これはweb拍手の中で使われたものです。 本編とは関係が有るようで無さそうな…… 没から生まれたのである程度、遊ばれています。 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。 設定と同じく文句を言われても困ります。 その点をご了承ください。 神の居ないこの世界で
すぱん、と叩きつけられたような感じの封筒。 その上には綺麗な文字で『辞表』と書かれていた。 普段なら、この場所に寄り付かない人間が書いた事に由紀子は困惑する。 場所はONEの社長室。柔らかな椅子に沈み込んで由紀子はそれを見ていた。 「理由はあるのかしら?」 目の前にいるのは里村茜、その人である。 優秀な人材であり、開発部のトップ3の一角。 その人物が何故、こんな物を提出するのかわからなかった。 何か不満があるのか、それとも、気に障る事でもしたのかと由紀子は頭を悩ませる。 しかし、心当たりが無いのだから仕方が無い。 査定はしっかりしているし、それに対して不満があるとは聞かなかった。 環境には何も問題ないし、環境に対しても不満らしい不満が上がっていないから違う。 では他に理由が有るのかと言われればそれはNO。 茜の親類に不幸はないし、何か事業を起こすという報告も無い。 では一体何が? それが由紀子の疑問だった。 「理由ですか?」 「そうですわね。貴女ほど優秀な人材をはい、では受け取りました。さようならとはいきませんから」 「社長。心当たりは無いですか?」 茜のその笑み。それを見て何も思い浮かばない。 何故、エリアAに行って帰ってきてをしただけで、こうなったのか解らなかった。 もっとも、それは当たり前の話。由紀子は茜が平定者に接触した事を知らない。 平定者に接触するのは浩平達となっていたのだ。 茜は接触せずに終ったはず。そう、由紀子は思っていた。 「心当たりは無いですわね……」 「クロノスの機体整備を指示したのは社長ではないのですか?」 「どういう事ですの? 私はエリアAでkanonと協議するようにしか指示は出して無いですわ」 茜があれ? と思うのはしょうがない。 由紀子も同じようにあれ? と思っているのだ。 話が根本的にかみ合って無いと同時に思う2人。 さて、どうしようか。それも同時に思った2人である。 先に口を開いたのは、由紀子である。 それと同時に、社長机の上に資料を取り出して示す。 「浩平さんと長森さんの報告によると、貴女は参加していないはずですわね?」 「いえ、私はその場に居ました。そして、平定者の機体を見ています」 「ふぅん、それで?」 「祐一さんの機体に乗り込んで、気絶した状態で助けられたんです」 目をきらきらさせて答える茜。 えっと、と言う感じでこめかみに手を当てる由紀子。微妙に頭痛を感じ始めていた。 冷静な部分を総動員させて、由紀子は状況を把握する。 要するに、祐一の傍に居たい? そのような結論付けしか出来なくて由紀子は困り果てた。 いくらなんでも、それは無いだろうと。 希望的観測を立ててみるが、それ以外に何か心当たりがあるか? といわれると答えに詰まる。 (落ち着きなさい、由紀子……貴女は出来る子よ) もし目に見えない妖精さんが居たら真っ先にそう言ったであろう。 頭から煙が出てきそうな由紀子。 いくらなんでも、それは無いだろうという感じだ。 「それで、今回の事と何に繋がるのですか?」 酷くなる頭痛の中、由紀子は言う。 表情は何となくやりきれないなぁ、見たいな感じ。 茜はそんな変化に気がつかずに、とりあえず話す。 まずは、YAタイプについての私見。それを操作する無謀さ。 再現する為に必要な事、レプリカとの比較。 由紀子はそれを真剣に聞いている。まともな事を言ってくれているので、頭痛は徐々にだか引いていった。 「それが私が平定者を見た感触です」 「そう……」 真剣に技術者として、YAタイプに挑みたい。 理由の理解し辛い構成、しかしそれには全て意味がある。 