ」
この世界の住人相手に魔法を大っぴらに使う事はできない。
しかし、見られない様にしてもこれくらいは戦える。
後は調整次第で美由希の相手もできる、そう言うことだろう。
なのははまだまだ自分では姉に勝てるとは思っていないが、兄の計算では後2年鍛錬を積めば対峙できるくらいにはなるらしい。
だが、その計算はすぐに否定される事になる。
「2年? ん〜、いくらなんでも早すぎない?
まあ、私の知らない技術だから、解らないけど。
師範、私もここ2ヶ月、遊んでた訳じゃないんだよ」
美由希は怒っている訳ではない。
だが、静かに燃える炎が背後に見える様だった。
「……そうだったな。
では、少し見てやろう。
お前達も見ていくか?」
兄は、そんな姉を見て、少しだけ笑みを見せた。
嬉しそうに。
そんな兄がわざわざそう誘ってくれたのだ、参考になるだろうとも思うし、なのは達、すずかとファリンも含めて答えた。
「はい」
そうして、2人は剣を取りに行った。
兄が持つのは八景、姉が持つのは無銘の小太刀であるが、長年使ってきた愛刀。
刃引きをしてない真剣だ。
それと、2人とも練習着に着替えている。
先ほどまでのなのはとの鍛錬は日常から突如戦闘になる事を想定したものだ。
それに対し、今から2人が行うものは全く別物である為、姉の場合は制服を駄目にしない為に着替える必要がある。
そのまま戦ったらどうなるかなど、今の自分達の服の状態を見れば解る事だ。
「……」
「……」
兄と姉はそれぞれ慣れ親しんだ差し方で愛刀を腰に差し、対峙する。
兄は普段は閉じ、なのは達との鍛錬の時も閉じたままでいた左目を開いていた。
普段は決して見せぬ瞳を、戦いの為だけにある左目を、今使おうというのだ。
それだけでも、なのは達に対する時と今では全く別なのだという事が解る。
そして、
フッ
ガキィィンッ!!
2人の戦いが始まった。
だが、なのはにはほとんど何も見えない。
全感覚を駆使し、観察をしているが、この2人の動きを見切る事は今のなのはでは到底無理な話だ。
なのはは2人の動きを追う事はできないから、この道場という空間を観察し、後から2人の動きについて考える事にする。
フェイトや久遠達、すずかとファリンも集中して見ているが、この中では最も高速近接戦闘を得意とするフェイトはなんとか動きを追えている様だ。
いや、フェイトでも時折見失っている。
アリサも、やはり追おうとして追えていなし、この中では最も常識外れの存在であり、物の見方そのものが人とは違う久遠でも見失う時がある。
この世界で特化された技術の最高峰と言える2人の戦いは、2人だけが理解できる世界だった。
しかし、それでも全員目を離さない。
少しでも、この中から何かを学ぼうと見続ける。
この世界で数百年の時を経て、2人に遺された技術を、その結晶がいったい何であるかを。
どれくらい、2人の戦いは続いただろうか。
なのはや久遠ですら、時間の感覚がおかしくなっていた。
2人の動きがあまりに早くて、時間の基準が狂う。
今まで見続けて、全てが理解できる訳でもないのになのはは思う事があった。
それは、『この兄と姉に勝てるなど、まだ夢想する事もできない』というものだ。
姉に限定しても、恐らく、空からの超長距離狙撃でもしないと勝つ事は不可能。
いや、それですら勝つ事ができる自信が今全くなかった。
そう思える戦いを、見せ付けられたのだ。
だが、そんな戦いにも最後の時が訪れようとしていた。
「はぁぁぁっ!」
ダンッ!
左手を前に突き出し、まるで弓に矢をつがえる様に右手を胸の前辺りで刺突の構えをとる美由希。
その姿を見た直後、美由希の姿は完全になのは達の視界から消える。
動きが見切れないのではなく、姿そのものが目の写らない。
神速だ。
そして、次のその姿が見えた時、兄の真横、そこに立つ兄の腰よりも低い位置に屈む様な姿勢で出現していた。
それはこの限定された道場という空間だから認識できただけの事であり、出現したと表現した瞬間も動き続けている。
だが、技はそこから放たれたのだ。
ヒュォンッ!
