これはweb拍手の中で使われたものです。

 本編とは関係が有るようで無さそうな……

 没から生まれたのである程度、遊ばれています。

 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。

 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。

 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。

 設定と同じく文句を言われても困ります。

 その点をご了承ください。






    
 
神の居ないこの世界で


→相沢秋弦の生まれる日

 その日、秋子は喜んでいた。

 地面に足がつかないくらいに浮かれていたと言っても良い。

 病院から出てきて嬉しそうにお腹を擦る。


「祐一さんに、知らせないと」


 外面的には判らないが、診察の結果は子供が居るとわかった。

 まだ、男の子か女の子かは判らない。

 それでも、子供が居るというだけで十分な事だった。

 出来れば隣に祐一が居て欲しかったが、流石に無理はいえない。

 今の時期は大変なのはわかっている。kanonの再建に平定者の創設。

 これで忙しくなかったら、そのどちらも放置していると言っても過言では無いだろう。

 本当に出来れば隣に居て欲しかったのは言うまでも無い。

 だから、ちょっとした悪戯心もあって祐一の仕事先に電話することにした。









 kanon本社には倉田一弥の部屋はまだない。代わりに倉田佐祐理の部屋に彼の机がある。

 kanon理事である佐祐理の部屋には3つの机が有る。

 中央に理事である佐祐理の机。佐祐理から見て右側に舞の机。

 そして、左側に一弥の机がある。さらにその先にはソファーなど応接用の家具が置いて有る。

 ちなみに、佐祐理の机に書類の山が出来る時は大抵右側に出来るのだった。

 これに深い意味は無いらしい。

 一弥の机の上には殆どつながることのない電話があった。それもそのはず。

 この部屋直通の電話であり、知っている人は限られている。

 それが鳴った時にはちょうど休憩中であり、ソファーで3人がくつろいでいた。

 一弥の作ったクッキー等で午後のお茶会をしていた時のこと。

 紅茶を作り終えた一弥が2人の前に紅茶を置いてその受話器をとる。


「はい」

『あ、一弥さんですか?』


 相手は秋子だった。一弥は何の意図があって電話をしてきているのか解らないだけに困惑している。

 この電話は緊急時にしか使わない事は番号を知っている誰だって心得ている。

 そのはずなのだが、秋子の声にはそんな緊張感が皆無だった。

 一弥が、ちょっと困った風にしているので、佐祐理がすかさず舞にアイコンタクト。

 内容はこの電話を私たちも聞けるようにしてという内容。

 舞も、判っているのですぐに行動に移す。

 一弥はそんな事も気づかずに普通に会話をしている。

 会話が聞かれているとも知らずに。

 舞と佐祐理は舞の持っている子機に仲良く耳を当てていた。


「何か、大変なことでも?」

『えぇ、大変なことです』

「何か問題がおきましたか?」

『もの凄い問題ですね』

「あの、それを教えてもらえませんか?」

『出来ちゃいました……子供』


 一瞬、何の事だか判らないという表情をする一弥。

 しかし、心当たりはあるし、そういった覚悟もあったが、こう言われるとどう反応して良いか困ってしまう。


『もしかして、迷惑でしたか?』

「あ、いえ、迷惑だなんて!」

『そうですか……良かった』

「すいません、仕事が終ったらすぐに行きます!」

『はい、待ってます』


 とりあえず、そこで電話が切れる。

 一弥は口元だけを変化させている。

 複雑すぎる感情なのか、それを他人が理解するのは難しい。

 いや、本人ですら理解するのは難しいだろう。

 喜んで良いのか、誇って良いのか。

 ちなみに、一弥と秋子が会話をしていた時の残りの2人のアイコンタクトはこんな感じだった。


(舞、緊急事態ですよ〜)

(はちみつくまさん)

(しかし、覚悟はしてましたが……まさか一番乗りとは……)