芸術品と言っても間違いない出来。出来そうで出来ないパズルを目の前に置かれた感じ。 それを解いてみたい、自分なりに解釈してみたい。 その為に、平定者に行くにはどうしても会社に所属していたら制限を受けてしまう。 だから、会社を辞めたい。そういった感じである。 「……祐一さんはどうでした?」 「戦闘中の凛々しい横顔が見れなくて残念でした……気絶してましたから……」 シリアスなままの表情で完璧に惚気てみせる茜。 由紀子はこれが本音かと溜息を吐いた。 もっとも、言っている事はONEにとって有益である。多分…… 「はぅ!」 己の失言に気がついたのか、茜が顔を真っ赤にした。 まぁ、そうだろうなぁと思う由紀子。 関係ない事を聞いて、それに真面目に答えた。 しかも、真剣な表情で。由紀子の隣に詩子が居たら確実にからかいの対象になっていただろう。 詩子がこの場に居なかった事が幸いする結果となる。 「解りましたが……考え直してくれませんの?」 「どちらにとっても中途半端になると思います」 「便宜を図ると言っても?」 「はい」 そんな感じで交渉を続けるが、意志が固い。 由紀子もここまで意志が固いとは思ってもみなかった。1時間に及ぶ交渉は無駄に終る。 仕方が無いと諦める由紀子。なんともまぁ、良くここまで意志を固めたと感心する気持ちもある。 特定の条件を付けて、茜の退社を認める由紀子。 茜は由紀子の条件にありがとうと言って、部屋を出て行った。 ちなみに、親友である詩子がこの事を知って同じような事をした事はまた別のお話。 更に付け加えると、浩平の給料が大幅にカットされたことも別の話。 抗議に来た浩平に茜の事を何故報告しなかったのかと問い詰められ、たじたじになる浩平。 茜がその際働いた給料を浩平の給料から支払っただけと言って浩平を黙らせた。 自分だけが悪いわけでは無いが、諦めるしかなかった浩平だったのは言うまでも無い。
それはファイが作ったちょっとしたプログラムのおかげだった。 クラウ・ソラス、ロンギヌス、リタリエイターの作業効率は格段にアップした事に間違いはない。 音声こそ出ないものの、ちょっとしたCGと文字の表示が月読、天照、素戔嗚達が出来るようになったのだ。 ホストコンピュータから演算したものを画面に表示する。 意思の疎通と言うものが遠くにいても出来るようになったと言っても過言ではない。 ただ、祐一にはどうして良いか判らない事態が起きていた。 それぞれ一対一で意思の疎通が出来れば問題はなかった。 ちょっとしたファイのお茶目で対談できる環境があるのが問題だった。 簡単に言うとチャット状態だと思っていただきたい。 祐一が自分の機体をチェックしている時にそれは起こった。 A4のノート程の大きさの画面に3つのCGがテーブルについて対談している。 その中の素戔嗚が言い始めた、ちょっとした意見。それが始まり。 【主人に必要とされてるAIは誰でしょうねぇ?】 「は?」 この一言が切欠である。祐一はなんだそれはと言う声がでていた。 ちょっと疲れた感じのふきだしで、小さめの言葉。 漫画の登場人物のようにデフォルメされたCGが何気なく呟いた一言。 もっとも、全員必要とされているし、しているが祐一の意見だった。 ちなみに、主人とは祐一を指している。何故そうなったか誰にも判らないが。 素戔嗚は妻である秋子が命を預けている。 天照は時折、命を預けているし、舞の命だって預けている。 月読だって、命を預けている。全員が必要だった。 それを言う前に、天照が誤解する。 この場合は確信犯かもしれないが。 【そうよ! 祐一が一番必要としてるのは誰かはっきりさせるべきね!】 女の子のデフォルメされたCGが丁寧に大きなふきだしで文字を強調する。 こうなると収拾はつかない。 誰が、祐一にとって一番必要とされているかをはっきりさせない事には事態が収集できなくなった。 そう、一番冷静であると思われていた月読がのったからである。 