秋子は驚いていた。
まさかあの取り逃した機体、仮面がこの工場で戦っているなんてっと。
そして、己の幸運に呆れ果てていた。
なんて幸運なのでしょうっと。
たどり着いた先の副制御室では監視カメラの位置をいじる他に何も出来なかったのだ。
しょうがなく、カメラをいじっていたらたまたま見覚えのある機体が戦っていた。
ただ、それだけのことである。
「あれは……たぶん祐一さんでしょうね」
自身の幸運に呆れるものの、後悔するわけではない。
むしろ、感謝していた。
ただ、あっけなく見つかってしまっただけにしばし決めた覚悟が文句を上げているのみだ。
その一方で、嫌な予感が秋子を包み込む。
胸騒ぎが収まらない。嫌な予感に分類される胸騒ぎだ。
(これは呆気無く見つかったのに驚いているだけ……)
自分を誤魔化しながらその監視カメラの映像を見る。
映し出されているのは、一方的にドールを破壊していく姿だけだ。
複数居るドールは素晴しい練度だと秋子は思う。
練度、いや、コンビネーションだけでいったらこの部隊には敵はいないだろうと考えられる。
しかし、パターンと攻撃の仕方がどことなく、素人のような気がした。
そう、シミュレーションやゲームで最強を誇った指揮官のような印象なのだ。
実戦を知らない人が、実戦を体験したことの無い人が指揮をしている。
それが、1機を相手にしているだけなのに相手に圧倒されている証拠のような気がした。
実際の戦場を知らなければ、動きは稚拙なものに成り下がってしまう。
その手本のようなものを見せられている気分だ。
そんな奇妙な事を考え付いた秋子は意識が横に流れたと自分を叱咤する。
カメラの番号を確認して、地図を確認しようと秋子は席に着く。
「あの場所は……」
秋子は四苦八苦しながら目の前のパネルから工場全体の地図を引っ張り出す。
確認すると、場所はそう遠くは無い。
場所を確認すると秋子は地図を頭に叩き込み、ライフルを担いで走り出した。
その場で待っているという選択肢は何も無い。
「行く頃には終わってしまっているでしょう」
秋子がそう呟くのには訳がある。
人が通れる場所を通ると遠回りをしなくてはならなかった。
先ほどまで秋子が通っていた道はドールが通る道だった。
何度か踏み潰されそうになりながら、ようやくこの副制御室にたどり着いたのである。
歩いているドールは秋子には見向きもせずにどこかへと歩いていっていた。
「なかなかに丁寧な建物ですね」
人専用の通路を見て秋子は呟いた。
ライトは最低限、でも明かりは暗くない程度に通路を照らしている。
所々に案内板らしきものがあり、迷うことは無いと思う。
秋子は頭の中の地図と今の場所を照らし合わせながら走った。
「それにしても……一体何人でこれだけの数のドールを起動させているのでしょうか?」
たぶん、あの機械が勝手に判断して攻撃するものなのだろうと秋子は見当をつけている。
他の監視カメラを見ても、起動しているドールの殆どがそれなのだと解ってしまった。
もっとも、祐一の戦っている部隊は別だろうが。
その他のドールは反応の遅さに、機械的で直線的な動き、防御が甘いなど粗がめだっている。
物量が揃えば怖いかもしれないが、各個撃破する分にはあまり脅威にはならない。
連携があまり巧くは無いのだ。その場に指揮官機でもいれば良いのだろうが、それがない分脆い。
認識しているであろう敵の何かのアクションに対して、その対応の仕方が一定。
それもバラバラに各機が行い、初めて戦場に出たのではないかと思えるほどの練度になってしまう。
判断するパターンが少ないのだろう。人が判断するのと同じ事を機械で再現するのは難しい。
あの時、神々の尖兵がエリアMを襲った時とは動きが一段と鈍っている。
もしかすると、指令機の絶対数が少ないのだろうかと秋子は見当をつける。
