【06:隣にあるぬくもり 】 .....『ほのぼの10title』より
【2】
キラとアスランは昨日今日の休日を利用してアプリリウスへと来ていた。
その一番の目的は、キラと同い年の友人であるラクス・クラインに会う為であった。
ラクスとはアスランもかつて父親により引き合わされたことがあり、幾度か面識があった相手。
ただそれでもことさら親しく話をしたりという交流をするようになったのは、キラと出会い、ラクスが共通の知り合いだと分かってからだった。
久しぶりにお会いしたいですという彼女の招待を受ける形で、キラとアスランはアプリリウスワンにあるクライン家本宅へと訪れていた。
昨日は一緒に食事をしたりラクスの歌を聴いたりとそのままクライン邸での少しだけ新鮮で穏やかな一日を過ごした。
今日は昼過ぎまで仕事があるからとラクスは朝早くに出ていってしまったので、キラはこの慣れない場所でどこか所在無げなアスランがなんとか退屈しないようにとあれこれと案をひねり出す。
そうして最終的に思い付いたのが、最近新しくリニューアルしたというアプリリウス最大のショッピングモールへと出かけてみることだった。
「お買い物いこうか、アスラン」
「おかいもの……?」
「うん。せっかくアプリリウスに来たんだし、中心地の方に行ってみるのもいいかなって。アスランはあっち行ったことあるんだっけ?」
「……少しだけ。でも、くるまからちょっと見ただけ……かな」
「そっか、それじゃあアスランは街には降りてないんだ」
アスランがアプリリウスに来た用事は、きっと彼の父親絡みのことだったのだろう。
それじゃあ外で遊んだりする暇なんてないか………とキラは推測を立てる。
アスランの場合は両親が特殊な立場で年中忙しい人たちだったから、只でさえ外に遊びに出かけるということが極端すぎるくらい少なかったのだと聞いていた。
そして、それならば余計にと隣に座ってこちらを見上げているアスランに微笑みかけた。
「どう?見学ついでに行ってみない?とっても大きくて華やかで、あの辺は休日ともなるとすごい賑わいだっていうよ」
どうかなアスラン?
ニコニコと微笑みながらお誘いをかけてくるキラに、アスランが返す言葉はただひとつ。
「……うん、いきたい…」
ぽつりと落とされる小さな小さな呟き。
控えめな表情の中にも嬉しさを隠せないでいる目の前のちいさな子供に、キラは思わず破顔した。
この子が喜ぶ姿は、キラの心の潤いなのである。
「それじゃあ決定。すぐ出かけるから支度しよう」
「うん」
「どんな所だろう、楽しみだね」
「……キラも?」
「うん、僕も一度行ってみたかったんだ。それに、アスランと一緒に行けるから余計に楽しみだよ」
「………………」
キラの言葉に、アスランの頬が仄かに朱に染まった。
自分と一緒だと、もっと楽しみ─────。
そんなキラの言葉が……なんていうか………すごくくすぐったい。
でも、嫌な感じじゃなくて。
そうして何故か恥ずかしそうに俯いてしまったアスランに、キラはどうしたのかなと首を傾げた。
自分の言葉がどれくらい幼い心を喜ばせたのか、つゆしらずに。
そうして訪れたショッピングモールは、予想以上に大きく人で溢れかえっていた。
圧倒されたようにぽかんとしているアスランに微笑ましげな表情を浮かべながら、キラはどこから行こうかなぁと考えを巡らせる。
けれど、それもすぐに放棄した。
元々何が欲しいという目的もあるわけじゃないし。
それに、あてもなくぶらぶらと眺めてみるのもいいかもしれないとも思ったから。
「よし、じゃあ向こうからぐるってひと回りしてみようか?」
物珍しげに周囲をきょろきょろと見遣っているアスランにそう声をかける。
アスランがこくりと頷くのを認めて、じゃあ行こうか……とキラは左手を差し出した。
キラがアスランの傍付きとして一緒にいるようになってからは、外に行く時は時々こうして手を繋ぐようにしている。
ただアスランにとっては、母親以外にそういう風にされた経験がなかったし、それもごく僅かな頻度だったものだから、最初などはついつい戸惑ってしまったようだった。
差し出された手をさんざん悩んだ上で握手だと勘違いするほどには、アスランにとってその行為は非日常だったのだろう。
今では、以前よりは日常に近付いた行為になってる……とキラは思う。
アスランも最初こそ戸惑っていたけれど、別段接触を嫌がるような素振りは見せなかったので続けるようにしていたから。