祐一は月読が沈静化してくれると思っていたが、してくれなくて、微妙に引きつった笑みを浮かべた。 【白黒はっきり付けるべきですね】 引きつった笑みのまま、あれ? と思う祐一。月読ってこんなキャラだったか? と言う感じだ。 デフォルメされた男のCGは肩をすくめた感じになっている。 そして、普通の大きさのふきだしで、こう意思を表明した。 【いい加減、天照の妄想には辟易してたのですよ】 【何ですって!】 【姉貴は過激やからねぇ】 なんだ、この空間、ちょっと居る場所間違えたか? 祐一の表情はそう言っている。だが、それに気がつく者はいない。 誰かが通りかかれば、何やっているんだ、あの人。みたいな反応が帰ってくるだろう。 誰かに介入されればうやむやのうちに終る。それが祐一の一番の望みになったが…… 誰も通らないし、周りを見ても誰も居ない。 頭を抱えたくなったが、誰かを探して歩き始めた。 流石に、走るとばれる。何故走るの? みたいな事を言われて変に追及されるのも嫌だった。 慎重に物音を立てないように歩く。音声入力の為、迂闊な音は立てれない。 【月読! 一体何が妄想だって言うのよ!】 【貴女には舞と言うパートナーが居るじゃないですか】 【おぉ、兄貴は主人しか操れませんものねぇ】 【素戔嗚! アンタは黙ってなさい!】 【いえいえ、姉貴、事実を言ったまでですよぉ?】 【相棒が複数居るという事は幸せだな。天照】 【ふ、ふん! 最近舞は乗ってくれないもの!】 【しかし、相棒が複数居る事に変りあるまい】 【そ、そんな事だったら、素戔嗚だって!】 【自分はぁ、基本的にコンセプトが違いますからねぇ……比べられてもぉ……その困るんですわぁ】 【きっちり固定の私と、複数居る天照】 【自分は誰が乗っても指示通りに動くだけですしねぇ】 【あ〜〜〜!! 五月蝿い、黙れ黙れダマレェェェ!】 凄まじい勢いで流れて行くコメント。 微笑ましい対談なら大いに大歓迎なのだがと、祐一は頭を痛める。 弄られる天照と言う感じだろうか。 もし、音がでていたら天照の声だけが大きいだろう。 残りの2人はこれでもかと言うくらい冷静だ。 【大体、そういう事は、製作者に文句を言いなさいよね!】 【死人にですかぁ?】 【私は、製作者が好きではありませんが、祐一が主人である事には神に感謝します】 【確かに、好きじゃないけどぉ……】 AIが神に感謝するというのはかなりシュールである。 このまま、会話が変な方向に流れてくれないかと祐一は思う。 だが、そうは問屋が卸さない。 【そ、そういえば、祐一は何も言って無いわね】 【そうですね】 【姉貴が口汚いからですねぇ】 こんな時に話を振らないでくれと困る祐一。 返事をしたくても答える事が出来ない事はわかっている。 こちらと言えば、あちらが立たず、あちらと言えば、こちらが立たない。 困り果てた祐一を助けたのは、ピーーー、と言う電子音だった。 電池切れを示す音がなり、画面が真っ暗になる。 「あ……電池切れか? ……正直助かった」 そう言ってホッと息をつく祐一。 ただ根本的な解決にはなっていない。問題を先送りしただけである。 ちなみに、会話はちゃんと記録されて残っている。 画面に表示されていたのは、演算された結果だけなのだから。 また後で、祐一が問い詰められるのはまた別の話。(ただし、その時は1対1だったのが唯一の救いである)
体を動かそう、そう思って祐一を連れ出した(誘拐と言った方が良い)のは良い。 しかし、目の前の親友2人組みが祐一を追って森を走り回っている状況を見て溜息を吐いた。 どうせ目に入っていまいと、火を起こし携帯食料にかぶりつく。 どうせならば、川魚でも取ろうかと思って、地図を開いた。 「釣竿でも持ってくれば良かったか……」 味気ない携帯食を食べながら有夏は呟く。 暴走しているあの2人を追いかけるなんて元気はない。 この鬱憤をどうしてくれようかと、頭を悩ませている。 とりあえず、と言うことで簡易のつり道具を作って魚でも取ろうと思い立った。 