ノースアメリカンP−51Dムスタング
第二次世界大戦の戦闘機の中で、最高傑作の呼び声も高い。
欧州戦線では44年から、その姿を見せたが太平洋戦線では昭和20年4月以降、硫黄島に配属され、そこから東京等へ出撃してきた。
しかし当時の日本軍は、燃料の不足、熟練工の減少による工作精度の低下などにより戦闘機も設計性能が発揮できないなどが有り全般に弱体化していた上に、邀撃目標ががB−29であったため、零戦がグラマンを相手にくりひろげた戦闘機同士の空中戦は、P−51Dに対してはあまりおこなわれなかったようだ。
最近作った古いハセガワの 1/72 ノースアメリカンP−51D ムスタング 箱には定価は250円と有りました。

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