これはweb拍手の中で使われたものです。 本編とは関係が有るようで無さそうな…… 没から生まれたのである程度、遊ばれています。 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。 設定と同じく文句を言われても困ります。 その点をご了承ください。 神の居ないこの世界で
早朝。まだ朝日も昇っていなく、太陽が顔を出す前の一番暗い時間帯。 とは言っても日の光も届かない地下施設。 kanon本社にある地下射撃場を兼ねたドールの訓練施設。 真琴と美汐はそこで仕事をしている。 天井がむやみに高く、地面には草が生い茂っている。 風がランダムな方向で流れていて、明かりをつければ平原の一部を切り取って持ってきたように感じられるだろう。 現在は明かりが落とされて、かすかに周りが見えるに留まっていた。 ここではスノウドロップの仕事、機体の試運転かつデータ取りであった。 真っ暗の中、そこには機体が動く音だけが響いている。 「あぅ〜、これで最後だよね?」 『えぇ。そのライフルの試射でお終いです』 真琴は機体の手を最後に残ったライフルに伸ばした。 夜間訓練も兼ねた試射。美汐はその手伝いと他の近接武器の検査である。 人工的に夜が作れるのだから、いつでも良いじゃないかと思うかもしれない。 しかし、体にはリズムがあり時間を合わせるだけでも意味がある。 さて、真琴は既に2種類のライフルの試射を終えていた。 「えっと、ハンニバルだっけ?」 『はぁ、そのライフルはカーニバルですよ』 ため息を吐きながら、名称の訂正をする美汐。 とりあえず悪い事をしたと思った真琴は謝罪の意を美汐に伝えた。 美汐は悪気は無いのは解っていますと通信を入れながら標的を用意する。 流石に美汐の乗っている試作機を的にするわけにもいかないからだ。 的にはどれだけの破壊力が出たか、各種色々なセンサが入っている。 的の足はホバーになっており、適当な動きをするようにプログラミングされていた。 適当な動きとは完全にランダムな動きのこと。真琴の訓練もかねているのだ。 それを立てて、美汐はスイッチを入れた。 ばぁぁぁぁぁ、と風を巻き起こしてそれが動き始める。 『真琴、10秒後に試射を開始してください』 「了解!」 美汐機が標的から手早く離れて行く。 真琴はそれを感じながら、ライフルに機体の手を這わせた。 銃身は体の半分ほど。ライフルにしては弾丸の数が多い。 きっちり十秒後に真琴は試射を開始する。 ダララララララララララララララララ! 真琴はいつものつもりで、指を引き金にかけて、それを引いた。 しかし、それはマシンガン張りに弾丸を吐き出す。 「あ、あぅ〜!?」 それに驚き戸惑いながらも、標的に向かって弾丸を飛ばす。 いつもと違う感覚にもの凄く戸惑いながら真琴はなんとか的に弾丸を当てていた。 しかし、まだ心が落ち着かないのか、目を白黒させている。 目を白黒させながらも、色々なパターンで引き金を引く。 関連の無い動きをする的を狙って銃を微調整しつつだ。 ともかく、試射は終って真琴は溜息を吐いた。 「あぅー……何だか手がジンジンする……」 『お疲れ様です、真琴』 「うん、さぁ、帰って寝よう?」 『そうですね、その前に纏めるだけ纏めてからです』 「あぅ〜……」 語尾の勢いが下がっていた。テンションダウンといった所であろうか。 物を書くのは苦手じゃない真琴。でも時間が悪い。 いい加減疲れているが、仕事なのだからしょうがないという意識である。 ちなみに、美汐は美汐で、新型のロッドの強度検査をしていた。 二人の仕事といえば、お互いに武器の性能と試射、使い心地を確認して表に纏める。 気がついたことがあったら、それを書き込んでレポートにする。 それが平定者の活動の間にする仕事だった。 