これはweb拍手の中で使われたものです。 本編とは関係が有るようで無さそうな…… 没から生まれたのである程度、遊ばれています。 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。 設定と同じく文句を言われても困ります。 その点をご了承ください。 神の居ないこの世界で
場所は有夏の私室に近い相沢海運の部屋。 そこで因縁の2人の対決(2人の言では)が始まった。 「なんやて!?」 「なんですの!?」 「よく飽きないな、2人とも」 機体の説明を始める前に既に前哨戦が始まっている。 有夏が新しい武器と機体が欲しいと呼んだことから相性の悪い2人が顔をあわせたのだ。 顔をあわせれば、喧嘩を始める2人。 ONEのトップの由紀子とAirのトップの晴子。 鼻と鼻を擦り付けん距離で睨み合っている。 もし有夏が、何かの気まぐれで、どちらかの背中を押せば間違いなく2人はキスするだろう。 もっとも、有夏がそんな事をするはずもないが。(とばっちりが有夏に来るため、一度して完全に懲りた) その有夏はまた始まったという表情で、お茶を飲んでいる。 微妙に失敗したと思っている感じの雰囲気を纏いながらであった。 「何べんでも言うたるわ! その銃撃主体の考え、銃撃至上主義はかび臭いでぇ!」 「格闘馬鹿いえ、格闘至上主義に言われたくないですわ!」 「なんやて!?」 「なんですの!?」 始まってからこれまで、こんな調子である。 喧嘩するほど仲が良いと言うことわざが有る。 確かに当てはまるだろう。ただ、本人たちは絶対に認めようとはしないだろうが。 じゃれあっているのだろうが、時間がかかるのは勘弁して欲しいと思う有夏。 「射撃は確かに有用や、やけどな、主体は格闘やで?」 「戦略次第では、格闘戦を必要としませんわ」 「はっはー、クロノスメンバーは優秀やからそないな事、言えるんよ」 鼻で笑うように晴子が言う。 それがどうしたという感じで由紀子も挑発的に鼻で笑った。 カチンと来る晴子。それを見て満足そうに会話を続ける由紀子。 「ふん、そうでしたわね。空を舞う者は優秀な人は居ませんものね?」 「ぐっ……おめでたい頭しておるんやな? ドールは常に優秀な人間が使用するとちゃうんや」 「ふん、だから。射撃なんですわ」 直感的に機体を動かせるのは格闘戦である。 確かに、相手に手足や近接武器をぶつけるだけなのだから初心者でも扱える。 ただ、運用するのが難しい。近接するまでが大変なのだ。 一方、射撃は安全に戦える。しかし、それにはある程度の訓練とその機体の癖を知る必要が有る。 更に言うと、弾薬や機材などコストが高いこともあげられる。 加えて、弾数制限が有る。もちろん格闘戦には弾の制限は無い。 ただし、どちらも極端なプロフェッショナルでは無いという前提の元での事である。 突出してしまえば、自分好みの機体を作るだろうからである。 今ここで話しをしているのは量産機の話であった。 「火器管制と専用の銃器を付けて値段を吊り上げたいだけなんやろ?」 「装甲を薄くして、安物を作れば良い訳ではありませんわ」 「なんやて!?」 「なんですの!?」 「両方とも出来れば問題ないじゃないか」 いい加減先に進んでくれという表情の有夏。 有夏のその言葉に2人が一斉に振り向く。 どちらの表情も苛立ち。 有夏はなんでもないようにそれを受け流して紅茶を飲んでいる。 「有夏は分かっていませんわ!」 「ここで意見が一致すると嫌な感じやけど、確かにわかっとらんわ」 「なんですってぇ!」 「こっちやって意見が一致するのが嫌なんや!」 「やれやれ……何故、ここで射撃と格闘に切り分けるのか、それが解らないのだが?」 有夏を放置しつつ2人は睨み合った。 それに一般的な商売ならいざ知らずに、私が注文したいのだけど、と有夏は付け加える。 有夏に言われてようやく睨み合いを解除する2人。 