人の判断が、少し入るだけでかなり違う運用が出来るとも秋子は考えていた。
「単純に物量で押すだけならかなりの脅威になりますね」
物的に損害が出ても、人的には損害が出ない。
それは大きなことだと思われる、などと違う事を考える。
秋子は祐一と会った時の事を極力考えないようにしながら走った。
何故なら、怖いからだ。
拒絶されるのが、拒否されるのが。
途中、秋子は誰にもすれ違うことなく、走る。
出来るだけ、再会したときのことを考えないようにして。
「でも、まだ試作品でしょうね。これで完成品だとしたら役に立ちません」
そう結論付けて秋子は思考を目の前に移し変えた。
目的地に着いたのだ。
そこは既にそこでは決着が付いていた。
感動するようなものも、何か心を揺さぶるようなものも何も無い。
そこには沈黙した見覚えの有る機体があるだけ。他には壊れたものしか残っていない。
少し、姿かたちが変わっているが、見間違えるわけが無かった。
そして、中に乗っている人間が彼女の探している人物である事にも間違いが無い。
何故なら、逃した時の作戦を後から解析するとその機体から彼の声が発せられていたからだ。
周りに人がいないか注意しながら、その機体の足元まで行く。
仮面と呼称した機体のコクピットまではって登って行った。
そして、そのコクピットを外部から開く。
「何ですか……? この臭い」
秋子の鼻につく、濃密な鉄の匂い。嫌な予感がする。
その鉄の臭いが血の匂いだとはすぐに気が付いた。
いや、いくら鈍い人間でもその光景を見れば誰でも気が付くだろう。
この臭いは血の臭いだと。
「どういうことですか? 何で、何ですか?」
伸ばした手にぺちゃりと血が付着する。
まだ乾いていなく、生暖かい。
出血してから時間はあまり経っていなかった。
体中から出血しているんじゃないかと思えるくらいの血液。
コクピットには血の臭いがあふれている。
「冗談でしょう?」
彼女は先ほど感じていた胸騒ぎはこれなのだと思った。
いや、それ以外に考えられない。
慌てて、止血の処理を施そうとする。
自分が血まみれになるのも構わずに、祐一を抱き起こそうとして出来なかった。
先ほどまで、拒絶を恐れていた自分が吹き飛んだ。
「あぁ! 何ですかこれは!」
祐一と機体を繋ぐケーブルに、アイモニターは外れてはくれない。
試行錯誤して外そうとするが、秋子はこれらを外すのを諦めてそれらの上から傷を確かめていった。
幸い、繋いでいる物の下にはあまり派手な出血は無い。
傷口を確かめる、大きな傷は4箇所。血は止りかけているが、まだ流れている。
着ていた上着を脱いで、細かく千切り包帯のようにしていく。
それを巻きつけても、血が止る気配を見せない。
「何で止ってくれないの!? お願いだから、お願いですから……止って頂戴!」
じくじくと湧き出る血。
秋子は自分も祐一の血で真っ赤になりながら必死になって止血をする。
「何で、何でなんですか?」
傷を塞ぐのに使った上着は血をすって赤黒くなっていた。
ようやく血が止る気配を感じる。
それを感じとっても、秋子の精神の落ち着きには何もプラスにならなかった。
「私が会いに行こうとしたからですか?」
涙が溢れそうになるのを必死に抑えて、何とかしようと頭を働かせる。
まだ、何か出来るのではないか? まだするべき事が有るのではないかと。
泣き言を言うよりももっと、やらなくてはいけないことが有るのではないかと。
「こんな仕打ちは酷すぎます!」
思考は空転するばかりで、何も思い浮かばない。
何か良い案は無いかと考えるが、砂が指先から逃げるように何も残らない。
「祐一さん……私に何か恨みでもあるのですか?」
泣き言は、らしくないと秋子は思う。
だが、そうでも言わないと精神が落ち着かなかった。