スノウドロップと言っても今はまだ2人しか居ない。 正確にはアイビーに居る北川も所属しているのだがそれは給料を公費で落とす為の処理の為だ。 さりげなく、北川はkanon社員という事になっている。 格納庫にドールを収めて、ドールを降りた2人は調べた武器、機体の講評を始める。 「えーっと、確かこれはこんな感じ……」 「14回目にひび割れを確認、強度に問題あり」 「あぅ〜、手がジンジンするから、そこなんとかしてほしい」 「構造的に無理がある……設計のやり直しを検討した方が……」 二人の書く文章の違いは面白いほど現れる。 美汐が論理的に意見をしっかりと用意し説明する文章を書く。 対して、真琴は感情論的に書く。 きっちりと回数を数え、どんな推移でどうなったか。 要点を押さえ、意見が愚直なほどしっかりしている美汐。 感情的にこれが使いにくい、やってて違和感がある。あぅ、何だかこれがいや。 要点を押さえずに、意見に意外性がある真琴。 佐祐理に報告する文章は面白いほど個性的に仕上がる。 ただ、2人とも決定的な欠陥は見逃さない。 だから、佐祐理は2人の意見を重要視している。 「おわったぁ! 美汐は?」 「こちらも終りました」 大きく伸びをする真琴。 美汐が終ったと聞くと、大きく欠伸をしながら微笑んだ。 「大きな欠伸ですね」 「もう、早く寝たいよ」 「確かに、そうですね。書類は……一弥さんのポストに入れておきましょう」 纏めたレポートを封筒に入れながら美汐は立ち上がる。 真琴も同じく立ち上がってそれに続いた。 地下格納庫を出て、歩きながらしっかりと封筒に封をする。 エレベータに乗り込んで、上のボタンを押す。 「真琴、確認してください」 「……うん、大丈夫だよ。美汐」 エレベータから降りて、玄関ロビーを経由して社員入り口から少し外れたポストを目指した。 封をされた封筒をポストに投函する。 ポストと言っても朝に一弥が見るポストだ。言うなれば、一弥専用ポストである。 仕事で本社に居ない時は帰ってきたときに見る。 それは何故か意見箱とも呼ばれている。 元々は一弥宛に届く書類を入れておくポストだったが何故か色々なものが投函されるようになった。 もっとも、それは社外から投函できるものではなく、社内の人間しか知らない。 とりあえず、今の所は悪意のある投函はされていない。 「仕事は終りました。帰りましょう」 「うん、帰って寝よう」 大きな欠伸をする真琴。美汐も少し小さく欠伸をした。 さて。彼女達がどんな夢を見るか誰も解らない。 もっとも、数時間後にアリアとサラサに起こされて2人は大変ご立腹になるのだが。
エリアAでは倉田一弥の朝は起こされることから始まる。 大抵は秋弦。秋弦ではないときは秋子ある。他のメンバーの時もあったが最近は固定化されつつあった。 そして、秋子と共に台所に立って朝食を作る。 最近は秋弦がお皿の用意など手伝う事が多くなった。 朝ごはんは大抵みんなが揃ってから食べるのが通例。 「えっと、秋子さんは目玉焼きは半熟でしたよね?」 「そういう祐一さんは両面カリカリでしたよね?」 そんなこと言い合いながら朝食を作る。 それぞれの好みに合わせて料理を分ける。 これは朝食に見える特色である。夕食や昼食ではこんな事はしない。 朝のメニューが比較的簡単だから出来ることでもあった。 2人が朝食を作り始めるとぽつぽつと人がおきてくるのが普通だ。 食堂というよりもリビングには大体、、聖、佐祐理、美汐の3人の内、誰かが一番早く席に着く。 この3人は大抵、新聞もしくは医療系、工学系の論文を目にしている事が多い。 次いで、茜、詩子、メルファ、ファイの4人が入ってくる。 このメンバーは席に着く前に手伝える事が無いか探す事が多い。 もっとも、手伝える事がなくて大人しく席座ることが多い。 