風が貫かれる音が遅れて響いた。
美由希の刺突が恭也を貫き、美由希の勝利だと、そう見ている誰もが思った。
だが、
フッ!
「……」
恭也の姿が、美由希の後ろに在った。
なのは達の目では、確かに美由希が刺突を放つ時には、その刺突の先に居たと思ったのにだ。
ザシュッ!
そして、遅れて姉の服の右袖と左肩口が切れる。
恭也の寸止めの斬撃がそこに入っていたのだ。
勝負はついた。
恭也の勝利で間違いない。
「……少しは追いつけたと思ったんだけどな」
空振りとなった最後の刺突の先を見ながら、姉は立ち上がった。
「十分だ。
2ヶ月前の俺なら、今のは躱せたとしても、反撃はできなかったさ」
静かに告げる兄。
なのは達は後で考えてそこでやっと理解できた程、感覚が麻痺していた。
この2人がどれ程ギリギリのやり取りをしていたのか。
後でやっと恐ろしいと感じる事ができた。
だが、それでも2人ともなんと爽やかな事か。
「美由希、先の1ヶ月で俺も得たものがある。
恐らく、俺がお前に教えられる最後の技だ。
―――構えろ」
勝敗はついた。
いや、そもそも勝敗など無いと言えるが、その先で、恭也は美由希に何かを伝える為にもう1度構える。
キィンッ
その時、なのは達は恭也のデバイス、セイバーソウルが起動した事に気付いた。
起動はしたものの、何かをする様子は無い。
だが、なのは達は知らないが、起動したという事実に意味があるのだ。
チャキッ
恭也は小太刀を二刀とも納刀し、その内一刀で抜刀術の構えをとった。
一見して、ただの抜刀術の構えだ。
だが、何かが違う。
(これって……)
なのはとフェイト、久遠、アルフは1度見た事があるからこそ気付く事ができた。
いや、フェイトに限っては未完成も含めると3度目になるだろう。
恭也があの戦いの中で見つけた、ある答え―――
フッ
恭也の姿が消える。
ズダンッ!
それに遅れて跳躍の音が響いた。
この道場の床が割れる程の衝撃と共に。
そして、その音を聞く頃には、恭也の姿は美由希の後ろに在った。
小太刀を構えた美由希の後ろだ。
美由希もその事実に驚いている様だ。
対峙していた自分すら気付けない移動をした恭也に―――いや、違う。
美由希の驚愕はそんな点にではない。
パサッ
美由希の服が切れて落ちる。
だが、その切れ方、右の肩口から左の脇腹にかけて一直線―――背も含めて一直線に切られているのだ。
後で脱いだものとその切られたものを重ねてみれば解るが、輪切りにされた様に切れているのだ。
それなのに、美由希の身体には傷どころか、何かが触れたという跡すらない。
「これが……奥義の極……」
美由希はどう言葉にしていいのか解らない様に、立ち尽くしていた。
「その形の1つだ。
お前はお前の答えを見つければいい」
刀を納め、左目を閉じた兄が振り向きながら声をかけた。
それでも姉はまだ何かを考えている、いや何かを感じようとしている。
「さて、今日はここまでだ。
後は自由に……」
その後、兄は言葉を失ったままだったなのは達にも改めて終わりを告げる。
少し時間は使ってしまったが、まだ日が沈むまでには時間があるから、遊びに行くよう促そうとしたのだと思う。
その時だった。
なのはは、誰かがここに近づいてきているのに気付いた。
それは―――
「恭也君!」
道場の扉を勢いよく開き、現れたのはフィリスだった。
何故ここにフィリスが、と思う前に、フィリスは恭也の前まで移動する。
「今、『閃』を使いましたね?