「私を繋ぎ止めて欲しかったのに……何故あなたは死にそうなんですか!?」
祐一を泣き顔になりかかった顔で睨む。
もう出来る事は何も無いのかと諦めるしかなかった。
「やめてくださいよ……私は……」
そういって、秋子がうつむいた時だった。
祐一の目が、うっすらと開かれる。
「ね、姉さん……」
「祐一さん? 意識が?」
祐一の手が、血にまみれ、トレーサーのついた手が秋子の頬に伸びる。
頬に手が着きそうになった時に、祐一は次の言葉を口にした。
「兄さん。終わったよ……約束、果たしたよ」
「ねぇ、祐一さん! しっかりして!」
「遅くなってごめん……遅れてごめん……俺も、もう少しでそっちに行くから……」
「祐一さん!」
秋子の頬に触れる前にその手は力なく、落ちた。
そして、ゆっくりと目を閉じる祐一。
更に呼びかけようとして、秋子は音を聞いた。
音で何かドールのような物が近づいて来ているのが判る。
足音から多分2機。音が反響しているが、間違いは無い。
秋子はコクピットから身を乗り出して、ライフルを構えた。
「今は……泣いている場合ではありません」
やはり、ドール用の通路の先から向かって来る音は2つ。
秋子は意識を細く鋭くしてその気配を感じ取る。
まだ相手は暗闇の中で見えていない。
しかし、秋子は引き金を引き絞った。
当たる、そういった確信が秋子の中にある。
ごぅん!
銃声が、静かだった空間を切り裂く。
初めはコクピットを狙わない。カメラの辺り、つまり頭部に見当をつけて弾丸を放っていた。
ゆっくりと、2機の機体が見え始める。
片腕が砲台になっているような機体の頭部右側のカメラから青白い光が出ている事から、命中していることがわかった。
「私は本気です! これ以上近づくなら、コクピットを直接ねらいます!」
心のそこから、体のそこから可能な限りの大声を張り上げる。
届いているか届いていないかは秋子も知らない。
警告の一撃は放っただから、警告はした。そう秋子は自分を落ち着けた。
ここで祐一もろとも殺されるのなら別に良いかと思った。
しかし、最後まで生き抜いてやるといった意地の様なものもある。
弾丸は残り2発。ぎりぎり、相手を殺傷することが出来る。
もし、このまま進んでくるのなら容赦はしないと秋子は覚悟を決める。
入り口な様なところで、砲台のような機体からパイロットが降りてきた。
「……どういうつもりですか」
小さく呟いて、銃口をそのパイロットに向ける。
パイロットは片腕を手で掴み両腕を上げている。戦意が無いと言いたいらしい。
続いて、もう1機から同じようにパイロットが降りてくる。
そのもう一人も、やはり戦意が無いと示すように両腕を上げていた。
2人を睨みつけながら、ライフルを下ろすような事をしない。
下ろしてしまえば、相手が銃を抜くかもしれない。
位置的にはこちらのほうが有利だが、相手は2人だっと、秋子は気を引き締める。
「祐一さんはそちらにいらっしゃいますか?」
警戒を強めようとした時にその声が響いた。
秋子は一瞬、気をとられるがそれでもライフルを下ろそうとはしない。
「答えてください……お願いします」
真摯なそして、誠意ある声だった。
歩むのをやめて、2人は見上げるように秋子をみる。
秋子は困惑を隠しきれなかった。
何故、祐一を探そうとしているのか。
祐一と行動を共にするにしてもそれは一人ではないといけないはずだっと。
「……あなた達は何者ですか?」
探るように、秋子は疑問の言葉を形にする。
それに答えたのは、長い髪を後で纏めた女だった。
女は、片方の女を手で制しながら秋子を睨むように言う。
「私は、川澄舞。祐一とかつて同じ研究所に居た。こちらからも聞く、あなたは祐一の何?」
目の前に居る舞を秋子は見て、困惑を更に深める。
状況が理解出来ない事が秋子にはいらだたしく、思えた。
「あなた達は祐一さんの味方なのですか?」