しかし、2人は納得がいかないと有夏を睨む。 有夏にしてみれば適材適所。射撃格闘に色分けするのがおかしい。 場面場面でその有用性が違ってくるからだ。 「そもそも論点がおかしい。両方とも考え方としてはおかしくないだろう?」 「そんな事あらへん」 「そんな事ありませんわ」 「なんやて!?」 「なんですの!?」 「……またか。確かに中途半端な機体は要らないが、バランスのいい機体は欲しいって聞いているか?」 こうなると有夏はそっちのけで2人の論争が始まっている。 お決まりのように真似する、した、してないで言い争いが始まって、朝の朝食、飲み物から寝る時間まで。 これには有夏はもう、呆れを通り越して感心するしかない。 機体の適材適所で考えれば、両方出来たほうがいい。 有夏に有夏が鍛える部隊にしてみればそれが良いに決まっていた。 久しぶりに会えたからだろうか。だからこんなにも時間がかかるのかと有夏は思っている。 「お前たちは本当に仲が良いのな」 「それははっきりと否定させてもらいますわ」 「いややで〜、こんなのと同類項って思われんのわ……」 「私だって嫌ですわ」 やれやれという感じで首をすくめる有夏。 それを見て機嫌を悪くする由紀子に晴子。 「ところで、これからどうするんだ?」 「私から機体の説明を始めさせてもらいますわ」 「あかん、うちらからや」 また始まった言い争いにもうウンザリと言う表情の有夏。 祐一にこういうコンセプトで機体を作れと、捻じ込もうか? と思っていた。 設計図だけを頂いて、それをそれぞれに渡すという手も有るなぁ、と考えをめぐらせる。 だが、それをやると2人が臍を曲げそうで怖い。 有夏はため息を吐いて、2人の論争が収まるのを待つしかなかった。 怒る気力すらなかったのである。
綺麗に晴れた空の下、船の甲板の上。 有夏が秋弦を肩車して走り回っていた。 「ねえさん!」 その後ろを追いかけるのは秋子であった。 いつもの余裕はなく、鬼気迫る表情である。 珍しく感情をあらわにしていると言った感じ。 「はっは! 秋子、その程度では私は捕まらんぞ!」 「まま、おーそーいー」 いつもよりもご機嫌という感じで秋弦は言う。 あれ? と秋弦が首をかしげる。鬼ごっこではないのかという表情。 びしりと秋子のこめかみに青筋が入った。 本気と書いてマジと読むぐらいに怒る秋子。 陽炎のようなオーラが立ち上がって、秋弦はビビリ、有夏は楽しそうに目を細めた。 鬼ごっこだと思っていたが、違うとここでようやく(もう手遅れだが)気が付く。 「……本気になりますよ?」 「ふむ、本気になっても捉えられないと思うがな」 「まま、おこっちゃ、やーよ?」 「うふふふふ」 秋子がこれほど怒っていると言う事に恐怖する秋弦。 あの秋子が、うふふ笑いをしているのだから、その恐怖は何倍にもなった。 有夏の頭をしっかりと抱きしめて振り落とされないように体を固定する。 捕まったらどうなるか解らない。どうにかで済むかも解らない。 有夏と運命共同体になったと秋弦は感じている。 「そんなに怒ると、ここに皺が出来るぞ?」 目元をちょいちょいと指差しながら、有夏は秋子を挑発する。 秋子の目の色がかなり変わった。ちょっと気にしていることだったのかもしれない。 秋弦は心の中でやーめーてーと叫んでいるが口には出てこない。 有夏の頭にしがみ付くので必死だ。 「姉さんこそ、もう若くないですからね?」 「私は秋子ほどライバルが多いわけじゃないからな? 無理に若作りをしなくて良いんだ」 「く、くぅぅ!」 勝者の余裕というものを浮かべて言い切る有夏。 まさに、ああ言えばこう言うのお手本みたいな言い方であった。 もちろん、ライバルとは祐一を囲うメンバーである。 図星だったのか、気になることだったのか、秋子の動きが一瞬止まる。 秋子と有夏は既に秋弦はそっちのけ。