秋弦が手伝うようになって仕事がなくなっているからである。 これは一番初めに入ってくるメンバーにも言える事でもあった。 無理に手伝うのではなく、厚意に甘える形が多い。 手伝えるなら、問答無用で手伝う人も多いが。 そして、最後のメンバーは真琴、アリア、サラサそして、舞である。 真琴はねぼすけな2人を起こす為に遅くなってしまうのだ。 美汐に起こされるならばもっと早く起きれるだろうが、起こし方が大変シビアなので2人には不評なのだ。 舞は髪のセットに時間をかける。佐祐理と同じ時間に起きるのだが、セットに時間がかかる。 何か特別な事をするわけではない。ただ、自分の事に関して不器用なのだ。 なんだかんだで、みんなが揃うと朝食が始まる。 子供達を中心に、にぎやかになる朝食である。 さて、話は朝食風景になってしまったが倉田一弥になるのは食事の後。 「さて、行ってきます」 「気をつけて行ってきて下さい」 「いってらっしゃい〜」 秋弦と秋子に送られて家をでる。 大抵は佐祐理、舞と一緒に本社に出社するのが通例。 真琴に美汐も一緒する事が多いが今回は一緒にはならなかった。朝まで仕事だったからだ。 車を運転しての出社だ。もちろん運転手は一弥。 下手に渋滞に巻き込まれなければ大体20分の道のりである。 バスだと30分、徒歩だと1時間。 舞と佐祐理は後部座席に座っている。これは防犯上の理由でもあった。 出社後、真っ先に見るのは一弥のポスト、通称意見箱である。 「あはは〜、今日もたくさんですね?」 「あっと、今朝の天野たちの結果が入っているね」 ちくりと刺される佐祐理の皮肉。 まぁ、意見箱として認知されてしまったのだからしょうがないと諦めている節もあるが。 有意義なものである事には間違いない。 いろいろな意見が遠慮なく書かれている。 失礼にならない程度にだが。失礼になるように考えて投函する人間は今の所いない。 佐祐理が皮肉を言うのには理由がある。 時折ラブレターが入っているのだ。もっとも、今の所実名が乗っている事は無い。 ちょっとした可愛い悪戯なのだろうというのが一弥の判断である。 「さて、今日も一日頑張りましょうか」 「はい、姉さん」 「……がんばる」 そうして、仕事が始まる。 舞は佐祐理のボディーガードに会社内部の意見の取りまとめに調整。 一弥は会社内部の調整と外部企業との調整が主。 佐祐理は企業の方向付けなど構想を描いたり、上がってくる懸案の判断だ。 佐祐理に舞はこもりっぱなしが多い。 一方、一弥は部屋にいることが少なくなっている。 まぁ、少なくとも3時間は理事室に居るのだが、どんどんとその時間は短くなっていく。 社内の意見調整に社外企業との打ち合わせがその要因だ。 こればっかりは、舞も佐祐理も文句は言えない。 可もなく不可もなく、そしてトラブルがなければ定時に帰ることが出来る。 まぁ、仕事の場所を理事室から自宅に変えることのほうが多いわけだが。 帰りも行きと同じ道順で帰る。ただ、帰りは渋滞に巻き込まれることが多い。 そのために帰るのが遅くなる事が多かった。 買い物などは帰ってから、一弥から祐一に戻って行くことのほうが多い。 とは言っても、秋子や美汐、聖などが済ませていることのほうが多いが。 佐祐理と舞とは玄関で別れる。後で一緒に夕食にするのだが、着替える為に一度別れるのだ。 出迎えてくれるのは秋子と秋弦。それは変る事が無い。 と言っても、秋子が料理から手を離せなければ秋弦だけ度かいう事態もありえるのだが。 帰ってきた祐一に笑顔を返す秋子。 秋弦が秋子の耳を借りて何か囁く。秋子はちょっとばかり驚いた顔で言う。 「今、祐一さんの考えていることですか?」 「うん、ぱぱがかんがえていること!」 「もちろん、私の事ですよね?」 祐一をとても澄んだ笑顔で秋子はみる。 祐一は引きつった笑顔を浮かべて頷いた。さりげない脅迫であった。 夕食も出来る限り、一緒に食べるのが相沢家の仕来りである。 もっとも、仕事の都合で無理な時もあるが。 こんな感じで、一日が流れて行く。 一弥が出張する時やアイビーに用があるときはこの生活に変化が現れる。 それはまた別のお話。
