これはweb拍手の中で使われたものです。 本編とは関係が有るようで無さそうな…… 没から生まれたのである程度、遊ばれています。 なので、そういうものが許せないと思う方はここで引き返してください。 加えて私の中ではおまけに分類されて、なおかつ中心に居るのがオリジナルのキャラクターです。 そちらが駄目な方も、ここで引き返されたほうが無難だと思います。 設定と同じく文句を言われても困ります。 その点をご了承ください。 神の居ないこの世界で
ONE社長室。そこは小坂由紀子のある意味私室である。 気持ちよく仕事が出来るように全てが整えられている。 だから、仕事以外でも気持ちよくなれる場所でもあった。 そんな場所で、雪見は社長の酒の相手をしている。 それもこれも同僚である、みさきが報告後、酒に同席して真っ先に潰れてくれたおかげだ。 ブランデーのロックを何かのジュースと勘違いして一気に飲んだ。 その結果、顔を真っ赤にして目を廻してソファーに横になっている。 「みさきさんは、甘いですわぁ」 「そうですね……」 もう何度目かになる受け答えに酔えないで居る雪見。 高級なお酒を飲めるのは嬉しいが、それで酔えないのだから微妙だ。 決して、雪見が酒豪とかザルと言うわけじゃない。 飲んではいるが、委員長的な体質いや、面倒見の良い体質が酔いを許さない。 ありとあらゆる物理法則を無視して、酔えなくなっていた。 「雪ちゃん、ごめん〜。お人形にちょび髭書いたの私なの〜」 「そう、あの人形に髭書いたのはみさきなのね?」 「全く、みさきさん尻尾を掴んでくださるって」 酔いつぶれて寝言を言うみさき。 雪見はそのことも含めて、後で説教してやろうと心に決める。 由紀子はお酒を飲みながら、なにやら呟いている。 事の発端は雪見とみさきがkanonに意見のすり合わせに言ってことに遡る。 由紀子から指示されたのは雪見が理事である倉田佐祐理との意見のすり合わせ。 みさきが、倉田一弥が相沢祐一である事の証拠を掴む事である。 当日、交渉でkanon本社に移動したまでは良かった。 打ち合わせに一弥が同席しなかったのが最大の失敗の要因である。 仕方が無いので、雪見とみさきは別行動となった。 意見のすり合わせ自体はそれほど難しいものではない。 最終確認的な意味合いが強い。 「あの、すいませんが……食堂、何処でしょうか?」 みさきに合図を出した雪見は頭を抱えたかった。 確かに抜け出すのには良いかも知れないが……この言い訳はないだろうという感じ。 更に言うなら、一弥がキャッチできる可能性だって低いだろうと言う事。 「あら? お2人はお食事まだですか?」 「いえ、食べた事には食べたのですが……」 「雪ちゃんはいいよね〜、私には物足りないよ……お代わり出来なかったし」 昼食は食べたのだが、時間どおりに行動した為にあまりみさきを満足させれなかったとの事。 みさきは恥ずかしくないみたいだが、雪見は恥ずかしい。 なんだか、ちゃんとご飯を食べさせてない母親にでもなった気分である。 「打ち合わせ自体は私だけでも大丈夫ですので……」 「そうですか……ではちょっと待っていてください」 佐祐理は苦笑しつつ、一弥を内線で呼ぶ。 大事なONE側の使者であるからある程度、面識があったほうがいいだろうという判断。 少しして、一弥が部屋にやってきた。手にはお弁当箱が2つある。 「姉さん、何?」 「ONEのみさきさんをちょっと食堂まで案内してください。くれぐれも失礼の無いように」 「はい、判りました。倉田理事」 「よろしい」 「それで、姉さんの分の御弁当はここにおいて置くよ?」 「あはは〜、ありがとう一弥」 理事である立場と兄弟である立場は区別がついているみたいだが。 とりあえず一弥はお弁当をひとつ、舞の席において、みさきをつれて出て行く。 