 ふう、と溜息を吐く一弥に優しい顔をして近づく2人。

 しかし、優しい表情の裏には何かあるかもしれない。

 一弥はそれを感じ取って、冷や汗をかく。


「あはは〜、一弥どうしましたか?」

「一弥、何の電話だったの?」

「え!? いや、あの」


 弾劾裁判ではないが少なくとも一弥の中ではそんな感じだった。

 2人は覚悟していたが、これほど早いと嫉妬してしまう。

 それも盛大に。


「あはは〜、隠し事はよくないですよ〜」

「嘘吐きな一弥はそのうち斬られる」

「えっと、まだ嘘はついてないんだけどな……」


 佐祐理が自分の隣をバシバシと叩いて座るように促す。

 それを無視できるほど一弥は豪胆ではない。

 舞はそれを見て、しまったと思うが一弥の前に座れるのだから良いかと思った。


「さて、洗いざらい話してもらいましょうか〜」

「きりきり言わないと後が怖い」

「あはは、はぁ」


 一弥は諦めて正確に一字一句間違えずに自分の子供が出来た事を言う。

 そして、今の心境も。

 舞と佐祐理はそれを聞いて、何とか自分の気持ちに折り合いをつけようとしていた。


「嬉しいんです。ただ、俺が本当に子供を貰って良いものか……」

「一弥? 何故、無責任な事を言ってるんですか?」

「うん……無責任だと思う。でも、姉さん達が俺を許してくれるかな?」


 つけていた視覚補正ゴーグルを外して表情を明かす。

 不安なのはわかる。彼が躊躇っているのは舞も解っていた。


「俺が幸せになって良いのかな? 姉さん達の権利を奪ったのは俺なのに……」

「一弥……大丈夫。私は許すから、たぶん、解ってくれる」

「そうですよ。家族の幸せを願わない人なんて人間じゃありません」

「でも」

「駄目ですよ。生まれてくる子には罪はありませんし、それに誰にだって幸せになる権利は有ります」

「そう、私にも佐祐理にも祐一にも。だから、目をそむけないで」

「そっか……ありがとう」


 一番乗りは許しましたけど、独走は許すつもりはないですけどね〜、と佐祐理。

 必ず祐一の子供は生むから心配しないで、と肩を軽く叩く舞。

 何だか、あらゆる意味で台無しだったのは言うまでも無い。

 だが、心が軽くなっているのは確かだった。





 半年後、生まれてくる子供は秋弦と名付けられた。

 可愛い女の子だった。






 
神の居ないこの世界で


→相沢秋弦・成長記1

 相沢秋弦の生まれた日。それに残念ながら祐一は立ち会えなかった。

 仕事で大変だったのは言うまで無い。

 平定者にkanonの仕事。目まぐるしい毎日だった。

 ちなみに、子供(女の子)を生んだのは秋子。

 佐祐理は子供を生んでも育てる暇が無いほどに忙しい。

 舞は佐祐理と一緒に行動しているのだから無理だ。

 その2人は分刻みの予定で行動している。

 kanonという会社が大きくなればなるほど2人は子供と言うキーワードから遠のいて行くのだった。


「子供は欲しいですけどね……」

「でも、祐一と居られれば良い。それにチャンスはまだ長い間ある」


 それが2人の意見だった。

 残りの2人、真琴と美汐も当分子供を作るつもりはない。

 一緒に眠れれば良い真琴。

 やけに古風な意見で子供作りよりも、祐一との精神的な絆を求める美汐。


「あぅ……難しい事判らない……」

「何も肉体関係だけが女の幸せではありません」 


 結局、子供を作ったのは秋子だけだった。

 立場的なものもある。

 祐一とは違い、平定者のバックアップを中心に行う秋子にはまだ余裕がある。

 加えて、秋子がHドールを操れない事もある為だ。



 さて、ここから先は祐一と秋子の子供が生まれた時のお話。

 お祝いと息抜きも兼ねて、kanon所有の船舶に秋子を招待した時の事だ。

