米海軍戦闘機 ヘルキャット
レイテ島の激戦地リモン峠上空のF6Fヘルキャット
フィリピン最大の激戦地レイテ島での戦いは、山下奉文率いる現地軍がルソン島決戦を考えていたため、
レイテ島での迎撃体制は不十分であった。そのためレイテ島守備の16師団に加え急遽、第1師団等の大部隊を送るも
無敵連合艦隊はすでになく、無敵を誇った零戦も米軍新鋭戦闘機に苦戦を強いられ
制空権、制海権を奪われたため、武器弾薬は極めて不十分であった。
更に食料、医薬品は直ぐに底をつき、多くの兵士は敵弾より餓死、病死という悲惨な最期を遂げた。
生還したものは中部太平洋の孤島の玉砕、北ビルマ方面の戦い、ニューギニアの戦いと同様、5%
に満たなかったといわれている。
Hasegawa 1/72 グラマンF6F−3/5ヘルキャット