舞はスノウドロップ関係の仕事で出ているので今日はいない。 「おひさしぶりですね?」 「うん、ありがとう。一弥君」 「本当に食堂でいいんですか?」 「ちょっと食堂メニューに興味があってね」 柔らかい笑みを浮かべるみさき。一弥は手を引きつつ食堂へと歩く。 時間帯としては昼休みが終っているので、食堂は空いている筈だ。 ちなみに、某受付嬢とその親友に手をつないで歩いている姿を見られたのは偶然だろう。 その偶然はまた別のお話。 「ここですよ」 「ありがとう。さて、何を食べようかなー」 一弥も遅い昼食を食べようとお弁当を持っている。 みさきは何を頼むか、メニューの点字を触りつつ考えた。 食券を買った時点で、一弥がそれを代わりに持って行って引き換えする手筈になっていた。 ちなみに、頼んだのはカレー大盛り2杯と日替わり定食。 「席で待っていてください」 「わざわざ、ごめんね?」 「いえ、そんな事ありませんよ」 一弥は食券と現物を引き換えに行く。 その間、みさきはやることが無い。ただ、気になるものはある。 目の前に置かれている一弥のお弁当である。 (気になる……でも、人のだし……でも、気になる) そんな思考のループに入ったみさき。 そこへ、一弥が帰ってくる。 「お待たせしました……ってどうしたんですか?」 「あは、あははは、なんでもないよ? ありがとう」 「いえ、別に良いのですけど……もしかして、私のお弁当が気になりますか?」 びくりと、身を震わせるみさき。 ズバリ図星ですと言ったリアクションである。 「食べます?」 「え? 良いの?」 「日替わり定食と交換と言う事で」 「ありがとう!」 そういうと、さっさとお弁当を食べ始めるみさき。 その速度に一弥もびっくりである。 こういう事が有って、確証をとると言う作業を忘れてしまったわけだが。 それを報告した時が、冒頭と言うわけである。
珍しく、台所に立つ茜。 料理本を片手に、上機嫌に料理に取り込んでいた。 祐一を驚かそうと、お弁当を作っているのである。 普段の恩返し。と言う感じで作っている。この事を祐一は知らない。 ただ、知らないのは祐一だけである。根回しは十分に行っている。 さて、台所の入り口付近に大きな猫と書いて邪魔者と読む人が1人。 詩子だ。面白そうな、玩具を手に入れた子供のような笑顔を浮かべている。 茜はそれに気がつかない。 上機嫌に鼻歌を歌いつつ、隠し調味料である愛情を振り撒いている。 (んっふっふ。茜に抜け駆けなんてさせないもんねー) とでも思っているのか、詩子の笑みは更に深まる。 さりげなく、本当にさりげなく、台所に侵入。 何気ない動作で、塩と胡椒の位置をすりかえる。 茜は本に集中していて気がつかない。 「ふん、ふふ〜ん、くちゅん」 塩だと思って軽く振った。その結果、胡椒だったので可愛くくしゃみをする。 あれ? と言う顔で手にしていたビンのラベルを見る。 あれ? あれ? あれ? と茜の頭の中で疑問詞がたくさん出てきた。 その隙に弁当に入れないであろう卵の端っこの部分を口に入れる詩子。 冷蔵庫に向かって、牛乳を取り出してグラスに注ぎ込む。 中身の材料を確認しながら、それを口にして茜の観察に戻る。 何でとり間違えたんだろうと言うかなり不思議な表情で塩の瓶を手に取る茜。 それを適量振った後に、味を確かめる。 味に満足したのか、茜は綺麗に微笑んだ後に料理に戻る。 詩子には気がついていない。 誰かが、居たら後ろ、後ろ! と言ったかもしれないが。 (ふっふっふ〜、第一段階成功〜) 気が付かれない様に、台所を出て行って電話を取る詩子。 電話をかけた後に、また台所にさりげなく侵入する。 茜が、上機嫌に先程作っていた料理、煮込みハンバーグの様子を見ている間に詩子は本をそっと拝借する。 