その喫茶店は、日本語に直すと北極熊という。 喫茶店のはずだが、有名なのは朝一番で販売される焼き立てのパン。 次に有名なのが午後に焼きあがるケーキなどの洋菓子。 それに続く形で時折販売される和菓子。 どちらかというと食品販売店のような不思議な喫茶店。 朝のパンの販売時間も済んで一息ついたところだった。 ちなみに、今日も完売。いつもよりも多く作ったので本当なら売れ残るはずだったのだが何故か完売していた。 そんなのんびりした所にカラン、カランと、ドアベルがなる。 「いらっしゃいませって! 留美姉さん!」 今、潤は朝使った機材を洗う作業をしている。 ジュピターとマリーは午前中の仕事をするために自分の機体の状態を見に行っていた。 少しお腹が目立ってきた瑠奈が店番をしていたのだ。 店番と言ってもお客がこの時間帯に来るのは珍しい。 いつもなら、後から来る子供たちに何を教えようかと考える時間。 だが、この日は違う。思いがけない来客にそれが吹き飛んだ。 「久しぶりね、瑠奈」 瑠奈の従姉である留美が何故か喫茶店の入り口に立っている。 驚きながらも、嬉しそうに微笑む瑠奈。 珍しそうにきょろきょろと、店内を見回す留美。 「案外、落ち着いているのね?」 「そう?」 留美の落ち着いているという言葉に語尾を上げて答える瑠奈。 瑠奈の表情は満足そうである。 留美は喫茶店が珍しいわけでは無い。 殆ど素人であるはずの自分の従妹がこれほど本格的な店を構えるとは思っていなかった。 とりあえず仕事でアイビーに来ている事を説明する留美。 ちょうど、空き時間が出来たから様子見も兼ねてきたという感じだ。 「目に付く所は貴女の趣味じゃないわね」 「……やっぱり判る?」 「えぇ。だって、瑠奈だけで作ったらもっとメルヘンチックになるじゃない?」 「そうかしら?」 ドアの横にある白熊の人形、それがOPENの看板を抱えている。 愛くるしい顔をしている白熊の人形。 それは瑠奈の趣味でしょ? そう指摘する留美。 何で判ったの? そんな表情をする瑠奈。 白熊の人形には浮いているイメージはない。 確かに喫茶店の一部になっていた。 「瑠奈は自分で思っている以上に可愛いものが好きなのよ」 「……自覚が無かったわ」 「でも。不思議ね……だれが全体のデザインをしたのかしら?」 カウンター席に座りつつ留美がポツリと呟いた。 瑠奈は鼻歌を歌いながら紅茶を入れる。 そして、留美の前に紅茶とクッキーを出した。 「この前に手紙を出した……」 「まぁ、良いわ。とりあえず、おめでとうかな?」 「ありがとう、姉さん」 留美はチラリと瑠奈の左手薬指を見る。 そこには控えめだが、しっかりと存在感のある指輪があった。 シンプルで細身のデザインだが、幸せの象徴であろうそれには存在感がある。 視線がちょっとだけ羨ましそうになってしまったのが自覚できる留美。 それを誤魔化すように紅茶に口を付けた。 「あら、美味しいじゃない」 「ふふふ、嬉しい」 表情を見ても判る。お世辞で言っているわけでは無さそうだ。 嬉しそうに微笑む瑠奈。 そこへ潤が現れた。手をタオルで拭きながら店に出てくる。 「あれ? お客さん?」 「えぇ。私の従姉の七瀬留美さん。いつも言ってる、留美姉さんよ」 「あー……初めまして、北川潤です」 「何を言ってるか気になるけど、初めまして」 お互いに手を差し出して握手をする。 潤はオーブンの様子を見てくるといって、その場を後にした。 留美はその後姿を見てほうっと溜息を吐く。 