舞の質問を黙殺しつつ、ライフルの銃口を下ろすような事はしなかった。
一種の沈黙が降りる。
その沈黙を破ったのは佐祐理だった。
「味方です。佐祐理は、倉田佐祐理は、相沢祐一さんの味方です」
佐祐理がそう答えた。
そこで、秋子はようやくライフルを下ろす。
「助けてください……祐一さんを……お願いします」
力無く項垂れ、秋子は助けを求めた。
その姿は弱弱しく。彼女を知るものがこの場にいたら驚くであろう。
舞達はその姿を見て、この人も、祐一の味方なのだと理解した。
演技などで、その姿を出来るものではないと。
「舞」
「うん」
秋子のその姿に何かおかしなことを感じた2人はすぐにロンギヌスのコクピットまで駆け上る。
そこでの惨状を目にして舞と佐祐理は呻いた。
「舞、祐一さんのトレーサーなどを全部とっておいて!」
「佐祐理は!?」
「テラーズに乗っている簡易医療キットを持ってきます! 無いよりかはマシです!」
そう言うと佐祐理はすぐにコクピットから駆け下りて、テラーズの下に走り出す。
舞は舞で、祐一の体に取り付けられているトレーサーの類を悪戦苦闘しながら取り始めた。
「私に何か出来ることは有りますか!?」
「……取れたところから服を脱がせて血を拭って」
ようやくトレーサーの片腕をはずした舞が秋子にそう言う。
言ったと同時に舞は秋子にハンドタオルのようなものを渡した。
それを受け取ってすぐに血を拭いていく。
乾き始めた血は取れにくく、何度も何度も拭ってようやく取れるようなものだった。
「舞、取れた!?」
「大体」
「うん、どいて!」
秋子と舞の二人を押しのけて間に割って入った。
そして医療キットをあけて消毒液を祐一めがけてぶちまける。
ぶちまけた先をキットの中にあるガーゼのようなもので一気に傷を拭いていく。
「つ、ぁ」
祐一が苦痛の声をあげる。
しかし、それでも佐祐理は手を止めずにテキパキと作業を続けていく。
そして、傷もあらかた拭き終わり、包帯がある限り傷口を包んでいった。
「おわりました」
「どうするの?」
「すぐに撤退して正規の医者に見てもらわないと」
「解った。じゃあ、私が案内する」
「え? でも、美汐さんが退路を確保してくれているかも……」
「とりあえず確実なほうを取るべき」
佐祐理は舞の目を見てしぶしぶ頷いた。
話が付いたと見計らって秋子が声を発する。
「私はどうすれば良いですか?」
「どちらにせよ、ロンギヌスは置いて行けない」
「佐祐理のテラーズと舞の機体でこの機体を支えます。中で祐一さんが動かないように支えてもらえますか?」
「解りました」
こうと決まると動き早かった。
舞と佐祐理は、駆け下りるように自分の機体に向かって走り出す。
秋子はロンギヌスのコクピットを内側から閉め、祐一の体を動かないようにしっかりと抱きしめる。
そして、自分も動かないように機体の一部に固定した。
(酷いですよ……祐一さん)
機体が揺れる振動が祐一に伝わらないように優しく包み込む秋子。
再会はすぐに果たせたが、思っても見なかった形でだった。
祐一は意識がはっきりしなく、しかも死にかけている。
祐一の体が酷く冷たい。
秋子はそんな事を抱きしめてから気が付いた。
「失いたくないって思ったんです。祐一さんも今の気持ちも……だから……」
「つぁ……」
「絶対に離しませんよ……そう、絶対に。どんな事があっても」
酷く冷たい祐一の体に秋子の体温が移っていく。
それが心地よくて、そして秋子の決心を固めさせていった。
振動は酷く、移動していることが解る。
「俺は……?」
「祐一さん?」
小さな声が、かすれ弱弱しい声が祐一の口から紡がれた。
秋子は祐一の声に驚き声を出す。
「……秋子さん? 何故ここに?」
「良かった……本当に良かった」
優しい涙が、秋子の頬を伝う。