付箋がいくつかあるのを確認。 素早く、作られている料理と付箋の入っている料理を比べる。 まだ作っていない料理は2つ。出来上がっているのは2つ。 冷蔵庫の中の材料と料理本にマッチするのを探し、付箋の位置を変える。 どう見て、お弁当には向かない料理だった。既に煮込みハンバーグが向いてないかもしれないが。 元の位置に本を戻す。詩子は何気ない振りをして台所を脱出した。 (さあ、第二段階を成功で終らせれるでしょうか?) 面白い。そういった笑みで見守る詩子。 茜は詩子にまだ気が付けていない。朝にあまり強くない上に集中していると他に気が回らないのだ。 そして、料理本を手にして付箋のページを開く。 そこで怪訝な顔をしてから、冷蔵庫に向かう。 (さぁ、どうでしょう?) はらはらしながら、楽しそうに待つ詩子。 冷蔵庫を開けて中身を確認した茜は首を若干捻りつつも、料理を続ける。 それを見て、ガッツポーズをする詩子。 悪戯は殆ど成功である。気が付けない茜も茜だが。 こんな事に持ちうる情熱と技術を注ぎ込む詩子も詩子である。 どちらが悪いかと言われたら、半々であろう。 詩子の修正を受けた料理は茜によって、徐々に作られていく。 詩子はそんな茜を微笑ましく、本当に微笑ましく見守りながら、お皿を用意する。 さりげなく、お弁当箱を遠くにやる事も忘れない。 こんこんと、ドアを叩く音。詩子はすぐさま玄関に走った。 もちろん足音を立てるなどと言う失態はしない。 茜の中では今もまだ、詩子は眠っているであろう。 「朝早くどうしたんだ?」 「んっふっふ〜、詩子さんはただ、朝食を一緒にとりたかっただけなのさ」 なんだか、ドラマに出てくる男優のような台詞。 怪訝な顔をする祐一。詩子はどうぞどうぞと言いつつ、祐一をリビングに連れて行く。 その際声を出さないように身振り手振りでそれを伝えた。とりあえず従う祐一。 リビングのテーブルにはお皿しか置かれていない。 祐一はとりあえず座るが、なんなんだ? と言う表情から変化は無かった。 そんな祐一を横目に詩子は台所にひょうひょい入って行く。 出てくるたびに、何か料理の入った鍋とかフライパンを持ち出してくるのだ。 手伝おうとする祐一が腰を浮かすが、詩子はそれを手で遮る。 「ん!?」 茜が異変に気がついたときには、料理の8割は外に持ち出された後である。 気がつかない茜が凄いのか、気がつかせない詩子が凄いのか。判断が難しいところだ。 祐一はなにやらばたばたとし始めたなと感じる程度何をするわけでもない。 何かしたら拙そうだとは思っているが。 「詩子!?」 台所から飛び出してきた茜が詩子に向かって怒鳴り声を上げる。 上げてから、かなり後悔をした。詩子はその場にいなく、祐一しか居ないのだ。 祐一は何をしたか判らないが、苦笑するしかない。 ちなみに詩子は今、台所である。茜は驚きで、固まっている。 「あれ? 茜、朝食にしないの?」 「詩子……」 「ごちそうになるよ」 普通の生活から切り出してきたような詩子の態度。 祐一はよく判らないが、まだ何かやっている途中だったのだと推測する。 そんな2人に茜は微妙に泣きが入ったが、多少は感謝したりもする。 なんだか解らないが、なし崩し的に朝食と相成った。 多少ギスギスしているが、これはこれでと思う茜。 だが、本日の昼食が詩子作のお弁当だと茜が知ったのはかなり後のことだった。