秋弦としては捕まらない事を願うばかりだ。 「ふふふ、いつまでも相沢有夏の妹と呼ばれる私ではありません」 「そうか?」 「いつの日か、水瀬秋子の姉と呼ばれるようにしてさしあげます!」 「また、面白い事を言うな」 「それよりも! 秋弦と祐一さんにちょっかいを出すのを止めてください!」 「いやいや、これが最近のマイブームでな」 秋弦は有夏を尊敬の眼差しで見ている。(別名諦めの境地とも言う) 何故なら、母親である秋子を手玉に取っているのだ。 尊敬すべき手腕である。秋子が、ここまで感情をあらわにすることは珍しい。 秋弦が秋子が寝ている間に額に米と書き入れた以来の怒りようである。 そのときの秋弦は般若という存在を身をもって体験する。今と同じくらい怒っている状態だった。 ちなみに秋弦は今の秋子を見て妖怪図鑑から鬼女を思い出していた。 それも手伝って、今は捕まって欲しくないのには間違いない。 有夏が先手で逃げ始めた。当然のことながら、秋子が追う。 「待ちなさい!」 「待ちなさいと言われて、待つ馬鹿がどこに居る?」 「今なら、説教だけで済ませてあげます!」 「オオ、怖い怖い」 全然怖いという感じがせずにむしろ馬鹿にしたような感じの声色。 だだだだだ、と足音を響かせて逃げる有夏。 その表情には愉悦の色が浮かんでいた。 足音を立てずに静かに追う秋子。 その表情には確かな怒りが浮かんでいた。 有夏が足音を立てているのはわざとである。 わざと足音を立てて秋子に見失わせないようにさせる為であった。 それが解っている秋子。表情が更に険しくなる。 表情が険しくなるのに加えてオーラが鋭くなっていく。 「つ、つかまらないよね?」 「うん? 何だ? 捕まりたいのか?」 「ち、ちがうよ?」 有夏があっさり言うが瞬間的に秋弦は否定した。 今この瞬間に差し出されたら、自分だけが酷い目に合うと分かっている。 酷い目というのは語弊か。長い時間説教をされるのは分かっていた。 都合よくヒーローのように父親が助けてくれるかもしれないが、それもあまり期待できない。 「あ、かあさん゛」 「祐一防壁!」 「ぱぱ!」 通路に入った時点で祐一とすれ違う有夏達。 たまたますれ違った祐一を秋子に向かって突き飛ばす。 祐一も咄嗟に何をされたか判らずに突き飛ばされた。 秋子は既に祐一が見えないくらいに怒っている。 「ねえさん! 待ちなさい!」 気合一閃。祐一が壁に叩きつけられる。 ドゴンという鈍い音がするが、有夏は逃げ続けるし、秋子は追い続ける。 弾き飛ばされた祐一は何に轢かれたか解らない。 「ぱぱぁ〜、ごめんなさぁ〜いぃ〜」 そんな秋弦の声が残されるだけだった。 祐一は何故、轢かれたかも解らない。 痛みは有るが、すぐに行動を起こせる状態である。 きょろきょろ見回すが、視界には誰もいない。 「一体……なんだったんだ?」 祐一の疑問には誰も答えないし、答えられない。 正確には答える人間が居ない。 ちなみに、この鬼ごっこは2時間後、偶然、祐一に止められるまで続いた。 その直後に秋子の謝る姿が目撃されたという。 有夏は秋子が祐一に謝っている隙に消えていた。まさに迷惑台風だった。
コンコンとドアを叩くような音がする。 香里は浅い睡眠から無理やり起こされたみたいで不機嫌だった。 ベットに横になってから少しという時間。 眠りが深くなる直前だった。 (無視するって言う手も有るわね……) 香里がそう思っている間にもドアをノックする音は続く。 心なしか、それは強くなっているような気がした。 無視するという選択肢もあったが、流石に目が少し覚めた。 少しの用事ならばまぁ、良いかと言う感じで香里は時計を見上げる。 「……まだ、0時じゃない」 欠伸を噛み殺しながら、ドアへと歩いて行く。 つまらない用事だったら嫌だなぁ、という雰囲気が動作に現れていた。 脚の動きがズリズリと重たい。 目を擦りながら、扉の鍵に手をかける。 