【01:君のとなりで 】 .....『ほのぼの10title』より
【1】
「なんだキラじゃないか!珍しいな、お前が此処に来るなんて」
久しぶりに顔を合わせたキラの年上の同僚は、訝し気な顔をしていた。
確かに最後に本部に顔を出したのはもう何ヶ月も前のことだから、それも仕方ないのかもしれないけれど。
「久しぶり、ミゲル。最近調子はどう?相変わらず忙しいの?」
「あー、まぁぼちぼちってとこかな。でも前みたいにあっちこっち呼び出されてこき使われてってことがなくなったから、状勢も大分落ち着いてきたんだなって実感できるよ」
「うん。少し前は地球との一触即発ムードが高まってたから………MSパイロットも皆調整とか訓練とか報告とかで大変だったよね」
「ああ……おかげであの時は戦争が始まる前にストレスで死にそうだったよ」
大げさに両腕を広げてぼやくミゲルに、キラは苦笑を零す。
そんなデリケートな神経持ってないだろうオマエは────といつも即座に突っ込みを入れてくれる人物は、幸か不幸か今この場にはいなかった。
ミゲルとのこういった気安いやりとりをしていると、当時のことを思い出してなんとなく懐かしくなる。
今頃皆どうしてるのだろうか……。
「あいつらも皆元気だぜ。特にイザークなんて相変わらず元気過ぎて困ってるっつーの。俺らの心の平穏の為に一日二日でいいから寝込んででもくれないもんかね」
「またそんなこと言って……。聞かれてもしらないよ?」
「へーきへーき、奴なら今頃ディアッカと一緒にカーペンタリア基地に向かうシャトルの中だって。漏れる心配は全くナシ」
「あ、そう……」
「そうとも限らないんじゃないですか?」
「「え?」」
突然割り込んで来た声に、ミゲルと同じタイミングで思わず振り返る。
そこには、人の良さそうな穏やかな笑みをたたえた少年がひとり。
新芽の色に似た柔らかそうな髪が風に触れてふわりふわりと揺れていた。
「ニコル!」
「お久しぶりです、キラ」
「うん、久しぶりだね。元気だった?」
「ええ勿論。キラもお元気そうでなによりです」
嬉しそうにぎゅっと手を握られる。
あの頃と全然変わらない笑顔を前にすると、なんだかとても胸の中が温かくなってくる気がした。
それは勿論ニコルに対してだけでなく、ミゲルとの冗談めかしたやりとりでも同じ。
久しぶりに友人達に会えた事実が、じんわりと喜びとなって広がってゆく。
「こんな風にばったり会えるなんて思わなかったから嬉しいや。たまにはこっちにも来てみるものだよね」
今日みたいなことがあるなら、今度から用事がなくてもたまに顔出してみようかなぁ……と。
心の中で思った事を素直に口に出してみたら、途端にふたりの友人が絶妙のタイミングではぁっと大きく溜め息をついた。
────何故に?
「こんの薄情者ぉ〜!!」
「や、わ、痛い痛いって…!ちょっとミゲルなにすんの?!」
「ンな偶然に頼ってないで、アドレス知ってるんだから会いたいんだったら普通に連絡してこい!つーか、お前の場合もっとマトモに連絡よこせ。特務に行ったあたりから付き合い悪いぞ?」
「そ、それはだって、急に環境変わって戸惑ってたのとか、色々慣れない事続きで忙しかったり………」
「最初の頃はそりゃそうだったろうさ。俺達もそう思ったから暫くお前への連絡控えてたんだぜ?でも今はお坊ちゃんのお守りの為に殆ど家に籠ってるっつーのに、未だに返信する暇がねーなんてことないだろーが」
「あ…う……」
「本当にそうですよ。僕なんて二ヶ月くらい前にもらったメール以来なんですからね?分かってます?」
「う……。そ、そうだったっけ………?」
「まったく……。キラに比べれば、イザークだって良い方だって思えますよ。無愛想な三行メールばっかりとはいえ、メールすれば一応返してくれるんですから」
「ご、ごめんなさい……」
結構な力で引っ張られた頬をさすりながら謝れば、ミゲルもニコルも「しょうがないなぁ」っていう顔でもう一回深く溜め息をついた。
今回もまた同じタイミング、同じ仕草で。
………こういう所で妙に気が合うところも、ちっとも変わってないらしい。
「……で?今も相変わらずザラ家の坊やの子守りやってんだろ?」
「さっきから子守り子守りって……。あのね、何回も言ってるけど僕は一応『保護者代わり』だけじゃなくて『護衛』としても仕事してるの」
「いや、あのお前らの姿はどう見たってイイトコの坊ちゃんとその心配性の子守り役だろう」
「……悪かったね。らしくないボディガードで」
つい恨みがましく睨みつけても、ミゲルは相変わらずへらりと笑ったまま。
確かに自分でもちっともそれっぽいことしてないよなぁとは思ってるけれど、他の人に改めて言われると、なんだかちょっと複雑な気持ちになってしまう。
こうなったらもうこれからは『ボディガード』よりも『保護者代理』の肩書きを推していこうかなぁなんてしょうもない事を思うくらいには。
