【 always -2】






「………あれぇ?」


隣を歩く友人の素っ頓狂な声に、アスランは思わず振り向いた。


「どうしたミゲル?」


反対隣を歩くラスティも、なんだなんだと不思議そうな顔をしている。
ミゲルはそんな2人に視線だけで返事をすると、向かいの道を指差した。
その指先を辿ってみれば、そこには落ち着かない様子で信号待ちをしている少女の姿。

この付近ではよく見かける、駅近くに在る女子校の制服に身を包んでいるその子。
それだけなら別に何もおかしい所はない。
ただ、その少女はあきらかに学校の在る方向とは逆を向いていた。

けれども今問題なのはそんな少女の状況よりもその少女自体な訳で─────。


「おいアスラン。あの子って確かお前の………」


すぐにミゲルの云いたい事に気付いたアスランは、あっと声をあげた。
なにしろ、おもいっきり見覚えのある顔だったのだから。



「キラ………?」



じっと自分を窺う3人分の視線に気付いたのか、それとも偶然か───おそらく後者だろうけど───キラがアスラン達の方を向いた。
キラは一瞬だけ驚いたような顔をしたけれど、そのすぐ後には満面の笑顔を浮かべて手を振ってくる。

自分達の方に小走りで駆け寄って来るキラに小さく手を振り返しながら、アスランは穏やかに微笑んだ。
少しだけ息を弾ませたキラは、アスランのもとに辿り着くと彼を見上げてにこりと微笑む。
そしてすぐ隣のミゲルとラスティにおはようございますと丁寧に会釈をした。



「おはよ、アスラン。こんな風にばったり会うなんて珍しいよね。今日は朝から大学?」

「おはようキラ。大学の講義は午後からなんだけど、今日はコイツの用事に付き合わなくちゃいけなくてさ」


アスランは、ラスティを視線だけで示して溜息まじりにそう言った。
じと目で見られたラスティはうっと言葉に詰まり、ミゲルもそれを見て苦笑している。


「なんだよアスラン。そのいかにも『面倒くさいけど仕方なく』っていう言い方はっ」

「実際その通りだろう?」

「だな。大体レポートの資料集めくらいもっと前もってやっておけよな」

「うるさいぞミゲル!しゃーねーだろが。それどころじゃなかったんだから」

「はいはい、そうですね。急性虫垂炎だったんだもんな?」

ミゲルに意地悪げにそう言われて、ラスティは拗ねたようにふんと明後日の方向を向いた。


虫垂炎───所謂『盲腸』というやつである。

ラスティは先々月の中頃からそのせいでしばらく入院していたという経緯があった。
しかも盲腸だけならそれ程やっかいでもなかったのに、運悪く術後合併症まで起こしてしまい、通常よりもかなり長い間病院にお世話になる事になってしまっていた。

