これはweb拍手の中で使われたものです。 本編とは関係が有るようで無さそうな…… 没から生まれたのである程度、遊ばれています。 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。 設定と同じく文句を言われても困ります。 その点をご了承ください。 神の居ないこの世界で
茜は脱衣所、鏡の前で大きく溜息を吐いた。 その目の前には体重計。その先には大きな鏡がある。 鏡には自分の姿が映っており、髪がお湯で濡れて居るのが判る。 まだ三つ編にしていなく、解かれた髪はまとめてバスタオルで丁寧に包んであった。 体重計を親の敵のように睨む茜。 久しぶりに体重計に乗ってみようと思ってのことだった。 だが、やはりここは乙女。どうしても、怖い思いをしてしまう。 女性に年齢と体重の話は厳禁というのは大体の共通であろう。 それでも、怖いものは怖いのだ。もし、予想に超えて増えていたら? なんて事を思ってしまって、二の足を踏む。 嫌われる事は少ないかもしれないが、自分の矜持がそれを許さない。 出来れば、いつも綺麗な自分を見ていてもらいたいと思うのだ。 更に言うならば、機体を整備している時の油に塗れた姿だって恥ずかしい。 恥ずかしいのだが、それは仕事なので諦めていた。 同じ仕事場で仕事をするのだ。自分だけが汚れない作業をするわけにもいかない。 「いつまでも、ここで……」 弱弱しく呟く。世の中の心理かもしれない。 うろうろと、体重計の前を行ったり来たり。 鏡に映る茜の姿も一緒になって行ったり来たりを繰り返している。 これで体重が少しでも減れば良いかな、みたいな事は考えていない。 自然とそういった動作をしているだけだった。 当然、忌避の感情からだ。何せ、怖いものは怖い。 体重が増えるという事は、自己管理がなっていないということにも繋がる。 だからどうしたと言えるだけの余裕は今の茜にはなかった。 何と言うか、多少の自覚が有る。増えたかも……程度の事であるが。 「あらら? お風呂まだ空かない?」 「……もう空いてますよ」 同居人である詩子がバスタオル等をもって脱衣所の前に来ていた。 中から明かりが洩れているのを見ての今の発言である。 引き戸を開けて、脱衣所に入る詩子。 さすが同性。さすが親友。問題も無く、中に入る事が出来る。 「何悩んでるの?」 「悩んでるわけでは有りません」 「そう?」 「はい」 「本当に?」 「本当に、です」 「ふ〜ん?」 「なんですか? その疑い深い視線は?」 「いえいえ、詩子さんは深い疑惑の眼はしてませんよ?」 茜は溜息を吐いて、今の格好を考える。 判りきっている事だろう。体重計を前にしていたら何を気にしているかも丸判りだろう。 「詩子は良いですよね……食べての太らない体質ですから」 「……本気で言ってる?」 茜が溜息交じりで言う言葉に詩子は多少棘のある言葉を返した。 それが意外だと思う茜。 以前、詩子が食べても太らないと自慢していたのを覚えているからだ。 羨ましいという感情は今も変らない。 「以前、食べても太らないのは体質だといってませんでした?」 「学生時代はね。うん、今、学生時代を持ち出されても困るかな、詩子さんは」 「そんなに前でしたか?」 「うん、少なくとも中学くらいじゃないかなぁ」 今思い出してみると、確かに制服らしき物を着ている覚えがある。 なるほど、大分昔の事みたいだ。と茜は納得した。 「では、体質が変ったのですか?」 「変った……といえば変った事になったかなぁ」 遠くを見て、ポツリと言う詩子。 肥る様になったというのなら、同じ女性として、多少だが嬉しい。 もっとも、それが茜の悩みの解消にはならないが。 「仕事の関係上ね……どうしても体重が増える=筋肉なのよねぇ」 「そうなのですか?」 