「キラ、アスラン君とは仲良くやれていますか?あの年頃のお子さんは色々と難しいと聞きますが……」
「大丈夫だよ。今のところ問題も起きてないから。それにアスランすごく良い子だし、あんまり手もかからないんだよ」
「そうなんですか?前任がすごく手を焼いたと聞いていたから、てっきりすごく我が侭で手がつけられない子なのかと思っていたんですけど………その様子だとどうやら違うみたいですね」
「うん、どっちかっていうと大人しい子かな。それに我が侭も滅多に言わないよ?ただ、かなり人見知りするみたいだから、前の護衛役の人達となかなか馴染めなかったみたい。皆初対面で大抵失敗してそのまま……だったみたいだよ。フィーリングが合わなかった、っていうのかな」
「キラは初対面の時は平気だったんですか?」
「そうだね。何故か」
脳裏に浮かぶのは、あの初めて会った日のこと。
最初は母親の後ろに隠れて中々出て来れないでいたっけ。
あの人に何度も促されてようやく顔を見せてくれた子供は、だけどこちらを見上げたままの姿勢で固まってしまって。
ああこれからどうすれば良いんだろう……と本気で困り始めた時、止まった時間を動かすべく先に動いてくれたのは、ひどく人見知りで受動的だと聞いていた等の本人だった。
何かを求めるように伸ばされた、あの小さな手が、始まりの幕を引いたのだ。
今でもその光景を鮮明に覚えている。
そう、あれが始まりだった。
どこか奇妙でそれでいて満ち足りた、この優しい日々の────。
「すごいですね。すぐに打ち解けられたなんて」
「すぐにって言っても、初対面の時はちょっと特殊だったみたいで、一緒に暮らし始めた最初の方は流石にぎこちなかったよ?でも、段々アスランも慣れてきてくれたみたい」
「ま、その気難しい坊やも、流石にこのお気楽キラ相手に無駄な警戒し続けられなかったんじゃないのかぁ?」
「ちょっと……それってどういう意味だよ」
「え、そのまんまだけどぉ?」
「ミ〜ゲ〜ル〜?!」 「ああもうおふたりとも!戯れ合うなら人目のない所でやって下さいね。呆れられても知りませんよ?ミゲル、貴方は特に!」
「ええっ?なんで俺は特になんだよ!」
「貴方のその軽い性格と軽い口が問題なんです。そんなだから後輩達にも『ミゲル先輩ってこんな風だったの…?』なんて言われてしまうんですよ」
「うっわ……何気に人が気にしてたコトをよくもそうズバリと……」
「え、ミゲルそんなこと言われてたの?」
「それはもう。この間なんて、噂を聞いてミゲルに憧れていた新人のお嬢さん方の夢を見事にぶち壊してましたから。最も、勝手に夢見てた彼女達にしても自業自得なんでしょうけどね」
「うーわ……なんていうか………御愁傷様でした」
「キ〜ラぁ〜!お前他人事だと思って……」
「だって他人事だもん」
「他人事ですよね?」
「…………わかった。お前らにちょっとでも救い求めた俺が馬鹿だった」
がばっと顔を覆って大げさに泣き崩れる真似をはじめたミゲル。
そのあまりのオーバーアクションぶりに思わずニコルと顔を合わせて吹き出してしまった。
お腹を抱えて笑っていると、当のミゲルまでその場に座り込んだ姿勢のまま笑い出していた。
────本当に懐かしい。
あの頃は、毎日のようにこんなやりとりをしていた気がする。
ニコルとミゲルと、今はここにはいないイザークとディアッカ、そして今はもう軍を辞めてしまったラスティ。
今思えば、迫り来るエックスデーを前に不安で沈みそうになる心を、なんとか形だけでも浮上させたかったのかもしれない。
いつ地球連合との本格的な戦争が始まってもおかしくない程にピリピリしていたあの頃は、毎日のようにどこかで小競り合いが起きていた。
国家間の全面的な武力衝突にこそならなかったとはいえ、広い宇宙空間の随所でザフトと地球軍の艦隊の睨み合いや衝突はあって、MSが出て行く事も何度もあった。
技術開発がメインだった自分は出撃することは殆どなかったけれど、それでも初めて出た戦場の冷たさは今でも忘れられない。
これが当たり前になっていくのか………と。
当たり前にしなければならなくなるのか………と。
もう二度と会えなくなるかもしれない両親のことを想いながら、何度震える両手を呆然と眺めただろう。
それを思えば、戦争を回避できたことを本当に嬉しく思った。
例え今はまだ不安定で、プラントと地球との溝が────コーディネイターとナチュラルとの心の距離が、依然大きくても。
誰もがどこかで覚悟していた最悪の事態を、諦めず言葉を交わすことで回避できた両者なのだから、きっと少しずつでも近づいていけるんだって信じられる。
いつか本当の意味での平和が訪れることを信じて、その為に動く事ができる。
自分も、そしてきっと皆も────。
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