あの感覚は特殊だから、私なら近くにいれば解るんですから!」
どうやら、先ほどの兄の最後の奥義の使用を感知したらしく、同時にかなり怒っている。
なのははあまりフィリスが怒っている姿を知らないが、どうもこれは本気で怒っている様に見える。
「なのは、どちら様?」
「えっと、おにーちゃんの主治医さんでフィリス先生。
どうしてここに居るのかは解らないけど」
フィリスを知らないフェイト達に耳打ちで教えるなのは。
唐突な出現にフェイト達は勿論なのはも、恭也すら驚いている。
「フィリス先生、どうしてこちらに?」
「フィアッセの忘れ物を届けに翠屋に寄っていて、そのついでに来たんです。
そんな事より、話を誤魔化さないでください。
アレは滅多な事では使わないでと言ったじゃありませんか!」
どうやら、フィリスはあの業が大きなリスクを持っている事を知っているらしい。
尤も、強い技というのはなのはの魔法にしてもリスクを持つものだ。
なのはの最大の魔法、スターライトブレイカーも制御を間違うと死ぬかもしれない大暴発を起こす可能性がある。
それを考えれば、恭也もあの理解不能なレベルの技も何かしらの大きなリスクを持っている事は容易に考えられる事だ。
フィリスの場合、恭也の主治医として、そのリスクの内容も知っているのだろう。
「今回は、弟子に伝授というものでして」
「あの、フィリス先生、落ち着いて……」
兄と姉はフィリスを宥め様とする。
しかし、
「そう言えば、美由希さん、先日の検査をサボりましたよね?」
「え? あ、あの日は学校で用事があって、たまたま……」
「2人には少しお話があります」
どうやら、お説教モードに入りそうな感じだ。
それを見たなのは達は全員ゆっくりと出口へと向かい、
「あの、それではわたし達はこれで……」
抜け出そうとした。
だが、
「あ、なのはちゃん、悪いんだけど、美由希さんの上着を取ってきてもらえる?」
「あ、はい」
「後、最近はなのはちゃんも何かしている様よね?
今度病院にいらっしゃいね、診てあげるから」
「は、はい……」
妙な圧力のある笑顔でそう言われ、なのはもたじろいでしまう。
その後、姉の上着を取ってきて渡すが、既にお説教は始まっていた。
と、その時、この家に更にもう1人の来客があった。
すずかとファリン、久遠とアルフはお客さんだし、フェイトとアリサに関しては服の状態の問題で出れず、着替え終わっていたなのはが1人で出る事になった。
尤も、そのお客さんが誰かは気配で大体解っていた。
「こんにちは、なのはさん」
「あ、リンディさん」
それはリンディだった。
なにやら紙袋に入った荷物を持っていた。
「恭也さんに言われて、2人の着替えを持ってきたのだけど。
ところで、さっきフィリス先生がこちらにいらしたと思うのだけど……」
アリサ達の着替えは、恭也があんな状態なのもあり、なのはの服を貸そうと考えていたが、どうやら恭也は先手を打っていたらしい。
その道の途中、リンディは前にフィリスが居たのに気付き、更に慌てて高町家に入っていくのを見たらしいのだ。
「はい」
「今は恭也さんの所かしら?」
「そうです」
「やっぱり、アレを使ったのに気付いたのね」
どうやら、リンディも恭也があの業を使ったのを気付いた様だ。
なのは達は目の前に居たから解らないが、離れていても特定の人は気付けるらしい。
リンディは一瞬何かを考えていた様だが、どんな事を考えていたのかは解らなかった。
「ところで、今は恭也さん以外に高町家の方はいらっしゃる?」
「おねーちゃんが居ますけど、今おにーちゃんと一緒に……
後はレンちゃんも晶ちゃんもまだ帰ってきてませんし、おかーさんとフィアッセさんはお店です」
「そう……じゃあ、また改めて挨拶に伺うわ。
これ、2人に渡しておいてくれる? 私もあまり時間がなくて」
「解りました」
リンディは紙袋をなのはに渡し、帰っていった。
先ほどのリンディの様子が少し気になったが、なのははそれについて尋ねる事はなかった。
尚、後で知る事であるが、セレネは2人を送り届けた後検査に行って為来れなかったらしい。
とりあえずその後、アリサとフェイトも着替えを済まし八束神社に移動する事となった。