「全く……あいつらと来たら、いつまでも変らない」 晴らしきれない鬱憤を晴らすのはまた今度と諦めた有夏。 今頃、顔を真っ赤にして祐一を追っているであろう由紀子と晴子を思って苦笑する。 火を丁寧に消して、荷物を纏めて移動を開始した。 とりあえずは魚を確保、後で祐一に美味しく調理してもらおうという算段である。 ではその祐一たちは何をしているか。 時間を遡るとしよう。 森につれてきたのは初めは有夏と祐一だけだった。 ただ、途中から晴子が加わり、遅れて由紀子がやってきただけである。 2人しか居なかったときは普通に組み手をしていたのだが…… いつの間にかに晴子が現れて、相手(祐一)を奪ってしまった。 まぁ、良いと思っていたのが運のつき。 格闘では有夏に並ぶ晴子。総合力では一歩及ばないが。 ちなみに由紀子は射撃では有夏に並ぶ。やはり、総合力では一歩及ばない。 「ほらー、祐一いくでー!」 「ちょっ、母さん!」 「あぁ、晴子の相手でもしてろ」 射撃訓練の準備と思って離れたのも拙かった。 少し離れた場所にペイント弾の入った銃器がある。 それの手入れをしてさぁ、と顔を上げた所に由紀子が居た。 手には新型であろうライフル。 「これはまた……立派な物を」 「ONEのドール武器の開発でレプリカが出来まして、折角ですから晴子さんで試してみようと思ったのですわ」 「中身はペイント弾だろうな?」 「実弾でも良かったのですけど、流石にペイント弾ですわ」 晴子さんは実弾を頭に直撃させても死ななそうですし。と冗談めかして笑う由紀子。 流石に、冗談だと解っている有夏は呆れていた。 玩具を弄るように、ライフルを撫でる由紀子。 「さぁ、狩りの時間ですわ」 「……………………程々にな」 本当に嬉しそうな表情の由紀子に何も言えない有夏。 嬉々として歩き出した由紀子を見送る。 見送ってしまった事も失敗だったと有夏は思う。 多分思考が、追いついていなかったのだと。 その向こう側から、晴子の何じゃこりゃぁ〜〜〜、と言う叫び声が聞こえてきた時点で諦めた。 あぁ、今日はもう何も出来ないなと。 久しぶりに手で火を起こすかと諦めの溜息をつく。 こんな日もあると、自分を慰めていた。 その時の祐一はどうして良いか解らなかった。 組み手をしてた晴子がいきなり人に出来ない動きで動いた。いや動かされていた。 目を点にする祐一。しかし、晴子のほうが驚いている。 「なんじゃこりゃぁ〜〜〜!!」 服についた、色とりどりのペイント。 それを見て声を上げる晴子。祐一はどうして良いか判らない。 だったならにか行動を起こすべきかと考えるが、何も思い浮かばなかった。 「ほっほっほ! 油断大敵ですわん、晴子さん」 「む、この声は、由紀子! あんた、なにすんねん!」 祐一は既に眼中に無い。見事なまでに声のする方向を見ていた。 それも、親の敵でも見るような視線で。 「おーおーおー、不意打ちしか出来んお嬢様に言われとうないなぁ」 「1人にしか意識の割けないお猿さんには言われたくないですわ」 「なんやて!」 「その喧嘩、買ってやりますわ!」 放って置かれて、どうしろと言うんだという表情の祐一。 どうして良いか判らないのだから、途方にくれる。 晴子はその方向に向かおうとして、祐一から拳銃の入ったポーチをひったくった。 「中身ペイント弾やな!?」 「え、えぇ」 「借りるで!!」 拳銃をひったくられた祐一は更にどうして良いか判らない。 走って去って行く晴子を見送った。 その先ではかなり騒がしい音が聞こえる。 あぁ、戦闘始めたんだなぁと、無感動な表情で祐一は思った。 ここに居てもしょうがないと、祐一は思い、歩き始める。 母親に見つかるとまた面倒だと考えてゆっくりと散歩を始めた。 ここで、彼の運の尽きだったのが、30分後に晴子と由紀子に再会した事である。 「ありゃ?」 祐一が見たのはペイントにまみれた2人。 本当に仲の良い感じにペイントに塗れていて、2人とも肩で息をしている。 