久しぶりに船医から街の医者に帰ってきた聖。 街のゲートの所で迎えの車から下りて、徒歩で診療所に向かっている。 船医は平定者の行動が混じっている事が多いので緊張が多い。 街では緊張が少ない為、多少はのんびりできる。 軽く伸びをしながら、歩く。ぽきり、と香ばしそうな音が背中から聞こえる。 「運動不足かもしれないな……」 そんな事を呟きながら、体を歩きながらゆっくりと伸ばして行く。 どこら辺に効果的な運動を施せば良いか考えつつで歩く。 のんびりとした動きであるが、体のチェックに余念がない。 そうこうしている内に、診療所の前までやってきた。 「うん?」 診療所の前に来て発見がある。 診療所の前は駐車場になっているがそこに落ち葉の一つも落ちていないのだ。 診療所自体大きい物ではないから、駐車場だって大きな物ではない。せいぜい車が2台止れる程度。 だが、落ち葉一つごみ一つも落ちていないのは不自然だ。 珍しいと言うよりも、誰かが掃除をしておいてくれないとこうはならない。 加えて言うなら、ほぼ毎日していてくれたのだろう。 聖が街に帰ってくるのは時折、ずれ込む事があるからだ。 今回は、予定よりも早く帰ってこれた。 だから予定を知っている人間が一気に掃除するなら、今頃掃除している筈。 「ふむ、誰か判らないが感謝だな」 駐車場を見渡してごみ一つ無い事に感謝せざる終えない。 帰ってきたら、掃除からかと思っていたからだ。 診療所の待合ロビーに入って更に驚く。 そこも掃除されていたからだ。流石に専門業者がと言うわけじゃない。 だが、綺麗に大切に掃除されている。 「これは……これは……」 ある程度汚れている物だと思っていたが、ここまで綺麗だとは思って居なかった。 診察室の鍵を開けて、中に入ると流石に落差に気がつく。 少しの間だが、留守にした診察室はうっすらとだが埃が積もっていた。 この程度なら軽く掃除機をかければおしまいだろう。 次に、簡単な薬を常備してある薬剤室へと行く。ここも、綺麗だった。 「おぉ?」 予想はしていたが、ここまで綺麗だと純粋に驚く。 その奥にある、聖の許可が必要な通称薬剤金庫には埃がうっすらと積もっていた。 奥から戻ってきた聖は棚を調べることにする。 棚にはどういう時に飲めば良いか書いてある。 流石に専門的な薬は置いて無く、市販品のみのチョイスだ。 とりあえず、薬が減っていないか、調べるが減っている薬はない。 「異常なしと、良い事だ」 満足げに頷く聖。医者が必要ない事はいい事である。 ふと気になって、持ち出しノートを開く。 薬が減っていたなら、これを開く意味がある。 このノートは薬をいくつどんな目的で持って行ったかを書き込むノートだ。 だから、薬が減っていなければ、開く意味はない。 開く意味はないのだが、気になったと言う感じであろうか。 何気なく、開いたノートには色んな言葉が書かれている。 【いつもありがとう!】 【先生のおうちの、そうじ二回目! えらい? えらい?】 【今日はぼくが掃除しましたー。ぱんぱかぱーん】 【先生っていつも白衣着てるよね? なんでだろ?】 【ありがと】 【今日は私が整理整とんしました〜】 等など、素っ気無い一言メッセージから騒がしいメッセージまで。 色々な文字がノートには溢れていた。 それに驚く聖。まさか、ノートにこんな事が書かれているなんて、と。 どうやら、交代で聖がいない間の掃除(もちろん出来る範囲で、だが)をしておいてくれたようだ。 じんわりと心が温かくなる聖。 ぺらりとページをめくると今度は大人の文字で感謝の言葉が書いてある。 大人と子供で、書くページが違っていたらしい。 【先生、いつもお世話になってます】 【子供と一緒にこんな事が出来る事を幸せに思います】 【うちの子供ったら、先生の所を掃除するんだって張り切っちゃて】 等など、親の文章は多少硬いものの驚くものである。 微笑ましい文、嬉しい文。やはり色々な文字が溢れている。 直接言えない子供の言葉にも驚いたが、親までこんなにも感謝されているのには驚く。 流石に、母親の分が多いが時折、父親が混じっているのには驚いた。 子供よりも数は少ないが、量は断然こっちの方が多い。 