 もちろん、佐祐理や舞、美汐と真琴も居る。

 心から、生まれてきた子供を祝福したのは言うまでも無い。

 そんな時の事。

 授乳している秋子の横で舞が祐一に質問する。


「祐一、この子の名前は?」

「あぁ、秋子さんと相談して秋弦(しずる)って」

「えぇ、2人でそう名付けたんです」


 幸せそうに微笑みあう2人。

 秋子に抱きかかえられている赤ちゃん、秋弦は微妙に不機嫌そうだった。

 まるで、自分の存在を忘れて2人の世界に入っている秋子と祐一を責めるように。

 秋弦が祐一の手に移動したとたん、一転して機嫌がよくなる。

 秋子には何か納得のいかないものがあった。


「あはは〜、笑うとさらに可愛いですよね〜」

「あぅ……小さい手」


 真琴が、秋弦の手を壊れ物を扱うようにいじる。

 美汐も同じように手に触れながら呟いた。


「可愛いですね」

「まぁ、な」

「祐一……抱かせて」


 可愛いものが好きな舞は真っ先に祐一に言う。

 祐一も快くそれを承諾して舞に手渡そうとする。

 秋子はそれをちょっと観察するような仕種で見ていた。


「可愛い――「ふぇ、ふぇぇぇぇえぇぇぇぇ!」」


 祐一の手が離されて舞の手の中に秋弦が納まったときにいきなり泣き出した。

 いきなり泣かれておろおろする舞。

 先ほど秋子が授乳していたのは見ていたし、他に原因になるものが見当たらない。


「―――くない」


 可愛いと言うのを急遽変更した舞。

 何故泣き出したのか、わからず困惑していた。

 確かに、急に泣き出されたら可愛いものも可愛くなくなるかもしれない。

 手をいやいやと振り、祐一の手のほうへと伸ばす。

 舞は諦めて祐一に秋弦を返した。

 返したとたん、ぴたりと泣き止む。


「あ、あはは〜、なんだったんでしょうね?」

「佐祐理……笑い事じゃない」


 態度で舞が佐祐理にやってみろと言っていた。

 佐祐理も秋弦を抱くべく手を伸ばすが、今度は秋弦に触れるか触れないかで泣き出した。

 佐祐理も泣きそうな顔になりながら、手を引く。

 そのとたん秋弦は泣き止んだ。


「あぅ〜、祐一……お腹すいた」

「ん? ああ、わかった。秋子さん、秋弦をお願いします」

「はい、解りました」


 流石に秋子の手に移った時は泣かなかった。 

 だが、何故か不機嫌そう。秋子は困った顔をする。

 秋子が適度にあやして、ようやく機嫌がよくなったのだった。


「あぅ〜、笑うと可愛い」

「真琴ちゃんも抱いてみます?」

「え? いいの?」


 先ほど失敗している2人を見ていて、なお嬉々として手を伸ばす真琴。

 ある意味根性がある。もしくは何も考えていないのか。

 今度は泣かずに、ある程度機嫌よく真琴の手の中に納まる。

 壊れ物を扱うように秋弦を抱きかかえながら、微笑む真琴。


「あぅ〜、小さくて可愛いっ」 

「あぅ〜?」


 それを納得いかないような感じで見る舞に佐祐理。 

 可愛いをひたすら言い続ける真琴。

 秋弦にツインテールをいじられているのに、あまり気にならないようだ。

 美汐は何かに気がついて、真琴に話しかける。


「真琴、私にも抱かせてください」

「良い?」

「えぇ、どうぞ」


 今度はすんなりと美汐の手の中に入った。

 やはり釈然としない、佐祐理に舞。

 先ほどの違いと言えば、祐一が居るか居ないかだけである。


「ふむ……もしかするとですね」

「あぅ? 美汐どうしたの?」

「えぇ、佐祐理さん。どうぞ、今回は大丈夫ですよ」

「ふぇ?」


 そう美汐に太鼓判を押されて、戸惑いながら秋弦を抱きかかえる。

 今回は何事もなく、佐祐理の手の中に入った。


「……どうして?」

「よく判らないですが……相沢さんが居ると興味がそちらに向いてしまうみたいですね」