銃口を向け合って、お互い牽制しあっていた。 「本当に仲が良いなぁ……」 祐一は何の打算も無く、悪気もなく言ったつもりだった。 それが間違いだと気がついたのは、ぎらぎらした視線が2つ祐一に帰ってきたためだ。 ペイント塗れの2人からさっきに良く似た雰囲気が帰ってくる。 それは純粋な怒りだった。 「ほほぉ、祐一は誰と誰が仲がええってゆうんや?」 「えぇ、わたくしも、それが聞きたいですわ」 何でこんな時に、息が合うかなぁと嘆く祐一。 あっという間に、回れ右で逃げ出した。 反撃しようにも銃は晴子が持っている。 更に、ライフルを持っている由紀子も居る。 木々を障害物に逃げ始めた。 「にがさへんで!」 「その言葉、取り消しなさい!!」 最高のコンビネーションを見せながら追いかける晴子に由紀子。 彼女達は仲が悪いがその特性上、相性は悪くない。 晴子が追い立てるように祐一にプレッシャーをかけ、由紀子がその考えを読んだかのように銃撃を放つ。 絶対あの2人は仲が良いと内心思いながら、逃げ回るしかない祐一だった。
これはちょっと過去のお話。 有夏が、傭兵団であるサイレンスを纏めていた頃のお話である。 あゆの養母であった月宮美晴は隣にいる石橋彰雄の袖を何度も引張っていた。 その前では有夏がONEの社長と対等に話をしている。 政界等、ありとあらゆる場所に人脈を持つ老人はONEを維持しているという自負が見える。 世界にたった一つだけ、その願いを込めてONEと言う社名に変えたのも目の前の老人であった。 ホテルの一室。スイートと呼ばれる部屋。 調度品もかなり高級なものばかりで、壊したら何ヶ月食事が取れないだろうと思う。 場違いな場所で、有名すぎる人間の前に有夏が普通に交渉している。 美晴には信じられない行為である。もしそんな事をさせられれば、緊張のあまり舌を噛み切ってしまいそうだ。 まだ駆け出しである2人には信じられない光景である。 備品調達の名目で抜けた晴子が羨ましいと美晴も彰雄も思い始めていた。 それほどこの空間は場違いなのである。 (まだ終らないかな?) (多分、まだだ) (うぅ……何で、ぼく達を連れてきたんだろうね?) (解らん……) ようやく袖を引張られている事に気がついた彰雄。 それを切欠にアイコンタクトで意思の疎通をする。 まだ、有夏と老人との交渉は続いていた。 高級品でも椅子は椅子とでも割り切っているのか有夏には緊張の色は見えない。 老人はさも当然のように高級品の中に溶け込んでいる。 緊張してもしても足りない。空気がまるで氷のように冷たい。 まるで冷凍庫の中に居るようだと、彰雄も美晴は思っていた。 高級品と解るだけに余り触れたいとも思わない。多少、貧乏性な2人。 有夏の後ろで椅子にも座らず、ただ立っていた。 「それでは本題に入ってよろしいですか? 老人」 「えぇじゃろう」 え? 今から本題なの? 正直、勘弁。そんな気持ちになる2人。 しかし、表情には出さない。出してしまえば何となく凄まじい事になりそうな感じがあった。 例えば、この交渉が壊れてしまうような。そんな予感である。 出て行きたい誘惑を思いっきり噛み潰す2人。 尊敬の眼差しを有夏に向けたいが、向けたところで無いかあるわけではない。 有夏の後頭部に突き刺さるだけである。 「それで、依頼とは?」 「誘拐された、孫を助け出して欲しい」 「あなたたちの手持ちで何とかなるのではないのですか?」 え? まだ交渉して無いの? 何で? 今までの会話は何? そんな表情の2人。 一瞬出てしまったそれを慌てて取り消す。 目の前にいる2人はそれに気がつかずに商談を続けていた。 泣きそうな目線を彰雄に送る美晴。 彰雄の目もなんだかやるせない物になっていた。 「困ったことに……な」 「……わかりました。それで報酬は如何程貰えるんでしょうか? 私達は決して安くありません」 どうやら手持ちの戦力で救出が出来ないからここに呼ばれたみたい。