「ここが悩む所なんだけどね。だって、茜みたいに丸みを帯びた体にならないんだもの……」 茜は丸みを帯びた体、言葉を変えれば豊満とか、豊かな感じがする。 対する詩子は、細めの体、言葉を変えればスレンダーとか。 茜と詩子が並ぶと結構な、差が見える。お互いの差異が引き立つ感じだ。 凸凹コンビと言われているのは性格だけでは無いのは伊達じゃない。 「肥るよりは良いじゃないですか」 「そう? 私は茜みたいな体になってみたいよ〜」 「行き過ぎると見苦しいだけですよ?」 「詩子さんだって、行き過ぎると……ボディービルダー? 見たいになるよ?」 「……お互いに行きすぎは良くないということですね」 お互いに溜息を吐く。 体質と割り切るにしても、お互いに無いものを持ってるのだから、お互いに羨ましいのだろう。 足して2で割るとちょうど良いのかもしれない。 肥り難い体質で、筋肉と柔らかさが同居する体。 理想という感じだろう。 「良いよねぇ……茜は」 「そうですか?」 首をかしげながら、体重計に乗った茜。 乗ってから多少の後悔をした。想像よりも若干数値が大きかったのだ。 「なになに? ショックですか? それはショックですか?」 「ショック……ですね」 苦々しい物を噛み砕いた表情の茜。 詩子は観察するような無遠慮な視線を茜のある部分を行ったり来たりさせる。 その視線を遮るように腕を抱える茜。 「いいよねー、採った物が女の人の体っぽくなるのは」 「そんなことありません」 「詩子さんは筋肉にしかなら無いのに……そのうち水に沈むようになるかも」 ずずーん、という感じの効果音が似合いそうな詩子。 この後、茜は詩子の機嫌をとるのが忙しかった事を追記しておく。
秋弦と祐一はテレビを見ていた。まぁ、家族の団欒といった感じ。 ドラマの最終回、内容としてはどこにでもあるような感じなドラマ。 親の強引に進める結婚によって、引き裂かれる恋人。 最終的に恋人の両親を説得するが、結婚式の中止までには至らない。 最終回は多分、結婚式に乗り込み新郎とひと悶着あっておしまいという感じだろう。 秋弦はこのドラマが好きなのか、毎週欠かさず見ている。 祐一は今日初めて見た。膝の上に秋弦を乗せて欠伸を噛み殺している。 秋子はそんな様子を見ながら、台所で料理を作っていた。 祐一にしてみれば、面白くもなんとも無い。 途中が判らないのだから、いきなり、結婚式に乱入してこれで良いのか? という感じ。 経過が判らないと話の繋がりが判らないくて、唐突なイメージしか湧かない。 加えて言うならば、登場人物自体がいまいちよく判っていない。 だから、眠たくなるのだが…… 欠伸をするたびに秋弦に腿を抓られる。 だから、必死になって欠伸を噛み殺していた。 「む〜〜、ぱ〜ぱ〜?」 CMに入って、祐一の態度が気にくわないのか、秋弦は不機嫌だ。 もっとも、楽しいものを共有したいという意識からそれ以上は言わない。 言えば、楽しくなくなるのがわかっているからだ。 自分も楽しめないし、相手も楽しめないのは最悪である。 今は警告という感じで祐一は苦笑を浮かべた。 表情はお姫様の言う事を聞きましょうかという感じ。 「あ!」 秋弦が嬉しそうな声をあげる。 どうやら贔屓の役者がテレビに出てきたようである。 秋弦は腰を浮かして、テレビに熱中していた。 祐一は顔を秋子の方に動かして、目で会話を始める。 流石に、お姫様のご機嫌を損ねたくないようだ。 (このドラマは後どのくらいで終る?) 秋子は時計を見てから、うーんと頬に手を当てて考え込む仕種を見せた。 指で15と示した後、料理に戻る秋子。 祐一は目でありがとうと返した。 そして、テレビ鑑賞に戻る。 「きゃー!」 どうやらクライマックス。秋弦は嬉しそうな声を上げる。 場面としては結婚式になり、愛し合った恋人に抱えられて、花嫁が盗まれるシーンだった。 