普段、ありがとうと言ってくれるだけでも良かったのに。 こんな形で残してくれるなんて、と喜びながら驚く。 それと同時に、医者をやっていてよかったと実感する。 微妙に、涙ぐんでみて、見られたら恥ずかしいだろうなと思う聖。 「ふふふ、これは宝物だな」 優しくノートを診療室にもって行く。 大切にそれを自分の机に仕舞い込み、新しいノートを持って行く。 そのノートの一番最初のページに、自分の気持ちを書き込む。 そう言えばと思い、ノートの表示に目安帳と書き込んだ。 もう一冊、柄の違うノートを持ってきて持ち出しノートと表紙に書く。 「ちょっと、贅沢かもしれないがな」 微笑みながら、そういう聖。 薬剤室の利用や注意の書き込まれているポスターの一番下に目安帳を設置しましたと書きこむ。 もし、意見などが有りましたら書き込んでくださいと更に書き込む。 答えられる質問なら答えます。とも書き込み、満足そうに頷く。 嬉しそうな聖。こういった医者のあり方もありだと思う。
ある晴れた昼下がり。 穏やかな天気の下の元、秋弦は有夏を呼びながら走っていた。 「ありかー、ありかー」 まるで鬼ごっこをしているように走っている2人。 それを遠くから、見守るように見る8つの目がある。 メルファ、ファイ、アリア、サラサの4人。 秋弦はただ、有夏と遊んでもらっているだけだ。 その証拠に、抱きかかえられて肩車をされている。 「有夏って……呼び捨てにして良いのかな?」 「アリアもそう思う? サラサもそう思うよ」 不思議と思ったのか、アリアが疑問を口にした。 それに追従するサラサ。それを拙いと思ったのは残された2人だった。 ファイは目を逸らし、メルファは明らかに怯えている。 「よ、よびすてがいいよね! うん!」 「同意」 「でも、良いのかな?」 「良いのかな? 良いのかな?」 怯えた表情、小さな声で言い切るメルファ。飢えたライオンを前にしたウサギのような感じ。 それに、一秒もかけずに同意するファイ。秋子さんの了承よりも早い。 脊髄反射で返事をしたような速さだった。 「何か怯えてない?」 「何か隠してない?」 「隠してない! 怯えてない!」 「……」 メルファが面白いくらいに反応する。 ファイはそれを見て、可哀想なくらいに頭を振った。 多分、心情的には何かあると疑ってくださいと言っているような物だから止めてと言う感じだろう。 アリアとサラサが顔を見合わせる。 何か面白い物がありそうだと、目を合わせる。 アイコンタクト開始であった。 (何か面白そうじゃない?) (うん!) (呼び捨てとかの話しだよね?) (有夏を呼び捨てにするかしないかだよね?) アリア、サラサ順。メルファとファイは不安そうに2人を見ている。 何かを起こされて、それで巻き込まれたらたまらない。 そういった表情だ。こちらも巻き込まれない為にアイコンタクトを始める。 (命知らずだよね?) (度胸馬鹿……) (どうすれば、巻き込まれないかな?) (逃げの一手) (だよねー) 外から見たら、お互いにちらちらと目を合わせるだけで会話も何も無い。 不思議と言うか、これだけで意志の疎通が出来るのがある意味不気味である。 逃げる算段を始めるメルファにファイ。 命知らずな事をしようとするアリアにサラサ。 「「よし! 実験だね!」」 面白そうだと言うだけで、行動に移そうと言う2人を横目にメルファとファイは溜息を吐く。 そして逃げ出した。それも綺麗なくらいに完璧に。 アリアとサラサはそんなことがあったなどと微塵も思わずに、目的の為に動く。 「「んふふふ」」 何か楽しい事でも有るのかと言う表情の2人。 この後の惨劇の事を体験してないから、こんな表情が出来るのだと後にメルファが言う。 惨劇については、秋弦が既に体験している。