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墓地の一角。少しだけ、雑草の生えた墓の前。
そこに、美樹は立っていた。自分の中の幻想にけじめをつける為に。
彼女にとって現実を認めるための鬼門。そこに初めて、訪れたのだった。
「あなた、姫……」
時折誰かが、手を入れてくれているのか荒れ果ててはいない墓。
そこに花を手向ける。祈るわけでもない。ただ、花を手向けただけ。
「私、何をしたら良かったのかしらね……」
誰に呟くわけでもなく、美樹は言う。そこの墓には姫も埋葬されている。
答えを言って欲しい。私にどうすれば良いか指示して欲しい。
目的が薄くなって消えてしまった美樹には2人の意志が欲しかった。
だが、墓石が意志を伝える事もないし、死んだ人間の意志は自分で解釈するしかない。
「私……あなたに姫の為にって思ってたのよ……」
崩れ落ちた美樹は墓石を抱きしながら泣き、懺悔する。
これが、竜の顎と呼ばれていた人間と同じ人間であるといわれたら驚くであろう。
その位の落差がある。ただ、何もかもが剥ぎ取られた人間がそこにいた。
「お母さん……」
「姉さん、どんなに辛くても行っちゃ駄目だよ」
「判ってる……判ってるよ」
それを見守る二つの小さな影。干渉せずに干渉できずにそこに佇んでいる。
美樹が罪を背負う為に必要な儀式だった。彼女はこれから、誰にも抱えられない罪を背負う。
2人はそれを知っている。だから、美樹が、母親を支えられるように。
支えてもらえるように。ゆっくりと歩いていこうと決意している。
(姫……ちゃん。私、貴女の場所を奪うかもしれない。でも、貴女と私のお母さんの為に許してね……)
そっと、美樹の方を向くマルス。マルスの目に、自分と同じ顔をした幼い子供と知らない男の人が映る。
驚き。マルスが見たのはこっちを見て『かあさんをよろしく』と、口を動かしてから微笑んだ子供。
そして、子供を愛しむ様に頭を撫でる男の人。
「姉さん、どうしたの?」
ユピテルは姉の変な行動にちょっとだけ心配していた。だから、こんな言葉をかける。
マルスはユピテルの方向を向いて、もう一度子供の見えた方向を見る。
しかし、そこには何もいない。
「大丈夫?」
「…………えぇ。大丈夫」
美樹が墓石を離して立ち上がる。その目は泣き腫らしてしまっていた。
マルスは、姫が自分を許してくれるのだと理解するしかなかった。
(うん、任されたよ……だから、安心してね)
「お母さん、大丈夫?」
「心配かけて……ごめんね」
(今はまだ、会えないけど……いつかきっと何処かで。その時に胸を張って会えるように頑張るから)
美樹は心配そうなユピテルの頭を撫でながら、2人のそばへとやってくる。
そして、反応しないマルスの顔を2人で覗き込んだ。
(その時は、家族みんなで……)
「お姉ちゃん?」
「マルス?」
「あ、え!?」
いきなり覗き込まれたと思って驚き、飛び跳ねるマルス。それに驚く2人。
お互いに驚き、何も出来なくなる。始まったのは柔らかな笑いだった。
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神の居ないこの世界で−A5編− |
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