【 always -3】
「ほら、着いたぞ」
「うん!急いで持ってくるから、ちょっと待っててね!」
見慣れたヤマト家の前に到着すると、キラはひょいとバイクから飛び降りて玄関口に駆けて行った。
────よほど慌てているのか、それともどうせまたすぐ乗るからと思っているのか、ヘルメットを被ったままで。
「急ぐのはいいけど、慌てすぎて転ぶなよ?」
「だーいじょうぶ!そんなにドジじゃ────っきゃぁ……っ!!」
返事の途中で玄関前の階段の段差に足を取られつんのめったキラは、持ち前の反射神経でなんとかギリギリでバランスを保った。
思わずふぅっと安堵の溜め息をつく。
……顔面から地面にダイブせずに済んで良かった。
キラは自分の背後で呆れているアスランの方をちらりと振り返り、えへへとばつが悪そうな顔で笑う。
「……………どこが『大丈夫』で『そんなにドジじゃない』んだか……」
家の中に入って行ったキラの後ろ姿を見送りながら、アスランは深くふかぁく溜め息をつく。
始終こんな調子なのだから、目を離せないのだ。
こんな所が、がみがみ口煩いと本人に嫌がられてもついつい口をすっぱくしてしまう所以とでもいうか。
正直にそれを言うとキラはいつも拗ねるけれど。
『ただいまー!』
『キラ?あらまぁ…随分早いのね。もう学校終わったの?』
『違うって母さん、そんなわけないじゃない。忘れ物したから取りに戻ったの』
『また忘れ物?もぅ……いつもちゃんと確認しなさいって言ってるのに困った子ねぇ……』
『あはは……さっきカガリにもアスランにもおんなじこと言われた』
『まぁ、アスラン君にも?』
『うん。さっき偶然会ってね、事情話したらここまで送ってくれたの。今外にいるよ』
『あら…それで貴方そんなものかぶってたのね。そういう趣味を持っちゃったのかって、母さんちょっと吃驚しちゃったわ』
『反応遅…っ!しかも趣味って……そんなわけないじゃない』
開けっ放しの扉から聞こえてくる母子の会話に、アスランは小さく笑みを零す。
相変わらずおっとりしているカリダ夫人と、そんな彼女とそっくりな性質のキラと。
ふたりのどこまでもマイペースで柔らかな会話には、いつもどこか癒されるような気がする。
「あらあら、本当だわ。おはようアスラン君」
「おはようございます、小母さん」
サンダルをつっかけて出て来たカリダが、アスランの元へと寄ってきた。
小さく小首をかしげながら、ふわりとした優しい微笑が向けられる。
アスランもまたそれに微笑みながら会釈を返すと、一旦股がったままだったバイクを降りた。
「アスラン君がバイク乗ってる所、初めて見たわ。ふふ……なんだか学生の頃のレノアを思い出しちゃう。今のアスラン君みたいにとっても格好良かったのよ」
「そういえば母も昔は随分乗っていたと言っていました。俺は一度も見た事がないけれど」
「そうでしょうねぇ。パトリックさんがすごく嫌がったから、結婚してからは乗ってないはずよ」
「父が嫌がった、ですか?」
「ええ、それはもう。一度『こんな危ないものに乗せられるかっ!!』って体張ってレノアを妨害している所を見た事があるわ。パトリックさんたら、あの頃からもうレノアにぞっこんだったから」
「それはまた………」
ころころと軽やかに笑うカリダの声を聞きながら、アスランは思わずそのシーンを想像しかけていやいやと頭を振る。
あの厳格と無愛想と鉄面皮いう言葉の混合体に服を着せたような男が、いったいどんな顔をして決死のガードを見せたのだろうか。
正直想像できないし、したくもない。
「アスラン君が一人暮らし始めてから少し経ったけれど、どう?もう一人の生活には慣れた?」
「ええ。うちは昔から両親とも忙しくてあまり家にいなかったので、一人暮らしを始めたばかりの頃も、思ったより違和感はなかったです」
「ご飯は?ちゃんと食べてるかしら?貴方はご飯を疎かにしがちだからって、レノアも結構心配していたみたいよ」
「一応ちゃんと摂るようにはしています。ただ、最近は夕食も殆ど外食になってしまっているので、母からは自炊しなさいとよく云われますが……」
「レノアは職業柄栄養面には煩いものね。外食だと偏るからって心配してるんだわ、きっと。…………それにしても、キラったら遅いわねぇ……何してるのかしら」
「さあ……でも、探すのに手間取ってるのかもしれませんね」
「あの子、本当におっちょこちょいだから………。ごめんなさいね、いつもキラが迷惑かけて。アスラン君ももう大学生で色々大変でしょうに」
「いえ、良いんです。今日は大学の方も午後からですし、それに今回は俺から申し出たことですから」
だから気にしないで下さい、とアスランは笑う。
遠慮しようとしたキラを半ば無理矢理ひっぱってきたのは自分だ。
先約をしていたラスティやミゲルには多少悪いとは思ったけれど、今度埋め合わせをすれば良いのだし。