「誰? 何のよう?」 ドアの鍵を解除してから、扉を開く。 開いた先には栞が微笑んでいた。 それも、極上の笑みで。 油にまみれたツナギ姿の癖に、手だけは妙に綺麗。 その綺麗な手には枕を持っている。 香里はくだらない用事だと、瞬間的に判断をくだした。 「おやすみなさい」 開けた扉を次の瞬間に閉じる香里。 その早業は驚くべき速度だった。 栞は何も反応できずに、瞬間的に閉まる扉に何も出来ないで居た。 むしろ下手に反応して扉に手を挟まなくて済んだ事が幸運だったかもしれない。 「お、お姉ちゃん! ちょっと酷いんじゃないですか!?」 扉にすがり付いて訴える栞。ぼふぼふと枕を扉に打ち付ける。 香里は何の為に起こされたのか解らないがくだらない事なのだろうと見当がついている為にため息を吐きたい。 何故、わざわざ起こされなくてはいけないのかと。 扉をちょっとだけ開いて、そこから視線だけで栞を見る香里。 「それで……何のよう?」 「あのですね……ちょっと、最後まで話を聞いてくださいって! 扉を閉めないで〜!」 話を聞く気もないので扉を閉じようとする。 いい加減に眠たい香里は話の初めで興味を失っていた。 「……それで? 私は眠たいのだけど?」 「ちょっと位、可愛い妹の懇願を聞いてくれても良いじゃないですかぁ〜」 「栞……貴女の猫撫で声は似合わないわ」 「わ、わかっています!」 頬を真っ赤にして渾身の演技に駄目出しされる栞。 香里は、それで? と視線で問う。 とりあえずの所の怒りを押し留めて、栞はさきを続けようとする。 「下らない事だったら……母さん呼ぶわよ?」 「そ、それは勘弁です」 「それで?」 「あ、あのですね?」 これは言って良いのか悪いのか。既に判断が付かないという感じの栞。 親を呼ばれるのは勘弁だった。割りと本気で。 あれだけ情けない部屋を曝してしまうと多分、色んな名義と大儀で居座られてしまう。 両親は嫌いでは無いが、独立しているところに来られるのは困ると言った感じであった。 割りと切実に。 いや、かなり切実に。 栞の部屋には何だかんだ言って危険物が多いのである。 むき出しの配線(今は電源を切っているので危険じゃない)に手を触れて感電死なんて起こされたら目も当てられない。 「と、とりあえず、私の部屋見てもらえれば納得できると思います」 「……分かったわ」 ありありと納得できないという表情の香里。 でも、用件が分かると言われてしょうがなく、本当にしょうがないという感じで栞の部屋の前に立つ香里。 動作が既に気だるく、香里が不満であることは見て取れる。 栞は冷や汗をかきつつ、その動向を見守るしかない。 扉に手をかける香里。鍵が開いているのか、あっさりと扉は開くが香里は扉をすぐに閉じた。 そして、一言。 「私は何も見なかったわ。お休みなさい」 「ま、待ってください!」 香里が目にしたのは腰まで埋まる位に溢れた物。 栞の部屋はどうすればそんな不思議空間になるか疑問に思う部屋だった。 それよりも、見たという事実を無くしたい位の部屋である。 そこから導き出されるのは、部屋に避難させてくれと言う事。 深く、ふかーくため息を吐く香里。 「整理整頓はちゃんとすることね」 「え、えぅ……後生です。今日だけは泊まらせて下さい」 「はぁ、パジャマは?」 「え、えっと……」 ちらりと見る先には栞の部屋が有る。 と言うことは部屋の中で、枕だけ回収できたというわけかと、香里は頭を掻いた。 「下着とかは?」 「それは大丈夫です! 買えました!」 「自信たっぷりに言われても困るわよ」 「流石に下着は借りれないですから、サイズが大きすぎますし」 「そうね」 「あー! 酷いです! 少しくらい「お休みなさい」」 栞が反論をしようとした瞬間に香里は踵を返した。 慌てて、香里の腰にすがり付こうとする栞。 香里は急に足を止めて、栞に振り返る。 