敗色濃厚な昭和20年春、瀬戸内海上空を高速で飛翔する紫電改2機編隊
零戦の後継機として開発が進められていた烈風は遂に実戦機として間に合わなかったため、日本海軍航空隊の最後を飾ったのが紫電改であった。
紫電改は三菱、中島、川崎と言った日本陸海軍の航空機を製造した大手より小さな、そして水上機を主として製造していた川西航空機(現 新明和工業)が開発した機体であった。
2000馬力級のエンジンを積んだ、その性能は零戦を上回る高速と高速機としては素晴らしい旋回性能を持っていた。
残念ながら昭和20年になってからの制式採用であり、国力が疲弊した状況の中で、生産は400機足らずであった。
しかし紫電改で編成され、かつ海軍の熟練搭乗員を集めた343航空隊は本土上空を跳梁跋扈する米軍機の多数を撃墜し、日本海軍航空隊の誇りを示した。
Hasegawa 1/72 局地戦闘機 紫電改