今日は突然の訓練や、最後にフィリスが出てきたりといろいろとあったが、それでも平和な日であり、この日を楽しむ事にしたなのは達だった。
余談だが、日が沈む頃に帰ってきたなのはは、まだ道場にフィリスと恭也と美由希が居るのを見た。
更に、その後、解放されたと思ったら、夕食を一緒にする事になってきていた忍とノエルに、ノエルの夜戦装備の話をされ、たまたまやってきた兄の友人赤星に戦いの話題を振られ、夕食後、兄の部屋でまた兄とフィリスはゆっくり話しをする事となっていた。
兄には災難と言えそうだが、これもまた平和な時だからこそできる事なのだろうと考えるなのはだった。
そして翌日。
今日も平和な日常の中、学校にも慣れ始めたフェイト達と学校の時間を楽しみ。
放課後は放課後でまた皆で遊ぼうと話していた。
その中で、昨日、恭也は外に遊びに連れて行ってくれるという話しがあったのをアリサが思い出し、連れて行ってもらおうと言い出したが、アリサとフェイトはこっちの世界の事はまだよくわからないので、結局なのはとすずかで考える事になったりした。
そんな日の放課後の事だった。
「あれ? メールが着てる」
高町家近くのバス停で降りたなのは達4人。
その時、アリサは学校ではマナーモードにしている携帯電話にメールの着信がある事に気付いた。
今はまだ、アリサの携帯のメールアドレスを知っているのはなのは達かリンディ達くらいなので、リンディ達から何か連絡だろうとなのはとフェイトも考えていた。
しかし、
「なぁっ!?」
メールを開くなり、人目もはばからず、アリサは大声を上げた。
「ど、どうしたの?」
その声に驚き、数秒硬直したなのは達。
見ればアリサは、携帯を持つ手が震えていた。
「なのは、フェイト、直ぐに戻るわよ!」
「どうしたの?」
「これ!」
何があったのかと尋ねるなのはに、アリサは携帯を押し付けた。
ディスプレイにはメールが表示されている。
件名は『お仕事の話』と。
そして、内容は―――
「すずかちゃん、ごめん、ちょっとわたし達いかなくちゃいけないの」
「うん、わかった。
気をつけてね」
「うん」
それからなのは達は1度高町家に入り、そこから転移魔法でハラオウン家へに移動した。
ハラオウン家には時空管理局巡航艦アースラに繋がる転移装置があるのだ。
メールにはこうあった。
『ちょっと大規模な戦闘をしています。
放課後暇だったら来てね。
リンディ』
後書き
やっと完成しました、エピローグその2です。
エピローグのくせに上中下構成とかいうナニソレ的展開ですが。
しかも見事なまでに遅れて本当に申し訳ない。
今振り返ると何でこんなに時間掛かったのか、自分でも不思議に思えてならないくらいです。
体調不良とかなんて、過ぎ去ってしまえばそんな感じなんです……
さてさて、今回はなのは編のみの先行版としても既に出していますが、若干修正しての再掲載になってます。
ぶっちゃけ、どこ変えたの? と聞かれても、こちらも解らない、と言っちゃうくらい微妙な修正ですが。
なんで、読み返す必要はないかと。
さてさて、エピローグ2はなのは編、恭也編の本編の様な構成ですが、次でまた一つになります。
まあ、いきなり戦闘ですが。
エピローグのくせに戦闘が入ります。
因みに、この戦闘は当初の予定だと存在しませんでした。
でも、いろいろな事情から加えたものです。
まあ、エピローグ中に不幸が起きることは無いで、その点は安心してお待ちください。
では、次で本当に最後になりますが、次回もよろしくどうぞ。
管理人の感想
T-SAKA氏になのは編のエピローグを投稿していただきました。
ほのぼのはやはりいいですねぇ。
若干戦闘がありましたが、まぁこれも日常の範疇ですし。
なりそうでならなかった女の戦いとかもありましたけど。
恭也に関わる女性全員と面通ししたらフェイトはどうなってしまうのだろうか。
最後の一文が不穏な感じを漂わせていますが、それは恭也編でわかるのかな?
エピローグなので、多分拙い事態にはならない(メールの文面からしても)とは思いますがどうなりますか。
感想はBBSかweb拍手、メール(ts.ver5@gmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)