 なんと言って良いか判らないといった感じの顔で美汐が言う。

 舞も佐祐理から秋弦を抱かせてもらうが何も泣きもしない。

 変わり身が早いと言うか、何と言うかだった。


「あぅ……ファザコン?」

「……否定できないです。はぁ」


 育て方を間違えたのかしら、と言った感じで困ったように頬に手を当てる秋子。

 育てるも何も、生まれたばかりの子供なのだ。恐るべきはその本能か。

 侮れない子もしくは、なんて怖ろしい子と、秋子以外に認識される秋弦だった。






 
神の居ないこの世界で


→相沢秋弦・成長記2

 秋子が上機嫌に部屋の掃除をしていた。

 祐一が仕事で長期間、秋子と一緒に居られるからだ。

 もちろん、美汐や真琴はもちろんの事。

 だが、それでも一緒に居られるのは嬉しい。


「ウフフ……」

「きゃ、きゃ」


 秋子が上機嫌で嬉しいのか。

 それとも、祐一と一緒に長い間、居られるのが解って嬉しいのか。

 秋弦は上機嫌だった。

 最近、秋弦は離乳食を食べるようになり、危なそうにだが、歩けるようにもなっている。

 興味が色々な物に向けられて、秋子には大変ながらも嬉しいものを感じることが多かった。

 ただし、女の子らしいものには興味は示さないのには困ったものだが。

 女の子の人形よりも、怪獣の人形。おままごと道具よりもチャンバラ刀みたいに。

 どちらに似たか論議になるが、それは初めのうちにやめる事になった。

 何故なら、祐一は小さい頃を殆ど覚えていない。

 覚えているとしたらあの灰色の記憶からである。

 だから、幼少と呼ばれる頃の記憶がほとんど無い。

 秋子は秋子で、自分はどうだったろうかと思い出してみるが、自分ではボヤけてしか覚えていない。

 あの姉に聞くのも何だか嫌な気もする。

 多分有る事無い事を面白おかしく脚色してくれそうな気がしてならない。

 最近では有夏にからかわれてばかりなので、どうしても聞けずにいたのだった。


「もっと女の子らしくしても良いのでしょうけど……」


 贅沢な悩みだと、知っているがなんと言うか、落ち着かない。

 親の贔屓目を向いても十分に可愛いのだ。

 秋子譲りの青い髪に、穏やかな目。

 祐一譲りのサラサラな髪に、真っ直ぐに筋の通った鼻。

 将来は絶対に美人になる。そう秋子は思っていた。

 回りの評価も似たようなものだろう。

 今は可愛い女の子なのだが、手に持っているものに違和感がある。何故ならチャンバラ刀だから。

 それを見て困ったように微笑む秋子。


「秋子は、居るか?」

「居ますよ。いらっしゃい、姉さん」

「ご無沙汰してます、秋子さ……」


 祐夏の言葉が、途中で止る。

 その視線の先には秋弦が居た。

 しかも、ばっちりと目があっている。

 船室に入ってきたのは祐夏と有夏だった。

 有夏名義の船なので有夏が居るのはおかしい事ではない。

 ただ、クロノスで働いている祐夏がここに来るのは珍しいともいえる。


「お久しぶりです。祐夏ちゃん」

「ふむ、その子が秋弦か?」

「はい、そうですよ。秋弦、こっちにいらっしゃい」

「う?」


 よく判らないが、呼ばれているから来るみたいな感じで秋子の足元に来る秋弦。

 秋子は秋弦を優しく抱き上げる。

 秋弦の視線が有夏と秋子を行ったり来たりしているのが解った。


「まぁ〜まぁ〜?」

「ふむ……私は有夏だ……ママじゃないぞ」


 有夏の顔に手を伸ばそうと、秋弦が手を伸ばしている。

 その小さな手に有夏の手が重なった。

 有夏と秋子は確かに、外見は似ている。

 たが、この反応はないのではないのか、と多少傷つく秋子。

 有夏がそれを見逃すはずが無い。


「秋子、もしかして私と同じと思われて少し凹んでいるだろう?」

