【01:君のとなりで  .....『ほのぼの10title』より



【2】





「それじゃあもう戻っちゃうんですか?」
「うん、定期報告と必要書類の提出はもう済んだしね」
「久々なんだから、もうちょっとゆっくりしていけないのか?お前に会いたがってた奴、此処にも結構いるんだぞ?顔くらい出してやれって」
「うーん、そうしたいのは山々なんだけど……」


確かに久々に本部に来たのだから、昔馴染み達の顔を見たいとは思う。
イザークとディアッカがいないのは残念だけれど、他にも昔アカデミーで一緒だったり同じ隊の所属だったりした仲間達が此処にはいるだろうし。

(でも、あんまり遅くなるとアスランが…ね………)



今アスランはアプリリウスのクライン邸でお世話になっている。
今頃はきっと、オフに入って暫く屋敷に戻っているラクスが一緒にいてくれているはず。
あそこならばセキュリティはプラント随一だし、クライン家専属の有能なSPが常時付いている上にアスランも殊の外心を許しているラクスがいるから、自分がいない間も安心だと思って預けてきたのだけど……。

『お友達にお会いになれるかもしれませんし、遅くなっても構いませんから』とラクスは言ってくれた。
それに、『早く帰ってきて』とはアスランは言わなかった。

だけどラクスと共に出立を見送ってくれたアスランの表情とか、こっちに向かって伸ばそうとしたのを戸惑った手とかは………どう控えめに見ても『なるべく早く戻って来てほしい』と言っているように見えて。
それを思い出すと、ミゲル達には悪いと思うけれど早めに帰らなきゃって気がしてくるのだ。
悲しそうな、寂しそうな瞳が脳裏をちらつくから。



「ごめんね、やっぱり今日はもう戻るよ。これからアプリリウス行きのチケットの手配もしなくちゃいけないし」

これはその場しのぎの言い訳じゃなくて、本当のこと。
事前に軍部に用意してもらっていた便は、思っていたものより随分時間が遅かったので先ほどキャンセルさせてもらっていた。

「え?今日はディセンベルのザラのお屋敷から来たんじゃないんですか?」
「うん。アスランをラクスの所に預けて来たから、向こうに迎えに行かないと。それで今日はそのままラクスの所に泊めてもらって、明日ディセンベルの家に戻ってくる予定なんだ」
「それはまた……大変ですね。行った来たりと」
「あはは、まあね。でもそんなに遠くないから平気だよ、これがプラント地球間だったら嫌になっちゃうかもしれないけどさ」
確かに手間はかかるけれど、本当に移動についてはそれ程気にならなかった。
元々シャトルに乗るのは嫌いじゃない。



「しょうがねぇなぁ……ま、確かに急な話だったわけだし、今回は諦めるか。その代わり次の時にはきっちり付き合ってもらうからな?」
「うん、分かってる」
「それと、次にこっち来る時には前もって連絡入れろよ?そうしたら当日掻き集められるだけメンバー集めとくからさ」
「ありがとうミゲル。楽しみにしてるね」
「はいはい、お任せを。それにしても……元ザフトアカデミーの華を毎日独り占めとは、ザラ家の坊やも罪作りな奴だよ」

にやりと笑われて、思わずげんなりする。
ただからかってるだけだって分かるけど、正直もう二度と聞きたくない言葉だった。
何が悲しくて男なのに華などと呼ばれなければならないのか……。

「その言い方やめてよ……いい加減もう忘れたいんだから。それに、アスランのこと坊やって言わない。前に坊や坊や連発してアスラン拗ねさせたの君でしょうが」
「だって坊やは坊やだろぉ?」
「………………もういい。金輪際ミゲルはアスランに近づかせないから」


あの後、拗ねたアスランのご機嫌を取るのにかなり苦労させられた。
ミゲルに最初から最期までまるっきり子供扱いされたことが面白くなかったらしい。

初めのころはまだ耐えていたのだろうけれど、途中からはミゲルに「ザラの坊や」と呼ばれる度に「……ぼくはそんな名前ではありません」と機嫌悪そうにそっぽを向いていた。
今まで見たことないアスランのそんな姿に、ちょっと…ほんのちょっとだけ『初めて見ちゃった…』と感動していたなんてことは……本人にはとても言えないけれど────。


例え小さな子供だって、ちゃんと子供なりのプライドを持っている。
特にアスランはあのザラ家の────あのパトリックさんとレノアさんの一人息子。
普段はすごく気付きにくいけれど、どこか受け身でおとなしやかな中にもしっかりと己を持ってるから。



「じゃあキラ、ミゲルは駄目でも僕なら良いですか?僕はまだアスラン君にお会いしたことがないので、ぜひ一度お会いしたいです」
「うん、勿論良いよ。ニコルなら大歓迎!アスランの良いお兄さんになってくれそうだもの」
「え〜?キラ俺は俺は?」
「君は間違いなく悪いお兄さんになるだろうから駄目。純粋なアスランに変なこと教え込みそうだし。……そういう意味ではディアッカも駄目かな」
「ふふ、確かにそれは言えてますね」
「げげっ?!あいつと一緒にしないでくれよ〜!俺はあんなにエロでもお下品でもないっつーの」
「…………五十歩百歩?」
「目糞鼻糞を笑う、っていう言葉もありますよね」


