ノー・ウォー横浜web展 詩

位 相 の 海
中島けいきょう

昼下がりの海を
ひとり泳ぐ女がいる。
抜き手を切って、
沖に向かって
泳ぐ女がいる。
暗色のその海に
記憶される、
数々の
負荷のかかった
歴史が、
水面の不機嫌な
三角の白い波頭を
無数に生み、
不可解なまでの
水泡を発生させる。


海浜では、
無作法に吊るされた
烏賊の形が
風に靡き、
画面のなかを
重なるように
横切る。
そんな昼下がりの海。
沖に出た女が
大きく手を
突き上げる。
水平線上に被さる
黒々とした雲の形が、
なおいっそう
尊大に成長して
その画角を覆いつくしていく。


女は水平線にいたり、
点となって
消失する。
女は水平線にいたり、
点となって
消失する。
そして視界は
みるまに平たくなり、
反転し収斂していく。
あとには
途方にくれた
ひとが
ひとり、
干乾びたヤモリの形で
取り残される。