祐一はこれは拙いんじゃないかなぁと、やけに現実的に考えている。 何の予備知識もなく見せられれば、花嫁泥棒にしか見えない。 取りこぼしなく見ていればまた話が変ってくるのだろうが。 秋弦は興奮したまま、祐一は苦笑したままである。 何か言うと、お姫様の機嫌を損ねそうだ。 祐一は首をすくめて、そう思った。 ドラマのスタッフロールが終わり、秋弦が興奮気味に話を始める。 身振り手振りを交えて熱心に語ろうとしているその姿は歳相応に見えた。 目をキラキラと輝かせて熱心に語るその姿は微笑ましい。 「ぱぱ、おもしろかったねー!」 「あぁ」 「あのいしょうとっ〜〜〜〜〜ても、きれい!」 流石に面白くなかったと言って、話の腰を折るほど、祐一は冷たくない。 それに満面の笑みでそんな事を言われてNOと言える人は中々居ない。 面白いのかどうか判らないが、秋弦が面白いといっているのだから多分面白かったのだろう。 そう言う表情で秋弦に微笑み返した。 「しずるもけっこんしきはあういうのがいいなぁ!」 いいなぁ! いいなぁ! と繰り返しはしゃぐ秋弦。 ここまでは歳相応だろう。秋子も微笑ましくそれを見ている。 祐一も、てっきり教会で結婚式をあげるのが良いのかと思った。 白いドレスに、鐘の音。祝福してくれる人に囲まれて結婚する。 その一場面に祐一と秋子が微笑んで見守る。 そんな事を想像する。悪くないと祐一は思う。 だが、話は急展開する。それは秋弦の次の一言でである。 「しずるのときは、ぱぱがしずるをさらってね」 期待している視線でそう言い切る秋弦。 秋子と祐一は噴出した。 「ちょっと、それはまずいかなぁ……」 「えー!? なんで!?」 普通に考えて、花嫁の父親がそれをやったら色々な意味で、終ってしまう。 普通に考えなくても、同じだと思うが。 式が台無しと言うよりも、何とも言えない空間になるだろう。 教会じゃないとあんな行為は栄えないだろうが……と現実逃避する祐一。 気まずいと言うか、ありえない。そんなレベルだろう。 「秋弦、お父さんを困らせたら駄目よ」 「ぶー。ままは、おうぼうなの」 秋子が、夕食の用意が終わったのか手を拭きながら、台所から出てきた。 注意を促す秋子の口調に秋弦はご機嫌斜めだ。 秋子も判っているのか、その調子を崩さない。 少しでも例外を認めれれば、この調子が続くと考えられるからだ。 秋弦の今の攻撃ブームは率直に感情を表す事。搦め手には弱い。 ただ、勢いがつくとどうにも止められない。 「横暴じゃ有りませんよ」 「む〜、ならぱぱをどくせんしないでー! ぱぱは、ままだけのものじゃないのー!」 意味がわかっているか果てしなく疑問だが、秋弦は秋子に食って掛かる。 笑顔で、秋弦にも(勝者が)誰なのか判る様に説明する秋子。 秋弦は感情を率直に表現し、秋子は笑顔のまま、秋弦と相対している。 あははと、苦笑するしかない祐一。 関心が逸れただけでも、儲けものである。 秋弦と秋子の舌戦が始まったら、祐一は祐一は観戦に回る。 なにせ、どちらを味方しても、どちらかが拗ねて後が大変になるからだ。
がさごそと、船の倉庫をあさるファイ。 彼の最近の興味は物を作る事にある。その部品を探して倉庫をあさっているのであった。 ちなみに、格納庫で部品を探そうとして、つまみ出された経歴がある。 その彼が、倉庫の奥のほうでそれを見つけた。 そう、ホバーボードである。包んである布を丁寧にはがしてそれを出す。 一見してどう動かして良いか判らないが、何となく意味は解る。 どういったものか解るし、原理もわかる。 ただ、操作の仕方が判らない。 「うん……」 スイッチらしき物は有るが、押してもうんともすんとも言わない。 動力源が見事に空ならば動く筈も無いのだが、その時は気がつかなかった。 