ニコルと顔を突き合わせて、そんなことをこそこそと囁き合う。
『俺の方が上だ!絶対そうだ!』とふんぞり返ってるミゲルは気付かなかったようだけど。

まぁ、いっか………今更これくらいの言葉で性格矯正が効くとも思えないし。








本部の建物の出入り口の所までミゲルとニコルは送ってくれた。
いくら開戦目前かと思われていた時程忙しくないとはいっていても、なんとか和解に向けて歩き出そうとしている今だからこそ軍部がやらなくてはならないことは沢山あるはず。
ミゲルもニコルも軍からの評価の高い重要な戦力(この場合は労力?)だから、特に。
……だから、見送りはしなくていいよと説得しようとしたのだけれど、「その程度のこともさせてくれないつもりなのか」と逆に説得されてしまった。



「ありがとう。もうここまでで良いよ」
「そうですか?本当は施設のゲートの所くらいまでは見送りたかったんですけど……」
「うん、ありがとうニコル。でも、気持ちだけもらっておくね。いつまでも多忙なエリート達を拘束してたら上からお叱りがきちゃうし」
「あ〜…戻りたくねぇ」

ミゲルの愚痴に、思わず苦笑が漏れる。
彼は特に、デスクワークよりも動く方が得意だし性に合ってるとしょっちゅう言っていたくらいだから、余計に辛く感じるのかもしれない。
ニコルもそうですねぇなんて笑ってるけれど、その雰囲気には大分余裕が感じられた。
それでも、大変じゃないわけないだろうから……。


「ふたりとも、適度に頑張って適度に力を抜くこと、忘れないでね?頑張りすぎちゃ駄目だよ」
「お、でた!キラの十八番!久々に聞いたな、その微妙に上に喧嘩売ってそうな台詞」
「ふふ、本当ですね。でも、なんだかそれを聞くといつも安心する気がします。なんていうか……キラだなぁって」
「………いまいち褒められてるのかどうなのか分からないけど、ありがとう」
「それじゃあ、頑張りすぎないように頑張ります。あ、勿論それはキラも、ですよ?」
「うん、大丈夫」
「それでは、道中お気をつけて。それとラクス嬢に、また一緒の舞台に上がる機会があれば嬉しいですと僕が言っていたと伝えて下さい」
「了解、ちゃんと伝えておくよ」
「じゃあなキラ、ザラ家の坊やとラクス嬢にもよろしく。あ、それと連絡忘れるなよ?」
「分かってるよミゲル。じゃあね、ふたりとも。イザークとディアッカにもよろしくね!」



手を振りながら、少ない荷物を持って歩き出す。
ちょっと名残惜しいけれど、また次の機会があるだろうし、その時にもっともっと沢山話そう。

その時には、今日は顔を見れなかったイザークとディアッカにも会えるといいなと思う。
それと、ラスティにも。
軍を辞めてしまった彼は今就職して日々忙しく働いているらしく、直接会ったのはもう大分前のことになってしまう。
前みたいにまた六人で会って色々話せる日が来るといいな。


(……………ん?)

もうすぐゲートに辿り着くといったあたりまで来た時、背後で妙な奇声が聞こえた気がして、思わず足を止めそうになる。


(気のせいかな……?それとも、変な声の鳥の鳴き声とか?)


多分気のせいだったんだと思うことにして、歩く速度を元に戻す。
さぁ、後はシャトルポートに行ってアプリリウス行きのテケットを手配して、シャトルに乗って向こうに戻るだけ。
今くらいの時間なら、夜になる前には着けるはず。
思ったよりも早く帰宅できそうで、なんだかちょっとホッとした。


報告にしても何にしてももっと手間取ると想定していたから、帰るのは深夜になるかもしれないと前もってアスランには伝えていた。
だからこその、あの縋るような寂しさに満ちた瞳だったのだと思う。
これで、アスランに寂しい想いをさせる時間が減らせる。
そう思うとやっぱりホッとするし、嬉しい。

自然と足取りが早くなるのを、自分でも感じていた。


その時背後でもう一回奇声が聞こえた気がしたけれど、今度は気にならなかった。








その頃、キラの後ろ姿を見送ったニコルとミゲルは────。


「あ、イザークで思い出しましたけど………ミゲル」
「あん?」
「さっきの貴方の台詞、ちゃんと僕が彼に伝えておきますから」

にっこりと微笑みながらのニコルの言葉に、ミゲルの脳内にハテナマークが大量発生した。
意味が分からない。

「さっきの台詞………?」
「おや、もうお忘れですか。『俺たちの心の平穏の為に一日二日でいいから〜』────っていうあの…」
「だぁあぁああーーー!!!」

相変わらず微笑みながら告げられた内容に、ミゲルは思わず飛び上がった。
大量だったハテナマークはもう奇麗さっぱり。
その代わりにというか、今度は大量の冷や汗がミゲルの顳かみに発生する。

「おま…おまえ聞いて……っ?!!」
「聞きたくて聞いたわけじゃないですよ?あんなに大きな声で喋っていたら嫌でも耳に入ってきますから」
「嫌だったなら忘れろ!今ソッコーで忘れろ!!」
「駄目ですよ。アカデミーからの付き合いの仲間として、そういう陰口は放っておけません」
「放っておいてくれよ、頼むからっ!」
「この際、ちゃんと顔を見て話し合ったらいかがです?大丈夫ですよ、例えイザークが癇癪起こしたって、持続するのはせいぜい一日ですから。そんなに殴られたりしませんて」
「い〜や〜だぁあぁああ〜〜〜〜!!!」






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