「そ、そんなわけ無いじゃないですか」


 つまりながらもちゃんと否定しておく。

 有夏はそれに突っ込みはしなかったが、疑惑の目で秋子を見続けた。

 ちなみに、まだ祐夏は固まったままだ。

 有夏は秋子に一歩近づいて、秋弦の顔を観察する。

 秋弦も有夏に興味があるのか、自分の手が伸ばせる範囲で有夏の顔に触ろうとする。

 結局、秋子の手から有夏の手に秋弦が移動するのだった。

 ぺたぺたと不思議そうに有夏の顔を触る秋弦。


「まぁ〜まぁ〜」

「……可愛いものだな。どうだ秋子、この子を私に預けないか?」

「嫌です」


 目の笑っていない笑顔で一秒もかけずに即答する秋子だった。

 解っているが、もしかしたらという顔をする有夏だったが、すぐに視線を秋弦に戻す。

 解り切った答えなのは言うまでも無い。

 有夏は舌打ちをしたが、秋子は無視した。麗しき姉妹愛だった。


「その子は、えっと、秋子さんと……えー?」

「どうした祐夏? この子は祐一と秋子の子供だぞ?」


 ようやく再起動した祐夏はその言葉にあたふたとする。

 秋弦は不思議そうに祐夏を見ていた。

 そしてその動きが面白いのかケラケラと笑い出す。

 秋弦の笑い声で我に返る祐夏。


「えっと、なんて言って良いか判らないけど……おめでとうございます」

「ありがとう」


 秋弦は有夏の手から降りたがる仕種を見せる。

 有夏は素直に秋弦を下ろした。

 ふらふらと祐夏の近くまで歩いて行く。

 そして、珍しそうに見上げるのだった。

 再びばっちりと目が合い、しげしげとお互いを見詰め合う。


「えーっと、お兄ちゃんと……えぇぇぇぇぇえぇ!!」


 大声を上げる祐夏。秋弦が泣きそうな顔になる。

 祐夏はようやく目の前の子供とかの、現実が巧くかみ合った。

 有夏が秋弦を抱き上げあやしながら、祐夏に言う。


「どうした、何か問題でも?」

「問題とかじゃなくて、お兄ちゃんの!?」

「何だ、お前は祐一の事が好きだったのか?」

「あらあら、祐一さんは人気者ですね」


 困った顔をする祐夏。

 混乱は収まらないものの、何とか言葉を形にする。


「お兄ちゃんに感じてたのは家族愛で……恋人同士の感じる愛じゃないの!?」

「それなら、良いじゃないか」

「うー! 良いもん! 私には繭ちゃんが居るから!」   


 やはり祐夏は、程よく混乱している。

 有夏は秋弦と共にケラケラと笑い、秋子は心配そうに祐夏を見ていた。 

 秋子はその後、有夏に心配そうな視線を送ったが気づかれなかった。

 やはり、麗しい姉妹愛だった。






 
神の居ないこの世界で


→相沢秋弦・成長記3

 街、唯一の喫茶店、『Polar bear』。

 愛くるしい感じの白熊がなぜかジョッキを片手に酔っ払ったような看板の店。

 第一印象だけで言えば、喫茶店じゃないだろう。居酒屋のような看板だった。

 その入り口には、本日、祝い事のため貸切という張り紙が貼り出してある。

 中には3人づつに分かれた男女が談笑していた。いや正確には片方が4人だが。


「本当に、隊ちょ……秋子さんって若いですよね……」

「秘訣を教えて欲しいです……」


 お茶をすすりながら、女性3人が姦しく話している。

 その三人とは秋子、瑠奈、皇子の三人。

 三人の視線の先には祐一に肩車されている秋弦が居た。

 いや、正確には祐一の頭に張り付いて離れない秋弦が居るのだった。

 喫茶店に入る前に降りるように言ったのだが強硬に反対された。

 加えて、祐一からの援護射撃もあって諦めたのだった。

 確かに、普段余り会えていないのだから、しょうがないと思うが。

 秋子は微笑みつつ、微妙に顔を曇らせている。

 祐一と居る時には秋弦は彼にべったりだからだ。


「秘訣は……そうですね」