そして運悪く近くにいたメルファにファイが巻き込まれていた。 だから、この件について過剰な反応を見せるのである。 その件とは秋弦が有夏の事をおばあちゃんと呼んだ事から始まる。 祐一の娘であるのなら、仕方の無い事である。 血縁が秋弦の言う祖母に当たるのだから。秋子の娘として考えるのなら伯母だが。 そのどちらも、有夏には不評を買うと言うよりも逆鱗に触れたようだ。 「あ、そういえば、ぱぱにようがあるんだった!」 秋弦は何か悪い物を感じ取ったのか、即座にその場を離脱する。 危機察知能力が高い事は親譲りかもしれない。 危険が近くにあるとは知らずに行動しているのはアリアとサラサだけど。 「うん、どうしたアリアにサラサ」 有夏が2人に気がついた。 からかえると思えた2人はこの後の事を殆ど考えていない。 「「おばあちゃん」」 甘えたような、保護欲をそそるような声。 相手が有夏ではなく、本当に年齢的にお婆ちゃんなら問題なかったかもしれない。 完璧な笑みのまま、有夏はがっちりと2人を抱え込む。 「「あえ?」」 有夏の手は、それぞれの後頭部をしっかりと捉えている。 何の事だか、解らないが地雷を踏んだと判る2人。 「さて、なんて言ったかな? 最近、耳の調子が悪くなったみたいで……な」 今の位置から、アリアとサラサには有夏の表情は見えない。 ただ、底冷えをするような声から判るのは有夏が本気で怒っていると言うこと。 ここで呼び捨てに戻れば良いのだが、更に地雷を踏む。 「「お、おばちゃん、痛い」」 徐々に強まって行く有夏の握力。 当然、捉えられている手の先にある2人の頭はギリギリと圧迫されていっている。 「残念ながら、私には聞き取れなかったみたいなんだが……」 「「あ、あ、ありか! 痛い! いたい! イタイ!!」」 綺麗にシンクロ。2人の声を聞き、間に入った祐一に助けられる2人。 このことが切欠になって、祐一が2人から父親として慕われるようになった。 更に2人はそれ以来、有夏の事を平時では有夏さんと呼ぶようになったとさ。 流石に、同じような事を繰り返すほど、2人は頭が悪くない。 身から出た錆と見るか。有夏を責めるか。判断が微妙な所だろう。
船の医務室。顔を真っ赤にした秋弦が聖の前で大人しく座っている。 祐一に言われて、医務室にきていたのだ。その祐一は仕事で居ない。 秋弦の表情は苦しそうではなく楽しそう。 普段なら、仕事に行くときは殆ど朝の挨拶が終ったら相手にされないだけに今日は特別だと思ってたらしい。 聖には辛い筈なのに、何故こんなに楽しそうなのか判らない。 水銀式の体温計を見ると39℃を指している。 明らかな風邪を秋弦が引いているのだが、秋弦は楽しそうに微笑んでいる。 「もー、ぱぱったらぁ」 「……」 「あのね、あのね、あたまがねぽ〜っとして、おはなばたけにいるみたい」 「あぁ、それはだな」 「あ! これがこい!? そっかー、しずるはようやくぱぱにこいしたんだー」 人の話を聞いちゃイネー、と聖は頭を抱えたくなる。 秋弦の異様に高いテンション。風邪をひいているのにこれだけ高いテンションを維持できるのはある意味凄い。 だが反面、困ってしまう。どう、説明すれば良いのやらと。 とりあえず、思考を暴走させている秋弦を放置して内線をとる。 (しかし……誰に連絡を入れたものか……) 内線を手にとって誰にかけようかと思って動きが止る。 一番確実なのは、秋子。だが、秋弦が素直に休むとは思えない。 次が美汐。ただ、仕事が忙しい可能性が高い。 その次が真琴。……かなり不安になってきた。 最後が祐一。休むは休むだろうが、どうなるか予想がつかない。 しかも、現在仕事の最中である。 