柔らかな態度で人に当たる姿に留美は感心していた。 第一印象は良い。折原に爪の垢でもせんじて飲ませたいと留美が思ったくらいだ。 「良い人を捕まえたわね」 「捕まえたって……人聞きの悪い」 「いいわねぇ……私には男運無いのにね」 「姉さんだって良い人、見つかりますよ」 「そうだと良いわねぇ、彼でしょ? この喫茶店のデザインした人」 「はい」 何か嫌味の一つでも言ってあげようと思ったが、幸せそうな顔をされてしまっては言えない。 やはり、ほぅっと溜息を吐いて紅茶をすする。 多少温度が低くても美味しい紅茶だった。 「それにしても……惚気がこんなに体に毒だったなんて知らなかったわ」 「でも、姉さんの周りにも素敵な人居ますよね? 時折手紙に書かれてる」 「あーやめて。どちらも瘤付きだし。何より折原に関してはちょっとね。もっと真面目に仕事して欲しいわ」 瑠奈の会話を途中で遮る留美。 その顔にはうんざりと言う感じが否めなかった。 「本当に、何処かに良い男が居ないかしら……」 「姉さんもきっと見つかりますって」 「嫌味ねー」 「大丈夫ですって。自慢の姉ですもの」 そう言われてしまっては留美も何も言えなくなってしまう。 そんな折に潤が店の方に出てきた。 手には出来た手ほやほやのアップルパイが乗っている。 「口に合うか判りませんが、どうぞ」 「ありがとう」 出来立てのアップルパイが振舞われた。 それを美味しそうに頬張る留美。 留美の表情を潤に瑠奈。 (今幸せ? って聞くだけ野暮ね) 留美はそう思ったそうな。
片腹が痛い。呼吸が自分のものとは思えないくらいに荒い。 目的地を定めずただ、ひたすらに逃げなくてはいけない。 まるで自分の意志から離れたように足が動く。 意志はもう、体が限界だと訴えている。もう何もかもを投げ捨てて休みたいと訴えている。 しかし、体は言う事を聴かずに走り続ける。 ゼヒゼヒ、と自分の体から発せられる音。 頭の中は既に恐怖で一杯。 意志は休めと、諦めろと、楽になってしまえと訴えている。 でも、体はそれを良しとしない。 走る、走り続ける。逃げた先に安息が有ると信じて。 「うふふふふふ」 びくぅ! と体と心臓が恐怖から跳ねた。 しかし、これで止まる事は出来ない。むしろ更に止まれなくなった。 楽なってしまえと言い続けている意志が薄まる。 つかまったら何をされるか解らない。 そんな恐怖が相沢秋弦を包み込んでいた。 事の始まりは……… ………………… ………… …… … 船にある食堂の冷蔵庫。 ちょっとばかり、お腹がすいた秋弦は冷蔵庫を開けて食べ物を物色していた。 出来ればおやつ。自分では美味しいお菓子を作る事が出来ないと解っていたからだ。 何か出来ている物があればいいな、程度で探していたのである。 自分の父親か母親に作ってもらえれば良いのだが、父親は外出中。母親は仕事中だった。 だから、運良く見つけたときは小躍りしそうになった。 ワッフル。それが包まれた紙袋。 「らっきー」 ♪マークがつきそうな勢いで秋弦は紙袋を冷蔵庫から取り出す。 その際、紙が落ちたが秋弦は気がつかなかった。 気がついていたらまた違った展開になっただろう。 その時は、運良くその紙袋を見つけて、運悪く紙に気がつかなかった。 紙にはこう書かれていた。 【茜のワッフル】 基本的に冷蔵庫は共用である。 だから、食べられたくないものには何か印を書いておくのが決まりであった。 これは、アリアとサラサそして、真琴が冷蔵庫を物色する癖があるからだ。 もっとも、普段なら祐一が作ったお菓子や秋子の作った何かが入っている事が多い。 今回はそれがなかったから、紙袋に秋弦の目が行ったのだろう。 口に含んで、美味しいと思った。2つあったそれをぺろりと平らげる。 そんな秋弦に声がかけられた。茜である。 「あら、秋弦珍しいわね?」 