心象風景



問)月光を浴びると、とてつもなく綺麗な声で歌う花があります。さて、その花が咲いている場所はどこでしょう。
  A、丘の上の一本の木の根本
  B、静かな湖の畔
  C、険しい岩山の頂上
  D、ひっそりとした森の中


「なんだ、心理テスト?」
「そう、エミリアさんに教わったの。みんな答えてみて」
 リンが目をキラキラさせて選択肢の書いてある紙を差し出している。
「女の子たちがね、すごく当たってるって言ってたよ」
 とはいえ、ここは酒場。ノリのいい女の子と違って、めんどくさいなあと言いたげな男どもの視線が集まっていた。
「心理テストって、何が分かるんだ?」
 とりあえず、つきあいのいいフリックが話題に乗ってあげた。
「えへへ、それは内緒」
「何か怪しいな」
「そんなことないよ。変な事じゃないし」
 ねえねえ、とリンが騒ぐが一向に相手にされていない。
「私はBだと思うな」
「いや、Dだろう」
 突然入ってきた声に一同が振り向くとアニタとバレリアが紙を覗き込んでいた。どんなに剣の腕が立とうが勇敢だろう
が、やはり女性はこの手の遊びに弱いらしい。
「何で森なんだ。そんな神秘的な花なら綺麗な湖だろう」
 アニタがバレリアに突っかかった。
「神秘的だからこそ人知れず森に咲いているんじゃないか」
 もちろんバレリアだって負けていない。
「そうかな、俺は丘の上の木の根本だと思うが」
 意外と乙女なのかマイクロトフも口を挟んだ。
「カミューはどう思う?」
「さあ」
 カミューは微笑んだまま曖昧に言葉を濁した。マイクロトフがなおも追求しようとしたが、ここに至ってようやくどれどれ
と覗き込んできた男たちの声に遮られてしまった。
「あー、俺も丘の上の木かな」
 これはビクトール。
「うーん、難しいな」
 真剣に悩んでいるフリックにシーナが吹き出した。
「だめだよ、フリックさん。こういうのは閃きで選ばなきゃ。俺はねぇ、岩山!」
「いや、湖か森かどっちかだと思うんだが」
「「どっちっっ!!」」
 アニタとバレリアに詰め寄られて、思わず仰け反りながらフリックが答えた。
「も、森かな。どっちかというと」
 勝ち誇ったようにバレリアがアニタを見、アニタは悔しそうに唇を噛んでいる。
「そうかねぇ、俺は湖だと思うがな。ま、湖に生きる漁師としちゃあ、それ以外は選べねえし。なあ、ヤム・クー」
「また兄貴は勝手に決めるから。俺は丘の木だと思いますよ」
 タイ・ホーとヤム・クーの会話を聞いて今度はアニタがフフンと得意そうにバレリアを見る。
 別に勝ち負けじゃないんだけどな、と思いながらリンはぐるりと周りを見渡した。
「あ、シュウさんっ。シュウさんはどれだと思う?」
『たまに酒場に来てみれば、何だってこんな事を…くだらないっ』
 そうは思ったが、カウンターまで駆け寄ってきてにこにこと紙を差し出すリンを冷たくあしらうことは出来なかった。
 シュウはAに自分の名前を書き加えた。
「へエー、シュウさん。丘の木なんだあ」
 感嘆したように声を上げたリンにシュウは『しまった』と思っていた。
 心理テストだと言っていたではないか。当たっていても当たっていなくても、余計なことを詮索されるのは面白くない。
「おい、これで何が分かるんだ?もったいぶらないで教えろよ」
 ビクトールの声にリンが得意そうに答えた。
「では発表します。これで分かるのは、みんなの浮気度でしたぁ」
 浮気度〜という悲鳴のような声がそこここから上がった。ビクトールなど酒を吹き出している。
「お、おい。浮気度って、こんなんで分かるのか?」
「何おまえ焦ってるんだよ」
 意地悪くフリックに突っ込まれてビクトールは冷や汗を流していた。
 そりゃあそうだろう。こんな物は遊びである。たかが遊びではあるが、恋人が目の前にいて妙な結果が出たりしたら目
も当てられない。信憑性も定かでないもののせいで恋人と揉めるのは誰だって嫌だろう。
『あー、良かった。答えを保留しといて』
 胸を撫で下ろしているカミューの横ではマイクロトフが頭を抱えていた。
「えっとぉ、これで間違ってないよね」
 リンが名前を書き込んだ紙をテーブルに置いた。
「綴りはあってるな」
「そうじゃないよ、答えだってば」
 ちょっと誤魔化してみようと儚い抵抗をしたビクトールだったが、一蹴されてしまった。