アスランとしては、こうしてキラの役にたてる事は嬉しいことだった。
まったくもうしょうがないなぁなんて言いながら、それでもキラの面倒を見ることはアスランにとっては幸せなことだったから。
大切な大切な、3つ年下の幼馴染み。
そして今では、可愛くて仕方がない恋人。
まだ小中高と一貫だった学校にアスランとキラが通っていた頃は、朝一緒に通学することが日課だった。
そこにキラの双子の姉であるカガリも加わりいつも三人一緒で、アスランが高校生に上がってからも同じ敷地内ということもあり気軽に行き来していて。
けれど、キラ達が高校生に、アスランが大学生になってからは、その当たり前だった日課は当然なくなってしまった。
日程も時間割も何もが違ってしまい、会える時間もずっと一緒だった今までから比べると随分減ってしまって。
だから、こんな偶然がひどく嬉しかった。
昔のように学校のことでキラの世話をやけることが、とても。
「ごめん、待たせちゃって……!」
「大丈夫だよ。じゃあ行こうかキラ?」
「うん、お願い!」
漸く姿を見せたキラは、降りた時と同じように軽やかにバイクの後部にふわりと股がる。
「じゃあ母さん、今度こそ行ってくるね」
「それじゃあ、行って来ます」
キラがカリダに手を振る。
アスランも軽く会釈をした。
そして細い腕が自分の腰に回ったのを確認すると、アスランはバイクを出そうとした────が。
「あ、ちょっと待って」
「……?どうしたの母さん?」
「ええっと、アスラン君。今日の夜は何か用事があるかしら?」
「え……俺ですか?いえ、今日は特には……」
「じゃあ、一日キラをもらってやってくれないかしら?」
「「は……?」」
"もらう"……?
キラとアスランの目が点になる。
異口同音で紡がれたそれにカリダはまあ相変わらず仲良しさんねぇと嬉しそうに笑った。
ぽかんと口を開けたまま固まっている娘とその恋人の様子なんて、欠片も気にしやしない。
「キラ。お世話になったお礼に、今日はアスラン君のお宅に行ってお夕飯作ってあげなさいね。アスラン君たら最近外食ばっかりだって云ってたから、たまにはちゃんとした手作り料理食べさせてあげないとね」
「え?ええっ?ちょっ、お母さ────」
「アスラン君、どうかしら?駄目?キラも最近腕上げてきたから、きっと味も大丈夫だと思うんだけど」
「え、あ、いや……別に駄目とかそういうことはない…ですけど………」
「じゃあ決まりね。大丈夫、お父さんとカガリには母さんが上手く言っておくわ」
まかせておいてとカリダは両の拳を握りしめて可愛らしく気合いのポーズを決めた。
父親が嫁入り前の娘の動向に敏感なのは当然と云えば当然なのだけれど、姉のカガリはそれの上をいく重度のシスコンともいえる程にキラを可愛がっている。
姉とはいえ双子で同い年であるにも関わらず、まるで小さな妹に対するように始終気をかけるのだ。
勿論、キラに群がろうとする悪い虫には容赦しないし、それは相手が両親公認の恋人であるアスランであってもあまり変わらない。
なので、実は休日にデートするのも一苦労だったりするし、現在一人暮らし中のアスランの家に夜キラが行くなんてもっての他だった。
「あら……ふたりともどうしたの?そんなに固まってたら、学校に着くのどんどん遅くなっちゃうわよ?」
「え?!あ、そ、そうだった!アスラン行ってくれる?」
「あ、ああ、分かった」
キラもアスランもなんとか平静を装っていたけれど、完全に声が上ずってしまっていた。
ちなみにふたりを動揺の渦にたたき落とした本人は、相変わらずふわふわと微笑んで見守っている。
けたたましいエンジン音を立ててスタンバイの体制に入るバイク。
ゆっくりと走り出し今度こそ出発したバイクに乗りながら、キラはほっと溜め息をついた。
さっきまではごく自然にアスランの腰に回せていたのに、今では何故かやけに気恥ずかしく感じてしまう。
けれど流石にしがみついている手を解くわけにはいかないので、動揺を押し隠すように目の前にある広い背中に顔を埋めた。
────と、その時。
「あ、キーラァ〜?朝帰りになる時は、ちゃんと事前に連絡入れなさいよぉ〜?」
後方から聞こえてきたのんびりとした母の声に、とどめを刺された。
「わわわ……っ!ななな何言ってるの母さん……?!!」
思わず座席からずり落ちそうになったのをなんとか立て直すと、キラはぐりんっと後ろに顔を捻って怒鳴った。
これ以上ないくらい真っ赤な顔で。
しかしカリダはそんなことおかまいなしでぶんぶんと手を振っている。
「その時は〜家の電話じゃなくてぇ〜、母さんの携帯にしなさいね〜っ?」
「ば、ば、ば、ばかぁあぁああ〜〜〜〜!!」
昼前の閑静な住宅街に、少女の尾をひく悲鳴がこれでもかというくらいに響き渡っていった。
>> Next
あれ、なんかかなり中途半端…?
|
|