「うん、おなかがすいたの」 「私と同じね」 うっすらと微笑む茜。 しかし、それが秋弦の手荷物紙袋で止った。 秋弦はその表情を見て思い出す。 そういえば、茜の好物はワッフルであったと。 さらに、思い出すことが有るとしたら、凄まじい形相でアリアとサラサを追い回した事を。 確かあの時も、ワッフルを食べてしまったと言う感じだった。 食べ物の恨みは怖ろしいと2人は語っていた。 恨みというものが解らないが、茜は怒ると怖い。 それは判っている秋弦。 となれば、とる行動は一つだ。逃げる。 … ………… ……………… こんな事があったのである。 さっさと謝ってしまえば良いのだが、逃げてしまったのだからしょうがない。 既に謝るという選択肢はなかった。 逃げる、謝るにしてもてに何かワッフルか何かご機嫌を取れるものが無いと危険だと秋弦は本能的に判っていた。 とりあえずは、茜を撒かなくてはいけない。 しかし、どこまで逃げても逃げ切れないような気がする。 ドシンと、角を曲がった所でぶつかった。祐一である。 「きゃうん! ……パパ!」 「うん? どうした? そんなに慌てて」 ちょうど帰ってきた感じの祐一。 手には何か調理器具を袋に入れている感じの紙袋がある。 「秋弦……見つけましたよ」 「ひぃ!」 咄嗟に祐一の陰に隠れる秋弦。 流石に祐一の前では変な事は出来ない茜。 「秋弦、何をしたんだ?」 「あ、ぅ……」 ただ、何となく雰囲気で秋弦が何かしでかした事が判る祐一。 秋弦の目を正面から覗き込む。もちろん、荷物は地面に丁寧に置いてだ。 「あの、かってにワッフルをたべちゃったの」 「悪い事って判ってたのか?」 「……うん」 「謝ったのか?」 「ううん……」 「じゃあ、謝りなさい」 秋弦は恐る恐る前に出てくる。 そして、茜を前にしてちゃんと謝った。ごめんなさいと。 流石にここまでされて怒っているのは大人気ないと茜は思う。 「さて、秋弦がちゃんと謝ったから、俺はワッフルでも作ろうかな?」 「え?」 呆気にとられる茜に秋弦。 何故祐一がそんな事をしようとするのか解らない。 「あぁ、俺もワッフルが食べたかったんだけど、流石に人のを食べるわけにも行かないし」 「そうなんですか?」 「それで、アリアとサラサも自分で作りたいって言うから、ほら」 紙袋の中身を見るとそれはワッフルの型だ。 ちゃんと材料も揃っている。 「巧く出来るか解らないけど、出来たら一緒に食べるかい?」 「はい!」 「ねぇ、パパ! しずるは? じーずーるーはー?」 「今回は我慢だ。悪い事したんだろう?」 「ウー……わかったのー」 しょんぼりとする秋弦。 今回は我慢する事にしたようだ。 ちなみに茜はちょっとばかり災難だったが、これはこれで良いことだったと思ったそうな。
カタカタカタカタ! キーボードを叩く音が部屋を満たしている。 同じ性能のPCが2台有る。そのの前に詩子とファイが座っていた。 音の発生源はお互い目の前にあるキーボードである。 物凄い速度でタイピングをして行く。 2人の表情は真剣そのもの。事の発端は祐一だった。 『手伝ってもらえないか?』 その一言から始まっている。 祐一はファイに手伝って欲しい事があると伝えようとした。 ちょうど横を通りかかった詩子が興味を示し、それなら詩子さんも手伝えると言い出したのだ。 頼まれていた内容はそんなに難しい問題ではない。 ちょっと調べ物を手伝って欲しいというだけだったのだ。 ファイにしてみれば、手伝える事を横取りされて余り気分の良いものではない。 詩子にしてみても、祐一と一緒に居られる時間が欲しいからなんとも言えない。 『ファイ君、詩子さんが手伝うよ?』 『大丈夫』 『詩子さんからのお願い、譲って』 『嫌』 2人の仲は悪くない。ファイは祐一に対して家族として愛している。 