自分が世話をすると言う選択肢も有ると考え付くが…… (説明が一苦労だろうに) 目の前には目をキラキラと輝かせて、だらしない笑みを浮かべる秋弦。 同じ女だから、だらしない笑みに見えるのかもしれないが…… それを差し引いてもちょっと引いてしまう。 とりあえず、安全だと思われる秋子に連絡を入れる。 秋子に二言三言話して、内線を切る。秋子がこちらに向かってくれるそうだ。 「……秋弦、まず深呼吸だ」 とりあえず、テンションを下げなくてはいけないと深呼吸を促す。 秋弦は何の事がか解らないけど、と言う表情でとりあえず深呼吸をする。 その間は静かだ。ただ、秋弦の呼吸の音だけが聞こえる。 (さて、これで落ち着いてもらえるか?) 幾分の期待と大分の不安。 深呼吸が終った秋弦を見て、聖は微妙に説明し難いと思った。 と言っても説明しないわけにもいかないのだが。 「落ち着いてくれたな?」 テンションがある程度下がったのを見て取った聖は解り易い様に説明をする。 もっとも、話を何処まで理解できるか判らない。 秋弦は風邪を引いていて、思考能力が微妙におかしくなっているからだ。 体温の事などから始めて、症状などに進めて行く。 今回は注射はしないが、薬を飲んでゆっくり休むようにと言うことを説明する。 それが終わった所で、秋子が現れる。助かったと言う表情をする聖。 「迷惑おかけします」 「これも仕事だから……と言いたいが、流石に……」 風邪と判ってなんだか、またテンションの上がっている秋弦を見て苦笑する秋子。 風邪、初体験で辛い筈なのに……何故そんなに嬉しそうなのか判らない。そういった表情の聖。 とりあえず、秋弦の首の根元を掴む秋子。 秋弦はようやく、秋子に気がついて暴れようとする。 暴れるだけの気力が無くて、母猫に咥えられる子猫のような状態だ。 流石に、風邪と冠してだけはある。ただ、口だけは動いた。 「まま、しずるかぜだって!」 「そうね、ゆっくり休みましょう? 私がついててあげるから」 「やだ!」 「秋弦?」 「やだ! ぱぱに、かいごしてもらうのー!」 秋弦の口から、秋弦イズムが発揮される。 これは重要なフラグだとか、ご飯をふーふーしてして貰うのーとか。 秋弦が眠るまで、手を繋いで貰うとか。 そのうち風邪を逆に移して、パパの世話をするんだから! とか 何処をどう考えたら、こんな会話が出来るのか秋子には不思議だった。 そういった本はあまり見かけない。有るとしたらメルファ達の読んでる恋愛小説など。 まだ、秋弦には難しいから読め無い筈。 やっぱりテレビかしら? などと思いつつ、やんわり秋弦を論破して行く秋子。 フラグに関して、こんな簡単な事をフラグにするなんて、よほど自信が無いのね? →秋弦答えられず。 フラグなんて何処で覚えたのかしらと秋子は思いつつ次の回答を考える。 ご飯をふーふーしてもらう。 食欲あるの? →現在、秋弦は食欲が無い。 結局、その後にヨーグルトにりんごの摩り下ろしたものを混ぜてそれを食べた後に薬を飲んだ。 暖かい物ではないので、冷ます必要も無い。秋子が選んだ物である。 眠るまで手をつないでる。 手を繋いで貰ったら興奮して眠れないでしょう? →ウーウー唸る。 確かにその可能性が高いのは言うまでも無い。 風邪を逆にうつす。 パパに迷惑かけるなんて、秋弦そんなことして嬉しいの? →嬉しくない。 2人で仲良く風邪を引く可能性だってあるわと言う、秋子の言葉に秋弦は黙り込んだ。 その可能性を考えて無かったのだ。更に言うなら、迷惑はかけたくない。 「聖先生、ありがとうございました」 「こちらこそ、あまり役に立てなくて」 「いいえ、助かります。では」 そう言って秋弦をつれて出て行く秋子。 何とも、あれが母親かと聖は感心する。 そんな感じで、論破されつつ、ゆっくり休む秋弦。 翌日には元気になって祐一にじゃれ付いたとさ。