「え、ちょっと待ってください」


 皇子がメモを用意して秋子の言葉を一字一句を逃さないように意識していた。

 秋子の言う事を真剣に聞き、書き逃す事をしない。

 瑠奈もメモこそ、とらないが真剣に聞いている。

 秋弦を見てやはり、子供が欲しくなったようだ。


「皇子さんは、男の子と女の子どっちが良い?」

「私は、やっぱり男の子ですね」


 瑠奈のその一言に皇子は即答した。

 その視線の先には祐一の頭に張り付いて舟をこいでいる秋弦が居る。

 コアラのように祐一の頭に張り付いて眠っているのは器用なことだった。


「自分の子供でも多分。私、圭一さんを独占されたら……どうなっちゃうか想像できてしまいますから」

「……皇子さんらしいですね」

「今なら少しその気持ち解ります。私に懐いてない訳じゃないんですけどね」


 確かに、圭一が今の秋弦のように独占されたら凄いことになりそうだと秋子と瑠奈は簡単に想像できる。

 難しいと思う。子供が憎いかと言えば否なのだが。

 祐一を独占されて悔しいかといわれれば、肯なのだから。


「私は潤の子供なら男の子でも女の子でも良いですよ」

「あ〜、私も子供が欲しい!」


 女性陣の会話はそんな感じで展開されていく。

 一方のグループは、面白おかしそうに話している。

 どちらかと言えば、子供どうこうではなく、料理の品評会みたいな感じだ。

 実際に料理の品評会と、街のこれからのことを相談しているのだから。


「どうだ? 今度これメニューに加えようと思うんだが?」

「これは……手間がかかるんじゃないか? 北川」

「出前を取りたくなります。……そんな事をすれば皇子は拗ねますけどね」

「手間はかかるが、難しい料理じゃない。俺にも出来るしな」


 初めは秋弦だって参加していた。

 しかし、話が難しくなってくると、夢の世界へと旅立ってしまう。

 祐一はそれに気がついているが、がっしりと掴まれた手がそれを邪魔する。

 寝ているのに祐一の頭を離そうとはしない。

 圭一が申し訳無さそうに、書類の束を北川と祐一に渡す。


「これは、街の守備隊の要綱です。目を通しておいてください」

「今日ぐらい、のんびりさせてやれよ。圭一」

「ですから、言っているじゃないですか。目を通しておいてくださいと」

「すまないな、気を使ってもらって」


 ちなみに北川と圭一の仲は良好である。

 瑠奈と皇子の仲は北川と瑠奈が恋人だとわかると良好になった。

 久瀬夫妻は週に一回、北川夫妻の喫茶店に食事に来る。

 その位、仲が良い。その北川が、心配そうに祐一を見ていた。


「なぁ、相沢。物凄く失礼な事を聞くが……」

「うん? なんだ?」

「もしかして、その子……その歳にしてファザコンか?」

「………………違うと思う」


 かなりの時間が空いたが祐一は否定した。

 秋子に秋弦は懐いてない訳ではない。

 むしろ、仲は良好である。仲の良い親子なのだが。

 ここに祐一と言う要素が入ってくると複雑になる。

 その結果が、現在の状況であった。


「ふふふ、北川君と同じ意見に一票です」

「ここまでべったりなのは見たこと無いからな」


 確かに、ここまでべったりなのは珍しいのかもしれない。

 だけどなぁと思う、祐一。

 そんな事も知らずに、秋弦はすやすやと寝ていた。


「一応、反論しておくと毎日会ってないせいだと思うぞ」

「確かに、相沢君は二重生活をしていますからね」

「慕われるのも大変だな」

「寂しい思いをさせてないか、心配だよ」


 完全に寝てしまった秋弦を優しく頭から引き剥がす。

 そして、頭を撫でながら落とさないように抱く。

 がし、と秋弦にその腕が掴まれて抱きしめられた。

 秋弦はそれで幸せそうな顔で眠っている。


「凄い幸せそうな顔ですね」