お気に入りのパジャマを油まみれにされるのは面白くない。 栞も解っているので、寸前で止めている。でも、追いかける振りはちゃんとする。 逃げられては困るから。 そんな栞を見てため息を更に吐く香里。 「冗談言っている暇あったら、シャワー浴びてきなさい。パジャマは用意しておくから」 「やっぱり持つべき者はいい姉ですよねー!」 香里は何馬鹿な事を言っているのかという表情である。 その表情を見て慌てて香里の部屋に入りシャワーを浴びにかかる栞。 栞の慌て振りは冷水を頭から被る位に慌てていた。 備え付けのバスルームから情けない声でかつ変な悲鳴が聞こえた時点でため息を吐く香里。 「言い忘れたけど、部屋の整理なら手伝わないわよ」 自業自得じゃないと言う感じの香里。 姿は見えないがバスルームから更に栞の情けない声が響くのだった。
朝である。そう朝。誰がどう言おうと朝である。 鼻歌を歌いテンションが限りなく高くなっている人間が居た。 何故これほどにテンションが高いのか解らないのか、見送る人間が怪訝そうな顔をしている。 場所はkanon所有の船舶。 限りなくテンションが高い彼女の名前を里村茜という。 (秋弦も、秋子さんも居ませんからね) 鼻歌を上機嫌に歌いながら、嬉しそうな表情で目的の部屋へと歩く。 何て、軽やかなステップなのだろうか。 すれ違う人が怪訝な顔をしていることにすら気がつけない位、彼女は浮かれている。 (楽しみにしていた……うふふ、祐一さんを起こすということ) 秋弦も秋子も居ないのだからしょうがないと、嬉しそうな顔で思う茜。 変な使命感とそれ以上の興味感という感じ。 起こすのは初めてでは無いものの、単独で起こすと言うことは初めてである。 それ以前に祐一に起こされたことは有るのだが。 「一弥さん、失礼します」 そう言って、一弥の船室に入る茜。 ちなみに、一弥と言っているのは船内では倉田一弥であるからである。 今回は純粋なkanonの出張の為の処置。 部屋の中ではゴーグルはつけてないが、その部屋に入れる人間は限られていた。 茜はその中の少ない人間のうちの1人。 入る前にカードキーを通して鍵を開く。 茜は一弥の部屋に体を滑り込ませた。 「かずやさ〜ん」 囁くような小さな声で言う茜。 この声で起きられてしまっては面白くない。そんな感じ。 祐一はまだ寝ているのか、ベットの上の布団は丸くなっている。 そっと近づく茜。ドキドキしながら、布団に手をかけた。 そして、優しい声をかける。 「起きてください゛?」 その布団をめくった先には祐一は居ずに、代わりに詩子が居た。 幸せそうな寝顔が、枕を抱きしめて眠っている。 瞬間的かつ、丁寧な手つきで布団をかけなおす。 そして、部屋の番号を見る。一弥の部屋だ。 深呼吸して、時間を見る。まだ朝だ。 もう一度布団を見る。多分さっきのは見間違いだ。 そう理論武装をした茜はもう一度布団に手をかける。 精神状態はやかんを火にかけた状態。もしくは糸を張り詰めた状態である。 祐一ではなければ、それがどうなるか解らない。 「祐一さん?」 やはりそこには詩子が居る。 何か、理由が有るんだと無理やり納得しようとする茜。 精神状態は沸騰直前。もしくは糸が切れる直前である。 そんな詩子がう、うんと枕を抱きしめながら、寝言を言う。 「ゆういちくん、はげしい」 瞬間的にぷつんと、糸が切れ、やかんの中に焼けただれた石を投げ込まれたように沸騰する。 顔には笑みが張り付き、おどろおどろしい雰囲気がその部屋に満ちた。 しかし、詩子はすごく、もの凄く幸せそうな顔で寝ている。 知らないということは幸せなことであった。 もし起きていたら、すぐにこの部屋からいやこの船から降りていてもおかしくないのだか。 詩子は幸せな夢を見続ける。 「ウフフフ……」 どうしてやろうかしら、そんな笑みをして茜は考える。 正確には考えていたが、体は既に動いていた。 