そのツケが今全部返って来てしまっている身としては、ちょっと───いや、かなり笑い事ではない。


「くっそー。どいつもこいつもヒトゴトだと思って………」

「あ、そういえば……。もう身体は大丈夫なんですか?」

「平気平気。あん時はわざわざ見舞い来てくれてありがとな、キラちゃん」

「いえ。元気になって本当によかったです」


にっこりと微笑むキラ。
その優しい笑顔に思わずじぃ〜んと感激しているラスティをさっさと押しのけて、アスランはそれよりも………と気になっていた事をキラに尋ねた。


「ところで、キラこそこんな時間にどうしたんだ?学校あるんだろ?」

「………………あ」

「?」

「ああああ〜〜〜〜そうだった!いっけない急がないとっ!!」

「って、キラ?」

「ごめんアスラン!僕、こんなところでまったりしてる暇なかったんだ!これから宿題取りに行く所だったの。家に忘れてきちゃって………」

「…………はぁ……相変らずだねキラ。頭は良いくせに抜けてるんだから。朝家を出る前にちゃんとチェックしろって昔から言ってるだろ?」

「う……………」


深くふかぁく溜息をつかれて、キラはふいっと視線をそらせた。
ジト目で睨んでくるアスランの方を見ない様に暫くそっぽを向いていたキラ。

しかし暫くすると、ちらりと窺うようにアスランの方を少しだけ見て……───。

まるで『ごめんなさい』と、『怒らないで』というかのように、アスランのジャケットの裾を控え目に掴んだ。

昔からアスランに怒られた時に取る、お決まりの仕草のひとつ。




ごめんね。

次からもうしないから。

だから怒らないで。

僕を嫌いにならないで。




そんなキラの稚い仕草に、想い出の中にある過去の小さなキラを見た気がして、アスランは優しく瞳を和ませた。


相変らずなキラに呆れつつも、でもそんなところも可愛いんだよなぁとついつい自身で苦笑してしまいそうな事を思ってしまう。

まぁ、そんな事も"いつもの事"で片付いてしまうようなものだけど。
とにかく、誰よりもこの少女に甘いのは自分だという自覚があるのだから。
───こんなことを言えば、きっとこの子の双子の姉は「いや、私の方がお前よりずっとキラに甘いぞっ」といらぬ喧嘩をふっかけてくるのだろうけど。


「………1限目は絶望的だな、これは。下手したら次の授業までかかるかもしれないぞ?」

「……いいんだ、もう諦めたから。今回のばっかりは1、2時間目の授業捨ててでも取りに行かないとまずいし……。宿題出された古典は3時間目だから、それに間に合えば………」


アスランが自分の時計を見て思わず呻いたの受けて、キラもがっくりと肩を落とした。
どう考えたって、今から引き返したんじゃ時間的に難しい。
最悪、2時限も欠席扱いになりかねない。

「───ラスティ、お前確か駅前にバイク置いてたよな?」

「ん?ああ、そうだけど」

「キーは?」

「それならここに……───って、アスラン?」

「ちょっと借りる」


ラスティからバイクのキーを受け取ると、アスランはキラを振り向いた。
おいでおいでと、きょとんとしているキラを誘う。


「行こう。送るから」

「へっ?」

「キラ、バイクの後ろ乗るの平気だったよね。ならこっちの方が電車より早いよ?」

「え…………でも、いいの?用事があるんじゃ……」

「大丈夫。少しくらい遅れてもいいよな、ラスティ?」

「オーケイオーケイ。ミゲルもいるわけだし、別に急がなくていいぞ」

「ああ。助かるよ。行こうキラ」

「え?あ………う、うん!」


キラはどんどん決まっていく話に追い付けないままぼへらっとしていたけれど、アスランに突然手を引かれてようやく覚醒した。
アスランに引っ張られつつもくるりと顔だけで後ろを向くと、最近は"アスランの友人"というだけでなく"自分の友人"にもなりつつあるふたりに笑顔で手を振った。


「それじゃあラスティさんミゲルさん、資料集め頑張ってください。また今度一緒に遊んでくださいね」


子供のように(実際高校生なのだから子供でもあるといえるけど)可愛らしくバイバイをしているキラにラスティもミゲルも笑顔で手を振って応えた。

小さくなっていくふたつの背中を見送ると、二人同時に手を降ろしてふぅっと溜息をついた。
そして、顔を見合わせて苦笑する。


「心配性というか過保護というか…」

「相変らずお熱いことで」

「今更だろそれは」

「騒いでる大学の女どもに見せてやりたいね。今のアスランを」

「それも今更だろミゲル。"無口で格好良いクールな貴公子"も、キラちゃんが傍にいる時は自分の彼女にベタ惚れのただの男だよ」

「だな。まぁあんな可愛い彼女の一大事と男友達との約束じゃあ、そりゃ彼女をとるよなぁ」

「どっちにしろ、俺と彼女じゃ優先順位に差がありすぎってもんだよな。というより、アスランにとってキラちゃん以上に優先されるものなんて、この世界中にひとつもないって」



もうすっかり見慣れてしまったアスランの"特別"な表情を思い出しながら、ラスティはからからと朗らかに笑っていた。







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ま、まだ続くんです………(滝汗)

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