「そうだな……相沢もこの顔を見たら安心できるだろ?」

「あぁ、もっと一緒に居られるように努力はするけどな」


 それは大変だが、頑張れと北川はエールを送る。

 頑張るさと、祐一は言い返した。


「さて、難しいお話は終りましたから、あちらと合流しましょうか」

「瑠奈、テーブル動かすぞ!」

「はーい。じゃあ、私は追加の飲み物と食べ物用意しますね」


 北川と祐一はテーブルの端を持って2つのテーブルを一つにする。

 圭一はいすを移動させた。

 女性陣は瑠奈を中心に食べ物と飲み物の準備をする。


「さて! 堅苦しい話は終わりにして、今日は相沢一家のお祝いだ!」

「皆さん、グラスは行き渡りましたか?」


 皆に、飲み物が行き渡り乾杯、と北川が音頭を取った。

 騒がしい一晩の始まりだった。

 ちなみに、秋子が秋弦を抱こうとしたら秋弦が目を覚ました。

 そして、父親が良いといって駄々をこねたのだった。

 そのひとコマすら、話しの肴になっていた。






 
神の居ないこの世界で


→相沢秋弦・成長記4

 平定者が活動している船の中。

 船医も勤める聖は普通に通路を歩いていた。

 暇を持て余していた感もあったし、何より日課の散歩だった。

 もしかすると、祐一に会えるかもと言うちょっとした下心もある。


「ん?」


 そんな、通路を歩いていた時だった。

 天井の通風孔にはめられていた網がいきなり外れた。

 聖の10歩ほど前で、である。


「何事だ?」

「えへへ」 


 ひょっこりと顔を出したのは照れた笑顔を浮かべた秋弦だった。

 器用にパイプなどを使って通路に降り立つ埃まみれの秋弦。

 これを見れば、なるほど、祐一と血が繋がっていると理解できる。

 行動力がミニサイズの祐一だった。


「何をしているのだね……」

「ぱぱに、あいにいくの!」

「そうしたらどうやってそこに出るのかな?」


 きょろきょろ辺りを見渡してから秋弦は聖に微笑む。

 基本的に、船の中で聖と茜は味方だと知っているのだ。

 ちなみに、秋弦の中で要注意人物は有夏に秋子。それに美汐である。

 まだ評価保留なのが真琴、佐祐理、舞だ。


「あのね、あのね、ままはね、しずるをこーそくするの。ままのいんぼーなの」

「それで逃げてきたというのかい?」

「そーなの」


 そこまで、話した秋弦は急に聖の白衣の前を閉めてその中にもぐりこむ。

 聖は何事かと対応できなかった。


「な、なにを」

「しー、しずかに。ままにみつかるの」


 そこに、秋子が走ってきた。

 顔には、墨のようなものが塗られている。

 冷たい笑みを浮かべた秋子。明らかに怒っている。

 穏やかな秋子が怒っているのを見て、聖は息を飲んだ。

 そして、秋子の顔に墨を塗ったのが白衣の中に居る秋弦なのだと想像できる。


「秋弦? お母さんは怒ってないから、出てきなさい」

「……秋子さん、あの」

「なんですか? すいません、後にしてもらえますか?」


 秋弦が聖の白衣の中に隠れているのは一目瞭然だった。

 不自然に閉まった白衣の前。そして、裾から脚が4本生えているのだから。

 冷たい笑みのまま、白衣の前を無理やりあける秋子。普段の秋子からは考えられなかった。

 瞬間的に上へと逃げる秋弦。上とは聖の上半身である。


「秋弦! 待ちなさい!」

「またないの! ぱぱがしずるをまってるの〜!」

「あん、こら、やめな、んあぁ! あ、秋子さ、ひゃうん!」


 聖を中心にして、秋弦と秋子の鬼ごっこが始まる。

 器用に逃げ回る秋弦。懸命に追いかける秋子。

 間に居る聖は色々なところを触られて、艶っぽい声を強制的に出さされてしまう。

 しかし、そんな事も露知らず、親子は鬼ごっこを続けていた。


「待ちなさいっと言っているの!」