首を捻りながら、倉庫から出る。 入り口で、埃を叩き落としながら次はどこに行こうかと考えた。 横には例のボードを持ってである。 とりあえず、食堂という感じで、移動するファイ。 「う〜〜ん」 腕を組みながら首を捻るファイ。 目の前には例のボード。普通なら、お盆が乗るテーブルの上に鎮座している。 スイッチをカチカチ、と押してしてみるが反応は無い。 それ以外に何か、と思って探してみるが何も見当たらない。 難しいパズルを渡されたような感じである。 悩んでいる姿が珍しいのか、それとも、何か面白い物があるのかという感じで他の面々が集まってくる。 秋弦、メルファ、サラサ、アリアである。 「どうしたの? ファイ」 「なにしてるの?」 「これは、なに?」 「あーこれ、ぱぱがいじってた」 ん? という感じで振り向くファイ。 皆の視線はファイの目の前にあるボードに注がれていた。 とりあえずの経緯を説明するファイ。理解できるのはメルファぐらいで、メルファが通訳をしていた。 それを聞き届けた秋弦は食堂を飛び出し祐一を探しに行く。 一番手っ取り早いと感じたからだろう。 「それよりも、ファイ。これって乗り物?」 「多分」 「じゃあ、何でテーブルの上においてあるの?」 「そのスイッチも位置からして、足で踏むんじゃないかな?」 「アリアもそう思う? 私もそう思うよ」 メルファの疑問からアリア、サラサと続いた。 確かに、という表情でテーブルから床に下ろすファイ。 スイッチを踏もうとして、メルファの目に気がつき身を引く。 ファイはメルファには弱いのだった。 「良いの? 代わってもらって良いの?」 嬉しそうな顔でファイに迫るメルファ。 肩をすくませて、どうぞと譲る。アリアとサラサはちょっとだけ不満そうだ。 もっとも、それを言い出して、喧嘩をする事ほどおろかじゃない。 喧嘩両成敗な上に何らかのおまけが付いて来る。 羨ましそうな視線をメルファに送るのみで、留めていた。 「わ、とっとぉ?」 目の前では不思議な光景が起こった。 メルファが足をスイッチに乗せた途端。ふぃ、となって一瞬だがボードが宙に浮いた。 もっとも、その宙に浮いたのはほんの僅かであるが。 それ以後、スイッチを押しても、うんともすんとも言わない。 「……壊れてる?」 「不明」 「「メルファ、肥った?」」 ぱしん、ぱしんとサラサとアリアの頭をはたくメルファ。 そこへ、祐一を連れた秋弦が帰ってくる。 「どうしたん……あぁ、それの事を言ってたのか? 秋弦」 「うん!」 「よく見つけたな、多分、ファイだろう?」 「そう」 懐かしい物を見つけたと言う顔の祐一。 ファイは再度、経緯を説明し祐一に説明を求めた。 「瞬間だけど動いたんだな?」 「動いたよ」 「じゃあ、多分バッテリーが空なんだ。充電してやれば動くさ」 「「本当?」」 「ここじゃあ危ないから……格納庫だな」 皆をつれて格納庫へ移動。格納庫の片隅を占拠して充電を開始する。 充電が終る時間帯を祐一は伝えて、その場で一度解散となった。 さて、充電が終った時の混沌を伝えよう。 まずは祐一がお手本を見せ、諸注意を伝える。 ここまでは穏やかなものだった。 一つしか無いのに乗りたい人間は5人である。 まず順番を決めるのに一悶着。 結局ジャンケンを5人で行い、15分間の熱戦を繰り返した。 トップバッターは秋弦だったが、体重が軽すぎる事でボードが反応せず、不貞腐れる。 いくら粘っても動かないので泣きながら次に譲る。 祐一が慰めで付きっ切りとなった。(最後に祐一と乗る事で機嫌を直した) 次に乗ったのはメルファ。スピードの加減が出来ずに結局開始5分で酔う。 その時に言った台詞は、いつか乗りこなしてやるんだから……うぷ。であった。 次はアリア。速度は自由に変えれるものの、曲がる事が出来なかった。 