当たり前だと信じていたものが壊れた時。

当たり前だった世界が音を立てて崩れ去る。

その時その瞳に移るものは─────。

闇色のドレスを纏い乱舞する、嘆きと悲嘆の神の輪舞曲[ロンド]。










白妙[1]











AAに戻ったキラは、ひとり大宇宙を臨んでいた。
一面に張り巡らされた強化ガラスにそっと肩を預け、どこまでも広がるソラをただ見つめ続けていた。
どこかぼうっとしたような、意志力が希薄な瞳で。
申し訳程度にしか拭く事をしなかった髪からは水が滴り、コズミックブルーの軍服をじわりと濡らしているが、それすらも気にとめずに。



知らずに巡らせた視線の先には、AAに付いて並ぶ『クサナギ』の姿が。
そこに居るはずの少女の姿を思い浮かべ、キラは苦しそうに眉を寄せた。
先程あの場所で行われたやりとりが、キラの脳裏を何度も駆け巡る。



『キラ』

『……?どうしたの、カガリ?』

『これ…………』



見せられた一枚の写真。

光差す穏やかな風景。
慈愛と喜びの微笑みを浮かべる女性。
その腕に抱かれたふたりの赤子。
───よく似た面差しの、双子。
ひとりは金の髪を。
もうひとりは茶の髪を。



『写真?誰の?』

『…………裏』

『………ッ!え…………?!』

『クサナギが発進する時……お父様から、渡されたんだ…………』



優しげな母子の写真だった。
そして、そんな幸せを切り取ったような一枚絵の裏面に綴られていたのは─────。



「……………ッ」

ガラスに添わせていた左手が、ぐっと握り込まれる。
───分からない。
あの写真に刻み込まれた決定的な"何か"。
───分かりたく、ない。

キラは冷たいガラスに額を押し付けてきつく瞳を閉じた。

脳裏に浮かぶのは、金の髪の少女の姿と。
オーブと共にその命を散らした彼女の父である人の姿。
そして─────。



(父さん、母さん……………)



忘れるはずもない、自分の両親の姿。


最後に見たのは、アラスカを目指す為にオーブを離れる時だった。
自分の中に渦巻く不安定な思いが苦しくて、どうしても直接会う事はできなかったけれど。
遠目で見た両親の姿は、今でも目に焼き付いている。

涙を浮かべながら心配そうにしていた母さん。
小さく頷いてみせてくれた父さん。

心配ばかりかけてしまった、大事な大事な、僕の両親。

───でも。
明らかに、違っていた。
あの時見せられた写真に移る人は……………。
───自分の母では、なかった。
そしてあの勝ち気で優しい少女も、知らないと………。



今まで信じていたものが、足下からガラガラと崩れてゆく感覚。
キラは縋る様にガラスに両手を預け、ぎゅっと拳を握り込んだ。
何かに縋らなければ、このまま深淵へと呑み込まれそうで………。

「………く…ぅ………っ!」

ぐっと胸に詰まる何かが競り上げてきて、キラは身体をふたつに折った。
嘔吐感に近い、何かを吐き出してしまいたい衝動。
呼吸が苦しい。
ゼェゼェと喉が鳴るけれど、身の内からは何も吐き出される事はなかった。


キラは、ガラスに移り込む自身の姿を呆然と見遣った。
ソラに溶け込む様に映し出された半透明の自分と視線が絡む。
見なれた顔、見なれた身体。
以前となんら代わり映えのしない、己の姿。
それなのに─────こんなにも違って見えるのは何故………?



「僕は、誰……………?」



吐き出されたのは、涙でも嘔吐物でもなく、掠れた呟きだった。

小さく震え始める細い身体。
突き付けられたもうひとつの世界が、重く心を蝕む。
突然に沸き起こった疑問。
足下から迫ってくる得体の知れない恐怖。
ズルズルと床に座り込んで己の身体を抱きしめるその姿は、いっそ哀れな程に脆く頼りなく見えた。










>> Next



■ CLOSE ■