「またないの! ぱぱがまってるから!」


 ようやく、聖が解放されたときは視界の隅に親子が見える程度だった。

 嵐が過ぎ去った後は着衣が微妙に乱れ床にへたり込む聖が残される。

 放心したように呟く、聖。


「な、なんだったんだ?」


 その後、秋弦に注意を払うようになった聖だった。

 ちなみに船内では名物化する危険性があるな、と祐一に警告したのも聖だ。







 一方、祐一は格納庫に居た。

 オイルにまみれながら、茜と機体の整備をしている。

 今、整備しているのは真琴の機体であった。


「祐一さん、こっちの腕の部品交換は終りました」

「早いね……ありがとう。さって、こっちも終った」


 整備し終わった機体を2人で見上げていた。

 2人とも、オイルにまみれて真っ黒である。

 祐一が、茜にタオルを渡し、先に使ってと言った。

 茜は申し訳無さそうな顔をしながら、好意に甘える。


「面白い構成ですよね?」

「そうか? 俺はこのくらいが好みなんだけど」


 そう言った機体の話に移ろうとしたとき。

 ばたばたと格納庫の入り口が五月蝿くなった。

 秋弦が格納庫の中に入り込み、きょろきょろしながら走り回っている。

 そして、目的の人物を見つけたとたん、笑顔になり一直線に向かってきた。

 埃にまみれたその姿を見て、眉を寄せる祐一に茜。


「ぱぱ!」

「一体何があったんだ?」

「今の時間は多分、お勉強の時間だと……秋子さんが昨日言ってましたし」

「逃げてきたと言うわけかな?」


 続いて、顔を墨で真っ黒にした秋子が格納庫に飛び込んでくる。

 秋子も、秋弦に負けず劣らずに埃まみれであった。

 それを見て何だか想像がつく祐一。

 勉強していたが、隙を見て秋子に目暗ましをして逃げてきたのだと。

 とりあえず、飛び込んできた秋弦を優しく抱きとめる。


「ぱぱ! ままがこわいの……」


 嬉しい表情を出来るだけ怯えた表情にして祐一に訴えかける秋弦。

 その表現力に茜は舌を巻く。

 ただ、その埃まみれの姿はいただけなかった。

 祐一は秋弦を優しく地面に降ろし、頭をコンと叩く。


「ぱぱ?」

「勉強はしっかりしたのかい?」

「えっと、きょうのぶんはしたの……」

「秋子さん、本当のところは?」

「半分も終っていません」

「秋弦、終ったら遊んであげるから。しっかり勉強しなきゃ駄目だぞ」

「うん……わかったの……」


 よし良い子だと祐一はぐりぐりと秋弦の頭を撫でた。

 秋弦は気持ちよさそうに、祐一を見上げる。

 秋子もようやく頭が冷えたのか、今の格好を反省できる余裕が出来ていた。

 恥ずかしさで顔をほんのり赤くする秋子。


「秋子さん、これを使ってください」

「えぇ、里村さん。ありがとう」


 祐一に優しく説教をされている秋弦を横目に秋子はようやく顔にかかっている墨を落とした。

 そして、大きく溜息を吐いた。


「まま、ごめんなさい……」

「じゃあ、続きをしましょう」

「うん!」


 先ほどとは一転した素直さで返事をする秋弦。

 普段から私に今みたいに素直だと良いのにと秋子が思ったのは秋子だけの秘密だ。

 仲睦まじく格納庫から戻って行く秋子と秋弦。

 埃を落とす為に勉強に戻る前にお風呂に入るだろう。


「すまないな。色々と迷惑をかけて」

「いえ、秋弦ちゃんはまだ子供ですから……それよりも打ち合わせをしましょうか」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。今すぐ用意するから」


 打ち合わせとは、機体の改造などを話し合う事である。

 ちょっとしたお茶会であり、茜が祐一と2人っきりになれるチャンスでもあった。

 茜のちょっとした甘いひと時はまた別のお話。