大 井 地 名 の 由 来

鎧 町 (大井一丁目)
     立会川にかかる一本橋の下に深い淵があった。
     上杉氏と北条氏との戦いのとき、多くの鎧武者が討ち死にしたそうな。

権現町 (大井一丁目)
     ここは品川原とよばれた地は、蔵王権現社が祀られているのでよばれた
     そうな。

森下町 森前町 (大井二丁目)
     稲荷森と荒神森があり、森とは「神を祀って有る所」の意で
     田地を森耕地、畑地を森前通りとよんだそうな。

山中町 (大井三丁目)
     「山」には「森林、耕作地」の意があり、「森の中の畑地」の意味で作られた
     そうな。

倉田町 (大井四丁目)
     郷倉があったから倉田で、百姓家のあるところをクラタという。
     大井村の名主が代々住んでいたそうな。

滝王子町 (大井五丁目)
     滝氏の耕地といい、滝氏の稲荷ともよばれていた熊野若王子の社が
     あったそうな。

鹿島町 (大井六丁目)
     大井村の鎮守のである鹿島社がある。西側の谷戸(湿地)ということで、
     滝王子から出石谷の合流点に至る田地で 「田」 として利用されていたそ
     うな。

庚塚町 (西大井一丁目)
     庚申塚(所在地を表示する道案内のようなもの)稲荷の神様が祀られてい
     たそうな。

原 町 (西大井二丁目)
     原とは、台地状の原野であり、地形からつけられた。
     東は滝王子、西は篠谷、北は森前、南は出石と金子に囲まれた畑地を
     原耕地とよんでいたそうな。

大井という地名も、@了海上人が産湯に使った井戸がある。
            A大井氏が住んでいた。
            B藺草がたくさん生えていて「藺」が「井」となった。
            C井田の大いなる郷であった。

などの由来がありますが、有力な説は、光福寺の井戸で了海上人によって再興されたそうな。

平成16年3月 スクランブル 第63号より


品 川 区 の 昔