布団を剥ぎ取り、親猫が子猫を運ぶように首筋を掴む。 そのまま、部屋の中にあるソファーまで引きずる。 当然のことながら、ベットから落ちてゴチンという音がした。 「あいた〜〜!! 何!? 何が起きたの!?」 起きたら、なんだか景色が違うし、動いている。 驚かない方がおかしい。冷静になれと言っても無理だろう。 首筋が痛いだろうし、まだズリズリと引きずられている。 「あはは〜、詩子さん何か悪い事したかなぁ〜?」 なんだか、振り向くのが怖い詩子。 首筋の先にはその原因がいる事が分かる。 そして、その原因がかなり激しく怒っている事も解った。 「茜さん? この手を離してもらえませんか?」 「えぇ、離しましょうか」 手をぱっと離し、その正面に立つ茜。 当然のことながら、見上げる形になる詩子。 正直、怖いという感想しか思い浮かばない詩子。 「何故、祐一さんの部屋で、詩子が寝ているんでしょうか?」 「いふぁい! いふぁい! あふぁね、いふぁい!」(痛い! 痛い! 茜、痛い!) 頬を両手で引っ張られる詩子。 彼女の柔らかい頬はビヨンと伸びる。 笑った顔のまま、茜は詩子を見つめる。ただ、目だけが笑っていない。 失敗したなー、と思う詩子。 「さて、ちゃんと話していただけますか?」 「ひょのみゃえにひゃにゃふぃて」(その前に離して!) 「いえいえ、まずは釈明しておかないと、後で怖い目に会いますよ?」 本気だ、と思う詩子。 でも言い訳しようにも、手を離してもらわないことには何ともいえない。 言っても伝わるか解らない。 無茶を承知でこう言ってるのか天然でこう言っているのかいまいち理解出来ない。 「ひゃーみゃーふぃーふぇー」(離してー!) 「よくも私の楽しみを奪ってくれましたね?」 「ふぉふぇんふぁあぁいー」(ごめんなさいー!) 「なんて羨ましい事を……」 「あふぁへにょふへふぁふぃふぃふぁふぁい」(茜もすればいいじゃない?) 「そんな事言うんですか? 詩子は? そんな事を言う口はこれですね?」 「いふぁい、いふぁーいふぁ!」(いたい、いたーい!) こんなやり取りは一弥が食堂から朝食を持ってくるまで続いていた。 その時の詩子の心情は「た、たすかった」だったという。 ちなみに、茜の心情は「後でまた追求します」だった。
場所はkanon本社、ロビーである。 一弥が困り顔で2人を相手にしていた。まだ昼休みであるが、どうしていいか解らないという感じである。 リンカとエアナに言い寄られて戸惑っている。 それが一弥の表情。 「一弥さん、お昼まだですよね?」 「最近出来た美味しいレストランが有るんですが、一緒に行きませんか?」 「エアナ! 私が誘ってるんだから!」 「じゃあ、一緒に行きましょ?」 「あの、申し訳ないのですが……仕事が詰まっているので」 オロオロとする一弥に対して詰め寄るような形のリンカにエアナ。 一弥の表情から強引に誘えば付いてくると解っているからだ。 仕事と言っても軽い仕事だから、一弥としてもまだいいのかもしれない。 「か〜ずや」 どむん、という音と共に一弥の背中に張り付く女性。 それは倉田佐祐理と言い、加えて言うならkanonの最高責任者だったりする。 一弥の狼狽の色が濃くなり、リンカとエアナには警戒の色が濃くなった。 (リンカ、ここは一時休戦。共同戦線ね) (良いけど……時期尚早じゃない? 今から家族を相手にするのは……) (甘いわよリンカ! 唯一の家族だから今のうちに攻略しておかないと!) (そんなものかしら?) アイコンタクト。この位の意志の疎通は声を出さなくても出来る2人。 周りの人からしてみれば数瞬であり、まばたき何回かと頷きだけしか読み取れないだろうが。 「ね、姉さん!?」 「あはは〜、どうしましたか一弥?」 あたふたとする一弥。仲の良い姉弟と言う以上の間柄に見えてしまう。 何て羨ましいと言った感情がエアナとリンカに見えた。 