と2人は理解する。 その上に有夏の私達は決して安く無いという言葉に感動していた。 良くこんな時にそんな事を言えるよねという感じ。 加えて、自分達をちゃんと評価しているんだと言う安心感だった。 安心して気が緩んだのか、困った事態になる美晴。 再度、彰雄の裾を引張ってアイコンタクトをした。 (うぐぅ……トイレに行きたい……) (なに!? 何でこんな時に……) (仕方が無いじゃない) (多分、あと少しだ、我慢しろ。な?) 気が緩んだのかトイレに行きたいと壮絶に思う美晴。 早く交渉が終って欲しいが、中々終ってはくれない。 そわそわした動きは見せないが、彰雄だけは解った。 トイレに行きたいというのが。 何故なら、視線が徐々に強くなっているから。 彰雄も、美晴もどちらも早く終ってくれないかと思い始めていた。 美晴は自分の尿意に、彰雄は美晴が恥をかかない様に。 「解りました。これで契約成立ですね?」 「よろしく頼む」 「えぇ。安心して待っていてください。待たせたな、行くぞ」 契約と挨拶を終えた有夏が振り返り、彰雄と美晴に一声かける。 ゆっくりと部屋を出て行って、部屋の扉を閉じた。 そのとたん、美晴は駆け出す。有夏はそれを何だ? と呆然と見送っている。 「美晴の奴どうしたんだ?」 「トイレらしい」 「子供じゃあるまいし……本当か?」 「本当だ」 はぁ。と溜息を吐く有夏。 歩きながら、ぽりぽりと頭を掻く。 戦場ではかなり冷静になるのだから人は判らない。 「交渉事には一緒にしないほうが良さそうだな……」 「そうかもしれない」 「呆れて何も言えないよ……子供じゃないんだから」 「動く時は大丈夫だから」 「わかっているさ、お前達の実力も全てな。だから信頼してるんだろ?」 「本番はこんな事になら無いと思う……多分」 「そう願う」 溜息を盛大に吐く有夏。 彰雄も微妙に呆れ顔だったりする。 この話にはまだ先があって美晴は迷子になった挙句、迷子放送で彰雄が呼び出された。 集合場所で待っていた晴子は笑い転げ、有夏はもう一度盛大な溜息を吐いていた。 まさか、彰雄もホテルで迷子放送をかけられるとは思っていない。 彰雄と再会した時、美晴は普通に半べそだった。 ちなみに、彰雄が親で美晴が子供だとホテルのスタッフには思われていた事を追記しておく。
このお話もちょっと昔のお話。 ONEのお嬢様が人質にされた時の救出のお話である。 神尾晴子はそれはもう、盛大に溜息をつきたいくらい憂鬱だった。 なぜ、名家のお嬢ちゃまを助けねばならないのか。 飯の為だからしょうがない。と慰めていたがそれでも納得はしていなかった。 もともと、警護の人間を付けずに地位のある人間が遊んでいたのが悪い。 誘拐犯に誘拐してくれと言っているようなものだ。 自分の立場を考えれば、多少息苦しくたってしょうがないだろう 自分のせいではないとしても、人は生まれを選べない。 立場を考えない人間は平気で他人に迷惑をかける。 それが自分でなければ良いが、自分に迷惑をかけて欲しくなかった。 面倒な事に加えて、慎重な行動が要求される。それも晴子を憂鬱にさせる一因だった。 ただ、相手を殲滅する。もしくは陽動をする。 単純なミッションではないのがそれを加速させた。 決定的になったのは、助け出したときである。 「ほほ〜う、これが麗しのお嬢様ですか」 感情を抑えに抑えた晴子。有夏がその肩を小突く。 なんとも、囚われたお姫様ではなくてじゃじゃ馬だったからだ(晴子主観) 関西弁がでる事無く、標準語で話しているからそのイラツキ具合が解る。 晴子は小突かれた事に対して、わかっていると、手で合図をした。 ミッション自体は簡単だった。美晴が罠を解除し、新たに張りなおして誘拐犯を逆に罠に嵌める。 彰雄が嘘の情報を流して、敵を誘導する。 慎重なミッションな筈なのに、あっさりと進んでしまった。 原因はこのメンバーが優秀な事と、相手の油断が多々にある。 簡単に誘拐できた、警護の人間の質も量も悪い、来る人間も同じだろうと。 