A、丘の上の一本の木の根本→マイクロトフ、ビクトール、ヤム・クー、シュウ
B、静かな湖の畔→アニタ、タイ・ホー
C、険しい岩山の頂上→シーナ
D、ひっそりとした森の中→バレリア、フリック

 不承不承みんなが頷いた。
「じゃあじゃあ、答えを言うね」
 周りの困惑と緊張した空気に全く気づかないリンがはしゃいだ声を出している。子供の無邪気さというのは時に残酷
である。
「一番少なかったのから言うと、シーナの岩山」
「お、おう」
 トップとあって、さすがのシーナも身構えている。
「シーナは100%浮気者でーす」
「あら、やっぱり」
 レオナの声に酒場がどっと沸いた。
「好きな人と一緒にいても、すぐ目移りするから気をつけましょう」
 リンの解説に「チェッ」とシーナが拗ねたような声を出した。
 だが、おそらくこれが最悪の答えだというのは誰にも分かった。ホッとした面々からシーナをからかう声が上がってい
る。場の盛り上げ方としては発表順を間違えている気がしなくもないが、そこまで気が回らなかったリンのお陰でやや和
んだ雰囲気になっていた。
「湖と森は同数なんだね。じゃあ、湖から。アニタさんとタイ・ホーさん」
「いいわよ、坊や」
「おう、坊主。遠慮はしなくていいぞ」
 二人とも何だか余裕綽々である。多分心理テストなんてほとんど信じていないからだろう。
「二人は強引な誘いに弱いタイプだって」
 誰が口を開くより早く「ハァ」とヤム・クーが溜息をついた。
「そうなんですよ。兄貴って女の押しに弱くって強引に誘われると断り切れずにズルズルと。キンバリーの時だって…」
 いや、あれはとタイ・ホーが言い訳を始める前にバレリアが口を挟んだ。
「そう言えば、あんたも昔っから男にだらしなかったよね」
 もちろんアニタのことである。
「もてる、って言ってくれない?男が言い寄ってきて煩いからさ」
「詭弁だね」
「じゃあ、あんたの森は何なのよ」
「あ、森はね。浮気度ゼロ」
 二人の気迫にやや押され気味だったリンがやっと口を挟んだ。
「フッ、当然の結果だね」
「あんたの場合、浮気以前に付き合った男がいないだろ。つまらない人生だよねぇ」
「うん。森を選んだ人はね、恋愛自体に興味がないんだって」
 一気に臨戦態勢に入りそうなアニタとバレリアの前で火に油を注ぐようなことをリンが平気で付け加えた。
「そうなのか?」
 ビクトールにあからさまに覗き込まれてフリックは「おい」と赤くなっている。
「だから恋人に浮気されないように気をつけないといけないんだって。フリックさん」
 追い打ちをかけるリンの言葉はビクトールを慌てさせた。
「大丈夫だからな、フリック。俺は浮気なんかしないぞ」
「煩いぞ、お前」
「何だよ、疑うのか?俺は誠実な男だぞ。絶対に浮気なんか…」
「そうじゃなくて、何もこんなところで」
 ビクトールとフリックの痴話喧嘩まで始まりそうになって、リンは強引に会話に入った。
「Aの丘の木を選んだ人は好きな人一筋の純情派なんだって。だから浮気はしないよ」
 ビクトールが得意そうに胸を張ったのは言うまでもない。同じくAを選んだマイクロトフも誇らしそうだったが、思い出し
たようにおずおずとカミューを見た。
「その、カミューは何だったんだ?」
「私?もちろんAに決まってるじゃないか」
 にっこりと微笑まれたがマイクロトフは何となく釈然としない。答えが分かってから聞いたって何の役にも立たないこと
に気がついて『ああ、何であの時ちゃんと聞いておかなかったんだ。いや、俺はカミューを信じるぞ。し、しかし…』と再
び頭を抱えていた。
『うーん、本当にAだったんだけどな。でもマイクロトフをヤキモキさせるのも楽しいし、まあいいか』
 相変わらずのカミューさんである。
「けどさ、フリックさんて湖と迷ったじゃん。あれってやっぱりビクトールさんに強引に迫られたって事だよね?」
 シーナの言葉にフリックが真っ赤になってシーナを睨みつけた。もっともシーナは『別にいいじゃん、公然の仲なんだ
し』と少しも悪びれるところがない。
「すごいですね、リン殿。なかなか的中率が高いじゃないですか」
 カミューに誉められてリンは嬉しそうだった。
「ね、当たってるでしょう。結構みんな純情派なんだよ。シュウさんもそうだもんね」