対して、詩子にしてみれば恋愛対象として愛している。 どっちもどっちという感じでは有るが、話がこじれた。 『あらあら、どうしたのですか?』 『あ、あはは……ちょっとね』 そこに秋子が通りかかり祐一が調べ物をしているという話を秋子に説明した。 説明した所、調べていた事が判ってしまったのだ。 祐一はその後仕事に戻り、秋子も仕事に戻った。 しかし、残された2人は何だか納得いかない。 『勝負』 『望む所!』 ストレスを発散する為と以降どちらが先に優先的に手伝うかをかけての勝負をすることになった。 勝負は簡単。スペックの同じPCを使って、防衛プログラムと攻撃プログラムを30分で組み上げる。 そして、20分後にそれを起動させてどちらが先にプログラムを突破されるか。 突破された方が負けという感じの勝負の3本勝負である。 お互いの表情は真剣そのもの。 「はーい、時間です」 ぴたりと止む音。 静かに2人は目を合わせた。 どちらの表情も薄く笑っている。 怖い、時間を計ってといわれたメルファは怖いと素直に感じていた。 「覚悟は良いかね、ワトソン君?」 「無問題」 「あは、あはははは」 素直にこの場を逃げ出したいと思うメルファ。 今晩のデザートをファイから貰うとしても割に合わないと泣きたくなっている。 ぶつかり合うのは意地と意地。 これでもかというくらい真剣な雰囲気だ。 「で、では良い? す、スタート!」 お互いがエンターキーを押す。 瞬間的に攻防が始まった。でも2人は見ているだけ。 結果は5分後に詩子の勝ちと言うことが判明した。 ファイの画面にデフォルメされた何かのキャラクターが旗を振っている。 「ふっふっふ、ちょーっち大人気なかったかなー?」 「……」 「でも、詩子さん。まだ本気じゃないのよねー」 9割本気だったが、それを表に出さない。 心理戦もまた作戦のうちだった。だが、これが裏目に出る。 おもむろに片方の手袋を外すファイ。指先にピンジャックをはめてPCに接続し始める。 「本気……」 「あわ、あわわわ」 メルファが慌てる。本気で怒っているファイを初めて見たという表情だ。 空気の違いを感じる詩子。だが、逃げる事はしない。 「上等!」 真剣勝負であるし、喧嘩の一種だが、怪我をしないだけましかとメルファは自分を慰める。 既に逃げたい気持ちで精一杯だが。 お互いにファイルを消し一から組み上げるという事を確認する。 「で、では、二回戦目……初め!」 詩子の方からはキーボードの忙しい音が聞こえる。 ファイの方は静かなものだ。何も音が聞こえない。だが、画面はめまぐるしく変化していた。 どちらの表情も真剣そのもの。時間はあっという間に過ぎる。 「はい、時間です!」 メルファの掛け声で一斉に止る二人。 ファイはすぐにピンジャックを指先から抜いた。 「5秒」 「え?」 「え、えっと、スタート!」 メルファの合図でお互いにエンターキーが押された。 きっちりと5秒後に詩子側に何かデフォルメされたキャラが泣いている絵が写る。 「な……」 「ふふん」 プログラムの出来は先程よりもうまく行ったと自負していた詩子。 ファイ側のプログラムを見るべく画面を覗き込む。 「……凄い」 圧巻の一言。文字の洪水、先程とはぜんぜん違う量だった。 唇をかみ締める詩子。 「あー、飯なんだが……」 ば、と振り返る3人。その先には祐一が立っていた。 その顔には曖昧な笑みが浮んでいる。 「取り込み中なら良いんだ……ラップして冷蔵庫に入れておくから」 「う、ううん! 行くよ、だから安心して!」 「ここは引き分けね?」 「仲直り」 詩子とファイは手を差し出して握手をする。 何だか、争うのが馬鹿馬鹿しくなったようだった。 どちらかというと、美味しいご飯をこれで逃すのは馬鹿馬鹿しいかもしれないが。 祐一はそんな2人を微笑ましく見ている。