彼らにとって運が悪かったのは有夏達が相手だったと言うことに尽きるだろう。 「小坂由紀子だな?」 「な、なんですの!? あなた達は!」 晴子が猿轡外した瞬間の大音声である。 手足を縛られて、猿轡をされていた由紀子の第一声がそれだった。 有夏は捕まっていたのにこれだけの大音声が出せるのだ、健康には問題ないと判断する。 晴子はこいつ可愛くないし、気にくわないと判断した。 由紀子は突然現れた不審な2人組み(と言っても回りは全て敵だと思っていた)に敵意をむき出しにしている。 そんな由紀子に晴子はあぁ、これだから世間知らずのお嬢様は、はん、と鼻で笑う。 それを見た由紀子は瞬間湯沸かし器の如く真っ赤になった。 真っ赤になった顔を見た晴子は意地の悪い笑顔を浮かべて言う。 「お〜お〜、まるでおサルさんみたいやな」 「そこの無礼者! 何様のつもりですか!?」 「縄で縛られて、そんなこと言われてもなぁ?」 晴子は噛み付きそうな視線で睨んでくるお嬢様をみて苦笑する。 この時は一方的にしか知らないのだから、名前を呼ぶことすら叶わない。 芋虫のように暴れて、その指でも良いから噛み切ってやると言う雰囲気だ。 有夏は溜息を吐きつつ、2人に介入する。 「私は、相沢有夏。誘拐された貴女を保護しに来た」 「……確かに、私は小坂由紀子ですわ」 晴子の方を向かずに、有夏にだけ声をかける。 居ない者として扱われた晴子は流石にこれには頭にきた。 と言うよりも元々気に食わないという意識が強い。 相手がイラつくように、わざと丁寧な言葉で挑発する。 「これはお嬢様。神尾晴子ですわ。おほほほほほ」 「くぅ!」 縄で縛られたままでも飛び掛らんと言う感じの由紀子に有夏はその耳元で何かを言う。 その何かは、老人から託された伝言だった。 伝言は有夏が老人の仲間であると言う事を如実に現していたのか由紀子は大人しくなる。 そしてぽつりと言った。 「……………解りましたわ」 「では、脱出するまで私の指示に従ってもらいたい」 有夏は満足そうに頷いた後に、由紀子の縄をナイフで断ち切って行く。 由紀子はようやく自由になれたと、体を軽く動かした。 さりげなく、晴子に近づいて手のひらを一閃。 ぱぁん、と言う音がした。それは、晴子の持っていた防弾の盾と由紀子の手がぶつかった音である。 ニヤニヤした笑みを浮かべる晴子。 由紀子は痛い手を引っ込めて、虚勢を張っていた。 晴子の前で弱い所を見せられない。 精一杯の強がりの笑みと感情で何とかそれを押さえ込んだ。 それらの物がなければ、無ければ泣いていたかもしれない。 「こ、「これで許して差し上げますわ、無礼者」」 由紀子が負け惜しみで言おうとした事に晴子が台詞を先読みして台詞をかぶせた。 な!? と驚愕の表情を浮かべる由紀子。その体がわなわなと震える。 有夏は由紀子をとりあえず止めて、脱出へと手はずを整える。 由紀子は今の所は大人しいが、いつ怒り出すか判らない。 「行くぞ」 2人のやり取りに興味は余り無いといった感じの有夏。 さっさと脱出して、早く休みたいと顔に書いてある。 それを見た有夏と由紀子は溜息を吐いて、有夏の指示を待った。 ぴったり息の合った溜息を吐いたのに感心していた有夏。 この2人実は相性が良いのではないのだろうかと考えていたりする。 「さっさと帰るぞ」 有夏にそう宣言されてはもう従うしかない。指示通りに動く。 帰りも多少の接触は有ったものの、特に問題なく終った。 無事、由紀子を依頼主の元へと届けて終ったのである。 終ってから晴子は、もうあのお嬢様と関わらなくて良いと清々していた。 そう、有夏が集まりがると言って部屋に入り込むまでは。 入り込んだ先にあの、憎たらしいお嬢様が素敵な笑みを浮かべて立っていたのだ。 「あ、あかん」 眩暈を感じる晴子。有夏も微妙に呆れている表情を見せていた。 美晴も彰雄も微妙に由紀子の行動力に呆れている。 晴子はこれからの事を思って、憂鬱になるのだった。