それをそっと盗み見て、佐祐理は笑顔を固める。 これは決闘だ。一弥を巡っての。そういった雰囲気を作り出した。 「一弥になんのようですか?」 「お食事でもご一緒にどうかと思いまして」 対抗するのは良い所のお嬢様、エアナ。 なんだか、おほほ笑いをやりだしそうな、上流階級の匂いがしてきそうだった。 疎外感を受ける一弥にリンカ。 もっとも、佐祐理は一弥の背中に張り付いているので逃げようが無い。 (はじまりましたね) (はじまったね……) (とまりますかね?) (姉さん火がついてるっぽいしなぁ) 意志が疎通しているか解らないがアイコンタクト。(片方はゴーグルだが) リンカと一弥は疎外感をそうやって誤魔化していた。 「「何見つめ合ってるんです(か)?」」 「「はぁ?」」 「リンカ? 良い身分よね?」 「一弥のためにと思って姉さん頑張ったのに……」 「だって……姉さん……」 「2人の世界に入ってるから……」 周囲の視線が佐祐理とエアナに集まっている。 2人の世界って何という遠慮のない視線(主に会社の人間)が集中していた。 二人揃って、こほんと咳払いをする。 すると、すぐに周りの視線が散っていった。 「そんな事よりもですね」 そう言って、一弥からようやく離れた佐祐理。 リンカとエアナに対して向き合った。 一弥はようやく開放されてホッとしている。 「あなた達は一弥の何ですか?」 その一言でリンカに火がついた。 人を物みたいに言わないで、という表情になっている。 「お友達とか、同僚とか、もし……」 「あーはっはっは! リンカ!」 「もが!?」 「もし?」 慌ててリンカの口を塞ぐエアナ。 佐祐理は怪訝な顔で2人を見ていた。 一弥は置いてきぼりである。そんな一弥の袖を引く手がある。 舞が、目線で仕事に戻ろうと訴えていた。 一弥も文句が無いのでそのまま静かにその後につく。 「仲がよろしいのですね、一弥もきっと幸せでしょうね〜」 「えぇ。仲良くしてもらっています」 アイコンタクトを受けた後にようやく口が開放されたリンカ。 普通の会社員ならトップとタメ口で聞くことなど出来ないだろうと考えられるが、普通にため口。 流石に、度胸が据わっていると言われる受付嬢達だった。 そんな感じで、当事者(一弥)不在のまま、お話はヒートアップしていく。 周りは楽しそうに聞いているというか、一種の寸劇を見ている様な感じである。 「一弥さんには色々とお世話になってますから!」 「もう、一弥ったら……姉さんにこんなにたくさん心配かけて……聞いてくれたら答えてあげるのに」 「それには及びません。その人のスケジュールや居場所を教えるのも私たちの仕事です」 受付嬢ならわかるが、何故かエアナも巻き込まれていた。 私は違うと言いたいが、勢いそのままである。 途中で、まあ良いかと思い、話を微妙に訂正するにとどめた。 「という事で、日頃の感謝を込めて、一緒にお食事に行こうという話になったのです」 「そうですか……」 「ディナーでも良かったんですけどね」 上流階級風味な笑みを貼り付けて言い切ったエアナ。 綺麗なコンボが決まっていた。 言葉で連携を取られれば佐祐理は不利になってもしょうがない。 意思と息がぴったりとあっている。 「はぇ〜、残念ですね。一弥は私手作りのお弁当を一緒に食べる予定なんですよ〜」 半分はでまかせだが、半分はあっている。 手作りは手作りだが、今日のお弁当は一弥が作っていた。 まぁ、一緒に食べるのだから問題はないのだろう。 「一弥さんの意見は無視ですか?」 「いいえ、一弥の意思です」 「確認しても良いですか?」 「はい。ね〜、一弥?」 3人揃って一弥の居るであろう場所に顔を向ける。 しかし、そこには一弥は居ずに、代わりに舞のメモが残っていた。 【遅いので、先に仕事に戻る。舞】 結局この言い争いに勝者は居ないようだ。 もし居るとしたら、舞であろう。