だから、キラも今ではこうして自然に手を差し出す事ができるようになっていたし、アスランもまだ少し躊躇いがちながらも自分から手を伸ばすようになっていった。
そうして今も、はい、と差し出された手をアスランは小さな手を伸ばしてぎゅっと掴んで。
手を繋ぐことにあまり慣れていなかった子供は、どこかまだ恥ずかしそうに─────けれどもそれ以上に嬉しそうに、ふわりと微笑んだ。
キラもまた、そんなアスランを見つめながら瞳を優しく眇めていた。
「いい?迷子になるといけないから、ちゃんと握ってるんだよ……?」
─────って自分で言っておいて、何まんまと迷子にさせてるかな僕は……。
約一時間ほど前のことを回想しながら、キラは自分で自分に呆れた。
しっかりと握っていた手がいつ解けてしまったのかは覚えていない。
気付いた時にはもう既にその姿はどこにもなかったから。
キラは広い敷地内を駆けずり回ったせいで切れた息を、一旦足を止めて整えようとする。
深呼吸を一回、二回。
息と一緒に、焦りばかり増す心を落ち着けるように、何度も。
改めて周囲を見渡せば、相変わらず人の姿ばかり目立つ。
テーマパークよりは幾分マシ、というくらいには混雑しているのだから、この中から小さな子供ひとりを探し出すのはかなり厳しいだろう。
現に、これだけ四方八方探しまわったのに収穫はゼロだったのだ。
どうするどうする……とキラが脳みそフル回転で考えていた、その時。
─────……ご来場……に………ご案……申し上げます。
空から響いてくる、至極丁寧な女性の声。
それは、各所に設置された高い位置に在るスピーカーから発せられていた。
「…あ…………」
キラは思わずぽかんと口を開けた。
ものすごく、単純なことを、見落としていたのかもしれない。
……というか、何故今まで気付かなかったのだろうか。
それはキラにとってはまさに天からの声だった。
「そ、そうか!そうだよ迷子放送だよ………っ!!」
突然の叫び声に、周囲に居た人たちが何事かと目を白黒させているけど、そんなことはおかまいなし。
うっわ僕って馬鹿だ、とか、ホントなんで気付かなかったんだろう……とか、そんなことを頭を抱えながら暫くぶつぶつと呟いている。
「……て、こうしてる場合じゃなかった。ええと…確かこういうのってサービスカウンターだったよね」
近くに張ってあったフロア地図を確認して、走り出す。
まずは迷子センターか何かに問い合わせしてもらって、そこでアスランが保護されているなら万々歳。
もしまだ見つかっていなかったら、迷子放送をお願いしてみよう。
アスランはまだ5歳の子供だけど、ものすごく頭がいい。
その上、驚くほど普段から落ち着きのある子だった。
普通の子供だったら迷子によるパニックに陥って聞き逃しがちな館内放送も、もしかしたらアスランになら届くかもしれない。
もしそれでも駄目だったら最悪自分とアスランの身分を明かしてでも職員に頼んで人海戦術を取ってもらおうと、そんな事をキラが考えていたら。
ピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ン。
どこか軽い調子の耳慣れた───そしてこれから自分が頼ろうとしている───館内放送の合図が耳に入ってきた。
─────お客様のお呼び出しを申し上げます。
あ、ちゃんと意識すればちゃんと聞こえるもんだなぁと。
そんなことを思いながらサービスカウンターに向かいながらも、なんとなしにその声に耳を傾けていると。
─────ディセンベル市内からお越しの、キラ・ヤマトくん。ディセンベル市内からお越しのキラ・ヤマトくん。
「へ………?」
聞こえてきた自分の名前に、キラの足はその場にピタリと縫い付けられた。
─────お友達がお待ちです。お近くの係員に声をおかけ下さるか、センタービル一階南フロアにございます待ち合わせ広場までおいで下さいませ。
「はぁ……っ?!」
唖然呆然とはまさにこのことではなかろうか。
そして、同じ内容を二回繰り返してから、再びピ〜ンポ〜ンパ〜ンポ〜ンという音で締めくくられた放送。
まさかこれから迷子放送をお願いしようとしていた自分が、逆にその放送対象になるとは思いもよらず。
キラは暫く絶句したまま立ち尽くしていたけれど、すぐにハッと正気を取り戻して慌てて方向転換した。
目的地は、その名の通りモール内の中央に位置するセンタービルの一階、南フロア。
そこに、自分がずっと駆けずり回って探していた人物がいるはずだから。
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