サラサは自由自在に曲がる事が出来るが、速度は低速の域を出ない。 早めに切り上げたサラサがアリアに速度を任せて、自分で舵を取ったところ、祐一と同じように乗れた。 それを悔しそうに見詰めるメルファ。サラサとアリアの2人が得意げな顔をして挑発する。 2人一緒じゃないとまともに乗れないんじゃないの? という言葉で挑発が返されていた。 喧嘩をしそうな雰囲気のなか、最後はファイである。 結果は可もなく、不可もなく。そこそこ速度は出せるし、そこそこ曲がれる。 周りの評価はというと、淡白にファイならその位できるでしょとの事。 微妙にファイが凹んでいた。 その後、祐一と秋弦が乗って一通り終るが、その後ボードをどうするかという事で事態が紛糾。 祐一が調停をして何とか収めた。居なかったら泥沼の喧嘩が始まっただろう。
アイビーにある喫茶店。そこに住むジュピターは今日も手伝いをしていた。 彼は不器用な為に、厨房関係は任されないが掃除などは彼の仕事である。 そのジュピターには苦手な苗字があった。倉田と相沢である。 まず、倉田に関して言うと倉田一弥が苦手な為にそうなってしまった。 あの訳の判らない悪趣味なゴーグルに、丁寧だが寒気を感じさせる動作。 言葉も丁寧だが、いまいち好きになれない(ちなみに一弥=祐一とは気がついていない) 悪い人間ではないと解っているが、何となく苦手で近づきたくないという感じ。 次に相沢姓。とにかく、相沢のつく名前の人物には苦手意識を覚えている。 まずは祐一。好きになれない、行動一つ一つが癇に障る。 秋弦。何故こうも勝てないのか、そして、徹底的に負かすのか。 はっきり言って苦手である。顔をあわせても表情にこそ出ないが出来れば会いたくない。 ついでに言うならば、この前失敗をしている所(皿を割った)を見られて大いに同情された。 自分の失態だが、あそこまで変に同情されると逆に好きになれなくなる。 有夏。苦手である。人の話を効いて欲しいと思ったらしい。 一度闇討ちをされそうになって、祐一が止めている。 この時だけは、祐一に感謝したが、それ以降、祐一に感謝という感情を持っていない。 祐夏。小さいお兄ちゃんだといって、弄られる。 祐一と同一視されるのも嫌だが、子供と言われて弄られるのも嫌だった。 というわけで、相沢性は相沢一家のおかげで、苦手になっていた。 今では、相沢という名前を聞いただけで条件反射的に身を固くしてしまう。 そんなジュピターは、テーブルを拭きながらそんな事を思っていた。 カラン、カラン、とドアベルが鳴り、ジュピターの姉であるマリーが対応する。 「あら、いらっしゃい」 ちなみに、マリーには苦手意識が無い。 相沢、倉田、両方に特に苦手意識は無く、どちらかと言えば憧れに似た感情を持っていた。 もっとも、憧れを一番強く持っている人物は倉田佐祐理だが。 異性に憧れを持つには年齢的にまだ早かったみたいだ。 流石に有夏の本性を知ってまで、憧れを持つ事は不可能だったのは言うまでも無い。 彼女は運動が苦手である。苦手であって嫌いでは無いが。 この喫茶店で、一弥になれた早さは彼女が一番早い。 ちなみに、彼女は祐一=一弥だと知っている。弟さんには伝えていないが。 伝えていないと言うよりも、相手は気がついていると思っている。 何故なら、祐一の時の対応と一弥のときの対応が似ているからだ。 似ているのだから、多分、同じ人物なんだろうと思っている。 更に言えば、この間違いを正す事はこの先、一生無い。 「あら? ……秋弦ちゃん、後で怒られるわよ」 「だいじょーぶなの」 秋弦という名前を聞いて、身を多少反応させるジュピター。 今は、テーブルを拭いていて、秋弦の姿は見ていない。と言うか、見えていない。 彼の頭の中でテーブルを拭いた後は、すぐに店の奥に引っ込んでしまおうと言う考えが有った。 