『ああ、もう余計なことを思い出させて』
 シュウはリンがヒラヒラさせている紙を握りつぶしたいという衝動に駆られていたが、あくまでも泰然とした様子を崩さ
ないで、周りから一斉に寄せられた興味深そうな視線も平然と受け止めていた。
「まあ、大体答えの予測はつきましたからね」
「シュウさん、この心理テスト知ってたの?」
「知りませんが、花が自分で月光が様々な誘惑を象徴している事は見当がつきましたから無難そうなのを選んだだけで
すよ」
「あ、なるほど。月光を浴びる量が多いほど浮気度が高いのか」
「木っていうのは恋人の象徴か」
 さすがはシュウ軍師だ、という声を聞きながらシュウは内心ドッキドキだった。
『な、何とか誤魔化せたか』
 そんなシュウを見てカミュー一人がくすっと笑っている。
『浮気度のテストって知らないうちから誘惑の象徴とか分かるはずないじゃないですか。案外シュウ殿も可愛い方なんで
すね』
「皆さん、盛り上がっていますね」
 知らず熱気に包まれていた酒場にさわやかな風が吹くように声がかけられた。
「よう、クラウス」
 副軍師の青年は相変わらず穏やかな笑みを浮かべて誰にともなくペコリとお辞儀をするとまっすぐ上司の元に歩み
寄った
「おくつろぎの所を申し訳ないのですが、シュウ殿。こちらの書類を見ていただきたくて」
 はい、と手渡された書類を繰りながらシュウはふといたずら心でクラウスに聞いてみた。
「おまえはこれ、どう思う?」
「え?何ですか。花?」
「うん、どこに咲いてると思う?」
 リンが興味津々といった顔をしていた。
「ええっと、そうですね。私は……岩山かな」
「「「「「「「「「「えぇっ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
 周りから一斉に驚愕の声が挙がり、シュウのこめかみが一瞬ひくっと動いた。
「え?な、何ですか。何か変ですか」
「変じゃないっ!変じゃないよ、クラウス!やっぱり俺たち親友だよな」
 シーナに抱きつかれてクラウスは戸惑いながら頷いた。
「え?え、ええ。そう、です、けれど」
「今度一緒にナンパに行こうな!」
「ナンパですか?はあ」
「クラウス、ちょっと来なさい」
「あ、シュウ殿。どこか間違っていましたか」
「いいから、一緒に来いっ」
「は?はい」
 シュウはズンズンと歩いて酒場を出ていってしまった。何が何だか分からないという顔をしていたクラウスは、やはり
呆気にとられている酒場の面々に律儀にペコリと一礼すると慌ててシュウを追いかけていった。
残されたメンバーは皆一様に興味深げな顔をしていた。
「うーん、人は見かけによらないっていうか」
「いや、誰も手を出さないだけで案外…」
「案外ってなに期待してんのさ」
「いや別に…ごほっごほっ」
「というか、誰にでも優しいよね」
「平等に優しいから浮気者ということにはならないでしょう」
「しかし八方美人という言葉もあるよな」
「まあ、何事にも例外はあるし」
「遊びみたいなもんだからな」
 口々に言いながらみんなが内心思っていたことはただ一つ。
『シュウも案外苦労しそうだ』


 そのころクラウスは不機嫌光線をバリバリに背中から発しているシュウの後を追いかけながら、一つの風景を思い浮
かべていた。
『険しい岩山の頂上で月光を浴びて咲く花。きっと凛として美しいんでしょうね。しかも孤高で誇り高い。ああ、まるでシュ
ウ殿みたい』
 周りの思惑に気づきもしないで、クラウスは一人うっとりとしていた。


 そして後日。
「ねえねえ、今度はカーテンの色で浮気度を調べるのがあるんだけど」
 どんなにリンが煩く言っても誰も応じなかったのは言うまでもない。





とあるテレビ番組をぼーっと見ていたとき、この心理テストをやっていました。
そしたら頭の中で酒場の風景が浮かんできて
クラウスが知らずにシュウを振り回してたら可愛いくていいなあと。
でもこの後シュウはどうするつもりなんでしょうね(笑)

これは一応ちゃんとした心理テストのはずなので
貴女もやってみてはいかがでしょうか。
ちなみに海棠は岩山(笑)
これ選ぶとやばいんだろうな、と思ってたらやっぱりでした。
ついでにカーテンでもそうでした。
例外も二つ続くと…(^_^;)