祐一はどうにも出来ずに、体も動かせずにそれを受けるだけだった。
何か行動を起こそうにも体が言う事を聞いてくれない。
疲労感と寒さが一気に祐一に襲い掛かる。
唯一の温かさである秋子の体温が祐一を包み込んでいく。
「……温かい」
その言葉は中に消え。優しい空間だけがそこに残った。
祐一と秋子は無言のまま時間が過ぎていく。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
外で舞達を待っていたのは晴子達の一団に美汐達も一緒になっていた。
佐祐理はそれに驚き、舞は淡々と確認に入る。
天照の声が外に出ないように舞は外に出る前に天照に言付けてあった。
部外者に聞かれると色々と問題になり厄介だからだ。
部外者とは今のところ、佐祐理たちも含まれるが、主にはそれ以外をさしている。
「手はずは?」
『完璧や』
「この2機も一緒に連れて行って欲しい。でも、港までで良い」
『ん……まぁ、ええやろ』
曖昧に言って、赤いモンスターは身を翻した。
そして、ゆっくりと歩き出す。
「出来れば、手順を繰り上げて欲しい」
この後は撤退するだけだ。
丁寧に索敵をしつつトラブルにならないようにと撤退するだけ。
しかし、そんな悠長な事はしていられない。
『何やと?』
「祐一を早く医者に見せたい」
晴子は思い当たる節がある。だから対応は迅速だった。
美凪にすぐに指示を出し、聖たちに時間を繰り上げて撤退を開始するように伝えさせる。
同時に、エリアKの軍隊に届くように晴子は通信を入れた。
『こちら平定者。今より、私達の部隊は撤退する』
『こちらエリアK常備軍。了解した』
『武運を祈る』
『ありがとう。無事に帰還できることを願う』
短い通信でそれを切り、周りに行動を繰り上げることを伝え最大戦速で撤退を開始した。
舞と佐祐理はロンギヌスを抱えながらそれについていく。
佐祐理は先の通信を聞く限り、この集団とエリアKで協定が結ばれているのだと理解した。
ちなみに、往人は晴子が標準語を話せることが驚きでしょうがなかった。
それに突っ込みたかったが、その場ではないと空気を呼んで諦めている。
観鈴が標準語を話している所を見るとそんなに驚くようなことでは無いと思うが、往人には驚きだったようだ。
現に、観鈴は別に普通の表情をしている。驚いているのは往人だけだった。
『舞さん、無事だったん――あぅー、舞! 心配してたんだからね! ――真琴、落ち着きなさい』
美汐と真琴の声がファントムから聞こえる。
ボロボロのファントムもやっとの速度で今は走っていた。
その声に少しばかり苦笑する、舞に佐祐理。
『聞きたい事は一杯有りますが、無事で良かった――そうよぅ! 後で問い詰めてあげるんだから!』
「うん、解った。覚悟しておく」
『あははー、佐祐理の事は放って置くのですか?』
ちょっと会話に参加できない佐祐理はすねたような声で話に参加する。
美汐の溜息が音声に混じる。佐祐理の浮かべていた笑みは引きつった。
『佐祐理さんはまず、自身の釈明をしなくてはいけないのではないのですか?』
『あ、あはは〜……そ、そうでしたね』
「そういえば、私も正式に謝ってもらってない。もちろん祐一にも」
舞の声は完璧に佐祐理の笑みを引きつらせる。
またも美汐の溜息が音声に混じった。
美汐は咄嗟に音声を絞り、真琴の喚き声が外に漏れないようにする。
真琴の喚き声が収まったのを見計らって佐祐理が口にした。
『それにしても、祐一さん大丈夫でしょか?』
「大丈夫」
『どうい――どういうことなのよぉう! ――…………真琴』
真琴の行動に呆れ果てる美汐。
ともかく、今は情報を知りたいのだった。
舞は簡単に説明して、以降無言で遅れないように走る。
今までとは違い重苦しい雰囲気が包み込んでいた。