秋弦に関わると、あまりいいことが無い。 それは経験則として、ジュピターのなかに刻み込まれている。 秋弦は今、瑠奈とマリーを相手に談笑していた。 談笑と言うよりも、家族の団欒と言った感じか。 入り込めない空間があって、疎外感を感じるジュピター。 悔しくなんか無いもんね、と繰り返し唱えていたりする事から、結構寂しがりやだ。 ピカピカにテーブルを磨いてやるという感じで、丁寧にテーブルを拭いて行く。 本当に入り込めないのが、悔しいようだ。 マリーはそれを感じ取って可笑しくて、笑っている。 素直になれば良いのに。そんな表情であった。 集中している時に、服の裾を引かれた。 「うん?」 後に、彼は意地を張らないで、さっさと奥に引っ込めばよかったと語る。 それほどの衝撃と恥ずかしさが彼を襲ったのだ。 引かれたのが何故か判らないが振り向くジュピター。 秋弦だったら裾を引く事は無いし、瑠奈だったら声をかける。 そもそも、瑠奈が裾を引くことがありえない。 マリーならありえるが、そんな事を人前でするとは思わなかった。 振り向いた先には、訳の判らないゴーグル。 瞬間的にパニックになって、がたん、とひっくり返った。 「な、ななん、なななななな、な!?」 ずい、とジュピターの鼻先までゴーグルが迫ってくる。 それを驚き・6、困惑・3、恐怖・1、の表情で見詰めるジュピター。 冷静とは程遠い対応であり、マリーはくすくすと笑っている。 「ぷ、ぷぷ、あははははは」 突然ゴーグルが笑い出した。その声は秋弦。 その声で、その本人がわかったために、突如として不機嫌になるジュピター。 しかし、もう遅い。あれだけ、狼狽していたら、その態度は照れ隠しだとわかってしまう。 「じゅぴたーって、おもしろいのね? あはは」 「……面白くて結構!」 ふんと立ち上がり、埃を落とす仕種をする。 流石に恥ずかしかったのか、顔と耳の先まで真っ赤であった。 「悪趣味な事をするんだな、秋弦は!」 「うに? そんなじゅぴたーはかわいいよ? ねー? まりー?」 話が通じていないのか、きょとんとした顔で対応する秋弦。 こいつには何を言っても無駄だと悟るジュピター。 姉さん助けてよという視線をマリーに送るが、マリーも笑っていた。 秋弦がきたら碌な事が無いと改めて思うジュピター。 一弥のゴーグルをつけた秋弦は無敵状態である。と心の手帳に書き込んだ。
ONEとkanonの技術提携の話はかなり煮詰まってきていた。 現在、Airが格闘部門で独走しており、それは独占と言っても過言では無いレベル。 加えて、最近の流行は回避に重点を置く事。この為、Airの機体が売れる。 一方、銃撃や防御に重点を置き回避は今一歩のONE。 特殊な環境では他の追随を許さないkanonであるが、既製品は中性な特性を持つ。 その2社がAirに引き離されてしまうのも仕方の無いことだった。 だが、企業である。仕方が無いで破産する事は出来ないし、次の流行が来るのを待つという判断もしない。 流行は当分続くというのは由紀子も佐祐理もしている判断であり、手を打たなければ追いつけなくなるだろう。 それが解っているだけに、あまりしたくない技術提携という話になったのだ。 佐祐理にしてみれば、思い入れがあるわけではない。 由紀子にしてみれば、ありまくる。次、晴子と出会ったときの嫌味を想像して歯軋りできる。 ただ、自身のプライドの為に社員を路頭に迷わせるほど愚かではない。 ONEの貴賓室。そこで、由紀子と秘書の雪見そしてみさきがkanon理事代理の一弥を出迎えた。 「はじめまして、倉田一弥です」 「こちらこそ初めまして、小坂由紀子ですわ」 「まずは感謝します。kanonが申し込んだ技術提携を受け入れてくれた事に深く感謝を」 由紀子はその声に何か引っかかりを覚えたが、意識を裂く余裕は無い。 一弥のつけるゴーグルは交渉相手にはつらい。 目は口ほど物を言う。という言葉があるように、目という物は交渉において重要な要素となりうる。 その目が、訳の判らないデザインのゴーグルなのだ。 威圧されても仕方が無い。現に、雪見は目を合わせていない。 合わせていないと言うか、合わせたくなかった。 あのカメラはどこを見ているか判らない。そして、その目に覗きこまれたら何を読み取られるか判らない。 そんな恐怖がそこにあった。 「お互い、形振りは構ってられないですもの」 「そうですね」 緊張した会談が進んで行く。 緊張していないのは、みさき位だ。割と本気で。 緊張していないと言うか、2人が何故緊張しているのか理解できない。そんな表情をしている。 淡々と会談は進んで行く。 「ふわぁ」 「ちょっと、みさき」 由紀子の後ろで、欠伸をするみさき。それを注意する、雪見。 微笑ましい光景だが、それを注意する存在は今は居ない。 由紀子も一弥も真剣に協議を行っている。 それを聞いて、流石に拙いと思ったのか、態度を改める。 「最終的にこの条件でよろしいですか?」 「えぇ、こちらとしても依存はありませんですわ」 「それでは、調印をお願いします」 お互いに契約書をだし、調印を済ませる。 それには、提携をする期間やその発表タイミングなど事細かな事が書かれていた。 お互いに納得出来ない部分もあるが、妥協できるレベルに収まっている。 「では……これから、よろしくお願いします」 「こちらこそ」 がっちりと、握手を交わす2人。 由紀子はこの手に覚えがあると疑問を抱くが、気のせいだと疑問を打ち消した。 「それでは、失礼します」 「有意義な時間でしたわ」 「はい。しかし、お互い忙しい身。また同じような有意義な時間が持てると良いですね」 「そうですわね」 丁寧に別れの言葉を投げかける一弥。 それに余裕のある言葉を返す由紀子。 こうしている間に、会談は終わり、一弥は書類を持って立ち去る。 一弥が去るのを見届けてから、3人は社長室に移動する。 「ふぅ……疲れましたわ」 「それにして、一弥氏は相手にし辛いタイプの人間ですね」 「そうですわね……」 会談が終ってから、疲れている由紀子。 雪見の言葉に返す言葉も弱弱しい。 その由紀子にみさきは由紀子に対して不思議な事を言った。 「社長、相手が祐一君なのにそんなに疲れたんですか?」 「「へ?」」 雪見の声と由紀子の声が重なった。 その声は明らかに呆気にとられているという感じの声である。 「あれ? 気がついてなかったの?」 「えっと、みさき。さっきの倉田理事代理って……」 「祐一君じゃなかったの? 多少声色変えてたみたいだけど」 「……それは本当ですか?」 「社長達は気がつかなかったんですか?」 「私は……それどころ、じゃなかったから」 ぐったりとする雪見。相手が知っている相手だとは思わなかった。 外見が違うだけで、こうも消耗するのかという感じ。 雪見の知っている青年の像と先程の青年が重ならない。 みさきはこういう事に関して鋭いから間違えないという信頼を置いている。 だから、祐一=一弥ということに関して素直に驚いていた。 「全く……騙されましたわ」 「そんなに判りにくかったかなぁ?」 「何か引っ掛かりがあったのですが……まさかそんな事とは……ふふ」 不思議そうに首を傾げるみさき。 由紀子は笑いたい衝動を抑えて、外面上落ち着いていた。 対する由紀子は、祐一に対する評価を書き換えていた。 ちょっとからかうと楽しい子供から、手に入れたい存在へと。 ここまで見事に騙しきった人間は初めてである。 是非とも手に入れたいと思うのは彼女のわがままだろうか。 彼女はONEの生まれながらの社長。小坂由紀子である。 手に入れたいものは、全て手に入れてきた。 さて、そんな祐一君の運命は如何に。