『暗くなるのはかまへんけど、向こう着いたらすぐ診察や』
「後、20分くらい?」
『まぁ、そんなところや。速度を落とさんようにしっかり操縦に気を払うんやね』
晴子の言葉に真剣になる美汐。
佐祐理と舞はもとより真剣である。
時間を5分ほど短縮しつつ、目的の合流地点にはたどり着くことが出来た。
▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽ ▲▽
柔らかな風が吹いている。
目の前に広がる草原には昔の面影は何も無い。
昔は灰色の建物が祐一たちを縛り付けていた。
灰色の建物は無く、ただ緑色の草があちこちに無造作に生えていた。
祐一の兄や姉達の魂が眠っている場所だった。
その中心で祐一は大の字になって横になっている。
「祐一さん。もうそろそろ、時間です」
(兄さん、姉さん。ごめん。まだそっちに行けないんだ)
近くから秋子の声が祐一の耳に届く。
あの件からは1週間の時間が過ぎていた。
祐一の体には後遺症は残らなかった。
その時は多量の出血で失血死しそうになっていたが、現場での処置とすぐに聖の診察を受けた事で今は全快に向かっている。
それでも、まだ定期的に医師の診断を受けなくてはいけなかった。
秋子の声に呼応するように、無限に広がる空に手を伸ばすように祐一は手を挙げる。
その手を一度握って、そして開いた。
「祐一、それ以上は体に障る」
(俺達みたいな人を出さないように頑張ってみるよ。だから、まだそっちに行けない)
舞の言葉は秋子とは反対側の近くから聞こえてくる。
秋子と舞は祐一を優しく起こす。
祐一は逆らいもせずに、立ち上がった。
(一杯思い出話を作ってからそっちに行くよ。だから、その時まで待っててくれないかな?)
「祐一さんどうしたんですか?」
柔らかな笑顔をしている祐一の顔を覗き込んだ秋子が不思議そうに微笑む。
舞は祐一に肩を貸しながら歩き出した。祐一がしている表情の意味を知っているように。
(俺を生かしてくれて、ありがとう。それと俺の我侭を許してくれ)
「祐一さーん! もう時間ですよー!」
(最大の感謝をあなた達に。これからは見守ってくれ。俺、頑張るから)
遠くから佐祐理が手を振り、その後で美汐がため息をついている。
真琴は祐一たちの方向へと走ってきていた。
「ありがとう……みんな」
優しい笑顔をした祐一が発したその言葉は数多くの人に向けられていた。
それに呼応するように柔らかな風が吹く。
まるで、祐一の門出を祝福するように。これからの祐一を見守るように。
This stage ends. ...but
あとがき
本編はここでおしまいです。でもお話は外伝に続きます。
A5編っと名前をつけて、話を書いていく予定です。急に終らせたんじゃないですよ?
ここまで読んでくれた人がどれだけ居るかわかりませんが、読んでくださってありがとうございます。
それと、これからもよろしくお願いしますね。ゆーろでした。
管理人の感想
ゆーろさんからのSSです。
第一部(で良いのかな?)完結おめでとうございます。
まだまだ先は長いですが、一応の決着。
これで祐一の過去には一つの区切りがついた事でしょう。
まぁ、まだ戦いは続くでしょうけどね。
彼は1つの因縁を消す過程で、また因縁を作る人間みたいですし。(笑
秋子さんはちゃんと王子と再会できて良かったですな。
なにやら決意しちゃってるし。
彼女の戦いも1つ終わって、また始まるみたいです。
今度の敵は佐祐理や舞でしょうけど。(あと茜も
次からの外伝もまた見物です。
ゆーろさんのより一層の頑張りを願いつつ。
感想は次の作品への原動力なので、送っていただけると作者の方も喜ばれると思いますよー。
感想はBBSメール(yu_ro_clock@hotmail.com)まで。(ウイルス対策につき、@全角)